ビジネスの世界では、一時は成功してもてはやされた企業が消えていくことは珍しくありません。一方で、何十年も強者で居続ける企業も存在します。
一体違いは何でしょうか? ビジネスモデルでしょうか? 現実にはビジネスモデルにおいて優位性が強くないように見えて勝ち続ける企業もありますし、そもそもビジネスモデルなど、すぐ真似されてしまう時代です。
1995年に、米国のCSCインデックス社の経営コンサルタントMichael Treacy(以下、マイケル・トレーシー)氏、Fred Wiersema(以下、フレッド・ウィアセーマ)氏が、先進国の高実績の会社を調査した結果では、ほぼあらゆる市場において、リーダー企業が以下3つの価値基準を優先していると報告しています。
今回は、まずオペレーショナルエクセレンスの定義、複数のモデル、事例などを紹介します。オペレーショナルエクセレンスは、製造業において発展してきた概念ですが、現在はあらゆる業界で重視されています。Amazonも最近はバリューに「オペレーショナル・エクセレンス」を追加しています。SaaS業界の方にもきっと役立つでしょう。
オペレーショナルエクセレンスとは、企業活動の実行・運用レベル、例えばサービスの品質、人材のレベル、価格、対応スピードなどを、競合他社が真似できない卓越したレベルまで磨きあげ、競争優位を確立することを指します。
耳慣れないカタカナ用語ですが意味はシンプルです。以下の英単語の組み合わせです。
オペレーショナルエクセレンスを有する企業の特徴は、現場の末端の社員までが事業活動の流れを理解しており、オペレーションを向上させる意識と改善できる役割をもち、継続的にオペレーションが改善されていくところです。
オペレーショナルエクセレンスを実現している企業の代表例としては、トヨタ、MacDonald、スターバックスなどがよくあげられます。
オペレーショナルエクセレンスの構成要素
オペレーショナルエクセレンスという概念・定義は、1980年代に米国が日本企業の功勢に苦しんでいた時代、日本企業を研究する中で生まれました。
もっとも、戦後の日本に品質管理のノウハウを指導したのは米国なのですが、日本が急速に成長したため、米国は今度は日本を研究し優れたところを積極的に学びました。それが、オペレーショナルエクセレンスという概念で、日本に再輸入されたかたちです。
言葉の定義はさておき、オペレーションの改善は産業革命以降、多くの企業で研究されており、その延長線上にオペレーションエクセレンスは生まれています。
特に影響を与えたのが、ホーソン実験で有名なテイラーの科学的管理、フォードの組み立てラインの開発、トヨタ生産方式の開発、米国のジョセフ・M・ジュラン博士3部作(品質計画、品質管理、品質改善)と言われます。
オペレーショナルエクセレンスのモデルにはJuran Model(ジュランモデル)、Shingo Model(新郷モデル)などがありますが、これらは偉大な先人の名前に由来しています。
前述のように、1995年に米国経営コンサルタント、マイケル・トレーシー氏とフレッド・ウィアセーマ氏は、欧米を中心とした先進国の高実績の会社を研究しました。
著書「ナンバーワン企業の法則(原書:Discipline of Market Leaders)」によると、ほとんどの市場でNo.1企業は以下の3つの価値基準を持っており、それが競争力の源泉になっています。
どの企業もすべての事業活動にリソースを均等に投下することはできません。
No.1企業はこの3つを特に重視し、顧客価値を提供するために焦点を合わせていました。またリーダー企業は、そのうちの1つの分野で業界のチャンピオンであり、ほかの2つの分野で業界標準を達成しているという特徴がありました。
(参考:HBR、Sweetprocess.com/、Amazon)
オペレーショナルエクセレンスを実現する方法には、複数のモデルがあります。ここでは4つのモデルを紹介します。
The Juran Model (ジュランモデル)は、米国のジョセフ・M・ジュラン博士が提唱したジュラン3部作(品質計画、品質管理、品質改善)にもとづいているモデルです。
