BtoBビジネスにおいて、相手企業に製品やサービスを購入してもらうためには、さまざまなハードルを乗り越えなければならないケースが多々あります。
せっかく商談につなげたのに、相手の社内事情により商談がひっくり返ってしまう、ビジネスリレーションシップに押し負けてしまい健闘のテーブルから取り除かれてしまう...…そのように、何カ月もかけて営業活動を行ったのに、相手の予期せぬ事情で白紙に戻ってしまっては、それまでの苦労が水の泡です。
買い手も売り手も商談に対して無限に時間を費やせるわけもなく、SaaSなどの企業であれば後発企業が生まれやすい環境にあるため、営業活動は時間との戦いとも言えるでしょう。
高い確度の案件に費やす時間を最大限にし、低い確度の案件に費やす時間を最小限に抑えるためには、あらかじめ見込み客(リード)の評価と選別を行いアプローチを絞ることが、商談を勝ち取るポイントのひとつになります。
この記事ではリードの評価・選別に効果的となる「BANT」と呼ばれるフレームワークについて重要なポイントを説明した上で、インサイドセールスがBANTを重要視すべき理由について紹介します。
BANTとは、営業を効率的に行う上でそれぞれの案件がどれくらい有望であるかを、4つの要素から分析するフレームワークで、BANTで扱われる要素は以下の4つです。
(画像提供:Sales Odyssey)
元々は営業のヒアリングテクニックのひとつです。ヒアリング時に各項目ごとの情報を聞き出し評価することで案件の受注確度や優先度を判定し、営業活動を効率的に進めるための手法でした。
しかしデジタルセールス及び分業型営業が発展した昨今では、リードの優先順位付けは個々の営業員がテクニックとして覚えておくべきものというよりも、営業チーム全体の目標を効率よく達成するために必須です。見込みの高い案件(ホットリード)を選別・注力するための指標やフレームワークとして注目されています。
後述しますが、BANTはリードを優先度別に素早く選別するのに役立ちます。デジタルセールスにおけるインサイドセールスでは、多くのリードを正確に選別し、優先度の高い案件を次工程に引き継ぐことが重要な役割のひとつです。リード選別システムとしてのBANTの利用検討の重要性は、今後一層高まることが予想されます。
BANTは1950年代、米コンピュータ大手企業のIBMによって営業員の個々のパフォーマンスを安定化させるために考案されました。
当時は後述するセールス方法論としての側面が強かったようですが、BANTはその後現在に至るまで同社のビジネスガイドラインである「Business Agility Solution Identification Guide」に含まれています。また、IBM以外の世界中の企業がこのフレームワークをこぞって模倣したことも、BANTの効果の大きさを物語っています。
後述するデジタルセールスの分業型営業体制が浸透してからは、「見込み客の選別」が個々の営業員の売上げ向上のための「テクニック」から、営業プロセスで必要不可欠な「工程」へと認識変化してきており、BANTリード選別を正確に素早く行えるという「指標」としての側面が一層重要視されることが予想されます。
デジタルセールスの分業型営業体制におけるインサイドセールスの重要な役割のひとつは、大量のリードを正確に選別し、ホットリードのみを次工程であるフィールドセールスへできるだけ多く引き渡すことです。
このリード選別が不正確だと、フィールドセールスは確度の低いリードに対して限られた時間を費やしてしまうことになり、結果、受注(クロージング)の確率が低下してしまいかねません。
BANTではリードの予算・決済権・需要・導入時期など受注に直結する情報に則ってリードの評価を行いますので、担当者がコンタクトの印象などをもとに闇雲に行う判定に比べて高い正確性が期待できるでしょう。
前述のIBM社内ガイドラインには、「3-4項目のBANT情報を満たすリードを『認定済』とする(リード認定基準は各部署間で都度相談のこと)」という記述があります。
BtoB SaaS企業においてもBANTによるリード評価を行う際は、IBM社のように企業内でどの程度のBANT情報を集めたリードを「ホットリード」と認定するかを事前に決めておくことで、各担当者の個々の判断や判定スキルによるばらつきを抑え、リード判定に正確性を担保できるでしょう。
また、BANTによるリード評価は「素早い」というメリットがあります。あらかじめ4つの要素別に判定条件を決めておけば、評価結果はすぐに確認できるでしょうから、BANTの採用によってリード選別にかける時間を大幅カットできるかもしれません。
