プロダクトアウトとマーケットインとは?プロダクトアウトとマーケットインの違いと事例をわかりやすく解説

2024/04/02
BtoBマーケティング プロダクトアウト マーケットイン プロダクトアウトとマーケットインとは?プロダクトアウトとマーケットインの違いと事例をわかりやすく解説

BtoBのSaaSなどの製品開発に携わる人やマーケティング担当者なら、これまでに「プロダクトアウトではダメ、マーケットインであるべき」「マーケットインはもう時代遅れ」「マーケットインとプロダクトアウトの二元論では語れない」などというフレーズを目にしたことがあるでしょう。

マーケティングの目線から考えたときも同様ですが、成功するマーケティングや営業活動は、常に買い手目線であることが重要です。当たり前ですが、今まで接点がなかった見込み客に対して「(自分よがりに)買ってください!」ではなく「(お互いのことを徐々に知るために)一度お話のお時間をいただけませんか?」という、相手の目線にも立った言動が関係構築をスムーズにします。

では、BtoBのSaaS企業はプロダクトアウト・マーケットインの考え方をどのように採用するべきなのでしょうか。今回は、プロダクトアウトとマーケットインの違いについて解説し、BtoBのSaaS企業での活用方法について論考します。 

プロダクトアウト・マーケットインとは?

プロダクトアウト・マーケットインとは、製品・サービスを世に送り出す際の起点となる2種類の考え方です。以下より、それぞれについてみていきましょう。

プロダクトアウトとは?

プロダクトアウトとは、企業が自らの技術力や資源を駆使して、市場に先駆けた製品を開発し、提供するアプローチのことです。この手法の核心は、既存の市場のニーズを超えた革新を生み出し、消費者の未知のニーズを刺激することにあると言えます。

たとえば、SONYのウォークマンや、AppleのiPhoneや、Teslaの電気自動車(EV)宿泊施設とユーザーのマッチングサービスAirbnbは、それぞれ市場に新たな価値観を提示し、消費者の生活様式や産業界全体に大きな影響を与えました。

これらの具体例から、プロダクトアウトとは「単に新製品・サービスを市場に投入すること」だけでなく「市場の枠組み自体を変革し、新たな需要を創出する力を持っていること」が読み取れます。

つまり、プロダクトアウトは「技術(サービス)革新」と「市場創造」の両方を目指す戦略として捉えることができるでしょう。

マーケットインとは?

マーケットインとは、市場のニーズや顧客の要望を深く理解し、顧客視点を製品・サービス開発の出発点とするアプローチです。つまり消費者の現在のニーズや、将来の期待を捉え、それに応える製品・サービスを提供することに重点を置きます。

たとえばAmazonや、大阪のテーマパークユニバーサル・スタジオ・ジャパン、マーケティングツールのHubSpot、FA機器の総合メーカー・キーエンスなどが、マーケットインの典型的な成功例です。彼らは顧客体験を最優先に考え、顧客からのフィードバックを製品・サービスの改善に活かすことで、顧客満足度の向上と事業の成長を実現しています。

マーケットインは、市場と顧客の声に耳を傾け、それに応えることで、持続可能な成長を目指す企業にとって不可欠な考え方だと言えます。

プロダクトアウトとマーケットインの違い

プロダクトアウトとマーケットインの違いは、製品・サービス開発における焦点の置き方にあると言えます。

プロダクトアウトは、自社が持つ技術や製品の特徴を最大限に活かし、市場をリードする革新的な製品を開発すること、イノベーションを起こすことに重点を置きます。つまり、開発チームが持つアイデアや技術をもとに製品を作り、それを市場に提供するアプローチです。

一方、マーケットインは、市場や顧客のニーズ、問題点を深く理解し、それらに応える製品・サービスを開発することに焦点を当てます。まずは顧客の声を聞き、市場調査をもとに製品開発を進めることで、顧客満足度の高いサービスを提供しようとします。

つまり、プロダクトアウトは「自社の技術ありきで、どんな製品・サービスを世に送り出せるか」を追求し、マーケットインは「市場のニーズありきで、消費者の声にどう応えるか」を探求する開発戦略です。

プロダクトアウトとマーケットインの違い

日本のプロダクトアウト・マーケットイン発展の歴史

プロダクトアウト・マーケットインは「素晴らしいプロダクトを開発する」「売れるプロダクトを開発する」という目的は同じですが、歴史を振り返ると、その時代のビジネス環境にあった戦略が優先されてきたことがわかります。

以下より、戦後日本においてそれぞれの考え方がどのように発展してきたのかみていきましょう。

【戦後~1960年代】プロダクトアウト全盛の時代

戦後から高度経済成長期にかけては、物がない時代ですので「作れば売れる時代」と言えます。詳細にニーズを把握しなくとも海外先進国にある製品・サービスを真似たり、国内向けにアレンジして開発したりするだけで売上げが伸びました。現在の新興国の状況に近いでしょう。

