「スマホはコモディティ化した」「今の時代は商品がすぐコモディティ化する」など、「コモディティ化」は最近よく使われるマーケティング用語です。
たしかに、ちょっと前までは革新性にあふれすごいと思っていたプロダクトが、似た商品がたくさん出てきてあっという間に普通になる、というケースはパソコン、スマートフォン、SNSのほかにもいくらでも思いつきそうです。
消費者の立場なら、高くて手が届かなかった憧れの商品が、簡単に手に入るようになるのはありがたいこと。しかし、マーケターの立場になると、コモディティ化による熾烈な競争の中、どう差別化していくかは頭を悩ませる課題でしょう。
コモディティ化は、ほとんどの商品に起こります。現在ヒット中であっても遅かれ早かれ起こるので、そのときに付け焼刃の対応をとらないように、起きるメカニズムや商品のサイクルを理解しておきましょう。
本記事では、マーケティング担当者が知っておくべきコモディティ化の意味、事例、主な対策について解説します。
「Commodity(コモディティ)」とは、直訳すると「商品」という意味です。経済学においては、誰が生産したかに関係なく完全または実質的な代替可能性を持つほとんどの商品・サービス(資源、食品、その他商品・サービス)を指します。
コモディティ化とは、市場で革新的だった商品・サービスが、類似商品の増加により一般的な商品になっていくことを指します。
なお、広義では商品・サービスだけでなく、あらゆる価値が一般化する事象を指します。ビジネスモデル、技術、スキルのコモディティ化などという表現もよく使われます。
コモディティ化が起きる要因はたくさんあります。マーケットは競争社会で、顧客はよりよい品質や安さを求め続けます。
儲かる市場でビジネスモデルが真似されやすければ、速攻他社から類似商品が出てあっという間にコモディティ化します。一時期優位性を維持していても、何かのきっかけにそれを失うとコモディティ化してしまうのです。
他にもいろいろあります。そもそもコモディティ化とは、市場の進化のようなもので起きることが宿命と言ってもよいでしょう。
ここではコモディティ化が起きる仕組みを理解するために「イノベーター理論(普及学)」と「プロダクトライフサイクル(PLG)理論」を紹介します。
イノベーター理論(Diffusion of Innovation)とは、1962年にスタンフォード大学のEverett. Rogers(エベレット・ロジャーズ)氏によって提唱された普及学とも呼ばれる理論です。イノベーター理論では、新しい概念やプロダクトが普及する際、購入する層は以下のように変化していくとしています。
イノベーター理論にあてはめれば、レイトマジョリティの人たちが商品・サービスを知っている段階は、かなりコモディティ化しているフェーズと言えるでしょう。
プロダクトライフサイクル(PLC理論)とは、プロダクトの寿命は限られており、ライフサイクルがあるという理論です。
元々は、米国の経済学者Raymond Vernon(レイモンド・バーノン)氏が1966年に提唱した輸出製品ライフサイクルについての理論です。その後フィリップ・コトラー氏などにより、一般的な業界に応用できる現在のプロダクトライフサイクル理論として確立されました。
プロダクトライフサイクルのステージは以下の4段階です。
PLC理論とイノベーター理論を組み合わせて考えると、以下のような推移となります。つまり、成熟期あたりがコモディティ化が起きるステージとなるでしょう。
ここでは、最近コモディティ化しつつある商品・サービスの例を紹介します。
Web会議システムの国内企業導入率は、複数の調査で50%を超えています。日本企業のレイトマジョリティが活用している段階であり、短期間に一気にコモディティ化したと言えます。
シェアはいまだZoomが圧倒的ですが、ユーザーの満足度に大きな差はなくなりつつあります。2021年のオリコンのランキングでは1位のZoomが70.2点、Google Meet 69.6点、3位のWebex、Microsoft teamsが67.5点、Skypeすら66点。5社がいい勝負です。しかも、機能の充実さという項目ではGoogle Meetが1位です。
(出典:オリコン顧客満足度調査2021)
ビジネスチャットもコモディティ化しつつあります。MM総研が2021年に国内企業2640社に実施した調査によると、シェア分布は以下のとおり。1位のMicrosoft Teams は大手企業にがっちりと入り込んでおり、Slackもテック企業を中心に強固な人気です。LINE WORKSも急激にシェアを伸ばしました。シンプルなUIのチャットワークも根強い人気があります。
(出典:https://www.m2ri.jp/release/detail.html?id=513)
CRMの日本での導入率は企業全体で見ると実はそれほど高くありません。調査にもよりますが10〜30%くらいです。予想外の方も多いのではないでしょうか?
