中小企業庁の調査によれば、企業と小規模事業者の合計数は358.9万社と膨大です。その中から自社を選んでもらうためには、買い手に効果的にアプローチするための戦略が必要となるでしょう。
STP分析は、市場での自社の立ち位置を明確にして、買い手にどうアプローチすべきかを検討できる手法です。しかし、いざSTP分析を行おうとしても、やり方がわかる経験者が社内におらず、お困りの方もいるのではないでしょうか。また、自社の分析を行うために、他社の分析の例を参考にしたいとお考えになるかもしれません。
そこで本記事では、以下の内容について詳しく解説します。
どのようにSTP分析を行えばよいのかが理解でき、自社にあてはめて考えられるようになるでしょう。STP分析を生かして効果的なマーケティング戦略を立案できれば、売上げや利益の向上につなげられます。ぜひ最後までお読みください。
STP分析とは、Segmentation、Targeting、Positioningの頭文字をとった、3ステップのモデルです。製品やサービス自体の情報だけでなく、そのメリットを特定の顧客層に伝える方法を検討します。(Yieldfyより引用)
STP分析は、マーケティング理論の権威であるPhilip Kotler(フィリップ・コトラー)氏によって提唱されました。S・T・Pの各ステップは、それぞれ以下の分析を行うことを意味しています。
まず「S:市場を細分化する」では、これから自社が参入しようとする市場を細かく分けて考えます。
次に「T:狙う市場を決める」で、細分化した市場の中で自社がどの市場を狙うのかを検討します。その際には自社の強みを考えてみましょう。
最後に「P:自社の立ち位置を明確にする」で、競合企業の製品サービスを確認します。そして、自社が買い手からどのように位置づけられたいのかを明確にします。
STP分析は、1980年代以降、消費者のニーズと市場の規模が急速に拡大するとともに、マーケティングが「製品・サービス本位から、買い手本位へ」とシフトしたことで発展しました。(コトラーの「マーケティング2.0」)消費者ニーズと価値観を理解し、それに基づいて製品やサービスの開発・提供を行う重要性が認識されるようになりました。
また、情報技術の進歩で、企業は消費者のデータをより簡単に収集・分析することが可能に。それにより、お客様の属性やニーズに可能な限り深く寄り添ったマーケティングアプローチを実現できるようになりました。
そのような流れの中、市場を細分化して捉え、特定のターゲット層に焦点を当て、競合他社と差別化を打ち出す「STP分析」の考え方が発展していったのです。
これは「良い製品・サービスを作れば誰にでも売れる」という時代は終わり、企業は特定の買い手層に向けて製品サービスを開発・販売する必要に迫られるようになったことを意味します。
例えば、戦後の大量消費時代にテレビが初めて発売されたときは、映像が映れば多くの人に喜んで買ってもらえました。年代や性別、職業などによらず、どんな消費者でもニーズに大きな違いはありませんでした。
ところが、多くの消費者に普及し市場が成熟してくると「自分の好みのアプリと連携できるか」「スマート家電として利用できるのか」「薄型なのか」など、消費者のニーズが多様化しました。
売り手も「誰に対して」「どのような特徴のテレビを作るべきなのか」を明確にせざるを得なくなり、競争力のある分野を確立する必要があります。
成熟した市場では、ただやみくもに製品サービスを販売してもうまくいきません。市場の状況を見極めたうえで、自社の強みを活かしやすい戦略を考える必要があります。その戦略や施策の実行セグメントを考える際に使えるのが、STP分析なのです。
STP分析は、市場戦略を立てる際に重要なプロセスであり、BtoB企業/BtoC企業のいずれに対しても非常に有益です。
STP分析がBtoB企業にとって重要な理由は、「買い手に自社を選んでもらう戦略」が必要だからです。
BtoB領域においても今や、あらゆる分野で競合企業が存在します。例えば、ここ数年でBtoB ソフトウェア市場は右肩上がりを更新し続け、1兆円規模に成長しました。そのような中でBtoB顧客は、企業(ソフトウェア提供側)と直接コンタクトを取る以前に、購入意思決定の半分以上(リサーチ、製品比較、価格評価など)を完了しているというデータも。
顧客に自社の製品・サービスを選んでもらうためには、STP分析によって市場のニーズと自社の立ち位置を整理して、製品・サービスの価値を的確にアピールすることが不可欠だといえます。
