マイケル・ポーターとは?「競争の戦略」と「5フォース分析」、「CSV」などのBtoBマーケターが知っておくべき考え方を解説

2024/05/27
マイケルポーター 競争の戦略 マイケル・ポーターとは?「競争の戦略」と「5フォース分析」、「CSV」などのBtoBマーケターが知っておくべき考え方を解説

経営・マネジメントの世界には、10人の巨匠と呼ばれる人たちが存在します。マーケティング担当者なら必ずといっていいほど目にする「5Forces(フォース)分析」「バリューチェーン」などの理論を提唱したMichael E. Porter(以下、マイケル・ポーター)氏もその1人です。

マイケル・ポーターの凄さは、1980年に30歳の若さで出版した『競争の戦略(Competitive Strategy)』でマーケティングに旋風を巻き起こして以来、2024年現在にいたるまで経営戦略研究の第1人者であることです。

多くの経営者やマーケティング担当者はマイケル・ポーターの著作を読み、提唱した理論やフレームワークをビジネスに活かそうとしているでしょう。しかし、実ビジネスにまで落とし込むとなると、マイケル・ポーターの考え方を体系的に理解しておく必要があります。

本記事では、マイケル・ポーターの「競争の戦略」について整理・論考します。「日本人は戦略が苦手」「戦術に秀でても戦略で劣る」と言われることがありますが、マイケル・ポーターの理論を踏まえて戦略的思考を身につけましょう。

マイケル・ポーター(Michael E. Porter)とは

マイケル・ポーターは、アメリカのハーバード・ビジネス・スクール教授です。著書には前述した『競争戦略』以外にも、『競争優位の戦略』『国の競争優位』などがあります。

マイケル・ポーターは1980年に初の著書『競争の戦略』の中で、有名な「5フォース分析」を紹介。競合分析、市場のポテンシャルの分析などを踏まえた上で「コスト・リーダーシップ」「差別化」「集中戦略」をとることを提唱しました。

『競争の戦略』は経営戦略論の古典・基本として、今日でも世界中の経営者やマーケティング担当者から支持されています。

マイケル・ポーターのおすすめの本と研究

マイケル・ポーターは2024年時点で19冊の書籍を上梓し、125本以上の論文を発表しています。代表的な著作については、以下のとおりです。

『競争の戦略』

  • マイケル・E・ポーター著(土岐坤・中辻萬治・服部照夫訳)
    ダイヤモンド社
    1985年発行(※米国の初版は1980年)


<主な内容>

競争戦略のための市場分析技法(5フォース分析)、3つの基本戦略(コストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略)について。

『競争優位の戦略――いかに高業績を持続させるか』 

マイケル・E・ポーター著(土岐坤・中辻萬治・小野寺武夫訳)
ダイヤモンド社
1985年(※米国の初版は1985年)


<主な内容>

バリュー・チェーン(価値連鎖)の重要性について。

『国の競争優位』

  • マイケル・E・ポーター著(土岐坤・中辻萬治・小野寺武夫・戸成富美子訳)
    ダイヤモンド社
    1992年 (※米国の初版は1990年)

<主な内容>

特定の国の産業・企業が成功するメカニズムを解明。国の優位性を決定する「要因条件」「需要条件」「関連産業・裾野産業」「企業の戦略・構造・競争」の4要因が影響し合う「ダイヤモンドモデル」について。

『競争戦略論』

マイケル・E・ポーター著(竹内弘高訳)
ダイヤモンド社
1999年(※米国の初版は1998年)

<主な内容>

高収益企業に脱皮する経営戦略、競争優位に結びつくIT活用策、成功する事業の多角化策など。

『競争の戦略』は2021年時点で58版を数え17カ国語に翻訳されています。『競争優位の戦略』は34版目。『競争戦略論』はマイケル・ポーターの論文を選択し集めた書籍で、こちらは日本で改定新版(Kindle版)も出ています。

