イノベーター理論とは?企業が考えるべきこととタイプをわかりやすく解説

2023/06/15
イノベーター理論 キャズム イノベーター理論とは?企業が考えるべきこととタイプをわかりやすく解説

マーケティングの究極的な目的は、製品をヒットさせて売上げに貢献することです。

しかし、新商品がヒットする確率は0.3%ともいわれる難易度の高い仕事。何しろ「素晴らしい機能がある」「革新的である」という理由だけでは大ヒットにつながりません。

その理由のひとつは、あまりに革新的だと多くの普通の人がなかなか理解できないからです。海外に比べて保守的な日本だとなおさらでしょう。SaaS業界もコロナ禍が後押しする状況がもし起こっていなかったら、まだまだ浸透してないビジネスもあったはずです。

本記事では、マーケターが知っておくべき「イノベーター理論(普及学)」「キャズム理論」を紹介します。どんな製品・サービスでも、マジョリティ(多数派)に浸透するまでには時間がかかります。また、当初は順調に売れていても、あるタイミングで「売れなくなる時期(キャズムの谷)」が訪れます。

製品・サービスが普及するプロセスを理解し、必ずぶつかる課題に対する対策も考えておきましょう。

イノベーター理論とは

イノベーター理論(Diffusion of Innovation)とは、1962年に米スタンフォード大学のEverett Rogers(エヴェリット・ロジャース)教授が提唱した「アイデアや製品が社会に普及していく要因や、段階を時間軸で分析した社会科学の理論です。

以下の図のように、新しい概念や製品・サービスは、まず「イノベーター」といわれる層が購入します。その次が「アーリーアダプター」「アーリーマジョリティー」と徐々に一般層に広がり、最後には頑固で保守的な層に広がっていきます。なお、これはあくまで普及する場合であり、多くは途中で拡散しなくなり市場から撤退します。

イノベーションの普及学

(画像出典:NEDO

ロジャース教授は、新しい製品・サービスが広く普及するかどうかは、初期の採用者であるイノベーター2.5%%とアーリーダブター13.5%(合計で全体の16%)が鍵になるとし、初期採用者へのマーケティングの重要性を説く「普及率16%の論理」を提唱しています。

イノベーター:革新的採用者

アーリーアダプター:初期採用層

アーリーマジョリティ:初期多数派

レイトマジョリティ:後期多数派

ラガード:遅滞層

発展の背景

イノベータ理論は「イノベーション」の研究から生まれた理論です。

1911年にオーストリアの経済学者Joseph Schumpeter(ヨーゼフ・シュンペーター)氏が「イノベーション」という概念を定義してから、イノベーションについて、さまざまな研究が進みます。

1954年には、Peter Drucker(ピーター・ドラッカー)氏が著書『現代の経営』にて、「企業の目的は顧客の創造であり、そのために行う企業の最も基本的な活動がイノベーションである」と提唱し、多くの企業経営者に影響を与えます。

そして、ロジャーズ教授は1962年に『Diffusion of Innovation』において、イノベーションはどのように普及するかについて分析した「イノベータ―理論」を提唱し、大きな反響を呼びました。また、後述するGeoffrey  Moore(ジェフリー・ムーア)氏をはじめ、多くの学者に影響を与えます。Diffusion of Innovation

(出典:Amazon

邦訳版の『イノベーションの普及』は、現在第5版目です。ただ、ICT、ソーシャルマーケティングなど現在のトピックが盛り込まれているなど、50年前に発行されたとはいえ決して古典的な内容ではなく、現役マーケティング担当者の実務に役立つ内容が盛りだくさんです。

キャズムとイノベーター理論

イノベーター理論から派生した理論に、米国のムーア氏が提唱する「キャズム理論」があります。

ハイテク業界のマーケティングコンサルタントでもあったムーア氏は、自身の経験から、ハイテク業界においては、ロジャースが定義した各層の間に「断絶」があることを説きました。特に、初期市場とメインストリーム市場の間に「深い溝(casm)」があるとし、「キャズム理論」を提唱。

ムーア氏は、革新的な製品・サービスは自然発生的に異なる社会グループに普及するのではないため、個々の層に対する異なるマーケティングアプローチが必要としています。

特に初期の採用者と後期の採用者は、構成する人々の特徴も、ニーズも大きく異なります。このキャズムを超えるためには、「アーリーマジョリティ」に対してのマーケティングが重要であるという考え方です。