トヨタは戦後の復興期に品質と生産効率を追求した「トヨタ生産方式」を確立し、自社製品を国内外に供給しました。

プロダクトアウト全盛時代の「トヨタ生産方式」

(出典:トヨタ自動車75年史「第4項 トヨタ生産方式の構築と展開」)

トヨタ生産方式は「ムダ・ムリ・ムラ」を排除し、生産効率を極限まで高めるという考え方に基づいています。必要な部品を必要なときに必要なだけ生産する「ジャストインタイム生産」や、現場の問題点を即時に改善する「自己完結品質管理」などを取り入れつつ、徹底的な品質管理を実施しました。

これらの戦略により、トヨタは戦後から1960年代のプロダクトアウトの時代において大きな成功を収め、世界的な自動車メーカーへと成長したのはご存知のとおりです。

【1970〜1980年代】マーケットインの台頭

基本的な生活必需品が世の中に行き渡り、市場は成熟し、人々の価値観も多様化し始めます。その価値観に合わせた商品・サービスが求められ始めたことで、企業は差別化の競争をする必要に迫られました。その結果、市場のニーズを理解し、それに応じた製品を開発・提供するマーケットインの考え方が重視されるようになるのです。

SONYはこの時代、パスポートサイズで手軽に持ち歩ける8ミリビデオハンディカムなど、消費者のライフスタイルや好みに合わせた製品を開発し、大きな成功を収めています。

SONY ハンディカム

(出典:ソニーグループポータル | Sony History 第3章 鞄にポンッ!パスポートサイズ

このような製品は、ユーザーのニーズを反映したマーケットインの戦略の結果だったと言えるでしょう。

【1990~2000年代】顧客中心の時代

バブルが崩壊し、すでに市場が成熟している「物あまり」の時代であり、顧客ニーズに沿うマーケットイン戦略が継続して重視されました。企業も人も「安くて良い物」を志向するようになり、グローバル化が急速に進んだ時代でもあります。

多くのメーカーが工場を海外移転し、製造コストを削減します。100円ショップが成長するなど、いわゆる価格面での顧客ニーズに応える企業が増えたのです。

この時代には、ITの進化により情報が飛躍的に増加し、消費者のニーズがさらに個別化・高度化しています。企業は顧客のニーズを深く理解し、顧客満足を最大化するための製品開発やサービス提供が求められるようになりました。

さらには、1998年に出版された『CRM−顧客はそこにいる』によって、現在に至るCRM(Customer Relationship Management)の概念も確立されました。顧客データベースをもとに、ITを活用して顧客との関係を築いていこうとするマーケティング手法として、顧客中心の経営手段が普及しはじめたのです。

書籍「CRM-顧客はそこにいる」

(出典:Amazon

【2010年代~現代】デジタル時代の本格的な到来

近年はデジタル技術の進化(例:インターネットやスマートフォン、AI、ビッグデータなど)によりSNSや口コミが普及してきました。それにより、企業は顧客との直接的なコミュニケーションを通じてニーズを把握し、それに基づいた製品開発が可能になっています。

「マーケットインが正しい」「プロダクトアウトが正しい」という極端な言説は少なくなり(存在はしますが)、「両方大事である」という言説が増えてきています。「デザイン思考」「ネクスト・マーケットイン」など、マーケットイン・プロダクトアウトを包括するような新しい概念も登場するなど、さまざまな理論が混在している状況です。

プロダクトアウトのメリット・デメリット

ここからは、プロダクトアウトのメリット・デメリットについてみていきましょう。

プロダクトアウトのメリット

自社起点で商品・サービスを作り上げていくプロダクトアウトには、以下のようなメリットがあります。

  • 革新的な製品が生まれやすい
  • 独自性のある製品開発が可能
  • 自社リソースをもとに開発できる

プロダクトアウトは、企業の技術力・製品開発力次第では、技術革新に繋がる可能性があります。革新的なプロダクトを生み出せれば、市場に新たな価値を提供し、競争優位性の確立を実現できるでしょう。

特にSaaS系企業が顕著なのですが、既存の技術やリソースを用いた製品開発は、開発から市場投入をスピーディに行うことも可能です。SaaS領域のプロダクトアウトの成功例としては、米MicrosoftのMicrosoft Office Communicatorが挙げられます。

プロダクトアウトの成功例「Microsoft Office Communicator」

(出典: windows report「Where is Microsoft Office Communicator in Windows 10/11, 8?」)

