ビジネス では「Vertical (バーチカル、バーティカル)」という用語がしばしば使われます。SaaS業界でも「バーチカルSaaS」という言葉があります。しかし、このバーチカルは使われる文脈によって意味がかなり変わる単語です。
もちろん、メディア記事をぱらぱらと読むときであれば「ここでのバーチカルは、こんな意味だな」と推測する程度でよいのですが、ビジネスで施策立案の際に情報収集する場合は、最初に正確な意味を理解していないと時間をムダにしてしまいます。人によっては途中で混乱して読むのが面倒になるかもしれません。
そこで本記事では、ホリゾンタルと比較して分かりづらいバーチカルの意味を3パターン、BtoB SaaSやBtoC全般でよく使われるバーチカルの意味、SaaS業界でのバーチカルの意味、バーチカルマーケティングというときのバーチカルの意味ににわけて解説します。
また、バーチカル型ビジネスモデルの特徴や今後の可能性についても深掘りするので、BtoBマーケティング担当者の基本知識として押さえておきましょう。
バーチカルとは英語の「Vertical」の和訳です。直訳すると以下の意味があります。
(形容詞の場合)
”垂直の、鉛直の、直立した、縦の、各段階に立てを連ねる、縦断的な、縦関係をなす、頭頂の、頂点の、天頂の
(名詞の場合)
”垂直線;垂直面; 垂直圏; 垂直位”
(出典:Weblio)
Verticalは、形容詞として使われる場合は、後につく名詞によっていろいろな意味合いになります。ビジネス領域でよく使われる熟語には以下があります。
例:
まず、BtoB、BtoC問わずビジネスでよく使われる「バーチカル」の意味は、一般に「生産~販売までの工程(サプライチェーン)をすべて自社で統合して行う「垂直統合型マ―ケティングシステム(Vertical Marketing Systems:略してVMS)」を指します。
日本では「垂直統合モデル」「垂直統合型」と表記されることが多く、日本の製造業のサプライチェーンの一般的なビジネスモデルです。
米国Philip Kotler(フィリップ・コトラー)氏の著書「Marketing Management: An Asian Perspective」によると、垂直統合型のVMSは、大きく以下3種類に分けられます。
一方、バーチカル(垂直統合型)と対比されるのが「水平型マ―ケティングシステム(Horizontal marketing system)」です。生産〜販売の工程をすべて自社が管理統括するのではなく、他社のリソースも活用するビジネスモデルです。
※この2用語はそれぞれ「Vertical integration」「Horizontal integration」と表現されることもあります。
日本の製造業でのホリゾンタルの成功例は、ファブレス企業の株式会社キーエンスでしょう。一方、多くの日本のメーカーはバーチカル(垂直統合)です。だから苦戦しているといわれがちですが、日本電産株式会社のように垂直統合を強化しつつ高業績の企業もあります。両モデルを採用するハイブリッド型もあり、単純にどちらと区分できないケースもあります。
SaaS業界においては、「バーチカル」は業界特化という意味です。ご存知のとおり業界に特化したSaaSを「バーチカルSaaS」といいます。
なお、「バーチカル=業界」も比較的よくある表現方法で「バーチカルマーケット」「バーチカルメディア」といった表現が存在します。
バーチカルSaaSは業界に特化するために、業界独特のニーズや要望に応えてカスタマイズしたサービスを提供できます。医療、物流、建設など独自の商慣行、法規制がある業界を中心に近年、急速に普及が進んでいます。
一方、あらゆる業界の顧客にサービスを展開するSaaSは「ホリゾンタルSaaS」と呼ばれます。それぞれの代表的なベンダーは以下のとおりです。
BtoBホリゾンタルSaaS:
海外:Salesforce、Workday、HubSpot、Zendesk、New Relic
国内:Sansan、freee、カミナシ、
バーチカルSaaS
海外:Veeva、Guidewire、removal.ai、APPLIED
SaaS業界では、ホリゾンタルSaaSから普及し始めたため、バーチカルSaaSが台頭してきたのは最近です。そのためバーチカルSaaSはホリゾンタルの進化したかたち、分岐したかたちに捉えられる傾向があり、革新的なイメージがあります。
バーチカルSaaSの世界的な市場規模はこの10年間で3倍以上に拡大。市場の4割近くをしめつつあります。今後の有望市場であり、国内外の起業家、投資家ともに注目していることはたしかです。
