近年は、 レベニューマネージメント組織を持つ企業レベニューマネージャー、レベニューオペレーションという職種を採用する企業が増え、レベニューマネージメントソリューション(ソフトウェア)市場も急成長しています。
レベニューマネージメントとは、元々は航空、観光業界など、季節によって需要のばらつきがある業界での収益管理手法としてスタートしましたが、航空業界での大成功を機にさまざまな業界で取り入れられてきました。
SaaS業界にも普及しつつあります。企業にとって収益を上げることは命題。アルゴリズムによる需給予測をもとにした弾力性のある価格プラン、倒産の危機から利益を出すまでにいった企業の事例などから学べることは多いでしょう。
本記事では、レベニューマネージメントの定義、進め方、SaaS業界におけるレベニューマネージメント施策などについて紹介します。
レベニューマネージメント(Revenue management)とは、収益を最大化するために、顧客の行動を予測し、価格弾力性を活用して、適切な製品・サービスを適切な顧客に、適切なタイミング、価格で販売していくマネジメント手法です。
イールドマネージメント(Yield management)とも呼ばれます。
レベニューマネージメントの原型は、米国の航空業界で生まれました。
【1980年代】
1980年代、米国の航空業界規制緩和の流れのなか、大手航空会社は自由化によって、参入してくる低価格なLCC(チャーター便)への、対抗策を考えなければなりませんでした。
大手のアメリカン航空で、LCCに対抗できる価格戦略を検討する会議のなか、出てきたのが「航空便の多くは半数を空席で飛んでいる状況であり、この空席を見切り料金で売れないか」という発想です。今では当たり前のこの考え方ですが、当時は斬新でした。
アメリカン航空は、マーケティング担当副社長を中心に、座席予約システムの在庫管理機能をアップデートし、フライトの3週間前までに予約を入れた場合、特別運賃を適用する予約システムを開発。顧客にも支持され収益は拡大する成功をおさめました。
この方法は、まず航空業界に広まり、進化しながら多くの業界に広がっていきます。
【1990年代】
ホテル業界から、収益管理のシステム構築の依頼を受けたコンピュータエンジニアRobertG. Cross(ロバート・G・クロス氏)、Ravi Mehrotra氏等が、ホテル向けのレベニューマネージメントソフトウェアを開発しました。
(この2人が、後にレベニューマネージメントソフトウェア会社を起業したことも、レベニューマネージメントの普及に影響しているでしょう。Ravi Mehrotraの会社は、現在世界最大のレベニューマネージメントソフトウェア企業です)。
1994年には、ナショナル・カー・レンタルが、破産の危機の状態からレベニューマネージメントを導入することで、業績回復し利益を出すまで復活したことが話題になりました。
さらに、大手自動車メーカーのフォード社が、顧客をマイクロマーケットにセグメントし、差別化されたターゲット価格体系を構築するレベニューマネージメントによって収益を最大化したことで、レベニューマネージメントの重要性が広く世に知られるようになります。
レベニューマネージメントソフトウェア業界の市場規模も急速に成長。世界的なリサーチ会社 Marketsand Markets社によると、2019年の141億米ドルから、2024年までに224億米ドルに、予測期間中のCAGRは9.6%になると予想されています。
(画像引用:Marketsandmarkets.com/)
(参考:Revenue Management: Hard-Core Tactics for Market Domination )
ここでは、レベニューマネージメントを行う手順を解説します。
まず、自社サービスの需要を予測します。
航空会社は季節による需要に合わせて価格を変動させましたが、季節によるばらつきが大きくない業界のほうが多いでしょう。レベニューマネージメントは、自業界の市場の特性をふまえて行います。全体の市場規模、どのような顧客層がいるのか、地域的特性、競合他社の価格プラン、市場シェア、差別化要因、顧客レビューなどの情報を集めて分析します。
業界トップ企業のプライス、最低価格を出す企業のプライスを把握することで、顧客の予算のレンジ、相場がわかります。また、他社の価格プランは自社の価格プランのベンチマークとなります。
業界全体の需要を把握し、そこで自社のポジショニングを確認し、セグメントしている市場の需要を予測します。需要の予測は時間がかかる複雑な業務ですが、レベニュー・マネージメントにおいて重要なパートです。
