カスタマーインティマシーとは?顧客との正常な親密性を作るための事例を紹介

2022/07/15
BtoBマーケティング カスタマーインティマシー カスタマーインティマシーとは?顧客との正常な親密性を作るための事例を紹介

企業にとって、お客様との関係性が重要なことは言うまでもありません。マーケティング領域でも、100年以上前からリレーションシップマーケティングが研究されてきました。昨今は、リレーションシップマーケティングの本質と酷似するカスタマーマーケティングが注目されています。

日本ではあまりメジャーではありませんが、1990年代半ばには「カスタマーインティマシー(顧客との親密性)」という概念も登場しました。イメージとしては、リレーションシップやカスタマーマーケティングがマーケティング領域に関しての概念に対し、カスタマーインティマシーは事業全体に対しての概念と表現することができます。

この「カスタマーインティマシー」は、「オペレーショナルエクセレンス」「製品リーダーシップ」とともに、多くの業界でNo.1であり続ける企業が持つ価値基準として、ビジネス領域でもアカデミックでも、知られるようになりました。

本記事では、カスタマーインティマシーとは何か? SaaS業界でカスタマーインティマシーを実現する方法、カスタマーインティマシーの測定方法について解説します。

カスタマーインティマシーとは

カスタマーインティマシーとは、お客様と親密な関係を築き、長期的に良好な関係を保つことで事業成長につなげていく考え方です。「インティマシー(intimacy )」とは親密という意味です。カスタマーインティマシーを重視する企業には以下の特徴があります。

  • ロイヤリティを構築するために初期コストを度外視して顧客と向き合う
  • ニーズにあわせてサービスの改良を続け、顧客の期待を上回る
  • 目先の利益よりも、顧客の生涯価値(Life Time Value)を重視する

考えの背景とその重要性

カスタマーインティマシーという概念は、1995年に米国Michael Treacy(以下、マイケル・トレーシー氏)とFred Wiersema(以下、フレッド・ウィアズマ氏)が出した書籍No.1企業の法則 カスタマーインティマシーで強くなる(原書:Customer Intimacy and Other Value Disciplines)』によって、広く普及しました。

両氏はインテル、GE、ソニー、ウォルマートなど80社以上を調査し、市場リーダーであり続ける企業には、共通した強い価値基準「カスタマーインティマシー」「製品リーダーシップ」「オペレーショナルエクセレンス」があると提唱しました。

NO.1企業の法則

(出典:Amazon

カスタマーインティマシーと一緒に理解すべき概念

マイケル氏とフレッド氏は、『No.1企業の法則』において「Values Discipline Model(バリューデシィプリンモデル)」というフレームワークを提唱し、3つの価値基準の重要性を以下のように解説しています。あわせて理解しておきましょう。

バリュー・デシィプリン・モデル

  • カスタマーインティマシー(顧客との親密な関係):市場を正確にセグメントし、需要にぴったり合うように製品を継続的に改良する
  • オペレーショナルエクセレンス:オペレーションの運用レベルを、他社が真似できない卓越したレベルまで磨き上げる
  • 製品リーダーシップ:最先端の製品やサービスを顧客に提供することで、ライバルの製品を陳腐化させる

本によると、欧米のほぼあらゆる市場でリーダー企業は3つの価値基準のうちいずれか一つは業界チャンピオン。他2つの基準も業界標準以上です。また、どの軸を重視するかは企業の価値観によります。

ただ、副題に「カスタマーインティマシーで強くなる」とあることからわかるように、特にカスタマーインティマシーの重要性が強調されています。

(参考:hbr.orgAmazon

カスタマーインティマシーを社内に定着させるステップ

カスタマーインティマシーを持つ企業は、会社の誰もが顧客視点で考え、顧客ニーズに向き合い、プロダクトを改良し続けときに顧客ニーズを凌駕する高品質なサービスを提供し、ファンを増やします。どのようにすればそんな企業体質になれるのでしょうか?

その1  従業員を大切にする、仕事の裁量権を広げる

カスタマーインティマシーを重視する企業は、前述のとおり、初期の関係性を重視して、コストを度外視してまで関係性構築にのぞみます。これは個人の判断でできるものではないので、そのようなマネジメント体制が必要になります。

例えば、BtoBの法人営業の場合、個々の営業マンが意志決定できる領域を広げることが大切です。裁量権の広さはモチベーションを高めます。

また、カスタマーインティマシーを実現するには従業員ファーストの姿勢を持つことが必要です。特にセールス、カスタマーサポート、カスタマーサクセスなど、顧客と接する部門の従業員を大切にしましょう。

近年は、研究によって従業員満足度の向上が顧客満足度を高め、市場の評価も押し上げることがわかっています。ギャラップ社のメタ分析でも、従業員の幸福度と顧客ロイヤルティ、業績に正の関係が出ています。

