世界最大級の市場調査・統計プラットフォームであるStatista社によるリサーチでは、ソフトウェア・アズ・ア・サービス(SaaS)市場の世界的な市場規模は、2021年時点で1520億ドル(22兆円以上)にも登っており、さらに2023年までには2080億ドル(30兆円以上)に達すると言われています。SaaS業界の成長は著しく、その成長はまさに指数関数的と言えます。
これは業界全体で見れば素晴らしい成長です。ただし個々の企業単位で見たときには、ある意味恐ろしくもあります。なぜならSaaS企業は、業界の上位を目指す場合のみならず、現状維持さらには業界で生き残ることを目指す場合においても、絶えず成長していかないと、あっという間に同業他社にシェアを奪われてしまう危険性も指し示しているからです。
SaaS業界において、企業の成長さらには指標(KPI)などの評価指標が大きく取り沙汰されるのには、ここに大きな理由があります。SaaS企業にとって自社の成長を客観的かつ俯瞰的に評価するのは、ある意味他の業界と比べても生き残る上で特に重要とされるからです。
そこで本記事では、SaaS事業における指標(KPI)について特に詳しく解説していきます。絶えず成長し流れが急速であるSaaS業界において、自社を存続させる、さらには業界での地位をより確立していくために必要な知識になるので、ぜひ最後まで読んでみてください。
まずは基本のおさらい。KPIとは、「Key Performance Indicator」の略語であり、日本語では「重要業績評価指数」と呼ばれます。組織や個人が目標を達成するために必要な要素を細分化し、それぞれの要素におけるパフォーマンスを評価するための指標です。ちなみに、目標そのものに対するパフォーマンスの評価指標は「KGI(Key Goal Indicator)」「重要目標達成指標」と呼ばれます。
では、SaaS事業におけるKPIには、どのようなものがあるのでしょうか?
SaaS業界では重要とされる指標が多々あり、それらは「SaaSメトリクス(SaaS metrics)」と呼ばれます。
これらのメトリクス(指標)には自社と顧客の関係、新規ユーザーの獲得数や売上げの推移、顧客の維持率など、SaaSビジネスの健康状態と成長のリアルタイムな評価を指し示すもののほか、自社を競合他社からどのように差別化できるか、どのような戦略を打ち出していくべきかなどを指し示す助けとなるものもあります。
このようなSaaSメトリクスを目標に変換し、実行可能なターゲット指標(KPI)としていくことで、自社のビジネスをベンチマークし、競争力へと変えていくことができます。
重要とされるSaaSメトリクスのなかには、そのままKPIとして使えるものが多いです。本記事ではこのようなKPIとして使用できる重要なSaaSメトリクスを、「SaaS事業の指標(KPI)」として後述していくこととします。
冒頭でご紹介したStatista社のリサーチが示す通り、近年におけるSaaS業界の成長には目覚ましいものがあります。
(出典:Fortune Business Insights)
さらにSaaS業界における統計データの権威であるSaaS Capital社のリサーチによると、年間200万ドル(約3億円)のARR(年間経常収益のこと。後述します。)を上げるSaaS企業が、同業他社の上位25%に食い込むために必要となる成長率は、なんと90%以上です。
逆に、ARRが1000万ドル(約15億円)以上ある大企業でも、毎年20%以上の成長率をキープしないと、同業界の下位25%へと転落してしまうだろうという、恐ろしいデータも出ています。
(出典:SaaS Capital)
チープな表現にはなりますが、SaaS業界において、時はまさに群雄割拠の戦国時代。かつて機械産業が乱立した時代のように、IT革命が騒がれる近年においてのSaaS業界は、大小の企業が我こそはと入り乱れる戦乱の世となっていると言っても決して過言ではありません。
よほどの「ブルーオーシャン」を獲得している企業は、もしかしたらこの類ではないかもしれませんが、SaaS業界は他業種に比べても「多角化」がしやすいこともあり、いつ自社のブルーオーシャンへ強敵が乗り込んでくるともしれません。
入れ替わりが激しい下剋上必至のSaaS業界で自社の地位を確立するには、やはり先に述べたような割合で自社を絶えず成長させていくことが必要不可欠です。そのためには、自社の現在位置をしっかりとした指標(KPI)に基づいて評価していくことが、今後ますます重要となっていくことは自明です。