ちなみにジュラン氏は、品質管理の伝道者として世界的に有名で、戦後の日本企業の品質管理を指導した人物でもあります。日本ではどちらかというとTQCの第一人者として知られていますが、その活躍領域は幅広く、私たちがよく使うパレートの法則(80:20の法則)の命名者でもあります。
ジュラン氏の大きな功績のひとつは、品質管理に人間的な側面を追加したことです。ジュランモデルの中核的な構成要素は以下の5つです。
(参考・画像出典:https://www.juran.com/)
The Shingo Model(新郷モデル)とは、日本能率協会のコンサルタント新郷重夫氏が、1950年代にトヨタ自動車の大野耐一氏の依頼で、生産システムの効率化に取り組んだ結果生まれたモデルです。
新郷氏は、それまでに1時間かかっていた金型の段取り替えを、機械を止めて行う「内段取り」と稼働中・稼働後に行う「外段取り」にわかれていた工程を徹底的に外段取りに集約することで、ワンタッチで行える「シングル段取り」を開発。3分間でできるように改善し、トヨタ生産方式(別名リーン生産方式)の誕生に多大な貢献をしました。
新郷氏はその後も国内外の企業をコンサルティングしましたが、海外での評価が非常に高く、The Shingo Modelは米国のユタ州立大学のジョンM.ハンツマンビジネススクールのプログラムにもなっています。
同大学が創設した新郷賞(Shingo Prize)は製造業のノーベル賞といわれるほど権威があります。新郷モデルは10の指針とそれを分類する4つの次元があります。
■10の指針
■4つの次元
The Shing Modelは、以下のようなダイヤモンド形で関係性が表現されます。
(出典:YouTube)
OKAPI Method(OKAPIメソッド)とは、人工知能SaaSプラットフォーム(組織マネジメントを改善プラットフォーム)を提供するOkapi社の、Iris suruTsidon氏とMaya Gal氏によって開発されました。
両氏が書いた電子書籍「Six Steps to Operational Excellence 」によると、組織におけるマネジャーの成否は、戦略よりも選択した戦略を実際に実行できるかどうかにかかっており、
OKAPIメソッドは、生産性を向上させつつコストを下げ卓越した成果を出す手助けをします。OKAPI方式を使用する企業は、売上総利益が平均100万ドル増加すると述べています。
OKAPIメソッドは「SMART KPI」と「課題のリスト」の2要素で構成されています。
■課題のリスト
S - 具体的:可能な限り正確で具体的に従業員が成功が何であるかわかるKPI
M - 測定可能:測定可能であること
A - 達成可能:KPIはチャレンジングでありながら、達成可能
R - 関連性:最終目標との関連性が高いKPI
T - タイムリー:目標や目的を達成するための期限を設定
(出典:Amazon)
Flawless execution Methodは、戦闘機のパイロットが、戦闘において優れたオペレーションを実現するために開発された手法で、1998年にビジネス領域にも活用されるようになりました。FLEX、PBED手法(Plan, brief, execute, and debriefの言い)とも呼ばれます。
FLEX手法は、オペレーショナルエクセレンスを達成するための実行計画を、現実の変化にあわせて常に変化させる手法です。そのためグループや個人の結果を評価することに重点を置いており、序列をなくすことで組織内の文化を変化させます。
以下のステップで構成されています。
1.計画 - 長期的な戦略を定義し、目標を特定。以下のステップがある。
2.ブリーフィング - 実行チームにブリーフィングを行い計画の詳細を伝えます。
3.実行 - 計画を目的志向で実行
4.デブリーフィング - デブリー実行と計画の結果を分析し、測定し、必要であれば調整
(参考:Sweetprocess.com/、iteratorshq.com/)
オペレーショナルエクセレンスを保有する企業の代表例として、昔からトヨタ、セブンイレブン、ヤマト運輸。外資系であれば、スターバックス、マクドナルド、ケンタッキーなどがよく挙げられます。