2007年にリリースされたMicrosoft Office Communicatorは、LyncやSkype for Businessを経て、現在のMicrosoft Teamsに進化しています。

Microsoft Office Communicatorは、その当時としては革新的な要素を持っていました。インスタントメッセージ、音声通話、ビデオ通話、Web会議といった機能を1つのプラットフォームに統合して提供することにより、今では当たり前のオフィスコミュニケーションツールの礎を築いたのです。

プロダクトアウトのデメリット

プロダクトアウトのメリットと反対に、デメリットとしては次のとおりです。

  • 開発した製品を市場に浸透させるコストが高い
  • 誰もが必要としないプロダクトを作る可能性もある
  • ユーザーに不要な余剰な機能をつけることがある
  • 市場をよく捉えておらずローンチのタイミングを大きく外すケースもある

プロダクトアウトに傾きすぎると、「自社の作りたいもの、作れるもの」に重点を置きすぎて、市場から求められないプロダクトを開発してしまう可能性があります。

そもそも新製品開発とは非常にシビアなものであり、ハーバード大学ビジネススクールのClayton Christensen(クレイトン・クリステンセン)教授によると、毎年3万以上の新しい新製品が発売され、その80%が失敗に終わるとのこと。新製品導入による事業展開は非常にリスクが高いため、BtoB・SaaS企業における製品開発も、なおさら慎重になるべきでしょう。

実は、前述したジョブズ氏も、数々の失敗を重ねた人物です。たとえばApple Lisaは、ジョブズ氏のお嬢さんの名から製品名をとり、1983年に「世界初のGUI搭載商用コンピュータ」として売りだされた製品。しかし、値段が1万ドルと高い上にサイズが大きく、デザインも顧客ニーズから外れたものであったため、1年後にはたちまち姿を消した幻の製品です。

世界初のGUI搭載商用コンピュータ

(出典:GIZOMODO「スティーブ・ジョブズ失敗集」)

ジョブズ氏の別の失敗例を挙げると、2007年発売当時に出たApple TVは、売れる材料が揃っていたにも関わらず、市場からすぐに姿を消した製品です。

インテル製チップやWi-Fi、HDD記憶容量最大160GBなどの性能が備わっていたにも関わらず、「ストリーム再生ができるのはH.264かMP4の動画だけ」「映画・TV番組の購入もレンタルもできない」という制約があったため、大した売上げには繋がりませんでした。

2007年発売当時に出たApple TV

(出典:GIZOMODO「スティーブ・ジョブズ失敗集」)

iPhoneやMacのような華々しい成功プロダクトを世に送り出しているジョブズ氏ですら、このようにプロダクトアウトによる新製品開発の成功率は低いのです。

マーケットインのメリットとデメリット

では、マーケットインのメリット・デメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。以下より、それぞれについて解説します。

マーケットインのメリット

まず、マーケットインのメリットですが、代表的なものは次のとおりです。

  • 市場調査をしているので一定の売れ行きは確保しやすい
  • 市場調査の段階で新たなマーケットを発見できる
  • 顧客満足度の高いプロダクトを開発できる
  • 企業が思いつかない顧客のアイデアを活かせる

マーケットインの取り組みでは、製品開発の前に顧客ニーズを把握するための市場調査を行います。具体的な市場ボリュームやニーズの傾向について把握できるため、売上げ予測を立てやすく、一定の利益は得られることでしょう。

調査で得られたニーズを深ぼっていけば、新しい市場の発見や、より顧客満足度の高いプロダクト開発に繋がります。これを踏まえれば、マーケットインの肝はデータ活用にあると言えるかもしれません。

たとえばHubSpotは、マーケティングや営業、カスタマーサービスで必要な機能を集約した統合型プラットフォームという製品特徴を持っています。HubSpotリリース当時、市場は従来のアウトバウンドマーケティングの手法に囚われていました。

しかし、同社Brian Halligan(ブライアン・バリガン)氏Dharmesh Shah(ダーメッシュ・シャア)氏が市場のインサイトを捉え、マーケットイン型でプロダクト展開。インバウンドマーケティングの世界観・課題感を醸成させながらHubSpotを打ち出し、展開していくなかで、マーケットインで機能の拡張・スケールをしていきました。

書籍「インバウンドマーケティング」

(出典:Amazon

このように、顧客ニーズをもとにして開発されたプロダクトは「失敗しづらい」のが特徴。リピート率の向上やロイヤリティの醸成にも繋がるため、SaaS系ビジネスでは特に重要な継続利用によるLTV(顧客生涯価値)のアップにも貢献するでしょう。