(出典:https://Financesonline.com)
マーケティングの世界では前述のように、「Vertical Marketing Systems(垂直統合型マ―ケティングシステム)という意味でも使われますが、もう一つ「バーチカルマーケティング」という用語があり、この場合は異なる意味になります。
バーチカルマーケティングとは、具体的には、市場をセグメンテーションし、ターゲティング、ポジショニングと、いわばSTP分析 のステップ踏み市場を細分化していく垂直的な思考法をベースにした伝統的なマーケティングを指します。
STPを提唱したのはフィリップ・コトラー氏です。2003年に「コトラーのマーケティング思考法」という著書(共著)で、「市場が細分化を繰り返す手法は次第に効果が逓減し、革新的な市場の再構築はのぞめないことが多い」として水平思考(ラテラルシンキング)で発想するラテラル・マーケティングを伝えました。
そのことから、ラテラルに対して従来のマーケティング手法が「バーチカルマーケティング」と表現されることが多くなりました。
(出典:Amazon)
ラテラルマーケティングの思考は、例えば若い女性向けに出していた化粧品を男性に提供できないかと思考するような、顧客層を絞り込むのではなく横展開するマーケティング思考です(現在の男性化粧品がどのような思考プロセスで生まれたかは不明)。
コトラー氏は、ラテラルマーケティングでマーケットを捉え直す事で需要を大きく拡大でき、従来のマーケティングを補完するとしています(注:あくまで補完です。両方バランスよく使いましょう)。
このように「バーチカル」という単語は、文脈によって意味が違うため「サプライチェーンの話なのか」「SaaS業界の話なのか」「マーケティング理論の話なのか」で頭を切り替えて情報収集するとすっきりするのではないかと思います。
ここでは、バーチカルSaaSのように、業界に特化するという意味でのバーチカル型ビジネスモデルの特徴を解説します。
バーチカル(垂直型)は、ある特定の業界、ニッチな市場に特化し業界の独特の商慣行、ニーズに合わせた製品・サービスを提供します。当然、顧客満足度が高くなりやすいので、リテンション率向上(長く取引していただけ)、アップセル、クロスセルも容易になりやすいモデルです。
一方、市場規模はどうしても水平型よりも小さくなります。正確にはその業界の大きさに依存します。建設、医療、介護などの基幹産業レベルの市場なら売上げが大きくなりますが、あまりに小さい業界だと成長が頭打ちになるので、市場の選択がポイントです。
大きい市場には大手企業が必ず進出してきます。初期はライバル企業が存在しなくても、中小企業、ベンチャーが素晴らしい革新的な製品・サービスを提供して順調に伸びていると、後から圧倒的な資本と人員を投下する大手が参入し、市場を席捲するのは、実にありふれた光景です。
ただし、それはマーケットが一定以上の規模がある場合のみの話です。市場が小〜中規模だと、大手企業は少なくともリアル市場では参入してきません。なぜなら、投資してもリターンが少ないからです。
業界を絞り込めば、競合企業は少なくなります。日本では市場規模が1,000億円位の業界で、一つの技術に特化し創業何十年とNo.1で存続しているた中堅中小企業は珍しくありません。これは、その企業の技術開発力が優れているだけでなく、大手が本気で参入しない小さいマーケット(安全圏)にいるという理由もあるでしょう。
もちろん、同規模の企業が参入するケースはありますが、ニッチな業界に特化し業界固有の慣行、ニーズ、法規制などに強い企業は顧客からの支持が絶大で、なかなか参入する隙がありません。
業界に特化すれば安定した基盤を築き収益を上げやすく、小さい市場でもそこでNo.1になれば知名度が向上する、これがバーチカル型の強いところでしょう。
BtoB企業の場合、世界No.1のシェアを持っていても、一般の人に知られていない企業は山ほどあります。なぜなら、対象を絞り込んだマーケティングを実施するからです。
さらにバーチカル(業界特化型)となると、より見込み客層の絞り込みが容易。チャネルの特定がしやすくなるのでマーケティングは効率的になります。費用対効果の良いマーケティング施策を実施できるでしょう。
ただ、コンテンツ一つとっても、深い専門知識が反映されたものでなければ見向きもされません。例えばバーチカルの場合、見込み客がネットで検索する場合も検索内容は専門的=検索クエリが少ない課題があります。
