ビジネスの世界では、それまでの常識を覆す低価格で市場シェアを席巻していく企業がたまに登場します。最近ならネットでよく見かけるTemuやSHEINがそうかもしれません。
100円ショップ、ユニクロ、HISなどもそうでした。「こんな価格で大丈夫?」「品質が劣悪じゃない?」などの疑念を抱かれながら、また実際に初期の品質はたしかによくないものの「安さ」という強力な武器で顧客を獲得し、急成長していきました。そして、得た収益で品質を向上させ、新たな事業にも手を伸ばし大企業になります。
一体どのようにしてそんな低価格を実現できるのでしょうか?
実は、このような企業はコストリーダーシップ戦略をとっていると分析されています。
本記事ではコストリーダーシップとは何か? コストリーダーシップ戦略の成功企業の事例を紹介します。
コストリーダーシップ戦略とは、1980年に米国の経営学者でハーバード・ビジネス・スクール教授のMichael Porter(以下、ポーター氏)が提唱した3つの競争戦略のひとつです。
コストリーダーシップ戦略とは、市場でもっとも低コストで商品・サービスを生産し利益を上げることを目指す戦略です。 たとえば、同業他社が100円の商品を原価35円で作るのに対し、業界最安値の原価20円で商品を製造する仕組みを構築するのが業界のコストリーダー企業です。
コストリーダーシップ戦略をとる企業は、一般には顧客数の多い大きな市場で、低価格戦略をとることで、市場シェアを獲得します。強者の戦略といわれるように資金力のある大企業に向く戦略でもあります。
ポーター氏は、著書『競争の戦略』において、コストリーダーシップ戦略とともに「差別化戦略」「集中戦略」という3つの競争戦略を提唱しています。これは「ポーターの3つの基本戦略」として有名なフレームワークであり、今でも経営の現場で有効活用されています。
他2つの基本戦略について紹介します。
差別化戦略とは、競合他社の商品が持っていない自社の独自性を武器に、競争上の優位を市場で確立する戦略です。何をもって差別化するかは実にさまざまで、以下のアプローチがあります。
差別化戦略においては模倣がされにくいことがポイントです。ブランド力、原材料の希少性による差別化などは模倣がされにくい点が長所です。機能の差別化のみでは、他社のキャッチアップが非常に速い時代では、機能に投資し続ける企業体力がないとコモディティ化の波に飲み込まれるリスクがあります。
集中戦略とは、商品・サービスをある特定の市場に集中させる戦略です。たとえば、日本全国ではなく福岡県だけに展開、アパレルなら全女性ではなくビッグサイズの女性のみを対象にする、SaaSならバーティカル戦略などが該当します。
さらに、特定市場において差別化戦略をとる方法とコストリーダーシップ戦略をとる2手法に分かれます。
集中戦略は一般に中小企業がとる戦略であり、ニッチ戦略と同じ意味です。資金力で不利な企業でも、ある領域に集中すればそこでシェアNo.1になることができるからです。
日本の中小企業がどの戦略をとっているかを、中小企業庁が分析したグラフがあります。もっとも多いのは差別化集中戦略(緑色)。IT業界(情報通信)業界でも66.5%(緑)を占めています。
(出典:中小企業庁)
商売の基本は「売上 − コスト = 利益」です。「1ペニーの節約は1ペニーの儲け」といわれるように、コストを抑えることは利益を増やすことと同義。業界内でもっとも低コストで商品やサービスを生産できる企業は、さまざまな面で有利な立場を得ます。
コストリーダーシップを実現できれば、安定した収益を得ながら顧客に喜ばれる価格帯の商品を提供できるため、市場で競争優位に立つことができます。
他社が価格戦略を挑んできても競争に勝つことができます。他社が赤字スレスレの価格設定をしても、自社の製造コストがさらに低ければ利益を確保できるからです。
コストリーダーシップ戦略は広い市場に展開するため、1商品あたりの利益率が低くても、大量販売によって大きな利益を得られます。その利益を社内の生産体制や品質改善に投下することで、さらに強い競争力を持つようになります。
