ブルー・オーシャン戦略とは?レッド・オーシャン戦略との違いやその見つけ方、企業の事例について解説

2024/11/30
マーケティング ブルーオーシャン戦略 ブルー・オーシャン戦略とは?レッド・オーシャン戦略との違いやその見つけ方、企業の事例について解説

セールスフォース(Salesforce.com)社は、今でこそCRM(顧客関係管理)ツール業界の「巨人」ともいえる存在ですが、かつて同社が業界内で「The ant at the picnic(食べこぼしに群がるアリ)」と呼ばれていたのはご存じでしょうか?

なぜ小さな「アリ」だったセールスフォース社が、Siebel社やOracle社といった当時の業界の巨人たちを押し退け、新たに業界のトップにまで上りつめることができたのでしょうか?

その要因のひとつには、同社が当時の当たり前であったソフトウェア買い切り方式から脱却し、サブスクリプション方式でのクラウドサービスという、まったく新しい市場「ブルーオーシャン」を開拓したことにあります。

この記事では、セールスフォース社も実施し成功を収めた「ブルー・オーシャン戦略」について、その意味や背景、メリットとデメリット、ブルーオーシャンを見つけるために役立つツールや、実際に成功を収めている企業の事例などを紹介します。

ブルー・オーシャン戦略とは

「ブルー・オーシャン戦略(Blue Ocean Strategy)」とは、競争相手がいない、もしくは極端に少ない未開拓の市場を新たに開拓するための経営戦略です。

大きな利益が得られることが明確である市場や、成熟しきっている市場には、その分すでに競争相手が多数存在します。競合がひしめき合う中、どの企業も自社の売上げを確保しようとお互いのシェアを奪い合う。このような競争の激しい既存市場は、海賊の世界に例え、争いで海が血で染まる「レッドオーシャン(赤い海)」と呼ばれます。

反対に、まだ誰も到達したことのない未開拓の海(市場)では、そもそも競争相手がいません。争いで海に血が流れることはなく、あたり一面は見渡す限り広がる自然のままの青い海。このように未開拓で無限の可能性がある市場は「ブルーオーシャン(青い海)」と呼ばれます。

ブルー・オーシャン戦略では、自社が提供する製品やサービス、またそれらで顧客に与えることができる「価値」などを見直すことで、「レッドオーシャン」から可能な限り脱却し、競争相手が少ない「ブルーオーシャン」を切り開くことを目的としています。

発展とその背景

「ブルー・オーシャン戦略」は、フランスの世界トップレベルのビジネススクールであるINSEAD(欧州経営大学院)の教授であるW. Chan Kim(W・チャン・キム)氏とRenée Mauborgne(レネ・モボルニュ)氏によって2005年に著された本、『Blue Ocean Strategy: How to Create Uncontested Market Space and Make the Competition Irrelevant(和訳版 ブルー・オーシャン戦略)』で紹介され、世に広まりました。

本の『ブルー・オーシャン戦略』はすでに47ヶ国語で発行されており、各国の起業家や経営者を中心にビジネス戦略に革命を起こした「世紀のベストセラー」と称されています。もし、まだ読んでないという方は一度目を通してみるとよいかもしれません。

ブルー・オーシャン戦略とレッド・オーシャン戦略との違い

「レッド・オーシャン戦略」とは、前述した通り多くの競争相手たちが血で血を洗う争いを繰り広げる「レッドオーシャン」に新たに参入し、その中で生き残ること、またはシェアを拡大することを目的とした経営戦略です。

このような競争の激しい既存市場で戦う企業は、未開拓の「ブルーオーシャン」を切り開いた企業とはまったく違う経営戦略やマーケティング施策が必要となります。

「レッドオーシャン」では新しく需要を生み出すことは難しく、すでにある需要をさまざまなマーケティング施策を駆使しながら自社へ惹きつけるといった戦略が主です。

市場が成熟しきっていることから、顧客が自らが製品やサービスに求めるものを明確に把握していることが多いため、革新的な機能などで明確な差別化をはかるのが難しくなっています。結果的に「低価格」と「高機能」のトレードオフに悩まされてしまうのが大きな特徴です。