自社が設定した価格帯での顧客行動を予測することで、収益を最大化するための価格最適化戦略を開発できます。
顧客のニーズや購買意欲、持っていると予想できる予算によって顧客をセグメントし、それぞれの顧客に対応できる、複数の弾力的な価格プランを用意することで、さまざまな販売機会を創出し、機会損失を少なくします。
以下の図のように、発注時期あるいは納期によって価格に弾力性を持たせることで、より多くの顧客ニーズに応えられ、収益を伸ばすことができます。
自社の販売プロセスを見直します。最も収益を上げているチャネルを選択し、プロモーション施策を最適化します。チャネルが少ない場合は追加を検討しましょう。
外部のチャネル、社内の収益に影響するチームのパフォーマンスを追跡するために、適切なKPIを設定します(主要KPIについては後述)。
また、適切な収益管理ソフトウェアを活用して収益管理を自動化。日々の数値を把握し、効果を検証して施策に活かし続けます。
ここでは、SaaS業界におけるレベニューマネージメントについて解説します。
SaaS業界は、レガシーな業界に比べれば固定費が低く、利益率の高いビジネスですが、サーバー容量には制限がありますし、固定的な人的コストも発生します。
また、損益分岐点がかなり先にあり、赤字が先行するビジネスモデルです。その間、投資家を納得させるためには、将来黒字化する指標を明確に示さなければなりません。
収益は正しいオペレーションがなければ増えていきません。思い付きの価格決定でなく、データをもとに、顧客に支持され自社も利益を上げられる価格設定が必要です。
チャーンレート、リテンション率のわずか1%の差が長期的には大きな収益の差となるため、日々のマネージメントにおいても、部署ごとの利益最適化ではなく、全体の利益最適化を目指し、マーケティングチーム、営業チームなどが連係して仕事に取り組む体制が必要です。
組織が大きくなってくれば、近年の進歩したレベニューマネージメントソフトウェアを活用し、変化する数値を正しく把握し収益をマネージメントすることが重要になります。
(参考:corp.gametize.com、profitwell.com)
ここでは、SaaSビジネスにおけるレベニューマネージメントの重要KPIを解説します。
顧客生涯価値とは、一顧客が取引期間中にもたらした価値のこと。簡単に言えば取引期間中の総合売上げのことです。以下の式で計算します。
SaaSビジネスは新規顧客獲得が比較的簡単ですが、月額契約の場合、解約も簡単です。1~2カ月で顧客にさられては赤字になります。
スタートアップSaaS企業の場合、LTVはCACの3倍を超える必要があります。LTVは企業規模によって異なるので、自社データをもとにLTVのKPIを設定することが重要です。
SaaSのような月額課金ビジネスでは、ARR(年間の経常収益)とともに月間の計上収益(MRR)も重要なKPIです。
MRRは顧客が順調に増加しているか、既存顧客の売上げが増えているか? 離脱状況はどうかというビジネスの順調さをジャッジできるKPIです。取引期間が浅くても、MRRをもとに、年間の収益であるARRを予測できます。
SaaSにとって、 Customer & Revenue Churn Rate(顧客・売上高解約率顧客離脱率)は非常に重要なKPIです。SaaSは比較的容易に解約でき、機能やサービスに不満があったり、他社がより素晴らしいサービスを提供し始めたり、場合によっては無料でサービスを提供し始めると離脱率が上がるからです。
米国の2020年のSaaS業界の統計によると、大企業を対象としたSaaSビジネスの年間解約率は6〜10%です。中小SaaS企業の年間解約率は58%。年間売上げ高が1,000万ドル未満の企業の解約率の中央値は20%です。適切なチャーンレートのKPIを設定しましょう。
(参照:https://devsquad.com/blog/saas-statistics/)
顧客を獲得するためにどのくらいのコストを使ったかは、利益を拡大する際の重要指標です。
1社獲得するのに膨大なコストがかかっているのは、顧客が獲得できていないかコストをかけすぎているかです。CACは、プロモーション施策が適切か、マーケティング費用、営業コストをかけるべきタイミングでかけるべきところにかけているかが判断できます。
ここでは、SaaS企業が注目すべきレベニューマネージメント施策を紹介します。
