経営・マネジメントの世界には、巨匠と呼ばれる人たちが存在します。
マーケティング担当者なら必ずといっていいほど目にする「5Forces分析」「バリューチェーン」などの理論を提唱したMichael. E.Porter(以下マイケルポーター)もその一人です。
マイケルポーターの凄さは、1980年に30歳の若さで出した『競争の戦略』(Competitive Strategy)でマーケティング世界に旋風を巻き起こして以来、2021年の今にいたるまで経営戦略研究の第一人者であることです。昨今は、IT社会の企業の競争戦略について論文も発表しています。
昔も今も、多くの経営者やマーケティング担当者がマイケルポーターの本を読み、提唱した理論やフレームワークをビジネスに活かしてきました。
本記事では、マイケルポーターの名著『競争の戦略』について紹介します。「日本人は戦略が苦手」「戦術に秀でても戦略で劣る」といわれるので、マイケルポーターの理論を踏まえて戦略的思考を身につけていきましょう。
この本を読むと「戦略」とは何かがわかってくるはずです。本記事をきっかけに、マイケルポーターに興味を持っていただければ幸いです。
マイケルポーターの「競争の戦略」とは?
マイケルポーターは、アメリカのハーバード・ビジネス・スクール教授です。著書に『競争の戦略』『競争優位の戦略』などがあります。
マイケルポーターは1980年に初の著書『競争の戦略』の中で、有名な「5Forces(5フォース)分析」を紹介。競合分析、市場のポテンシャルの分析などを踏まえた上で「コスト・リーダーシップ」「差別化」「集中戦略」をとることを提唱しました。
『競争の戦略』は経営戦略論の古典・基本として、今日でも世界中の経営者やマーケティング担当者から支持されています。
マイケルポーターの代表的な著書と研究
ポーターは2021年時点で19冊の書籍を上梓し、125以上の論文を発表しています。代表的な著作は以下があります。
- 『競争優位の戦略――いかに高業績を持続させるか』
マイケル・E・ポーター著 土岐坤・中辻萬治・小野寺武夫訳(ダイヤモンド社 1985年) ※米国の初版は1985年
主な内容:バリュー・チェーン(価値連鎖)の重要性
- 『国の競争優位』
マイケル・E・ポーター著 土岐坤・中辻萬治・小野寺武夫・戸成富美子訳(ダイヤモンド社, 1992年) ※米国の初版は1990年
主な内容:特定の国の産業・企業が成功するメカニズムを解明。国の優位性を決定する「要因条件」「需要条件」「関連産業・裾野産業」「企業の戦略・構造・競争」の4要因が影響し合う「ダイヤモンドモデル」
- 『競争戦略論』
マイケル・E・ポーター著竹内弘高訳(ダイヤモンド社, 1999年) ※米国の初版は1998年
主な内容:高収益企業に脱皮する経営戦略、競争優位に結びつくIT活用策、成功する事業の多角化策等
『競争の戦略』は2021年時点で58版を数え17ヶ国語に翻訳されています。『競争優位の戦略』は34版目。『競争戦略論』はマイケルポーターの論文を選択し集めた書籍で、こちらは日本で改定新版(Kindle版)も出ています。
「IT(情報技術)の進歩は戦略にどう影響を与えるか」など、現代に即したテーマが論じられているので、現役マーケティング担当者におすすめです。
(出典:Amazon)
「競争の戦略」とは?
