近年は日本でも、営業の科学的マネジメントが進んでいます。昔のように「とにかく売れ」「なぜ売れないんだ」「気合が入っていない」などと厳しく詰める、いわゆる体育会的営業管理をする企業は希少になっているでしょう。
営業活動も分解してみれば型があり、それにそってマニュアルを作ればある程度の再現性を高めることは可能だからです。しかし、いわゆる「気合」の類が役に立たないかといえばそんなこともありません。
人対人の仕事なので、営業パーソンのモチベーションの高さはどうしても成果に影響します。
近年の営業についての研究では、成果主義を徹底して報酬で報いることも、営業パーソンとのリレーション構築やプロセス管理に力を入れることも、それぞれ効果があるという結果が出ています。
単なるテクニックの指導や行動管理だけではなく、感情面に働きかける管理まで多角的に管理するのが営業管理のポイントです。本記事では、売上げを上げるための営業管理の基本と営業活動を可視化する意義について解説します。
営業管理とは、営業部門の成果を最大化するためのマネジメント手法のことです。
具体的には、営業パーソンの「目標管理」「案件管理」「行動管理」を徹底すること。自社の営業活動を可視化しリアルタイムに最適な打ち手を繰り出すことや、営業パーソンの「スキル管理」「やる気管理(モチベーション管理)」を行い感情的なパワーにも働きかけて成果を最大化させます。
営業管理の目的は、売上げや利益の最大化です。厳しい市場で競合企業に打ち勝って利益を上げるためには、営業戦略を実行する営業部門が必要です。
営業組織はスポーツでたとえれば、個人競技の団体戦のようなチームです。一般にはポジションが分かれているのではなく、営業パーソンが案件を探す段階から成約までの全工程をカバーします。大げさにいえば個人事業主の集団にも近いかもしれません。そのため強いチームであるためには、まず「個」が強くなければならないのです。
とはいえ個人の営業力に依存しすぎると一部の優秀な層に依存する弱いチームになりやすく、標準化する領域と個人技を磨いてもらう領域を理解したマネジメントが求められます。
営業管理を徹底することで、一部の人材ではなく営業パーソン全員に能力を発揮してもらうことが可能になります。
目的:
一般に管理職の部下の人数は5人~7人が適正と言われています。営業組織でも4人チーム、課が8人というケースはよくあると思います。ちなみに平成29年に調査された国家公務員の課長、室長、課長補佐クラスの部下の人数は以下の通りで、約5割の中間管理職は部下が10人以下です。
(参考:管理職のマネジメント能力に関するアンケート調査 結果概要(最終報告)-内閣人事局)
もちろん、仕事内容やメンバーの資質によって適正人数は異なります。営業組織の場合、コロナ禍でだいぶ様相は変わりましたが、オフィス外で個々に活動することが前提なので、より少人数段階から営業管理を行うことが望ましいと言えます。
少なくとも以下の兆候が表れてきたら速やかに営業管理に着手すべきです。
とくに中途採用者が多い組織では、営業管理を行わないとチームごとに営業スタイルやマネジメント方針が大きく違ってしまいます。まるで別会社同士のような様相になることも。自然に派閥が形成されたり、チーム編成を変えるときにミスマッチを起こすなど課題が後から噴出します。
ここでは、営業管理をすべき重要な5項目について解説します。
目標管理とは、営業パーソンが個人目標に達成するための進捗管理です。売上目標だけでなく件数やシェア率などを目標にする場合もあるでしょう。
売上げ目標は、経営から営業部門に降りてきた数値目標が各事業部に振り分けられます。事業部の編成はエリア別であったり新規開拓営業部門、大型顧客担当チーム、マーケティングセールス部門など組織構成によってさまざまですが、一般に管理職同士の合議で受けもつ目標が決定されます。
さらに、その数字が個々のメンバーに割り振られるわけですが、目標管理の基本はまずチーム員に目標数値に納得してもらうことです。一般には前年対比で目標を決めますが、加えて経験の違い、営業チームの目的や特殊性、景気などの環境変化も考慮して増減を多少加味できればよりよいでしょう。
前年対比ベースの目標設定は前任者の仕事の影響を大きく受けるなど決して100%公平ではありませんが、現状ではほかの基準よりメンバーの納得度が高い指標だと言えます。
目標に到達する指導方法は、チームの特性によって変わるでしょう。新規開拓部門が効率よく成果を出すには、ターゲティングが重要です。エリア担当営業であれば1日の訪問件数などの行動管理が重要。部門の特性によって適切なKPIを設定することがポイントです。
