企業の売上の80%は、上位20%の買い手が占めていることが一般的に知られています(パレートの法則)。
売上げを伸ばそうとする際に、すべての買い手に平等にアプローチするのは、効率の良い方法ではありません。上位20%の買い手を特定し、専用の施策を実行することで、効果的なマーケティングを行えます。
アプローチする買い手を決めるために使える手法が「デシル分析」です。購入金額に応じて買い手のリストを10分割することで、売上げへのインパクトが大きい買い手を可視化できます。
購入単価が高額になりやすいBtoB企業やSaaS企業においても、デシル分析を用いることは有効です。
そこで本記事では、BtoB企業やSaaS企業がデシル分析をどのように活用できるのか、具体的に解説します。分析のやり方も解説するので、実際に自社のデータを使ってデシル分析を試せるようになるでしょう。
優良な買い手にマーケティング予算を集中することで、効率良く売上げアップを実現できる可能性があります。ぜひ最後までお読みください。
デシル分析とは
デシル分析とは、購入金額によって買い手を10のグループに等分し、優良な買い手を見分ける手法です。デシル(decyl)はラテン語で「10等分」という意味です。
デシル分析で優良な買い手を特定することで、その買い手へ個別にアプローチできるようになります。一方、それ以外の買い手への接触はメールなどを使って低コストで済ませることで、メリハリのあるマーケティング施策を実行できます。
発展の背景とその考え方
新規の買い手の獲得にかかる労力は、リピーター獲得の5倍と言われています(1:5の法則)。売上げを低コストで効率良く伸ばすには、リピーター獲得に注力すべきと考える企業は多いです。
ただし、リピーターであっても購入金額が少なければ、売上げへの影響が大きいとは言えません。そこで購入金額が多い買い手を確実に見分ける手段として、デシル分析が使われています。
さらに、デシル分析を用いることで、売上げの大部分を少数の買い手が占めるという「パレートの法則」にのっとって、効果的なマーケティング戦略を立案できます。予算配分の「選択と集中」を進める意識を社内で共有することで、一貫性を持って施策を進められるでしょう。
また、デシル分析は「シンプルで分析が簡単」なのが特徴です。買い手の分析に慣れていなくても取り入れやすいため、多くの企業で活用されています。
RFM分析との違い
デシル分析は実施するのは簡単ですが、詳細な分析には向いていません。購入頻度や最終購入日といった要素は考慮せず、購入金額のみを分析の対象とする手法だからです。
より詳細に買い手の分析をしたい場合は、RFM分析がおすすめです。RFM分析では、以下の3つの指標を組み合わせて買い手を分類します。
- Recency (直近の購入日)
- Frequency (頻度)
- Monetary (購入金額)
買い手を以下の4つに分類することで、それぞれに適したマーケティング施策の考案が可能です。
- 優良な買い手(ロイヤルカスタマー)
- 安定した買い手
- 成長中の買い手
- 離脱中の買い手
ただし、RFM分析は扱う指標が多いため、使いこなすのは難しい面があります。まずはデシル分析を行い、慣れてきたらRFM分析を取り入れるとよいでしょう。
デシル分析のやり方
デシル分析は、エクセルなどの表計算ソフトを使って簡単に行えます。特別なツールは必要ありません。
デシル分析のやり方を、仮のデータを使ってスクリーンショットをまじえながら解説します。
ステップ1:顧客名と購入金額をリスト化する
(顧客名と購入金額のリスト)
まずは買い手ごとの購入金額を表計算ソフトに入力します。複数回の購入がある場合は、合計金額を入力しましょう。
ステップ2:購入金額順に並び替える
(購入金額順に並び替えたデータ)
表計算ソフトの機能を使って、購入金額の順番に並び替えます。大きな売上げをもたらしている買い手をひと目で把握できるため、これだけでも有用なリストです。
ステップ3:デシル1〜10に分類する
(デシル1〜10に分類したデータ)