それではここからは実際に、「SaaS事業の指標(KPI)」として使用できるSaaSメトリクスをチェックしましょう。まずSaaS事業で特に重要な指標(KPI)について説明したのち、その他知っておくと便利なものについて順に説明していきます。
また、SaaS事業のKPIはその特性・使いどころによって、企業や組織全体の収益・成長性を表すもの、マーケティング向けに使用されるもの、営業向けに使用されるもの、カスタマーサービスに使用されるものの4つに分類ができます。
まずはどのような指標(KPI)があるのかを全体的に把握したうえで、どのような場面でそれらが活用できるかを見ていきましょう。
KPI |
マーケティング |
営業 |
カスタマーサクセス |
解約率 (Churn Rate) |
○ |
||
MRR (Monthly Recurring Revenue) |
○ |
○ |
|
ARR (Annual Recurring Revenue) |
○ |
○ |
|
LTV (Life Time Value) |
○ |
○ |
○ |
CAC (Customer Acquisition Cost) |
○ |
○ |
|
CRR (Customer Retention Rate) |
○ |
○ |
|
ARPU (Average Revenue Per User) |
○ |
○ |
|
ユニットエコノミクス (Unit Economics) |
○ |
○ |
○ |
CVR (Conversion Rate) |
○ |
||
NPS (Net Promoter Score) |
○ |
||
LVR (Lead Velocity Rate) |
○ |
SaaS事業で特に重要な指標として、ここでは解約率、MRR、ARR、LTV、CRRを挙げています。
これらは顧客の獲得や維持の状況のみならず、自社の事業の財務的な健康状態と将来のビジネスの見通しなど、経営の方針や戦略立てに直結するものが多いため、特にSaaS業界においては基本的かつ重点的に押さえておきたい重要な指標(KPI)ばかりです。
解約率(Churn rate、チャーンレート)は、ある一定の期間中にサービスを解約・離脱した顧客の割合のことを示します。ここでいう「ある一定の期間」とは任意であり、その目的に応じて1週間、1カ月、1四半期、1年などさまざまな期間での解約率を求めることが可能です。
直近〜中長期の事業の成長の軌跡を分析し、さらには将来の成長予測を立てることが解約率を算出することの大きな目的です。
SaaS業界では大きく分けて、以下の2種類の解約率が使用されます。
こちらは、もともと契約してくれていた顧客の総数に対して、解約した顧客の人数の割合を算出する、比較的シンプルな手法です。
ターゲットとする市場の潜在顧客の大まかな人数などが把握できている場合、それに対して自社がどれほどシェアを維持できているかを測ることができます。
こちらは、もともと契約してくれていた顧客から得られた収益の合計に対して、期間中の解約による減収額の割合を算出する手法です。
カスタマーチャーンレートに比べ、こちらの方が明確な収益金額の増減を指し示すため、市場シェアに対する自社の立ち位置はもちろんですが、自社単体の財務的な健康状態を測るのに適しています。
MRRは、英語の「Monthly Recurring Revenue」を省略した言葉で、企業が毎月決まって得ることができる1カ月分の収益です。日本語では「月次経常収益」と呼ばれます。MRRは毎月「継続して」得られる収益を指しますので、初期費用などのスポット的に発生する費用は含まれません。
製品を販売した時点で取引が完了する一般的な製造販売業と違い、多くのSaaS企業では顧客との継続的な契約(サブスクリプション)を積み重ねていくことが成長につながります。つまり、MRRが高いかつ安定して伸びている事業ほど、SaaS業界では信頼性や成長性が高いということになります。
MRRは後述するARRと並んで投資家がSaaS系企業の価値を評価する際の有力指標としても使われるため、企業側としても是非とも押さえておきたいKPIのひとつです。
最もシンプルで一般的なMRRの算出方法は、以下の通りです。
また、既に前月までのMRRを算出済みである場合は、その前月MRRに以下のように4種類の変化要素を加えることでも、当月のMRRを算出することができます。