近年はIT企業もとりあげられます。BTOES Insightが運営する2018~2019年の「The Global State of Operational Excellence-大手企業-」リサーチレポートによると、1位Amazon、2位トヨタ、3位Google、4.位Apple、5位がテスラとなっています。
Amazonのオペレーションの凄さは、誰もが知っていることだと思います。例えば、サイト上においては機械学習を活用したレコメンド機能、工場におけるロボット活用、配送への小型ヘリコプター導入など、先端テクノロジーへの投資により、徹底した合理的なオペレーションの仕組みが構築されていることは有名です。
さらにバックオフィス部門においても、PowerPointの禁止、新規の企画はプレスリリースを書くことから始めるルール、会議の4種類分けなど、徹底してムダを省き、その分人間が創造性、企画力を発揮できる時間を持つことを優先する仕組みができています。
仕組みだけでなく、アマゾニアンという呼び方があるように、それこそ会社のあらゆる層の社員が、成果を上げるために何を優先して日々仕事をするべきかを理解しているからこそ、Amazonは成長し続けているのでしょう。
トヨタ自動車は、看板方式、ジャストインシステム、カイゼンなどの言葉とともに、日本の製造業の卓越性を世界的に知らしめた企業です。
現在、トヨタ生産システム(リーン生産方式)は世界の多くの企業に導入されています。トヨタ生産方式はハーバード大学のテキストにも取り上げられていますが、そこで教授陣から「トヨタ生産方式を表面だけまねしてもトヨタにはなれない」と教えられており、まさしく絵にかいたようなオペレーショナルエクセレンス実現企業です。
トヨタは地道な改善だけでオペレーションの改革をなしとげてきたわけではありません。トヨタ生産方式が生まれるきっかけも、当初2~3時間かかっていた工程を1時間に短縮し、それでもあきたらず3分にするという無謀な目標を掲げて、根本的な発想を変えてオペレーションを革新してきた結果です。
トヨタでは、末端の社員であっても生産ラインに異常があると判断すればアンドンのひもを引っ張ってラインを止めることができます。「アンドン」はトヨタ生産方式のツールのひとつですが、この仕組みが成功するのも、組織の末端までトヨタウエイが浸透しているからです。
つまり、JURANモデルやShigoモデルの指針にある、従業員の尊重、従業員の巻き込み、大きな裁量権を与えられるほどの共通認識、信頼関係ができているからであり、ここが多くの企業にそう真似できない部分だと言えるでしょう。
日本の自動車産業は100年に1度の危機にあると言われます。IoT化、電気自動車の普及により、業界構造そのものが変化するからです。
これまでフォードがオペレーションに革新をもたらし、トヨタがオペレーショナルエクセレンスを実現したように、今は、イーロンマスク氏率いるテスラが革新的で破壊的な組織システムを発明し、第4次産業時代の世界的な基準になりえるモデルを作ったと言われます。
など、明確なビジョンのもと世界の3大陸にある工場、70,000人の従業員にミッションを浸透させ、デジタルとリアルを融合させたテスラ独自のオペレーショナルエクセレンスを実現しています。
オペレーショナルエクセレンスとは、トヨタ、スターバックス、Amazonに代表されるように、ほかの企業がビジネスモデルや仕組みを理解でき真似しようと思っても、簡単に真似できないレベルまでオペレーションが磨き上げられていることを指します。
SaaS業界だと「The model」に成功したSalesforceが、オペレ―ショナルエクセレンス実現企業といわれます。
オペレーショナルエクセレンスは、Juran model、Shingo model、Flawless execution Methodの指針を見る限り、従業員が自らの裁量で判断できる仕組み、その前提に従業員にビジョンが浸透していることが大きく影響します。
比較的シンプルでコモディティ化しやすいSaaSビジネスモデルにおいては、セールス、カスタマーサポート、カスタマーサクセス部門のスタッフの、事業の流れの理解、モチベーションなどが実は差別化要因であり、企業の成長に大きく影響すると考えられます。