次表は、ブルー・オーシャン戦略とレッド・オーシャン戦略との違いを端的にまとめたものです。

ブルー・オーシャン戦略とレッドオーシャン戦略との違い

(参考:Blue Ocean Strategy)

ブルー・オーシャン戦略と他の戦略との違い

ブルー・オーシャン戦略は、競争に打ち克つことに固執しません。「競争相手との差別化」を念頭に置いて力を振り向けるのではなく、「自社が顧客に提供できる価値」にフォーカスします。

競争相手の行動を意識してばかりいると、意図せず競争相手と似てきてしまうこともあります。身近な例でいえば、ハンバーガーなどのファーストフード店はレッド・オーシャン戦略を取っているといえます。ところが、消費者の視点からすると「各店の商品・サービスをあらためてよく比較してみなければ、それぞれの違いをすぐに説明するのは難しい」と感じる人も多いのではないでしょうか?

つまり、レッド・オーシャン戦略においては「競合他社と細かな差別化をして、顧客をいかに呼び込むか?」といった勝負を仕掛けている場合が多いといえます。クーポン配布、モーニング、ランチなど時間帯別のセットメニュー提供で互いに価格競争を続けたり、大規模な広告施策を実施したり、といった取り組みを例に出すとわかりやすいでしょう。

ほかにも「消費者の嗜好の変化に合わせ、植物由来のパテを使ったハンバーガーを売り出す」「直火焼きをセールスポイントにする」「スマートフォンから注文できて、待たずに商品を受け取れる」など、ほんのちょっとした商品・サービスの差別化によって、顧客を引きつけるべく、熾烈な競争を繰り広げているといえます。

一方、ブルー・オーシャン戦略では、はじめから「自社は、顧客にどんな新しい価値を提供できるか?」にフォーカスし、競争相手の行動をそれほど強く意識したり模倣したりする発想ではなくなります。既存の業界構造に自社をなんとかして当てはめてポジション取り、パイ争奪をする考え方ではありません。

それよりも、「業界に対する見方・向き合い方を変える」といった意識を持つことが重要な鍵となるのです。

そして、ブルー・オーシャン戦略に基づいた仕事は、「競合他社を打ち負かすための仕事」ではなく、「自社が大切にしている信念に対して、共感を獲得するための仕事」となります。つまり、人と人との間で「理解」「共感」を尊重する取り組みです。

このような仕事は、組織内のメンバーに率先して受け入れられ、自発的に仕事を進めるモチベーションが高まると、『[新版]ブルー・オーシャン戦略―――競争のない世界を創造する』の著者であるW. チャン・キム氏、レネ・モボルニュ氏らの研究を通して報告されています。

ブルー・オーシャン戦略のメリットとデメリット

では、実際にブルー・オーシャン戦略を取ることで、企業にはどのようなメリットやデメリットがあるのでしょうか?

ブルー・オーシャン戦略のメリット

まずはブルー・オーシャン戦略のメリットについて紹介します。重要なポイントは次に挙げる4点です。

ブルー・オーシャン戦略のメリット

市場に早く切り込むことで、さまざまなメリットが考えられます。別の言葉に置き換えると「先行者利益」ということもできるでしょう。

競合を避けられる

前述した通り、「ブルーオーシャン」は他の企業が参入していない、または非常に限られた企業のみが参入している未開拓の市場です。

競合他社がひしめき合う「レッドオーシャン」では、自ずと既存のシェア(パイ)の取り合いが発生します。そのような競争が激しい市場では、小規模な企業が業界の大規模企業を打ち倒し、シェアを奪うことは限りなく難しいことでしょう。特に、その業界での経験や知識が浅い新規参入企業であればなおさらです。

対して全く新しい需要を創出し「ブルーオーシャン」を開拓した場合には、「レッドオーシャン」のようなシェアの争奪戦が発生しません。競争相手のシェアを奪うことや、反対に競争相手に自社のシェアを奪われることを心配することなく、悠々と自社のみがありつける利益を回収することが可能です。

このため、例え小規模の企業であっても「ブルーオーシャン」を開拓することができれば、競争相手とのシェア争奪によって中長期の売上見込みが左右されることなく、安定した売上げを長期的に継続して見込めます。

