「リテンションマーケティング」「リレーションシップマーケティング」「カスタマーマーケティング」、etc. マーケティング領域には似たような名称、意味も同じような用語が多く、ややこしく感じる方も多いのではないでしょうか?
今回は、リテンションマーケティングについて解説します。Retention(リテンション)=維持なので、訳して「顧客維持マーケティング」です。ちなみにリレーションマーケティングは、信頼関係を構築して成果につなげるマーケティングです。
ちなみに、このような「〇〇マーケティング」という用語はすべて、マーケティングという広大な概念のどの部分にフォーカスしているかだけの違いです。マーケティングの最終目的は同じ。単に、切り取り方次第なので「今回はこの領域を重視したマーケティングの話」と捉えるとよいでしょう。似た概念は少なからずあります。
リテンションマーケティングは「リテンション=顧客維持」をメインの目的としたマーケティング。多くのお客様に継続して製品・サービスを使ってもらえるほど、企業の売上げが伸びるのはご存知のとおりです。
また、今やSNSやレビューサイトが全盛の時代。リテンションマーケティングがうまくいくと評判がよくなり、新規顧客も増えやすくなります。
リテンションマーケティングは、今や顧客維持にとどまらず、新規開拓のひとつのカタチにもなっています。本記事ではリテンションマーケティングを行うべき理由、期待できる成果、手法を紹介します。
リテンションマーケティングとは、既存顧客とのつながりを維持し、売上げを拡大することを目指すマーケティングです。
マーケティング、新規顧客開拓、既存顧客維持は、一連のビジネスの営みです。見込み客と出会いアプローチし契約にいたって、その後は長く取引を続ける流れの前工程と後工程であり、いずれも重要です。
しかし、どちらかというと営業・マーケティングについては、前工程の新規顧客開拓に予算と人員を投じ、既存顧客維持にそれほどフォーカスしてこなかった歴史があります。何しろ顧客を見つけて獲得するまでは、大変な予算と労力を使うためでもあるでしょう。一度契約した既存顧客は担当営業まかせになりがちだったのではと考えます。
皆さんの中でも、買うまでは熱心に営業してきた営業マンが、購入後さっぱり音沙汰なくなり、問い合わせしてもスルーされる経験をした方はいるのではないでしょうか。
「売った魚にエサはやらない」とばかりに、既存顧客を放置する姿勢の企業も少なくありません(フォローすると営業マンは毎月の目標達成のプレッシャーがありすぎて、なかなかきめ細かい対応ができなかったのでしょう)。
近年は、サブスクリプション型のビジネスモデルが普及しつつあります。従来のビジネスモデルとは真逆で、新規開拓は比較的容易、逆に既存顧客維持が難しいビジネスです。SaaSの重要指標が「リテンション率」「チャーンレート」であるように、すぐ解約できるビジネスにおいては、顧客維持こそ生命線です。
また、テクノロジーが進んだことで顧客のリテンション率が測定できるようになり、リテンション率を高めると企業収益が上がることを裏づける数々の調査結果が出てきました。そのため、ますます「リテンションマーケティング」に注目が集まっています。
リテンションマーケティングと似た概念に「カスタマー・マーケティング」があります。こちらはSaaS業界で「カスタマーサクセス」の導入が進んだあたりで登場した概念です。同じ既存顧客向けであっても、どちらかというとカスタマーの成功、発展により比重がかかっています。
正直、考え方も施策もかなり近いのですが、あえて区別すると、リテンションマーケティングは「リテンション=顧客の維持」により力を置いたマーケティング。カスタマーマーケティングは顧客維持を前提として、より顧客との関係性発展に力をおいたマーケティングと解釈できます。カスタマーマーケティングのほうが、顧客との関係性をより広く捉えているといえるでしょう。
ここでは、リテンションマーケティングが重要な理由を説明します。
端的に言えば、最近リテンションマーケティングが注目されているのは、売上げに直接結びつくことが、数々の統計からわかってきたことがあるでしょう。
パレートの法則でいわれるように、多くの企業で売上げの8割を1〜2割の重要顧客が占めているでしょう。また、1:5の法則でいわれるように既存顧客からの売上げを上げるコストは、新規顧客の5分の1と言われます。収益率も非常によいのです。
1:5の法則は経験則から導き出された法則ですが、近年は、デジタル領域で以下の新しい統計も出ています。安定した収益を上げるためには、既存顧客の維持に力を入れることが有効です。
5:25の法則ともいわれますが、米国コンサルティング会社Bain & Company社による「顧客維持率を5%増加させると、利益が25%~95%増える」という調査結果があります。
もちろん、業界によって比率は異なるでしょうが、同様の傾向を示す以下のデータも出ています。リテンションマーケティングに注力し顧客維持率を向上させると、売上が伸び成長が加速することが期待できます。
多くのお客様は、企業よりも「実際に使った人の評価」を信頼するようになりました。
HubSpotの2018年の調査によると、ビジネスソフトウェアを購入する担当者が参考にするのは、1位は「口コミ」2位が「ユーザー評価」3位が「メディア記事」です。営業マンは7位でしかありません。