日本における分業型営業体制の教本とも言える『THE MODEL』の著者である福田康隆氏は、同書の中でインサイドセールスの特徴について次のように述べています。
「そもそもインサイドセールスの仕事は時間が限定される。リードにコンタクトするのに、早朝や深夜に連絡するわけにはいかないからだ。」「どれだけ業務効率を上げられるかが成果に直結するのがインサイドセールスなのだ。」 『THE MODEL / 福田康隆』
リード評価及び選別は大事ですが、それに時間をかけるあまりコンタクト数が減ってしまっては、次工程に引き渡せるリードの総数が少なくなってしまいかねません。インサイドセールスの時間効率を最大化するために、正確かつ素早いリード選別が可能なBANTの採用を検討してみる価値は高いと考えます。
セールス方法論(Sales Methodology)とは、「営業活動においての哲学や戦術、テクニックをフレームワークやガイドラインとしてまとめたもの」を指します。
例えばアメリカで有名なセールス方法論として、SNAPセリングやSPIN話法などがあります。
SNAPセリングは、「Simple(シンプルな説明)」「Invaluable(ユニークな存在)」「Aligned(相手と揃った足並み)」「Priorities(相手の優先事項)」の4つを念頭において営業活動を行い見込み客と目線を揃え受注率を高めるという営業テクニックです。
SPIN話法は、「Situation(状況)」「Problem(問題)」「Implication(示唆)」「Need-payoff(解決)」という4つの種類の質問を使用することで、見込み客と強固な信頼関係を築くというヒアリングテクニックです。
確かに発展してきた経緯を見ると、BANTも元々はこれらと同じく営業テクニックとして広まったものだと言えるでしょう。
しかし後述するTHE MODEL型の営業分業体制が広がったことにより、BANTが得意とする「リードの評価・選別」は、営業個人が「意識した方が良いテクニック」から、「専門職が必須で行うべき工程」へと認識が変わってきている傾向にあります。
(画像出典:Ironpaper)
著書『The MODEL』の中で福田氏は、リードの評価について次のように述べています。
「工場の製造工程で言えば「検品」と似た意味合いを持つ。」「一定の基準を満たしたものだけを次工程に引き渡し、全体としての作業効率を高めるという手法だ。」『THE MODEL / 福田康隆』
リードの評価・選別という現代の営業モデルでは、必須となる工程での情報を扱うBANTフレームワークは、もはや営業テクニックというよりも、その後の営業プロセスを左右する「指標」と言えるものに変化してきている、という見方が必要かもしれません。
BANT情報を聞き出すタイミングを正しく理解するには、まず昨今一般的になりつつあるデジタルセールスの体系、特に『THE MODEL』に紹介される営業分業型の体制を理解しておくとわかりやすいです。
ここではまず、THE MODEL型と呼ばれる分業型の営業体制を説明したのち、BANT情報がどのフェーズで確認できるかを紹介します。
(画像出典:『THE MODEL / 福田康隆)
THE MODEL型と呼ばれる営業分業体制では、営業のプロセスは大きく4つに分けられます。
ブランドや製品・サービスを認知させリードを獲得する「マーケティング」、獲得したリードへコンタクトを行い育成と選別を行う「インサイドセールス」、選別されたホットリードへ提案を行いクロージングを目指す「フィールドセールス」、そして受注後のアフターケアやアップセル・クロスセルの提案を行う「カスタマーサクセス」です。
従来では営業各個人が各案件に対して、全てもしくはその大半のプロセスを一人で担うのが一般的でした。しかしTHE MODEL型では、各プロセスに専門のプロフェッショナルを配置し、営業チーム全体が一丸となってリードを共有しながら商談を進めていくのが特徴です。
リードはその育成段階によってさらに細かく、MQL、SAL、SQL、に分けられます。
(画像出典:marqeu)
実際のところ、どの段階のリードでどの程度のBANT情報が必要となるかは企業によってまちまちのようです。場合によってはMQLの判定段階で多くのBANT情報が集まっているケースもあれば、ビジネスや業界の種類によってはSQL後もBANT情報を集めるのが大変なケースもあるでしょう。
