「4P」は数あるマーケティングフレームワークの中でも、基本中の基本です。提唱されてから半世紀ほどたつため「古い」といわれることもありますが、今なお有効性は高くSaaSビジネスにおいても十分役立ちます。
4Pの要素である「製品」「価格」「プロモーション」「場所」は、マーケティングの成功を大きく左右します。1つの分析が甘いだけでも戦略全体に多大な影響があるため、今一度4つのPの理解を深めましょう。
本記事では、BtoB SaaS企業のマーケティング担当者なら必ず理解しておくべき4Pの基本と実際の分析例を紹介します。
4Pとは、製品・サービスを市場でたくさん売っていくために重要な4つの要素を組み合わせて、整合性のとれた戦略を立てるためのフレームワークです。「マーケティング・ミックス」とも呼ばれます。
4つの要素
4Pは、米国のEdmund Jerome McCarthy(エドモンド・ジェローム・マッカーシー)氏が1960年に提唱したフレームワークです。その後、友人であるPhilip Kotler(以下コトラー)氏(近代マーケティングの父と呼ばれる大家)が使ったことで、広くビジネス社会に浸透していきました。
ビジネスにはさまざまな要素が影響しますが、4Pは自社の決定できる要素の中で最も重要なものを「製品」「価格」「プロモーション」「プレイス」の4つに絞り込んでいるのが特徴です。
整合性に矛盾がない施策を立案していく4Pは、分かりやすくかつ実効性があり、多くの企業に受け入れられました。
また、のちにコトラー氏が4PにPhysical evidence(物的証拠)、Process(プロセス)、People(人)の3要素を加えた7Pを提唱したように、4Pは時代とともに発展していきました。
ただし、4Pは売り手・買い手の視点を分析するために作られているものの、約50年前の大量生産、大量消費の時代に考えられたフレームワークです。そのため現在では「企業視点が強いフレームワーク」と捉えられることが多くなっており、1990年代には4Pが進化した4Cも登場しています。
マーケティングは、環境分析→市場分析→ターゲット設定の順で市場を絞りこむのが一般的です。市場内での競合製品との力関係、ポジショニングを分析した上で、進出すべきとGOサインが出てから製品企画をスタートさせます。
4P分析で具体的な製品の機能、品質、価格、流通経路やプロモーション施策を決めるのは、マーケティング戦略の中盤~後半です。本記事では4P分析を中心に解説しますが、マーケティングの全体像も理解しておきましょう。
(4P/4Cまでの流れ)
4Pは有用なフレームワークですが、前述のように提唱されてから50年ほどたつため、現在のビジネス環境に対応していない面があります。そのため、4Cとセットで活用することがポイントです。
なぜなら当時は、現在のようなSNS時代とは環境も顧客の価値観も大きく異なるからです。インターネット登場以前は、企業と顧客の情報の非対称性が大きく、顧客は企業のプロモーションや営業担当者からしか製品・サービスの情報を知るすべがありませんでした。
4Pから派生した4Cは、4Pと同じ要素を顧客視点で分析するのが特徴です。両方の分析結果を照らし合わせると、企業が考える戦略と顧客ニーズが合致しているかわかり、課題や解決策を見出しやすくなります。
ここでは、4Pの各要素とBtoB SaaS企業が留意すべきポイントを解説します。
Product(製品・サービス)は、まず誰に向けたプロダクトかを明確にして開発することが基本です。
ペルソナ(理想的な半架空の顧客プロファイル)を設定して、特定の顧客に刺さる製品・サービスの特徴を捉えます。BtoBのペルソナであれば、業種、職種、仕事内容、役職、個性、価値観まで詳細に設定しましょう。
その上で、対競合企業との差別化になる特色、製品・サービスに実装する機能、デザイン、サポート体制などをつめていきます。以下の点をチェックしましょう。
Price(価格)は、顧客が納得できるわかりやすい価格体系にすることが大切です。業界問わず価格設定の初心者は、製品・サービスの品質に注力しすぎるあまり、自分たちに不利な価格設定をする傾向があります。
以下の点をチェックして、最適な価格設定を行いましょう。
米国Priceintelligentlyが行った512社のSaaS企業を対象とした調査(英語)では、収益を向上させる要因として、価格設定は顧客獲得の4倍、顧客維持の2倍という結果が出ています。SaaS企業は先行投資期間の長さを考慮して、慎重な値決めをする必要があるでしよう。
また、年間経常収益(ARR)500万ドル以上のSaaS企業96社に行った調査では、継続的に価格を調整している企業は、極めて堅調な単位経済性を示したという結果が出ています。