自由な価格設定ができる

他に競合が存在しないとなれば、ブルー・オーシャン戦略により最初に未開拓の市場を切り開いた企業は、さまざまな「先行者利益」にありつけます。先行者利益として大きなもののひとつが、自由な価格設定ができる、という点です。

それまで誰も提供していなかった製品やサービスを販売するという場合、当然ですが顧客側には自社製品以外に他に選ぶ選択肢はありません。つまり価格競争が発生しないのです。

もちろん顧客が納得する「適正価格」であることは必要ですが、先行して「ブルーオーシャン」に参入した企業は、競合他社の価格を気にすることなく、ある程度自社の采配で販売価格を設定できます。

業界の代名詞的なポジションを獲得できる

先行者利益には、価格設定でのメリットに加え、業界の代名詞的なポジションを獲得できる、というものがあります。

「〇〇といえば△△」というイメージは、一度顧客に浸透すればなかなか払拭できるものではありません。たとえば、「自動掃除機ならルンバ」「スマートフォンならiPhone」「家庭用ゲーム機ならファミコン」など、どれも今となってはさまざまな後発製品が出てきていますが、依然として業界で確立された地位を保っています。

また「ジェットスキー」はカワサキモータースが製造する水上オートバイのブランド名ですが、リリースされたときに消費者に与えたインパクトがあまりに強く、いまだに英語圏では「Jet ski」はカワサキ製以外を含めた水上オートバイの総称として使われています。

このように先行者利益により業界の代名詞的なポジションを獲得することができれば、のちに後発の企業が参入してきたとしても、長期的に安定したアドバンテージを享受することができるでしょう。

価値とコストのトレードオフを断ち切れる

前項で紹介したレッド・オーシャン戦略の特徴のひとつとして、「価値とコストのトレードオフ」というものがあります。

(出典:Blue Ocean Strategy)

「レッドオーシャン」では競合が多いため、顧客側も製品やサービスの選択肢を多く持ちます。たくさんの類似品がある中、同等のものであればできるだけ安価で買いたいと思うのは顧客側として自然なことですから、企業側には激しい価格競争が強いられます。

そのため「レッドオーシャン」にいる企業は、生産コストを下げすぎると顧客を満足させられない、逆に高品質なものを作りすぎるとコストがかさみ販売できない、といった具合に顧客へ提供する価値(Buyer value)と生産にかかるコスト(Relative cost)がどうしてもトレードオフとなってしまいます。(上図の赤線を参照)

しかし「ブルーオーシャン」では、価格競争がそもそも発生しません。新規に開拓した顧客の需要を満足させるのに最適な品質の製品やサービスを、適切なコストで制作することが可能です。ブルー・オーシャン戦略では、上図の青点線のように、付加価値の最大化と生産コストの最小化を両立できます。

ブルー・オーシャン戦略のデメリット

ブルー・オーシャン戦略にはデメリットもあるといえます。メリットとあわせて、次の3点も知っておきましょう。

ブルー・オーシャン戦略のデメリット

「参考となる製品・サービスがない」あるいは「消費者がまだ誰も知らない製品・サービスの提供を試みる」といった状況をいかに乗り越えるか、適切な戦略立案ができるかどうか、手腕によって結果が左右されるといえます。

適切なブルーオーシャンが発見できないリスク

競合のいない理想的な未開拓市場を切り開くブルー・オーシャン戦略は魅力的ですが、同時に企業にデメリットおよびリスクも与えます。そのひとつが、自社に適切なブルーオーシャンを見つけられない可能性がある、というものです。

顧客の新しい需要を満足させるためには、多くの場合革新的なアイデアやイノベーションが必要です。しかし新しいアイデアやイノベーションといっても、それらを思いつきさらに実行することは決して簡単なことではありません。

また仮に新しい製品やサービスのアイデアが浮かんだとしても、それが顧客にとってさほど必要ないものであれば意味がありません。

ブルー・オーシャン戦略を成功させるためには、顧客が抱える課題の中で既存の製品やサービスで満足されていないものは何か、またそれらは企業として狙う価値のあるものかなど、事前に入念なマーケティングリサーチを行う必要があるでしょう。

