マーケティング担当者にはカスタマージャーニーの作成が苦手な方が少なくありません。「大体、ペルソナやカスタマージャーニーって必要なの?」「作ってもあまり使わないんだよね」という思いをお持ちの方もいるでしょう。
とはいえ、近年は見込み客がオンラインとオフラインを行き来し、新しいチャネルが年々増え続けている時代。経験則や何となくの思い込みでマーケティング施策を決めるのは、天候や潮の流れを見ずに海に出ていくようなものです。
カスタマージャーニー作成には、マーケティングROIの向上、従業員エンゲージメントの向上など大きなメリットがあります。
自分たちのお客様がどこにいるのか? 今何に悩み、どのような解決策を探しているのか把握するカスタマージャーニー作成は、マーケティングの基本。まずはシンプルな作成方法を覚えてみましょう。
本記事では、テンプレートを活用した基本のカスタマージャーニーの作り方を解説します。
カスタマージャーニーとは、商品・サービスを購入する人が最初に課題に気づき、商品・サービスに出会い、最終的に購入するまでの心理や行動プロセスのことを指します。この紆余曲折ある変容のプロセスを「旅」に例えて「カスタマージャーニー」と呼んでいます。
旅と言うとロマンがありますが、あくまでイメージであって、「顧客視点にたった購買行動の予測シミュレーション」 とも言えるでしょう。購入までの道程を確認する=顧客の行動パターンを予測シナリオとして描いて可視化し、マーケティング、営業戦略などに活かすために作成します。
カスタマージャーニーは、デザインや設計に決まりは特になくさまざまなパターンがあり、なかには精緻に作り込むテンプレートもあります。
幸い、BtoBは顧客が組織人であるため購買行動がある程度パターン化でき、個人の趣味、好き嫌いが反映されやすいBtoCよりもカスタマージャーニーを作りやすい面があります。むしろ、BtoBこそカスタマージャーニーを積極活用すべきなのです。
(出典:Google)
適切なカスタマージャーニーを描いてマーケティングに着手する企業と、そうでない企業とはマーケティングの成果が変わってきます。カスタマージャーニー作成には、以下のようなさまざまなメリットがあるからです。
例えば、米国のAberdeen Groupの研究論文では、適切なカスタマージャーニーを作成する企業とそうでない企業の比較として、以下のデータが報告されています。カスタマージャーニーの作成は、マーケティング部門の収益貢献につながる重要なステップなのです。
(出典:https://www.superoffice.com/blog/customer-journey/)
カスタマージャーニーとはペルソナ(架空の見込み客像)の購買心理、アクションを可視化することです。ペルソナ設定の解像度が高ければ、カスタマージャーニーの精度も高くなり、マーケティング成果につながります。
以下は、筆者が在籍していた2010〜2012年ごろのHubSpot社のペルソナ「マリー」です。
マリーは、中堅規模企業の小規模のマーケティングチーム(1〜5人)のマーケターで42歳の既婚女性。MBAを保有。業務タスクの多さ、マーケティング成果を出すまでの道筋が不明瞭なことを課題としており、HubSpotは使いやすくて仕事をシンプルにしてくれるのが好きな理由です。
このようにあたかも現実にいそうなペルソナが設定できると、マリーならこう考える、マリーならこのSNSを使う、マリーなら……と顧客視点でのカスタマージャーニーをありありと描くことができるのです。
(出典:HubSpot)
BtoCとBtoBでは、ペルソナもカスタマージャーニーもかなり違います。そもそも購買時の立場が異なるからです。おさらいの意味もかねて違いを解説します。
簡単に言えばBtoCは小さい金額の買い物、BtoBは大きな買い物という違いがあります。BtoCは100円単位、千円、万円単位の商品が多く、不動産や自動車など高額商品もありますがその割合は少な目です。一方、BtoBの取引規模は何百万円〜何千万、億単位のケースも珍しくありません。
リードタイムの違い
購入を決めるまでの時間も違います。BtoCは個人用の買い物ですし単価も小さいものが多いので、店頭で一目見てすぐ購入することもできます。高額でも、3カ月くらいで購買プロセスを終えるものが圧倒的多数でしょう。
一方でBtoBの場合、稀に即買いがあるものの、短くても3カ月、6カ月〜3年かかることもまったく珍しくありません。そのかわり、BtoBはいったん取引がスタートすると関係性が長く続きます。
多くの場合、企業で何かを購買するときは、担当者だけでなく4〜6人の関係者が購買に関わります。稟議書を申請し彼らの承認をとる必要があるからです。
前列があればすんなり通りますが、新たな試みとなると話は別。他部門の幹部から出る「実績はあるか?」「景気悪いのにそんな予算はない!」などさまざまな意見を説得して、ようやくGOサインが出ます。
