見込み客や顧客の心理、行動を理解するフレームワークとしては「カスタマージャーニー」がよく知られています。実は、ほかにも似たようなツールに「エクスペリエンスマップ」「サービスブループリント」というものがあります。
混同されやすいのですが、エクスペリエンスマップとは、簡単に言えばUX向上のためのカスタマージャーニーに近いもので、マーケティングプロモーションで作成するカスタマージャーニーより工程が長く、より大きく顧客全体のシナリオを描くところが特徴です。
本記事では、そもそもUXとはなにか? 一般的なカスタマージャーニーとエクスペリエンスマップの違い、カスタマージャーニーやエクスペリエンスマップと補完関係になるサービスブループリントについて、UXを向上させるエクスペリエンスマップの作成ステップなどを解説します。
カスタマージャーニーとは、見込み客の購買に際しての心理、行動を可視化するためのツールです。顧客の心理、思考、目標、動機などにそった顧客視点の購買ストーリーといえます。
近年、顧客の動きはますます複雑化しています。一昔前のBtoBマーケティングなら、顧客とのタッチポイントは展示会、業界メディア、営業マンと限定されていましたが、今は次から次へと有力なタッチポイントが増えている状況です。
以下は、アドビのシニア テクニカル エバンジェリストである Ben Tepfer(ベン・テプファー) 氏が米国マーケティング専門サイトMARTECHのカンファレンスで紹介した昔と今のカスタマーライフサイクルの比較図。テプファー氏は、「マーケターは現在のチャネルはどのようなもので、将来のチャネルはどのようになるのかを常に考えておく必要がある」と述べています。
(出典:MARTECH)
特にBtoBの場合、BtoCよりもオフラインメディア、ヒューマンインターフェイスも重要なチャネルであり続けるものが多く、ハイブリッドなカスタマージャーニーの作成が必要です。このような今の顧客とのタッチポイントをカバーできている企業とそうでない企業は、マーケティング効果に大きな差が出てくるでしょう。
カスタマージャーニー作成については、日頃マーケティングプロモーションよりのカスタマージャーニーに特化して説明しています。
マーケティング部門ではマーケティング成果を上げる目的で活用するケースが多く、以下のようにペルソナ(半架空の見込み客のモデル)が、課題に気づき、商品・サービスを知り、いろいろな紆余曲折を経て購入するところまでを可視化することが多いからです。
多種多彩なデザインがありますが、弊社ではこのようにシンプルなジャーニーマップを用いています。
ただ、カスタマージャーニーは、UX向上、EX向上、顧客リテンション率向上など目的にあわせて自由に長短等をカスタマイズして、活用することもできます。
例えば、以下は2016年米国Forrester社のデータですが、CXプロフェッショナルに対する「What gets mapped?(何をマッピングするか?)」への回答を見ると、ある領域に特化してマッピングし作成するケースもかなり多く見られます。
(出典:mycustomer.com)
目的や担当領域が違うという理由で、短いカスタマージャーニー―が多くなるのだと思いますが、いろいろな使い方ができることだけ押さえておきましょう。
UX(ユーザーエクスペリエンス、ユーザー体験)とは、顧客が何かしらのニーズを感じてから、商品・サービスを購入し活用していく過程での体験全体を指します。
たとえば、リサーチ中にほしい情報がすぐ得られた、トライアルがスムーズにできた、実際に活用して課題が解決できたなど、ユーザーが成果と感じる体験ができることをUXが高いと表現します。
UX改善のためには購入後の顧客体験を追う必要があるので、カスタマージャーニーも横幅の項目数を多くしてジャーニーを長く作成する必要があります。
もっと言えばUX改善のためには「カスタマージャーニー」よりも「カスタマーエクスペリエンスマップ」を作成したほうが、より正しく顧客の心理・動きを可視化できると言われています。
エクスペリエンスマップは、カスタマージャーニーと似たイメージがありますが、顧客像の設定をはじめそもそものコンセプトに違いがあります。なぜエクスペリエンスマップのほうがよいのか、主要な違いを対比させながら次項で説明します。