企業が行えるマーケティングリサーチについては、当ブログのこちらの記事でも紹介しておりますので、ぜひご一読ください。

参入が早期すぎるリスク

革新的な製品やサービスの開発に成功し、入念なマーケティングリサーチの結果、それが顧客に受け入れられる可能性が高いと踏んだとしても、ブルー・オーシャン戦略が必ず成功するとは限りません。たとえば参入が早期すぎる、というのもリスクになる可能性があります。

製品やサービスが時代を先取りしすぎていたり、あまりにもユニークすぎたりしてしまうと、顧客の理解が追いつかなかったり、使用するための環境が整っていなかったりすることが考えられます。

「Google Glass」や「セグウェイ」は、どちらも発表当初は「未来の道具」と反響を呼び、ユーザーの期待度が高いものでしたが、Google Glassはユーザーが使い所を見出すことができず自然消滅。セグウェイも日本においては法整備が整っておらず、公道での使用ができなかったことから販売が振るわず、2020年に生産終了となりました。

ブルー・オーシャン戦略を成功させるためには、顧客を取り巻く環境などの外的要因についても詳しくリサーチを行う必要があるでしょう。

永続的に継続しない可能性があるリスク

ブルー・オーシャン戦略に取り組んで「我々は、このような新たな価値を提供し、新たな市場を創出しよう」とビジネスを首尾よく進めるに至っても、ヒット製品・サービスは後進の企業に模倣される可能性が高いと考えられます。

模倣する競合他社が後に増えた結果、当初はブルー・オーシャンだった市場がレッドオーシャン化する事態もあるでしょう。

たとえば、Netflixはブルー・オーシャン戦略で成功を収めていたものの、後にレッドオーシャン化したサービスの一例です。同社は、無店舗経営のDVD郵送レンタルサービスから始めて、のちに動画配信サービスも提供し始めることで、収益性の向上に成功しました。しかし成功を収めた後、現在は、Hulu、Amazonなど数多くの競合他社と動画配信市場で熾烈な競争を展開するフェーズを迎えています。

つまり、ブルー・オーシャン戦略は成功を収めたとしても、永続するものではない、という点も理解しておく必要があるといえるでしょう。

ブルー・オーシャン戦略を考える際に注意するべきこと

「ブルー・オーシャン戦略について、自社でも考え始めてみよう」と思っている方に向けて、誤解しやすいポイントや、注意するべきポイントをお伝えします。以下5点が挙げられます。

ブルー・オーシャン戦略を考える際に注意するべきこと

ブルー・オーシャンは基幹事業以外の分野でなくても良い

「従来のビジネスで取り組んできたことから一旦離れて、新機軸の取り組みに挑まなくてはならない」と考える人も多いかもしれません。

しかし、「自社にとっての新領域に挑まなくてはならない」と思い込むのは誤解です。必ずしも、「自社の基幹事業と離れた分野」でなくてもよいのです。

たとえば、Apple社はもともとコンピューターやスマートフォンを作る会社ですが、それらのデバイス上で利用できる音楽視聴アプリ「iTunes」を開発、有料音楽配信サービスを提供開始したことでブルー・オーシャンを開拓しました。それ以前は、CDを購入して音楽を聞くことが当たり前でしたが、今では「配信で視聴する」というスタイルが、消費者の中でごく当たり前の行動となっています。

このApple社の事例は、自社の基幹事業を活かしつつ、新たな取り組みを組み合わせることで、消費者に新たな体験や、利便性を提供できて大成功した事例だといえるでしょう。

ブルー・オーシャン戦略は単なる差別化戦略ではない

「競合他社と差別化を徹底すれば、ブルー・オーシャン戦略だといえる」と考えるのも、誤解です。

「安かろう悪かろう」あるいは「良いものは高い」といった言葉を思い出してください。「価値と価格のトレードオフ」が、一般的な市場競争の仕組みです。たとえば、高級ブランドの自動車を手に入れるためには、高額を支払うことと引き換えです。高額であるがゆえに、強靭なボディ、上質な室内空間、さらにはショールーム等でのラグジュアリーな体験が手に入るのです。