例えば自社が、企業向けの会計ソフトを販売しているとします。このソフトを「どんな企業でも使える会計ソフトです」とアピールしても、どの買い手からも注目してもらえないでしょう。
これは、前述したように情報技術の発展(インターネットやWeb広告、コンテンツマーケティングなど)やニーズ・価値観の多様化により、買い手(企業)側が自身(自社)の課題に対する解決策をピンポイントで探せるようになったことに大きく起因します。
そのような状況を踏まえ、例えば「製薬業界の独特な商習慣に完全対応した会計ソフトです」などピンポイントなアピールを打ち出すことで、製薬業界の企業に関心を持ってもらいやすくなります。
どのような方向性を打ち出せばより効果的なのかは、市場や自社の状況によって異なります。STP分析はこのような戦略を見つけ出すのに有効な手法だといえるでしょう。
BtoC企業においても同様に、市場の状況や消費者ニーズを把握し、適切な戦略を立案するために重要です。STP分析を活用することで、市場を細かく区分けし、消費者の特徴やニーズを明確にでき、効果的なターゲティングと商品開発が可能になります。
BtoC企業はBtoB企業よりも母数が多く、一人ひとりの消費者や、異なるニーズや行動を見せる多様なセグメントに対応する必要があります。例えばBtoC-ECだけに限定しても、令和3年時点で日本国内における市場規模は20兆円を超えており、BtoB企業と比較すると遥かに熾烈な戦いを求められます。
そこで、STP分析を活用することで、消費者のニーズの違いを理解し、市場をよりわかりやすいセグメントに分割することができます。
例えば、消費財メーカーが新たな食器洗い洗剤を市場へ投入しようとする場面を想定してみましょう。
まずは、セグメンテーションです。食器洗い洗剤を利用するセグメントには、例えば「専業主婦(夫)」の方や「共働きの夫婦」、「飲食店の厨房など仕事で食器洗いをする方」などが挙げられます。
次に、ターゲティングの段階で、その中でどのセグメントに絞り込むのかというのを考えてみましょう。ここで、消費財メーカーの開発者が自社の商品の強みを分析したところ、他社の消費財メーカーの食器洗い洗剤よりも20%洗浄力が強いことが分ったとします。
「共働きの夫婦」は日々仕事と家事を両立しなくてはならず、可能な限り手軽に食器洗いを終わらせたいというお悩みがあります。また、「飲食店の厨房など仕事で食器洗いをする方」も料理によっては油汚れがなかなか落ちないというお悩みがあるかもしれません。
このような各セグメントのお悩みと自社の強みを掛け合わせて考えると、「共働きの夫婦」、「飲食店の厨房など仕事で食器洗いをする方」の2つのセグメントに絞り込むことができそうです。
最後に、ポジショニングをするにあたって、そのセグメントにどのように訴求していくのか。
例えば、「共働きの夫婦」であれば、「いかに時短で、食器の汚れをきれいに落とせるか」が訴求ポイントになりますので「数分間浸け置きしておくだけで、汚れを落とすことができる洗剤」といった価値訴求ができれば、競合他社との位置づけを明確にし、差別化された価値提案で競争力を向上させることができるでしょう。
STP分析は、会社として新しい分野に参入したり、新たな製品サービスの開発を始めたりする際に活用できます。
ここでは、ペプシコーラを例に解説します。
ペプシコーラの売上を大きく左右するのは「アプローチ可能な市場において、どれだけ大きなシェアを獲得できるか?」というポイントです。そのためペプシコーラは長年「ペプシコーラかコカ・コーラか、特にこだわりがない」という人に向けて、マーケティングの予算を集中してきました。
ところが、1985年にコカ・コーラが発売した「ニューコーク」の評判があまりに悪かったため、状況が一変しました。コカ・コーラに忠誠心を持っていた買い手がコカ・コーラから離れ、ペプシコーラを買うことを検討するようになったのです。
ペプシコーラはこのチャンスを逃さず、コカ・コーラから離れた人にターゲティングを行ない、大規模なキャンペーンを展開しました。そして「コカ・コーラの代わり」というポジショニングをアピールしたのです。その結果、その年の売上げを前年比で14%も伸ばすことに成功しました。
このペプシコーラの実例をもとに、STP分析の活用イメージをさらに深堀りして考察してみましょう。
■Segmentation
ペプシコーラは、市場をいくつかのセグメントに分けて考えました。