マーケットインのデメリット

一方で、顧客、見込み客の発想が必ずしも万能とは限りません。たとえば、マーケットインには以下のようなデメリットがあります。

  • 革新的な製品開発は難しい
  • 競合他社と似たプロダクトになる可能性がある
  • コモディティ化しやすく価格競争になりやすい
  • 本質的ではない顧客ニーズを反映すると、受け入れられない機能を開発することになる

マーケットインは「市場が求める価値を提供すること」です。裏を返せば、「斬新さ、革新性はない製品が出来上がる」とも言えるでしょう。

確かに、すでにニーズが顕在化しており、オリジナリティーあるアイデアを伴わない製品では、競争優位性を確立しづらい点が課題です。

そういった製品で市場に参入すると、どれだけ高付加価値な製品を開発したとしても、市場が成熟したタイミングで「コモディティ化」の危機に晒されかねません。

たとえば、かつてGoogleはSNS領域でFacebookと競争するためにGoogle+を立ち上げました。しかし、Google+は「Google+プロジェクトは、現実の世界と同じような情報の共有をウェブ上で実現します」というコンセプトを持っていたものの、既存の顧客ニーズを外す結果となり、ユーザーのエンゲージメントを高められず、最終的には失敗に終っています。

マーケットインの失敗例「Google +」

(出典:DiGNit TED「Google is retiring Google+ for consumers following a data breach」)

つまり、マーケットインの戦略を成功させるためには、市場のトレンドを追いかけるだけでなく、顧客のニーズを深く理解することが重要だとわかるでしょう。いちかばちかでiPhoneのようなヒットを狙うよりも、顧客ニーズに寄り添った商品・サービスで長く愛用される方が、自社事業の存続には繋がります。

ただし、大切なのは「本質的なニーズを見極め、理解し、開発に活かすこと」です。全ての顧客のニーズを、余すことなく拾い上げようとすれば、事業インパクトの低い機能を開発してしまったり、全体の顧客のうち、ほんのわずかなお客様にしか喜んでもらえない機能を開発してしまったりします。

その上では、ペルソナやターゲット層、利益率が高い顧客の本質的なニーズを明確化して、プロダクト開発のプランニングと照らし合わせつつ、反映させていくことが重要です。

プロダクトアウト・マーケットインのメリットとデメリットまとめ

それぞれのメリット・デメリットについてまとめると、以下のとおりです。

 

プロダクトアウト

マーケットイン

メリット

  • 革新的なプロダクトが生まれやすい
  • 独自性のある製品開発が可能
  • 自社リソースをもとに開発できる
  • 市場調査をしているので一定の売れ行きは確保しやすい
  • 市場調査の段階で新たなマーケットを発見できる
  • 顧客満足度の高いプロダクトを開発できる
  • 企業が思いつかない顧客のアイデアを活かせる

デメリット

  • 開発した製品を市場に浸透させるコストが高い
  • 誰もが必要としないプロダクトを作る可能性もある
  • ユーザーに不要な余剰な機能をつけすぎることがある
  • 市場をよく捉えておらずローンチのタイミングを大きく外すケースもある
  • 革新的な製品開発は難しい
  • 競合他社と似たプロダクトになる可能性がある
  • コモディティ化しやすく価格競争になりやすい
  • 本質的ではない顧客ニーズを反映すると、受け入れられない機能を開発することになる


このように、プロダクトアウト・マーケットインのどちらかに偏ると、メリットだけでなくデメリットもでてきます。一度「自社の製品開発がどちらか寄りか?」をチェックして、2つの視座で製品開発を検討しましょう。

プロダクトアウトとマーケットインの各事例を紹介

ここからは、プロダクトアウトとマーケットイン、それぞれのアプローチをわかりやすく理解できるよう、身近な製品・サービスの事例を挙げて解説します。

プロダクトアウトの事例

まずは、プロダクトアウトの事例を紹介します。

  • ウォークマン
  • iPhone
  • 電気自動車
  • Airbnb

事例①:ウォークマン

ソニーの「ウォークマン」は、1970年代のソニーの社風や強みを活かしたプロダクトアウトの事例だと言えます。「ウォークマン」は、ソニーの前身「東京通信工業」が戦後復興や高度経済成長を経て、世界の「SONY」へと成長を遂げる過程で産まれた、象徴的な製品です。

SONY ウォークマンCM

(出典:Sony Walkman Commercial (1983)

ソニーは草創期から国内初のトランジスタラジオやカラーテレビをヒットさせ、日本の技術を世界に発信、「ものづくり大国・日本」を体現してきました。彼らの強みは、他社が手を出さない革新的な製品を生み出す「ソニースピリット」にありました。

1983年の「ウォークマン」のCM動画を見てみると、職人が手作業で丁寧にウォークマンを組み立てる過程が映し出されています。この動画から、当時のソニーが「ものづくり」に主眼を置き、彼らが誇る技術力すなわち「ソニースピリット」を市場に向けてアピールしようとする意思が読み取れます。

