マイケルポーターの「差別化戦略」とは、ハーバード大学経営大学院教授のMichael E. Porter(以下、マイケルポーター)氏が提唱した、経営における「3つの基本戦略」のひとつを指します。「5Forces分析」「バリューチェーン」とともに、提唱されてから40年以上世界の国々で活用されている戦略フレームワークです。
日本に「ポーター賞」という賞があるのをご存知でしょうか。一橋大学大学院が2001年から主催しており、コロナ禍以前はマイケルポーター氏も授賞式によくこられていたようです。これまで、BtoBでは日本電産、キーエンス社などが受賞しています(2022年のカンファレンスはこちら)。
マイケルポーター氏は、学術界においては経済学と経営学領域で最多の引用数を誇ります。「古典」とも表現されるマイケルポーター氏の数々の理論は、現代においてもアカデミック、実業界の両方から支持され続けており、経営者やビジネスマンが学べることが多々あります。
今回は、BtoBマーケティング担当者も知っておくべき、「マイケルポーターの3つの基本戦略」のひとつ、「差別化戦略」について紹介します。
マイケルポーター氏の「差別化戦略」とは、1980年にマイケルポーター氏が著書『競争の戦略』で提唱した、企業が競争優位性を持つための3つの戦略のひとつであり「自社の独自の価値を提供すること」で他社と差別化する戦略です。
差別化戦略はBtoBの環境においても非常に重要な戦略。この戦略の核となるのは、自社が提供する製品やサービスに独自の価値を加えることで、顧客から選ばれる確率を高め、競合と差別化する点にあります。
BtoBビジネスでは、単なる製品の性能や品質以外にも、以下のような多くの要素で差別化を図ることが可能です。
差別化戦略によって、企業はその製品やサービスに高い「付加価値」をもたらせます。これにより、単に価格で選ばれるのではなく、自社製品が持つ価値で選ばれるようになり、価格競争から一定の距離を置けるのです。
マイケルポーター氏は『競争の戦略』において、「3つの基本戦略」を提唱しました。本稿で紹介する差別化戦略以外の2つは、「コストリーダーシップ戦略」「集中戦略」です。
3つの基本戦略の概要と主な目的を端的にまとめると、以下のとおりです。
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概要 |
主な目的 |
戦略1.コストリーダーシップ戦略 |
企業がその業界で最も低コストの生産者になることを目指すことで、競走優位を確立する戦略。 |
低コスト性による大量販売と市場支配。 |
戦略2.差別化戦略 |
他社にない独自の価値を提供することで、市場にポジションを築く戦略。 |
高い利益率や顧客ロイヤルティの形成。 |
戦略3.集中戦略 |
特定のニッチ市場に集中して、コストリーダーシップ戦略・差別化戦略のいずれかを実施すること。 |
特定市場での高いシェアやブランド力の獲得。 |
これらの戦略は、ときとして組み合わされて用いられることもありますが、それぞれが独自の強みと課題を持っています。
コストリーダーシップ戦略と差別化戦略は、一般に対立する戦略とされています。コストリーダーシップは、低価格で市場に製品やサービスを提供することに焦点を当てているため、高度な差別化を追求する余地は少なくなるのです。
集中戦略は、特定の市場セグメントや地域、顧客層に特化したアプローチ。この戦略は差別化と組み合わせることが多く、特定のニッチ市場で独自の価値を提供する形になります。
なお、3つの基本戦略と呼ばれますが、集中戦略が実質2種類あるため、以下のように4象限のフレームワークも存在します。
(参考:Joan Magretta(ジョアン・マグレッタ)著『マイケルポーターの競争の戦略 エッセンス版』を基に、当社にて作成)
とはいえ、ビジネスにおいて絶対的なルール・成功法則はありません。重要なのは、自社の強みと市場のニーズに応じて適切な戦略を選ぶことです。
BtoBビジネスにおいて、差別化戦略を採る重要性としては、以下のものが挙げられます。
以下より、個別にみていきましょう。
差別化戦略を採用することで、顧客は競合他社の製品やサービスと自社プロダクトを明確に区別できます。これにより、単純な価格競争から逃れることが可能となり、価格戦争で利益を圧迫するリスクを避けられます。
つまり、独自の価値を提供することで、顧客は高い価格を支払う意義を理解し、受け入れてくれる可能性が高まるということです。