安さは強力な武器。食品、日用品、アパレル、物流、家電機器、自動車、クラウドサービスなど、多くの業界でお客様がもっとも重要視するポイントのひとつです。コストリーダーシップ戦略を採用する企業は、一般に低価格戦略をとって顧客の支持を集め、急速に市場シェアを拡大していきます。
日本のように市場が成熟し、多くの商品が一定の品質基準をクリアしていると、価格の重要性がさらに増します。特に景気が低迷している時期には、低価格の商品やサービスがより強く支持されるので、コストリーダーシップ戦略は有効です。
コストリーダーシップ戦略は、業界への新規参入に対して強力な参入障壁となります。
業界内に有力なコストリーダーが存在すると、新規参入者は低価格での競争が難しく、躊躇するからです。
既存のコストリーダーより安い価格で商品やサービスを提供するのはほぼ不可能。仮に可能であっても、既存企業がすぐに価格を合わせてくる恐れがあるため、参入をためらう要因になります(ただし、巨大な資本を持つ企業が参入する場合、この限りではありません)。
SaaS業界でも、HubSpotが無料CRMを提供しているため、CRM業界に新規参入する企業も、同じコストリーダーシップ戦略をとることは難しいのが現状です。ただし、差別化戦略は有効です。
コストリーダーシップ戦略は、自社や業界内企業を新興勢力から守る参入障壁になります。
コストリーダーシップ戦略とプライスリーダーシップ戦略は、両方の戦略を同時に実現するケースもあるため混同されやすいのですが、基本的に異なる概念です。
プライスリーダーシップ戦略をとる企業は、市場で影響力のあるブランド企業であり、自社の価値提案にもとづく価格設定を行います。必ずしも低価格ではなく最高価格の場合もあります。たとえば、Appleは自社商品の価値を独自の価格設定で打ち出すプライスリーダーです。
ユーザーも商品の価値を認め高価格でも購入します。その結果、スマートフォン市場における価格の上限はiPhoneというポジションになり、新規参入企業の価格設定にも影響を与えます。しかしiPhoneは高価格ですが、Appleはスマートフォンのコストリーダー(最低コストで製造している企業)ではありません。
一方、コストリーダーシップ戦略とは、生産に必要なコストを業界内でもっとも低く抑える仕組みを作る戦略です。そして商品やサービスを、低価格または顧客の求めやすい価格で提供します。
コストリーダーシップ戦略でいう「コスト」とは、経営上のあらゆるコストを指します。そのため、コストを抑えるアプローチも多様です。ここでは、コストリーダーシップ戦略を進める上で知っておくべき知識を紹介します。
規模の経済(スケールメリット)
規模の経済性とは、事業の規模(スケール)が大きくなるほど、商品の単価が下がることを意味します。たとえば、少ロットの商品を多種類生産するよりも、1種類の大量の生産をするほうが効率が良く、1個あたりの製造コストは安くなります。
物流もそうです。同じ商品をまとめて大量に運んだほうが積み荷作業も配送も効率的で時間もかかりません。広告も商品がたくさん売れれば、その広告の商品1個あたりのコストが低くなります。
買い物でも、まとめてたくさん買うと商品の単価は安くなります。コストリーダーシップ戦略をとる企業も、規模の経済(スケールメリット)を活かし、サプライヤーに強力な価格交渉を持ちかけ、コストをさらに抑制することが可能です。
このようにたくさん製造して、たくさん販売すると、全体的にコストを下げられてビジネスが効率的になります。
経験効果とは、1970年代に米国の大手コンサルティングファームのボストン・コンサルティング・グループが提唱した、「一つの製品の累積生産量が2倍になるごとにトータル・コストが 20〜30%の率で低減する」という法則です。その法則を表現した図を経験曲線と呼びます。
コスト削減の法則が数値化されたことから、製造業での生産効率向上を示す指標として普及していきました。この経験効果が起きる理由には以下の要因があります。
