近年は、「ストーリーとしての競争戦略」「プロセスエコノミー」などと表現されるように、完成品としての商品・サービスだけではなく、その背景にある物語や、完成品になるまでの過程をある主の価値として、ブランディングが行われるようになってきました。
オンリーワンの商品であること、独自のポジションを得ている商品・サービスの理由は、かならずしも商品の機能や革新性だけにあるのではありません。商品・サービスのポジショニングには現実のプロダクトのポジショニングと、顧客の心の中のポジショニングがあります。
本記事では、マーケティング担当者が知っておくべき「ポジショニング戦略」について解説します。ポジショニング戦略の本質を理解して、新たな視座で自社および各商品・サービスの価値を捉えると、これまでと違ったマーケティングアプローチができるのではないかと思います。
ポジショニング戦略とは、市場だけでなく顧客の心の中に自社の商品のポジションを築き、独自性をきわだたせ、差別化を図るマーケティング戦略です。
例えば、SaaS業界ならMicrosoftは「巨大帝国」、Salesforceは「SaaSの王者」といった冠がついています。両社とも自称したわけではないでしょう。しかし、事業戦略や発信する有形無形のメッセージから、いつのまにか称されるようになりました。
このようなポジショニングのイメージは自覚的に演出したものであっても、無意識であったとしても、一度確立されるとなかなか変わりません。人々の頭の中に確固たるポジションが築かれ、ブランドイメージにつながり、購買意欲に影響します。
企業はスタートアップの段階から、製品のポジショニングを戦略的に考えていく必要があります。
マーケティングにおけるポジショニング戦略は、1950〜60年代に普及し強力なマーケティングコンセプトとして使われ続けてました。
初期は製品そのものが焦点でしたが、次第にブランドの信念も含むように進化します。
1978年には、米国の世界的コンサルティング会社トラウト&パートナーのJack Trout(以下、ジャック・トラウト)氏とAl Ries(アル・ライズ)氏が、共著で『Positioning: The Battle for Your Mind』を出版。
「ポジショニングの本来的な意味は、あたまの中での位置づけ」という革命的な概念を提唱し、マーケティング担当者たちに大きな影響を与えました。
(出典:楽天ブックス)
本書は、前述のアル・ライズ氏、ジャック・トラウト氏の書いた書籍の日本語版『ポジショニング―情報過多社会を制する新しい発想 』の新版です。
売れる商品になるためには、消費者の頭の中にポジションを築くことが大事と提唱した原書は、マーケティング業界に一大革命をもたらし、世界中で30年以上もの間にわたりバイブルとして読み継がれてきました。
マーケティングの神様と呼ばれるPhilip Kotler(フィリップ・コトラー)氏も序文で、「『4P』の前に、何よりも重要なステップはもうひとつの『P』である、それはポジショニングである」と、絶賛推薦しています。
豊富な広告の成功事例と失敗事例、情報過多社会でのポジショニング戦略の基本、実践方法が掲載されています。ポジショニングをリアルな市場での位置とイメージしていた人は、この本から新たな視座を得ることができ、ブランディングのノウハウが学べるでしょう。
ポジションを明確にするとは、具体的にどのような意味なのでしょうか?
実際のシェアと、人の頭の中、心の中での商品サービスのポジションは乖離しています。
例えば、スマートフォンの世界的なシェアは、iPhoneよりAndroidが高いのをご存知でしょうか? 誰もがスマートフォンといえばiPhoneを思い浮かべます。しかし、シェアはAndroidが圧倒しています(もちろん、そもそもの戦略の違いもあります)。
iPhone登場時の鮮烈な印象、スティーブ・ジョブズ氏の魅力、美しいUIや操作性などがあっというまに、「スマートフォン=iPhone」というポジションを築き、多くの人の脳内で残り続けているからです。ちなみに、スマートフォンを発明したのもアップルでなくIBMです。
2021年時点でのブランド別シェア1位はサムスン。それでも、スマートフォン=サムスンには、今後もならないでしょう。スマートフォン=iPhoneという、多くの人の脳内で確立されたポジションには揺るぎないものがあります。
(出典:7t.co/blog)
ポジショニングには、プロダクトポジションとコピーポジションがあります。少し前の時代までは、プロダクトポジション中心でも十分差別化が可能でした。しかし、近年のような情報化社会では、コピーポジションがかなり重要になります。
なぜなら、人々はあまりに多くの情報にさらされており、わかりにくいメッセージはすぐ忘却するからです。商品・サービスの強み、魅力を一行でシンプルに伝えることが、ポジショニング戦略において重要になってきます。
具体的にはシンプルで覚えやすいネーミング、商品紹介のコピーが求められます。その前提には顧客理解、自社の強みの理解、他社との位置関係の理解が必要です。