その2 顧客をセグメントし、ニーズに適合するプロダクトを提供

自社の顧客層を明確にする必要があります。市場をセグメンテーションし、ペルソナ(理想のお客様プロファイル)を作成し、自社にマッチする層のお客様に向けた商品・サービスを当初は完璧ではないにせよ提供します。その上で、お客様の声に真摯に耳を傾け、サービスを改良し続けます。

継続的にプロダクトを改良していくためには、CRMなどでお客様のリピート状況、問い合わせ内容などをデータとして蓄積することも欠かせません。

ペルソナ設定、データマネジメントツールの活用があってはじめて、本来のお客様の要望にスピーディに答え続け、成果につなげられます。

その3 無料の教育リソース、ケーススタディ、コミュニティ支援

お客様と親密な関係を作るために、特に重要な時期があります。例えばSaaSの場合、オンボーディングの時期が非常に重要です。

Welcomeメッセージなどで良い第一印象を持ってもらうことや、FAQページを充実させ、お客様が知りたいこと、疑問を持ったことの回答を迅速に見つけられるようにし、スムーズにスタートが切れるようにしましょう。

その上で、カスタマーサポート、カスタマーサクセス部門を充実させ、お客様を手助けします。カスタマーサポートの対応はかなり離脱率に影響します。後述しますが、スタッフの対応力よりも意見やクレームに対する、会社としての対応の導線を整える必要があるでしょう。

また、ユーザーコミュニティでの勉強会、無償の教育プログラムの提供なども行えればより理想的です。お客様の知識習得、ツール使用のスキル向上をバックアップすることは、お客様の成果につながり、カスタマーインティマシーを強めるでしょう。

施策例:

  • Welcomeメッセージ
  • FAQページを充実させる
  • カスタマーサクセス部門からのサポート
  • お客様のフィードバックに対するお礼と報告
  • 多様なケーススタディを紹介
  • 感謝を伝える(礼状、景品、リウォード、イベント招待)
  • 無償トレーニングコースの提供
  • ユーザーコミュニティの支援

その4 お客様のフィードバックの出口戦略を整える


多くのお客様は、自分の商品・サービスに対する不満が改善されない、せっかく進言してもフィードバックが反映されないと知るとがっかりして去っていきます。

前提としてペルソナ設定がまちがっていなければですが、顧客の声には企業にプラスになることが多く含まれています。アンケート調査の結果、NPSによせられた意見、カスタマーサポート、セールスによせられたお客様のフィードバックを、社内全体に反映させる導線をしっかり作ることが重要です。

おそらく、現実には難しいことであり形式的な仕組みになっていたり、担当者同士の連携にまかせたりするケースが多いでしょう。

実際、多くの企業の現場(セールス、カスタマーサポート等)で、スタッフが「本当に言うとおりだ」「そうすべきだが会社に対応する気がない」と感じながら、体制がお客様の意見やクレームを極力上にあげないことを良しとする仕組みなため、何ら改善につなげられないでいることは少なくありません。

もし本気でカスタマーインティマシーを追求するのであれば、お客様からのフィードバックを、どう社内の各部署に反映するか、導線をしっかり設計することが大切です。

その5  その他の親密性を築くTips(コツ)

2022年の米国の統計では、以下の結果が出ています。親密性を築くにはほどよい距離感がポイントのようです。あわせて参考にしましょう。

  • SaaS企業の多くは無料トライアルを利用しているが、最も成功している企業は顧客にすぐにコミットさせないように配慮している
  • 無料トライアルにサインアップする際に、クレジットカード情報を求めない企業は、2倍の有料顧客を生み出している
  • 営業プロセス、ツール、ソフトウェアをパーソナライズしているチームほどコンバージョン率が上がる
  • 営業担当者と電話で話したリードは、70%以上の確率で有料顧客になる

(参考:HubSpotdevsquad.comManageris.commarketing91.com

導入されたカスタマーインティマシーをどのように評価する方法とその事例

実際のお客様との親密さ、ライバル企業より自社を信頼しているかなどは、なかなか見えにくいものです。しかし、近年は優れたツールと指標が出ており、ある程度客観的に評価できるようになりました。ここではカスタマーインティマシーの測定方法を紹介します。

方法とその事例1 製品採用率

製品採用率(プロダクト・アダプション・レート)とは、顧客が新しい製品を実際に使い始める率です。製品採用率は、顧客満足度と成長の両方を測定できる指標です。日次、週次、月次、年次と期間を変えて測定できます。

  • 製品採用率 = (新規アクティブユーザー数 / サインアップ数) * 100

2019年のMixpanel調査によると、BtoBSaaSについては、以下の数値が出ています。

アクティベーション: 最初の週に主要な活動を完了したユーザーの割合。

  • アクティベーション率の中央値:17%
  • 90パーセンタイル:アクティベーション率 65%製品採用率

(出典:www.apty.io

※アクティベーションポイントが何かは、ビジネスモデルによって異なります。

事例:フリーミアムを活用し品質をアップデートし続けたZoom

Zoom公式HP-1

製品採用率と売上げの関係性がもっともわかりやすい例はZoomでしょう。無料ユーザーが増えるのに比例して、サブスクリプションが着実に増加し急成長しました。

Zoomミーティングの活用者の推移

  • 2013年:300万人
  • 2014年:3000万人
  • 2015年:1億人
  • 2020年:2億人以上

そもそも、Zoomの創業者Eric Yuan(エリック・ユアン)氏は、シスコシステムズ社在籍中に経営陣が顧客満足に注視しない点に不満を感じ、仲間たちとZoomを立ち上げています。

