近年、サプライチェーン領域はさまざまな角度から注目されています。ウクライナ・ロシア問題によるサプライチェーン寸断によるメーカーへの影響や、小麦、野菜などの価格高騰。その前は、コロナ禍によるサプライチェーンの分断により、半導体チップはじめさまざまな物品の不足が話題になりました。
いかに私たちの日々のビジネスや暮らしが、世界に張り巡らされたサプライチェーンの上になりたっていたかがわかります。IT業界にはあまり関係ない、と思われた方もいるかもしれませんが、さにあらずです。
サプライチェーンは昨今、ESG、サステイナブル(持続可能な)経営という観点からも世界的に注目されている領域。さらにブロックチェーン、ドローン、空とぶ車などの先端テクノロジー活用がされ始めており、大きな進化が期待されている変革まっただなかの領域です。
そしてこのような変革にITは切っても切り離せません。
コロナ禍以降、日本でもよりレジリエンスなサプライチェーン構築を官民挙げて目指す動きがあるので、すでに取引先のサプライチェーンのDX支援に携わっているIT関係者は多いと思います。近い将来は、さらにITとオフラインのビジネスの融合が加速するでしょう。
もしかしたら、自社がある領域でオフラインに取り込むプラットフォームを展開する可能性だってあるかもしれません。そこで本記事では、サプライチェーンとは何のことか? 変化しつつあるサプライチェーン市場について、できるだけIT系BtoBマーケティング担当者目線で解説してみます。
サプライチェーンとは、商品が企画開発、原材料の調達、製造、加工、在庫管理、配達もしくは販売などをへて、顧客のもとに届くまでのプロセス全体を指します。この一連のプロセスが「鎖、チェーン」のようにつながっていることから、サプライチェーンと呼ばれます。
サプライチェーンは、業界や企業のビジネスモデルによってさまざまな形態がありますが、構造的には「調達」「製造」「出荷物流」の3つに大きく分けられます。簡略化して表すと、製造業の場合、以下の図の流れです。
製造業の例
IT企業のサプライチェーン例
ソフトウェア業界の場合は、原材料に相当するものが人材です。在庫を抱えることも配達の必要もありませんが、日本では業務委託先を何層もかかえる多重下請け構造が一般的なので、以下の図のようなサプライチェーンを持っている企業は多いでしょう。
ITサプライチェーンリスクという言葉があるように、サプライチェーンマネジメントがしっかりしていないと、業務委託先からの情報漏洩リスクがあります。
(出典:IPA)
※IT業界でもパソコンメーカー、部品メーカーなどは前述のオフライン業界のサプライチェーンのモデルに相当します。
サプライチェーンは、売上げ拡大、コスト削減とともに企業収益を大きく左右する重要領域です。顧客ニーズに柔軟に対応できるサプライチェーンは、リードタイムを縮小させ、コストを削減し、競争優位性を高めます。
もともと「ケイレツ」という独特のシステムがあり、「ジャスト・イン・タイム」という仕組みが日本発であるように、サプライチェーン構築は日本の製造業のお家芸でもありました。ここでは、近年のサプライチェーンの変化を簡単にまとめます。
【2000年以降】
グローバル化に伴い、世界の多くの企業は、人件費の安い中国に製造拠点を移転し、20年ほど前の中国は「世界の工場」と呼ばれていました。中国が成長し人件費が高騰すると、多くの企業がベトナム、バングラデシュなどさらに人件費の低い国に製造拠点を移します。
また、新興国の成長に合わせ、現地で製造し現地で販売する体制をとり始めます。グローバルな観点で、世界のどの拠点から資源を集めて、どこで生産し、加工し、どこからどこの市場に配達すると効率的かなど、最適なサプライチェーンを追及し続けていきました。
各国の消費者は、低コストで高品質なプロダクトを容易に入手できるようになります。
【2020年以降】
2019年末に発生したコロナパンデミックにより、2020年に世界的サプライチェーンの分断が生じました。一国でおきる災害などとは異なり、これまでにない影響を世界中の企業、消費者に与えます。緊急時の自国優先の動きなど、グローバルなサプライチェーンならではのリスクが顕在化しました。