案件管理とは、取引先ごとに商談の進捗状況を管理することです。新規開拓のアプローチの段階から成約までの営業プロセスを細かく見ていくことで、取引先ごとの受注可能性や短期、中期の売上げ予測ができます。
また受注できない案件の理由、たとえばキーマンに会えていない、ヒアリング能力に不足がある、事例が不足しているなどの要因も見えやすくなるため、営業パーソンへの指導が的確になるでしょう。
案件管理をクラウドツールで行うと、情報がリアルタイムで可視化できるため各営業パーソンが同僚の案件の進捗状況を見て自身の営業活動に活かせます。
行動管理とは、営業パーソンの行動量をマネジメントすることです。営業の新規開拓から商談数、フォローのための訪問などすべての行動の数字を分析すれば、チームとして1件の受注まで平均何件の商談が必要か、そのためには月に何件のアプローチ必要かがわかります。
営業パーソンごとのアポイント率、商談数、受注率などがわかるため、個別に目標から逆算してどのくらい行動すれば目標達成できるかを見積もれるでしょう。
指標例:
スキル管理とは、各営業パーソンが持っているスキルを把握してマネジメントや教育に活かすことです。近年は平均的な人材が営業成績を上げるためのスキルが何か、どのような教育が必要かはある程度判明しています。標準化できるスキルに着目してOJT教育や外部研修を実施し能力を高めます。
たとえば、以下はリクナビNEXTが2012年に調査した現場の営業職が考える営業職に必要なスキルです。基本的なビジネスマナー、ヒアリング(傾聴のスキル)能力をベースとした課題把握能力が重要だとわかります。
(参考:リクナビNEXT)
上記に加えてSPIN話法、顧客の見極めのフレームワークを習得してもらうと大型案件にも強い営業パーソンを増やせるでしょう。
SPIN話法とは、状況質問(Situation Questions)、問題質問(Problem Questions)、示唆質問(Implication Questions)、解決質問(Need-Payoff Questions)の4種類の質問を組み合わせることで、お客様にそれまでとは違う視座で課題を捉え直してもらい解決策を導く話法です。
基本的な傾聴スキルがあれば信頼されて発注に結びつくことはありますが、聞き上手なだけではなかなか課題の核心に踏み込めないものです。
人は情報を十分に持っていても、何かを考えるときの思考回路が意外にワンパターンになりがちです。経路依存性といってこれまで行ってきた解決策を、状況が変化しているにもかかわらず取り続ける傾向もあります。
営業パーソンがSPIN話法を駆使することでお客様の本質的な課題、本当に目指している理想像に気づいてもらえる可能性も。SPIN話法は大型案件になるほど有効とされています。
(参考:大型商談を成約に導く「SPIN」営業術)
法人営業の成果とは、つきつめていえばいかに自社商品・サービスのニーズがあり、大きな予算を持っている見込み客にフォーカスしてアプローチできるかにかかっています。開拓すべき企業と深追いすべきでない企業は厳然と存在します。
見極めのフレームワークを理解していないと、営業パーソンが見込みのない企業や小さな成果しか上げられない案件に、足しげく通うことも。
以下に、見極めのフレームワーク「BANT」「MEDDIC」「GPCTBA/C&I」の概略を解説します。営業パーソンが見込み客を探す際のポイント、力を入れるべき案件と一般的な案件、引くべき案件を判断するときの役に立つでしょう。
BANT条件とは、予算とニーズがある企業の発注決裁権を持っている担当者と会って、予算の決定時期がいつかを把握するフレームワークです。
中小企業ならこの4項目をカバーしているのは経営者です。中堅以上の企業なら事業部長、担当課長などが権限を持っています。大型プロジェクトになると、決裁者は他部門をまたがって複数人出てきますので、担当者とリレーションを深めながら「現場を見学したい」「役員にご挨拶したい」などとアプローチし権限をもっている人にコンタクトをとる必要があります。
留意すべきは、日本企業では表向きの決裁者(組織の役職者)と実質的な決定権を持っている人が違う場合が少なくありません。まれにキーマンかそうでないかで露骨に対応に差をつける営業パーソンがいますが、窓口の担当者や現場への配慮を忘れないことが肝心です。