経験効果は、現在は製造現場だけでなくサービス業やホワイトカラーの分野でも応用されています。たとえば、新入社員のときに2時間かかっていた仕事が、2年目になると30分でこなせるのも経験効果です。
企業も同じ事業を続けていると経験効果により、コストを低減することができます。
「コストと品質のフロンティア」とは、コストを適切に削減しながら高品質も追及できる最適なポイント(限界点)のことです。
コストをいくらでもかけられるなら高品質な商品を生み出すことは可能です。しかし、コストが上がれば商品の価格を引き上げないと利益が減少します。安く作って高く売ることがベストですが、コストを抑えすぎると今度は品質が落ちてしまうリスクが出てきます。
企業によって、品質を維持するためにはコストをこれ以上削減できないというラインがあり、これが「コストと品質のフロンティア」です。
仮に、品質を維持したままさらにコスト削減を目指す、あるいは同じコストで品質をさらに向上させたい場合には、生産体制や組織の抜本的な改革が必要になります。
ポーター氏は、企業がとるべき3つの基本戦略とともに、それを実現するための5forces(ファイブフォース)分析も提唱しました。5Forces分析とは、業界の構図を5つの競争要因を「競合企業」「代替品」「新規参入者」「供給者」「購入者・顧客」の力関係で分析するフレームワークです。
コストリーダーシップ戦略をとる場合、この中で「サプライヤー(売り手)」「顧客(買い手)」との関係性が重要になります。
買い手(顧客)の交渉力とは、顧客との力関係です。どのような業界でも新しいサービスが出たときは一般に高価格です。顧客も選択肢がない段階では力が弱い状況です。
しかし、業界が成熟し競合商品が世にあふれると、顧客の力が強まります。企業はどうにか自社商品を選んでもらうために付加価値サービスをつけたり、値引きをするなどの対策をとったりします。
たとえば現在の日本のBtoC市場は、明らかに顧客の力が強い市場でしょう。人口が減少するなか、商品サービスの供給者は厳しい戦いを迫られています。
売り手(サプライヤー)の交渉力とは、サプライヤーとの力関係。小売業なら各メーカーがサプライヤーであり、メーカーなら部品メーカー、原材料メーカーなどがサプライヤーです。他社にない特徴のある商品を持つサプライヤーは競合がいないので強い交渉力を持ちます。しかし、似たような商品・サービスを提供するサプライヤーが増えると購入する側が有利になっていきます。
コストリーダーシップ戦略の成功事例企業一覧です。
どの企業も自社でコストリーダーシップ戦略をとっていると明言しているわけではありません。ただ、どのようなスローガンを打ち出しどのような価値を提供しているかで、コストリーダーシップ戦略を進めているかどうかがわかります。
(出典:https://corporate.walmart.com/)
英語圏では「Save Money, Live better」、日本の公式HPでは「当社は、時間とお金を節約することで、人々の暮らしをより良くする お手伝いをする」と打ち出す米国スーパーのウォルマートは、典型的なコストリーダーシップ企業だといえるでしょう。
ウォルマートの成功は、規模の経済を徹底的に活用していることにあります。大規模な仕入れを行うことで、他社よりも低価格で商品を調達し、販売価格にも反映させています。
サプライヤーは10万社以上。その強力な値下げ交渉には定評がもともとありましたが、2021年から仕入れにAIを導入し、平均3%の仕入れコスト削減に成功。しかも、チャットボット型AIが交渉するこのシステムは、サプライヤー68%が賛同し好評とのことです。
ウォルマートは低価格で商品を提供し、近隣の店舗はもとよりKmartなど競合企業にも打ち勝ってきました。Amazonという新たなコストリーダーに脅威を感じてからはネットショップに投資。2022年時点で食品の売上高においては、Amazonを上回っています。
