ビジネスにおける見込み客や商談相手にはさまざまな性格特性があるため、「相手に合わせたコミュニケーション方法」を意識することが重要です。特に、マーケティング・営業といった直接顧客とのタッチポイントを持つ部門ほど、自身が向き合う顧客特性を理解することは大切といえるでしょう。
その際の分析・指標の1つとして用いられる考え方として、人の行動パターンを4つに区分した「ソーシャルスタイル理論」が挙げられます。ソーシャルスタイル理論とは、米国で提唱された、人の「言動・行動」を4種類のタイプに区分する考え方です。
ビジネスシーンでソーシャルスタイル理論を活用すれば、相手毎のコミュニケーションを行うための指針になります。今回はこのソーシャルスタイル理論について、4つのタイプに合ったコミュニケーション方法やマーケティングへの落とし込み方を、わかりやすく紹介します。
ソーシャルスタイル理論とは、1968年に米産業心理学者のDavid Merrill(デビッド・メリル)氏が提唱したコミュニケーション理論です。人の言動を4つのスタイルに分け、自分にとって「合う人」だけでなく「合わない人」の性格も理解することで、相手に合ったコミュニケーションが可能になります。
もともとは、アメリカ海軍が潜水艦の乗組員同士のスムーズなコミュニケーションを図るために考案されたとのこと。似たタイプは人間関係のトラブルが少なく、逆に敵対するタイプはトラブルの発生確率が高いという現状がありました。
そのため、何ヵ月も同じ艦内で生活をともにする乗組員同士のタイプをバランス良く配置したところ、帰還率が高まったといいます。
ソーシャルスタイル理論は「ドライバー」「エクスプレッシブ」「エミアブル」「アナリティカル」の4タイプ。『苦手なタイプを攻略するソーシャルスタイル仕事術』という書籍では、それぞれの性格を以下のように端的に表現しています。
同著では、以下のようにそれぞれのタイプにどの有名人が該当するかも紹介されています。
(参考:書籍『苦手なタイプを攻略するソーシャルスタイル仕事術』を基に、弊社にて作成)
例えば、明石家さんまさんは、バラエティ番組で見られるようなダイナミックなリアクションからも、ノリが命なエクスプレッシブと想定可能。一方で、冷静沈着な印象のあるイチローは、「結果が出ないとき、どういう自分でいられるか」という名言にも現れているように、アナリティカルタイプに分類されるといえます。
では、以降ではそれぞれの性格をもう少し深掘りし、望まれるコミュニケーションについても紹介していきましょう。
ソーシャルスタイルと比較されやすい理論として「DISC理論」が挙げられます。DISC理論はソーシャルスタイルと同じく、人間の行動傾向を4タイプに分けるフレームワーク。4要素の内訳は、以下のとおりです。
ソーシャルスタイル理論・DISC理論は、両方とも人間のコミュニケーションスタイルや行動特性を分類し、対人関係を理解し改善するためのフレームワークである点は同様です。
しかし、ソーシャルスタイル理論は主に「コミュニケーションの取り方・傾向」に焦点を当てている一方で、DISC理論は「(個人として)どのような行動をとるのか」という、単独で完結する特性に重点を置いているという違いがあります。
ここからは、ソーシャルスタイル理論で提唱されている4タイプの「性格」「望まれるコミュニケーションの方法」「嫌われるコミュニケーションの方法」について、それぞれみていきます。
ドライバーの特徴としては感情は表に出さず、メリハリがあり、力強い話し方をします。しっかり目を合わせて短めの文章で伝えたり、結論からはっきりと断定的に話したりする傾向にあるでしょう。経営者などはドライバーが多いといわれています。
決断が速く、大筋をつかんだらより短時間に結果を出そうと、どんどん進めていくドライバー。そのため人間関係よりも、仕事や課題を重視するタイプが多いでしょう。人に対しても、結論から話すことを求め、話が長いことを嫌う傾向もあります。
ドライバーは感情を抑えて要点をしっかり伝えようとするため、こちらも同じく感情を抑えながら内容に注力する姿勢が望まれるでしょう。合理的な考えの持ち主なので、結論から先に伝え、そのあと「理由→具体例」といったように決まったフォーマットで伝えられると理想です。