2023年現在、BtoBビジネスにおける価格競争はますます激化しています。実際に、株式会社アルヴァスデザインが2022年に民間企業に勤務する法人営業担当者を対象として、営業活動に対する意識調査を行ったところ、67.1%が「価格競争が激しくなっている」と回答しました。
(出典:BtoBプラットフォーム業界ch「法人営業担当者の67%が3年前と比べ価格競争が激しくなっていると回答。」)
BtoBビジネスの取引では、大量の取引や長期契約が多いため、わずかな価格の違いも大きな影響をもたらしかねません。
激化する市場競争のなかで差別化戦略を適切に実施することで、企業は単なる価格競争を避け、製品やサービスの独自の価値を強調できるでしょう。これにより、競合との価格競争のプレッシャーから解放され、より有利なポジションを築くことが可能です。
差別化を実現することで、企業は市場内で独自のポジションを築けます。これにより、特定の顧客セグメントやニッチな市場をターゲットとして、競合他社が参入しにくい独自のシェアを確保することが可能です。BtoB市場では、複数企業がニッチなニーズの顧客に向けて、類似の製品やサービスを提供しているケースも珍しくありません。
差別化を図ることで、特定のニーズを持つ顧客セグメントに焦点を当て、そのセグメント内でのリーダーシップを獲得できます。この独自のポジションニングは、競合からの追随を避けるための堅固な防御としても機能するでしょう。
例えば、ECサイト構築システム「ecbeing」を展開する株式会社ecbeingは、BtoB版パッケージをBtoC版とは別システムで開発。BtoB専門の組織を構築し、既存取引先との取引を行う「クローズドBtoB」、新規顧客を獲得する「スモールBtoB」などにより、他のEDIとの差別化を図れる実績を多数積み重ねました。
結果的に、2018年の調査結果ではBtoBのECサイトパッケージ構築においても49%のシェアを獲得しています。
(出典:富士キメラ総研社「富士マーケティング・レポート 2018年 ECソリューション市場占有率」)
拡大し続けるBtoB-EC市場において、ecbeingはまさに独自のポジションを確立した好例です。
差別化された製品やサービスは高い価格で提供し、利益率を高められます。これは、顧客がその製品やサービスの「独自の価値」を見出しているからこそです。
例を挙げると、Adobeの製品は業界標準とされており、高品質かつ多機能です。クリエイティブなプロフェッショナル向けに高度なツールを提供することで、Adobeはプレミアム価格を設定。サブスクリプションモデルによって、高い利益率を維持したまま売上げも堅調に伸びています。
2022年時点で、Adobeの営業利益率34.6%と純利益率27%と、特にソフトウェア業界やテクノロジー業界においては高い数値であり、企業としての健全性、効率性、競争力があると評価されます。
(出典:バフェット・コード「ADOBE【ADBE】の業績・財務」)
このように、他社には真似できない価値を提供することで、製品やサービス価格を高めることができ、それにより利益率を向上させられるのです。価格を維持またはアップさせていけば、研究開発やマーケティング活動など、自社をさらに成長させるための投資も行いやすくなるでしょう。
BtoB市場では、製品やサービスの細かな特性や機能が重要な決定要因となるケースも珍しくありません。差別化された製品やサービスは、顧客に対してその違いを明確に伝えられ、意思決定の際の判断材料として役立てられます。
BtoBの取引では、購買決定に多くのステークホルダーが関わることが多く、そのプロセスはしばしば複雑です。加えて、購買の意思決定のプロセスに関わる人物たちは、「品質・性能」「価格」だけでなく、「アフターサービス」「知名度・ブランド力」など、さまざまな要因で決済の可否を判定します。
(出典:株式会社日経リサーチ「BtoB企業の購買プロセス調査 コロナで変わる情報収集、高まるHPの重要性」)
顧客企業にとって、製品やサービスの選択は大きな投資となるため、リスクを最小限に抑えたいと考えるのは当然のことでしょう。このような状況で「自社の製品やサービスが他社と何が違うのか」「なぜその違いが顧客にとって価値があるのか」を明確にしておくことは、顧客が購買決定を下す際の不確実性の低減に繋がるのです。
差別化戦略を図る際には、次のような考え方が重要です。
以下より、個別にみていきましょう。
