マーケティング担当者が知っておくべき「購買心理学」とは?

2022/03/04
購買心理学 マーケティング担当者が知っておくべき「購買心理学」とは?

心理マーケティング100の法則」「営業マンは心理学者」といったタイトルの本があるように、営業・マーケティングの世界では、心理学の知見がふんだんに活用されています。

考えてみれば、見込み客の気持ちがわからないで何を売るというのでしょう?

コンテンツマーケティング、SNSマーケティング、メールマーケティング、etc すべてのマーケティング施策は、人間への理解、顧客理解がベースあってはじめて良い効果につながります。

心理学とは「人の行動や心的過程」について、科学的に研究がされてきた学問です。つまり再現性があります。もちろん、100人が100人同じ心理傾向をしめすわけではないのですが、「Aという状況だと、大多数の人がこのような行動をとる傾向がある」というナレッジが豊富に蓄積されています。

マーケティング施策を立てる際に迷ったら、心理学の知見にあたってみましょう。「なるほど」「やっぱり意外! 」などいろいろな発見があり、より有効な施策を立てることができるでしょう。

本記事では、心理学の中でもマーケティングの効果を高めるために知っておくべき「購買心理学」について解説します。

購買心理学とは?

購買心理学とは、人が何かを購買する際の意識のプロセス・行動について研究された心理学領域です。

例えば、ショッピング中に目にとまった予定外の買い物をしてしまった経験がある人は少なくないと思います。リアルな店舗であれECであれ、さまざまな「売れる仕掛け」がされており、そのベースに心理学的知見が活用されています。

飲食店は食欲を喚起する色を使った店づくりをしているので、でかけるとついつい外食します。買う気はないのに、店員さんとちょっと話してしまうと、買わなければ申し訳ない気になって買ってしまいます。このような心理は、あなただけでなく、多くの人間に共通した心理なのです。

BtoBマーケティングでも、購買行動モデル「AIDMAの法則」は有名です。最近はWeb時代の購買行動モデルAISASほか、購買に際しての人の心理、行動パターンがいくつも研究されています。

AIDMAの法則

購買心理学で欠かせない知識

ここでは、マーケティング担当者が実務に活かせる購買心理学の法則を解説します。

1.Reciprocity 返報性の法則

Reciprocityとは、誰かに親切にされたら自分も相手に親切にしたくなる、恩返しの心理です。相手への好意があってもなくても、好意には好意をお返ししなければと感じます。1971年にデニス・リーガンが行った実験で実証されています。以下のような返報性があります。

  • 好意の返報性
  • 敵意の返報性
  • 譲歩の返報性
  • 自己開示の返報性

「好意の返報性」は、1984年に米国のRobert B. Cialdini(ロバート・B・チャルディーニ)氏が著書「Influence(邦訳版タイトル:影響力の武器)」でも取り上げられているように、マーケティング領域で活用できます。

返報性の法則は、非常に強い心理だと言われています。昔、日本を騒がせた大型の投資詐欺事件で被害にあった老人がテレビの取材で、「あの男が詐欺なのはわかっていた。あいつは毎日うちにきて、お茶のんで、肩もんでくれることもあった……金はあいつにくれてやった」と発言をしておられ、何ともいえない気持ちになったことがあります。

相手への好意がなくても、相手を信用していなくても好意を返したくなる……人には理性では押さえきれない心の動きがあります。もちろん、悪用はいけません。しかし、人間の本質は義理がたく、好意の循環が社会にあることはたしかです。

ビジネスでも返報性の心理をベースにした行動は普通に行われています。営業マンの一連の行動はもちろん、コンテンツマーケティングも、無料の価値ある知見をブログやメールマガジン、ホワイトペーパーなどを提供することで、見込み客から好感をもってもらいます。フリーミアム戦略や長期の無料トライアルも同様でしょう。

小さな好意、親切の積み重ねが、いざ本格的な検討になったとき「せっかくならあの会社に声をかけてみよう」という心理を呼び起こすケースは少なくありません。

ただし、相手が親切にされたと感じるのは価値のあるものを提供されるからです。「こんな良い情報を無料で? 」と感じなければ、お返ししたいとは思わないので、その点は留意しましょう。