リテンションマーケティングでは、顧客満足度を高める施策をとります。その結果、既存顧客に支持されたら、SNSや口コミサイトで評判が拡散され、新規見込み客の決断を後押ししてくれます。
考えてみれば、今は多くの人が何かを買うときにAmazonなどのレビューを読み込み、就職・転職先を決めるときはブラック企業かどうかを口コミサイトでチェックします。もはや今の時代の当たり前の行動パターンでもあります。
(出典:HubSpot)
顧客の評価が高くなれば、SNSやレビューサイトでの自社の評価(rating)が上がります。Ratingの高さは、ライバル企業との差別化のポイントです。
以下はカスタマーサポート領域で、No.1のZendeskを追い上げているFreshdesk社のHPにある「Rate比較表」です。思い切りライバルであるZendeskの名前を出してガートナー、G2などのユーザー評価を対比させています。外資っぽいアグレッシブさです。
(出典:Freshdesk)
表題を訳すと以下のとおりです。
Freshdesk is rated higher than Zendesk by users worldwide
(Freshdeskは世界中のユーザーからZendeskよりも高い評価を受けています)
タイトルと下の比較表だけで、くどくど文章を書かずとも「トップ企業よりも当社のSaaSが優れている」と強調できています。
ちなみに「Zendesk」で検索すると、GoogleでもSNSでも結構な確率でFreshdeskの広告や記事が目につきます。SEO施策もからめて、Zendeskユーザーに積極的に自社SaaSをアピールする戦略をとられていることがうかがえます。
アクイジションマーケティングとは、新規顧客獲得に注力するマーケティングです。リテンションマーケティングの前工程です。アクイジションマーケティングの後工程に位置し、契約にいたった顧客に対するマーケティングがリテンションマーケティングです。
アクイジションマーケティングは、多くの見込み客層からリードを絞り込み、ニーズを喚起し自社の価値を理解してもらい、契約につなげるまでのマーケティングです。リードジェネレーション→リードナーチャリング→リードクオリフィケーションというステップを経てようやく契約となります。まったく自社を知らない人に知ってもらうわけですから、予算も時間もかかります。以下のファネルの流れです。
リテンションマーケティングは、この後の工程であり、すでにある程度の信頼関係ができて一度製品・サービスを購入してくれた既存顧客に対して満足度を確認し、よりよく活用してもらうようにサポートしたり、新たな課題に対して提案したりします。
一般にBtoB取引では、いきなり新規の取引で大きな発注はしないため、1回目の取引は様子見という感じです。「売ってから始まり」とあるように、ここから信頼関係を深め(ベンダーは顧客理解を深め)、顧客に役立つためのマーケティングがリテンションマーケティングです。
ファネルで表すと上部がアクイジションマーケティング、下部がリテンションマーケティングです。
ここでは、リテンションマーケティングを活用できるシーンを紹介します。
企業のカスタマーサポートに連絡した際「良い対応だった」と思う割合はどのくらいでしょうか? おそらく一度もイライラしなかった方が少数派ではないかと思います。2020年度のNTTコミュニケーションズの調査では、電話がつながらず困った経験は74.3%.です。
7割とはすごい率であり、多くの企業がカスタマーサポートセンターの回線をあまり用意していないことがわかります。
もちろん、電話をなくす企業も出てきているご時世なので「今時電話対応は受けません」という企業もありでしょう。しかしアップセル、クロスセルの電話営業はがんがんかけてくるのに、カスタマーサポートは全然つながらないという企業も珍しくありません。
Webから問い合わせしようとカスタマーサポートのページを見ても、問い合わせフォームがどこかすぐわからず、セルフサービスのQ&Aはあっても自分の問題には該当せず、チャットボットもわけのわからない返答、ようやく見つけた電話番号にかけたら延々アナウンスという経験をされた方もいるかと思います。
そこに「ユーザーコミュニティに聞こう! 」という見出しがあると、企業の責任回避の姿勢に見えるほどです。
このように既存顧客を大事にするといっても、顧客側と企業側の温度差はかなりあるのが実情です。
少なくともサブスクリプションモデル、ECショップなどはカスタマーサポートをおろそかにしては、他の施策の効果も限定的になるでしょう。寄せられた意見やクレームをもとにできることから、サポート体制を改善して顧客満足度を向上させましょう。
リテンションマーケティングを実施する前に、現状把握が大事だということで、顧客満足度調査、各種アンケート調査、NPS(ネットプロモータースコア)を実施して顧客からのフィ―ドバックを募っている企業はかなり増えました。
顧客満足度調査でも、1~10で顧客を批判者、中立者、推奨者に分けるNPSでも、選択式の質問以外に「なぜそのスコアをつけましたかか? 」とコメントを求めることが一般的です。
スコアをもとにサービスを改善させていく。ここまでは良いのですが、顧客からフィードバックされた意見を会社の製品・サービスに反映させたことを、顧客に報告できているでしょうか?