差別化戦略とは、他社にない自社の強みを追求する戦略です。「いかに他社と差別化できるか」「市場で独自のポジションを得られる」かが重要。自社の独自性や差別化の切り口としては、以下のようなものが存在します。
切り口 |
例 |
品質 |
製品/サービスの耐久性/信頼性/精度。 |
機能 |
オプション/多機能性/カスタマイズ性。 |
性能 |
速度/効率性/耐久性。 |
顧客サービス |
アフターサービス/カスタマーサポート/トレーニング。 |
価格設定 |
低コスト性/高品質を反映したプレミアム価格/バンドル価格/サブスクリプションモデル。 |
アクセシビリティ |
オンライン・オフラインでの利用の容易性/カスタマーサポートの可用性。 |
テクニカルサポート |
高度な技術サポートや専門家によるコンサルティング。 |
教育・トレーニング |
製品の効果的な使い方や業界知識の提供。 |
ブランド |
高いブランド認知度や一貫したブランディング。 |
社会的責任 |
サステナビリティ/地域社会への貢献。 |
生産効率 |
より効率的な生産プロセスや短い納期。 |
サプライチェーン |
材料の出所、製造プロセスの透明性。 |
マイケルポーター氏の差別化戦略は、単純にひとつの特徴で差別化するのではなく、突出している提供価値を軸に、自社のバリューチェーンを調整。事業活動を存続させ続けることで独自性を際立たせ、模倣されにくいプロダクトの確立に繋げるという考え方です。
差別化戦略の根本部分にある考え方が、1985年にマイケルポーター氏が著書『Creating and Sustaining Superior Performance』のなかで提唱したバリューチェーンです。
バリューチェーンとは、企業の活動を「主要活動」「支援活動」に分け、それぞれの活動がどのように価値を生み出しているのかを分析するフレームワーク。BtoBビジネスにおいては、バリューチェーンを分析することで、競合との違いを明確にし、自社独自の価値を創出する活動を特定できます。
例えば、高収益企業で有名なキーエンスの特徴は「ファブレス企業である」「営業マンが徹底した顧客ニーズをヒアリングして製品開発に活かす体制がある」「分刻みでマネジメントする科学的な営業体制」などです。このような仕組みは、ビジネスマンの多くが頭ではすぐ理解できるでしょう。しかし、普通の会社ではそう簡単に実行できないともわかります。
キーエンスが驚異的な収益を実現できているのは、創業者の事業哲学の社内への浸透。それによるセクショナリズムの少なさ、徹底して顧客ニーズをくみ取る企業姿勢、分単位で営業マンの行動をマネジメントする科学的なマネジメントなどにほかなりません。
加えて、一貫した独自のバリューチェーンの強みがあるからだといえるでしょう(ほかにも独自の強みがあります)。つまり、戦略にもとづいて全社的な活動が浸透しているのです。キーエンス社の社長は「他社にはまねできない」と断言しています。
BtoBビジネスは多くの場合、技術や専門知識が必要とされる複雑な製品やサービスを取り扱っています。そのため、自社の製品やサービスが提供する独自の価値を明確にすることが重要。これには、製品の性能や信頼性、対応のスピード、サポートの質など、多岐にわたる要因が考慮されるべきです。
例えば、Appleのプロダクトのデザインは洗練されており、操作していて快適です。しかし、仮に無名の中小企業がiPhoneレベルの素晴らしいデザインと機能の製品を出したら、どうなるでしょうか。 おそらく、すぐ大手にデザインを真似され、あっという間に市場から駆逐されてしまうのではないかと思われます。
Appleのような「ブランド品」を打ち出していく企業は、機能、品質を高めるのと同時に、「アップルは2極化する価格戦略でブランドイメージを堅持する」とあるように、ブランディングにも力を入れています。
(出典: ASCII.jp「アップルは2極化する価格戦略でブランドイメージを堅持する」)
広告、パッケージ、ストアなどのブランディングで自社の思想、カルチャーを伝え、顧客エンゲージメントを高める。これにより、ユーザーは「本物のApple製品」を持ちたがるようになります。このようにブランディングの優先順位を高くするのも、バリューチェーンの最適化です。
コンサルティングファームでいえば、差別化要因は「人材の優秀さ」でしょう。その場合、継続的な教育支援に投資しなければ、競争優位の源泉を失いかねません。優秀な人材を採用でき、定着する魅力的な待遇、活躍の場の提供など、人材を軸にしたバリューチェーンの調整が求められます。
