「営業力」というワードから連想する姿はどのようなものでしょうか? 緩急のついた明快なトーク力を駆使し商品を売りつける姿を想像する方もいるかもしれません。一方、「営業は喋る力よりも聞く力が大切だ」なんて言葉を耳にしたことがある方もいるかもしれません。
「SPIN法」は約50年の歴史を持つ「聞く力」の集大成とも言える営業手法です。その体系立った質問のフレームワークは、営業はもちろん、インバウンド型の波が大きくなりつつあるマーケティングに共通する点も多いでしょう。
この記事ではSPIN法の基本から発展の背景、導入におけるコツや評価の方法について詳しく説明していきます。
(画像出典:Lucidchart)
SPIN法はイギリスのセールスコンサルタント、Neil Rackham(以下Rackham氏)によって1988年に書かれた本『SPIN Selling』をベースに発展した営業話法です。
SPIN法では以下の4つのカテゴリーに分類された質問を駆使し、見込み客の信頼を確立しながら営業プロセスを進めていきます。
1970年代、Rackham氏は「優秀な営業マンが他と違う点は何か? 」という疑問を解消するべく、業界としては最大規模である3万5,000件ものセールスコールをサンプルとした研究を行いました。
その研究の中でRackham氏は、成功した商談に共通するパターンがあることを発見し、成績の良い営業マンは見込み客に対し、同じようなパターンの質問を、同じようなタイミングで投げかけていたことがわかったのです。
この共通パターンをブラッシュアップし、セールスコールにおける営業員のガイドラインとして作られたフレームワークがSPIN法です。1988年に本が発行されて以来、SPIN法はBtoBセールスガイドの金字塔として世界中の営業チームに取り入れられています。
またSPIN法は一連の質問を通じて、相手が抱える「課題」と自社が提供できる「解決策」を「自発的に」連想させることが重要なポイントのひとつで、これは「プル型」や「インバウンド型」と呼ばれるマーケティング手法にも共通するものがあり、営業だけでなくマーケティング担当者としても知っておいて損はない技術となっています。
SPIN法では質問を通して見込み客への理解を深め、彼らと同じ目線に立って課題解決に取り組むことを重要とします。Rackhem氏が本の中で「営業で大切なのはプロダクトやオファーの仕方ではなく、顧客とその需要を正しく理解することだ」と述べている通り、見込み客の理解を深め信頼を勝ち取ることで、商談を優位に進めることができるのです。
またデジタルツールが急速に発展している現代においては、CRM(顧客管理ツール)を運用する上でもSPIN法を用いた顧客情報の理解は重要となるでしょう。
実際にSPIN法とCRM(顧客管理ツール)などのデジタルツールの相性は高いとされています。CRMを使えば、SPIN法を用いて行ったセールスコールの録音データや、コール時の担当営業員のメモなどを、素早くシステムに保存・管理することができ、セールススピード(ベロシティ)を早くすることに繋がります。
またCRMを使いSPIN法を用いた営業活動を体系立てて組織的に管理することで、例えば適切に使用できてない部分については上司が修正を行うなど、属人性を減らしチーム一体での営業活動が可能となるでしょう。
ここではSPIN法の4つのステップの説明と、それらを用いてどのように見込み客との信頼関係を築いていくことができるかを紹介します。
商談開始とともにすぐに自社プロダクトの魅力について話し始めてはいけません。残念ながら、自分が売りたい製品の魅力にのみフォーカスしたアプローチの成功率は低いそうです。
SPIN法の最初のステップ「状況質問」はその名の通り、見込み客の状況にフォーカスした質問です。見込み客を取り巻く情報をできるだけ広くキャッチし、相手に「この人は自分のことをよくわかってくれている」と思ってもらい信頼を得ることがゴールとなります。
状況質問では相手の回答の中から、需要・予算など営業プロセスにおいて重要となり得る文脈をキャッチすることが大切です。適切な状況質問を行うことで、見込み客の現在地を把握することができますし、今後の質問をどのように構成していくか予測を立てるのにも役立ちます。
SPIN法における2つ目のステップは「問題質問」です。ここでは、見込み客に「課題」を認識させることが目的となり、またその課題は自社が提供できる「価値」と紐づいている必要があります。
多くの場合、最初から売りたいプロダクトを明示するよりも、あえてプロダクトを特定せずに問題質問を投げかける方が商談の成功率が高いとされています。
最終的に自社プロダクトへ目を向けてもらうことが商談のゴールですので、問題質問では回答範囲をある程度絞らせる質問形式がよいでしょう。「どんな課題をお持ちですか? 」というような範囲が大きすぎる質問をするのではなく、自社プロダクトで解決策を提供することを見越し「〇〇は問題となり得ますか? 」というニュアンスを含ませた方が効果が高いとされます。
SPIN法の3つ目のステップは「示唆質問」です。示唆質問では、露呈した課題についてさらに深掘りをすることで、相手のその課題に対する「緊急度」を高めます。
同じ問題でも企業によって捉え方は千差万別です。ある企業が「課題」と捉えたものが、別の企業にとっては単なる「不便(解決するまでもない問題)」であることもしばしばあります。
(画像出典:HubSpot)
上記表の和訳
HubSpotによるリサーチでは、営業員が商談において直面する問題の第1位は「先方が課題解決に緊急性を見出せない」で全体の42%を占めています。問題質問で挙がった課題についても、見込み客が早急に解決したいと感じなければ、話を先に進めるのは難しいでしょう。なぜその問題が解決されるべきなのか? を暗に相手に「示唆」することが必要となります。
