マーケティングや営業のプロフェッショナルならば、顧客と良好な関係を築き、成約へとつなげるためには、相手の思考や行動パターンに合わせたコミュニケーションが重要であることは身をもって体感されていると思います。カギとなるのはお客様理解をどのように深めていくのかということです。
近年、脳科学や心理学の急速な発展により、人間の性格は5つの因子で構成されており、ある程度パターン化されていると分かっています。これにより、人の行動や傾向を予測しやすくなり、ビジネスの分野でも役立てられるようになりました。
本記事では、行動パターンをもとに人を4タイプに区別する分析手法「DISC理論」についてご紹介します。日本人に多いタイプの割合やマーケティングへの取り入れ方など、DISC理論の詳細を理解して、効果的なコミュニケーションの実践に役立てていただければと思います。
DISC理論はもともと1920年代に心理学者のWilliam Marston(ウィリアム・マーストン)博士により提唱され、1963年に行動科学者John Geier(ジョン・ガイヤー)博士により自己分析のツールとして応用されたのが発祥です。
DISC理論ではそれぞれの頭文字を取って、人間の行動傾向を「D=Dominance:主導型」「I=Influence:感化型」「S=Steadiness:安定型」「C=Conscientiousness:慎重型」の4タイプに区別しています。
出典:三菱電機ITソリューションズ「DISC理論とは?分析方法とタイプ別の適切な褒め方・叱り方」
自己分析ツールとして活用されることが多いですが、マーケティングや営業においては見込み客のタイプを把握することで、相手とのコミュニケーションの仕方や伝えるコンテンツの最適化ができるようになります。
まずは、ソーシャルスタイルとの違いやDISC理論での各タイプの性格、望まれるコミュニケーションの方法についてご紹介します。
ソーシャルスタイルは、「観察可能」な行動やコミュニケーションにもとづいて人間のタイプを「単刀直入なドライバー」「ノリが命のエクスプレッシブ」「和み重視のエミアブル」「冷静沈着なアナリティカル」の4つに分類する手法です。自己主張と感情表現の2軸で行動パターンを分類します。
それに対して、DISC理論は「根本的」な性格と特性にもとづいた分析手法です。外交的/内向的、タスク/人間関係の2軸で行動パターンを分類するという違いがあります。
どちらのモデルが本質的に優れているということはなく、最適なモデルは目標やターゲットユーザーによって異なります。仕事上の人間関係やコミュニケーションに重点を置く場合は、ソーシャルスタイルがより適切かもしれません。ターゲットユーザーの根本的な性格や傾向を理解したい場合は、DISCが適しているでしょう。
(ソーシャルスタイルについては、「ソーシャルスタイル理論とは?マーケティングに落とし込むための方法」で詳細に解説しているので、ぜひこちらも参考にしてください。)
ここまでDISC理論の概要について紹介してきました。以下ではDISC理論の各要素(「D=Dominance:主導型」「I=Influence:感化型」「S=Steadiness:安定型」「C=Conscientiousness:慎重型」)の詳細な性格やコミュニケーション方法について解説します。
主導型は外向的で挑戦することを好み、決断力が早く、主導権を握りたいタイプ。リスクを追うことはあまりいとわず、競争相手がいるときに最大限の力を発揮できると言われています。
相手に対して思ったことをはっきり言い、他人にコントロールされることを嫌がる主導型。また、自分で仕切りたがる傾向があり、形式的なルールを好まず、調和を保つことにはあまり関心がないといえるでしょう。ここまでの説明を聞くと、行動力があり、活発な性格の人や経営者が思い浮かぶかもしれません。
主導型は、常に迅速に結果を得たい性格。考えることと実行することが同じ傾向にあり、せっかちで目的重視、物事を効率的に進めたがります。相手が主導型であるならば、結論や具体策、アクションプランなどを早めに提示したほうがよいでしょう。
また、製品やサービスの購入に関する意思決定も迅速に行います。そのため、購入を前向きに検討している場合は、料金プランや購入の手続き方法など、「次に具体的に何をすればよいのか」を説明してあげましょう。