しかし、ブルー・オーシャン戦略では前述した通り、「価値とコストのトレードオフ」を断ち切ろうとする試みです。「上質な品・サービスを安く消費者へ提供するには、どのような工夫やイノベーションをしたらよいだろう?」と徹底的に考え抜き、実行することが必要です。

たとえば自動車メーカーのフォード社は、自動車産業の黎明期に、競合他社より何割も安く大衆に自動車を提供できるよう、当時の製造プロセスを変革させました。デザインやボディカラーは1つだけに絞り込み、耐久性・安全性に優れた品を提供。大ヒットモデルを誕生させ、人々の交通手段は「馬車」から「車」に変わりました。

つまり、「消費者が求めている新しい価値」や「それを実現するために、譲れないこと」「逆に、やめること、やらないことは?」と考え抜くことが大事です。

ブルー・オーシャンの創造には先駆者である必要はない

「先行者がいないことをやろう」「自社が一番乗りでなくてはならない」と考えるのも、誤解です。

誰かがすでにその市場に切り込んでいても、自社が「消費者に新たな体験や、価値を提供できる」アイデアなら、先行者に続いて切り込んで行く価値はあるといえるでしょう。

たとえば、Apple社の製品・サービスについて、あらためて思い出してください。コンピューター、スマートフォン、携帯音楽プレーヤー、タブレット、イヤフォン、いずれも決して「Apple社がいつでも一番乗り、先行者」ではありません。

しかし現在では、世界中の人々からその製品・サービスが高い支持を獲得し、スマートフォンでは世界シェア1位を獲得しています。Appleのデバイスをさまざまに愛用するユーザーの立場では、常にユーザーを楽しませたり、快適性をもたらしたりするイノベーションが盛り込まれている点が、ファンの心を引き付けてやまないのではないだろうか、と私たちは考えます。

たとえばスマートフォンやMacと対話してタスクを進めてくれる「Siri」、指紋認証で自分だけがデバイスのロックを外せる「Touch ID」、イヤフォンのコードの煩わしさから解放される「AirPods」などが例に挙げられるでしょう。

ブルー・オーシャン戦略は単なる低コスト戦略ではない

「他社が提供できない破格のサービスを実現することが、ブルー・オーシャン戦略」と考えるのも、誤解です。本記事で繰り返し述べてきたように、「低コスト」にフォーカスし、競合他社の動向を意識して、製品・サービスの創造をしようとする取り組みではありません。

それよりも、「顧客に新たな価値を提供できるかどうか」が重要です。

新たな価値を提供できるのであれば、高価格帯の製品・サービスを創出しても受け入れられるでしょう。あるいは逆に、低価格帯の製品・サービス創出でヒットする場合も考えられます。

たとえば、身近なコーヒーチェーンのスターバックスを思い出してください。コーヒー1杯は、やや高価ですが「サードプレイス(家でもオフィスでもない、第三の居場所)を提供する」という価値提供で、人々に高く支持されています。

一方、廉価な製品で長い信頼を得ているブランドとしては、前述した自動車メーカーの「フォード」が挙げられるでしょう。

ブルー・オーシャン戦略は競争が悪とはしていない

「ブルー・オーシャン戦略では、他社との競争を悪と位置づけている」と考えるのも、誤解です。経済学では、「企業間の競争が存在するからこそ、互いに切磋琢磨しあって製品・サービスが改善される」といった考えかたをします。

ところがその一方で、現代のようにあまりに企業間競争が熾烈になると、一部の巨大化した企業(例:GAFA)の市場支配力が過大になり、消費者の利益を毀損している(検索エンジンなどを運営する巨大IT企業に、個人情報の一部に該当するインターネット閲覧データを渡してしまっているなど)といった懸念も唱えられ始めています。

ブルー・オーシャンは、必ずしも競争を悪とは位置づけません。しかし、ひとたび市場で熾烈な企業間競争が始まったら、そこから一歩距離を取ろうと試みます。

競合他社の動向に注視してばかりで「追いつけ、追い越せ」といった観点でビジネスを続けようとするのではなく、「消費者に「快適」や「安心」を提供できることを優先し、顧客に提供できる本質的な価値を見失わないよう、新たなイノベーションを起こそうと試みる戦略だといえるのです。