とはいえ分業型営業体制で、リードに対して最初に直接のコンタクトを取るのはインサイドセールスですから、各プロセスの中でBANT情報の取得を一番期待されるポジションとなるのは想像に難くありません。できるだけ多くのSQL(=ホットリード)をフィールドセールスに引き継ぐためにも、インサイドセールスにおけるBANTの重要性は必然的に高くなると考えられます。
ただし、気をつけていただきたいのがTHE MODEL型では通用しないビジネスモデルや顧客像も存在することを理解することがまず先です。自社のビジネスモデルがTHE MODEL型にはめ込むことができるか、そのことを理解した上でBANT情報をTHE MODELに当てはめるかどうかを判断するようにしてください。
ここでは、BANTの構成要素を説明した上で、それらがなぜ重要であるのか、またインサイドセールスがリードへのアプローチを通して、どのようにしてそれらの情報を得ればよいのかを各要素別に説明します。
バイヤーが製品やサービスの購入を検討する上で、自社に十分な予算があるか否かが重要な要素になることは言うまでもないでしょう。
どんなに製品やサービスが魅力的でも、その価格が予算内に収まらないのであれば、企業として購入を決断することは難しいものです。
リードの確度を早期に選別するためにも、その企業が提案する製品やサービスにどれだけの予算を投じられるのか、現行で別の製品やサービスを使っている場合はどれだけのコストがかかっているのか、また希望価格のレンジはどれくらいなのかを聞き出すのは、できるだけ早期に行った方がよいでしょう。
BtoBビジネスにおいて、コンタクトをしている人物が直接、製品やサービスの購入を決定する人物であるとは限りません。
コンタクト先の人物の上司に決済権がある場合もあれば、全く別の部署が最終決断を行う可能性だって考えられます。時には関連会社など、別の企業が購入意思を決定するケースも考えられるでしょう。
リードの確度を高くするためには、コンタクトしている相手に決済権があるか否かを確認するのは重要な要素と言えます。もしも、コンタクト相手に決定権が全くないのなら、決定権のある人物に取り繋いでもらうか、そのリードへのコンタクトの優先順位を下げることも検討すべきです。
また企業によっては、製品の購入までに複雑な決済プロセスを通さなければいけないケースも考えられます。決済権を持つ人物だけでなく、その企業がどのような購買の決済プロセスを持っているかも把握しておきたいところです。
製品やサービスを購入するだけの十分な予算があり、決済権を持つ担当者の情報を得られたとしても、その企業がその製品やサービスを必要としていなかったら、実際に購入に至る可能性は限りなく低いと考えるのが自然でしょう。
BANTにおける次の確認事項は、リードの需要、言い換えれば企業が抱える課題を明確化することです。相手の課題が分かれば、自社の製品やサービスがそれを解決するのに適切であるか否かを判断できるでしょうから、リードの優先度を判定する重要な材料となるでしょう。
また課題がはっきりしていても、相手企業にそれを解決しようとする意思がなければ、やはり購入確度は低くなることが予想されます。
コミュニケーションの中から企業が抱える課題を正確に読み取って、自社の製品やサービスでそれらを解決できるような提案につなげることは、インサイドセールスの腕の見せ所かもしれません。
BANTの最後の構成要素はタイミング、つまり実際に製品やサービスの導入が可能な時期、もしくは導入するまでにかかる期間です。
いくら十分な予算、スムーズな意思決定、明確な需要の3つが揃っていても、製品やサービスの購入予定が何年も先なのでは、リードの優先度は低いと考えるのが自然です。
緊急度が高い案件から優先的に引き継ぐことで、フィールドセールスも効率よくクロージングが行えるでしょうし、納期遅れによる案件の取りこぼしも防げます。
またリードが希望する導入時期に加え、導入における社内プロセスにかかる時間なども把握しておくと、優先度の選別がより正確になるでしょう。
導入時期は企業の年次予算や決済プロセスと関係していることも多いため、それらの情報を引き出している最中に同時に見えてくることもあるかもしれません。
元々IBMで提唱され、営業のテクニックとして広まったBANT。長い時を経ても未だに多くの企業で使用されていることがその効果と確実性を証明しています。
またTHE MODEL型に代表されるデジタルセールスの体制下では、正確かつ素早いリード評価・及び選別を行える側面が再注目されています。
自社が抱えるリードを効率よく選別し、営業プロセスのスムーズな進行または全体売上げUPを図れるBANT、一度検討をしてみてはいかがでしょうか?