アメリカのブロックバスター社はかつて、ビデオ・DVDのレンタル事業で世界中に9,000以上の店舗を構える大企業でした。ところが、Netflixを筆頭とするインターネット動画配信サービスの普及の波にうまく乗ることができず、2010年に倒産に追い込まれることとなってしまいました。
効果的なマーケティングリサーチが行われ、買い手である消費者の望むことを理解していたら、このような事態は避けられたかもしれません。
マーケティングリサーチは、企業の事業方針を決定する上で非常に重要なものです。しかしその内容は抽象的で、マーケティングリサーチを行うにしても何をすれば良いかわからない、という方は多いのではないでしょうか?
そこで本記事では、意外と知られていないマーケティングリサーチについて、その意味や考え方、手法や実施方法について詳しく解説していきます。
マーケティングリサーチ(Marketing research)とは、ある製品やサービスのマーケティングに関わる定性的または定量的な情報やデータの収集、記録、分析などを含めた調査活動の総称です。
企業が自社の製品やサービスのマーケティング戦略を練る上では、あらゆる課題が生じます。
など……
マーケティングリサーチを行うことで、上記のような課題の解決が期待できます。上記マーケティング課題の解決は、マーケティング部隊が戦略を練るためだけでなく、企業の事業活動全体の方針を決定することにも繋がるため、マーケティングリサーチは企業にとって非常に重要なものであると言えるでしょう。
また、マーケティングリサーチを行うことは、自社製品に対する顧客の「カスタマージャーニーマップ」を作成する手助けにもなります。カスタマージャーニーマップとは、顧客がどのような行動や思考、感情を経て自社製品の購入に至るかを時系列に見える化したものです。
カスタマージャーニーマップを作成することで、企業はより顧客に寄り添った製品・サービスの開発や、マーケティングの施策を検討できます。
カスタマージャーニーマップについては、当ブログのこちらの記事でも紹介しております。ぜひご一読ください。
マーケティングリサーチの背景と考え方を理解する上で、まず最初に知っておきたいのが「マーケティングミックス」です。
マーケティングミックス(Marketing mix)とは、製品やサービス、または企業やブランドのマーケティングにおいて基礎となり、重要な影響を及ぼす要素のことをいいます。
マーケティングミックスの分類の中でも特に有名なものは、1960年にアメリカのマーケティング学者であるEdmund Jerome McCarthy(エドモンド・ジェローム・マッカーシー)氏が提唱した「4P」です。
「4P」の考え方は、のちにマッカーシー氏の友人であり「近代マーケティングの父」と称される経営学者でもあるPhilip Kotler(フィリップ・コトラー)氏が使用したことで広く知られることとなりました。
(出典:Slide Team)
マーケティングミックスの4つの「P」
コトラー氏は上記の4つのPに「People(人)」「Process(プロセス)」「Physical evidence(物的証拠)」を加えた「7P理論」をのちに提唱しています。
マーケティングリサーチでは、これらのマーケティングミックスに関わる情報やデータを収集し、これらの要素が顧客行動、製品やサービスの販売、または企業の経営にどのように影響を与えるかを分析した上で、最適なアプローチ戦略を練ることがゴールとなります。
マーケティングリサーチと似た言葉に「マーケットリサーチ」があります。これらふたつの用語は非常に混合されやすく、ネット上でもよく間違われて使用されているケースがあるので注意が必要です。
マーケットリサーチ(Market research)とは、日本語で市場調査のことを指します。マーケティングリサーチが製品やサービスなどのマーケティングに関わる調査行動を包括的に含む総称であるのに対し、マーケットリサーチは一般的に、ターゲットとする市場が製品やサービス(またはそれに関わるマーケティング活動)に対してどのような反応を示すかを調査分析します。
先のマーケティングミックスの4Pで言うと、マーケットリサーチはまず「Place(市場)」に焦点を当てた上で行うリサーチの分類と定義できます。
マーケティングリサーチは市場調査はもちろん、製品やサービスの分析、マーケティング・営業施策の評価、広告宣伝、その他全てのリサーチを含みます。その意味では、まず大枠としてマーケティングに関わる全ての調査活動を「マーケティングリサーチ」とし、「マーケットリサーチ」はマーケティングリサーチの分類のひとつと理解するのがよいでしょう。
マーケティングリサーチは調査の継続性、収集するデータの種類から分類することができます。
