いまさら聞けない「マズローの欲求5段階説」とは?マーケティング担当者が知っておくべきこと

2022/05/02
マズローの欲求5段階説 いまさら聞けない「マズローの欲求5段階説」とは?マーケティング担当者が知っておくべきこと

マズローの欲求5段階説をご存知のビジネスマンの方は、たくさんいらっしゃるでしょう。

人の欲求を生理的欲求~自己実現欲求までピラミッド型で表した図は、「衣食足りて礼節を知る」という日本のことわざとかぶるようでもあり、日本人的にも「まあそうだろうね……」と腹落ちしやすい理論ではないでしょうか?

マズローのこの理論は心理学、経営学、医療、マーケティングほかいわゆる自己啓発、スピリチュアル市場まで幅広い領域で活用されています。そのため、少し軽く見られがちな説でもあります。

しかし、経営学においては人間の本性を本来怠け者と捉えるか? あるいは条件次第で自己実現をしたい存在と捉えるかで分けて対応する「X理論・Y理論」は、マズローの欲求5段階説をベースにしています。つまりマネジメントの基礎知識のひとつであり、MBAでも説明されます。

本記事では、マズローの欲求5段階説の概要、マズローの人間に対するポジティブな捉え方、マーケティング担当者や営業担当者がマズローの理論を活用する方法を紹介します。

マズローの欲求5段階説とは?

「マズローの欲求5段階説」とは、1954年にアメリカの心理学者Abraham Maslow(アブラハム・マズロー。以下マズロー)氏が、著書『人間性の心理学』で提唱した説です。

マズローの欲求5段階説は「人間は自己実現に向かって成長する」と仮定して、人間の欲求を5段階の階層で説明したものなので「自己実現理論」とも呼ばれます。

なお、一般に知られているピラミッドの階層図は、マズローが作成したのではなくその後の解説者によって作成されたものです。

マズローの欲求5段階説の図

発展の背景

マズローは、ニューヨークのブルックリンでユダヤ人移民の長男として生まれました。幼少時代の家庭は貧しく、マズローは内気な気質だったと言われます。

1928年にウィスコンシン大学に入学しました。実験心理学者として、サルの社会階層のなかでの支配的地位が、その性的行動を左右するという研究を行い評価されます。その後コロンビア大学を経て、ブルックリン大学で14年間研究を続けます。

1951年にボストンのブランダイス大学に移ってからは『Motivation and Personality(邦題『人間性の心理学』)』をはじめ、数多くの論文をさまざまな媒体で発表し、米国だけでなく海外でも名声を高めました。

1967年にはアメリカ心理学会の会長に就任し、自らが提唱する人間性心理学(人の自己実現、創造性、美、至高経験、倫理などの肯定的な面に重心をおく研究)に挑みます。

マズローの欲求5段階説は、米国経営学者のDouglas McGregor(ダグラス・マグレガー)氏が、1960年に著書で前述の「X理論Y理論」を提唱したことによって、経営領域に急速に広まりました。

X理論・Y理論

また、マズローが活躍していた時期は経営の神様マネジメントの神様とよばれるPeter Drucker(以下ドラッカー)氏が活躍していた時代でもあります。

2人は、互いに尊重する間柄ではあったようですが、実はマズローはドラッカーの理論に対し「安全欲求が満足されていない企業に、ドラッカーのマネジメント論を適用するのは不可能だ」と批判しています(出典:マズロー心理学入門: 人間性心理学の源流を求めて 中野明氏著」)。

それに対し、ドラッカーは著書『マネジメント』で「マズローの批判」という節を設けてわざわざ説明しています。どのような詳細だったかについては、こちらの研究をご覧ください。

いずれにせよ、ドラッカーが著書にその一節を設けたこと自体が、当時のマズローの経営領域での影響力の大きさを物語っていると言えるでしょう。

ドラッカー氏の著書『マネジメント』

(出典:Amazon

マズローが1970年心臓発作で亡くなったこともあり、ドラッカーの説明に対する意見を聞くことはできません。マズローの研究も未完のままとなり、後世の研究者に引き継がれていきます。

なお、マズローは晩年に5段階の階層の「自己実現の欲求」よりさらに高次な欲求「自己超越 Self-transcendence) 」があると説くようになりましたが、この6段階説よりも5段階欲求説のほうが圧倒的に活用されています。

(参考:Personality Theories ABRAHAM MASLOW、人間性の心理学―モチベーションとパーソナリティ』『マズロー心理学入門: 人間性心理学の源流を求めて』、ドラッカー『マネジメント』における「マズローの批判」──マズロー管理論の意義と限界──Globis

マズローの欲求5段階の概要

マズローの欲求5段階説とは、人間がどのような内発的動機で行動するかを説明する理論です。

マズローは、人間の欲求には「生理的欲求」「安全欲求」「所属と愛」「社会的欲求」「自尊心」「自己実現」という階層があり、低次元の基本的な欲求が満たされることで、次の欲求が行動を支配するという欲求5段階説を提唱しました。