逆に商品やサービスに関心を持っていない場合は、継続的にアプローチしたとしても相手の固い意思をひっくり返すことは難しく、早めに見切りをつけて次の見込み客にアプローチすることも大切です。
主導型は結論を急ぐため、提案の際も問題点を長々と伝えるよりも、早めに解決方法を提示したほうが、コミュニケーションも円滑に進むでしょう。さらに、主導型の注意を引きたいのであれば、雑談も避けるべきです。こちらがもっとも伝えたい核心部分から話すようにしましょう。
テキストでメッセージを伝える場合も、長々とした文章は読まない傾向にあるため、結論のみを抽出した箇条書きなどが望ましいといえます。もちろん、結論を裏付ける事実などは、把握しておかなければなりません。
感情表現が豊かで、周りを自然と明るくすることができる、いわゆるムードメーカー的な存在です。社交的で、人と接することを好む傾向にあるといえるでしょう。常に楽しむことを見い出そうとし、人生はパーティーのような意識があります。
ただ、比較的大雑把なタイプのため、仕事の成果や人に対しての厳しさに欠ける側面もあります。また、詳細にこだわらず、時間にルーズな特徴も。メモすることなく「はいはい」と答え、右から左に抜けていくことも多いといいます。
主導型と比べると争いを避け、楽しく明るい雰囲気を好むため、雰囲気を和ませる雑談やアイスブレイクなどは必要といえるでしょう。また、製品説明のような詳細な話を淡々としてしまうと、その内容を忘れられるだけでなく、聞く必要がないと判断される可能性もあります。
詳細な話をするというよりも、その製品を導入したらどんな効果があるのか、顧客はどうやって課題を解決したのかなど、未来が想像できるストーリー性の高い話のほうが望ましいでしょう。
製品の特徴や機能、料金といった事務的で詳細な話には、耳を傾けない傾向にあります。そのため、モノよりコトの「その製品を導入することで、どのような体験や結果を得られるのか」といった視点から話すのも一つのコツです。
製品の機能以上に担当者の人柄を見ている部分もあるため、どの担当者が話しても内容が似かよる実務的な話は嫌う傾向にあります。話に個性が出るような、雑談をベースとした商談が望ましいでしょう。
名前の通り、安定した状況を好み、変化を嫌う傾向にあるのが安定型です。新しい仕事や方法などへの適応が遅く、自ら決断して行動するといった積極性に欠ける傾向にあります。
ほかのタイプと比べると際立った特徴があるというわけではありませんが、バランスに優れ、チームワークを大切にするなどの協調性がある点が特徴です。
安定型にとって何よりも大切なのは、安心感です。そのため、まずは相手が抱いている悩みや不安を聞き、その解決策を提示することが重要だといえます。
安定型は聞く力や素直に指示に従う力に優れている点を踏まえると、相手の話に寄り添いながら、具体的な策や今後の計画などを提示することが大切です。まずは不安を取り除くことを優先しましょう。
抽象的であったり、感覚的に言われたとしても安定型は具体的な根拠が見えなかったりすると「ほんとに?」と疑ってしまいます。あくまでも抽象的な話は避け、事実やデータベースでの提案を行いましょう。
人がどう感じているかといった感覚的なものよりも、データや資料などの「事実」を重視する傾向にあります。物事を分析的、論理的に考える傾向があり、納得するまで細部にこだわる完璧主義者の一面を持つでしょう。自分がしっかりと練り上げたやり方や考え方などを批判されると、聞く耳を持たずに殻に閉じこもってしまう側面もあります。
何事においても準備をしっかりと行う慎重型は、話の内容よりも事前に用意された資料などに記載している情報に目を通します。そのため、データや数値などの事実まで書かれた資料を事前に配布し、その資料を見ながら適宜補足するような提案が望まれるでしょう。
また、必要ならば複数の代案を用意するなど、事前準備をしっかりと行うことがカギです。
事実をもとに提案を受け入れるかどうかを判断するため、感情に訴えかけるような伝え方では慎重型には響きません。慎重型が見るのは、あくまでも内容のみです。そのため準備不足であったり、質問したことに答えられなかったりすると、慎重型からはあまり信用されないでしょう。
ここで、「日本人にはどのタイプが多いのか」と疑問に思う方もいるでしょう。この疑問を解明するには、多くの日本人にみられる性格や特性を知るのが有効だと考え、様々な調査結果や書籍を見てみました。そして、有効なアイデアを得られたのが作家橘玲氏の『スピリチュアルズ「わたし」の謎』です。