どちらが正しいということではなく、ロジャース教授のイノベーター理論は、農村社会学の研究がベースであり、ムーア氏のキャズム理論は自身のハイテク業界における拡散プロセスを提唱しています。

ムーア氏のキャズム理論を現在のマーケットにあてはめるなら、BtoCのコモディティ商材、例えばどんなスーパーの棚にも並ぶような食品などであれば、拡散は自然発生的だと考えることもできます。

ただし、革新的な機能を搭載したSaaSのようなBtoB商材であれば、キャズム理論はしっくりくるかと思います。もちろんキャズム理論は、ハイテク業界以外でもあてはまる製品・サービスは多いでしょう。

イノベーター理論/キャズム理論いずれも、「市場の異なるセグメントが、新製品・技術をいかに受け入れるか?」を理解するためのフレームワークであり、これら2つを活用することで、製品のマーケティングや販売戦略を効果的に設計することが可能になります。

初期採用者(イノベーターとアーリーアダプター)が製品を受け入れた後、主流の市場(アーリーマジョリティ)へと移行する際の「キャズム」をどのように超えるかが、製品の成功に大きく寄与します。

キャズム理論は、新製品・技術を初期採用者から主流市場に普及させ、市場で成功するための戦略や、リスクを導き出すことができます。それゆえ、イノベーター理論とキャズム理論は、相互理解が重要だと言えるのです。

キャズムとイノベーター理論

プロダクトアダプテーションサイクルとイノベーター理論

プロダクトアダプテーション(Product Adaptaion)とは、既存の製品のカスタマイズや修正に基づいて、市場に適応させるプロセスのことです。

顧客のニーズ、好み、文化などを踏まえて、特定の地域や社会グループで人気のある製品を修正するプロセスであり、輸出企業がよく使う戦略です。

例えば、ファーストフード各社(マクドナルド、ケンタッキーフライドチキン等)が海外進出する際に各国の宗教、食文化に配慮しメニューを一部変更しています。製品の中核は同じですが、よりきめ細やかに顧客ニーズを捉え世界に浸透しています。

このプロダクト アダプテーション サイクルと、イノベーター理論をかけ合わせて考えることで、新製品を市場に普及させていく鍵となります。

5つの異なる社会のグループにあわせてどのように製品・サービスをカスタマイズしていくか、マーケティングアプローチをどう変えるかによって、製品・サービスがマジョリテイにまで行き渡るかが決まります。

(参考:marketing91smallbusiness.chron.com

実例:Salesforceはいかにしてキャズムを超えたのか?

BtoB SaaS業界におけるイノベーター理論とキャズム理論の適用は、新しいソフトウェアや商品・サービスを市場に投入する際に重要です。これら2つの理論は、市場の異なるセグメントからの商品・サービス需要や、市場での商品・サービスの成長を理解するためのフレームワークとなります。

Salesforceの成功は、これらの理論の適用の優れた例です。以下、Salesforceがどのようにイノベーター理論とキャズムの概念を活用してビジネスを成長させていったかを見ていきましょう。

Salesfoceが登場した時代背景

Salesforce.comは1999年に設立され、最初のCRMプロダクトを2000年にリリースしました。この時期は、インターネットの商用利用が急速に普及し始め、企業がデジタル化を進めていた時代です。

しかし、多くの企業ソフトウェアは依然としてオンプレミスで運用されており、多くの企業はCRMシステムを自社のサーバーにインストールして運用していました。これでは高額な初期投資が必要で、システムの維持・管理も大変です。また、システムを導入した後も、新機能の追加やシステムのアップグレードには追加のコストと時間がかかっていました。

イノベーターとアーリーアダプターの獲得

Salesforceは、CRM (Customer Relationship Management) ソフトウェアをクラウドベースで提供する、その当時としては画期的なアイデアを採用。この新しいアプローチは、伝統的なオンプレミスのソフトウェアに不満を感じていた企業や、新たなCRMソリューションを求めていた企業から注目を集めました。

このような企業はイノベーターやアーリーアダプターと言うことができ、Salesforceの初期の顧客基盤を形成していくのです。

ユーザーはインターネット経由でソフトウェアにアクセスし、常に最新の機能を利用することができます。また、システムの維持・管理はSalesforceが行うため、ユーザー企業はITリソースを節約することにもつながりました。