このように市場を細かく区分けすることで、それぞれのセグメントにおける消費者の特徴やニーズを把握できます。
■Targeting
「ニューコーク」の失敗をきっかけに「コカ・コーラから離れた消費者」をターゲットとすることに方針転換。彼らにアピールするマーケティング戦略に焦点を絞り込んで、より効果的なプロモーション展開を実施しました。
■Positioning
ペプシコーラは「コカ・コーラの代わり」というポジショニングを強調することで、消費者に対してペプシコーラがコカ・コーラと同等またはそれ以上の価値を提供できることをアピールしました。
このポジショニングにより、ペプシコーラは競争力を高めることができました。
この実例から分かるように、STP分析を活用することで、市場の変化に迅速に対応し、効果的なマーケティング戦略を立てることが可能です。また、自社がターゲットにすべき市場を明確にすることで、競合他社との差別化を図ることができるといえるでしょう。
ペプシコーラの1985年のキャンペーンは、STP分析の活用イメージを示す良い例です。市場状況の変化を見極め、適切なターゲティングとポジショニングを行うことで、大幅な売上増を成功させました。
(引用元:STP分析テンプレート)
STP分析を行う際には、テンプレートを順番に埋めていくと、初めての方でも進めやすいでしょう。Praxieによる上図のテンプレートがたいへん参考になるので、こちらに基づいて具体的な手順を解説します。STP分析の手順は、以下の3ステップです。
まずは市場に存在する「セグメント」を、思いつく限り列挙しましょう。セグメントとは、分類された買い手の集団のことです。
買い手のニーズに注目して市場を細分化することがポイントです。ただし細分化する際に使える指標は無限にあるため、有効な指標を知らないと、分析をうまく進められません。
そこで、市場を細分化する際に使える代表的な指標を4つ紹介します。これらの指標を使って、市場を整理してみましょう。
人口統計的変数とは、個人の基礎的な情報をもとにした指標です。以下に例を挙げます。
国による統計調査の結果を確認することで、どの属性の人がどれくらいいるのか、正確な数字を把握できます。ToCであればToBと比較してより利用の幅が大きく、他の指標について考えるための前提として使いやすい指標だといえるでしょう。
地理的変数とは、地理的な要因をもとにした指標です。以下に例を挙げます。
買い手のニーズは地域ごとに違いがあることが多いので、その違いをとらえて自社の戦略に活かしましょう。進出する国や地域を検討する際には、カギになる指標です。
心理的変数とは、個人の心理をもとにした指標です。以下に例を挙げます。
アンケートやヒアリングによる調査を行うことで、どういった属性の人が多いのかを確認できます。時代の流れによって変化が大きい指標なので、過去のデータにこだわらず、状況に応じて柔軟な対応が必要だといえるでしょう。
行動変数とは、個人の行動の傾向をもとにした指標です。以下に例を挙げます。
買い手の行動を分析して、どういった属性の人が多いのかを分類します。例えば「とにかく安く買いたい」という人もいれば「高くても品質が良いものがほしい」という人もいるでしょう。自社の業績と関係の深い買い手の行動を分析して、セグメントの細分化に活かすことが大切です。
セグメンテーションが有効であることを確認するための、基準も決めておくとよいでしょう。例えば、それぞれのセグメントが十分に大きく、区別がつき、アクセス可能で、反応が予測可能であることなどが重要です。
また、市場調査の重要性も考慮に入れてみてください。市場調査は、セグメンテーション分析に必要なデータを提供し、正確なセグメンテーション戦略の構築に不可欠です。
そして、時間や市場の変化に応じて、セグメント自体も変化することを認識しておくことが重要です。そのため、定期的なセグメンテーションの見直しと更新が必要となります。
セグメントを書き出せたら、次のステップに移ります。
次に、列挙したセグメントのうち、自社がどれをターゲットとするかを決定しましょう。
自社の「強み」と「弱み」を明確にして、セグメンテーションによって細分化した市場の中でどこを狙うのかを決め、その中で有望なセグメントを選択します。
自社の製品サービスに思い入れがあると、つい過大な評価をしてしまうこともあるでしょう。競合企業のほうが優れているポイントも適切に評価して、客観的に自社と比較することが大切です。