「IT(情報技術)の進歩は戦略にどう影響を与えるか」など、現代に即したテーマが論じられているので、現役のマーケターにもおすすめです。

マイケル・ポーターの競争戦略論

(出典:Amazon

マイケル・ポーターの「競争の戦略」の考え方とは

ここでは、マイケル・ポーターの最初の著作であり、経営戦略の古典とも言われる「競争の戦略」の内容について解説します。『競争の戦略』以前の経営戦略は、主に企業の資源を特定の市場状況に適合させることや、値下げでシェアを拡大し競争力を高めることに重点が置かれていました。

そんな時代、マイケル・ポーターは競争優位を獲得するための3つの戦略「コスト・リーダーシップ」「差別化」「集中戦略(市場細分化・フォーカス)」を提唱し、話題を呼びました。

しかし、その後マイケル・ポーターが集中戦略について「『差別化集中』と『コスト集中』がある」と述べました。そのため、以下のように4つの基本戦略としたフレームワークとなっています。

「競争の戦略」の考え方とは

(出典:Your Free template「Generic Competitive Advantage Template」)

①:コストリーダーシップ戦略(Cost Leadership)

②:差別化戦略(Differentiation)

③-1:差別化集中戦略(Differentiation Focus)

③-2:コスト集中戦略(cost focus)

それぞれの戦略について、個別に解説します。

①:コストリーダーシップ戦略(Cost Leadership)

コストリーダーシップとは、選択した業界で価格競争力を高め、優位になる戦略です。簡単に言えば最低価格を提供し、シェアを獲得する戦略です。コストリーダーシップ戦略で成功している例では、Amazon、ユニクロ、日本のダイソーなどがあります。

コストリーダーシップ戦略を実現するには、「大量仕入れによる仕入れコスト低減」「製造工程・流通工程などのオペレーション合理化」「組織のスリム化」などが必要です。

コストリーダーシップは、ある程度大きな組織がスケールメリットを活かして実施することが必須。在庫が発生せず工場が不要なファブレス企業、SaaS企業なども採用できる戦略でしょう。

  • サプライヤーの選択
  • 製造工程の合理化
  • 人件費の削減
  • 間接業務の自動化によるコスト削減

②:差別化戦略(Differentiation)

差別化とは、自社独自の価値、サービスを提供する戦略です。製品・サービスの独自性を追及し、競合他社の製品やサービスと明確に差別化することを目的とした戦略であり、他社と比べられない価値を提供します。

例えば、米Appleがわかりやすい例です。製品・サービスの品質が研ぎ澄まされているだけでなく、広告、プレゼンテーションなどもオリジナリティに溢れており、似ている企業が見つけられません。

Appleの真似をしようとする企業はあっても、本家を絶対に超えられないほどに高い独自性を持っています。日本で言えば本田宗一郎氏ありきのホンダがそうだったでしょう。差別化を志向する組織はイノベーティブであり、哲学が組織の隅々まで浸透している特徴があります。

そのため、差別化戦略に成功している企業にはファン、ときに信者と呼ばれるような強いロイヤリティを持つ顧客を獲得できるのです。製品・サービスの際立った特徴が顧客のニーズにマッチしているため、他社よりも高価格な製品・サービスを出しても売れる傾向があります。

③-1:差別化集中戦略(Differentiation Focus)

差別化集中戦略は、市場全体ではなく、特定の顧客セグメントをターゲットに、差別化された製品やサービスを提供する戦略です。ニッチ市場に特化することで、顧客のニーズに深く応えることを目指します。

BtoB SaaSの分野では、次のような手法が考えられるでしょう。

  • 特定の業界に特化したバーティカルSaaSの提供
  • 中小企業向けに最適化された機能・価格設定
  • 特定の部門(HR、経理など)に特化したソリューション
  • ローカライズされたサービスの提供(言語、通貨、法規制への対応)