  • 自己実現の欲求 (Self-actualization)
  • 承認(尊重)の欲求 (Esteem)
  • 社会的欲求 / 所属と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)
  • 安全の欲求 (Safety needs)
  • 生理的欲求 (Physiological needs)

マズローの欲求の各段階説を構成する要素

ここでは、マズローの欲求5段階説の要素を解説します。

1:生理的欲求

生理的欲求とは、人間が生存するために必ず必要なものに対する欲求であり、ピラミッドのもっとも低次元にある欲求です。マズローは、人間がより高いレベルの内的満足を追求するためには、まず生理的欲求を満たさなければならないとしています。生理的欲求には以下のようなものがあります。

  • 空気
  • 食べ物
  • 睡眠
  • 衣服

例えば海外で大災害があると、スーパーや店などの略奪行為が起きる様子がニュースに出ます。水や食料がなければ人は長く生きられないからです。生理的欲求が満たされない段階では、人はより高次の安全、社会的欲求を持つことが難しくなります。

2:安全性の欲求

生理的欲求が満たされると、安全性への欲求が人の行動を支配するようになります。

安全性とは、例えば暴力や飢えなどにさらされない安全な暮らし、経済的安定性、良い健康状態の維持など、不安を感じない安全な状態を維持したいという欲求です。

日本などの先進国では、安全欲求は主として仕事の安定性、経済水準の安定性、社会環境の安全性(福祉などのセーフティネット)などを求めるかたちで現れます。

  • 健康状態
  • 情緒的な安全
  • 暴力からの安全
  • 経済的な安全

例えば、失業してしまったり、低賃金の仕事についていたりする人は、まず経済的な基盤を確立することが動機の主となります。

3:社会的欲求

生理的欲求と安全欲求が満たされると、社会的欲求が強くなります。この欲求は「愛と所属の欲求」とも言われます。マズローによると、人間は社会的集団の中で所属感や受容感を求める欲求を持っており、規模の大きさをとわず集団の一員であると感じられることが重要です。

集団内で果たせる役割があるという感覚、その集団=社会に受け入れられている所属欲求が満たされないと孤独感や不安を感じたり、人によってはうつ病などの原因になったりします。社会的欲求が満たされる場には以下があります。

  • 地域社会
  • 企業
  • 宗教団体、政治団体
  • 専門組織
  • スポーツチーム、サークル
  • ネットコミュニティ
  • 家族、友達関係

4:承認(尊重)欲求

承認欲求とは他者から認められたい、自尊心を満足させたいという欲求です。英語では「Esteem」と書かれていますので、自己の尊厳を求める、尊重されたい欲求とも解釈できます。マズローは承認の欲求に2つのバージョンがあると指摘しています。

  • 低いレベル:他者から注目されたい、認められたい、ほめられたいと思う欲求。地位、名声、権威、他人からの称賛など。
  • 高いレベル:自分へ自信を持つ、自立意識、自己尊重感、技術や能力の習得など、自身を高く評価したい欲求。

人によっては、低いレベルの承認欲求が充足されるだけで満足する場合もあります。高いレベルの承認欲求を持つようになると、他者が評価しても自分で自分を評価できないと欲求は充足しなくなります。

5:自己実現の欲求

自己実現欲求とは、自分の潜在能力を発揮し自分がなりうる最高のものになりたいという欲求です。スポーツや音楽の世界で成功したい、出世して社長になりたい、理想の家庭を築きたいほか、人によって方向性や目指す大小は異なりますが、自分の能力を生かして成長し続けたい欲求です。

この欲求を持てるまでには、生理的欲求〜承認欲求を満足している段階に到達していなければならず、技術の習得や人間的な成長をしている必要もあります。

  • 理想の家庭(パートナー、子育て)
  • 自分の才能の最大限の発揮
  • 目標達成のための努力

(6:自己超越欲求)

マズローは晩年、自己実現欲求のさらに高次な欲求として「自己超越欲求」があると述べています。自己実現を果たした人の中には、自我を超越して他者を幸せにしたい、社会、世界をよりよいものにしたいという自己超越欲求を持つ段階にいたる人がいると述べています。

なお、自己実現の段階に至った人すべてがそうなるのではなく、自己超越の段階にいたるのは人口の2%にすぎないということです。

欲求5段階説の分類と違い

マズローの欲求5段階説は「内的欲求と外的欲求」「成長欲求と欠乏欲求」に分類してよく説明されます。

生理的欲求、安全欲求、社会的欲求は、自分がかかわる外部環境を満たそうとする欲求なので「外的欲求」に分類します。

一方、承認欲求と自己実現の欲求は、自分の内面を満たそうとする欲求なので「内的欲求」と区分されます。

内的欲求と外的欲求

成長欲求と欠乏欲求

マズローは最初の4つの欲求である生理的欲求、安全欲求、社会的欲求を、欠乏するものを満たそうとする「欠乏欲求 」、自己実現欲求を「成長欲求 」として分類しています。

また、欠乏欲求を十分に満たした経験のある者は、欠乏欲求に対してある程度耐性があるため、成長欲求実現のため、欠乏欲求が満たされずとも活動できるようになると述べています(例:一部の宗教者、慈善活動家など)。

成長欲求と欠乏欲求

マーケティング担当者や営業担当者はどのようにマズローの欲求5段階説を捉えればよいのか

マズローの法則をマーケティングや営業の現場でどのように生かせばよいでしょうか?