強みを活かし、一方で自社の弱みの部分はアウトソースも活用して、より成果を出す。あるいはコストを抑えるなど、提供価値を軸に立てた戦略に沿って、バリューチェーン(事業活動全体)を常に最適化し続けることが大切といえます。表面的に真似はできても、長年にわたり調整されたバリューチェーンの模倣は困難だからです。
「自社には他社にない優れた技術がある」。このように、この製品は素晴らしいと信じていても、顧客から見て価値がなければ差別化戦略は成功しません。強みとは、あくまで顧客が評価する自社の強みです。
素晴らしい精度や多くの機能を、顧客はそこまで求めていないケースもあります。独自性のある素晴らしい製品は、すべての機能が他社より勝っているというわけではないのです。
差別化戦略では、改めて顧客視点で自社の独自性を捉えなおすことが大切。顧客視点とズレがあるのであれば、調整する必要があるでしょう。もし、あいまいな顧客像しかもたない場合は、ペルソナ作成から始め顧客理解を深めなければなりません。
顧客視点で自社の価値を把握するフレームワークには、4C分析や、バリュープロポジション、SWOT分析などがありますので、合わせて活用しましょう。
「戦略の本質とは何をやらないかを選択することだ」というマイケルポーター氏の有名な言葉があります。
マイケルポーター氏は、企業がコストリーダーシップ戦略を採るのであれ、差別化戦略を目指すのであれ、二兎を追うと「スタックインザミドル(どっちつかずの状態)」に陥りがちであるため、「高収益を上げるには集中すべき」という考え方を当初から提唱しています。
ただし、この考え方は「差別化戦略を実施する企業がコストに無頓着」「コストリーダーシップ戦略をとる企業が独自性など考えない」という意味ではありません。どちらを軸に戦略を進めるか、自社のバリューチェーンをどの軸にあわせて調整するかという意味です。
『競争の戦略』を世に出してから40年以上が経過し、インターネットの出現によりビジネス環境は変貌しました。AmazonをはじめとするECが実現できているように、コストリーダーシップ戦略と差別化戦略を両立しやすい環境が整ってきています。
近年はマイケルポーター氏も初期の研究を再検討し、「戦略にあわせてバリューチェーンを特別に調整するなら、スタック・イン・ザ・ミドルに陥らずに差別化と集中と低コストを実現している企業もある」と解説しています。
とはいえ、戦略にあわせてバリューチェーンを統合することは簡単ではなく、両方を追うことでバリューチェーンはより複雑になることはたしかでしょう。
事業経験の浅い多くのスタートアップ、ベンチャーの場合、「競合他社よりも低いコストで競争する」「顧客に評価される次元で差別化する」「ある領域に集中する」などの選択肢が浮上した場合、「差別化集中戦略」を選択したほうが取り組みやすいかもしれません。
幸い、大企業病にはなっておらず、セクショナリズムも少ないのが若い会社の長所。適した戦略を選択したあとは、バリューチェーンを調整しやすいはずです。改めて自社が「何で戦うか(差別化)」「どこで戦うか(集中)」を検討し、自社のポジションをとっていきましょう。
では、差別化戦略を成功させるためには、何が必要なのでしょうか。具体的には、以下の取り組みが考えられます。
それぞれ具体的に解説します。
顧客の購入プロセスや意思決定構造が複雑なBtoBの取引では、ペルソナを明確にし、カスタマージャーニーを整理することで、どの段階でどんな情報やサポートが必要かを把握しやすくなります。
ペルソナとは、顧客や潜在顧客を代表する「理想の顧客像」のこと。BtoBビジネスでは、ペルソナは通常、特定業界や役職、課題、ニーズに特化して作成します。ペルソナを明確にすることで、製品開発、マーケティング、セールス戦略などがよりターゲットに対して精度高く行えます。
カスタマージャーニーは、顧客が製品やサービスを知り、購入し、使用するまでの一連のプロセスや体験をマッピングしたものです。
カスタマージャーニーは、Webサイト訪問、営業とのミーティング、製品デモ、カスタマーサポートなど、多くのタッチポイントで構成されます。カスタマージャーニーを理解することで「顧客がどのような情報やサポートを求めているのか」「どのタイミングで提供すべきか」の明確化が可能です。