一方パンデミック以降、人や商品の移動が困難になったことや、感染症防止の観点からDXが加速し、デジタル技術を活用してサプライチェーンを自動化していく動きが活発になる変化がありました。
2020年後半、世界的な総合コンサルティングファームEY社が、サプライチェーンによる上級管理職200人を対象に調査したところ、72%が今後12~36カ月間の最優先事項は「可視性の向上」と回答、64%がパンデミックによってデジタル化が加速すると回答しました。
ほかにも、ブロックチェーンを活用したサプライチェーン構築が行われ始めているなど、さまざまな角度からサプライチェーンの進化が進んでいます。
(参考:経済産業省、investopedia.com)
ここでは、基本的なサプライチェーンのモデルを紹介します。
Continuos Flow Model(連続フローモデル)とは、伝統的なサプライチェーンモデルのひとつです。季節的な影響、トレンドなどの影響をあまり受けず、需要にほとんど変動がないプロダクトを供給していくため、原材料の調達先もボリュームも、製造する場所も工程も、大きく変える必要がありません。
原材料が継続して補充できれば、生産時間の短縮、在庫の最適化がとりやすくコストを抑えられます。例えば、日本の自動車メーカーが生み出した「ジャスト・イン・タイム」方式などが可能になります。
もちろん、現実には想定外のことが多々起きるのがビジネスですが、比較的計画的な生産が実現でき、適切に計画された連続プロセスによって、品質の高いプロダクトを市場に投入できます。
(出典: TOYOTA)
トヨタ自動車グループの下請け企業は、2021年時点で41,427社。さまざまな業界のサプライヤーを抱えています。
2011年の東日本大震災以降、日本の自動車メーカーは3次・4次下請けの在庫・稼働状況を随時把握できる体制を構築していますが、トヨタ自動車でも自社サプライチェーン情報システム「レスキュー」を構築しました。
国内海外の部品メーカーのデータを数十万件保有し、サプライヤーと連係し、コロナの影響をほぼ受けることなく自動車供給を維持しています。今後、EV車の領域での覇権がとれるかはまだ見えないものの、現状ではグローバルな需要にあまり変動のない自動車ニーズに最適化できていると言えるでしょう。
自動車以外の例としては、ペプシコなどの食品メーカー、セメント、鉄鋼、紙、低コストのファッション、乳製品やパンなどの業種に見られるサプライチェーンモデルです。
ITソフトウェア業界に例えれば、人員工数が把握でき、進行計画をたてやすくコストを管理しやすいウォータフォール開発が近いかもしれません。
Fast Chain Model(ファストチェーンモデル)は、一定の限られた期間しかアピールできないトレンド製品を販売する企業に、最も適したサプライチェーンのモデルです。たとえば、多くのファストファッションは、このサプライチェーンモデルを採用しています。
その年の流行(色、デザイン、etc)にのるために、すばやく商品を市場に出す必要があり、企画から生産までの工程を迅速に進めるのが特徴。消費者もまた、新たなトレンドに関心を持ち購入するので特定の時期に一定の需要が見込めます。
Fast Chain Model(ファストチェーンモデル)のポイントは、アイデアから市場への時間を短縮し、需要の予測精度のレベルを高めて、在庫や販売コストを削減することです。成熟した段階になると主要顧客との共同プランニングにより、需要パターンを予測できます。
例としてはNikeやユニクロがあげられます。
(出典: Nike)
Nikeは、全世界で50カ所以上の流通センターを持ち、10万店以上のリテールストアとネットワークで連携し、毎年何十億ものプロダクトを効率的に市場に届けています。Nikeは独自のブランド力を持つ企業ですが、競争優位性を支える要素のひとつにサプライチェーンの強靭さがあります。
スポーツアパレルという市場では、ファッション性だけでなく、ウェアの機能性も重要です。競技の成果に影響するという研究もあり、消費者は新しい商品に都度期待する傾向があります。また、Nikeは2018年にAIスタートアップ企業を買収し、自社システムの需要予測の精度を高めています。