ブルー・オーシャン戦略で重要な「戦略キャンバス」の考え方

ブルー・オーシャン戦略についてアイデアを深める際に「戦略キャンバス」を作成することで、自社が開拓すべき領域の可視化に役立ちます。「戦略キャンバス」とは、現在の市場を広く見渡して、どのような価値提供に重きが置かれているのかについて可視化するツールです。

下図は「戦略キャンバス」の一例です。

  • 縦軸 = 顧客が得られるメリットの度合いを段階的に評価、数値化したもの
  • 横軸 = 各社製品の競争要因

たとえば、「A社の製品」と「自社の製品」を比較する場合を例に考えてみましょう。

「競争要因『価格』については、A社のほうが優位性がある」「その一方で、『快適性』は、自社のほうが優位性がある」などと評価をして相対的に点を付けていき、その数値を折れ線グラフ化します。

すると、自社にアドバンテージ(優位性)のある要素が浮かび上がります。この例では「意外性」「新規性」「快適性」「楽しさ」の要素で自社が優位だということを示唆しています。

ここで浮かび上がった要素にフォーカスすることで、開拓すべき領域、すなわち、ブルー・オーシャンの発見に役立つでしょう。

戦略キャンバス

ブルーオーシャンを見つけるのに役立つツール・フレームワーク

ブルーオーシャンを見つけることは決して簡単なことではなく、見つけるためにこれをしたらよいという決まった手順はありません。しかし、『ブルー・オーシャン戦略』および著者によるウェブサイト「Blueoceanstrategy.com」には、ブルーオーシャンを見つけるのに役立つツールやフレームワークが掲載されていますので、以下に一部を紹介します。

顧客課題調査

ブルーオーシャンを見つける上でもっとも重要なことは、顧客の課題を正確に把握することです。

顧客課題調査

(出典:Forbes)

上図はブルーオーシャン及びレッド・オーシャン戦略を図で表したもので、赤い部分がレッドオーシャン、青い部分がブルーオーシャンです。

レッド・オーシャン戦略では、顧客の課題のうちすでに競合が満たしている領域(薄い赤の部分)に向かって自社の領域を伸ばしていきます(赤い矢印)。対してブルー・オーシャン戦略では、競合がまだ手をつけていない領域に対して自社の領域を伸ばしていきます(青い矢印)。

このときに自社が狙うべき領域を決定するのに役立つのが「Consumer Problem Survey(顧客課題調査)」です。

一般的なネットユーザーが抱える課題を調査したデータ

(出典:Forbes)

上図は顧客課題調査の例として、一般的なネットユーザーが抱える課題を調査したデータです。

課題の上位は「衛生」「頭髪」「ダイエット」など、上位である分ユーザー数は多く大きな利益が見込めることがわかります。しかしその分競合が多くレッドオーシャンであることが容易に想像がつきます。

反対に、中間以降にある「資産運用」や「ローカルな公共交通機関」などの課題を抱えるユーザー数は比較的少なく、これらは大手競合の付加価値の優先順位から外れている可能性が考えられます。

顧客の課題のうち優先度が低いものであっても、調査の結果十分な利益が見込めるようであれば、自社が今後狙うべきブルーオーシャンになり得る可能性があります。

ブルーオーシャン創造シークエンス

キム氏とモボルニュ氏は、下図のブルーオーシャン創造シークエンスに従って自社の製品やサービスのビジネスモデルを「付加価値」「価格」「コスト」「導入」の4つの観点から見直すことが、自社にとって適切なブルー・オーシャン戦略を見出す上での手助けになると述べています。

ブルーオーシャン創造シークエンス

(出典:Blue Ocean Strategy)

4アクションフレームワーク

キム氏とモボルニュ氏は、企業が付加価値と生産コストのトレードオフの鎖を断ち切り、レッドオーシャンからブルーオーシャンへとシフトするためには、自社の業界における一般的な機能のうち、何かを「減らす」「取り除く」こと、そのうえで特定の機能を「増やす」「付け加える」ことが重要であると述べています。