このように売り出されたウォークマンは、「歩きながら音楽を聴ける」という当時の音楽鑑賞スタイルの常識を覆す製品を世に送り出し、世界の消費者に新たな視聴体験を提供することに成功しました。

ウォークマンの成功は、ソニーがいかに自社の技術力と独創性を信じ、新しい価値を創造し続けてきたかを示す証だと言えるでしょう。消費者自身ですら、まだ明確に求めていない新しい体験を提供することで、市場に新たな動きを生み出した、プロダクトアウト戦略の成功事例だと言うことができます。

事例②:iPhone

AppleiPhoneも、プロダクトアウトの代表例です。

プロダクトアウトの例「iPhone」

(出典:iPhone Mania「13年前に発表された初代iPhoneは、こんな端末だった」)

スティーブ・ジョブズ氏による「電話を再発明します」という発表は、既存の携帯電話の概念を根本から変えることとなりました。当時の携帯電話利用者は、今で言う「ガラパゴスケータイ」でインターネット検索を行い、それなりに満足していました。ところがその市場に、iPhoneは携帯電話の開発としては後発ながら革命を起こしました。

最初にスマートフォンを市場に出した会社はIBMでしたが、大きな成功を獲得できずにいました。しかし、iPhoneはその後の携帯電話の定義を「どんな携帯電話より賢く、画面をタッチするだけで誰でも簡単に使える」と一新、人々のライフスタイルや多くの業界に大きな影響を与えたのです。

iPhoneの成功は、技術とビジョンに基づいて市場にまだ存在しないニーズを創造できるプロダクトアウト戦略の力を示しています。「誰もが予測できなかった革新的なプロダクトを開発できる」のが、プロダクトアウト開発の長所と言えるでしょう。

事例③:電気自動車

テスラの電気自動車(EV)開発もまた、プロダクトアウトの典型的な事例です。

プロダクトアウトの例「TESLAのEV」

(出典:TESLA

一般的に「EVに乗りたい」という強いニーズを持つ人は限られていましたが、テスラは技術革新と環境への配慮をもとに、市場に存在しない新たな需要を創出しました。これは、先進技術を駆使した未来のライフスタイルを提案することで、消費者の想像を超える価値を提供する戦略です。

テスラのEVは、単に新しい車を市場に投入するのではなく、持続可能な未来への移行を促進し、自動車業界だけでなく社会全体に影響を与える新たな価値観を生み出しました。

このように、プロダクトアウト戦略は、未来を見据えた革新によって新しい市場を創造する力を持っています。なお、ドローン自動運転VR/AR/MRなどの技術も同様に、一般の人々がまだ完全には理解していない新しい技術領域であり、これらの革新は国や企業が主導して市場を形成しています。

事例④:Airbnb

Airbnbもまた、プロダクトアウトの典型例として挙げられます。

Airbnbは、「民泊」のサービスを提供しています。「どこかへ休暇旅行に出かけて滞在先を確保する」行動について、従来は「ホテル予約サイトから部屋を確保する」というのが一般的でした。

しかしAirbnbは「世界各地に散在している空き部屋を、世界中のユーザーでシェアする」「空き部屋の提供者(ホスト)と、滞在希望者がAirbnbのマーケットプレイスを介してつながることができる」といった新たな体験を市場にもたらしました。

Airbnb

(出典:Airbnb

Airbnbのサービスは、創業者がサンフランシスコの自宅で、デザインカンファレンスの参加者を受け入れたことから始まったそうです。

このアイデアが、安価な宿泊施設を求める旅行者と、自宅を提供して利益を獲得したいホストを結びつけるサービスへと発展したのです。彼らのビジネスの初期段階では、特定のイベントの参加者向けに宿泊場所を提供するというニッチなニーズに焦点を当てたことで成長を遂げていきました。

Airbnbは、誰も取り組まなかったような、独自の視点、アイデアを起点に市場ニーズを見極め、それに応えるサービスの開発に成功しました。プロダクトアウトのアプローチにより、既存の市場にはなかった新しい価値を提供し、旅行・宿泊業界に大きな影響を与えることに成功したのです。

マーケットインの事例

続いて、マーケットインの事例を3つ紹介します。

  • USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)
  • HubSpot
  • キーエンス

事例①:USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)

大阪のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」は2001年に華々しく開業しました。ところがわずか数年で入場者数が減少に転じ、2009年には業績が大きく落ち込んでしまいました。

この危機を救ったのが、P&G出身のマーケターである、森岡毅氏です。彼は消費者のニーズを深く理解し、それに応える戦略を展開しました。特に2016年4月から導入されたアトラクション「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」は大成功を収め、世界中から多くの観光客を引き寄せ、関西の地域経済にも大きく貢献しました。