しかし、多くの企業で使うインフラ的なツール(メール、チャット、Web会議)などと異なり、CRMは使う層がある程度限定されます。日本は90%が中小企業。下請けが多く営業しない会社も珍しくありません。この点を考慮すると、1990年代半ばから普及してきたCRMは、ニーズが顕在化している層にはある程度行き渡っていると考えます。
CRMは活用している層から見れば、とうにコモディティ化しています。業界、規模のほか、あらゆる切り口のCRMがあり、最近では1アカウント月何百円の格安サービスや無料CRMもあり、機能も十分です。グローバルで見ると798 社のベンダーがあり、G2のCRMポジショニングマップではひしめきあっています(2022.9月)。
(出典:https://www.g2.com/categories/crm#grid)
AIを活用して簡単に画像が作成できるサービスが増えてきました。最近も、予想外に変な画像になると面白がられ話題になっています。ついに2022年9月、rinna社から日本語に特化した画像生成モデル「Japanese Stable Diffusion」も登場。
誰もがレベルの高い画像を作成できるようになるので、コモディティ化は急速に進むでしょう。発注者は画像を入手しやすくなり、クリエイターは苦戦する可能性大ですが、AIを使うことで、ビジネスを広げる人も出てくるかもしれません。
(出典:RInna)
コモディティ化するのはプロダクトだけではありません。ビジネスモデル、語学力、資格・スキルもコモディティ化します。
例えばMBA。昔はエリートが海外に留学して取得するものでしたが、最近は日本の大学院でも取得できますし、オンラインMBAのグロービスも評価されています。昔に比べるとMBAはかなりコモディティ化したと言えます(もちろん、出身校によって箔は異なるでしょう)。
(出典:グロービス経営大学院)
さらに言えば、昔ならMBAで学ぶような知見がネット上で無料公開されるようになったので、よい意味でビジネススキルのコモディティ化も進んでいます。
ここではマーケティング部門が行える、コモディティ化の対策をするための戦略を解説します。
差別化戦略とは、他社にそうそう真似できない独自性を打ち出しポジションを形成する戦略で、コモディティ化に対応する正攻法です。元々はマイケル・ポーター氏が1980年に提唱した、企業の競争優位性を保つ「3つの基本戦略」の中のひとつでもあります。差別化する手段は以下のようにさまざまです。
以下に4社の例を紹介します。
例:天才の集団と呼ばれる株式会社Preferred Networks
株式会社Preferred Networksは、2022年9月時点の国内スタートアップ評価額ランキング1位で、日本でトップクラスにマーケットから期待度が高いベンチャーです。
差別化の軸は技術力。デバイスが生み出す膨大なデータを、ネットワークのエッジで分散協調的に処理する「エッジヘビーコンピューティング」を提唱しているのですが、天才の集まる集団ともいわれ、GoogleやApple出身のエンジニア、プログラミングの世界大会入賞者など、優秀なエンジニアが集まっています。
トヨタ自動車、NTTなどとの大手企業と共創するかたちで、先進的なプロジェクトに取り組んでいます。
SaaSは米国発のサービスであり、国内市場も海外SaaSが席捲しています。そのような中、日本独特の慣行がある領域に特化して成功したのが、SmartHRです。
SmartHRは人事労務領域に特化したSaaS。世界でも企業の社会保険が充実した日本は、その分人事・労務手続きは煩雑です。SmartHRはそのペインを解決できるSaaSとして支持されました。
とはいえ戦略的に最初から狙えたのではなく、創業当初は人材マッチングサイト、ITサービスの比較サイトを作っては撤退。アイデアを10個出しては検証する試行錯誤の末、ようやくたどりついたのが「日本の人事領域のペーパーワーク」だそうです。ポジショニングをとるまでは泥臭い現実があります(参考:日本の人事部)。
差別化戦略の中でも、よりニッチなマーケットに集中する戦略を「差別化集中戦略」と言います。
凸版印刷は、2021年に法人向けの古文書解読支援システムをリリース。2022年9月には一般向けにスマートフォンで、くずし文字資料を読めるアプリを開発しました。
興味のない人にとっては「誰がそんなものを……? 」という印象かもしれません。しかし、専門組織や愛好家から一定のニーズがあります。また、歴史好き、日本好きの層の好奇心を喚起するプロダクトアウト型のサービスでもあるでしょう。2025年までに3億円の売上げを見込んでいるとのことです。
