最近は、ニュースでも「カシオが顧客中心のバリューチェーンへ変革、Gショックを190万通りにカスタマイズ」「日本農業が輸出型バリューチェーンで日本の農業を元気に」など、よくバリューチェーンの記事を見かけます。
とはいえ、見出しを読んでも具体的に何をどう変革したのか、わかったようななわからないような、ピンとこない人も少なくないのではないでしょうか? 「ほぼサプライチェーンと同じ意味では?」「要は事業構造のこと?」と解釈している方も多いでしょう。
さまざまなメディアで、ほぼサプライチェーンと同義語として扱われているので、それもあながち間違った解釈ではありません。ただし、マイケル・ポーター氏が提唱したバリューチェーンの本質とアプローチ方法を知っていると、より事業活動を戦略的に捉えることができるようになるでしょう。
本記事ではバリューチェーンとは何か? 間違われやすいサプライチェーンとの違い、バリューチェーン分析の方法、バリューチェーン分析の活用例などを解説します。
バリューチェーンとは、1985年に米国の経営学者Michael E Porter氏(以下、ポーター氏)が、著書『Creating and Sustaining Superior Performance(邦題:競争優位の戦略』の中で説明した概念です。
バリューチェーンとは、事業活動を「価値創造活動の集合」と捉えて、商品・サービスの付加価値が、事業活動のどの領域で生み出されているかを分析し、価値連鎖の最適化を図ろうとする考え方です。
1985年、ハーバード大学教授のポーター氏は、著書で有名な氏の3つの基本戦略、「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」とともに、バリューチェーンという概念を紹介しました。
自社の競争優位性を見だしたり、他社の強み・弱みを分析できるバリューチェーンは、3つの戦略のいずれかを進める上で有用としました。
バリューチェーンは、経営戦略プランニングのための強力な分析ツールとして、経営領域で多くの企業で活用されるようになります。
(出典:http://www.japanspeakerbureau.com/)
1990年後半から急速にグローバル化が進んでいくと、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)という考え方が急速に浸透します。
原材料の調達、製造拠点はもとより、本社機能も税金が安い地域におくなど、企業の事業活動を世界で分業する企業が激増しました。ポーター氏の提唱したバリューチェーンの本質は変わりませんが、ワールドワイドな視点でバリューチェーンを構築したり、分析したりする必要が出てきます。
そして、近年はCSR、ESGgという概念が世界の企業経営の潮流になりつつあります。産業による自然破壊は昔からありましたが、グローバル化により加速したこともあり、特にグローバル企業には持続可能な経営、バリューチェーンの再構築が求められるようになります。
これは、顧客にとっての「価値」が、企業の社会性まで拡張したということでもあります。
美味しい食べ物も美しいファッションも、地球の自然を壊したり、見知らぬ国の労働者を搾取したりする上で成り立っているなら価値は低くみなされるでしょう。自然環境にやさしい事業活動、人権に配慮した経営を進める企業の商品の価値が高いとされるようになりつつあります。
このように「価値」とは、社会の変化、ビジネス環境の変化によってかなり変わっていくものです。バリューチェーンを分析する際の指標も変えていく必要があります。
ポーター氏は、事業活動とは購買した原材料等に対して、各プロセスにて価値(バリュー)を付加していく活動であると捉えました。
企業内部のさまざまな活動を相互に結びつけ、単独のプロセスではなく価値の連鎖自体が、大きな付加価値をもたらすというコンセプトです。なお、ビジネス用語の付加価値とは、ほぼ粗利に近い概念です。
(売上)-(主活動および支援活動のコスト)=利益(付加価値)
そして、事業活動の中で価値創出に直接的に貢献している機能は主活動、その活動をサポートする機能は支援活動として分類し、主活動の効率を上げるか競合他社との差別化を図ることで、企業の競争優位は確立すると考えました。このバリューチェーンの考え方は、さまざまな企業、業界、地域、国などに応用できます。
ポーター氏は、上記のフレームワークを製造業、サービス業向けに提唱していますので、違う業界のバリューチェーン構造については、こちらのサイトなどで近いフレームワークを探すとよいでしょう(SaaSバリューチェーンは後述)。
ここでは、バリューチェーンを構成する主活動と支援活動を具体的に解説します。
企業の商品・サービスの付加価値を高め、競争優位を生み出す主活動は以下5種類です。