フリーミアムの例:HubSpotの無料CRM

HubSpotの無料CRM

(出典:HubSpot

2.Anchoring アンカリング

アンカリングとは、最初に得た情報がアンカー(錨)となり、個人の意思決定の判断を歪める心理現象を指します。アンカーとは船の錨(いかり)のことですが、錨につながれている船のように、何かを判断するときにいつも最初の情報につながってしまうとイメージするとわかりやすいでしょう。1974年、米国のAmos TverskyとDaniel Kahnemanによって提唱された理論です。

アンカリングは幅広い分野で自然に活用されています。例えばすべての特売セールは、最初の高い価格を知っているからこそお買い得に感じます。価格破壊とうたうセールに「元がぼったくり価格だったかも……」と思う人はまれです。

一方、値上げを納得してもらうのはなかなか困難です。良心的な企業が薄い利幅で格安で提供していたプロダクトをやむを得ず値上げする場合も、元の安い値段を知っている顧客は理不尽に感じる傾向があります。「今まで安すぎたから、上げて当然だよね」と思う顧客はわずかでしょう。このように多くの場合、人の基準は「最初の情報」になります。

10%OFFキャンペーンの例

アンカリングの例 10%OFF

(出典:vcube.com

3 . Social proof 社会的証明

Social proof(社会的証明)とは、人が他人の行動を真似て行動を起こそうとする心理的・社会的現象であり、米国の心理学者ロバート・チャルディーニ氏1984年に発表した著書「Influence(邦訳版:影響力の武器)」の中で提唱した概念です。

特に未知の領域については、その傾向が強くなるそうです。

例えば初めて扱うツールは、予備知識が少ないので業界トップの企業に頼みたくなります。賞をとったなど権威に認められたツールなら安心感をおぼえます。法人の購買であれ、個人の買い物であれ、何かその製品・サービスの優秀さを証明するものがあると「みなが買っている」「みなが褒めている」と安心感をおぼえます。

Social proofには以下の例があります。

  • 事例、体験談
  • 受賞歴(〇〇大賞1位、人気ランキング1位等)
  • 導入実績(実績の多さ、大手企業、ブランド企業を目立たせる)
  • メディア掲載歴(雑誌〇〇に取り上げられました等)
  • 第3者証明:ガートナーの〇〇を受賞」「〇〇の顧客満足度調査No.1」等

例えば、こちらはBaseconnect株式会社の提供する、法人営業企業データベース「Musubu」のHPです。実績数、導入企業のロゴがわかりやすく強調されており「良い営業リストなんだろうな」という印象を喚起します。

事例を強調した効果的な『Musubu』の公式HP
事例を目立たせるMusubu公式HP

(出典:https://www.musubu.in/

4 . Commitment and consistency  コミットメント&一貫性

コミットメントと一貫性のバイアスとは、一度小さな要求に応じると、後で大きな要求にも応じる可能性が高くなる心理傾向です。こちらも、「Influence(邦訳版タイトル:影響力の武器)」で紹介されています。

書籍『影響力の武器』

(出典:Amazon

営業マンの方には「フット イン ザ ドア」といったほうがわかりやすいかもしれません。飛び込み営業なら、ドアを開けてもらうという小さなお願い、テレアポなら「まず、資料を送りたい」などの小さなお願いにYESといってもらい、次のステップで「よかったら事例を説明したいのでオンラインミーティングを」と、次の小さなお願いにうつっていきます。

マーケティングでは直接の会話ができないので、見込み客のコミットメントを維持してもらうことが重要です。

  • 無料のウェビナーに参加してもら
  • アンケートに答えてもらう
  • メールマガジンに登録してもらう
  • 見込み客に適したガイドなどのダウンロード資料を案内する

といったステップで、徐々に自社を知ってもらうことが望ましいでしょう。最初は小さなお願い、そして見込み客自身に最終判断してもらうことがポイントです。人は自分の判断が正しいと思いたいものであり、行動に一貫性を持ちたい心理があります。

5.Mere exposure effect(単純接触効果)