このように、Salesforceの登場は、企業がソフトウェアを利用する方法に革新をもたらしました。今日では、SalesforceのモデルはSaaS(Software as a Service)と呼ばれ、多くのソフトウェア企業が採用しています。

Salesforce流 キャズムの超え方

Salesforceは、製品の普及を促進するために必要な戦略的ステップを踏みました。

キャズムを超えるためには、アーリーマジョリティ(主流の顧客)を取り込むことが必要ですが、この顧客層は新しいテクノロジーを採用する際には保守的で、既存のソリューションからの切り替えには慎重です。その一方で、革新的なテクノロジーに興味を抱きやすい側面もあると言えます。

そこでSalesforceは、アーリーマジョリティに対して以下のような強力な価値提案を提供しました。

  • コスト削減

クラウドベースのSaaSソリューションは、オンプレミスのソフトウェアに比べて初期投資や維持費が大幅に削減できるというメリットを強調。

  • スケーラビリティ

顧客は自社の成長や需要に合わせてサービスを拡大・縮小することが可能であるというメリットを訴求。

  • エコシステムの構築

AppExchangeという、Salesforceのプラットフォーム上で動作するサードパーティのアプリケーションを提供するマーケットプレイスを構築。これにより顧客は、Salesforceを自社のニーズに合わせてカスタマイズすることが可能となり、さらにSalesforceの価値を向上。

  • 利便性とアクセシビリティ 

クラウドベースのソフトウェアであるため、場所やデバイスに関係なくデータにアクセスできるという利点を強調。

  • 継続的な製品アップデート

Salesforceは、定期的に新機能をリリースし、ユーザー体験を向上させる姿勢を継続。これにより、Salesforceは顧客からの信頼を獲得し、市場のリーダーとしての地位を確立。

以上のように、Salesforceはイノベーター理論とキャズムの理論を巧みに活用し、BtoB SaaS業界での成功をおさめたのです。

実例:イノベーター理論とキャズムを正しく適用できず、市場から撤退したケース

イノベーター理論とキャズムの理論を適切に理解・適用できていない場合、製品・サービスの市場導入に失敗する可能性も。以下に、例をいくつか挙げてみます。

Google Glass

Google Glass

(出典:https://amzn.asia/d/gUo3ZOF )

この製品は、ウェアラブルデバイスの可能性を初めて広く認識させたものの、一般の消費者市場での成功をおさめることはできませんでした。

Google Glass」は主に新規テクノロジー愛好者やイノベーターから高評価を得ましたが、一般消費者(アーリーマジョリティやレイトマジョリティ)には受け入れられないまま販売終了しています。プライバシーへの懸念、高価格、そして明確なユースケースの不足が、広範な市場への展開を阻害しました。

Zune

Zune

(出典:https://amzn.asia/d/9pBcT8a )

2006年にリリースされたMicrosoftの「Zune」は、AppleのiPodに対抗するためのデジタルメディアプレーヤーでした。しかし、Zuneは市場で広く受け入れられることはなく、2011年に製造停止。技術的には優れていましたが、アーリーマジョリティにとってはiPodの方が既に確立されたブランドであり、より信頼性があると見なされていたのです。

Quibi

quibi

(出典:Quibi: 'Snackable' video app to close after six months - BBC News

このモバイル向けの短編映像ストリーミングサービスは、2020年にスタートしましたが1年も経たないうちに閉鎖されてしまいました。

Quibiはイノベーターやアーリーアダプターの一定の関心を引きつけましたが、アーリーマジョリティに受け入れられませんでした。一因として、Quibiが提供するコンテンツが、スマートフォン視聴を前提とした長くとも10分程度のコンテンツに限られており、既存のストリーミングサービス(Netflix、Amazon Prime Videoなど)と比較するとユーザー視点で魅力に欠けていたことが考えられます。

イノベーター理論とキャズム理論は、ビジネスの成功に直接、影響を及ぼすものです。

新製品・サービスを市場に投入し、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティへと顧客層の拡大を図る際には

  • 製品のユーザビリティ
  • 価格設定
  • サポート体制
  • 顧客の期待やニーズへの理解

が必要だと言えます。ターゲットとする顧客セグメントのニーズを理解し、それに応える製品やサービスを提供することが、新製品・サービスの成功への鍵となります。

ところが、これらの価値を、市場にいる消費者へうまく伝えることができないと、革新的な製品・サービスが持つ価値がユーザーに理解されず、製品は社会に普及していくことは難しいでしょう。