近年は、地球環境への配慮が厳しく問われる時代なので、製造業は環境を汚さない、自然を破壊しない原材料を使うことも、大きな差別化のポイントです。
Spiderは、微生物発酵プロセスによりつくられるタンパク質素材の開発で注目を集めているスタートアップ企業です。強靭で夢の繊維と言われる「蜘蛛の糸」を人工的に生成したテクノロジーを実現し、地球資源が枯渇するリスクが叫ばれる中、注目を浴びています。
実はこの技術、NASAをはじめ世界の大手企業が取り組んでも実現できなかったそうなので、テクノロジーによる差別化ができた企業でもあります。
安いから買う、高くても納得できるから買う、たくさん使うとリーズナブルになる等々、価格はユーザーにとってすごく重要です。同じようなプロダクトでも価格体系によって買う・買わないの判断や、企業の印象が決まります。ここでは価格戦略を3種類紹介します。
(出典:HubSpot)
HubSpotは、2020年10月に価格体系を抜本的に変えました。「マーケティングコンタクト」か「マーケティング対象外のコンタクト」かを指定できるようにしたため、ユーザーはマーケティング活動対象としてアプローチするコンタクトのみが支払い対象となり、不要なコストを減らせるようになりました。
課金対象だったものがそうでなくなるのは、ベンダーにとって思い切った改定です。しかし、これはHubSpotの「価格体系は顧客と会社の両方にとってメリットのあるものでなければならず、決して顧客から搾取するものであってはならない」という考え方に基づいており、顧客価値を追求することでスマートな成長を志向しています(参考:HubSpot Blog)。
バンドルとは束ねるという意味であり、バンドル戦略とは、要はセット価格で売る戦略です。一般の買い物でも「セットでいくらにしときます」の場合お買い得価格になりますが、SaaS業界で同じです。
例としては、Web会議システムで後発のMicrosoft teamsが、Microsoft365にOffice製品やtemasを組み込むバンドル戦略をとり、短期間であっさりユーザー数1位のSlackを抜いて1位になりました。強すぎるゆえにいろいろたたかれるマイクロソフト社ですが、このプランがOfficeユーザーにとってメリットがあることもたしかです。
そもそも論に立ち返ると、ユーザーが求めているのはプロダクトの品質です。マーケティング担当者の中にも、品質に差がないなと思いつつ、どうにか自社商品を差別化しようと日々苦戦している方も少なくないでしょう。
ここをどうにかしたいと思っている場合、「プロダクトマーケティング」というポジションに異動するのもひとつの方法です(事業責任者なら、そのポジションを作る)。
プロダクトマーケティングとは、新製品の開発時点から開発チームと協力しあい、市場ニーズ、競合の情報などを開発者に伝え、プロダクトのポジショニング、仕様決定も一緒に行い、マーケティング戦略まで管理します。
もちろん、リリースして終わりではありません。最初に出したプロダクトは顧客の期待とギャップがあるものなので、顧客の意見を開発にフィードバックしプロダクトをアップデートし続ける役割を担います。
ホールプロダクトという考え方にそって、継続的にプロダクトを進化させることで、コモディティ化する前に競合企業を引き離すことができる可能性が高まります。
ホールプロダクトとイノベーター理論
一昔前は、IT業界はSaaSによってコモディティ化したと言われ、近年はSaaSもコモディティ化してきたと言われつつあります。
統計を見るとSaaSはまだ市場規模が大きくなっている状態ですが、コロナ禍で急速に普及したため、たしかにコモディティ化が起き始めた領域も増えているでしょう。
幸い、SaaSは常にアップデートできるビジネスモデル。顧客のニーズを常にキャッチアップし、プロダクト開発に活かし続けられれば、サービスの寿命を延ばすことは可能です。
もちろん口で言うのは簡単でも、一般に組織ではセクショナリズムが起きるのでそこが難しいわけですが、ここを埋められるのがマーケティング部門かと考えます。
ユーザーコミュニティ、SNSでの交流、勉強会の開催などから得た生の情報を、マーケティング部門(あるいはプロダクトマーケター)が、開発部門へフィードバックしていく仕組みを作ることが、独自性のある商品・サービスの開発につながり、コモディティ化の対策となっていくでしょう。