ペルソナとカスタマージャーニーは、BtoBビジネスにおいて製品開発、マーケティング戦略、顧客サービスなど、多くの側面で役立ちます。戦略策定前に定義化しておくこと、差別化戦略の際のコミュニケーションやサービス提供のタイミングを最適化し、効果的なアプローチが可能となるでしょう。
差別化戦略を成功させるためには、顧客の潜在ニーズを適切に分析し、把握しておく必要があります。言い換えれば、「顧客や市場が潜在的に求めているものの、まだどの企業も提供できていない価値」をみつけていくということ。この考え方は、マーケットイン戦略そのものであり、デジタル時代が本格的に到来した2010年代以降は特に重要性が叫ばれています。
BtoBの顧客ニーズは、具体的なビジネスの課題や要求から導き出せます。ペルソナを基に、顧客の実際のニーズや問題点を深堀りすることで、差別化の方向性を明確にできるでしょう。
BtoBビジネスの差別化戦略では、製品やサービスの特性だけでなく、納期の迅速さ、サポートの質、信頼性など、企業全体の強みが重要な役割を果たします。加えて、企業の資金力や組織力、業界内のネットワークやパートナーシップなど、製品やサービス以外の側面での強みも競争力を高める要因となり得るでしょう。
そのため、マーケティングや営業だけで考えるのではなく、研究開発部門や人事など、全社をあげて自社の強みを「棚卸し」することが大切です。
その上では、大手コンサルファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーが提唱した7Sモデルのフレームワークが役立ちます。
(出典:ビジネス+IT「マッキンゼーの7Sとは何か?図でわかりやすくフレームワークを詳解」)
自社が持つ資産を組織や戦略、システムなどの「ハードのS」に加え、スキルやスタイル、スタッフなどの「ソフトS」に当てはめることで、自社の強みを構造的に理解できるでしょう。
競合との僅かな違いが取引の成否を分けることもあります。そのため、競合の製品やサービス、価格戦略、顧客対応などを詳細に調査し、自社の強みや差別化ポイントを明確にすることが大切です。競合調査により、自社が有利になる市場セグメントや顧客層を特定し、更に明確な差別化戦略を策定する材料を得られるでしょう。
競合調査を行う方法は多岐にわたりますが、代表的なものを挙げると、以下のような手法があります。
BtoB・SaaS企業で差別化戦略を立案する際には、以下のフレームワークも活用しましょう。
各フレームワークの内容を、わかりやすく紹介します。
3C分析とは、企業が経営戦略、マーケティング戦略を立案する際に、顧客や市場、競合競合の状況なども踏まえ、市場特性や自社の競争優位性を分析するフレームワークです。
3つのCの構成要素は、以下のとおりです。
3C分析は、元マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長で、現在はビジネス・ブレークスルー大学(BBT大学)学長の大前研一氏が提唱したフレームワークです。その内容は、マイケル・ポーター氏からも「戦略的思考を改善する方法についてのアイデアに満ちている」と評価されたほど。
3C分析を行うことで、ビジネスが直面する主要な課題や機会を明確にできます。具体的には、自社の能力と市場ニーズ、競合との関係性を整理・評価することができます。
SWOT分析は、自社をとりまく「内部環境」「外部環境」とを分析するフレームワークを指します。「SWOT」とは、それらを表す以下の4つの言葉の頭文字を組み合わせた用語です。
SWOT分析は、企業の「内部環境(強み × 弱み)」「外部環境(機会 ×脅威)」を考慮することで、差別化戦略の方向性を明確にするのに役立ちます。BtoBビジネスにおいて、市場の変化や技術の進化、競合の動きに対して敏感であることは必須です。
SWOT分析により、自社のポジションや競争環境をあきらかにし、「内外の変化にどのように対応すべきか」という戦略を策定するための判断材料を揃えられるでしょう。
VRIOフレームワークとは、自社のリソースを4つの視点で分析し、競争優位性を可視化するためのフレームワークです。
BtoBビジネスにおいても、VRIO分析は非常に有効な分析方法です。単価が高く、顧客の検討期間も長いBtoBでは「取引先やビジネスパートナーとの長期的な関係」「特定の業界知識や技術力」が求められることも多いため、VRIOを通じて自社のリソースを把握することは重要になります。
VRIO分析を利用することで、差別化の戦略を持続的に実施し、市場での地位を強固にするための戦略を策定できるでしょう。