森岡氏が、「消費者の頭の中を理解すること」を徹底し、USJを消費者視点の会社に変えたことこそが、業績がV字回復を遂げた秘訣だと言われています。この事例は、たとえ事業が困難な状況下にあっても、マーケットインの思考で大きなプロジェクトを成功に導くことができる可能性を示していると言えるでしょう。

ユニバーサルスタジオジャパン

(出典:ユニバーサル・スタジオ・ジャパン

事例②:HubSpot

マーケティングツールの提供で知られるHubSpotは「顧客中心」の考え方で成長を遂げてきた会社です。

彼らは、顧客を大切にすること(顧客を維持し、顧客の成功を支援すること)をとても重要視しています。顧客の成功を自社の成功とみなし、長期的な関係の構築に努めることで、ビジネスが継続的に成長していくことを目指しているのです。

HubSpotでは、自社のビジネスを「ファネル型」ではなく「フライホイール(はずみ車)型」で捉えています。この「フライホイール」ではビジネスの中心に顧客を据え、顧客に満足してもらい、紹介やリピート購入につなげることで、ビジネスのエネルギーが生み出されると考えます。そうして、ビジネスのサイクルが絶え間なく回転を続けていく、と考えているのです。

「顧客起点」の考え方が、ビジネス成長の推進力となっている事例だと言えます。

hubspot flywheel

(出典:Redefining Customer Acquisition: From Funnel to Flywheel

事例③:キーエンス

FA機器の総合メーカー・キーエンスは、顧客のニーズを深く理解し、それに応える製品を作ることで知られる企業です。

キーエンス

(出典:KEYENCE

同社の営業マンらは、製造現場の声を直接聞き、その情報を製品開発に活かしています。このアプローチによって、現場で使い勝手がよく、ユーザーに求められる機能を持つ独自の高付加価値製品を生み出しているのです。

同社の製品開発事例のひとつとして、さまざまなものづくりの現場で使用する「画像寸法測定器IM-8000シリーズ」が挙げられます。自動車、スマートフォンなど、高品質な製品の製造には、一つ一つの部品の精密な寸法測定が不可欠です。

しかし、複雑な形状や細部の測定は熟練のスキルを要し、人的誤差が問題となっていました。そこで、部品を置くだけで自動測定できる「画像寸法測定器IM-8000シリーズ」を開発しました。この技術により、従来手間がかかっていた検査工程が大幅に効率化され、品質の向上に貢献しています。

キーエンスの製品開発事例

(出典:https://www.keyence-jobs.jp/company/product.jsp

また、工場を持たない「ファブレス」の形態を取り、効率的にビジネスを展開。この戦略で、キーエンスは高い営業利益率を維持し、同社に勤める営業マンの高収入ぶりもたびたび話題になっています。

つまり、顧客の要望をしっかりと捉え、それに応えることで、企業としての成功を収めているのです。

プロダクトアウト志向の企業が、マーケットインの考え方を取り入れるステップ

プロダクトアウト・マーケットインの特徴については以上のとおりです。しかし、日本ではプロダクトアウト的な事業展開が根付いている企業も少なくありません。特に、伝統的なBtoB企業の場合、長らく既存顧客とビジネスを展開してきたため「良いモノを作ってさえいれば売れる」という考え方を持っているケースも多々あることでしょう。

しかし、高度経済成長期のような「大量生産、大量消費」の時代は終わりました。今後は、あらゆる企業に「マーケットイン的な思考」も求められます。

では、プロダクトアウト的な手法が主である企業は、どのようにしてマーケットインの考え方を取り入れればよいのでしょうか。筆者としては、以下の5ステップが必要だと考えます。

マーケットインの実行ステップ

次項より、個別にみていきましょう。

Step1:市場調査と顧客理解

まず第一に、顧客と市場の理解を深めることから始める必要があります。具体的には、顧客の抱える課題、行動パターン、選定基準など。それらを理解するためには、定性的・定量的な市場調査が求められます。

市場調査では、4P分析やSWOT分析、PEST分析なども用いることで「どのような製品やサービスを開発するべきか(どのようなニーズがあるのか)」「どのようなターゲットに向けてアプローチを行うか」「狙うべき市場はどこか」などの定義化が可能です。

顧客理解を進める上では、ペルソナの設定も大切。ペルソナとは「自社にとって理想的な顧客像」のことであり、企業が商品・サービスのターゲットとする代表的な指標です。あくまでも架空の人物設定ではありますが「実在するかのような詳細な設定」を付与することで、自社プロダクトが解消するべき顧客の課題がみえてきます。