結論を早く求める傾向にあるため、ドライバーにはもちろん雑談などは不要。雑談をしてしまうと「早く本題に入って欲しい」と思われてしまうかもしれません。前置きが長い。あるいは、本筋とは関係のない話をダラダラされることを嫌がると認識しましょう。
言葉や声・態度などをすべてを使い、感情を大きく表現するのが、エクスプレッシブの特徴です。このタイプに属する人は、しっかりと目を見て感情を込め、抑揚をつけながら話します。
まわりを巻き込んで空気を明るくするほか直感的に判断するため、ドライバーと同様に決断が早い傾向にあるでしょう。とはいえ、話の内容というよりも、人間関係を構築することに重きを置くという側面もあります。
エクスプレッシブは発言内容がコロコロと変わりやすいといわれています。ただこれは必ずしも性格がいい加減という訳ではなく、新しいことに関心があるためです。
雑談などを通じて、相手が見聞きしたことのないような最新情報を伝えられると、グッと心の距離を縮められるかもしれません。なお、製品やサービスの契約などは、相手の気が変わらないうちに早く済ませておくことも大切です。
内容以上に熱量が伝わりやすい側面もあります。そのため相手に訴えかけるような話ができると、より理想といえるでしょう。
エクスプレッシブは、感情や場の盛り上がりなどを大切にするため、淡々と事務的な内容を伝えるだけでは、あまり相手に響かない可能性があります。料金や機能といった事実よりも、製品を導入することでどんな未来が待っているのか、想像を促すような提案が望ましいといえるでしょう。
相手の盛り上がり度合いに合わせないと「共感してくれていない」と感じ、提案に承諾してもらうのは難しくなるかもしれない点には、留意が必要です。
エミアブルの特徴を持つ人は、声や態度に穏やかさを感じさせ、周りに気配りをしながら同意を得るようにゆっくり話します。周りを励ましてサポートすることが得意で、仕事や課題に取りかかる前にまずは、人間関係を築くことに重きを置くといえるでしょう。
前述したように、徳川家康のイメージとして捉えられるこの性格は、「鳴かぬなら鳴くまで待とう、ホトトギス」という言葉にも表れている通り、辛抱強く待つことも得意です。
ただし、やや優柔不断なところがあり、決断に時間がかかってしまうといった欠点もあります。
エミアブルは相手に合わせたコミュニケーションが得意で、こちらからの提案も最初から拒否するといったことはないでしょう。とはいえ、決断に時間がかかるタイプですので、提案を受けるかどうかを急がせると、相手にとっては大きなストレスを感じます。
そのため、相手の懸念事項に寄り添いながら、一緒に考える姿勢が望ましいといえます。
前述した通り、結論を急がせてしまうと相手はストレスに感じてしまい、提案を断られる可能性がある点が懸念点です。
「考えてみます」と言いながら、結論を出すことに慎重になる傾向があるため、「今決めてください」といった会話はNG。相手がどういった懸念や不安を抱えているのかを聞き出し、共感しながらも、具体的な解決方法を提示してあげる姿勢が望ましいでしょう。
感情を表に出さず、論理的に淡々と話すのがアナリティカルの特徴といえます。無口で感情を抑えるアナリティカルは「何を考えているのかわからない」といわれがちなタイプです。
なお、ドライバーと同様に、人間関係よりも仕事や課題を重視するのが特徴で、理系出身の研究者のようなイメージもあるかもしれません。
誰かとコミュニケーションを取りながらというよりも、自分のなかで深く物事を考えるタイプで、意見を聞くと思ってもみないアイデアを持っている可能性もあります。
アナリティカルは感情ではなく、数値やデータといった事実や根拠を重視します。会話から得られる情報ではなく、複数の資料などを確認しながら慎重に検討したいため、事前の準備が大切。
製品やサービスの提案においては、関連する情報が記載された資料を複数用意しておき、当日はそれをもとに話を進めていく姿勢が望ましいでしょう。