収益性の高いSaaSビジネスモデルは、顧客生涯価値(LTV)と顧客獲得コスト(CAC)の比率が1以上でないと絶対的なコストがかかりすぎていることになります(理想的なユニットエコノミクスは別の話です)。LTV/CACの比率が低いほどコストを回収するまで長期間かかります。
4PのPlace(場所)とは、ターゲットのいる場所に製品・サービスを届けることです。人々が積極的に製品を探す場所はどこかを念頭に、販売チャネルを決定します。
SaaS企業なら主戦場は当然オンラインです。インターネット上で顧客が自社製品・サービスを簡単に見つけられるようにします。
その際Google、ヤフーなどの検索エンジン最適化は必須です。また、ペルソナの年代・個性に応じて適したSNSにも情報を配信します。SNSマーケティングは双方向コミュニケーションをとれるので、製品・サービスの拡販にかなり効果的です。
Promotion(プロモーション)とは、具体的なマーケティング施策のことです。テレビCM、メディアの広告、タイアップ記事。オウンドメディア、ホワイトペーパー、ウェビナーなどを企画し見込み客を増やしていきます。
SaaS業界でも、展示会・テレマーケティングなど従来型のオフラインの施策もペルソナによっては効果的です。オフライン・オンライン両方のチャネルをバランスよく組み合わせましょう。
ここでは、BtoB SaaS企業のHubSpot(マーケティングオートメーションの世界シェアNo.1)、Salesforce(CRMの世界シェアNo.1)、Zendesk(カスタマーサービスソフトウェア領域のリーディングカンパニー)の3社を4P分析してみます。
(出典:HubSpot)
Product(製品):
おもに中小~中堅企業を対象にしたマーケティングオートメーション(MA)を軸に、セールス、カスタマーサービス、CMS、オペレーションの5領域でクラウドシステムを展開しています。直感的に活用しやすいUIと操作性、情報の一元管理がしやすいところが特徴です。
Price(価格):
比較的低価格で、中小企業であればマーケティングオートメーションのstarterプラン6000円/1ユーザー+無料CRMで、基本的なリードジェネレーション~顧客管理が可能です。
2020年10月には、それまでの登録コンタクト数ベースの価格体系から、アプローチするコンタクト分のみ課金する価格体系に変更し、中小~中堅企業にとって割高なサービスにならないように配慮しています。
Promotion(プロモーション):
内容の濃いHubSpotブログや無料のホワイトペーパー、各種ガイドの提供などを積極的に行い「インバウンドマーケティングの提唱者」としてのポジションを確立しています。
コンテンツで信頼度を高めコンバージョンに結びつけており、フェイスブック、Twitter、インスタグラム、YouTube、LinkedInなどのSNS連係もバランスよく行われています。
Place(流通):世界120ヶ国以上に以下のチャネルでサービスを展開しています。
(出典:Salesforce.com)
Product(製品):
先進国のエンタープライズ市場を中心にSFA、CRMを中心にさまざまなクラウドサービスを提供。システムを売るだけではなく、顧客の生産性を向上させるためのコンサルティング、サポートにも注力しています。
顧客・パートナー企業の要望を素早く機能に追加し(年3回無償でバージョンアップ)、顧客ニーズに応え続けることで長期的な取引につなげ、継続課金していくビジネスモデルです。
対オンプレミスという観点では、圧倒的優位性のもとCRMトップベンダーとなり現在もシェアを広げつつあリます。ただし、クラウド企業との競合状況を見ると、大企業~中小企業向けクラウド領域に強い現在2番手に位置するマイクロソフトのシェアも前年30%増と順調です。
営業支援機能で大きな差はないため、単なるDX推進、業務効率化ではWindows、Officeを擁するマイクロソフトの囲い込み戦略でシェアを奪われる可能性はあり、これまで以上に営業領域で顧客の事業成長に寄与するサービスに品質を向上させることが差別化になるでしょう。
Slackを買収したように大企業向けプラットフォームとしての基盤を固め、入り込まれる隙をなくす戦略も必要と思われます。
世界のCRM市場シェア(青:Salesforce、オレンジ:Microsoft)
(2019年) (2020年)
(参照:「Top 10 Cloud CRM Software Vendors」- Appsruntheworld.com)
Price(価格):
4種類の価格プランがあり、基本路線は高価格ですがそれぞれに無料期間があります。ターゲットが大企業なため、高い価格設定はむしろ信頼度につながっているといえるでしょう。
(競合との比較)
エンタープライズ向けは月18000円/ユーザーのプランを提供。MSのDynamics 365 Salesのエンタープライズは月10330円/ユーザー(Microsoft365と統合可能)。