Step2:プロトタイプのテスト

次に、新たな製品アイデアを「プロトタイプ」として形にし、「本当に売上げに繋がるかどうか」を検証するためのテストを行います。SaaS系製品なら、以下のような方法が有効です。

  • 顧客インタビュー
  • ユーザビリティテスト
  • アルファ/ベータテスト
  • アナリティクスツールの活用

など

このフェーズは、プロトタイプをアプローチ対象となる顧客に提供し「製品がどのように機能するか」「顧客ニーズを捉えられているか」について、実用的なフィードバックを得ることが目的です。

基本的に、実際のユースケースと同様の状況で製品を使用して、何が機能し、何が機能しないかを正確に把握する必要があるでしょう。テストの結果によっては、プロトタイプに変更を加えるケースもあります。

Step3:製品開発

プロトタイプが完成し、顧客からの反応も手応えを感じられるなら、ローンチに向けた本格的な製品開発を開始します。マーケットインでは、顧客のニーズとフィードバックに基づいて製品を開発しますので「顧客中心の設計思考」が必要です。

ただし、自社ビジネスの種類に応じて、製品開発のプロセスは異なる可能性があります。たとえば、SaaS系ビジネスの場合は、社内のエンジニアチームが中心になることでしょう。

物理的な製品(オフィス用品や工業製品、カスタムマシン、労働安全具など)を作成する場合、特定の素材の調達や作業工程を外部委託し、倉庫で最終製品を組み立てることがあります。

Step4:市場への投入

開発プロセスが完了し、製品が完成したら市場に投入します。見込み客に新製品のことを知ってもらい、顧客になってもらうためには、開発チームだけでなく、営業・マーケティングプランが連携をとった全社的なプロモーション戦略も必要です。

市場でのシェア拡大を狙っていくことも必要ですので、アンゾフマトリクスなども活用し、戦略を練っていきましょう。

アンゾフの成長マトリクス

(出典:経済産業省「アンゾフの成長マトリクス」)

特に、マーケットインで開発された商品は、競合企業も類似品を展開しているケースが多々あります。そのため、「自社製品はどのように差別化されているのか」を明確に理解し、それを顧客に伝えることも重要。特に競争が激しい市場では、他の製品との比較で自社製品の優位性を示すことが求められます。

Step5:評価・改善

製品を市場に投入したあとも、継続的な効果検証と改善が必要です。市場の動向、顧客の変化、競合の動きなどを定期的に監視し、製品を常にアップデートし続けましょう。

市場環境や顧客ニーズは常に変化するもの。新たなアイデアや改善策を常に試すためにも、ABテストや多変数テストなども活用して、製品の改善点を検証することが大切です。

ユーザーコミュニティを活用し、顧客自身が情報を共有することで、製品改善のアイデアを集めるという選択肢もあります。たとえば、HubSpotの運営するコミュニティでは、同じ課題をもつユーザー同士が、さまざまトピックについて議論し、情報交換できます。

HubSpotコミュニティー

(出典:HubSpot コミュニティー

コミュニティでのやり取りを通して、顧客が製品に深く関与することで、製品への愛着やロイヤルティも高まるでしょう。

プロダクトアウト・マーケットインを考える上での注意点

プロダクトアウト、マーケットイン、それぞれのアプローチを進めていく上で留意すべき重要なポイントについて解説します。

顧客のニーズやインサイトの把握

プロダクトアウトとマーケットインの戦略を考える際、顧客のニーズやインサイトの把握が非常に重要です。

プロダクトアウトの場合、企業は革新的な製品やサービスを開発することで市場をリードしようとしますが、その過程で顧客の潜在的なニーズやインサイトを見極め、予測する能力が求められます。インサイトとは、直訳すると「洞察」です。マーケティングの文脈では「顧客自身ですら、まだ言語化できていない欲求や願望、心理」を指します。

一方、マーケットインのアプローチでは、顧客の現在のニーズを正確に理解し、それを製品開発に直接反映させることが重要です。この場合、顧客とのコミュニケーションや市場調査が中心となり、顧客の声を製品に生かすことで成功を収めます。

どちらの戦略も、顧客のニーズやインサイトをどれだけ深く理解し、それを製品開発に活かせるかが鍵となります。プロダクトアウトでは未来を見据えたイノベーションが、マーケットインでは顧客の現在の要望に応える柔軟性が求められると言えるでしょう。

市場選定

市場選定は、プロダクトアウトとマーケットインの両方の戦略において重要な役割を果たします。

マーケットイン戦略では、自社の技術力や営業力を最大限に活かせる市場を見極める(自社の立ち位置を明確にし、狙う市場を決める)ことが不可欠です。これは、顧客のニーズに応えるための技術や営業力がなければ、いくら市場ニーズを理解していても製品・サービスを成功させることができないからです。