よくあるオウンドメディアで、大量の興味関心層をひきつけて絞り込んでリードジェネレーションに結びつける施策が遠回りになるケースもあります(事業内容による)。間口を広げるのではなく掘り下げるマーケティングが必要です。コンテンツも事例などが基本にしたほうがよいでしょう。
グローバル化が叫ばれて久しい日本。すでに誰もがAmazonを使い 、SNS、 facebook、twitter、TikiTokを楽しむなど自然に海外サービスを使っており、意識せずともとっくに国内市場はグローバル化しているといえるでしょう。
お家芸の自動車産業も、グローバルなEV(電気自動車)へのシフトに伴い、水平型への以降を余儀なくされています。スマートフォンの世界で起きたことが、さまざまな業界で起きている状況のようです。
しかし、そのAppleも自動車については水平型を志向しつつ、一方で半導体工場に投資し垂直統合を強化しています。
日本の製造業は厳しい局面を迎えていますが、例えば前述の日本電産は、常々自社の強みは垂直統合にあると打ち出しています。2021年には、EVの一括受託に向けて20社の部品会社と連合して拠点を設立。
近年、同社が垂直統合を強化して成功した背景にあるしたたかな戦略については「“モジュラリティの罠”に着目した日本電産の成功要因分析」で興味深い分析がなされています。
GAFAが垂直統合の動きを見せるなどの変化も見られる昨今、将来的にどちらが良い悪いと一刀両断することはできません。そもそもすでにハイブリッド型の企業も多いでしょう。よく言われることですが、自社のコアコンピタンスを理解し強化することが重要です。
少なくとも異業種参入の際に水平型は有効です。もともと垂直統合型の日本企業は、自社のコア部分を強化し(損なうことなく)水平型を上手く導入していくことがポイントになるでしょう。
SaaS業界では「バーチカル=業界特化」なので、もっとわかりやすい構図です。
ホリゾンタルの領域はすでにSalesforce、HubSpot、slack(SFDCに買収されましたが..….)Microsftなどが強固な基盤を作っています。日本の営業部門やマーケティング、バックオフィスが使うSaaSも海外サービスが中心です。
この状況でも新たなSaaS(ホリゾンタル、バーチカル)が登場するのは、現在でもデジタル化へ移行していない企業が多く市場自体が拡大中であることが大きいでしょう。また、現状のSaaSにペインポイントはたくさんあることはたしかです。
戦う余地はあれど、強力な布陣がそろっているホリゾンタル市場で勝負する領域は、限られてきているのが現状かもしれません。戦略=戦いを略すことというセオリーでいけば、シェアを獲得できるチャンスの高いバーチカルSaaSもしくは、ホリゾンタルのニッチ領域に特化するほうが成功率が高くなるでしょう。
例えば、国内建設業なら住宅施工管理のANDPAD、建設サブコンに特化したスパイダープラス。介護ソフトのカイポケ。
ホリゾンタルであってもSmartHR、就活に特化するHARMOSなどのように、日本独特の法律や慣行、文化が影響している海外プレイヤーが突入しにくいニッチな領域でサービスを提供できるかが勝機になるかと思います。
SaaS業界は歴史が浅いので、見つかっていない市場がまだまだあるはずです。幸い、業界のトレンドとしては海外から日本の「バーチカルSaaSスタートアップへの投資」が増えつつあります。スタートアップ、ベンチャーはタイミングとスピードが大事です。追い風が吹いている場所で勝負するのはありでしょう。
日本語であれ英語であれ、言葉は複数の意味を持っており、同じことを言い表す表現が何通りもあります。
Vertical(バーチカル、バーティカル)という用語も、文脈によって意味がかなり違います。形容詞として使われる場合、その後にあるべき名詞を略して表現されることも多く、「バーチカル」という単語を目にしたら、文脈から判断しなくてはいけません。
マーケティング担当者が、メディア記事などで「Vertical(バーティカル、バーチカル)という単語に出会ったときは、「これはサプライチェーンの話か? 」「業界特化型と汎用型の話か? 」「マーケティングの種類の話か? 」など、全体のテーマを押さえて読むとよいでしょう。親切な記事だと定義が書かれているケースがあります。
この用語に限らずマーケティング用語は外来語が多く、何となくわかったような気で読み進めてしまいがちです。しかし地道に用語の意味を理解して読んだほうが地力がついていきます。ぜひ、今回解説したポイントを踏まえて読んでみてくださいね。