ここでは、マイケルポーターの最初の著作であり、経営戦略の古典ともいわれる『競争の戦略』の内容について解説します。『競争の戦略』以前の経営戦略は、主に企業の資源を特定の市場状況に適合させることや、値下げでシェアを拡大し競争力を高めることに重点を置かれていました。
ここにマイケルポーターは、競争優位を獲得するための3つの戦略、コスト・リーダーシップ、差別化、集中戦略(市場細分化・フォーカス)を提唱し、旋風をおこしました。
マイケルポーターの3つの基本戦略:
(参照:saylor.org)
マイケルポーターが初期に『競争戦略』で述べた戦略は、上記のフレームワークのように3つです。
- コスト・リーダーシップ戦略:業界で最も低コストな事業運営体質を構築することで競走優位を確立する戦略です。一般には低価格戦略を同時にとることで規模の経済で収益を拡大します。
- 差別化戦略:自社製品・サービスの際立った特性、ブランドなどで優位性を確立
- 集中戦略(市場細分化、フォーカス戦略とも呼ばれる):市場をセグメントし狭い市場で優位性を確立
しかし、その後マイケルポーターが集中戦略について「差別化集中」と「コスト集中」があるとのべたため、以下のように4つの基本戦略としたフレームワークもあります。
(出典:Your Free template)
では、以下にそれぞれの理論をかみ砕いて説明します。
コストリーダーシップ戦略(Cost Leadership)
コストリーダーシップとは、選択した業界でもっとも低コストの生産者となることで,他社より優位になる戦略です。コストリーダーにることで市場最低価格を打ち出しシェアを獲得することもできれば、業界平均的な価格設定して収益率を上げることもできます。
コストリーダーシップ戦略で成功している例では、Amazon、ユニクロ、100円ショップなどがあります。コストリーダーシップ戦略を実現するには、大量仕入れによる仕入れコスト低減、製造工程、流通工程などのオペレーション合理化、組織のスリム化などが必要です。
コストリーダーシップは、ある程度大きな組織がスケールメリットを活かして実施する戦略です。また、在庫が発生せず工場が不要なファブレス企業、SaaS企業などもとれる戦略です。
- サプライヤーの選択
- 製造工程の合理化
- 人件費の削減
- 間接業務の自動化によるコスト削減
差別化戦略(Differentiation)
差別化とは、自社独自の価値、サービスを提供することです。製品・サービスの独自性を追及し、競合他社の製品やサービスと明確に差別化することを目的とした戦略であり、他社と比べられない価値を提供します。
例えば、アップルやナイキがわかりやすい例です。製品・サービスの品質が研ぎ澄まされているだけでなく、広告、プレゼンテーションなどもオリジナリティに溢れており、似ている企業が見つけられません。
アップルの真似、ナイキの真似をする企業はあっても、本家を絶対超えられないほどに高い独自性を持っています。日本でいえば本田宗一郎氏ありき日のホンダがそうだったでしょう。差別化を志向する組織はイノベーティブであり、哲学が組織の隅々まで浸透している特徴があります。
- 企業哲学・カルチャー
- イノベーション
- 製品・サービスの独自性
- ブランディング
そのため、差別化戦略に成功している企業にはファン、ときに信者と呼ばれるような強いロイヤリティを持つ顧客ができます。製品・サービスの際立った特徴が顧客のニーズにマッチしているため、他社よりも高価格な製品・サービスを出しても売れる傾向があります。
集中戦略(Differentiation Focus)
集中戦略とは市場を、細分化(セグメンテーション)して、特定のセグメント(地域や顧客層)に向けて、経営資源を投下する競争戦略です。集中戦略に成功すれば、その市場内でシェアNo.1となり高い売上げ・収益を得ることが比較的容易です。
集中戦略は、マーケティングにおける初期工程に位置し、次工程が「差別化戦略」か「コスト・リーダーシップ戦略」の選択となります。
(2つの集中戦略)
前述の通り、集中戦略には「差別化集中戦略(Differentiation Focus)」と「コスト集中戦略(cost focus)」があります。狭い市場に集中すると顧客層が限定されるため差別化戦略をとりやすくなります。価格競争力の高くないベンチャー、中小企業に適しています。
「コスト集中戦略」をとる場合、他社が真似できないほどの低コストで、勝負して採算がとれる市場であることが前提になります。また、市場内で大量の顧客に支持されなければ採算はとれません。
先鋭化した製品・サービスは万人には支持されないので、一般に製品・サービスは凡庸なものになります。
5フォース分析(5 Forces Analysis)
では、自社はコストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略のどの戦略を選択すればよいでしょうか?