エクスペリエンスマップの例
ここでは「エクスペリエンスマップ」と、マーケティングプロモーションよりの「カスタマージャーニー」の違いを解説します。
エクスペリエンスマップとは、顧客が製品やサービスを利用する際にたどる全行程を示したものです。カスタマージャーニーと同様に、エクスペリエンスマップは、製品の発見段階から評価、購入(顧客となるまでの)までのユーザーの道筋を描きます。
しかし、エクスペリエンスマップはさらに幅広く、レビュー、リファレンス、紹介、サポートなどを考慮し、ジャーニーの文脈で競合や自社のビジネスと顧客管理のインタラクションがどのようなものかも示します。
エクスペリエンスマップは、ある特定の顧客タイプのストーリーではなく、すべての顧客に共通する全体的な顧客像をもとに作成します。最大共通項にもとづいた「顧客」のストーリーです。
ペルソナとは、一般に理想的な顧客のプロファイリングした1人の人物像なので、たまに少量購入するような顧客の特徴は含まれないことが多いです。あるペルソナAさんだけの購買ストーリーであり、ペルソナが中小企業の社長であれば、社長独特の行動パターンが反映されますし、中間管理職であれば管理職ならではのマップを描くことになります。
エクスペリエンスマップは、一つの製品やサービスを購入するストーリーを描くツールではありません。顧客がある課題に気づいて何かを探し始めて、幅広くリサーチしながらさまざまな製品を検討し、試して、最終的に(自社製品に限らず)理想的な製品を購入し使っていく、非常に現実的な顧客目線のストーリーを大きく描きます。
一方、カスタマージャーニーは、1人のペルソナがある課題に気づき、1つの 自社の商品・サービスに出会ってから購入するまでのストーリーです。製品が2つ3つあると、チャネルも変わるのでマップが複雑になるというのもありますが、あくまでマーケティング成果を上げるために、1人のペルソナと自社の1プロダクトに絞り込んで顧客心理や重要タッチポイントを描いていきます。
エクスペリエンスマップは、自社商品・サービスであることすら関係なく、ペルソナに限定もせず、顧客全体を前提としたストーリーを描くフレームワークです。あらゆるカテゴリーの顧客がどのような心理・行動をとるか、自社製品だけでなくどのような他社プロダクトも含めて興味をもっていくかなどが可視化できます。
エクスペリエンスマップを描くことで、より広い視野でマーケティング戦略を考えることができます。さらに得られるのは、購入後の満足度を高めるヒント、新しいプロダクト開発のヒントなどイノベーションを促進する効果です。
一方、カスタマージャーニーは一般にマーケティング成果を上げる目的に活用するため、購入するまでの自社プロダクトと見込み客のインタラクションを明らかにします。そうすることでプロダクトごとのマーケティング施策の成果を高めます。
(参考:eleken.co)
サービスブループリントとは顧客のストーリーではなく「自社内部の動きやストーリーを可視化するフレームワーク」です。つまり、カスタマージャーニーとサービスブループリントは「表舞台」と「裏部隊」、補完的な関係にあります。
サービスブループリントの例
サービスブループリントは、見込み客にサービスを提供するために企業のバックステージで行われているすべてのことを可視化します。社内のプロセス、社内の関係者たちができること、責任、活用システムなどカスタマージャーニーを支える内部構造を明らかにするためのツールです。、
一方でカスタマージャーニーは、組織の外にいる見込み客の購買心理・行動を可視化するためのツールです。バックステージとフロントステージ、舞台の裏と表の関係性です。
サービスブループリントは、内部の関係者たち(マーケティング、セールス、サービス他のスタッフ、代理店等パートナーたち)の心理、動きを可視化します。一方、カスタマージャーニーは、見込み客や顧客の心理、購買行動を明らかにします。
サービスブループリントの役割は、カスタマージャーニーを支える内部構造の可視化です。たとえば、見込み客の動きに対して組織が何をどのように提供するか? チームはどう編成されるべきか? など何をすべきかが可視化されます。コラボレーションを促進するだけでなく組織のボトルネックを発見し、組織体制、人員、予算などを最適化するのに役立つフレームワークです。