パネル調査(Longitudinal research / long-term research)とは、「定点調査」や「継続調査」とも呼ばれ、同じ調査対象者(サンプル)を対象に、同じ項目の情報やデータを長期間に渡り継続的に収集する調査の手法です。決まったデータを「枠」を意味する「パネル」に当てはめていくように収集していくことからこの名称で呼ばれます。
多様なシチュエーションや広い層へ向けての調査が可能で、同じ調査内容を何度も使用できます。多数のサンプルに対して長期間に渡り調査を行うことで、膨大な量の情報やデータを取得できるので、調査結果の分析から、自社のマーケティング課題を割り出したいときなどに向いています。
反面、取得する情報やデータが「広く浅い」具体性に欠けるものになる可能性も高く、解決すべき課題があらかじめ決まっている際の期待度は、後述のアドホック調査に劣ります。
アドホック調査(Ad-hoc research)とは、ある特定のマーケティング課題に対し、サンプルや収集データの設計を専用にカスタマイズして行う調査手法のことをいいます。「Ad-hoc」という言葉にはラテン語で「その場かぎりの」という意味があり、その言葉の通りアドホック調査はある特定の課題の解決のみに特化した調査内容の設計がなされているのが特徴です。
パネル調査と違い、得たい情報に対してサンプルや調査内容をがっちりと指定して行うことが多いため、特定のマーケティング課題に特化した、より具体的な成果を得ることができます。反面、多様なシチュエーションへの対応が難しいため、同じ調査設計を繰り返し使用できず、単発での運用が主となります。
定量調査(Quantitative research)とは、調査によって得られるデータが、数値化できるような調査設計になっているマーケティングリサーチのことです。「量」や「割合」のように数字で表すことができるデータは「定量データ」と呼ばれ、マーケティング課題に対しての現状を正確に把握するために実施されます。
また定量データにより現状を数値化し「見える化」することにより、ある課題に対する仮説の検証、目標の設定や、設定した目標に対する現在の達成度合いの検証を行うことができます。
定性調査(Qualitative research)とは、定量データのように数値化できないデータである「定性データ」を扱う調査のことです。顧客が「どう感じたのか? 」や「なぜその行動をとったのか? 」など、定量データだけでは見えてこない、顧客の心理的な声を集めることを目的に実施されます。
定性調査は、サンプルひとりひとりのより深い心境を探ることを目的とするため、主に小規模のインタビューによって実施されます。顧客の本音を聞き出すことで、定量データだけでは気づかなかった新たな課題が見えてくる可能性もあります。
前項で紹介した手法の分類を踏まえた上で、ここからはHubSpotの記事を参考にマーケティングリサーチの具体的な例を一部紹介していきます。
顧客と直接向き合い、顔を合わせながら行うインタビューは、前述した定性データを得るのに最適と言えるでしょう。
ある課題に対して文章で回答してもらうのではなく直接会話を行うことで、より自然な流れで回答者の深層心理を探ることができるほか、インタビュアーは回答者の表情や仕草などからもさまざまな情報を得ることができます。
回答者の年齢、家庭環境、予算、仕事、生活する上での問題点や課題解決のために取りやすい行動など、回答者が会話の中で自然と話すであろう自身についての情報は、企業にとって自社製品が理想とする「バイヤーペルソナ」を形作るのに役に立つものが多いはずです。
フォーカスグループでは、企業が意図的もしくは無差別に選出した小規模のグループに対し、製品の試用、デモンストレーションの実施や、グループディスカッションの場を設けます。
このタイプのマーケティングリサーチは、例えば仕様の違う製品のどちらがよいかを確認してもらう、顧客のタイプ別(異なる市場別)の製品に対する反応を調査する、といった用途に向いています。
またグループディスカッションでは、同じ定性データでも1体1でのインタビューと比べ、より「集団心理」が働いた状態での回答が得られやすいのも特徴的です。
製品・サービスリサーチは、顧客がなぜ自社の製品・サービス(もしくはその中の特定の機能など)を使用しているか、またはそれらに対する満足度はどの程度か、などについて調査を行います。前述したマーケティングミックスの4Pの中の「Product(製品)」に特化した調査と言えます。
このタイプのマーケティングリサーチを行うことで、企業はどの市場に対して自社製品が受け入れられやすいのかや、ターゲットとする市場で求められている新しい製品や機能はどのようなものなのかなどを推し量ることができます。
また製品・サービスのユーザーテストを行うことは顧客側の目線に立っても有効とされており、イギリスのUser Fountain社が2020年に発表したレポートによると、ユーザーが製品検討時に購入意志決定の参考にしたいものとして、ユーザーテストが1位として挙げられています。(2位はデジタル媒体による分析)