ターゲティングの際には「3C(市場、競合、自社)」の視点で考えるのがおすすめです。さまざまな視点から分析を行い、狙うべき市場を絞り込みましょう。
(参考:https://satori.marketing/marketing-blog/what-is-marketing/marketing-framework/)
まずは買い手や市場の視点から考えてみましょう。新しい市場に参入するのであれば、その市場が自社にとってどれだけ魅力的なのかが重要です。以下の項目は必ずチェックしましょう。
どんな競合企業がいるのかも、狙う市場を決める際に重要な視点です。あまりに競合が強ければ、その市場への参入は見送るのが賢明だといえます。以下のポイントをチェックしましょう。
最後に自社からの視点も考えます。市場に参入することが、自社の戦略などと整合性が取れているかを精査し、以下のポイントを確認しましょう。
その後、各セグメントについて書き出した「強み」と「弱み」を見比べることで、自社に最も適したセグメントを判断できます。
ターゲットセグメントの選択には、リスクが伴うことも忘れてはなりません。例えば「予想外の競争」「市場の変化」「セグメントの収益性の低下」などが考えられます。これらのリスクを評価し、必要に応じて緩和策を計画することも重要です。
最後に、ターゲットとするセグメントにおいて、自社の立ち位置を明確にしましょう。
そのセグメントに分類される買い手が、どのようなニーズを抱えているかを列挙します。買い手は製品・サービスを利用することで、何を得たいと考えているのかを言語化しましょう。
そのうえで、自社が買い手のニーズをどのように満たすのかを書き出します。製品・サービスの特徴が発揮されることで、買い手に何らかの貢献ができるはずです。
競合の製品・サービスと比較しながら、自社の製品・サービスは買い手から見て
など、どのように位置づけられるのかを考えましょう。
「ポジショニングステートメント」の作成も有用だといえるでしょう。これは一文または短いパラグラフで、企業がどのように自身を顧客や市場に対して位置づけるかを明確に示すものです。自社が提供する製品・サービスの「価値提案」を強調することが重要です。顧客が製品やサービスを利用することで得られる具体的な利益や価値を明確に言語化するとよいでしょう。
買い手から「この製品サービスを買いたい」と思ってもらえるポジションを確保するためには、そもそもどの市場をターゲットにするかが重要であり、市場をどのように細分化して考えるかにも関わってきます。
つまり、ポジショニングはSTP分析の「T」や「S」とも結びつきます。STP分析は、S→T→Pと一方通行で考えを進めていくだけではなく、S・T・Pの間を行き来しながら、分析を深めていくことが大切です。
同時に他の分析方法、マクロ分析に分類されるようなPEST分析や、ミクロ分析のマーケティングミックス(4P)などを組み合わせることにより、顧客セグメントの理解を深められます。
こうして、市場における自社のポジショニングを明確にできます。
STP分析をどのように行うのか、テンプレートを用いた例を解説します。BtoC企業とBtoB企業のそれぞれについて3社ずつ解説するので、自社でSTP分析を行う際の参考にしてください。
BtoCの場合、製品・サービスを認知してから購入までの検討期間がBtoBよりも短く、個人の判断のみで購入に至ることが多いといえます。そうした特徴を踏まえたうえで、STP分析を進めましょう。
以下の3社について、STP分析の例を解説します。
(ユニクロ)
まずは、衣料品を中心に販売するユニクロを例に、STP分析を行います。
■Segmentation
ここでは例として、買い手のニーズに応じて3つのセグメントを挙げました。性別や年齢といった人口統計的変数ではなく、好みやライフスタイルなどの心理的変数を用いて、セグメンテーションを行っています。
続いて、これらのセグメントのそれぞれについて、ターゲティングの分析を行います。
■Targeting
<セグメント:自分だけの特別な服がほしい>
・強み
・弱み
<セグメント:気軽に着られる普段使いの服がほしい>
・強み
・弱み
<セグメント:多種類の製品から好みに合わせて選びたい>
・強み
・弱み
各セグメントについて、ユニクロの強みと弱みを書き出しました。それぞれのセグメントを比較して、市場で最も優位に立てそうなセグメントを選びます。