よって、製品・サービスがキャズムを超えるためには「新製品が解決する問題」と「提供する価値」を明確に伝えることが重要です。

新製品を市場に投入しようとする企業側が、イノベーター理論とキャズム理論の双方を理解し、適切にマーケティング戦略の立案に活用することで、アーリーマジョリティに新製品が受容され、企業の事業成長を大きく後押しすると言えるでしょう。

イノベーター理論の5タイプ

ここでは、イノベーター理論で出てくる5タイプの採用者(購入者)の特徴を解説します。

イノベーター

イノベーターを直訳すると「革新者」ですが、マーケティング領域では「新たに現れた商品やサービス、ライフスタイルなどを、最も早い段階で受け入れる者」を指します。

イノベーターとは新しい技術、考え方、アイデアなどを真っ先に評価して使い始める層です。事例や世間の評判などではなく、自分自身の興味で購入します。ただ、その分野のリテラシーが高いこと、その領域では革新的な製品・サービスを好み、リスクを問わないことは共通しているでしょう。全体の2.5%の割合で存在します。

イノベーターの特徴は、あまり世間の表に出ない存在であることです。テクノロジー業界であれば純粋に技術のみに関心があり、自身を大々的にPRすることはあまりありません。

Salesforceの場合、イノベーターは最初のクラウドベースのCRMを採用した企業であり、当時まだ確立されていなかったクラウドテクノロジーでの運用に早くから取り組んだ企業ということになります。

アーリーアダプター

アーリーアダプターは、イノベーターに続いて新しい製品・サービス、テクノロジーなどを早期導入する初期段階の顧客です。

製品・サービスの品質やサポート体制などに率直に役立つフィードバックを提供することから、「ライトハウスカスタマー (灯台顧客)」とも呼ばれます。暗い海を照らす灯台のように、市場の先を照らす存在という意味です。

アーリーアダプターは革新的な技術、アイデア、潮流を理解する能力を持ちます。しかし、まったく根拠もなく飛びつくのではなく、先進的なイノベーターが使い始めた段階で強い関心を持ちます。

発信力や影響力が強く、大多数からみてトップグループ、業界のリーダーに見えるところが特徴です。ビジネス誌によく登場する識者、インフルエンサーなどが該当します。このアーリーアダプターの行動は、アーリーマジョリティに大きな影響を与えます。

Salesforceにおけるアーリーアダプターは、イノベーターが活用するクラウドベースのCRMの価値を見抜き、限られた情報の中でも自社での活用のイメージを持って早期導入した企業です。

アーリーマジョリティー

アーリーマジョリティは、イノベーターやアーリーアダプターが新しい製品・サービスを導入しているのを目にしてから使い始める層です。どちらかというと保守的ですが、新しい製品・サービスへ、平均より早く興味を持ち導入する人たちであり、全人口の約3分の1の割合で存在します。

アーリーマジョリティが活用する段階になると、製品・サービスの普率が50%に到達します。アーリーマジョリティにまで製品・サービスが普及する企業は、他社の参入前に、初期市場シェアを獲得した企業が多いと言われます。

サービスの革新性と共に、安心感、信頼感、メリットを重視する傾向があり、BtoBでいえば、事例が十分に出そろった段階で導入するごく一般的な企業です。

Salesforceの場合では、アーリーマジョリティーはクラウドベースのCRMが一般的になり始め、その成功例を見て採用を決定した企業です。

レイトマジョリティ

レイトマジョリティとは、社会の半数以上がその製品・サービスを使うほど一般化した段階で使い始める人たちです。

保守的で、新しい製品・サービスに対してそれほど興味がなく、かといって拒否反応を示すほどでもない層です。ただ、リスクを避けたいため、できるだけ現状維持を志向する傾向が強く、新しい製品・サービスを購入する際はレビューなどをしっかり読み込み時間をかけて検討します。

Salesforceの場合では、レイトマジョリティはクラウドベースのCRMが業界の標準となり、その採用が一般的になってから導入を決定した企業だと言えるでしょう。

ラガード

ラガードは、新しい製品・サービスにあまり関心を持たず、周囲が使っているからという理由で歩調を合わせることもしない層です。

狭いコミュニティから出ることも少なく、他の層に対する影響力もないと言われます。何かを変えることをとことん嫌い、昔からのやり方を踏襲する企業、個人などが該当します。

ラガードの特徴はレイトマジョリティとは異なり、ラガードなりの信念、合理的な考え方がベースにあることです。例えば、ガラケ―愛用者であれば「電話は通話のみに使用できればよい」という理屈です。

Salesforceの場合、ラガードはおそらくクラウドベースのCRMが業界の絶対的な標準となり、その利点と効率性が広く認識され、さらには非採用がビジネス上のリスクとなる状況になってから初めてSalesforceを採用した企業でしょう。

イノベーター理論のタイプと割合

一般論として「イノベーター理論の5タイプ」は人口内でどのように分布しているのでしょうか?