こちらの手法は、上のシンプルな算出方法に比べ変化要素となる各MRRを個別に管理します。そのため、結果である当月MRRは変わらずとも、「前月から当月にかけてどのような変化が起きたから当月MMRがこうなっている」といった具合に、評価結果だけでなくそれに至る理由も分析することが可能です。
ただ当然ですが、こちらの手法は計算式内に「前月のMRR」を含むため、MRRの分析をこれから開始するもしくは最後に分析してから間があいているといったケースでは算出できません。そのような場合は、まず上のシンプルな算出方法から始めましょう。
ARRは、英語の「Annual Recurring Revenue」を省略した言葉で、企業が毎年決まって得ることができる1年分の収益です。日本語では「年次経常収益」と呼ばれます。MRRと同様にARRは毎年「継続して」得られる収益を指しますので、初期費用などのスポット的に発生する費用は含まれません。
MRRと非常によく似ていますが、それもそのはず、ARRは毎年発生する収益、MRRは毎月発生する収益です。非常にシンプルに言ってしまうと「ARR = 12カ月分のMRR」となります。
最もシンプルな算出方法は、MRRと同じく以下となります。
ARRとMRRは、厳密にどちらか一方のみを選んで使うということはしません。以下のように、ARRの計算方法では先にMRRを算出し、それを基準にしてARRを算出します。つまりSaaS系ビジネスでは、MRRとARRのどちらも算出し評価する必要があるのです。
しかし、自社の成長性を測るKPIとしてどちらの指標により重きを置くかは、ビジネスモデルによって違いが出てきます。
ARRはBtoBのサブスクリプションビジネス、特に最小の契約期間が1年〜複数年など長いビジネスモデルにおいてその効果を発揮しやすいものです。逆にMRRは足が短め、月単位でのサブスクリプションがメインの小規模BtoBもしくはBtoCのビジネスなどで、重要指標として設定される傾向があります。
LTVとは、「Lifetime value(ライフタイムバリュー)」「顧客生涯価値」というマーケティング用語を省略したもので、ある顧客が自社との取引開始から終了までに、どれだけの利益をもたらすかを表す指標です。
英語圏では「Customer lifetime value」と呼ばれ、「CLV」もしくは「CLTV」と省略されることもあります。
LTVを計算する大きな目的のひとつは、取引中の各顧客の価値を金銭的に算出し、優先順位をつけることです。営業リソースが限られている中、より利益を生み出しやすいとされる顧客に優先的に営業をかけるのは、企業が安定して売上げを拡大するための成長戦略を立てていく上では重要となります。
LTVを算出する方法はさまざまなものがありますが、最も一般的かつシンプルなのは下記の計算式です。
(出典:HubSpot)
またその他の算出方法として、後述するARPU(月次平均収益)を利用して算出する方法もあります。
一般的にLTVの分析効果が高いとされているのは、顧客との関係性が重要とされる業界や分野です。たとえば、銀行業界、保険業界、電気通信業界、そしてSaaSを含むほとんどのBtoBビジネスもこれに含まれます。
このような業界では、企業は顧客と取引を開始する際に必ずといっていいほど契約書を締結します。契約書が不要な業界と比べ顧客との取引期間が長い傾向になるため、その分既存顧客を長期目線で評価する特性のあるLTVの分析効果が高くなるのです。
CAC(Customer Acquisition Cost)とは、日本語で「顧客獲得単価」といい、顧客1人あたりの獲得に費やした総費用を表します。ビジネスの原理原則は「売上げ - 費用 = 利益」です。そのためCACはビジネスの成否、成長において影響を与える重要な指標とされます。
BtoBのSaaSビジネスは一般的にセールスサイクルが長くなり、かつ複数のステークホルダーが関与するケースが多くなりがちです。そのためCACは比較的高くなると言われており、その分CACを分析・管理することの重要性は高まります。
CACは上のような計算式で算出することができ、営業のみならず、「顧客」を「リード」や「アクション」に置き換えることで、マーケティング部門でも活用できる指標です。
また後述しますが、CACはLTVの組み合わせにより、1顧客あたりの総合的な経済性を表す「ユニットエコノミクス」を算出する要素にもなります。