競合となる多くの衣料品販売店とは異なり、ユニクロはSPA(製造小売業)である点が大きな特徴です。企画・生産・販売をすべて自社で行うため、すべての工程で一貫性を持たせつつ、柔軟な対応ができる点が強みだといえます。
この強みを生かすには、「気軽に着られる普段使いの服がほしい」というセグメントをターゲットとすることが、適当だといえるでしょう。こうして、次のステップのポジショニングで考察するセグメントを決定しました。
■Positioning
ターゲットとするセグメント:気軽に着られる普段使いの服がほしい
<ニーズ>
<ポジショニング>
オーソドックスなデザインで、高品質な衣類を比較的安価に提供する立ち位置。SPAの強みを生かして、大量生産によるコストダウンを実現しつつ、需要に合わせて柔軟に生産量を調整する。年齢や性別によらないニーズをとらえて、幅広い買い手に購入してもらえる製品を販売する。
ターゲットとするセグメントの買い手について、抱えていると想定されるニーズを列挙しました。そのニーズをどのように満たすかを考えて、ポジショニングを決定し、STP分析は完了です。ポジショニングを生かしたマーケティング戦略を考えることで、買い手に効果的なアプローチを行いやすくなるでしょう。
(コカ・コーラ)
次に、飲料を中心に販売するコカ・コーラを例にして、STP分析の例を解説します。
■Segmentation
「定番か新しいものか」と「若年層か高齢者層か」という2つの視点からセグメントを挙げました。年齢層を限定せず幅広いターゲットを設定するのであれば、「定番か新しいものか」の軸で考えるほうが適しています。そこで「失敗のない定番の飲料がほしい」と「いままでとは違う新しいものが飲みたい」の2つのセグメントを選び、ターゲティングのステップに進みます。
■Targeting
<セグメント:失敗のない定番の飲料がほしい>
・強み
・弱み
<セグメント:いままでとは違う新しいものが飲みたい>
・強み
・弱み
コカ・コーラは競合他社と比較して知名度が高く、大勢のファンを抱えている点に強みがあります。この強みを最大限に生かすためには、「失敗のない定番の飲料がほしい」セグメントをターゲットにすることが適しているでしょう。
ちなみに1980年代、飲料のコカ・コーラはライバル製品の「ペプシコーラ」に大きくシェアを奪われた時期があり、「Cola Wars」と呼ばれました。コカ・コーラは新製品の「ニューコーク」を販売したものの評判が悪く、そのタイミングでペプシコーラが大規模なキャンペーンを行ったことで、ファンを奪われてしまったのです。
コカ・コーラは長年にわたって飲料を販売してきた歴史があり、多くのファンがいるからこそ、新しい挑戦にはリスクが伴います。すでに多くのシェアを獲得している企業の場合、それを失うリスクも同時に抱えている点は、意識しておくとよいでしょう。
■Positioning
ターゲットとするセグメント:失敗のない定番の飲料がほしい
<ニーズ>
<ポジショニング>
「誰もが知る定番の飲み物」を販売する立ち位置。新しい製品で驚かせることよりも、大勢の人に安心して飲んでもらうことが重要。長年のファンを裏切らず、変わらないおいしさを提供する。
STP分析を行うことで、コカ・コーラには「定番の飲み物」という、他社には真似が難しいポジショニングが可能であることがわかりました。安定した販売が見込めるこの立ち位置を維持することで、長期的に大きな利益につながると考えられます。
(スターバックス)
続いて、コーヒーショップチェーンのスターバックスを例にして、STP分析を行います。
■Segmentation
例として人口統計的変数のうち、「年齢」を用いてセグメンテーションを行いました。また買い手の人物像を明確にして分析を行いやすくするため、会社員は「高収入」、高齢者は「時間に余裕のある」という特徴を付け加えました。これらのセグメントについてターゲティングの分析を行い、スターバックスが競合企業に対して強みを発揮できるものを探ります。
■Targeting
<セグメント:高校生>
・強み
・弱み
<セグメント:高収入の会社員>
・強み
・弱み
<セグメント:時間に余裕のある高齢者>
・強み
・弱み
スターバックスは自宅や職場以外の居場所である「サードプレイス」を提供することを表明しており、忙しく働くビジネスマンに、くつろげる場所を提供できます。またスターバックスには「競合他社よりも価格が高めである」という弱みがありますが、高収入の会社員であれば、高めの価格も受け入れやすいと考えられます。