一方、BtoCは、自分のお金を使うため単純に自分が気にいれば購入できます。家族が関係する場合も、人数はそれほど多くなく関係性もわかりやすいため、BtoBよりは意見がまとまりやすいと言えるでしょう。
BtoBの購買は組織のための買い物です。あくまで企業の代表窓口として買うメリットがあるかを追及するため、「客観的であろう」「論理的であろう」「メリットがある商品を選ぼう」「費用対効果重視」という購買心理になります。
一方、BtoCは自分のための買い物なので、「何となく好き」「トレンドだから」「単にこのブランドが好き」など、個人の好みやセンス、価値観が反映されます。衝動買いも比較的起きやすく、個性や感情が強く影響して決まる傾向があります。このような違いを考慮して、カスタマージャーニーを描くことが大切です。
(参考:GetFeedBack、Totango、DBS Interactive)
カスタマージャーニーのテンプレートは、前述のようにネット上にたくさんの種類があります。ただ、基本的にカスタマージャーニーとは顧客の購買ステージごとの心理、行動をまとめたものを指します。
ここでは、施策などを書き込まないシンプルで汎用的なカスタマージャーニーのテンプレートについて、縦軸、横軸にわけて解説していきます。
カスタマージャーニーの縦軸の項目は「ペルソナの状態」です。たとえばペルソナが何をしようとしているか、購買心理のフレームワークに沿って「課題に気づく」「情報収集」「比較検討」「コンバージョン」「販売後のエンゲージメント」などの項目を設定します。
代表的な3項目
カスタマージャーニーの横軸は「ペルソナの態度変容」がわかるような項目を設定します。人が物を買う時の心理の変化には、一定のパターンがあります。
代表的な3項目
そして、SNSや比較サイト、あるいはダークソーシャルなどから評判を収集します。Webサイトも改めてチェックされるでしょう。フリーミアム、無料デモを活用して社内の購買関係者に試してもらい操作性、必要性について意見をヒアリングし、ツールを絞り込んでいきます。
カスタマージャーニーの作り方の手順を、おさらいをかねて解説します。原則としてカスタマージャーニーは、必ず1人のペルソナが1つの商品・サービスを購入するまでのストーリーです。
最初に行うのはペルソナ作成。ペルソナの性別、勤める企業の規模、経営者なのか部長クラス、一般社員なのかなどの役職、性格、抱えている大きな課題、情報ソースなど、1名の架空の人物モデル像を作成します。
初心者マーケターは、混乱しないために1名のペルソナを作成することをおすすめします。慣れてきて複数モデルを作成する場合、多くても3〜5人。メッセージを優先して届けたいモデルに限定しましょう。
実際の顧客の声を以下の手法などで収集し、ペルソナの特徴を抽出しまとめます。
カスタマージャーニーマップの幅(縦幅と横幅)を決めます。長さ(項目数)は自由なので、マーケティング目的やマーケティング担当者の活用のしやすさで決めてかまいません。一般に3〜5項目程度。初めて作成するのであればシンプルに作成したほうがよいでしょう。
なお、本記事はマーケティングプロモーションのカスタマージャーニーの幅を前提にしています。UX全体のカスタマージャーニーは、使用中も含めるのでもっと長くなります。
ペルソナが実際にどのように行動していくかをリサーチします。リサーチ方法はペルソナ作成と同じで、直接既存顧客からのインタビュー内容をもとにするとよいでしょう。話をもとに、重要なタッチポイントをすべて浮かび上がらせましょう。あわせて、CRMのデータなども参考にします。
リサーチした内容から、共通する特性をピックアップしテンプレートに落とし込みましょう。縦軸、横軸に照らし合わせ、購買ステージの初期、中期、後期とかわりゆくペルソナの心理行動を簡潔にまとめます。
日頃から何で情報収集しており、どのようなきっかけで課題に気づき、どこで自分たちの商品・サービスを知ったのか? どのようにして詳細な情報を収集したのか? 最終的に何が購入の決め手になったのか(他社より良いと思ったのか)などをストーリーとしてまとめましょう。
カスタマージャーニーを100%完璧に作成することは不可能です。それができたらマーケティングなんて楽な仕事。もし作らなければ、もっとあてずっぽうなマーケティングになります。新たな発見があれば改善して、よりリアルなカスタマージャーニーにアップデートしていくことが大切です。
ペルソナの課題は、景気などの環境変化に伴い優先順位が変わります。新たなデバイス、人気メディア、重要なタッチポイントは次々登場するのです。定期的にリサーチをし、カスタマージャーニーを改善しつづけましょう。
ここでは、人事総務、人事研修担当マネージャー、マーケティング責任者の3種類のペルソナのカスタマージャーニー例を紹介します。