__イノベーター理論のタイプと割合

(出典:Diffusion of Innovation Theory

  • イノベーター:約2.5%
  • アーリーアダプター:約13.5%
  • アーリーマジョリティ:約34%
  • レイトマジョリティ:約34%
  • ラガード:約16%

全体的にみると、上記の割合になると言われていますが、業界によって新しいテクノロジーの採用について、そのタイミングが異なる場合があります。どうしても業界の文化や業界内での従事者の特性によって変わってくるためです。いくつかの業界を例にお伝えします。

例:IT業界

IT業界は通常、新しい技術(クラウド、AIなど)を早期に採用する傾向があります。それはその業界が技術革新に直接関与しているからです。

IT/Web/ゲーム業界専門で人材紹介事業を展開している「株式会社Geekly(ギークリー)」が、同社に来社したIT人材を対象に実施したアンケート調査によると、「勤務時間外で、自分の能力を伸ばすための学習や自己啓発として取り組んでいる」と回答した人の割合は83.7%にのぼることが明らかに。

このようなデータから、勤務時間外の定期的な学習や情報収集を通して、革新的な製品や技術を積極的に理解・採用し、実務に活かしていこうとする人の割合が高いことが伺えます。

例:製造業や公共部門

製造業や公共部門などでは、新しい技術の採用が遅れることがあります。これは業界自体が伝統的な作業方法やプロセスに依存していたり、新しい技術の導入に必要なリソースやスキルが不足していることが原因であることが多いためです。

日本の製造業は「人材不足」「指導者不足」という大きな課題を抱えています。多くの企業で長期的に人材不足、指導者不足が続いていることを考えると、革新的な技術・製品をスピーディーに採用するリソースやスキルも足りていない現状が推測されます。

日本の製造業における課題

(出典:ものづくり人材の確保と育成

例:医療業界

医療業界は一般的にテクノロジーの導入が遅いとされています。令和2年の厚生労働省「電子カルテなどの普及状況の推移」の調査では、電子カルテシステムの導入割合が、一般病院で57.2%、一般診療所49.9%と発表されています。

また、令和3年の総務省の「「令和3年版情報通信白書」データで見るオンライン診療の状況」では、オンライン診療に対応する医療機関の割合は15.2%とされています。

これは新しい技術が患者の安全に影響を及ぼす可能性があるため、厳格な規制と試験が必要だからです。しかし、これが医療業界が「遅れている」というわけではありません。むしろ、それはその業界特有のニーズと制約を反映したものです。

例:金融業界

金融業界は新技術の採用が比較的速いとされていますが、これは主に一部の進歩的な企業やスタートアップによるもので、多くの伝統的な金融機関はデジタル変革に苦労しています。

日本国内の大手金融機関は、業務効率化や新しいビジネスモデルの構築を目指して、デジタル化とDXの推進によるIT支出の拡大を予定しています。その一方で、地域金融機関は地域経済の停滞が予想されるため、IT支出が抑制され成長率が低く続くという見方が強いです。

日本の金融業界におけるIT支出

(出典:国内金融IT市場IT支出規模最新予測を発表

本章では、イノベーター理論のタイプと割合について一般論を示しましたが、新しいテクノロジーやソフトウェアを提案する際には、それが特定の業界・市場にどのように適合し、それらの特定のニーズをどのように満たすかを理解することが重要です。

イノベーター理論の溝「キャズム」を乗り超えるには?