ウォルマートはコスト削減のための自動化や物流管理システムへの投資を惜しみません。過去には「クロスドッキングシステム(在庫管理をせず即店舗に納入仕分け)」を導入して在庫を最小限にし、迅速に店舗へ商品を配送することに成功。近年は倉庫へロボット導入。自動化により物流費の2割削減に成功しています。
テクノロジーを活用した徹底的なコスト削減と時代をキャッチアップした戦略により、小売業界の大手として君臨しています。
(出典:https://www.mcdonalds.co.jp/)
マクドナルドほど標準化という言葉が似合う企業もないでしょう。
日本では「てりやきバーガー」や「月見バーガー」などを提供し、インドでは「ビーフバーガーを提供しない」など地域に配慮もしていますが、基本的にはほとんどの国で同じメニュー商品構成。ハンバーガーやチーズバーガー、フィレオフィッシュ、チキンマックナゲット、フライドポテト、マックカフェドリンクなどの基本メニューを提供しています。
メニューが均一であれば製造も効率よくなります。マクドナルドも、規模の経済を活かし、世界中から食材を大量調達し効率的な物流管理により、コストを抑えつつ低価格の商品を提供し続けてきました。
また、コストが低いゆえに価格戦略も柔軟でした。たとえば、1980〜1990年代はじめの日本マクドナルドのハンバーガーは1個210円でした。ところが、デフレの時期にはいり69円に値下げします。その後も100円マックを長く提供するなどしばらくは低価格で顧客を囲い込む戦略でした。
このような決断ができるのも同社がコストリーダー企業だからです。米国では、2024年現在、5ドルの低価格メニューで顧客に支持されています。
また、技術革新にも投資し続けています。現在の日本マクドナルドは、250の生産工場から14の配送センターへ運ぶ物流をスムーズにするために在庫の集約化・一元管理に取り組んでいます。
(出典:https://www.saizeriya.co.jp/)
プロのシェフですら美味しいという味を、リーズナブルな価格で提供するサイゼリヤもコストリーダーシップ戦略をとっている企業だといえるでしょう。
サイゼリヤの価格は、創業者がヴェネチア商人の取引を観察するなか、売り手と買い手が交渉するとその中間で落ち着く。いっそ7割引きにしてお客様に喜んでもらおうと決めたことが由来しています。実際、美味しくて安い料理は評判になり、あっという間に顧客を獲得していきました。
サイゼリヤは低コストを実現するために、10数店舗のころから、ユニクロと同じようなSPA(製造直販業)を目指し、製造直販体制を作ってきました。店舗を持つ企業が、食材の生産〜商品企画、加工〜配送まで一貫して関わることで中間コストを削減でき、トータルのコストが下がるからです。自社農場や工場も保有しています。
店舗では、徹底した合理的なオペレーション体制を築いています。調理はすべてセントラルキッチンで行い工場でパック詰めしたあと、店舗に送られます。
店舗スタッフは工場から届いたパックから食材を出したりレンジで温めるだけで提供できます。これにより、少人数のスタッフで運営が可能で、結果として人件費を抑えることに成功しています。
グローバル展開においても、同じコストリーダーシップ戦略を適用し、現地の食材を活用するなど地域に適応したビジネスモデルを築いています。日本では2023年に最新の製造・物流一体運営型工場を作っています。
(参考:サイゼリヤ公式サイトーサイゼリヤの哲学、三菱ケミカルエンジニアリング㈱事例ページ)
(出典:サウスウエスト航空HP)
サウスウエスト航空は、現在のLLCの草分けといえる企業であり、創業当初からコストリーダーシップ戦略を追求してきた企業です。
サウスウエスト航空は、人件費以外のコストを徹底して削減する仕組みを構築し、低価格で航空チケットを提供し成長してきました。利益率は高く、コロナ渦をのぞいた40年間、黒字経営を実現しています。
サウスウエスト航空は、当初、他航空会社と異なり、出発地と目的地の2点間を運行する「ポイント・トゥー・ポイント路線」に特化。ターンアラウンドの早さにより稼働率を上げる戦略をとりました。