CRR(Customer Retention Rate)は、日本語では「顧客維持率(リテンションレート)」と呼ばれ、ある一定の期間自社と取引を継続している既存顧客の割合を表します。ここでいう「ある一定期間」とは任意であり、その目的に応じてさまざまな期間が割り当てられます。
CRRは前述の解約率やMRR・ARRと同じく、中長期的な自社ビジネスの健全性・安定性・成長性などを見るのに適した指標です。
一人ひとりの顧客の息が長い(取引が長い)BtoBのSaaSビジネスでは、一回売って終わりといったビジネスと違い、どれだけ顧客が契約を続けてくれるか、というのが継続的な利益を得るうえで非常に重要です。解約率ではどれだけの顧客が去ったかが指標でしたが、CRRでは逆にどれだけの顧客が残ってくれたかを指標とします。
上に挙げたKPIほどではありませんが、知っておくと便利なSaaS事業の指標(KPI)として、ここではARPU、ユニットエコノミクスを挙げています。
これらは、単体では出番が少ないかもしれません。上に挙げたKPIと組み合わせることでさらに効果を発揮することや、上記のものと関連することが多いものですので、併せて覚えておくとよいでしょう。
ARPU(Average Revenue Per User)とは、ユーザー1人あたりの平均売上高を指す指標です。
ARPUを算出する一番シンプルな計算式は以下になります。
ただARPUは、特にSaaS業界ではビジネスモデルによって扱う数字が変わるため、大きく分けて3つのビジネスモデルに応じてそれぞれ求め方が存在します。
ARPUは、前述したMRRやLTVと深く関わりのある指標です。
MRRの計算式(顧客総数 × 平均月額利用料)の「平均月額利用料」は、そのままARPUに言い換えることができるため、ARPUとMRRは比例関係にあると言えます。
(出典:CFI)
また、LTVは特定の顧客の価値を表す指標であり、ARPUは平均的な顧客の価値を表す指標です。つまり、ARPUの向上はLTVの向上には直結しませんが、特定の顧客のLTVを向上することが全体的なARPUを向上する可能性は十分にあります。
ユニットエコノミクス(Unit Economics)とは、ひとつの製品やサービスの収益とコストのバランスを示す指標です。
CACの項で、ビジネスの原理原則は「売上げ - 費用 = 利益」だといいましたが、ユニットエコノミクスを算出することでこの比率を分析し、自社ビジネスが持続的に利益を上げ続けることができるかどうかを予測することができます。
(参照:Bretwaters)
グラフを見てピンと来たかもしれませんが、ユニットエコノミクスの算出には以下の通りLTVとCACを使用します。LTVが向上すればユニットエコノミクスも向上し、CACが膨らめばユニットエコノミクスも低下する関係です。
一般的に、ユニットエコノミクスの値が「3」以上だとビジネスが健全で黒字化が見込めるとされており、投資家がSaaS企業を評価する際のベンチマークにも使用されています。
ここまで代表的なSaaS事業のKPIを紹介してきましたが、ここからは営業、マーケティング、カスタマーサクセスのそれぞれの部門ごとに理解しておくべきKPIと、その使い方の一例を紹介します。
KPI |
マーケティング |
営業 |
カスタマーサクセス |
解約率 (Churn Rate) |
○ |
||
MRR (Monthly Recurring Revenue) |
○ |
○ |
|
ARR (Annual Recurring Revenue) |
○ |
○ |
|
LTV (Life Time Value) |
○ |
○ |
○ |
CAC (Customer Acquisition Cost) |
○ |
○ |
|
CRR (Customer Retention Rate) |
○ |
○ |
|
ARPU (Average Revenue Per User) |
○ |
○ |
|
ユニットエコノミクス (Unit Economics) |
○ |
○ |
○ |
CVR (Conversion Rate) |
○ |
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NPS (Net Promoter Score) |
○ |
||
LVR (Lead Velocity Rate) |
○ |
今回挙げたKPIの中では一番該当するものが多かった営業部門ですが、営業におけるKPIを設定する大きな目的は、組織の営業戦略がしっかりと機能しているか否かを評価することにあります。