よって、「高収入の会社員」をターゲットとするのが、最もスターバックスの強みを発揮しやすいといえるでしょう。
■Positioning
ターゲットとするセグメント:高収入の会社員
<ニーズ>
<ポジショニング>
コーヒーを飲みながら仕事を進めたり、ゆっくり休んだりできる、落ち着いた空間を提供する立ち位置。競合他社よりも高めの価格を設定し、そのぶんサービスの品質を向上させる。
低価格をアピールする競合他社も少なくない中で、あえて高めの価格を設定することは、差別化につながります。その結果、「多めにお金を払ってでも上質なコーヒーと快適な空間を手に入れたい」と考える買い手だけが集まり、ブランドのイメージアップにつながる可能性があります。
STP分析で自社の強みを整理することで、価格以外の訴求ポイントを発見できることは少なくありません。価格競争が激しい市場に対しても、STP分析は有効です。
BtoBの場合、買い手が製品サービスを認知してから購入するまでに、社内で長い時間をかけて検討する傾向があります。また、購入の意思決定には複数の決済者が関わることが多いです。STP分析を行う際には、こうした特徴を意識しておきましょう。
以下のBtoB企業5社について、STP分析の例を解説します。
(SmartHR)
まずは人事労務システムをSaaSで提供するSmartHRを例に、STP分析の例を解説します。
人事労務システムは「入社や退社の手続き」や「年末調整」など、人事労務に関わる幅広い業務をサポートする機能を備えています。SmartHRと競合するサービスは多数あるため、立ち位置を明確にすることが重要です。
■Segmentation
業界・業種によらず、幅広い企業が人事労務システムを必要としています。そのため、多種多様なセグメントを設定可能です。ここでは従業員数とコストに注目し、「コストを抑えたい中小企業」と「高額でも充実した機能を利用したい大企業」について、ターゲティングの分析を進めます。
■Targeting
<セグメント:コストを抑えたい中小企業>
・強み
・弱み
<セグメント:高額でも充実した機能を利用したい大企業>
・強み
・弱み
SmartHRは「¥0プラン」を用意しており、競合他社との差別化ポイントになりえます。実際、無料トライアル期間を設定している競合は多い一方で、トライアル期間終了後も無料で使えるシステムはほとんどありません。「¥0プラン」を利用できるのは従業員数30名以下の企業に限られるため、「コストを抑えたい中小企業」のセグメントをターゲットとする戦略が、有効だと考えられます。
なお、「¥0プラン」を導入した企業が成長して従業員数が増えれば、有料のプランに切り替えてくれると見込めます。無料でSmartHRを使う企業を増やすことで、将来的な収益につなげられるのです。
■Positioning
ターゲットとするセグメント:コストを抑えたい中小企業
<ニーズ>
<ポジショニング>
「無料で使える人事労務システム」という立ち位置。従業員数30名以下の企業に対して、無料で幅広い機能を提供し、業務の効率化を支援する。従業員数が増えた際には、有料プランへの切り替えを促しつつ、切れ目なく支援を継続する。
人事労務システムの必要性を感じつつも、費用面が課題となり、導入に踏み切れない中小企業は少なくないと考えられます。そうしたセグメントに「SmartHRなら無料で使える」ことを認知してもらうことを目指し、マーケティング戦略を立案することで、大きな成果につながる可能性があります。
(Repro)
次に、SaaSのマーケティングツールを提供するReproについて、STP分析の例を解説します。
なおReproが提供するツールとしては、Web接客によってコンバージョンを改善する「Repro Web」や、アプリ内の体験を向上させる「Repro App」などがあります。
■Segmentation
マーケティングツールの利用を検討する企業は多様であり、従業員数やマーケティング予算の規模でセグメントを分けることも可能です。しかし、Reproはカスタマーサポートに特徴がある企業であることから、ここでは「手厚くサポートしてほしい」と「自社内のノウハウを使って自由に進めたい」という対照的なセグメントに注目します。これらについて、ターゲティングの分析を行います。
■Targeting
<セグメント:手厚くサポートしてほしい>
・強み
・弱み
<セグメント:自社内のノウハウを使って自由に進めたい>
・強み
・弱み