ポジショニング戦略とは、自社の商品・サービスを、どのような顧客層にどのように認識してもらうかを明確にして、マーケティング戦略に取り組むことです。
BtoBの場合はBtoCとは違い、一般消費者に商品・サービスを知られる必要はあまりありません。あくまで、狙っている市場で競合他社といかに差別化するか、独自のポジショニングを得るかという陣取りゲームのようなものです。
市場をセグメントし、見込み客が何を求めているかを理解するためにペルソナ(半架空の理想的な顧客プロファイル)を明確にしましょう。また、自社の商品・サービスの強み・弱み、他社の強み・弱み、顧客のニーズを踏まえてポジショニング戦略を進める必要があります。
最初にポジショニング戦略を決めて、それにそって製品企画、価格戦略、マーケティング戦略を進めることが大切です。
(参考:『ポジショニング戦略』『ラブロック&ウィルツのサービス・マーケティング』)
では、どのように自社や商品のポジショニングを決めればよいでしょうか? ここでは、ポジショニングを明確にする4つの手法を紹介します。
ポジショニングステートメントとは、企業がその商品・サービスのポジションを明確に文章で表明したものです。
新商品をブランド化するため、コンセプを固めるため、企業のポジションを明確にするために作成します。ポジショニングステートメント作成用のテンプレートは、さまざまな企業が無料で公開しています。
中でもシンプルなテンプレートは、元GoogleのSteve Blank(スティーブ・ブランク)氏が開発した以下のシンプルなフレームワークでしょう。
私たちは(Z)をすることで(X)が(Y)をするのを助ける
自社の商品サービスをZに、Xにお客様を、Yにお客様の成功を入れてみると骨組みができます。それをブラッシュアップしましょう。
ポジショニングマップは知覚マップとも呼ばれます。ポジショニングマップを作成すると、市場内で自社の商品・サービスのポジションを俯瞰できます。競合他社の位置と規模を以下の図のようにマッピングしてみると、独りよがりにならず顧客視点での自社のポジショニングを把握できるでしょう。
自社の商品・サービスの魅力が価格なのか? 機能性なのか? など優位性が見えることや、競合他社とぶつからない位置はどこかを把握できます。できるだけ他社と激突しないスペースを見つけて、自社のポジションを確立するのに役立ちます。
ポジショニングマップの例
バリュープロポジションは、1988年に米McKinsey & Companyのマイケル・ラニング氏とエドワード・マイケルズ氏の論文で使用されたことがきっかけで世にでてきた言葉です。
バリュープロポジションとは、競合他社では提供できず自社だけが提供できる価値、いわゆるオンリーワンの価値のことです。ただ、顧客のニーズを起点としてファクトにもとづいた価値であり、企業理念とは異なります。
バリュープロポジションは、事業戦略やマーケティングの核です。バリュープロポジションを明確にすることで製品企画、マーケティング、サービス、組織カルチャーなども競争上の優位性を持てます。
バリュープロポジションを明確にするチェックリスト、フレームワークなどもありますので、活用して自社が提供できる価値、自社の価値のポジションにいるか把握してみましょう。
ユニークセリングポイント(USP)とは、独自のセールスポイントのことです。
自社または製品が、他社よりもいかに独自の価値があり優れているかを知らせる手法です。
1940年代前半、テレビ広告のパイオニアであるテッド・ベイツ&カンパニー社のRosser Reeves(ロッサー・リーヴス)氏によって作られました。
USPは他社が競争ができないポイント、他社が提供していない特徴を打ち出すことがポイントです。独自性が伝わることで、ポジティブな印象が強く残り、ブランド想起レベルを上昇させます。
ここでは、SaaS企業やベンチャー企業でポジショニングを上手に活用している4つの事例を紹介します。
(出典:Zoom)
世の中には、Salesforce、HubSpotを知らなくても、Zoomを知っている人はたくさんいます。Zoomのすごさは、キャッチフレーズなしの「Zoom」で人々が何の商品・サービスか理解できることです。
「〇〇ならZoom」ではなく、ZoomはZoom、そのまま商品ジャンルになっています。「Zoomする」はWeb会議をするとイコールであり、メールする、ググる、電話すると同じレベルで日常会話で使いこなされています。例えば、「LINEする」があくまでLINEのみを指すことを考えると、凄さがわかります。
機能面だけ見れば、最近はGoogle meetもどんどん便利になり、各種ビジネスチャットもオンラインミーティングなどを簡単にできるようになりました。しかし、人々の頭の中に「Zoomする」はしっかり入り込んでいます。スマートフォン=iPhoneという第一想起があるように、Zoomのポジショニングは強固であり、人々の頭の中に残り続けるでしょう。