コロナ禍になり、サプライチェーンの分断による商品の遅延が発生するなど、ファストモデルのサプライチェーンの脆弱さが出ているとも言えますが、業績に影響はなく2021年度も増益しています。
Flexible Model(フレキシブルモデル)は、季節商品などを作る企業に適したサプライチェーンモデルです。非常に高い需要のピークが続いたあとに、長期間の低い需要が発生する業界に最適です。
フレキシブル・モデルを採用することで、生産開始の準備を迅速に行い、需要が落ちるとすぐに効率的に生産を停止できます。
このタイプのサプライチェーンモデルが持っている機能は、高度な適応性、顧客のニーズに合わせて内部製造プロセスを再構成する機能、および簡単にオンとオフを切り替える機能です。
独自の顧客仕様、またはカスタマイズに基づいて製品を製造する企業や、際立った価値として短いリードタイムを提供する企業に使用されます。
例としては、一部のファストファッション企業、食品および飲料のサプライヤー、包装プロバイダー、化学専門店、金属加工サービスなどがあります。一例をあげると「ZARA」ブランドを要する世界最大のアパレル企業、インデックス社のサプライチェーンが該当するでしょう。
(出典:ZARA Japan)
ZARAは、多品種少ロットの商品をジャストなタイミングで、世界各国の店舗に配送するサプライチェーンを構築しています。
ZARAは、コロナ禍にもかかわらず2021年度売上高は36%増の2兆9700億円を達成。ESGについても2025年までに100%サステナブル素材に変えることを発表しています。
IT業界でいえば、フレキシブルモデルは、ここ何年か話題になっているアジャイル型開発に近いかと思います。アジャイル開発が話題になって久しいのですが、実態は停滞しているという見方があります。
製造業ほどではありませんが、多くのプレイヤーと情報を共有しスムーズに連係していくサプライチェーンの構築はハードルが高く、実現できる企業はまだ少ないのかもしれません。
(参考:ファストファッションにおける競争優位のメカニズム―INDITEX 社 ZARA の事例を中心に―、investopedia.com、Northeastern.edu/、idb.org)
サプライチェーンマネジメント(SCM)とは、ここまで説明してきた企業が商品を生産する一連の過程、調達、企画設計、在庫管理、流通、販売などの「サプライチェーン全体を最適化」する経営管理手法です。
サプライチェーンマネジメントの目的は、顧客ニーズに対応した商品をタイミングよく供給し、サプライチェーン全体のプロセスを合理化することでコスト削減し、収益を最大化することです。
一見、簡単に聞こえるかもしれませんが、外部の協力工場、配送会社など社外の商品供給に関わるすべての企業を対象にした、難易度の高いマネジメントのひとつでしょう。
ITパスポート試験というビジネス資格、おそらくIT業界の人にとっては初歩的な知識が問われる試験についてのベストセラー『いちばんやさしいITパスポート 絶対合格の教科書』の著者、高橋京介氏の動画では「一元管理の4兄弟」として、SFA、CRM、ERP、そしてSCM(サプライチェーンマネジメント)が出てきます。
(出典:ITパスポート 絶対合格の講座)
SFAは営業ノウハウ、CRMが顧客情報、ERPは社内の経営資源の一元管理を行うシステム、ここはIT関係者ならよくご存知のことと思います。そして、社外も含めた商品供給プロセスの情報を一元管理するのがSCMです。
いずれも、取り組むことで企業の業務効率化と生産性向上が進みますが、SCMは外部の企業と連係して情報を一元管理する必要があるため、4種類の中で構築のハードルがもっとも高いでしょう。
サプライチェーンマネジメントとビジネスロジスティクスマネジメント(以下、ロジスティクスマネジメント)は、同じ意味で使われることが多い用語ですが別個のものです。
ロジスティクスマネジメントは、社内における商品の原材料調達、製造計画、在庫管理、配送、最終納品までの社内の工程を最適化することです。ロジスティクスマネジメントが最適化されれば、需要にあわせて計画どおりに製造し、在庫を余分に抱えず、最適なタイミングで商品をスムーズに届けられるので、無駄なコストを抑えられます。