並べ替えたリストを10のグループに等分割し、上からデシル1〜10に分類します。顧客数が10で割り切れない場合は、残りはすべて最も優先度が低い「デシル10」に入れましょう。
ステップ4:デシルごとに購入金額を計算する
(デシルごとに購入金額を計算した結果)
デシル1〜10に分類したリストに基づいて、以下の項目を算出します。
- 購入金額
- 購入金額比率(デシルごとの購入金額の合計が、全体に占める割合)
- 累計購入金額比率(各デシルまでの購入金額の合計)
- 1人あたりの購入金額平均
このデータの場合、デシル2までの累積購入金額比率は86.8%です。売上全体の80%を上位20%の買い手が占めるという「パレートの法則」に近い結果となっていることが、確認できました。
ステップ5:グラフ化して戦略を考える
(デシル分析のグラフ)
算出したデータを用いて、グラフを作成します。どのデシルの買い手がどれだけの売上げをもたらしているのかを可視化できます。
大きな売上げをもたらしている優良な買い手について、以下のような項目でさらに分析を行い、マーケティング戦略を考えましょう。
優良な買い手に対しては、企業ごとに営業担当を配置してヒアリングを行ったり、専用サービスを提案したりして、重点的にアプローチしましょう。人手とコストをかけてでも手厚くフォローすることで、より大きな売上げを目指せます。
デシル分析の活用方法とシーン
BtoB企業やSaaS企業がデシル分析をどのように活用できるのか、具体的なシーンを4つ紹介します。
活用方法とシーン1:サブスクリプションSaaSビジネス
(digima公式ホームページ)
サブスクリプション型のサービスを展開しているSaaS企業は、デシル分析を活用しやすいでしょう。
たとえば、住宅・不動産業界に特化した営業支援ツール「digima」のような、月額制のサービスを提供しているビジネスです。
サブスクリプションサービスを提供するSaaS企業が売上げを伸ばすためには、例として以下のような手段が考えられます。
- 契約者を増やす
- 上位プランの契約者の割合を増やす
- 解約を防止する
デシル分析をすることで、こうした施策をより具体的に考えられるようになります。優良な買い手に対しては、以下のような施策が考えられるでしょう。
- >契約者を増やすための施策
- 解約防止と上位プラン加入のための施策
SaaSビジネスでは、買い手の要望に応えて機能を拡充していくことが大切です。しかし、手当たりしだいに対応していたのでは、開発リソースが足りなくなってしまいます。デシル分析を使えば、「すぐに対応すべき買い手」が特定できるので、開発の優先順位づけにも役立ちます。
一方、優良な買い手以外に対しては、以下のように低コストで一斉にアプローチできる施策が有効です。
- メルマガ配信(課題解決の成功事例をアピール)
- 上位プランの無料お試しキャンペーンの実施
- SNSでサービスの機能を紹介
購入金額が少ない買い手は、SaaSサービスの社内利用がまだ浸透しておらず、少人数のみが試験的に利用している可能性があります。メルマガで成功事例を紹介し、課題解決のイメージを持ってもらうことで、社内利用を広げてもらいやすくなるでしょう。
活用方法とシーン2:BtoBのECビジネス
(モノタロウ公式ホームページ)
BtoBのECビジネスを行っている企業も、デシル分析を効果的に利用できます。たとえばモノタロウのように、企業向けにECサイトを展開している場合について考えましょう。
デシル分析で判明した優良な買い手に対しては、以下のような施策が有効です。
- 買い手の業種向けの製品を充実させる
- 個別に営業担当をつける
- 必要としている製品のヒアリング
- まとめ買いによる特別価格を提案>
優良な買い手向けの製品を充実させることは、リピーターとして長く購入し続けてもらうために効果的でしょう。
一方で、優良な買い手以外に対して低コストで行える施策としては、以下のものが考えられます。
- メルマガ
- メールでクーポンコード配布
- 送料無料やポイント2倍キャンペーン
ECサイトでの購入金額が少ない買い手は、利用回数が少ないか、少額の製品しか購入していないかのどちらかです。新製品や売れ筋製品の情報を定期的にメールで発信することで、自社サイトでの購入が増える可能性があります。