Reproはツールを提供するだけでなく、マーケティングのプロによる充実したサポートを行っている点に強みがあります。ツール導入後に実際に成果を得るところまで支援してもらえることは、買い手にとって大きな魅力だといえるでしょう。よって、Reproは「手厚くサポートしてほしい」というセグメントをターゲットとすることで、市場で優位性を発揮しやすいと考えられます。
■Positioning
ターゲットとするセグメント:手厚くサポートしてほしい
<ニーズ>
<ポジショニング>
ツールを提供するだけでなく、充実したカスタマーサポートを行う企業という立ち位置。社内のマーケティング人材の不足に悩む企業に対して、施策の計画から実行・改善までを一貫して支援する。
マーケティングツールを提供している企業は少なくないため、ツールの機能や性能だけでは差別化が難しい可能性があります。Reproのように独自の支援サービスを用意することで、競合他社とは違った形で価値提供が可能です。競合他社とは異なるポジショニングを考える際に、参考になる事例だといえるでしょう。
(OKAN)
OKANが提供する法人向け置き型社食サービス「オフィスおかん」について、STP分析の例を解説します。
オフィスおかんは、オフィスに設置した冷蔵庫に、定期的にお惣菜が届くサービスです。導入企業の社員は、好きなタイミングでお惣菜を冷蔵庫から取り出し、手軽に食べられます。
■Segmentation
企業が抱えているであろうニーズに基づいて、セグメントを列挙しました。オフィスおかんの主な競合となるのは、社員食堂サービスやコンビニエンスストアで購入する食事、またはオフィス近隣での外食です。次のターゲティングのステップでは、競合と比較しつつ、各セグメントの強みと弱みを整理します。
■Targeting
<セグメント:食事にかける時間を短縮したい>
・強み
・弱み
<セグメント:社員食堂のコストを削減したい>
・強み
・弱み
<セグメント:社員の食生活を改善して健康に配慮したい>
・強み
・弱み
手早く食事をするだけであれば、コンビニエンスストアで購入したり、インスタント食品で済ませたりすることが可能です。しかし、オフィスおかんのサービスは「健康に配慮している」点に特徴があり、大きな強みだといえます。
また、社員食堂を導入するには、予算だけでなく場所や人員の確保といった問題もあり、実現が難しい場合が少なくありません。栄養バランスの整った食事を社員に提供したいと考えているものの、現実的な手段がなくて困っている企業は多いことが予想されます。
そこで「社員の食生活を改善して健康に配慮したい」セグメントをターゲットにすることで、オフィスおかんの強みを生かせると考えられます。
■Positioning
ターゲットとするセグメント:社員の食生活を改善して健康に配慮したい
<ニーズ>
<ポジショニング>
「健康経営を支援する」という立ち位置。社員食堂の運営が難しい企業が、栄養バランスの整った食事を社員に提供する手段として利用してもらう。時間帯にしばられず、オフィス内で手軽に食べられるという利便性は、外食との差別化ポイントとなる。
近年では経済産業省が健康経営を推進しており、企業の関心が高まっています。しかし、具体的な施策が見つからず、実行に移せていない企業は少なくないと考えられます。そのため「健康経営を支援する」という立ち位置でサービスを提供することで、多くの企業に価値を感じてもらえる可能性があるでしょう。
(引用:Salesforce)
Salesforceは、CRMツールの世界的なリーディングカンパニーです。企業が顧客との関係を維持・管理し、営業、カスタマーサポート、マーケティング活動を効率化するためのSaaS製品を世界中の企業に提供。主要な顧客企業は米国であり、カリフォルニアだけで9000の顧客が存在すると言われています。
ここでは、代表的なプロダクトである「Sales Cloud」を例に挙げて考えます。「Sales Cloud」はSalesforceの中心的な製品であり、同社が最初に提供を開始したCRM/SFAソリューションです。リード管理や営業予測、契約管理、パフォーマンス管理など、営業担当者が効率的に働くための一連のツールを提供しています。
■Segmentation
業界・業種によらず、幅広い企業がCRM/SFAを必要としています。そのため、厳密に考えると多種多様な相当量のセグメントを設定可能です。ここでは従業員数とコストに注目し、「コストを抑えたい中小企業」と「高額でも充実した機能を利用したい大企業」について、ターゲティングの分析を進めます。