一方、サプライチェーンマネジメントとは、自社だけでなく商品ができあがるまでに提携する多くの他社を含めたサプライチェーン全体を最適化する考え方です。重要な情報を共有することになるので、サプライヤーの選択、良好な関係づくりが必要になります。
サプライチェーンマネジメントという用語は、1983年に米国のコンサルティング会社ブーズ・アレン・ハミルトンが初めて用いて、経営領域で活発に研究が行われてきました。サプライチェーンを工夫している企業はそれまでもありましたが、経営手法として定義されたという意味です。
このように定義されることで、より多くの企業がサプライチェーンの必要性を感じ構築するようになります。
2020年以降にグローバル化が進み、企業はサプライチェーンの拠点を世界に分散させるようになると、サプライチェーンは複雑になりました。そのため複雑なシステムの管理を支援するクラウドベースのSCMテクノロジーが普及していったのです。
サプライチェーンマネジメントの進化により、企業はコスト削減、リードタイムの縮小などのメリットを得、消費者は安くて高品質な商品を手にすることができるようになりました。
しかし、近年のサプライチェーンはまた新たな転換点を迎えています。
ESG、SDGsという言葉を頻繁に目にすることが多くなったように、自然環境保護、エネルギー枯渇に関する問題から、サステイナブルな経営が奨励されるようになりました。投資の判断基準になり、企業にもさまざまな義務が課せられるようになりつつあります。
Gartnerが毎年発表する「グローバルサプライチェーントップ25」でもESGが重視されています。2021年に2年連続1位になったシスコシステムズ社は、力強い収益成長、環境・社会・ガバナンス(ESG)イニシアティブの強さ、地域社会でのリーダーシップなどが認められました。
(出典:Gartner)
繰り返しますが、サプライチェーンの構築は他社と情報共有する必要があり、簡単ではありません。日本でも、今現在国内ではどうにか把握できても海外の自社のサプライチェーンがどうなっているか把握できない企業は少なくありません。しかし、世界的なトレンドなので進めていかざるを得ないという状況です。
2021年、パナソニック社は米国ITサプライチェーンソフトウェア企業を買収しました。過去最高の大型買収です。まず自社で環境負荷にやさしいサプライチェーンを構築し、その結果を踏まえてサービスとして提供していく方針です。
サプライチェーンの変革はデジタル化だけでできるものではありませんが、鍵になるのはITだと言われています。
環境にやさしい、人権を侵害しない経営のあり方を世界が目指しはじめたわけですが、それを実現する次世代のサプライチェーン市場では、業界の垣根なく熾烈な競争が繰り広げられている様相です。
(参照:investopedia.com、Northeastern.edu/、idb.org、dhbr.net)
サプライチェーンは、製造業、小売業にたずさわるビジネスマンにとっては基本知識のひとつでしょう。しかし、IT業界だとそれほどピンとこない人もいるかもしれません。ESG、SDGsと聞いても、一般に意識の高い人たちが関心を持つテーマという印象もあります。
しかし、環境にやさしく人権を侵害しないサプライチェーンを構築しているかは、すでに世界の投資家の判断基準のひとつです。Z世代など将来の世代も着目しているテーマでもあります。
良い品質のプロダクトを作っても遠い海外の国の労働者を搾取したり、自然環境を破壊したりしていたら、企業が評価されない時代になりました。これは、いわばメガトレンドの変化であり、前向きに考えれば、サプライチェーンの変革に携わるということは地球環境にITで貢献できる、ということでもあります。
なぜなら、サプライチェーン変革はITなしでは不可能だからです(ITだけでは実現できませんが重要なカギです)。
今後、大手企業だけでなく中小企業もサプライチェーンの見直しをせざるを得ない状況になっていくでしょう。IT業界のサプライチェーンは比較的単純な構造なので、マーケターの方は、今後は他業界のサプライチェーンにも関心を持つことをおすすめします。