営業戦略には、新規顧客獲得などを目的としたキャンペーンはもちろん、営業活動におけるコストの管理や、適切なリソースの配置なども含まれます。
LTVやCACといった指標を駆使することで、現在多くのリソースを割いているその顧客は、本当にそれだけのコストを費やす価値があったのか? 効率的に利益を上げ続けるためには別の顧客や戦略に集中する方がよいのではないか? といった気づきが得られるでしょう。
たとえば顧客セグメントごとのMRRの推移を細かく分析することによって、時期による解約もしくは拡販の波などセグメントごとの特徴が見えてくるかもしれません。ある程度顧客の動きを先読みすることができれば、先のLTVやCACの効率を最大化する施策検討にもつながるでしょう。
また、営業部門はMMRやARRなど売上げに関するKPIが課せられるケースが多くなりますが、それらのひとつの特徴として、前後のマーケティング・カスタマーサクセス部門が持つKPIに左右されやすいという点があります。
前述した通り、解約率やCRRの変動はMRR/ARRにじかに影響を与えますから、営業部門はこれらの前後の部門と密に連携をとる必要があります。
マーケティング部門では、本記事で取り上げた重要なKPIは、自ら算出するものではないものもありますが、どのような指標なのかは理解しておく必要はあります。なぜなら、マーケティングの指標(KPI)はセールスチームの目標からの逆算になるケースが多いことや、事業計画上の目標とマーケティング部門での目標のすり合わせが必要になってくるからです。
また、マーケティング部門では、本記事では取り上げきれなかった、マーケティング業務特有の指標も多くあります。例としてはCVR、LVRなどが挙げられます。ここでは一例のみ、CVRについてみてみましょう。
CVR(Conversion Rate)は、マーケターが用意したユーザーに起こしてほしいアクションがどれだけ行われたかを指し示す指標で、以下のように算出されます。
CVRを分析することは、マーケティング施策の成否つまりマーケターが意図した通りにユーザーが行動を起こしてくれたか否かを判断するひとつの指標です。
本記事で紹介した中ではCAC、LTVがマーケティングに関わってくる重要なKPIになり得ます。CACは新規顧客獲得にかかる総費用ですから、リードの創出から関わってくるマーケティング活動も当然これに関連します。
主に営業部門が成約したのちのアフターフォローを担当するカスタマーサクセスにとって、本記事で紹介した解約率とCRR(顧客維持率)は非常に重要なKPIとなります。
「1:5の法則」で知られる通り、新規顧客の獲得にかかるコストは既存顧客を維持するコストに比べて5倍も大きくなると言われているほか、「5:25」の法則で知られる通り、顧客離れを5%改善するだけで企業の利益率は25%も向上すると言われています。それほどまでに、解約率とCRRは企業のコスト・利益さらにはビジネスの成長に大きな影響を与える指標なのです。
既存顧客へ継続的にコンタクトを取り、一緒に課題を把握しながら良きパートナーとして関係性を深めることで、ユーザーを繋ぎ止めて離脱を最小限にする役割を持つカスタマーサクセスにとって、この2つのKPIは欠かせません。
加えて、アップセルやクロスセルによるさらなる増収を担う部門でもありますから、MRRの項に出てきた下記の2つのMRRもKPIとしてよいでしょう。
ここまでたくさんのKPIを挙げてきましたが、実際にどのように自社のKPIを選択すればよいのでしょうか?ここではKPIの選び方について解説します。
自社事業の戦略や方針、または事業のフェーズに合わせた指標を選ぶ、というのもひとつの方法です。
同じMRRをKPI指標に選ぶにしても、以前からMRRの記録をとっている場合と初めて記録をとる場合で、算出方法が変わることを説明しました。また、スタートアップでこれから新規顧客を1から獲得していくフェーズの企業が、最初から解約率やCRRにあまりにも重点を置いてしまうのは得策ではないかもしれません。
何を目的としてKPIを設定するか、というのも重要な側面です。
本記事でも「投資家が指標にする」というワードがいくつか出てきましたが、そのように株主や投資家に対して自社の価値を説得するのを目的とする経営レベルでの指標が必要なのか、もしくは部門長クラスが自分がマネジメントする部署の現状把握を目的としているのかなど、何をもってKPIを設定しようとしているのかを明確にしないと、それに合ったKPIを選べません。