また、航空機はボーイング737機に統一。一つの機種にしぼることで規模の経済効果により部品調達、メンテナンス、パイロット、整備士の教育などのコストを抑えました。
ドリンクは提供するも機内食は廃止するなど、顧客にとって優先順位の低いサービスをなくしコストを削減する一方、オンラインチケット販売などはいち早く取り組みます。
一方で従業員を大事にする企業としても知られ、「顧客第二主義」「従業員の満足第一主義」をかかげています。従業員エンゲージメントの高さが顧客満足度につながり、さらに企業業績につながるバリュープロフィットチェーンの事例としても知られる企業です。
「Amazonのビジネスは長年にわたり進化してきましたが、お客様が、よりお求めやすい価格、豊富な品ぞろえ、より便利なサービスを求めることは変わりません」
これは、Amazonの公式サイトのメッセージ。Amazonがあらゆる領域で安いことはご存じのとおりです。
Amazonは規模の経済、高度なテクノロジー、プロセス自動化によってコストリーダーシップ戦略を進めてきました。巨大な倉庫には・自走式ロボット(AMR)が走り、物を運びます。ロボットの自動充電ステーションもあります。人間が無駄に動く必要はありません。
国内配送については、ヤマト運輸が撤退してから配送日数などに課題はあるものの、置き配、Amazonロッカーなど多様な受け取り方法を提供するほか、配送事業での独立を支援する「Amazon配送サービスパートナー」、他業種のオーナーにサイドビジネスで配送をしてもらう「AmazonHuHubデリバリ」など自前の配達ネットワークを構築中です。
また、AWS(アマゾンウェブサービス)、Kindleなど、さまざまな付加価値の高いサービスを提供しています。
ポーター氏は「3つの戦略」を提唱した当初、コストリーダーシップと差別化の両方を追うと「スタック イン ザ ミドル(どっちつかず)」に陥るので特化すべきと述べていました。
しかし、インターネットによりビジネス環境が変化してからは「品ぞろえやコスト」と「顧客サービス」の同時追求が可能なケースも出てきたと述べています。その代表的な企業こそAmazonだといえるでしょう。
(出典:SHEIN)
そして、そのAmazonを脅かすといわれるのが中国の、TemuやSHEINです。
SHEINは、ファストファッションアパレルブランドとして事業をスタートさせましたが、その価格の安さとデザイン性のよさで、若者を中心に支持され急成長しています。
SHEINは、「リアルタイムファッション」という斬新なビジネスモデルを構築しています。
その仕組みは、市場とする国のECサイトやSNSからクローラがトレンドを収集し、AIが分析してプロトデザインを提案、デザイナーがそれにもとづき1週間程度でデザインを仕上げるというものです。
当然、デザインの模倣疑惑がささやかれることもあれば、品質の悪さが指摘されることもあります。しかし、圧倒的な安さ、バラエティに富んだ品ぞろえ、送料の安さ、返品可能という付加価値サービスもあり、世界各国で受け入れられました。
SHEINの売上げは2023年が5兆8500億円と桁外れの成長スピードです。すでにアパレルECだけではなく幅広い商品を展開するECサイトに発展。実店舗も保有しており、顧客層はさらに広がりつつあります。
SHEINはテクノロジーでコストを抑えながら、消費者が望むトレンドに迅速に応じたデザインを提供する斬新なビジネスモデル、充実した付加価値で高い差別化を実現しています。
こちらも「コストリーダーシップ戦略」と「差別化戦略」の両立を、完全に実現している企業といえるでしょう。
(出典:https://www.dell.com/ja-jp/shop/scc/sc/laptops)
デルコンピュータもコストリーダーシップ戦略で成功した代表的企業です。また、新たなコストリーダーの登場で窮地に陥り、華麗に復活したストーリーを持つ企業でもあります。