この4つのアクションを行うために紹介されているのが「Four actions framework(4アクションフレームワーク)」です。このフレームワークでは、自社の製品やサービスに対して4つの観点から質問を問いかけることで、自社が創造できる新しい価値曲線や、そのために自社がとるべき戦略を分析します。

4アクションフレームワーク

(出典:Blue Ocean Strategy)

ブルー・オーシャン戦略の企業事例

『ブルー・オーシャン戦略』が発表されたのは2005年のことですが、それ以前から独自にブルー・オーシャン戦略で成功を収めている企業は数多く存在しました。

以下では、実際にブルー・オーシャン戦略を取り入れて成功した企業の事例をまとめています。自社の経営戦略にも応用できる点が見つかるかもしれませんので、ぜひ参考にしてみてください。

フォードモーター社

フォードモーター社

(出典:Ford Motor Co.)

アメリカの自動車メーカーであるフォード(Ford Motor Co.)社は1908年、大衆向けとして「Model T」というモデルを発表しました。

当時はまだ自動車業界は未成熟で、500社ほどのメーカーが手作業・カスタムメイドで自動車を製造していた時代です。当然1台の自動車の価格は非常に高価で、一般市民には手が届かないものでした。また、手作業での製造だったため品質にもばらつきがあり、よく故障を起こしていたのです。

そのため自動車を買えるのは一部の富裕層のみで、大衆にとっての移動手段は昔ながらの馬車が主軸でした。

そんな中フォード社が発表したModel Tは、カラーバリエーションこそ1色しかありませんでしたが、大量生産により規格化・標準化された信頼のおける品質と、何よりも大衆層が手が届きやすい圧倒的な低価格が売りでした。

他の競合が当時まったく相手にしていなかった大衆層に広く受け入れられたModel Tのシェアは、1908年の6%から1921年には61%まで急上昇し、その影響はアメリカの移動手段の主軸を馬車から自動車へとシフトさせてしまうほどでした。

Apple

Apple

(出典:engadget)

アップル(Apple Inc.)社がブルー・オーシャン戦略により成功を収めたのは、「iTunes」による音楽ダウンロードサービスです。

2000年代初頭、アメリカではインターネットの急速な普及に伴い、音楽の違法ダウンロードが社会問題となっていました。この当時、ひと月に違法にダウンロードされる音楽は億単位にまで上ったそうです。

しかしアップル社は逆にこれに目をつけ、2003年に初の合法音楽ダウンロードフォーマットであるiTunesを発表したのです。

iTunesの直感的で扱いやすいユーザーインターフェースや、高音質な曲が手軽かつリーズナブルな価格でダウンロードできる点は、多くのユーザーに受け入れられることとなり、アップル社は結果的に何百万人ものユーザーを取り込むこととなりました。

Netflix

Netflix

(出典:Netflix: The Fandom)

3つ目の事例は2000年代の映画視聴サービスを大きく変えたネットフリックス(Netflix, Inc.)社です。ネットフリックス社はブルー・オーシャン戦略により、大きく2回成功を収めています。

1997年に創業したネットフリックス社は翌年の1998年、当時主流であったビデオ・DVDの店舗でのレンタルサービスではなく、ウェブサイトによるDVDレンタルサービスを世界で初めて開始します。

オンラインでのDVDレンタルを思いついたのは、創業者がかつてビデオを店舗へ返却し忘れ、40ドルの延滞料金を支払った苦い経験がきっかけでした。

DVDレンタルを月額制にすることで、当時業界の「当たり前」となっていた延滞料金を「取り除く」ことに成功したサービスは画期的で、のちにウォルマートなどの大手企業が同様のサービスで参入してくるまで、DVDレンタル業界のシェアトップを走り続けることになります。

2回目の成功は、事業をDVDレンタルサービスからビデオ・オン・デマンド方式によるストリーミング配信サービスに移行したことです。月額のサブスクリプション制で映画が見放題というサービスが受け、2014年にはアメリカでのストリーミング配信市場において32.3%のシェアを獲得、全世界での会員数が5000万人を超えるという急成長を果たしました。