差別化集中戦略のメリットは、ターゲットとする顧客セグメントのニーズを深く理解し、それに応える価値を提供できること。ニッチ市場で高いシェアを獲得することで、強固な競争優位を確立できます。

ただし、市場規模が限定的であるため、スケールメリットが発生しづらい側面もあります。また、ターゲットとする市場の選定を誤ると、十分な収益を上げられない可能性もあるため、慎重な市場分析が求められます。

③-2:コスト集中戦略(cost focus)

コスト集中戦略は、特定の顧客セグメントをターゲットに、低コストの製品やサービスを提供する戦略です。ニッチ市場に的を絞ることで、コストリーダーシップを実現することを目指します。

BtoB SaaSの文脈では、以下のような方法でコスト集中戦略を実践できます。

  • 特定の業務に特化したシンプルな機能の提供
  • 中小企業向けの低価格プラン
  • オープンソースソフトウェアを活用したコスト削減
  • 効率的なセルフサービス型の販売・サポート体制

コスト集中戦略のメリットは、ニッチ市場で価格競争力を武器に市場シェアを獲得できる点です。ターゲットを絞ることで、無駄なコストを削減し、価格面での優位性を確立できます。

しかし、差別化集中戦略と同様に、市場規模の限界によるスケールメリットの難しさや、ターゲット市場の選定リスクには留意が必要です。コスト削減の追求が行き過ぎると、サービス品質の低下を招く恐れもあるでしょう。

マイケル・ポーターの「5フォース分析」の考え方とは 

では、自社はコストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略のどの戦略を選択すればよいでしょうか。当然、企業の規模だけでは決められません。
大手企業であっても競合企業が大きく、同じくコストリーダーシップ戦略をとった場合消耗戦になります。相手が差別化戦略に特化して成功すれば、顧客が離れていくかもしれません。

市場や顧客は常に変化するため、同じ企業であっても、既存業界の立ち位置と新規事業を行うときの立場は異なります。

ここで重要になるのは、マイケル・ポーターが『競争の戦略』で提唱した外部環境分析手法「5Forces(ファイブフォース)分析」です。5フォース分析は、以下の5つの要因で業界を分析するフレームワークで、以下の要素について検討する考え方です。

5Forcesイメージ

  • ①:Entry(新規参入)
  • ②:Rivalry(競合企業)
  • ③:Substitutes(代替品)
  • ④:Suppliers(供給者)
  • ⑤:Buyers(購入者) 

5フォース分析を行って対象業界の構図、(競合企業の数や強さ、顧客の動向など)を分析して業界内の自社のポジションを把握する。その上で、「3つの戦略のどれを採るべきか」を決定すれば、自社の競争力をさらに向上させられます。

以下より、それぞれの要素について詳しく解説します。

①:Entry(新規参入)

新規参入の脅威は、新しい競合他社が市場に参入してくる可能性や容易さのことです。参入障壁が低い業界では、新規参入者が増えやすく、競争が激化する傾向があります。

新規参入者は、既存企業のシェアを奪うために、価格競争力や差別化された製品・サービスを武器に競争を仕掛けてくるもの。一方、参入障壁が高い業界では、新規参入者は減り、既存企業は優位に立つことができます。

参入障壁となる要因には、初期投資の額、規制の有無、ブランドの信頼性、特許や専門知識などが挙げられます。これらの障壁が高ければ、新規参入者は参入コストや参入リスクが大きくなるため、参入を躊躇する可能性が考えられます。

<BtoB SaaSが考慮するすべき要素>

  • 技術障壁
  • 規模の経済
  • 既存企業のブランド力
  • 規制状況

②:Rivalry(競合企業)

競合企業の脅威は、業界内の競合他社間の競争がどの程度激しいかを意味します。競合他社の数が多く、提供する製品・サービスの差別化が難しい業界は、競争が激化しやすい傾向にあります。