Mere exposure effectは(単純接触効果)とは、繰り返し接する対象に好感を持つ心理です。1968年にアメリカの心理学者Robert Zajonc(ロバート・ザイアンス)氏が論文 で提唱したことから、「ザイアンス効果」とも言われます。

興味がないものでも何度も見たり聞いたりすることで潜在記憶となり、人の判断に影響を与えます。CM、広告などの宣伝広告全般は、この原理のもとに成り立っています。

CMが多い商品ほど人々は店舗で商品を手に取るケースが増えるでしょう。ただし、継続性が鍵であり、1回だけの広告、CMでは印象に残りません。SNSマーケティングもコンテンツマーケティングも、間隔をおいて継続して発信することが大切です。

Paradox of choice選択のパラドックス

Paradox of choice(選択のパラドックス)は、アメリカの心理学者Barry Schwartz(以下シュワルツ)氏が、2004年に自著で提唱した理論です。シュワルツ氏は、消費者の選択を排除することで、買い物客の不安を大幅に減らすことができると主張しています。

書籍『THE PARADOX OF CHOICE』

(出典:Amazon

この理論も商売のいたるところで活用されています。一般に寿司屋のメニューは「松竹梅」、レベルを表す「高・中・低」、プレゼンテーション資料でよく書く「3つのメリット」もそうです。

5つくらいでもよいのですが、10もの品書きがあるとメニューを選ぶのに時間がかかります。提案書に「10のメリット」とあると、一つひとつの印象が薄れてしまうかもしれません。

人は、選択肢が多すぎるとストレスを感じます。選択肢が多いとそれぞれの特徴を比較検討した上で意思決定しなければなりませんが、意思決定は脳のエネルギーを非常に使います。

コンシェルジュという職種が存在するのは「選択肢を絞り込む役割」を代替してくれるからです。選択肢を少なくする、場合によっては1つを押すことも有効です。SaaSの価格も多くの会社は3~4プランを提示しています。

6. Pygmalion effect

ピグマリオン効果とは、人は期待されている通りの成果を出す傾向があるという理論で、米国の教育心理学者Robert Rosenthal(ロバート・ローゼンタール)氏が1964年に提唱しました。元々、教育領域の理論ですが、現代は社会生活全般に活用されています。

  • 相手を尊敬していれば、相手は尊敬に値する人物になろうとする
  • 相手を信頼していれば、相手は信頼に応えようとする
  • 相手が成長すると思っていると、成長していく

シンプルな法則です。しかし人に本気で期待する、信頼することができるのも実はそう簡単ではありません。そのためビジネス領域において、お客様を信頼していると伝わるメッセージを伝え続けることは有効です。

見込み客が達成したいと望んでいる目標を「必ず実現できる」という思いで、応援者の立場でサポートし続けることで、期待に応えてくれる可能性が高くなります。テキストベースでは難しいかもしれませんが、カスタマーサクセスや営業領域で活用できる法則です。

購買の中心に来るのは誰だ?

BtoBビジネスでは、顧客の購買心理だけでなく、属性(ポジション、職務等)も理解することが大切です。

例えば、米国では2015年発売の「The Challenger Customer」という本がベストセラーになりました。さまざまな業界の数百人の営業担当者、数千人の顧客を調査した結果、顧客接点となる人は7つのプロファイルに分類されるという内容です。ご興味ある方は邦訳版「隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法」を読むと面白いかと思います。

書籍『The Challenger Customer』

(出典:Amazon

BtoBの担当者は、あくまで組織の窓口代表であり、自分の感情、好き嫌いではなく、組織のメリットが購買基準になるからです。どのような責任を負っているかを把握する必要があります。

また、BtoBマーケティングや営業が難しいのは、キーマンがかならずしも一人ではないことです。1967年に、米国のFrederick E. Webster, Jr.,とYoram Windが提唱したバイイングセンター概念があります。

バイイングセンターとはインフォーマルな組織であり、社外からは見えにくい「BtoB購買に影響を与える人々」です。ここでは、購買に関わる6タイプの役割を紹介します。

購買に関わる6タイプの役割の図

The initiator(イニシエイター)