ペルソナ:中小企業の人事総務で福利厚生を担当する森沢真紀子さん
ペルソナの課題:森沢さんは入社5年目で、日々の仕事に意義を感じているものの、従業員には潜在的に評価・給与・待遇・福利厚生へ不満があり、従業員エンゲージメントが上がらないと感じていました。
気づき・行動:森沢さんは福利厚生を担当しているので、福利厚生のあり方を変えて会社へのエンゲージメントを少しでも高めたいと考えます。そこでまず、どのような福利厚生サービスが好ましいか、従業員からヒアリングを実施。これまでの福利厚生は、活用する社員としない社員がわかれるため、全体的な満足度はあまり高くないことがわかりました。
また、モチベーションの高さで有名な会社や「働きたい会社ランキング」上位企業の福利厚生を研究。あわせてSNSの口コミなどを収集したところ、オフィスの食環境の改善は、社員の多くが喜び、すぐメリットを実感できる傾向にあると知りました。また、食の改善というテーマは、人事部が主導して進めている健康経営の観点からもポイントが高いと感じました。
社員食堂を用意するのは設備上難しいため、取り寄せサービスを検討しようと情報収集を始めます。ネット上で、福利厚生と従業員満足度、従業員エンゲージメントとの関連性があるデータ、健康経営のために取り寄せサービスを導入した企業の事例をそろえ、上司の賛同を得られ次第、稟議書を起案する予定です。
ペルソナ:従業員200人の日系企業人材開発部課長である田中雄二さんは、時代にあわせたより良い人事評価制度の構築、研修の導入がミッションです。
ペルソナの課題:田中さんは日頃から勉強熱心で、さまざまな人事のセミナー、カンファレンス、専門メディアから知識を仕入れています。そこで学んだのは、今は過去のスキルがあまり役に立たない時代なので、従業員が常にリスキリングする組織ほど成長し、そうでない企業は時代に取り残されていくということです。
しかし、従業員に新しい知識 、スキルを積極的に学んでほしくても、現場は忙しく集合研修すら乗り気ではありません。経営層も費用対効果が見えにくい教育領域の稟議には、GOサインを出ししぶる傾向があります。
気づき・行動:田中さんはそこで、リーズナブルで、社員が隙間時間で学べて、かつ向上心を刺激するような仕掛けのある教育ツールに絞り込みました。また、同規模企業の成功事例を集めました。さらに、社員のコンセンサスを得るために、「受けたい教育カリキュラム」のアンケートも実施します。
すると、社員も従来の研修よりデジタルツールを好む結果でした。
経営層の説得には、新教育ツールがDXの推進にもなること、社員の希望も多いこと、近い将来中小企業に義務化されるだろう「人的資本開示」の項目にもなることなど、導入メリットを強調する情報や事例をそろえ、上申しようと考えています。
ペルソナ:マーケティング部長の遠藤 順さん
ペルソナの課題:遠藤さんは、部下のマーケティング担当者たちに、デジタルマーケティングの知識やスキルがないことを課題に思っています。とはいえ自分自身も、デジタル領域は経験がなく教えられません。中途採用募集を出しても、これといった人材は自社にはきてくれないようです。
最近は、営業とのSLAで設定したMQLの数字の達成が難しくなっています。社内外からヒアリングして数値指標もチェックし、ボトルネックを確認できても、そのボトルネックを解決できるスキルを持った人材がいない、というループに陥っています。
気づき・行動:遠藤さんは腹を決めて自社でデジタルマーケを人材育てるしかないと考え、マーケティング支援会社の自走プログラムを検討するようになりました。普段からSNSでそのようなサービスがあると知っていたためです。
マーケター仲間から情報を仕入れたり、自分でも検索エンジンで情報を収集したりして3社をピックアップ。その中でも、1年でマーケティング担当者が自走できるプログラムを明快に説明してくれ、事例も多いB社を検討しています。
上記3例のように、ペルソナの立場で商品・サービスを検討していくストーリーを描きます。
書き上げてみると、「森沢さんは、こんなオウンドメディアを見ている」「田中さんは最新知見を得るためにカンファレンスに絶対いく」「遠藤さんはダークソーシャルからの意見を重要視する」等々、ペルソナを通した見込み客の方々の動きが見えるようになっていくでしょう。
カスタマージャーニーとは、ペルソナが商品・サービスを知り購入するまでの一連のストーリーを、旅にたとえて可視化するフレームワークです。企業側から見れば、ペルソナとのコミュニケーションストーリーでもあるでしょう。マーケティングにおけるカスタマージャーニーの作成には以下のメリットがあります。
ぜひ、今の時代にあったカスタマージャーニーをきちんと作成して、顧客の環境や悩み、希望に寄り添ったマーケティングを実践していきましょう。