顧客視点を持ったメンバーが立ち上げたZoomは、フリーミアム戦略を実施し、ユーザーに製品をテストしてもらい意見を取り入れ続け、それが製品採用率を上げ成長していきました。

製品採用率の高さは、Zoomの売上げにも、資金調達にもポジティブな影響を与えました。

(参考:www.drift.com

方法とその事例2 NPS(ネットプロモーションスコア)

NPSとはユーザーに、製品を他の人に薦める可能性を1~10のスコアで評価してもらう調査です。

  • あなたは、この〇〇を〇〇に進めますか?

といった類の一つの質問にスコアをつけるだけの簡単なテストであり、日本にも普及しているので、回答した経験のある方も多いのではないでしょうか?

お客様が商品・サービスを利用し続ける理由は、自分に照らし合わせて考えれば想像しやすいと思いますが、大満足だからというケースは少数、大半はそこそこいい、ほかを探すのが面倒など、強い推しはないことがあります。

BtoBであれ、BtoCであれ「他者に推奨できるレベル」は、相当に気に入っている、信頼度の高さの目安でしょう。一般に人に何かを紹介して失敗したら当人も責任を感じるからです。NPSスコアの計算式は以下のとおりです。NPSの計算方法-1

(引用元:https://markitone.co.jp/column/importance-of-nps/

NPSについては、Customer.guru社による世界のNPSランキング(業界別あり)、NTTコミュニケーションズ社による国内NPSランキングがあります。SaaS企業の事例があまり出ていないことや、日本人のつけるスコアが中央値によりすぎる傾向などがあるので、自社のスコアの推移を見て、顧客ロイヤルティを把握する使い方がよいと思います。

事例:NPSスコア=83のZenPayroll(Gusto)

Gusto公式HP

(出典:Gsuto

Zenpayrollは、2022年の世界のNPSランキングBtoBサービスプロバイダー部門のトップ。給与管理サービスSaaSで、NPSスコアは83と驚くほどの高さです。

Gustoは給与計算、福利厚生、採用、管理リソースなどのHR機能をすべて一元管理できるシステムで、米国で20万社以上の企業に利用されています。

  • 膨大な事務タスクを簡素化、スマホから簡単操作
  • 給与税、報告書、コンプライアンスもすべて自動かつペーパーレスで処理
  • スタートアップや中小企業のニーズを徹底反映

などの特徴があり、人手の足りないSMBのバックオフィス部門から絶大な支持を受けています。

方法とその事例3 顧客維持率(リテンションレート)

顧客維持率とは、お客様が製品の購入をストップせず使い続ける率のことを指します。計算式は、以下のとおりです。期間を変えて出すことができます。

CRR

SaaSの毎月の顧客維持率は95%が平均、92~97%の範囲と言われるため、この数値を基準に自社サービスに対する顧客の評価を捉えることができます。

初期のリテンション率が高い場合は、オンボーディングに課題がある可能性が高いでしょう。年単位で見たときの離脱率が高い場合(サービスが更新されない)、使用期間中のサポート不足、あるいは顧客にーズに機能が足りていないなどの可能性があります。

事例:顧客維持率99%以上のSmartHR

SmartHR公式HP

(出典:SmartHR

労務管理クラウドのトップシェアSaaSであるSmartHRは、サービス利用継続率は99%以上という驚異的な数値を誇ります。顧客満足度がNo.1でもあり、まさしくカスタマーインティマシーを実現している企業と言えるでしょう。SmartHR社の施策には以下の特徴があります。

顧客維持率99%の企業の施策を見てみれば、顧客視点に徹底して立っていることがわかります。顧客維持率は、実際に顧客との関係がどの程度親密かを表す指標だと言えるでしょう。

(参考:HubSpotwww.drift.comwww.apty.io

まとめ

先進国のほとんどの市場で、長年にわたって勝ち続ける企業が持っている3つの価値基準のひとつが「カスタマーインティマシー(顧客との親密性)」です。

実現するには、顧客の声に耳を傾け、商品・サービスを改善し続ける体制を作ることが必要です。一定のオペレーション能力、開発力も必要になります。

難易度は高いものの、SaaS企業においてはカスタマーインティマシーを高める重要なタッチポイントがある程度見えています。組織が硬直化する前、できるだけ大きくなる前に優先して取り組み、勝ち続けられる仕組みとカルチャーを醸成していきましょう。

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

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