一方でカスタマージャーニーは、あくまでマーケティングプロモーションをいかに最適化するかという思考が中心です。そのため、組織構造はそのままにマーケティング戦略を最適化しようとしがちであり、ムダなプロセスが発生したり、一部に負荷が偏るなど非合理的な面が出ることがあります。
(参考:/blog.practicalservicedesign.com)
ここでは、UX改善のためのカスタマーエクスペリエンスマップの作り方を解説します。
エクスペリエンスマップを作成するための最初のステップは、ペルソナの作成です。このペルソナは、マーケティングプロモーション用のカスタマージャーニーに使うよくある優良顧客モデルのペルソナではなく、顧客全体を映し出すペルソナです。そして、すべてのタッチポイントでどのようにビジネスと関わっているかを理解することができます。
エクスペリエンスマップの縦軸と横軸を定義します。購買心理にもとづき、ユーザーがジャーニー全体で達成しようとしている主要目的、背景にある顧客の動機、顧客の動きの変化を時間的経過とともにマッピングできるように定義しましょう。
たとえば、いつ、どこで、どのように製品を発見し、どのように情報を収集し、どのようは評判を見て好感を持ち、商品・サービスを選び、購入し、どのように満足して(あるいは不満をもって)、使い続けるのかなどを定義できます。
次に、顧客とのタッチポイントを設定していきます。主要タッチポイントにはWebサイト訪問、アカウントの作成、メールマガジン購読、SNSでの評判検索、評価サイトのレビューの閲覧、無料トライアルの申込、製品の購入、オンボーディング時のマニュアルやサポートなどがあります。
各タッチポイントを大きな文脈で理解し、心理をおさえながらカスタマージャーニーの各ステップを最適化することで、よりよいユーザー体験を設計してみましょう。
この時点で、ユーザーから直接リサーチをします。実際にプロダクトを使っている人の話を聞きこむことで、正確なインサイトが得られます。直接会ってのインタビュー、電話またはWeb会議でのインタビュー、Webアンケートなどの方法があります。
顧客インタビューを実施したことで、ペルソナの目標達成までの道筋を理解できるだけでなく、どのような体験を重ねていくかの全体像を把握するので、エクスペリエンスマップを肉付けすることができます。
肉付けをしていけば、ユーザーがところどころでぶつかる摩擦の要因を特定することができるでしょう。この時点で、摩擦をできるだけ減らすことに尽力する必要があります。
チームでエクスペリエンスマップの各フェーズのボトルネックになりえる部分、改善の余地がある部分を特定し、解決できるものは解決します。長期間かかりそうなものは、解決のための行動計画をたてましょう。
カスタマーエクスペリエンスマップを完成させます。どのようなテンプレートを活用するかは、作成したエクスペリエンスマップの縦軸、横軸の長さにあわせて、使いやすいフォーマットを自由に選んでかまいません。チームで共有するものなので見やすく、修正などでアップデートするときに簡単なタイプがおすすめです。
(参考:Totango、xd.adobe.co)
エクスペリエンスマップは、マーケティングプロモーション戦略のために作成されるカスタマージャーニーと一見似た印象があり混同されます。エクスペリエンスマップはUX改善のために作成されており、カスタマージャーニーとは、以下の違いがあります。
優良顧客になりえるペルソナだけのストーリーや、最初から自社商品・サービスに興味を持つ見込み客に限定しないので、自社の顧客の全体像を大きくとらえられるのが特徴です。
エクスペリエンスマップを描くことで、自社が選ばれる理由だけでなく、選ばれない理由、顧客が好んで使い続けている理由だけでなく、使うのをやめてしまう理由などのインサイトを得られます。
カスタマーエクスペリエンスマップ作成は、ボトルネックの特定と改善しUX(ユーザー体験)、顧客満足度の向上、顧客リテンション率の向上、そして顧客像を捉えなおすことによる新たな有望見込み客層の発見にもつながるでしょう。