相手が決断に迷っている場合は、追加情報などを送ると、判断材料が増えて喜ばれる可能性もあります。
感情に訴えかけるような対応は、アナリティカルには響きません。提案の前にしっかりと準備を行っているかどうか、根拠があるかなどを重視するため、具体的な話が好まれます。逆に抽象的な話では、相手は動かないと思ってよいでしょう。
ここからは、ソーシャルスタイルの各要素が「日本人にどの程度当てはまるのか?」について論考していきましょう。
結論をいえば、ドライバー型の性格特性は日本人にはあまり当てはまらない可能性が高いと考えられます。参考として、2019年にウェブ電通報が全国に住む15~29歳の男女1万人に行なった調査データをみてみましょう。
(出典:ウェブ電通報「若者の意識から見える今後の日本人の新しい特性?「しなやかな集団主義」とは」)
上図では、「人と話すときにはできるだけ自分の存在をアピールしたい」が32.5%、「大勢の人が集まる場では、自分を目立たせようとする」が20.6%と低い数値になっています。比較的ドライバーの特性に近い行動傾向の数値が低くなっていることがわかるでしょう。
もちろん、年代ごとにこの数値は増減するでしょうが、ドライバー特性を持った日本人は「比較的少ない割合である」と考えられます。
エクスプレッシブなタイプについても、身振り・手振りが多い印象がある諸外国に比べ、日本人には少ない特性であると考えられます。
日本人は感情を大きく表現するというよりも、どちらかといえば「大人しい」「落ち着いている」とのパブリックイメージがあるでしょう。例えば、niftyが公開している統計情報が、その考えを裏付ける良い参考例です。
(出典:niftyニュース「自分の性格 約6割が『真面目』と回答。60代以上では7割超え」)
男女別に自身の性格特性を尋ねた上記データでは「明るい」「サバサバしている」「愛想がいい」「人見知りしない」といった、エクスプレッシブに当てはまると想定される特性がいずれも低い数値でした。
以上のことから「日本人は比較的おとなしく、大きな感情表現はあまりしない」傾向が高いと推察可能です。
日本人は比較的エミアブルに当てはまる人の割合が高いと推測できます。特に、日本の労働現場では、「組織の中での協調性やチームワークを重視し、長時間労働を忠実にこなす価値観がある」と感じる人は少なくないのではないでしょうか。
また、仕事の中での人間関係やコミュニケーションが重要視されており、エミアブルなタイプが一般的な働き方にマッチしていると考えられます。
(出典:マイナビニュース)
個々人の実際の自己評価は別にしても、「和を以て貴しとなす」という言葉にも表れているように、日本人は集団の一員として行動する際、協調性を重視する傾向があるといえるでしょう。
日本の教育システムやビジネス環境では、詳細や正確さ、データに基づく意思決定を重視する傾向があり、多くの日本人が「論理的分析による思考が得意な傾向がある」と考えられます。
国立教育政策研究所が公開している調査データによれば、日本の数学的リテラシー・科学的リテラシーはいずれも高い数値であり、OECD加盟国のなかでも上位の成績だったとのこと。
(出典:国立教育政策研究所「OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント」)
数学的リテラシー・科学的リテラシーの定義について、端的にいえば以下のとおりです。
日本の学生はこれらの数値で高いスコアを獲得しているとのデータに基づけば、必然的にアナリティカルなタイプの特徴が一般的な日本人に当てはまると考えられます。
ここまで紹介したソーシャルスタイル理論は、マーケティングへの応用も可能です。以降より、具体的に解説します。
ペルソナは、見込み客となるであろうユーザー代表の一人を、詳細に特定したものです。
例えば「30代の既婚男性」「趣味は旅行」「都内に住む」「3歳の娘と5歳の息子がいる」など、見込み客の属性を「群」ではなく、特定の一人にまで絞っていきます。
ユーザー像を詳細にするほど、見込み客が抱えている困りごとや問題点などが想像しやすくなるため、それを解決するようなマーケティング施策も実行しやすくなるという理屈です。