デルは「より速い、より優れた、より安価な製品を」というコンセプトを立て、1996年に直販体制でパソコンを売り出し、2001年には世界大手のパソコン販売企業として名を馳せます。
しかし、パソコン業界のコモディティ化はかなりハイペースで進みました。IBMのパソコン事業部を買収したLenovo、ASUSのような新興国メーカーの低価格で高性能なパソコンの登場で、デルの存在感は薄れます。iPadのような独自の魅力を持つ商品も登場し5フォース分析でいう「顧客の力」も強くなりました。
デルの業績は低下し株価も下がり続けました。そして2013年、デルは投資家の敵対的買収に対抗するため上場廃止を決断します。
しかし、デルはその段階で環境変化を見極めてBtoB市場を強化。直販だけでなくパートナー戦略にも力を入れ始めました。2015年にはデータストレージ企業EMCを買収し、エンタープライズ市場で世界1位の規模になったのです。
デルは、企業向けにサーバーやストレージソリューションなど、総合的なITソリューションを提供することで業績を伸ばしています。コロナ渦になると企業からパソコンの注文が増加しました。
デルは初期にコストリーダーシップ戦略をとって成功し、新たなコストリーダーとの価格競争で劣勢に陥りましたが、相対的にコスト効率の高い企業であることは変わりなく、現在もコンシューマー向けパソコン市場で業界上位の位置にいます。
そして、BtoB市場においては高付加価値サービスを提供する差別化戦略によって成功し、世界最大規模の企業となりました。2024年時点ではAI向けサーバーが好調。Dell AI Factoryというコンセプトを打ち出し、AIビジネスを拡大中です。
(参考:時代の変わり目を読み切って完全復活したマイケル・デル-Fobes Japan、米デルが29日に上場廃止、創業者によるMBO成立受け-Reuters、コンシューマー向け事業で成長し続けるデルのマーケティング戦略-Markezine)
コストリーダーシップ戦略は、単なる低価格戦略ではありません。組織全体の効率的な運営が必要なため実現のハードルは簡単ではなく、規模の経済(スケールメリット)を活用できる大企業向きです。途中まで順調でも新たなコストリーダー企業との価格競争に負けてしまうケースもあります。
(出典:Kmart公式サイト)
K-Mart は、米国のディスカウントストアで、ウォルマートと同じようにコストリーダーシップ戦略をとる企業であり、一時期はウォルマートより店舗数が多い老舗でした。しかし、2002年には破産申請をするまでに追い込まれ、その後シアーズに合併されましたが経営は上向かず、2023年時点でわずか2店舗になっています。
K-Mart が衰退したもっとも大きな理由は、競合であるウォルマートに価格競争を挑んだことにあると指摘されています。コストリーダーシップ戦略をとる2社が競合になる場合、徹底して無駄のないコスト管理ができている企業、資金力のある企業が勝ちます。
K-Mart は価格こそ低価格を打ち出しプロモーションにも力を入れましたが、ウォルマートほど効率的なコスト管理ができず事業を続けるために必要な利益を得られませんでした。
物流管理やオンライン化やテクノロジーへの投資も積極的でなく遅れをとります。顧客層のターゲットがあいまいであったことや、CEOが小売り経験者でなかったことなども失敗の理由に指摘されています。
(参考:https://pressbooks.lib.vt.edu/strategicmanagement/chapter/6-3-cost-leadership/
https://startupstumbles.com/what-happened-to-kmart/
コストリーダーシップ戦略は強力な戦略ですが、万能ではありません。
コストを抑えるには、原料の仕入れ、サプライチェーン、生産管理体制、諸経費など、組織のさまざまな領域で経費を最適化する必要があるため、たゆまない努力も必要です。以下の点に注意しましょう。
ある市場で事業が好調なら、必ず他社が参入してきます。市場が大きければ大きい企業が参入し、小さければ小さい企業が参入します。たとえば、中国のTemuなどの品質があと何割か向上すると、Amazon顧客の何割かは奪われるかもしれません。