最近は、Zoom Phoneも出しました。これにより「Zoomする」の想起がどのように変化するかも注目したいところです。
(画像出典:Veeva Systems )
Veevaは製薬、医療機器、コンシューマーヘルスなどのライフサイエンス業界に特化したSaaS。世界シェアは80%です(出典:公式サイト)。
とも呼ばれています。ボードメンバーは業界出身者であり、医療機器、製薬業界というコンプライアンスに厳しい、専門知識が必要な業界にいち早く参入して、圧倒的なポジションをとりました。
参入障壁が高い業界で、トップのポジションを不動のものとしています。
SaaS業界はまだ新興市場。探せばナンバー1になれる領域はあるでしょう。早期に見つけて、ポジションをおさえることが理想です。
(出典:Tesla)
電気自動車といえばテスラです。実際にはテスラの事業内容は幅広く、人によって捉え方は多彩ですが、一般大衆にはそのようなイメージが浸透しているかと思います。
テスラのポジショニング戦略は、おもにCEOのElon Musk(以下マスク)氏が担っています。メディアへの登場の多さ、Twitterでの積極的な発信、世界的に重大な出来事が起きたときの耳目を集める発言などは、世間を揺るがし、株価を上下させ、人々にテスラの社名とマスク氏の顔を印象づけます。
驚くことに、2020年にテスラは「PR担当部署を解散させた」そうです。報道機関からの問い合わせへの回答停止、2021年時点でもPR部門を再度持つことはないと考えをのべています。米国の一般的なPR重視の企業とは真逆の方針です(2022年にTwitterを買収したので自社メディアは持ちましたが)。
現在のテスラ車のシェアは高く、電気自動車=テスラというポジションはファクトです。
正直、電気自動車については、今後数多くのライバルメーカーが参入してくるため、シェアトップでい続けられるかは微妙です。
それでも、おそらくiPhoneと同じように、多くの人の心にテスラの印象は残り続けるでしょう。第一想起ブランドとして刷り込まれ済みだからです。
さらに、テスラの場合「テスラ=イノベイティブ」「テスラ=宇宙事業(実際はスペースX)」「テスラ=破天荒」など、マスク氏の個性と紐づいたさまざまなブランドイメージが、人々の頭の中で構築されつつあります。
一般に企業の印象はばらつかないことが望ましいのでしょうが、経営者が広告塔の場合、さまざまな要素は一人の経営者の能力・人格と結びつき統合された個性に見えます。
CEOが広告塔だと、個人の個性が企業の独自性のアイコンとして人々の脳内に記憶されるわけですが、世の中には2人と同じ人はいないので、ある意味もっとも差別化を図りやすいポジショニング戦略かもしれません。
(出典:ものレボ株式会社)
ものレボ株式会社は、工程管理SaaS「ものレボ」を提供する日本のスタートアップです。
長年製造業に携わってきたメンバーが集まって立ち上げた「ものレボ」は、製造現場と少量多品種・短納期の調達ニーズを持つ企業のマッチングサイトです。
発注先への依存度が高く、営業力が弱い中小企業が系列以外からも受注でき、工場の稼働率アップと売上げ拡大につながるメリットがあります。発注企業は調達が効率的になるでしょう。「ものレボ」は2019年1月にリリースして、すでに国内外77社130工場に活用されています。
ものレボのポジション
グローバル化による大企業の海外移転、長引く不況によるコストダウン圧力など、日本の中小企業をとりまく環境は悪化する一方です。
「中小企業の強い味方」的なポジショニングはわかりやすく、顧客層だけでなく多くの人の共感を集めるでしょう。多くの中小企業が消えていくことは日本の社会課題であり、応援したくなるようなポジションにいるからです。
建設業界の施工現場の構造的な課題を解決するアンドパッドも似たポジショニングです。
日本ではDX化が遅れている業界がたくさんあります。ITで役立てることはあっても慣習、規制などが複雑で未着手になっている領域です。ここばかりは外資が参入してきても寄り添うことが難しいと思うので、チャンスがある空きスペースだと言えるでしょう。
マーケティング領域でのポジショニング戦略とは、見込み客の「頭の中のポジショニングを築く」ことが主な目的です。
さまざまなポジションがあります。「業界No.1」「業界の革命児」「オンリー1」「地域No.1」「〇〇領域のNo.1」「イノベーター」など、何か1位になれる領域があればベストです。
あるいは「Z世代の社長が率いる〇〇会社」「〇〇出身のCEOがいる会社」という人材を切り口にしたポジショニングもありでしょう。「新興国の〇〇を解決する」「〇〇の民主化を実現」でもよく、要は「見込み客に刺さる何か」で第一想起されることがポイントです。
ポジショニング分析フレームワークを活用して、まず自社の強み・独自性を多角的に分析してみましょう。そして、自社が第一想起されるためのマーケティング戦略を考えるのが大切で