任天堂

日本の玩具・ゲーム開発会社「任天堂」も、ブルー・オーシャン戦略で成功を収めている企業の一例です。2006年に同社が発売した「Wii」というゲーム機を、家庭などでプレイしたことのある読者も多いのではないでしょうか。

Wii

(出典:Wikipedia

この「Wii」は、あえて「ゲーマーではないユーザー」にフォーカスして開発された製品です。「Wii」が企画・開発された当時、SONY(プレイステーション)やMicrosoft(Xbox)はコアなゲーマーをターゲットにハイエンドかつ高価なゲーム機をこぞって発売していました。

そのような市場の状況を背景に、任天堂は「ゲーマーでない人にも手にとってもらえて、もっと気軽に楽しんでもらえるゲーム機とは?」と、ゲーム機の再定義を試みたのです。シンプルで、コントローラーを手に持って動かせばプレイできるといった、非ゲーマーから見てもわかりやすく親しみやすい特徴を盛り込みました。

その結果「Wii」は、それまでゲームを手に取らなかったライトユーザーやファミリー層に受け入れられ、世界で1億台以上売れたヒット商品となったのです。

イエロー テイル

「イエロー テイル」は、オーストラリアのワイナリー「カセラ ワイナリー」がヒットさせた赤ワインで、ブルー・オーシャン戦略の成功例のひとつです。

「イエロー テイル」は、2020年まで世界第3位のワイン消費量を誇っていた以後は減少傾向)アメリカにおいて、フランス、イタリアなど各国のワインブランドを追い抜き、ベストセラーとなった商品です。

イエローテイル

(出典:Amazon

ほとんどのワイナリーは、一つ一つのワインの銘柄が持つ味の個性や特徴、それに付随するブランド価値などで勝負しています。

しかし「カセラ ワイナリー」はオーストラリアから米国市場に挑戦しようとする、小規模なワイナリーです。新たな切り口で勝負をしようと、「ワインの再定義」を試みました。

甘くフルーティーで、飲みやすく、親しみやすく、目新しさを感じられる。他のワイナリーが訴求するような「奥深い味わい」「渋み」「熟成度合い」といった要素を排除し(その結果、ワイナリーのランニングコスト削減にも成功)まったく新しいワインとして売り出したのが「イエロー テイル」であり、この製品は多くの消費者に受け入れられ、支持される商品となったのです。

マーベル

マーベルは、アメリカの漫画出版社です。映画「スパイダーマン」「アイアンマン」など、大ヒットヒーローアクション映画の制作も手掛けていることから、近年では「映画のマーベル」と認識している人も多いかもしれません。

マーベル

(出典:マーベル公式

同社が漫画出版社として事業を展開していた時代には、ヒーローコミックのターゲットを「子供向け」ではなく「大学生向け」と再定義。数多くのヒーローたちが活躍するヒット漫画を次々に生み出し、漫画出版事業を発展させました。

ところが、80年代に会社のオーナーが変わり、レッド・オーシャン戦略を取ったことをきっかけに経営状況が一変。会社が破産する事態を迎えてしまいます。

その後、90年代末に経営再建の専門家をCEOに迎え、映画産業に参入を決定。ここでマーベルは、ブルー・オーシャン戦略に再び舵を切りました。

「業界で当然の取り組みになっているけど、排除したほうがよいことは?」「逆に、業界標準より大幅にレベルを高めるべき要素は?」「業界にいままでなかったけれど、新たに創造すべき要素は?」を追求。その結果、低コストで収益性の高い映画制作を実現させたことで、同社は鮮やかに復活を遂げたのです。

まとめ

いかがでしたでしょうか? ブルー・オーシャン戦略は、競争相手が少ない未開拓の市場で大きな利益を生み出せる無限の可能性を秘めた経営戦略です。

「自社が新しく参入しようとしている業界はどうやらレッドオーシャンかも」と感じている方、また「自社が置かれている環境がすでにレッドオーシャンだ」と嘆いている方は、今回紹介した内容を参考に少し方針を「ズラす」だけでもブルーオーシャンへのシフトは可能かもしれません。

ぜひ、自社の経営戦略に取り入れてみてください。

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

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