(出典:UXmatters)
価格リサーチは、前述したマーケティングミックスの4Pの中の「Price(価格)」に焦点を当てたマーケティングリサーチです。
自社の製品やサービスに対して、市場内の競合他社と同様もしくは同等の製品やサービスの相場価格、ターゲット層が「適正」と考える価格帯(もしくは「払ってもいい」と感じる価格帯)について調査を行います。
「価格」は数値化のできる定量データですので定量調査が適用できるのはもちろんですが、例えば「なぜ適正ではないと感じるのか? 」などといった顧客の心理的な定性データも価格戦略を検討する上で、重要になることが考えられます。
価格リサーチの調査設計を検討する上ではどのような課題を解決したいのかを明確にし、適切な設計を選択する必要があるでしょう。
ブランド認知度リサーチでは、自社のブランドがターゲットとする層にどれだけ認知されているのかを調査します。
例えば「ある製品カテゴリにおいて連想するブランドは何か? 」といった調査内容で自社ブランドの認知度を「割合」などの定量データで収集することもできますが、「なぜ、どのようにそのブランドを連想するのか? 」といった定性データも自社のブランドイメージを構築していく上で重要な指針となり得ます。
価格リサーチと同じく、解決したいマーケティング課題を明確にし、適切な調査設計を構築することが大切となるでしょう。
では実際に、自社でマーケティングリサーチを実施するにはどのようなステップを踏むべきなのでしょうか? ここでは米ミネソタ大学の資料を参考に、効果的なマーケティングリサーチのための7ステップについて解説します。
まずは、自社が解決したいマーケティング課題を明確にすることが最初のステップです。
前述したマーケティングミックスの4Pを参考に、自社が課題を抱えているのはどの分野なのか?マーケティングリサーチで検証したい仮説は何か? どのような情報やデータがあればそれらの課題解決や仮説検証の手助けになるか? などを検討してみましょう。
マーケティングリサーチの課題が明確化したら、次のステップは調査内容の設計です。課題解決のために、どのようなデータを、誰から、いつ、どのように集めるかを決めていきます。
調査設計時に注意すべき点は、マーケティングリサーチで収集できるデータには、1次データ(Primary data)と2次データ(Secondary data)のふたつのタイプがある、ということです。
(出典:MarketResearch.com)
必要なデータが誰かの手によってすでに世にあるのであれば、コストをかけて同じリサーチを繰り返す必要はありません。まずは、自社の課題に対する解答が2次データで得られるかどうかを確認しましょう。
マーケティングリサーチの3つ目のステップは、データ収集フォームの設計です。このステップではリサーチによって収集するデータをどのように分類、記録していくかを決定します。
例えば、一つの課題に対して複数のリサーチからのデータを使用する場合や、1次データと2次データの両方からデータを引用する場合などでは、データの形式を揃えておかないと正確な比較や分析ができない可能性があります。
リサーチを開始する前に、取り扱うデータについてのルールづけをしっかりと行っておきましょう。
4つ目のステップは、サンプルの特定です。設計した調査内容に従い、調査を行う対象人物を実際に選定します。
どのような規模で、どのような特性を持つ人々を集めるかが重要となりますが、加えてそれらの人々が現実的に集められるかどうかも重要です。例えば、あまりにサンプルに求める特性を限定しすぎた結果、サンプル数が少なくなりすぎてしまい、十分なデータが集まらないといったことにならないようにしましょう。
5つ目のステップでは、これまで設計した調査内容に従い、実際にデータを収集していきます。データを収集する方法にはさまざまなものがありますが、以下は一例です。
6つ目のステップでは、収集したデータの分析を行います。ステップ1で設定した課題や仮説に対して実際のデータはどうであったのかを確認し、現状をしっかりと把握しましょう。
7つ目のステップはレポートの共有と戦略の立案です。ステップ6の分析結果を各担当部署で共有し、自社の事業の方針決定やマーケティング戦略の立案に役立てましょう。
なかなかしっかりと理解する機会の少ないマーケティングリサーチ。特にBtoBビジネスにおいては「自社がのぞむサンプルの母数が少なくて……」や「新規製品開発がそんなに盛んではない業界だから……」といった理由でマーケティングリサーチを効果的に行えていない企業様も多いのではないでしょうか?
しかしどのような業界でも、調査する課題をしっかりと見定め調査内容やサンプルの選定を工夫すれば、効果的にマーケティングリサーチを行える可能性は十分にあります。
今回紹介した内容が、効果的なマーケティング戦略を練る上での参考となれば幸いです。