コストリーダーシップ戦略をとっている場合、顧客は商品の安さを気に入っているため、他社がより安い価格を提供してきたらそちらに流れるリスクがあります。
常に競争相手が価格競争を仕掛けてくることを想定しなければなりません。たとえばWalmartはその物流ネットワークの効率性や、大規模な購買力を駆使して、競合が追随できないほどの低コストで商品を提供し続けています。このように、財務基盤が安定していれば問題ありません。
小さい企業であっても、地元エリアの原材料を使うなどの優位性があれば強いでしょう。他社が容易に真似できない独自のサプライチェーンやオペレーションの強みを持っているかを確認しましょう。ない場合差別化戦略のほうが適しています。
コストリーダーシップ戦略では、多くの場合低価格戦略をとります。広大な市場で商品をたくさん売る戦略なので、1個あたりの利益率は低くなります。
以下は前述の中小企業庁のデータですが、4つの戦略の中でもっともコストリーダーシップ戦略が低く2.8%です。
(出典:中小企業庁)
市場のボリュームが十分でない場合、利益が上がらず、企業存続が危ぶまれることがあります。さらにここで価格競争に巻き込まれたら、なおさら利益が下がるでしょう。
良い物を安く提供したいと思う事業者は多いのですが、利益率が下がった結果をシミュレーションしてから戦略を決定しましょう。
企業にとって調達コストを下げることは重要な課題ですが、コスト削減を追求しすぎると、結果的に自社の将来的な競争力を弱めるリスクがあります。
たとえば日本の中小企業は、大手企業の過度なコスト削減要求により、限られた利益しか得られず、結果として独自の技術が次世代に引き継がれないといった問題が発生しています。
サプライチェーン全体の競争力が弱まることで、自社の技術力や生産能力にも悪影響を及ぼす可能性があります。また、社内でも、イノベーションを促進するための投資を怠ると、企業の成長が停滞します。
コスト削減と品質維持のバランスを見極める「コストと品質のフロンティア」を理解し、限界点にきているのなら抜本的に体制を見直す必要があります。今ならAIの活用で新しいコスト削減の手法を探ることも重要です。
最近の日本は、サービスの質が悪くとも、品物の配送が遅れようとも、担い手たる労働者の賃金が低いのだから「仕方ない」という印象すら社会が持つようになりました。もちろん、前提として安い金額で購入しているという認識があるからです。
しかし、それが企業のブランドイメージに良い影響を与えているわけではありません。多くの消費者は、企業が利益を上げているにもかかわらず、サプライチェーンの末端やアルバイトが過度に搾取されているという印象を持っており、企業に対する信頼感が揺らいでいます。結果、ブランド力が低下し、顧客ロイヤルティも薄れるリスクもあります。
過度なコスト削減により従業員満足度が低下すれば、商品・サービスの品質低下につながり、顧客満足度を損ねる可能性が高いことは、サ-ビスプロフィットチェーンという概念の研究により実証されています(サービス業に特に顕著です)。
コストリーダーシップ戦略をとる企業は、価格競争の中で一定の利益を確保した後は現場やサプライチェーンに適切に投資し、サービスの品質向上に注力して顧客満足度を高めることが重要です。
コストリーダーシップ戦略は、事業規模の大きい組織に向いた強者の戦略です。しかし、必ずしも業界No.1のコストリーダーにならなくとも、コストリーダーシップ戦略を意識することで「収益性の向上」「競争力の強化」につながります。
日本の企業の9割は中小企業。SaaS企業についてはスタートアップ・ベンチャーなどが多いため、優先するのは「差別化集中戦略」であることはたしかでしょう。しかし、SaaS業界の場合、大きな設備投資が必要ないためコストリーダーシップ戦略と差別化戦略が「スタックインミドル」になりにくい市場。ぜひ3つの戦略をしっかり理解しておきましょう。