SMBマーケット向けには月3000円の低価格モデルを提供しています。ここでは中小企業向け無料CRMを展開するHubSpot、月約1000円で提供するActiveCampaign、月約2000円で提供するZendeskと競合。この価格プランはSalesforceがSMBに顧客層を広げるためはもちろん、中小~中堅企業に強いベンダーのシェア拡大を防ぐ効果もあります。
Promotion(プロモーション):
オンライン、オフラインとも強力なプロモーションを推進しており、自社自らがSFA、CRMを活用した強力な営業活動で生産性をあげることで、サービスの信頼性を高めています。
積極的な社会貢献活動が、プロモーションの役割を果たしているところも特徴です。製品の1%、株式の1%、就業時間の1%を地域社会に還元する1%モデルの提唱ほか、昨今の行き過ぎた資本主義を転換・進化させるような経営方針が注目を集め、顧客層以外からも幅広く支持されています。
Place(流通):
(出典:Zendesk)
Product(製品):
コールセンター革命を起こしたといわれるほど評価の高い「Zendesk for service」を軸に、4領域でサービスを展開しています。「Zendesk for service」は電話、メール、チャットなど昨今の多様な経路の問い合わせを一元管理できるため、生産性と顧客満足度を高められます。
数千以上のアプリと連携が可能で拡張性も優秀です。近年、リリースした営業領域の「Zendesk Sell」の顧客満足度(英語)も高く、サポート領域で他社の品質が向上し競争が激化していることもあり、今後セールス領域にはさらに力を入れていくでしょう。
Price(価格):
カスタマーサービス領域では、問い合わせ管理機能のみ月額$19~のプランを含めて5種類の価格プランがあり、中小企業~大企業のニーズまでまんべんなく対応しています。
一般にカスタマーサポート部門は活用する人数が多くないため、購入企業にとって負担の少ない価格設定です。PayPPalやクレジットカードも対応しています。
近年成長してきたインドのSaaS企業Freshdeskはじめ、競合企業はZendeskより低価格路線です。
しかし、Zendeskは公式HPに「Desk.comではなくZendeskが企業に選ばれる理由」という頁を設けているように、競合の中でもSalesforceのアプリ―ケーション「Desk.com」を強く意識しており、HPで自社サービスの機能・実績を強調するなど価格より品質で勝負しています。
Promotion:
コンテンツマーケティング、メディア戦略などは非常に見込み客の心理に沿ったアプローチが巧み。特に興味・関心層に対して多くの企業がしばしば性急さを感じさせるのに対し、Zendeskのタイミングはほどよく控えめです。
Humble(謙虚さ)+ Confident(信頼)が特徴と打ち出しているとおり、プロモーションに慎み深さを感じさせるところがあり、海外はともかく日本市場にはマッチングする可能性大です。
また、各レビューサイトでのZendeskの顧客満足度の高さ(英語)をHP上で公開し、プロモーションにつなげています。
Place(流通):世界140ヶ国に展開。
4Pはマーケティング戦略を成功させる上で欠かせないフレームワークです。しかし、前述のとおり提唱されたのが約50年前なので、顧客の価値観も社会の成熟度も、テクノロジーや想定している顧客像も今とは全く異なります。
現在の顧客は、情報をインターネットでいくらでも収集可能な上に、SNSやレビューサイトで他の顧客の意見を参照でき、かつ自らが意見を拡散できる「強者」に変化しています。
製品・サービスに対する厳しい批評者にもなれば、企業の広告宣伝担当のような役割にもなりえるでしょう。
企業が現在の顧客に支持されるためには、4Pだけでなく4C分析(4Pから派生した顧客視点で4要素を分析するフレームワーク)をセットで活用し、バランスのとれた戦略をとることが重要です。前提としてマクロ環境分析やペルソナ設定も必要です。
基本である4Pの重要性を理解するとともに、4Pを有効活用するために他フレームワークも理解し組み合わせてください。
4Pは基本フレームワークですが、基本とはいえ「製品」「価格」「場所」「プロモーション」の4要素をしっかり分析して勝てる戦略を立てるのは決して簡単ではありません。
また、フレームワークを活用すると自分の頭脳だけで思考するよりも「抜け・もれ」がなく成功確率の高い施策が生まれやすくなりますが、あくまで効率よくアイデア・思考をまとめるためのツールです。万能ではないので、各フレームワークが生まれた時代背景やフレームワークの長所・短所を理解して活用しましょう。
4Pは顧客視点にたつ4Cと組み合わせることで、よりバランスよい分析が可能です。4Pと4Cの基本をまずしっかり押さえて、不足しているところは他フレームワークで補って活用してください。