何事でもゴールや目標を設定するときは同様ですが、まず達成可能なものでないと設定する意味がありません。
現実に即していないあまりにも突拍子のないKPIの設定は意味がないだけでなく、それに順ずる組織やメンバーのモチベーション低下を招く恐れがあります。
成長をしたいがためのKPI設定で組織が崩壊してしまっては元も子もありませんので、ある程度メンバーが達成感を得られるくらいの難易度のKPIを設定するのがよいでしょう。
誰もが年初に立てる1年の目標……どれだけの人がしっかりとこなしているでしょうか。多くは未達成どころか、途中で記録をとることすらやめてしまっているかもしれません。企業単位でもそれは同様です。事業のKPIを追跡・管理していくのは、最初に設定をするのに比べ何倍も難しいとされています。
事業のKPIの追跡管理に必要なのは、まず一貫した測定の仕組みづくりです。毎月、毎週、毎日……仕事のルーティンで定期測定ができるような環境を整える必要があります。
また、KPI達成はもちろん測定に関してもモチベーションが保てるよう、組織のメンバーが一元的に自分のKPIや達成状況などを確認できる場所を提供することも大切です。
企業のKPIを一元管理できるツールを活用するのもひとつの手です。
一つのツール内で全ての部門のKPIが管理できることが理想ですが、本記事で説明した通り一口にKPIといっても多くの部門間の連携が必要となります。一元管理が難しい場合は、ツール間で連携できるものを選ぶのがよいでしょう。
KPI管理ができるツールとしては以下のようなものがあります。
普段から業務で使用することが多いExcelやスプレッドシート。これらを使用して組織のKPI管理を行っている企業は多いのではないでしょうか。
メリットとしては、多くの現場においてすでに導入済みであることから、新たなツール導入コストを抑えられること。また、数式やマクロなどを駆使することによって、ある程度管理や運用に自由度があることです。
反対にデメリットとしては、扱うデータや関連する部門が増えると情報が複雑化してしまい、一元管理が難しくなりがちであること。また、管理の幅が作成者・管理者の知識に依存してしまい、引き継ぎが困難であることなどが挙げられるでしょう。
BIツールはデータ分析に特化しており、うまく活用することでKPI管理の手助けとなるツールです。
導入コストや機能はツールによってさまざまですが、基本的にデータの入力や分析を前提に設計されています。そのため、Excelやスプレッドシートに比べて馴染みやすいUIになっていたり、より直感的な操作が可能だったりするものが多いです。
さまざまなKPI管理のテンプレートが用意されていることや、Excelなどとのデータ連携が可能である点もメリットになるでしょう。
KPI管理ができるおすすめのBIツールを以下に羅列しますので、ぜひ参考にしてみてください。
営業支援ツール(SFA)や顧客管理システム(CRM)は、営業・マーケティング部門の情報管理などに適しています。そのため、特に本記事で紹介したような営業職やマーケティング職に関連するKPIを管理したい場合には非常に適しているといえます。
営業職やマーケティング職であれば、すでにSFA/CRMツールを導入している組織も多いでしょうから、ツール導入のコストを避けられるかもしれません。
さらには、たとえば営業職であれば顧客訪問のレポートや受注額の入力など、普段の業務としてSFA/CRMツールを使用していれば、そのデータを用いてKPIを自動算出することも可能になるでしょう。KPI管理のために余分に業務時間を割くといったことを防げるかもしれません。まずは、自社が使っているツールで目的とするKPI管理ができるか調べてみるとよいでしょう。
「ここでは、同じ場所にとどまるだけでも、全力で走らなければいけません。どこかよそへ行きたいのならば、最低でも2倍の速さで駆けなくては。」
Lewis Carroll(ルイス・キャロル)氏の小説『鏡の国のアリス』に出てくる一言です。
急激に変化し多くの同業他社が乱立する昨今のSaaS業界においては、この言葉は決しておとぎの国の話ではありません。SaaS企業には絶えず成長が求められ、それについていけなかった企業から脱落していってしまう。そんな状況が今後加速していくことが、冒頭に紹介したリサーチからも見えてきます。
下剋上必至のこのSaaS業界を生き残り、さらに自社の地位を確立していくために、本記事が参考となれば幸いです。