また、クーポン配布やポイント2倍キャンペーンといった施策は、買い手の購買意欲を高める効果があります。このようにメールによる買い手との接点を増やすことで、コストを抑えつつリピートや購入金額アップの機会を作ることが可能です。
活用方法とシーン3:企業向け通信機器販売ビジネス
(富士通株式会社 公式ホームページ)
企業向けに通信機器を販売している場合にも、デシル分析を活用できます。たとえば富士通株式会社のように、法人向けのパソコンやサーバーなどを販売している企業です。
優良な買い手に対しては、以下のような施策が考えられるでしょう。
- 大口の買い手向けの新しい料金プランを作る
- 個別対応を充実させる
- 特定企業の専用サービスを開発
- 新機種への交換サービスを充実(手数料の割引、データ入れ替え代行など)
- サーバーやシステムのコンサルティング
また、大規模に通信機器を購入している買い手からは、社内システムやネットワーク関連の要望も出てくると想定できます。
- サーバー
- 基幹システム
- インターネットや電話の回線
これらに関するコンサルティングを提供することで、買い手企業のインフラ整備の計画を担えます。すると自社製品を導入してもらいやすくなるうえ、長期的な契約につながる可能性が高まるでしょう。
優良な買い手以外に対しては、契約台数アップのために、広範囲に向けたキャンペーンを行うのが効果的です。>
- ボリュームディスカウントキャンペーン
- 期間限定のデータ通信量アップキャンペーン
- 1カ月間、データ通信量を10GBから30GBまで無料で増量
こうしたキャンペーンを行うことで、パソコンや携帯電話の契約台数の増加を狙えます。また、データ容量が多い上位プランへのアップグレードを促せるでしょう。
活用方法とシーン4:企業向け人材教育ビジネス
(ZENFORCE公式ホームページ)
企業向け人材教育ビジネスにおける、デシル分析の活用例を解説します。IT・SaaS営業のキャリアスクールを展開しているZENFORCEは、企業向けの研修・教育ビジネス企業の一例です。
企業向け教育ビジネスの場合は、デシル分析で判明した優良な買い手に対して、以下のような施策が考えられます。
- 特定企業専用の人材育成プランを提案
- 人材採用についてコンサルティング
購入金額が多い買い手は、社内研修の多くを自社に委託している場合があるでしょう。研修を請け負うだけでなく、一貫した人材育成をプランニングして提案することで、長期的な取引につなげやすくなります。
また、新卒・中途採用に課題がある企業は少なくありません。採用に関するコンサルティングもあわせて行うことで、売上げアップやリピートにつなげられます。
優良な買い手以外に対しては、以下のような施策が考えられます。
- 人材育成の最新動向を解説するウェビナーを開催
- インタビューや事例を紹介するメルマガを配信
- オンラインの無料講義を開催
人材育成に関する課題が何なのか、まだ明確になっていない企業は多いでしょう。人材育成の最新動向を解説するセミナーを行うことで、買い手が課題を認識し、自社が提供する人材教育サービスに関心を持つきっかけを作れます。
オンラインでのセミナー(ウェビナー)であれば、低コストで実施できるため、優良な買い手以外に対する施策として適しています。オンラインで無料講義を開催し、実際にどのような教育を行っているのかを体験してもらうのも、新規契約を獲得するために有効な方法です。
まとめ
デシル分析は、自社にとって優良な買い手を見分けるための手法です。買い手のリストを購入金額の多い順に並べ替え、10分割するというシンプルな手法で、優良な買い手を割り出せます。買い手の分析に慣れていない企業でも、比較的簡単に取り入れられるでしょう。
取引金額が高額になりやすいBtoB企業やSaaS企業にとって、すべての買い手に平等に営業やマーケティングを行うのは効率的ではありません。自社にとってどの買い手の重要度が高いのかを把握してから、個別の戦略を考えるべきです。
マーケティング施策の立案に役立てるために、デシル分析を活用してみてはいかがでしょうか。