多くの新商品は、アーリーアダプターまで到達した段階で力尽きてしまう傾向があります。広く普及させるには、前述のキャズムを乗り超えなければなりません。

キャズムを超えられるかどうかは、大きな課題です。例えば、日頃使っているFacebook、TwitterなどのSNSなどは、すでにキャズムを超えているでしょう。しかし、TikTokはまだ超えていないかもしれません。音声SNSのclubhouseは一挙に日本でも盛り上がったものの、超えられていません。

ここ1~2年で日本でもキャズムを超えた、あるいは超えるか超えないかといわれている新しい概念、プロダクトには以下があります。

なお、キャズムはどこかが認定するわけではないので、統計数字から後々判断するか、ざっくり2人に1人が知っているという肌感覚で判断することになります。

キャズムを超えるためには、まずは初期市場でシェアを確立して知名度を上げる必要がありますが、その後は各層にフォーカスしたマーケティング施策を繰り出すことが重要です。

イノベーターに知ってもらい、アーリーアダプターに拡散してもらい、その後はマジョリティ層に安心してもらう、もしくは危機感を持ってもらうことがポイントです。

以下に各層に対するマーケティングのポイントを解説します。

対イノベーター

製品・サービスの機能が革新的であれば、強い関心を持ってもらえます。製品・サービスのテスト段階で特別価格で活用してもらい、フィードバックを得ながら製品のカスタマイズに活かすなど、協力関係を築くアプローチをとるとイノベーターと企業双方にとってメリットがあり、良い関係性を築けます。

  • ベータ版(無料試作バージョン)のリリース
  • ユーザーコミュニティでイノベーターに特典付与
  • 新製品のプレリリースやベータテストへの招待
  • アーリーアクセスプログラムの提供
  • テクノロジー関連のカンファレンスやミートアップでのプレゼンテーション

対アーリーアダプター

新しい情報、新しい概念、新しいテクノロジー、トレンドなどに敏感であり、自分自身で積極的に情報をとりにいく層です。また、アーリーアダプター層もベンダーに対して積極的にフィードバックをしてくれたり、周囲にそれを拡散したりすることに長けた層です。対策としては以下があります。

  • ホワイトペーパーなどで詳細な情報提供
  • モニター、インフルエンサーとしての登用
  • 業界の潮流がわかるような先端のセミナー開催
  • ユーザーケーススタディの公開
  • 製品の実用性を強調したデモンストレーション
  • 製品の有効性を証明するための顧客からの口コミ・インタビューの収集

対アーリーマジョリティー

平均よりは新しい物好きな層ですが、リスクは好みません。安心、安全な製品・サービスを好むので、何よりも事例が重要です。また、製品・サービスについての専門知識はあまりないことが多いので、わかりやすいサクセスストーリー、導入ガイド、サポート体制のアピールなども効果的です。

  • 先進的な企業(アーリーアダプター層)の事例
  • わかりやすい導入ガイド
  • 企業のメディア露出(サクセスストーリー、開発秘話等)
  • SNSマーケティング
  • 大手企業や有名人からの推薦、評価、エンドースメントの取得

対レイトマジョリティ

新しい概念、変革などに懐疑的です。大多数が使っている段階になってようやく製品・サービスに関心を持つ層です。言いかえれば、周囲の大多数に合わせて動く傾向があります。そのため、レイトマジョリティがどう動くかは、アーリーマジョリティへのマーケティング施策が影響します。

リスクを嫌い、多数派のレビュー、信頼する人の評価、口コミなどを重視します。レイトマジョリティ対策には以下があります。損をしない価格的なメリットを提示することもポイントです。

  • リスクのないことを強調
  • 豊富な実績があることを強調
  • レビューサイトへのレスポンス
  • リファラルマーケティング
  • チュートリアルやガイドの提供
  • 製品の信頼性と安全性を強調した情報提供
  • 顧客サポートとアフターサービスの充実

対ラガード

現状維持を好み、変化を嫌うマーケティングの難しい層です。新しいことへの関心があまりありません。この層には、通常積極的にマーケティングをしないケースが多いと言えます。

アプローチする場合は、導入しないことに対するリスクの強調、すでに大多数が活用していることを示すデータが必要です。

  • 伝統的な販売チャネルの利用
  • 一対一の営業活動
  • 製品の使いやすさとアクセシビリティを強調したマーケティング

まとめ

SaaSもここ1~2年、ようやく「SaaSはキャズムを超えていく」、「SaaSはもはやキャズムを超えた」と表現されるようになってきました。自社の製品・サービスはいかがでしょうか?  現在、イノベーター理論のどこの段階に位置しているかを確認してみましょう。 

マーケットは常に変化します。イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードの特性を理解し、自社製品・サービスが今どの段階にあるかを意識してマーケティング活動を行うことがポイントです。

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

サービスを詳しく知りたい方はこちら

資料請求