■Targeting
<セグメント:コストを抑えながらもCRM/SFAを導入したい中小企業>
・強み
・弱み
<セグメント:高額でも充実した機能を利用したい大企業>
・強み
・弱み
企業規模や業界に応じたターゲティング戦略を展開していることがSalesforceの強みです。例えば大企業向けには「Salesforce Enterprise」、中小企業向けには「Salesforce Essentials」などの製品を提供。また、特定の業界に特化したカスタマイズソリューションも提供しており、顧客ニーズに応じたアプローチ・製品提案が可能です。
なお、当初は「Essentials」を導入した企業が成長して従業員数が増えれば、上位プランに切り替えてくれることも見込めます。廉価にSalesforceを使う企業の裾野を広げることで、将来的な収益につなげられるのです。
■Positioning
ターゲットとするセグメント:高額でも充実した機能を利用したい大企業
<ニーズ>
<ポジショニング>
シンプルで使いやすいインターフェースや、柔軟なカスタマイズが可能なプラットフォームで「顧客の成功を最優先に考える」というポジショニングを確立。これにより、SalesforceはCRM/SFA市場での競争力を維持し、リーダーの地位を確立しています。
(引用:HubSpot)
HubSpotは、インバウンドマーケティング、営業、CRM、サービス、オペレーションに焦点を当てたオールインワンのソフトウェアプラットフォームを提供しています。使いやすさと優れた顧客サポートで知られています。
ここでは、HubSpotが最初にリリースしたプロダクト「Marketing Hub」(マーケティング活動を効率化し、改善するための一連のツール)に当てはめて考えていきます。
■Segmentation
HubSpotは、以下のようなセグメントに顧客を分類し、特に中小企業やスタートアップに焦点を当てたターゲティング戦略を展開しています。
特に、中小企業やスタートアップに焦点を当てて見ていきましょう。中小企業やスタートアップは、世界中に数多く存在し、巨大な市場を形成しています。
HubSpotはこの市場をターゲットにすることで、大きなビジネスチャンスを狙っているといえます。一方で、競合は大手企業向けにサービス提供を想定しているケースが多いため、中小企業やスタートアップをターゲットにすることで、競合との差別化を図り、独自の市場を開拓しているのです。
■Targeting
<セグメント:コストを抑えたい中小企業やスタートアップ>
・強み
・弱み
中小企業やスタートアップは、限られたリソースで効率的にマーケティングや営業活動を行いたいニーズが高いため、HubSpotのような手頃な価格で使いやすいCRMプラットフォームに対する需要が高いといえます。
ビジネスのグロースが早いケースも多く、これらの企業がHubSpotを利用することで、成長に伴って高機能・高価格のプランに移行する可能性も。HubSpotにとっては、長期的な収益向上を期待できるといえるでしょう。
また、中小企業やスタートアップのコミュニティでは、ビジネスの現場で活用すべきSaaS製品に関するクチコミが非常に重視される傾向。このセグメントに対してHubSpotが満足のいくサービスを提供できれば、クチコミによってさらなる新規顧客獲得も期待できます。
■Positioning
ターゲットとするセグメント:コストを抑えたい中小企業やスタートアップ
<ニーズ>
<ポジショニング>
Hubspotは、中小企業やスタートアップに対して「手頃な価格で使いやすいオールインワンのマーケティングプラットフォーム」を提供しているというポジションを確立。このポジショニングにより、Hubspotはコストやリソースが限られた中小企業やスタートアップにアピールし、競争力を維持しています。
STP分析を行うことで、市場での自社の立ち位置を明確にできます。そしてターゲットとするセグメントの買い手に、効果的にアプローチするための戦略を立案することが可能です。分析結果に基づいて、適切なマーケティングを行うことで、売上げや利益の拡大につなげられるでしょう。
STP分析を成果につなげるためには、正しいやり方で分析を行うことが大切です。本記事で解説したテンプレートや他社の事例を参考にしつつ、自社についてSTP分析を行ってみるとよいでしょう。