MEDDICとは見込み企業の以下の6項目から構成されている見極めのフレームワークです。 SPIN話法とともに大型案件をセールスする際に必要になるフレームワークです。
大型案件になるほど購買プロセスは長期にわたり、企業内の意思決定者も多くなり、社内の権力構造や人間関係も複雑化します。
着実に案件をつめていくためには見込み客の購買決定の重要な基準や本質的な課題、その課題解決を積極的に推進する担当者以外の人材にもアプローチしていかなければいけません。とくに自社の提案を応援してくれる「Champion」の発見が重要とされています。
GPCTBA/C&Iとは、HubSpotが考案したフレームワークです。以下の英単語の頭文字からとられています。
現代の見込み客は情報収集力にたけています。商品の概要だけでなく評価もWeb上で収集できます。営業パーソンは見込み客の目指している経営目標や社風を理解した上で、具体的に「商品・サービスが提供できる価値」あるいは「導入しなかったときのデメリット」を提示する必要があるでしょう。
このように、新人なら基本のBANT条件、中堅以上の営業パーソンならMEDDIC、PCTBA/C&Iも押さえておきたいところです。
営業パーソンのモチベーションは成果を上げる上での重要事項です。もっとも強制的に人の気持ちを前向きに変化させることはできないので、営業管理で行う「やる気管理」とはモチベーションを高められる環境づくり、仕組づくりとなります。研究によってモチベーションが高まる要因はある程度判明しています。
JD-Rモデルとは、以下の図にようワーク・エンゲージメントを高める要因を「仕事の支援」と「仕事の要求度」と捉えたわかりやすい理論です。
営業管理面で仕事の資源となるのは「仕事の裁量権(コントロール範囲)」「コーチング」「正当な評価」「パフォーマンスに対する正当なフィードバック」などがあります。
(厚生労働省「仕事の要求度-資源モデル(JD-Rモデル)とワーク・エンゲイジメント」もとに作成)
コーチングや1on1ミーティング、売上高だけでなく月度、四半期、年間MVP、達成率、新規開拓件数などさまざまな指標の営業キャンペーンで営業パーソンを表彰するのは、心理学的見地から見ても正しい施策だと言えます。
米国で行われた有名なホーソン実験でも「注目される」ことが個人の生産性にプラスの影響を与える結果が出ています(ホーソン実験には批判もありますが、こちらも営業管理職の方は経験則から納得できる理論かと思います)。
何より営業パーソンの成果を完全に公平に順位づけるのは本当は難しいものです。担当企業の規模、担当エリアの違い、チームの特殊性からそれぞれ重要な指標が異なりどうしても有利・不利の差は出てきます。
売上げという一つの基準ではなく、多様な指標によるインセンティブ設計をすることは、公平に評価しようという企業の姿勢の表れでしょう。営業パーソンの評価に対する納得度を高めエンゲージメントを高めることにつながります。
このように営業管理は、さまざまデータを多角的にしかも速やかに分析する必要があります。エクセルやスプレッドシートでも可能ですが、クラウドツールを活用するとより効率的な管理ができるでしょう。
営業支援ツールは使いこなせない企業が多かった負の歴史もありますが、近年は業界特化型、AI搭載型、シンプルな中小規模の企業向け、モバイル型など低価格でさまざまツールがあるため、ユーザーの評価が高まりつつあります。自社にあったCRMかSFAだけでも導入すると営業管理がスムーズになるでしょう。
CRMとは顧客情報管理システムのことです。顧客ごとの取引状況を一元管理し、個別の顧客のニーズに適した施策を打つことで顧客満足度を高め、引いては成果につなげていくことを目的としています。
営業支援システムとは、新規顧客開拓時点から成約までの営業プロセスを管理するシステムです。営業パーソンがかけたコール数、営業メール数、商談数、現時点での見込み、受注件数、売上金額などをすべて可視化できます。
近年は営業管理への科学的アプローチが進み、自社の売上数字や営業プロセスごとの営業パーソンの行動データを分析することで、目標達成に向けた着実な計画を立てられます。一方で営業の成果には、営業パーソンのモチベーションの高低や顧客との相性という科学的に分析しづらい要素も入り込むでしょう。
コロナショックのように景気の変動による環境の大幅な変化も起きます。日常的な「行動管理」「案件管理」などを徹底するだけでなく、営業パーソンのスキルを高める「スキル管理」や、個人のモチベーションが高くなるような環境を作る「やる気管理」にも力を入れて強い営業組織を作っていきましょう。