競合他社との競争が激しい場合、価格競争に陥りやすく、利益率が低下する可能性があるでしょう。競合他社が新しい製品・サービスを導入したり、マーケティング活動を強化したりすると、自社の市場シェアが脅かされる可能性が懸念されます。

競合他社の脅威を評価する際は、競合他社の数だけでなく、各社の規模や成長率、財務状況、戦略などの分析が必要です。業界の成長率や市場の成熟度なども、競争の激しさに影響を与えます。

<BtoB SaaSが考慮するすべき要素>

  • 競争の激しさ
  • 市場成長率
  • 製品/サービスの差別化
  • 退出障壁

③:Substitutes(代替品)

代替品の脅威は、自社の製品・サービスの代わりになる製品・サービスが存在するかどうかです。代替品は、自社製品の売上げや利益率に大きな影響を与える可能性があります。

代替品の性能が高く、価格が手頃であれば、顧客は代替品に乗り換えられかねません。特に、自社製品との差別化が難しい場合、代替品の脅威は大きくなります。

技術革新によって、新しい代替品が登場する可能性もあるでしょう。例えば、デジタルカメラの登場により、フィルムカメラの市場が縮小したように、破壊的イノベーションが起こると、既存の製品・サービスが陳腐化するリスクがあります。

<BtoB SaaSが考慮するすべき要素>

  • 代替品の性能と価格
  • 顧客の切り替えコスト
  • 代替品の認識と利用可能性

④:Suppliers(供給者)

供給者の脅威は、供給者の交渉力が強いかどうかを意味する要素です。供給者の交渉力が強いと、原材料の価格が上昇し、自社の利益が圧迫される可能性があります。

供給者の交渉力を決定する要因には、供給者の数、供給者の規模、供給する材料・部品の重要性、切り替えコストなど。「供給者の数が限られている」「供給者の製品が差別化されている」「供給者の切り替えコストが高い」などの場合、供給者の交渉力は強くなります。

供給者の脅威に対抗するには「複数の供給者と取引関係を持つ」「長期的な契約を結ぶ」「供給者との協力関係を築く」などの戦略が有効です。自社の製品・サービスの差別化を図ることで、供給者への依存度を下げられるでしょう。

<BtoB SaaSが考慮するすべき要素>

  • 供給者の集中度
  • 代替供給源の存在
  • 入れ替えの容易さ
  • 供給者のブランド力

⑤:Buyers(購入者)

購入者・顧客の力は、購入者・顧客の交渉力が強いことを意味します。購入者・顧客の交渉力が強いと、販売価格の引き下げを要求されたり、より高いサービス品質を求められたりする可能性があります。

購入者・顧客の交渉力を決定する要因には、購入者の数や購入量、購入者の情報量、ブランドの重要性、スイッチングコストなどです。

購入者・顧客から受ける影響を最小限に抑える上では「製品・サービスの差別化」「ブランド力の強化」「スイッチングコストの調整」「顧客ロイヤリティの向上」などの戦略が有効です。購入者・顧客のニーズを的確に把握し、それに応える製品・サービスを提供しましょう。

<BtoB SaaSが考慮するすべき要素>

  • 購入者の交渉力
  • 購入者の相場への感度
  • 製品/サービスへの依存度
  • 情報の透明性

マイケル・ポーターの「CSV(共通価値の創造)」の考え方とは 

「CSV(Creating Shared Value)」とは「共通価値の創造」を意味する言葉で、マイケル・ポーターとマーク・クレイマーが2011年のハーバード・ビジネス・レビュー論文で提唱した概念です。CSVは、企業が社会的価値と経済的価値を同時に創出することで、社会の発展と企業の競争力強化を両立させる取り組みを指します。

CSVイメージ

(出典:Harvard Business School「Creating Shared Value Explained」)