書籍の中で橘氏は、日本人のパーソナリティとして以下3つの特性を挙げています。
その理由として、橘氏は「狭い平地に多くの人間が暮らす日本では、極端的なムラ社会が構築され、共同体の輪を乱す者が排除されるようになったため」と述べます。また、6つの次元で各国の文化を定量的に測定するフレームワーク「ホフステードの6次元」によれば、日本人は男性性と不確実性が極めて高いと判明しています。
【男性性の特徴】
【不確実性】
ホフステード6次元モデルからは、日本人は仕事で大きな成果をあげることを重視する一方、リスクを避ける傾向にあることがうかがい知れます。
さらに、株式会社プロセスジャパンによる日本人の性格に関する調査結果では、日本人は神経質な傾向が高いとのこと。
イギリスの心理学者Daniel Nettle(ダニエル・ネトル)氏は書籍『パーソナリティを科学する』の中で、神経質傾向の人はネガティブな感情の検知能力が高いと指摘しているのです。
これらの調査結果もまた、橘氏が考える日本人のパーソナリティ(内向的・神経質・低い経験への開放性)を支えます。
上記の傾向をまとめますと、日本人に多いDISCタイプは、安定を好み変化を嫌う安定型(S)であり、他人と違う行動を望む主導型(D)は最も割合が少ないタイプだと考えられます。あなたの周りの人たちを思い浮かべてみると、体感的に安定型が大多数を占め、慎重型と感化型は多くも少なくもなく、主導型はごく一部ではないでしょうか。
ただし、これはあくまでも参考情報をもとに国民全体を推察した場合であり、パーソナリティや行動傾向は外部環境などの要因(生い立ちなど)によっても影響されるので注意が必要です。
それでは、DISC理論をマーケティングに応用するにはどうすればよいのでしょうか。DISC理論は以下の手順でマーケティングに応用しましょう。
ここからは、各手順の詳細を解説します。マーケティングに落とし込む方法も紹介していきます。
ペルソナとは、自社商材の理想もしくは典型的なユーザーを、一人の具体的な人物を思い浮かべられるまで詳細に設定したユーザー像です。
「20代の独身男性」「趣味は旅行」など、見込み客の属性を「群」として捉えるのではなく、ペルソナでは特定の一人にまで人物を絞っていきます。ユーザー像を詳細にするほど、見込み客が抱えている困りごとや問題点などがイメージしやすくなるためです。
ペルソナを作成すれば、困りごとや問題点を解決するコンテンツを提供できるようになり、見込み客へのマーケティングの施策の企画立案やアプローチがしやすくなります。
ペルソナ作成の際に、DISC理論にもとづいて対象ユーザーの性格や行動パターンの解像度を高めていくことで、提供するコンテンツの方向性も定まりやすくなります。
例えば、慎重型の見込み客を獲得したいならば、根拠となるデータや数値をベースとしたコンテンツの提供はもちろん、参考となる情報も複数用意したほうがよいでしょう。慎重型にとっては、豊富な検討材料が安心感を醸成するためです。
一方で、感化型は情報を詰め込みすぎたり、数字をもとに説明されたりすると受け入れない傾向にあります。そのため、イラストや図解を使った直感的に理解できるコンテンツやストーリー性の高いコンテンツが好まれるでしょう。
なお「潜在ニーズの見つけ方とマーケティングの手法」という記事でも紹介しましたが、ペルソナを見つけ、解像度を高める方法としては次の3つが挙げられます。
集めた情報をもとに、DISC理論のどのタイプに当てはまるユーザーが多いのかまで把握しておくと、効率的なマーケティングアプローチが可能になります。
また、BtoB企業の場合はペルソナの課題を十分に理解した上で、限定的な製品サービスの場合、事前に以下の項目も定め、企業や業界などを絞っておくことも有効です。
カスタマージャーニーとは、ペルソナの行動や思考、感情などを認知から製品の購買に至るまで、以下のように時系列で可視化したものです。
見込み客が必要としている情報や課題を、認知から購買に至るまで明確化することで、どのようなコンテンツを届ければよいのか把握する際に役立ちます。カスタマージャーニーを作成すると、どのような順序でどういった種類のコンテンツを届けたらよいのか、顧客視点で確認できるわけです。