製品の購入を提案する人。SaaSであれば実際にシステムを活用する現場のマネージャーなど、ツールの必要性を理解し社内で声を上げる人です。経営者の場合もあります。

イニシエイターが自発的に情報を探し問い合わせる場合もありますが、ベンダーの営業から提案されてイニシエイターになる場合もあります。

The deciders(決裁者)

決裁者とは、購入の最終的な決定をする人です。事業部長かもしれませんし、経営者かもしれません。単価が低い場合はマネージャークラスが決裁者の場合もあります。

決定者は、稟議に判子を押す承認者とは限りません。導入を決める社内的な権力、実力を持っている人であり、キーマンです。

The purchaser(購入者)

一般には企業の購買部門です。部品や資材など物販の場合は企業の購買部が担当することが多く、SaaSなどのサービスになると、プロダクトを使うユーザー部門(総務、経理、マーケティング等)=購入者になることが多いでしょう。

マネージャークラスが決裁者であることが多いのですが、企業によって若手の場合もあれば経営者の場合もあります。

Influencers(インフルエンサー)

インフルエンサーとは、購入に大きな影響力を持つ発信者です。企業には、多方面に影響力を持つ幹部がいます。新しい物好きでいわゆるアーリーアダプターな彼らは、自社にとってメリットのある新しい情報をいち早く感知し、良い提案であれば後押しします。

プロダクトによっては、まったく役職のない現場のユーザーがインフルエンサーを兼ねている場合もあります。中小企業の経理部門にシステムを納入したい場合、実務に何年も携わっている非正規女性社員がインフルエンサーかもしれません。

gatekeepers(ゲートキーパー)

ゲートキーパーとは、直訳すると「門番」。要するに購買活動を監視する人です。バイヤーや購買部門のマネージャー、SaaSであれば社内のIT部門のマネージャーかもしれません。

専門知識を持っており、自社にふさわしいプロダクトか、提供する企業に問題がないかを見定める役割です。

users(ユーザー)

ユーザー とは、製品・サービスを活用する人達です。会計SaaSなら経理部門の従業員、人事向けSaaSなら人事部門の従業員になります。

簡単な製品・サービスであれば、ユーザーの影響力はそれほどなく購入決定者だけで機能・予算を比較検討して決められます。購買担当者がユーザーではなく、検討しているプロダクトの使い勝手がわからない場合は、ユーザーの影響力が大きくなります。

例えばSaaSを導入する際に、フリーミアムで一定期間、従業員に使ってもらい意見を聞いて購入を決めます。実質、ユーザーが決定者も兼ねるケースです。

バイイングセンターの人数は業種・企業規模によって異なりますし、職位と影響力が比例しないケースも多々あります。ただ、業界で一定の傾向はあります。

Harvard business reviewの「誰が本当に買うのか? 」の記事で、通信機器導入の際のバイイングセンターの例が出てます。

イニシエイターである部長が社内の通信システムのリプレースを提案。管理部門の副社長が deciders(決裁者)。電気通信部門とデータ処理担当副社長は、システムとベンダーと取引するかについて重要な発言をするインフルエンサー。ゲートキーパーは購買部門と通信部門。ユーザーは全従業員といった具合です。

製品・サービスの価格が高く、使う人が多いほどバイイングセンターの人数は増えます。他社との競争に勝つには、窓口の担当者だけでなくバイイングセンターの人たちから信頼される必要があるのです。

バイイングセンターの図(HBR)(

(参考:hbr.org

まとめ

マーケティングは、人の気持ちの変容を促す仕事です。購買心理学はBtoBマーケティングのさまざまな領域で役立つでしょう。

手順としては「バイイングセンター」のメンバーを想定(できるだけ特定)→ニーズをイメージ→ペルソナカスタマージャーニーを作成→心理学を活かしながら各チャンネルのコンテンツ作成といった流れです。前提として、見込み客が誰か? どのようなことを求めているのか? をわかってこそ、購買心理学の知識が生きてきます。

日本企業はマーケティングにあまり力を入れてこなかった歴史があり、多くの企業のマーケティング担当者は指導者がおらず、社内にノウハウがなく困ると思います。顧客の気持ちがわからなくなったときは、先人たちの知見にアクセスしてみましょう。現場でわからなかったことも、研究領域ですでに解が出ていることはたくさんあります。

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

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