SaaSの料金プランは一般に3~4種類です。人間は選択肢が多くなると選択するのが面倒になるため、この設定も悪くはありません。しかし、できるだけ多くのクライアントに対応できる柔軟な価格プランにすることで、より収益を拡大できるかもしれません。
例えばHubSpotは、どのようなビジネスやニーズにも柔軟に対応できる料金プランを出しています
(参考:learn.g2.com)
米国PriceintelligentlyのSaaS企業を対象とした調査によると、価格設定は顧客獲得の4倍、顧客維持の2倍、収益を向上させる要因になるそうです。
また、同調査の年間経常収益(ARR)500万ドル以上のSaaS企業96社に行った調査では、継続的に価格を調整している企業は、極めて堅調な単位経済性を示したとあります。価格プランを顧客ニーズを踏まえて、柔軟に調整していきましょう。
(参考:profitwell.com、Priceintelligently.com)
新規顧客の獲得には、顧客維持の5倍ものコストがかかると言われています。さらに、新規顧客からの売上げアップの成功率が5~20%であるのに対し、既存顧客への販売は60~70%と高い成功率です。収益拡大を実現するために、既存顧客を大切にしましょう。
顧客維持に直結する組織は、カスタマーサクセス 、マーケティング部門です。以下のような顧客体験を向上させ、既存顧客とのコミュニケーションをより親密にするリレーションシップマネージメントに注力することが大切です。
SaaS企業のリテンション率と成長率については、米国のベンチャーキャピタルSaaSCapital社が2016年調査した結果、若干の外れ値を除き因果関係があると解釈できる以下のようなデータが出ています。
(出典:SaaSCapital)
顧客解約率とは、一定期間内に自社の製品やサービスを辞めた(解約した)顧客の割合のことです。顧客離脱率を最小化させる施策はほぼ、顧客維持率を向上させる手法と同じです。
ほとんどの収益管理ソフトウェアは、離脱率を日計で出せるはずなので、サービス申込後、どのくらいの期間で離脱しているかを捉えて、対策を立てましょう。
コストを削減したり、顧客維持率を改善することと同じように、売上げ自体を大きくする施策も必要。そのためには、有力な収益チャネルを増やす必要があります。以下のようなチャネルがありますので、自社に適したチャネル設計を行っていきましょう。
SaaS企業はスタートアップかベンチャー企業に相当する企業が多いので、営業組織を大規模にする余裕はあまりないかと思います。人件費を増やさない方法で収益チャネルを増やすことが大切です。外部パートナーも積極活用するチャネルマーケティングに注力しましよう。
Slackが急成長し、ユニコーンとなったのは記憶に新しいところです。そのSlackを、マイクロソフトのTeamsが、短期間で追い越したことに驚きを覚えた方は多いでしょう。
これはMicrosoftが得意な「バンドル戦略」です。すでにOffice製品などを活用している企業にとって、Slackをわざわざ新規導入しなくても、オプションでオンライン会議が使えるなら、そのほうが理にかなっています。かくしてSlackのニーズは消えていきました。
このように単体でみれば利益にならないサービスも、俯瞰してみれば他社を撃退したり、他社のシェアを奪ったりする役割を果たします。もちろん、このような戦略はSaaS登場以前から行われています。平たく言えば「抱き合わせで売る手法」です。価格戦略をトータルで考えるバンドル戦略を、自社でも検討してみてはいかがでしょうか。
収益を上げるにはそれなりの投資が必要です。長期的にコストを抑えたプロモーション施策を考えるなら、コンテンツマーケティングが適しています。人件費、コンテンツ制作費などのコストは発生しますが、ペルソナが明確なクオリティの高いコンテンツマーケティングの費用対効果は、長期間で捉えれば広告などの有料施策より優れています。
また、コンテンツマーケティングは、リードの獲得だけでなく既存顧客や自社社員のエンゲージメント向上にも効果があります。特に、ブランドが認知されておらず、潤沢な広告宣伝費を持たない中小スタートアップにとって、コンテンツマーケティングは有用です。コンテンツは企業の資産となり、半永久的にWeb上で働いてくれます。
ここでは、SaaS業界のレベニューマネージメントに欠かせない役割である、レベニューオペレーションについて解説します。
レベニューオペレーションとは、マーケティング、セールス、カスタマー・サクセスなどの部門が組織の壁を越えて協力し合い、お客様にシームレスで一貫性のある良質な顧客体験を提供することで収益拡大を目指すことです。