ここでは3つの活用シーンを紹介します。

例1:ボリュームゾーンの特定、刺さるコピー作成に生かす

見込み客が、マズローの欲求5段階説のどこの階層にするかボリュームゾーンを特定したり、ペルソナ設定に活用したり、コンテンツのコピーを工夫することができます。

以前も例に出しましたが、品川駅の駅広告のコピー「仕事は楽しいですか? 」が炎上したのは、安全欲求、承認欲求の層に、自己実現層向けのキャッチコピーを意図的に投下したからではないかと考えます。

現在の日本の働く人たちの多くが上がらない給与、パワハラ、モラハラなどの圧力、長時間労働などで疲弊しており、経済的な豊かさが満たされていない、相対評価の成果主義で組織で承認されていないと感じる層が多くなっています。

私見ですが、そこに仕事も遊びと同じと捉える、余裕のある意識高い層向けのコピーがきたので、きっとカチンときたのでしょう。

見込み客が安全欲求の階層にいる場合、少し緊張をやわらげてもらう、日常生活を今より豊かにする、安定するところに目をむけてもらう「~は大丈夫ですか? 」「もう一つの選択肢がある」「違う場所がある(承認される)」といった不安をどう解消するかというところがポイントではないかと考えます。

広告のコピーでも、営業トークでも、顧客のもっとも強い欲求がマズローの説く5段階のどの欲求なのかを踏まえて考えると、より訴求する言葉を選ぶことができるでしょう。

例2:セグメンテーションに活用している例

米国スタンフォード研究所の社会科学者Arnold Mitchell(アーノルド・ミッチェル)氏は、マズローの欲求5段階説をベースにし米国の人の価値観、態度、ライフスタイルを9種類のタイプに分析する「VALS」を作成しました。

このVALSは、米国のマーケティングメディアAd Ageから「1980年代の市場調査のトップ10のブレークスルーのひとつ」と紹介されたほど、米国でよく活用されました。その後さらに研究が進み、現在は新しいVALS(8種類)が開発され政治キャンペーンや企業のマーケティングのフレームワークとして活用されています。

VALS

なお、日本市場に合わせて開発された「Japan-VALS」もありますが、イノベーター理論もベースとして作成されているため、マーケティング初心者はやや難しく感じるかもしれません。

消費者傾向を分析するためのフレームワークとして活用するのであれば、米国版VALSがあてはまる企業も多いと考えます。

例3:近未来の新規事業を考える際の視点に活用した例

IoT化により社会が激変すると言われ続けています。あまりピンとこないのが現実だと思いますが、やはり先々を見据えて新規事業を考えていく必要があります。

幸い、テクノロジーが進歩しても人間の欲求、心理は急速に変わらないので、マズローの欲求5段階説はこれからも有効です。

例えば、総務省では近未来の生活166のシーンごとに「新たな ICT(AI、VR/MR/AR、IoT)がどう活用されるかを、マズローの欲求5段階説をベースにひもづけて、以下の図のように15エリアにマッピングしています。

その上で、『新たな ICTは個人の自己実現や創造性・多様性の発揮といった領域をカバーするテクノロジーであるため、米国型の「効率性一辺倒」といった価値観にとらわれず、かつ「社会課題解決」のみならず「個人の幸福創造」といった面にもフォーカスをあてる必要がある』と示唆しています。

未来の生活シーンをマズローの欲求5段階説でマッピング

未来の生活シーンをマズローの欲求5段階説でマッピング

(出典:平成 30 年度デジタル化による生活・働き方への影響に関する調査研究成果報告書

このように、マズローの欲求5段階説フレームワークを活用して、新しい製品をユーザーのどのような欲求に応えるかなど、新規事業の企画にも活用できます。

マズローは、それまでの心理学が人の行動の動機を、空腹などの単純な欠乏動機に重点を置いたり、人間の病的で異常な側面の精神分析ばかりに重きを置いたりすることに意を唱え、人間の持つ成長への欲求、高次の価値を求める人間についての研究「人間性心理学」を提唱した心理学者です。

そのポジティブな人間の捉え方は、人はそれぞれ個性的な存在であり、思考も変容することを前提とするマネジメント、マーケティング領域の思考と親和性が高いと考えます。

まとめ

マズローの欲求5段階説は、マズローが提唱した人間性心理学という人の可能性に対してポジティブな心理学がベースにあります。

アカデミックな世界では検証不足、国によって異なるなどの批判もあるようですが、少なくとも日本のビジネス界にいる私たちにとっては、非常に実践的であり、感覚的にすぐ理解でき、活用しやすい理論だと言えるでしょう。

テクノロジーがいかに急速に進化しても、人間の欲求、心理は急に変容するものではありません。マズローの欲求5段階説には時代を超えた汎用性があります。これからもマネジメントやマーケティングに必ず役立つでしょう。

戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

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