市場を選定する際には、自社が強みを持つエリアや業界、ターゲット企業層を明確にし、その上で顧客ニーズを収集し、競合との差別化を図ることが重要です。

一方、プロダクトアウト戦略においても市場選定(「この製品を世に送り出すことで、どれぐらいの市場規模を獲得できそうか?」と精査すること)は重要です。プロダクトアウトでは、革新的な製品・サービスを市場に提供することを目指しますが、その製品が市場に受け入れられるかどうかは、選定した市場が自社の製品・サービスとマッチしているかに大きく依存します。

自社の製品・サービスが解決できる問題を持つ市場や、技術革新を求めている顧客層がいる市場を選ぶことが成功の鍵となるでしょう。

プロダクトアウトでもマーケットインでも、市場選定は戦略を成功に導くための基礎となります。自社の強みと市場のニーズがマッチする市場を見極め、そこに焦点を当てることで、より的を絞った製品開発と営業戦略を展開することが可能です。

価格設定

プロダクトアウトとマーケットインの視点から価格設定を考える際、重要なのは「価格を安くしすぎないこと」です。

プロダクトアウトのアプローチでは、革新的な製品・サービスを市場に提供することに重点を置きますが、その価値を正しく評価し、適正な価格を設定することが収益性に直結します。

製品・サービスの独自性や付加価値が高ければ、それに見合った価格設定が可能であり、低価格競争に巻き込まれることなく、健全な収益基盤を築くことを期待できるでしょう。

一方、マーケットインの戦略では、顧客のニーズや予算を深く理解し、それに応える製品・サービスを提供します。しかし、これは顧客の要望に無条件で応えるという意味ではありません。

顧客が求める価値を提供しつつも、企業が健全な運営を続けるために必要な利益を確保できる価格設定が求められます。顧客からの支持を得ながらも、企業としての持続可能性を確保するためには、適正な価格設定が不可欠です。

SaaSなどのサービスでは、月々数千円から、といった低価格での提供が一般的になりがちです。しかし、サービスの価値を適切に反映した価格設定を行うことで、長期的な収益性を確保できます。

価格設定は単に顧客を引きつけるための手段ではなく、企業がステークホルダーに対して適正な利益分配を行い、社会に貢献するための重要な戦略のひとつです。プロダクトアウトでもマーケットインでも、製品・サービスの価値を正しく評価し、企業の持続可能性を考慮した価格設定を心がけることが、成功への鍵となります。

プロダクトアウトとマーケットインを融合した考えをもつ

プロダクトアウト・マーケットインはどちらを優先するべきなのしょうか。筆者は、「マーケットインも、プロダクトアウトも、両方の良いとこ取り」をするのがベターであると考えています。

製品開発の出発点が「市場のニーズ」「自社アイデンティティ」のどちらであろうとも、「売上げ拡大」という最終目標を達成できるなら、企業としては何ら問題ないはずです。

加えて、事業の方向性は時代性やトレンド、競合他社の動向、顧客ニーズの顕在化度合いといった外部要因によっても左右されます。そういった要素も勘案して、プロダクトアウト・マーケットインの比重を調整するとよいでしょう。

見込み客による製品・サービスの比較・検討が容易になった現代では、自社起点のプロダクト開発に偏りすぎていては、競合他社との競争のレールに乗りづらくなってしまいます。

しかし、マーケットニーズに迎合しすぎても、競争優位性を確立できないのもまた事実です。自社ならではの独自路線や、圧倒的な技術力がある状況ならば、「あえて競争のレールに乗らない」という戦略を取ったほうがよい場合もあるでしょう。

そのため、市場に受け入れられ、ポジションを築いていくためには、プロダクトアウトとマーケットインを両立させた考え方が重要と言えます。

まとめ

自社起点で製品開発を行うプロダクトアウトも、顧客ニーズに寄り添った事業を展開するマーケットインも、それぞれ一長一短です。つまり情勢の変化が激しく、市場のトレンドも急速に変わっていく現代では、「プロダクトアウトばかりでは、製品が外れたときのリスクが大きい」「マーケットインだけでは、たちまちコモディティ化の危機に晒される」という2つの側面があるということです。

それを踏まえると、BtoB・SaaS系企業にも両者の「良いとこ取り」をした製品開発が必要と考えられます。とはいえ、自社のビジネスモデルや事業フェーズによっては、リソース的にどちらの手法も100%実践することが難しい場合もあるでしょう。

やり方そのものに固執することなく、「市場に受け入れられ、他者との競争にも打ち勝てるプロダクトは何か」という視点を持ち続けることが大切です。

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

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