マイケルポーター氏は、これまで19冊の書籍と125以上の論文を出しています(2023年時点)。今回は、差別化戦略に役立ちそうな本と論文を紹介します。主要な著書についてはこちらもご覧ください。
(出典:Amazon)
『新版 競争戦略論Ⅰ』は、マイケルポーター氏のベストセラー『競争戦略論Ⅰ』の改訂増補新版です。「ITは競争戦略をどう変えるか」「経営者の使命は何か」「企業の社会的責任をどう考えるべきか」など、現在のビジネス課題についても論じられています。競争戦略の基本を学べ、かつ現代の実務についてのインサイトを得られる本としておすすめです。
(出典:Amazon)
『日本の競争戦略』は、マイケルポーター氏が10年以上にわたる調査の上、成功の罠にはまった日本企業の打開策を解説した書籍です。
数々の統計データを根拠に、日本企業は経営に対する価値観を根本的に転換するべきであり、企業やマネジャーの名声や評判は事業規模ではなく、戦略の独自性に基づくべきであると説いています。
高品質の追及、カイゼンなどのオペレーションに特化するだけでは新興国にすぐキャッチアップされる時代。「差別化戦略」がいかに日本企業にとって重要かわかる一冊です。
ここからは、BtoB領域において差別化戦略に成功した企業事例を2社紹介します。
(出典:Sansan株式会社)
Sansan株式会社は、名刺管理などの機能をもったクラウドサービス「Sansan」を提供する企業です。伝統的な名刺管理の方法とは異なり、Sansanはクラウドベースでの名刺管理を市場に提案することで、他者との差別化に成功しています。
同社の主力サービスであるSansanは、名刺をデジタルデータ化し、クラウド上で共有・管理するというもの。ただし、単にデジタル化するだけでなく、その名刺の情報をもとにビジネスチャンスを生み出すための機能が豊富に盛り込まれています。
(出典:Sansan)
同社は顧客を導き続けるという信念のもと、プロダクトアウト型のスタイルを貫いており、ローンチ直後の苦しい時期を乗り越え、独自のサービスでBtoBの新規市場を開拓し、高いシェアを獲得するに至りました。
Sansan株式会社は、一度スキャンするだけでデータがクラウド上に保存され、スマートフォンやパソコンからいつでも参照可能という利便性を提供。企業内での共有やCRMとの連携など、ビジネスの現場での名刺活用を大きく進化させています。
さらに、AI技術を駆使しての高精度な文字認識、企業内の名刺データの共有、CRMとの連携、顧客の接点管理など、「単なる名刺管理サービス」の枠組みを超えて、営業活動自体をサポートするサービスを作り上げ、差別化に繋げています。
(出典:ファナック株式会社)
ファナック株式会社は産業用ロボットやCNC(コンピュータ数値制御)システム、機械加工機器などを製造・販売する企業です。同社は、自社の差別化戦略として「高い信頼性」「生涯保守」の2点を掲げています。
ファナックは「壊れない 壊れる前に知らせる 壊れてもすぐに直せる」をテーマに、世界中の工場で使われるロボットやCNCシステムにおいて、高い信頼性と耐久性を持つ製品を提供。その品質と独自のアフターサポート体制により、長年にわたって高い市場シェアを維持しています。
同社では量産が終了した機種であっても、顧客が使い続ける限り保守を続ける生涯保守を確約しています。この抜きん出たアフターサポートにより、ファナックのプロダクトは、極めて高い信頼性を獲得しているといえるでしょう。
実際に、ファナックは産業用ロボットメーカーの世界シェア4強のうちの1社(もう1社も日本企業の安川電機)であり、2021年の産業用ロボットの市場シェアでは世界2位であったことからも、競争力の高さが伺えます。
(出典:Deallab「産業用ロボット業界の世界市場シェアの分析」)
マイケルポーター氏の差別化戦略は、独自の価値を顧客に提案することで、他社と差別化して競争上の優位を確立する戦略。市場で他社と同じ土俵、同じルールで競うのではなく、自社の収益を上げやすい領域を見つけ、できるだけ競争相手のいないところで勝負するという考え方です。
マイケルポーターの3つの基本戦略はシンプルで本質的であり、どのような規模の組織にも活用できる「競争の原理原則」のようなものです。
「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」の違いを理解し、事業戦略の立案やマーケティング戦略を考える際に、適切な選択をしていきましょう。