従来の企業の「社会的責任(CSR)」が、本業とは別の社会貢献活動を通じて社会に貢献することを重視していたのに対し、CSVは本業を通じて社会的課題の解決に取り組むことを重視しています。

企業が社会的課題を事業機会と捉え、ビジネスモデルやバリューチェーン、クラスター形成などを通じて社会的価値を創出することが、結果的に企業の競争力強化と経済的価値の向上につながるという考え方です。

CSVを高める方法としては、以下の取り組みが挙げられます。

  • 製品と市場を見直す
  • バリューチェーンの生産性を再定義する
  • 企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターを作る

次項より、個別にみていきましょう。

製品と市場を見直す

社会には、健康や住まい、経済的保障、環境保護など、膨大なニーズが存在します。企業は、従来の製品やサービスを見直し、これらの社会的ニーズに対応した新たな価値を提供することで、差別化と収益機会を生み出せます。

先進国では、高度な社会的ニーズに対応した製品・サービスの需要が急速に高まっています。例えば、従来は味や量を重視してきた食品会社が、栄養改善というニーズに着目し始める、といった現象です。

新興国でも、所得水準の向上に伴い、社会的ニーズに対応した製品・サービスへの需要が生まれます。企業はこうした機会を的確に捉え、イノベーションを通じて新たな市場を開拓していくことが求められるのです。

バリューチェーンの生産性を再定義する

企業のバリューチェーンは、天然資源や水の利用、従業員の健康と安全、労働条件、職場の公平性など、さまざまな社会的課題と密接に関わっています。これらの課題に取り組むことは、単なるコストではなく、「生産性向上の機会」と捉えるべきです。

バリューチェーンのイメージ

例えば、環境負荷を減らすことは、資源利用の効率化やプロセス改善を通じて、コスト削減とオペレーションの効率化につながります。従業員の健康と安全への投資は、生産性の向上と優秀な人材の確保を可能にするでしょう。

こうした取り組みは、社会的価値の創出とともに、企業の経済的価値の向上にもつながるのです。企業はバリューチェーン全体を見直し、社会的課題への対応を生産性向上の機会と捉え、新たなイノベーションを生み出していくことが求められているのです。

企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターをつくる

企業の競争力は、拠点とする地域の競争力に大きく影響を受けます。サプライヤー、流通業者、関連サービス、ロジスティクスのインフラ、大学などの関連機関が地理的に集積した産業クラスターは、生産性とイノベーションの源泉となります。

しかし、こうしたクラスターの発展は、いち企業の孤軍奮闘だけでは難しいものです。そのため、地域の関連組織と協力しながら、クラスターの競争力を高めるための戦略的な投資を行う必要があります。例えば、現地サプライヤーの能力向上、物流インフラの整備、関連分野の教育・研究機関への支援などです。

地域との共生を図り、事業活動を通じて地域の発展に寄与することは、長期的な視点に立った企業経営に欠かせない要素となっています。

マイケル・ポーターの競争戦略に基づくトレードオフの考え方

戦略の本質は、何をやらないかを選択すること」といった言葉を聞いたことのあるマーケティング担当者は多いでしょう。この言葉も、マイケル・ポーターの理論に由来しています。

この言葉通り、マイケル・ポーターは当初、戦略とは正しく選択することだと強調しています。コストリーダーシップと差別化の両方を追うと「スタック イン ザ ミドル(どっちつかず)」に陥り不利な競争になるため、特化するべきだとトレードオフの考えを示していました。

もちろん、この戦略は今でも多くの企業にあてはまります。しかし、インターネットの普及によりビジネス市場が激変したのはご存知の通りです。

例えば、Amazonに代表されるECショップのように、「品揃えやコスト」と「顧客サービス」がトレードオフではなくなり同時追求が可能なケースも出てきました。

近年は、マイケル・ポーター自身も初期の研究を再検討し、市場の変化が著しく加速したため「企業は戦略の適切な選択で競うのではなくすべての戦略の前線で同時に競わなくてはならない」と述べています。IT社会となった今は、業界によっては2つの戦略を同時に実現することも可能と理解するのが適切でしょう。