SPIN法における最後のステップは「解決質問」です。解決質問では、課題の根本的な原因の解決案として、見込み客に自社プロダクトを連想してもらうことをゴールとします。ここで重要なのは、こちらから自社のプロダクトがいかに解決策として魅力的かを伝えるのではなく、あくまで先方に自発的に自社プロダクトに辿り着いてもらうようにすることです。
示唆質問を通じて、すでに見込み客には課題を解決するための方法が、いくつか浮かんでいるでしょう。直接的に自社プロダクトがいいぞと伝えるのではなく、自社プロダクトの効果や価値に、先方が自分で回答することで気づくような質問を投げてあげるのがベストです。
非常に難解なステップではありますが、その分商談の成否を大きく左右しかねない重要なステップと言えます。
SPIN法では、商談を進める上で以下の4つのステージを考慮すべきとしています。
(画像出典:O’REILLY)
ここではSaaS企業における具体例を交えつつ、この4つのステージとSPIN法の関係について説明します。
予備段階では、見込み客の信頼を積み上げることが第一目標となります。この段階ではこちらの主張を抑え、状況質問を通じて見込み客に対するこちらの興味を示すのがよいでしょう。会社や事業に関することはもちろん、窓口となる人物の役割や責任、不満点などできるだけ多くの情報を聞き出し、相手と足並みを揃えることがポイントです。
また予備段階に限らず、得た情報をCRMなどのデジタルツールで組織的に管理するのも、SPIN法をより効果的に運用するのに役立つポイントのひとつです。
CRMを使えば、SPIN法を用いて行ったセールスコールの録音データや、コール時の担当営業員のメモなどを、素早くシステムに保存することができます。また、予備段階から見込み客の情報を体系立てて組織的に管理することで、その後の営業プロセスにおける戦略立てがしやすくなるでしょう。
例えばあなたがBtoBでCRMシステムのサービスを提供している企業の営業員だとすると、予備段階で投げかけるべき状況質問には、以下の例のようなものがあります。
SPIN法における2つ目の商談のステージは「調査段階」です。Rackham氏はこの調査段階が4つのステージの中で一番重要であり、この段階で適切な質問を行うことで商談成功率は2割ほど向上できると述べています。
この段階で必要なのは、相手企業の課題の糸口を見つけ出すことです。質問内容も状況質問から問題質問へ、見込み客が課題と感じている点、もしくは(自社プロダクトが解決できる)課題となり得る点についての質問へと切り替えます。
注意点として、調査段階ではより踏み込んだ質問を行うため、前の予備段階で十分な信頼を得ていないと失礼と捉えられてしまう危険性があることです。十分な信頼関係を確立した上で、相手の企業にとって何が重要で、そのために何が課題となり得るのかを注意深く探る必要があるでしょう。
引き続き、BtoBのCRMシステム営業の例を用いて調査段階で確認すべき質問を考えてみましょう。
3つめの商談ステージは「解決能力を示す段階」です。この段階では前の調査段階で明らかになった課題について深掘りをし原因追求を行なった上で、解決策を示します。SPIN法の質問内容は、示唆質問、解決質問とシフトします。見込み客が抱える課題と自社のプロダクトが与えられる価値を確実につなぎ合わせるような質問を行うのが、この段階でのゴールと言えるでしょう。
Rackham氏はこの段階における質問を、自社プロダクトが与えられる「機能」「強み」「価値」につながるように組み立てることが大事と述べています。
この3つをBtoBのCRMシステムに当てはめると、例えば下記のようなものが考えられるでしょう。
示唆質問の例
解決質問の例
4つ目の商談ステージは「約束を取り付ける段階」です。この段階では見込み客の意思はすでに固まっており、前の段階までが上手くいっていれば無事に商談が成立していることでしょう。
しかし、全ての商談が上手くいくわけではありません。さまざまな要因で商談が成立しないこともあります。この段階におけるゴールは、何が上手くいって何が上手くいかなかったのかをしっかりと確認することです。
Rackham氏は商談が不成立に終わる原因には大きく分けて「価値」と「能力」の2種類があり、また能力は「Can’t」と「Can」にさらに分類することができるとしています。
商談が成立しなかった場合、上記のうちどの要因に当てはまるのか、また今後どのように調整をしていくのかを検討する必要があるでしょう。
商談や組織の規模によっては、一度のコールでSPIN法の全てのステップを踏んでしまうこともあれば、何ヶ月もかけて進めていくケースもあります。SPIN法を用いた商談の進捗はどのように行えばよいのでしょうか?
Rackham氏はSPIN法における商談の結果には「進展」「継続」「受注」「不成立」の4種類があると定義しています。
(画像出典:HubSpot)
「受注」と「不成立」はもともと結果がはっきりしているため進捗の評価を行いやすいですが、「進展」と「継続」については曖昧で上手くいったのかどうか評価をしづらいところです。しかし、SPIN法では商談後に受注につながる「アクション」があったかどうかでこれらを判別します。これによりSPIN法では、商談の成否を4段階で評価することが可能です。
このような基準で毎回の商談の成否を評価することは、営業員のモチベーション維持にも繋がり商談のマンネリ化するのを防ぐことができます。営業員にとっては毎回見込み客に何かしらの「アクション」を起こさせることが目標となりますから、チーム全体を通してメリハリのある営業活動が期待できるようになるでしょう。
SPIN法の歴史は古いですが、インターネットやITが発展した現代においても十分に通用できる体系だったテクニックです。見込み客との信頼関係を確立し商談の成約率向上が期待できるだけでなく、最新のデジタルCRMやMAツールとの相性もピッタリで顧客情報や商談プロセスを効率よく管理するのに適しています。CRM・MAツールの運用効率アップ法をご検討中なら、SPIN法の導入は一考の余地ありではないでしょうか?