例えば、品質の良い原材料の調達はプロダクトのクオリティに直結し、安価なコストで原材料を入手し、製造工程のオペレーションやプロダクトの配送を最適化できれば、コストを削減できます。主活動は企業収益に直結します。
Support activities(支援活動)とは、主活動をより効率的に行えるようにサポートする以下の4種類の活動を指します。
企業に「間接部門」という言葉があるように、直接的に利益の増減に影響しない活動をイメージするとわかりやすいでしょう。
ここでは、バリューチェーンとサプライチェーンとの違いを解説します。
バリューチェーンとサプライチェーンは、かなり重複している領域が多く、同じ意味で使われることも多いのですが、そもそもの視点とアプローチ方法が違います
ざっくりいえば、川上からのアプローチと川下からのアプローチの違いです。バリューチェーンとは、顧客の価値を起点として、事業活動の価値を分析していく考え方です。価値の連鎖自体に価値があるという考え方です。
例えば、あまり使わない機能を製品・サービスにたくさんつけても、かえって使いづらいサービスになったり、無駄な機能によってコストアップにつながったりするので価値提供にはなりません。顧客価値の観点からいえば、このような機能はカットしてシンプルなプロダクトにしようという発想が生まれます。
一方、サプライチェーンは供給の最適化に焦点がおかれます。いかに納期を短縮するか、在庫を減らすか、顧客の需給予測に対応してコストを削減しながら、製品・サービスの供給を最適なタイミングで消費者に届けるまでに、主眼がおかれがちです。
前述のスタートアップ日本農業社では「日本の果物の味は海外より格段に美味しい」ことにグローバルでの競争優位性を見出し、輸出型バリューチェーンを構築して東南アジアでシェアを伸ばしています。
美味しい→競争力がある→海外販路を開拓する→輸出に特化したバリューチェーンを構築し、海外に特化する集中戦略をとっています。このように価値に焦点をおくと、新たな事業創造の機会を生み出しやすくなります。
(出典:株式会社日本農業)
また、カシオ計算機株式会社の「G-SHOCK」は、発売以来35年以上世界で愛され続け、世界で累計1億個以上も売れている時計ですが、2021年秋にはさらにファンの期待にこたえて「MY G-SHOCK」シリーズを発売。
自分で好きなパーツを組み合わせてGショックを作る楽しさ、オリジナリティを表現できる喜び、さらに発注から何週間かかかることも待つ喜びと捉えた、顧客体験を起点としたバリューチェーンを構築しました。
190種類のG-SHOCKを提供するために、業務プロセス全体を見直し、複数のシステムをAPIで連係させました。このようにバリューチェーン変革はサプライチェーンも抱合します。
(出典:カシオ計算機株式会社)
NIKEの商品が高価格でも支持されるのは、品質だけではなく、スポーツを愛し、スポーツマンを尊敬し応援している姿勢にフィロソフィーを感じるからかと思います。
スターバックスは珈琲の美味しさだけでなく、醸し出す居心地の良さ、スタッフの接客の良さなども料金に含まれているでしょう。このような目に見えないカルチャー、企業哲学も顧客にとっては価値となります。
原材料費はライバル企業と変わらないかもしれません。メーカーならば、作っているのはおそらく新興国でしょう。
しかし、各事業活動で生み出される有形・無形の価値、事業活動の価値の連鎖そのものが生み出す価値をトータルで俯瞰してみると、各プロセスの価値の合計以上の大きな価値が生まれます。価値に見合った価格が高価格になることがあります。
NIKEのスニーカー
(出典:NIKE)
一方、日本では100円ショップに、外国なら(新興国ですら)価格が数倍以上はする商品があふれています。正直、包丁、カミソリなどの切れ味、フォルムの美しさを見ると、これを海外で日本の鍛冶の歴史ストーリーを付加して展開すれば、高級ブランド品と見なされるのではないかと思うほどです。
果たして、日本の企業は自社の事業活動の優位性を、他社と比較して正しく把握しているのか心配になるほどです。サプライチェーンという発想にとどまると、コスト削減、リードタイムを短縮し、需要に応じた完成品の納品までを最適化できますが、顧客の価値という視点を持たないと良い品を安くという発想になりがちです。
バリューチェーンにおいては、マーケティング、販売、サポートまでふくめたすべての活動が生み出す価値をとらえて、さらにその「価値連鎖に見合った価格」を設定します。
良い品質の商品を、価値に見合った価格で提供する考え方をします。
業務管理的Vs.経営戦略的かと言い換えてもよいでしょう。
サプライチェーンは、完成品・完成サービスができあがる前工程での効率化を重視する傾向があり、コスト面以外の競争優位性にあまり目がいかず、どちらかといえば業務管理的な戦略です。