繰り返しになりますが、『競争の戦略』が出たのは1980年です。しかも書籍というものは、一度世に出ると、ある程度改定はできても大きく内容が変えられません。

『競争の戦略』は今なお「マーケティングの古典」「マーケティングの基本」といわれる書籍ですが、当時の市場を前提に読む必要があります。
あわせてマイケル・ポーターの最新の書籍やインタビュー動画などを視聴し、直近のポーターの知見に触れると、彼の真意が理解しやすくなるでしょう。

マイケル・ポーターの競争戦略がなぜマーケティングに大切なのか

マイケル・ポーターの競争戦略は、日本のBtoB SaaS企業にとって、マーケティング戦略を練る上で非常に示唆に富んでいます。

マイケル・ポーターの競争戦略フレームワークは、自社の強みを活かしたポジショニングを明確にし、競争優位性を確立するための指針となります。コスト・リーダーシップ、差別化、2つの集中化のいずれかの戦略を選択し、ターゲット市場、製品・サービスの設計、価格設定、プロモーション戦略に一貫性を持たせることが重要です。

ただし、競争戦略を選択する際には、以下の要素を考慮する必要があります。

  • 自社のビジネスの規模
  • 利用可能なリソース
  • 自社の評判

小規模なBtoB SaaS企業であれば、ローカライズされたニッチ市場にアピールするための差別化戦略が適している可能性があります。

一方、大量の製品を生産するための十分なリソースがある企業には、コスト・リーダーシップ戦略が適しているでしょう。長い間確立された評判を持つ企業は、新たな市場への拡大を図る際に、差別化戦略の導入を検討すべきです。

マイケル・ポーターの競争戦略論は、日本のBtoB SaaS企業のマーケターにとって、必修の理論と言えるでしょう。自社の強みを活かした競争戦略の選択、競争環境の分析、バリューチェーンの最適化など、マーケティング戦略の要諦が詰まっています。

マイケル・ポーターの戦略の事例を解説

ここからは、マイケル・ポーター戦略の事例について、以下の3つを解説します。

  • 【競争戦略の事例】差別化戦略で競争優位を獲得するHubSpot
  • 【5フォース分析の事例】優位戦略で市場シェアを拡大するSalesforce
  • 【CSVの事例】顧客との共有価値を創造するShopify

それぞれ、個別にみていきましょう。

【競争戦略の事例】差別化戦略で競争優位を獲得するHubSpot

差別化戦略で競争優位を獲得するHubSpot

(出典:HubSpot

HubSpotは、マーケティング、セールス、CMSツールなどを含む包括的なCRMプラットフォームを提供することで、差別化戦略を採用しています。この戦略により、HubSpotは競合他社にはないユニークな価値を顧客に提供し、強力な競争優位を確立しています。

<HubSpotの競争戦略の要素>

  • マーケティング機能を一元化したプラットフォーム
  • 包括的なツールセット
  • HubSpot Academyなどの教育プログラムやコミュニティ運営
  • 顧客フィードバックを踏まえたイノベーションの総集

HubSpotのCRMは、他社にはない直感的なユーザーインターフェースとカスタマイズ性の高さで知られています。HubSpotは自社のブログやウェビナーを通じて、インバウンドマーケティングの思想を広め、マーケティングの教育にも力を入れています。

この差別化された製品とブランドポジショニングにより、HubSpotは顧客から高い支持を得ており、CRM市場で強力な競争優位を確立しています。HubSpotの事例は、製品の差別化と一貫したブランドメッセージが、競争の激しい市場でいかに重要であるかを示しています。