当然ことながら、企業の規模だけでは決められません。
大手企業であっても競合企業が大きく、同じくコストリーダーシップ戦略をとった場合消耗戦になります。相手が差別化戦略に特化して成功すれば、顧客が離れていくかもしれません。
市場や顧客は常に変化します。同じ企業であっても、既存業界の立ち位置と新規事業を行うときの立場は異なります。
ここで重要になるのは、マイケルポーターが同書で提唱した外部環境分析手法「5フォース分析」です。5フォース分析は、以下の5つの要因で業界を分析するフレームワークです。
- 競合企業の脅威
- 代替品の脅威
- 新規参入者の脅威
- 供給者の交渉力
- 顧客の交渉力
5フォース分析を行って対象業界の構図、(競合企業の数や強さ、顧客の動向など)を分析して業界内の自社のポジションを把握した上で、3つの戦略のどれを選択するか決める必要があります。
※5フォース分析については以下の記事もご覧ください。
【BtoB SaaS企業向け】5Forces(ファイブフォース)分析とは? 業界分析を行う基本フレームワーク
トレードオフについての考え方の変化
「戦略の本質は、何をやらないかを選択すること」といった言葉を聞いたことのあるマーケティング担当者は多いでしょう。この言葉も、元はマイケルポーターの理論から出ています。
この言葉通り、マイケルポーターは当初、戦略とは正しく選択することだと強調しています。コストリーダーシップと差別化の両方を追うと「スタック イン ザ ミドル(どっちつかず)」に陥る可能性があり不利な競争になるため、特化するべきだとトレードオフの考えを示していました。
もちろん、この戦略は今でも多くの企業にあてはまるでしょう。しかし、インターネットの普及によりビジネス市場が激変したのはご存知の通りです。
例えばAmazonに代表されるECショップのように、「品揃えやコスト」と「顧客サービス」がトレードオフではなくなり同時追求が可能なケースも出てきました。
近年は、マイケルポーター自身も初期の研究を再検討し、市場の変化が著しく加速したため「企業は戦略の適切な選択で競うのではなくすべての戦略の前線で同時に競わなくてはならない」と述べているようです。ゆえにIT社会となった今は、業界によっては2つの戦略を同時に実現することも可能と理解するのが適切と思われます。
繰り返しになりますが、『競争の戦略』が出たのは1980年です。しかも本というものは、一度世に出ると多少改定はできても大きく内容が変えられません。
『競争の戦略』は今なお「マーケティングの古典」「マーケティングの基本」といわれる書籍ですが、当時の市場を前提に読む必要があります。
また、あわせてマイケルポーターの最新の書籍やインタビュー動画などを視聴し、直近のポーターの知見に触れると、彼の真意が理解しやすくなるでしょう。
(参照:Saylor.org、BUSINESSBALLS、LUCIDITY、B2U)
まとめ
マイケルポーターが『競争の戦略』を米国で出したのが1980年。その後『競争の戦略』は、版を重ねていくなか新しい論文が追加され中身も改定されていきます。原書はページ数も多く難解で有名ですので、マーケティング初心者はエッセンシャル版から手にしてもよいかもしれません。
あるいはポーター以外の人が書いた競争戦略の「ガイドブック的な本」でもよいでしょう。ベテランマーケターなら原書、そしてポーターの新版『競争戦略論』を読むことをおすすめします。
マイケルポーターの理論はかなりビジネスの現場に浸透しているので、おそらく自分が学んできたことの源流がマイケルポーターにあると知ることも多いでしょう。原書・原典にあたることは二次情報、三次情報にあたるより深い学びがあります。
何よりも、マイケルポーターに学ぶべきは、「巨匠」「経営戦略の神様」と崇めたてまつられながらもその地位に安住せず、70代半ばでありながら、今も現役として経営やマーケティングのみならず社会課題に向き合い続けている、その衰えないエネルギーかもしれません。