バリューチェーンは事業活動全体を俯瞰して、時間軸も長くとらえてすべての事業活動での競争優位性を把握し、事業活動に生かす経営戦略的なマネジメントです。
ここでは、バリューチェーン分析の方法を紹介します。まず、バリューチェーンは企業の競争優位を見出すための分析手法であり、マーケティングの手順でいえば内部環境分析に相当します。
よって視野は外部環境分析ほど広くありません。目的に応じて他フレームワークと組み合わせて用いるもの、という前提で読んでいただければ幸いです。
まず、自社バリューチェーンを把握し、主活動と支援活動を分けます。次に各プロセスのコストを出す(できる限り)。例えば、仕入れコスト、人件費、加工コスト、アウトソーシングコストなどを担当部門も含めて記載します。
次にプロセスの強み・弱みを把握していきます。収集した数値をもとにできるだけ客観的に分析します。他社事例、業界平均、自社の過去データなどと比較して、現在の強みを分析しましょう。
ここである程度、強み弱みがわかります。ここから、何を分析したいか、その分析を何に役立てたいかによって組み合わせるフレームワークは異なります。
VRIOとは、「価値(Value)」「希少性(Rareness)」「模倣可能性(Imitability)」
「組織(Organization)」の4つの指標で事業を分析する手法です。
以下の図のように各項目をマッピングすることで、事業が当面順調か、どの活動が他社よりも強いのかが見えてくるでしょう。より競争優位性を高めるための戦略や、削減できるコスト、適切な予算配分などが判明するのです。独自の価値があるか、真似されないかなどの観点でバリューチェーンの主活動をマーキングしていきます。
競争優位性の高いところは強化する戦略、弱いところは補う、外部アウトソーシングして切り離すなど、最適化する判断ができます。
ビジネスは企業経営者や雇用されている人たちの能力よりも、どの市場を選んで進んだかで大きく成否が分かれます。大きなメガトレンドがきていて、かつ自社の強みが生かせる領域を選ぶ必要があります。
チャンスの満ち溢れている市場を捜すにはPEST分析、業界内で新しいビジネスを展開するなら5Forces分析などが役立ちます。業界内でのポジショニングにはSTP分析や3C分析などを組み合わせて、市場が伸びており、自社の優位性が生かせる領域をさがします。
バリューチェーン分析は内部環境分析なので、単独の分析だけで戦略をたてるのには不向きです。他フレームワークと組み合わせて有効活用しましょう。
SaaSは在庫の発生しないビジネスであり、費用は人件費、データセンター、マーケティング費用がおもです。成果を出す主活動は、販売、営業、マーケティングなどがあります。
歴史のある産業とは異なり、バリューチェーンの在り方も業界全体で模索中といったところでしょう。
例:
デマンドチェーンの主活動、マーケティング、営業、サービスを分析してみます。近年は、ザモデル型の組織構造をとる企業が増えています。その場合、以下の構造です。
ここで、各プロセスにかかっているコスト、どこが事業価値を生み出していくかを、できるだけ数値でコストと売上げなどを記載して把握することになります。とはいえ、フィールドセールス部門を除けば、どのくらい価値を生み出しているか数字を拾いにくいのが実態でしょう。
日本の多くの中小企業では、マーケティング部門がなかったり、カスタマーサクセス部門が立ち上げられていなかったりする現状があるかもしれません。営業部門すら、わずかしか人材がいないというケースもあるでしょう。
すべての領域で人材を採用して教育していく余裕がなければ、外部にアウトソーシングする、支援会社を活用する、営業チャネルパートナーを活用するなどの対策を練る必要が出てきます。
SaaSビジネスでは、サプライヤーの数はサービスの提携相手に例えられます。API連携でサービスをシームレスに提供できれば、自社サービスを中心としたエコシステムが拡張していき、ユーザーは非常に便利です。
サービス購入後も、継続してエコシステムが拡張していけば、顧客は価値を感じ続けてサービスを継続利用してくれる可能性が高くなります。
バリューチェーンは事業活動を価値創造活動と捉えます。そして、各プロセスでの「競争優位性」を見出すことを目的にした考え方です。ここが、供給視点のサプライチェーンと大きく違います。
自社の優位性はどこにあるか? 弱みはどこか? 自社の価格は適正価格か? など自分たちの価値を客観的にとらえるのは難しいことです。バリューチェーンの本質を理解し活用することで、これまで見過ごしていた自社の事業活動を再定義できるかもしれません。
自社の価値を見出すためにも、強みを生かす戦略をとるためにも、バリューチェーンという視点を持ちましょう。