【5フォース分析の事例】ドミナント戦略で市場シェアを拡大するSalesforce

優位戦略で市場シェアを拡大するSalesforce

(出典:Salesforce

Salesforceは、さまざまな業界の多様な顧客セグメントでの優位性を確立するドミナント戦略を採っています。Salesforceの製品は、幅広い業界のプレーヤーにとって有用であることが実証されており、これによりSalesforceは各セグメントでのリーダーとしての地位を確立しています。

同社の戦略は市場全体の動きを包括的に捉えておくことが重要であるため、当然、マイケル・ポーターの5フォース分析も踏まえられていると推察できます。Salesforceの場合、5フォース分析は以下のように定義できるでしょう。

<Salesforceの5フォース分析>

  • 新規参入者の脅威に対しては、早くから市場に参入し、強力なブランド認知度とエコシステムを構築することで対抗。
  • 競合他社に対しては、絶え間ないイノベーションと製品の差別化により、優位性を維持。
  • 代替品の脅威に対しては、幅広い製品ポートフォリオを提供し、顧客のニーズに合わせたソリューションを提供。
  • サプライヤーの交渉力に対しては、自社のクラウドインフラを構築し、サプライヤーへの依存を減らす。
  • 買い手の交渉力に対しては、製品の付加価値を高め、スイッチングコストを上げることで、顧客のロイヤリティを高める。

Salesforceの事例は、5フォース分析に基づくマーケティング戦略の意思決定が、企業の市場ポジション強化にいかに重要であるかを示しています。

【CSVの事例】顧客との共有価値を創造するShopify

顧客との共有価値を創造するShopify

(出典:Shopify

Shopifyは、中小企業向けのクラウドベースのオムニチャネルのEコマースプラットフォームを提供し、販売者がオンラインストアを簡単に設計、カスタマイズ、管理できるようにしています。Shopifyは、顧客のビジネス成長に直接貢献することで、顧客との間にCSVを創造しています。

具体的には、以下のポイントが挙げられるでしょう。

<ShopifyのCSV例>

  • 技術的な知識がない人でも直感的にオンラインストアを設立し、運営できるユーザーフレンドリーなインターフェースを提供。
  • オンラインセミナー、ガイド、ブログ記事など、ビジネスの運営、マーケティング戦略、顧客サービスの改善に役立つ情報の提供。
  • 環境に配慮したビジネス運営を奨励するシステムの提供(例:「Shopify Planet」アプリを通じて、売り手が炭素中和や環境保護プロジェクトへの寄付を簡単に行えるなど)。

Shopifyのプラットフォームは、中小企業の成長を加速し、より多くの人々が起業できる環境を整える一方、顧客の成功が自社の成長にも繋がるビジネスモデルを構築しており、顧客との共有価値を形創っているのです。

Shopifyの事例は、企業と顧客の双方にとって有益なwin-winの関係構築がいかに重要であるかを示しているでしょう。

まとめ

マイケル・ポーターが『競争の戦略』を米国で出版したのが1980年です。その後『競争の戦略』は、版を重ねていくなかで新しい論文が追加され中身も改定されてきました。原書はページ数も多く難解で有名ですので、マーケティング初心者はエッセンシャル版から手にしてもよいかもしれません。

あるいはマイケル・ポーター以外の人が書いた競争戦略の「ガイドブック的な本」でもよいでしょう。ベテランマーケターなら原書、そしてポーターの新版『競争戦略論』もおすすめです。

マイケル・ポーターの理論はかなりビジネスの現場に浸透していますので、おそらく自分が学んできたことの源流がマイケル・ポーターにあると知ることも多いはず。原書・原典にあたることは二次情報、三次情報にあたるより深い学びがあります。
何よりも、マイケル・ポーターに学ぶべきは、「巨匠」「経営戦略の神様」と崇めたてまつられながらもその地位に安住せず、70歳半ばでありながら、今も現役として経営やマーケティングのみならず社会課題に向き合い続けている、その衰えないエネルギーかもしれません。

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

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