もちろん取り扱い商材によって、購買までのプロセスを何段階にするかは異なります。カスタマージャーニーも、既存顧客や見込み客へのインタビューなどをもとに作成しましょう。
このときにペルソナ設定と同様、対象ユーザーがDISC理論のどのタイプに該当しているのかを定めておくことで、次の行動や施策が見えてきます。
例えば慎重型は、情報収集の手段としてWEBで検索したり、書籍やホワイトペーパーを読んだりして自ら調べることが多いです。一方、主導型は行動を優先する傾向にあるため、まずはリアルなセミナーやイベントに足を運んで、必要な情報を収集するかもしれません。
このようにDISC理論のどのタイプに該当するユーザーがペルソナとなりうるかを決めておくと、提供するコンテンツはWEBなのか、リアルコンテンツなのかを判断する基準となるでしょう。
なお、以下はあくまでも一例ですが、カスタマージャーニーを構成する主な要素となります。。
自社商材に合わせて、ペルソナと同様にカスタマージャーニーもカスタマイズしましょう。
CMO Councilの調査によれば、BtoBの購入者の87%が「WEBコンテンツが商材選定に影響を与える」と回答していることからも、コンテンツの重要性が高まっていることがわかります。
コンテンツと聞くと、ブログ記事やソーシャルメディア、ホワイトペーパーなどのWEBコンテンツを思い浮かべるかもしれません。しかし、自社主催の展示会やセミナー、商談で使用する紙の営業資料などのリアルコンテンツも忘れてはいけません。
多様な種類のコンテンツがありますが、DISC理論をもとに相手の性格や行動パターンに合わせたコンテンツ作成も大切です。例えば、主導型が見込み客であれば、商談の際に紙の資料を用意するよりも、実際に製品を使ってもらったほうが話がスムーズに進むでしょう。
一方で、慎重型の場合は事前にダウンロード可能なホワイトペーパーなどを送付したり、直接会って提案する際も事実やデータが書かれた営業資料などを持参したりする必要があります。
WEBサイトにトラフィックを集める際にも、DISC理論を用いて、最優先のペルソナがどのようなキーワード検索をしているか把握すれば、効果的なコンテンツ戦略の立案が可能です。
主導型や感化型は、「売上げ 向上方法」のように感情や直球系のキーワードを調べる傾向にあります。それに対して、慎重型や安定型は「業務効率 改善」のようなやや遠回りの事柄から外堀を埋めて最終的な「売上げ 向上方法」などにたどりつきます。
見込み客にとって価値あるコンテンツを作成したとしても、最適なタイミングで届けなければ期待した効果は見込めません。例えば、商材に興味を持っていない人に成功事例を渡しても、読んでもらえる確率は低いでしょう。DISC理論を用いれば、最適なコンテンツの配信タイミングや配信チャネルのヒントを得られます。
例えば、見込み客が安心感を重視する安定型であれば、いきなり商品の説明をするのではなく、SEOやメールマーケティングで見込み客の悩みや疑問を解決するコンテンツを発信し、徐々に信頼関係を構築するアプローチが望ましいといえます。また、MAツールを活用して、見込み客の閲覧ページに合ったホワイトペーパーやセミナー招待などをCTAもしくはポップアップで提示するのも有効です。
感化型であれば、製品の機能や導入後の効果を淡々と説明しても響きません。それよりも、成功事例を具体的に伝えるウェビナーの開催や、担当者のパーソナリティがわかるような雑談をベースにした商談などがよいでしょう。逆に慎重型や主導型は雑談では響かないため、製品導入による効果など、結論や事実をすぐに伝えたほうがよさそうです。
DISC理論は、心理学や行動科学に基づいた信頼性の高い分析ツールです。本記事を読んでいただくなかで、「私は安定型だ」「あの顧客は主導型だな」と思った方は多いのではないでしょうか。パーソナリティの構成要素はある程度決まっているからこそ、DISC理論を用いれば、解像度の高い顧客理解やコミュニケーション方法の最適化へとつなげられます。
特にペルソナを特定する際には、DISC理論にもとづいて見込み客の性格や行動の特性まで決めておくと、作成するコンテンツの方向性なども決めやすいでしょう。
例えば慎重型であれば、根拠となるデータや数値をベースとしたコンテンツ。一方で感化型はイラストや図解を適宜使用し、直感的に見やすいコンテンツを提示するといったように、見込み客の性格に合わせたマーケティング施策を検討する際にぜひ役立ててみてください。