ボストン・コンサルティング・グループの調査によると、米国B2Bのハイテク企業がレベニュー・オペレ―ションを実施した結果、営業の生産性が10~20%向上したという結果が出ています。
レベニューオペレーションを成功させるためには、マーケティングオペレーション、セールスオペレーション、カスタマーサクセスオペレーションに力を入れることが重要です。
(参照:HubSpot)
マーケティングオペレーションとは、Webサイト、SNS、ブログ、ウェビナー、CRMなど、多様なマーケティングチームを統括して共通の目的に向かって進めるようにマーケティングをマネージメントする仕事です。
年々進化し増え続けるマーケティングテクノロジー、オンライン上のメディアも増えるにつれ変化する見込み客の行動パターン、近年のマーケティングは、複雑かつ高度になる一方です。
一方で、マーケティング組織はどの領域も専門性が高く、サイロ化しやすい構造があります。マーケティングオペレーションは、MA、SFA、CRMなどのデータを収集・分析し、効果測定を行ってマーケティング組織全体に共有化します。
データをもとにメンバーがベスト・プラクティスを追及できるように支援します。
(増え続けるマーテック)
(画像出典:chiefmartec.com)
マッキンゼー・アンド・カンパニー社は、マーケティング・オペレーション・マネージメントがうまく機能すれば、15〜25%の効率改善が可能としています。
2020年のPercassity Associates社の調査では、すでにB2B企業の67%がマーケティングオペレーションを担当するリーダーやチームを設置しています。
複雑化しているのはマーケティングだけではありません。セールス領域も同じです。市場はオンラインとオフラインに別れ、顧客の変化にあわせ営業スタイルも分岐しました。
また、セールステックも進化しています。セールスフォースの2020年の調査では、2019年のコロナパンデミック以降営業現場でデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速。Web会議システム、AI、モバイルセールスアプリなどが役立っているとしています。
(出典:Salesforce.com)
このような環境変化のなか、営業部門の能力を最大化させるための組織設計、営業戦略、セールステックの活用、戦術実行までをトータルで行うのがセールスオペレーションです。
2018年の米国のリサーチ会社CSOinsightの調査によると、すでに米国企業の63.9%の企業がセールスオペレーションの専門チームを導入しています。
SaaS業界のレベニューオペレーションでは、カスタマーサクセスオペレーション(CS)が非常に重要です。カスタマーサクセスオペレーションとは、カスタマーサクセス組織を自社の目的にあわせて最適に設計し、効率よく活性化させていく仕事です。
具体的には、営業戦略に沿った業務プロセスの設計の最適化、CRMをはじめとするセールステクノロジーの活用の最適化を、セールス部門、マーケティング部門と連係し行っていく組織です。
カスタマーサクセス部門は顧客を支援し、課題によりそい自社のSaaSを効果的に活用してもらい、既存顧客のエンゲージメントを高めます。
SNS社会では顧客の高評価は、新規リード増加につながります。顧客の製品・サービスについての意見を他部門にフィードバックして、機能改善や新サービス開発につなげる役割もあります。まさに循環型ビジネスモデルであるSaaSの要のセクションです。
米国フォレスターリサーチは2015年に、顧客体験が優れている企業は利益が伸び顧客も増加している、という調査結果を発表しています。
顧客体験向上に直接影響するカスタマーサクセスのオペレーションに注力することは、収益拡大に確実につながっていくでしょう。
1970年代に、米国の航空会社で生まれたレベニューマネージメントという方法論は、進化しながら幅広い業界に普及し、今や経営科学のひとつになっています。
SaaSは季節による需要の変動こそありませんが、1%の指標の差が大きな収益の差になるビジネスモデル。市場の特性を踏まえたアルゴリズムを実装したレベニューマネージメントシステムの活用は、収益拡大にプラスになるかと思います。
収益を上げるためには売上げを拡大し、コストを抑える。誰でもわかる理屈ですが、実際のビジネスは複雑であり、人の感情も絡み組織はサイロ化しやすく、社内にはムダがたくさんあります。なぜか価格決定は軽視される傾向もあります。
真剣にレベニューマネージメントに取り組み、収益を上げていきましょう。