なお、ペルソナを特定する際には、前述したソーシャルスタイル理論にもとづいて対象ユーザーの性格まで決めておくと、施策の方向性も定まりやすくなります。
例えば、アナリティカルであれば「データや数値といった事実をベースとしたコンテンツ」「情報の量を意識した網羅的なコンテンツ」などが好まれるかもしれません。アナリティカルにとっては、決断するための材料が豊富にあるほうが安心するといえます。
一方で、エクスプレッシブにアプローチするなら、データや数値というよりも提案の熱量や、いかに新鮮な要素があるかに心を惹かれます。そのため、感情に訴えかけるような話し方や最新情報などを盛り込んだコンテンツなどが好まれるでしょう。
ペルソナは一般的に、売上の大部分を占める上位2割程度の得意客から理想的なカスタマーを抽出し、顧客に実際にインタビューを行うことで定義していきます。設定したペルソナは、ソーシャルスタイル理論のどのタイプに当てはまるユーザーが多いのかまで把握しておくと、施策を実行する際に役立つのが一般的です。
次に、カスタマージャーニーとはペルソナの行動や思考、感情などを認知から購買に至るまで時系列で見える化したもの。
提供する製品やサービスによって異なりますが、一般的には以下のような要素で構成されます。
(カスタマージャーニーの例)
(ペルソナのストーリーの例)
見込み客が必要としている情報を、認知から購買という段階ごとに明確化することで「どういったコンテンツを届けるべきか」を把握する際に役立ちます。
なお、ペルソナ設定と同じように対象ユーザーがソーシャルスタイル理論のどのタイプに該当しているのかを定めておくと、「状況」「マインド」といった要素も可視化しやすいでしょう。
例えばアナリティカルは、人から話を聞くというよりも知りたい情報があればWEBで検索する、書籍やホワイトペーパーを読むといった「自ら調べる行動」が多いはず。一方で、行動的なドライバーは、人に話を聞いたり、リアルなセミナーやイベントに足を運んだりして情報収集するかもしれません。
なお、ペルソナやカスタマージャーニーの設定方法については「潜在ニーズの見つけ方とマーケティングの手法」の記事で詳しく解説していますので、ぜひ確認してみてください。
ブログ記事やソーシャルメディア、ホワイトペーパー、自社主催の展示会やセミナー、商談で使用する営業資料など、オンライン、オフライン問わずコンテンツ作成にも、ソーシャルスタイル理論は役立てられます。
前述した通り、行動的なドライバーが見込み客であればセミナーなど実際に足を運べたり、質問できたりするコンテンツのほうが望ましいといえます。一方で、アナリティカルの興味を引きたい場合は、ダウンロード可能なホワイトペーパーやWebコンテンツなどの作成に注力したほうがよいと推定できます。
見込み客にとって最適なタイミングで、最も必要とされる情報を届ける際にもソーシャルスタイル理論は役立ちます。
例えば、見込み客が決断の遅いエミアブルであれば、早々に製品導入後の変化を伝えても「その情報はまだ知りたくない」と思われ、成約にはつながらないでしょう。それよりも、相手の悩みを聞きだし、その困りごとを解決するような情報・コンテンツから提供したほうがよいといえます。
一方で結論を急ぐドライバーであれば、結局、製品を導入したらどんな効果があるのかを先に伝えたほうが、話もスムーズにいく可能性があるでしょう。
今回は、ソーシャルスタイル理論の4タイプの性格から望まれるコミュニケーション方法とマーケティングへの応用法について紹介してきました。
特にペルソナを特定する際は、ソーシャルスタイル理論にもとづいて対象ユーザーの性格や行動の特性まで決めておくと、作成するコンテンツの方向性なども決まりやすいかもしれません。例えばアナリティカルであれば、根拠となるデータや数値をベースとしたコンテンツ。一方で行動派のドライバーでなら、イベントやセミナーといったオフラインコンテンツの提供に注力するなど、見込み客の性格に合わせたマーケティング施策の検討に活用できます。それにより、各マーケティング施策の効果をさらに向上させられるでしょう。