アンケートに応じた顧客は、ささやかな期待を企業にします。ところが一向に何も改善された様子がないのに、同じ調査が何回もくると少し失望することもあります。
企業にとっては定点観測でも、顧客にとっては年に何回も同じ依頼がくると「改善もしないで質問ばかりしないでほしい」という心象になる可能性もあります(ECショップなどは問題なくてもSaaSの機能改善などは顧客の期待値も高いはずです)。
実は、改善されてサイト上の「お知らせ」などで報告されているかもしれませんが、気づきにくいところで報告されても多くの顧客はわかりません。わかりやすいところでPRするか、3回目以降の調査のときの定型メッセージを、一工夫するなどの気配りをしたほうがよいでしょう。
NPSの質問文は短く簡潔が基本。しかしプロダクトによってはクッション言葉が一つ入ってもよいと思います)。多くのユーザーは我儘ではありません。少しでも改善されたことがあったり、改善しようとする姿勢がメッセージから見えたりすると、企業を評価してくれるかと思います。
売り切りではなく、企業と顧客という単線の関係性でもなく、企業の従業員、ユーザー、パートナー企業まで参加できるコミュニティを作る方法もあります。
SaaS大手はコミュニティ運営に熱心です。セールスフォースの『Trailblazer Community』は、コミュニティから吸い上げた意見を、プロダクト開発に生かすところまで仕組み化されていることで知られます。自分たちの意見が反映され、進歩したサービスに顧客はますます愛着を持つでしょう。
そこまで大がかりではなくても、Facebookのグループなどを活用してユーザーコミュニティを作成したり、ユーザー向けに定期的なイベントを実施したりすることで、自社にあった規模のコミュニティを作ることができます。
参考までに、以下の「Trailhead」は、Salesforce社の無料学習プラットフォームです。参加者は、Trailhead for Slack と Trailhead GO を利用すれば、実務のワークフローに沿った学習を進めてスキルアップすることができます。専門的な製品・サービスでは、このような教育支援も有効です。
(出典:https://trailhead.salesforce.com/ja)
ここでは、海外事例を参考にリテンションマーケティング施策でおすすめの方法を紹介します。
購入した時点でのお礼メール、一定の期間ごとにフォローアップメールを送りましょう。パーソナライズされた割引の案内でもよいでしょう。既存のお客様との関係はほどよい距離感が必要です。あまり、過剰なアプローチは逆効果ですが、少なすぎると存在を忘れられてしまいます。
無料ウェビナーの案内、ユーザーコミュニティへの招待、興味を持っていそうな新製品・サービスの案内など、メールやSMSであたのことを大切にしているという意思表示を継続することが大切です。なお、件名に受信者の名前を入れるだけで、開封率が50%向上するそうです。
ロイヤルティプログラムとは、頻繁に利用している顧客に割引や、特典、クーポン、未発売商品の入手などの特典が提供されるプログラムです。実際に製品・サービスを使ってくれている顧客に自動的に感謝の念を伝えます。B2Bでは、特に熱心な顧客にベータ版の製品機能へのアクセスを提供するなどの方法があります。
ポイントプログラムとの相違点は、単なる割引提供ではなく、あくまでロイヤリティの高い顧客を醸成するためのプログラムであることです。近年は専用のITツールも出ています。
「アドボカシーマーケティング」とは、企業や製品に対してロイヤリティの高い顧客を育成し、発信の場を与えるマーケティングです。あくまで発信できる機会と場の提供であり、そこに報酬は発生しません。前提として顧客満足度が高い必要があります。
では、そのような顧客を増やすにはどうすればよいかというと、顧客を常に徹底的に支援することです。以下のPhilip Kotler(フィリップ・コトラー)氏が絶賛している本『アドボカシーマーケティング』では、顧客のためを思えばときに他社の製品を進めることもある、自社製品のマイナスな点も開示し、顧客に判断してもらうことで顧客から長期的信頼を得るという考えが示されています。
ここまで顧客の支援を徹底し、アドボケイト(支持者)を増やすことで、顧客の評価が高まるのであり、近年世間を騒がせた高額報酬によるレビュー依頼の事件、ステルスマーケティングとは別物です。おそらく、アドボカシーマーケティングの考え方は、日本のBtoB企業には理解しやすいでしょう。
(参考:blog.alexa.com/、mba.globis.ac.jp、Amazon)
リテンションマーケティングは、アクイジションマーケティング(新規獲得のためのマーケティング)とともに企業にとって重要なのですが、多くの企業があまり注力できなかった歴史があります。
しかし、サブスクリプションモデルの普及、SNSやレビューサイトの隆盛により、今やリテンションマーケティングは、既存顧客の売上げ拡大だけでなく、新規開拓のひとつの手法にもなっています。「売ってから始まり」という言葉を思い出し、リテンションマーケティングに投資していきましょう。