マーケティング界には、有名人がたくさんいます。巨匠フィリップ・コトラー氏をはじめ、マイケル・ポーター氏、セオドア・レビット氏、新進気鋭の学者まで入れると書ききれないくらいです。
私たちは、経営やマーケティングという変数が多い世界で、アカデミックや実業界のエキスパートの知見に助けられつつ、どうにか未来を予測し、仮説を立て、戦略を実行していくことができています。
もちろん、フレームワークどおりこなせば成功するオペレーションのような世界ではありません。ただ、マーケティングの歴史、先人たちが発明したフレームワーク、最先端の研究知見を知ることは、間違いなくマーケターにとって役立つでしょう。
本記事では、BtoBマーケティング担当者が知っておくべき11人のマーケティング領域の有名人を紹介します。
マーケティングとは「売る仕組みを作ること」です。しかし、もう少し詳しい定義となると各権威(組織)、学者によって異なります。
現在、米国マーケティング協会(AMA)の定義は以下のとおりです。
Google日本語辞書(Oxford Languages)の定義は、以下のとおりです。
もちろん異論もありますが、近年のマーケティングの定義については、製造から販売までにわたる事業活動そのものに近い考え方が主流だといえます。
マーケティングはビジネスと紐づいた概念であるため、定義や手法が時代と共に進化・拡張していくことも理解しておきましょう。
マーケティングの起源はいつでしょうか? フィリップ・コトラー氏は「世界で最初のマーケターはアダムとイブにリンゴをすすめたSnake(蛇)」と講演でユーモラスに述べています。
マーケティングという概念はないにせよ、古代から人々は何かを売るための工夫・仕組みづくりを世界各地で行ってきました。
ただ、近代マーケティングの概念は、産業革命が起きた19世紀末〜20世紀に原型が作られたと言われます。このころに欧州では新聞、雑誌などのメディアが増え、ビルボード、ラジオ広告なども始まりました。
20世紀初頭になると、米国の有名大学がマーケティングを学問として成立させ、マーケティングの研究をけん引していきます。特に1908年にハーバード大学が開校したことは、マーケティングの発展に大きく寄与しました。
米国で発展した近代マーケティングの歴史にはさまざまな時代区分、解釈があり、論争が続いています。以下は4つの時代にわけている例です。4〜7つの時代に分けて説明されることがよく見られます。
上記はあくまで一例です。ほかにもさまざまな時代の分け方や解釈がありますが、おおよそ以下の流れです。
時代区分については、現在のトレンドもそうですが、ある一年で急に切り替わるのではなく、ゆるやかに主流が変化し、古い概念も残りつづけます。国によっても歩みは違い、日本は米国の何年か遅れでトレンドを追うかたちです。実務担当者としては、おおよその歴史の流れだけつかむ感覚で十分かと思います。
(参照:trianglemarketingclub.com/、cynosurallc.com、HubSpot)
ここでは、BtoBマーケティング担当者が知っておくべき、近代マーケティングに大きな影響を与えた学者たちを紹介します。
「近代マーケティングの父」、「マーケティングの神様」と呼ばれる世界的マーケティングのレジェンドが、米国の経営学者のPhilip Kotler(フィリップ・コトラー)氏です。
コトラー氏は、STP理論やマーケティングの6P、7Pを開発しました。また、Jerome McCarthy(ジェローム・マッカーシー)氏が発明した4Pを広く普及させることで、実業界に寄与しました。市場での地位を「リーダー」「チャレンジャー」「フォロワー」「ニッチャ」に分類して適した戦略をとるべきという「競争戦略論」も提唱しています。
1967年に出版した『マーケティング・マネジメント』は現在第15版。ビジネススクールにおいて世界で最も広く採用されています。複数の著書をとおして、時代とともに変遷するマーケティングの概念の進化を以下のように分類しています。
2021年に出版されたコトラー氏の新著「マーケティング5.0」では、マーケターはネクストテクノロジー(AI、IoTなどなど)と、どう向き合うべきかを説いています。コトラー氏が80歳を超えていることを考えれば驚異的なパワーです。ちなみに、日本はまだマーケティング2.0の段階だと言われます。
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Theodore Levitt(セオドア・レビット)氏は、米国の経済学者であり、元ハーバード・ビジネススクール名誉教授です。1985年から1989年は『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌編集長も兼任し、発行部数を大きく伸ばした人物でもあります。
セオドア・レビット氏は、1959年にハーバード・ビジネス・レビューで『マーケティング近視眼』という論文を発表し高く評価され、翌年マッキンゼー賞を受賞しました。
マーケティング近視眼とは、「企業が商品を販売する際に機能のみに着眼してしまう」ことを指します。レビット氏は「顧客は商品ではなく、商品が提供するベネフィットを購入している」と主張しました。
1970年代には、当時まだ主流だった「販売志向マーケティング」に対し「顧客の望むものを知り、それから作る」べきであると主張し「市場志向マーケティング」を提唱した中心人物の一人と言われます。
1983年にはホールプロダクトモデルを開発。また、企業の目的について「単にお金を稼ぐことではなく、顧客を作り、維持することである」という定義を提唱しました。
「グローバリゼーション」という用語、「ドリルを買う人が欲しいのは穴である」という格言を広めたことでも知られます。先進的な学者であるだけでなく、拡散力があった人物でした。フィリップ・コトラー氏とともにマーケティング界の2大巨匠とも言われています。
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David A. Aaker(デビッド・アーカー)氏は、現代ブランド論の第一人者として有名なカリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院名誉教授です。アーカー氏は、MIT(マサチューセッツ工科大学)を卒業し、スタンフォード大学で統計学の修士と、経営学の博士号をとりました。
アーカー氏の功績は、「ブランドは会計上計上できる資産価値である」として「ブランド・エクイティ(ブランドの資産価値)」を体系化したことです。
1980年代以降のM&Aブームによって、無形資産価値が有形資産価値をはるかに上回るなか、アーカー氏が1991年に出した『ブランド・エクイティ戦略』は多くの企業に受け入れられました。アーカー氏はその後も100本以上の論文、11以上の著作を出し、ブランド論の発展に寄与してきました。
アーカー氏の科学的なアプローチは、ブランドマーケティング・サイエンスの発展に著しく寄与したとして「ポール D. コンバース(Paul D. Converse)」賞を受賞しています。
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Don E.Schultz(ドン・シュルツ)氏は「IMC(統合マーケティングコミュニケーション)の父」と呼ばれる、元ノースウェスタン大学名誉教授です。
IMC(統合マーケティング・コミュニケーション)とは、消費者と企業とのすべての接点(広告、DM、Web、店舗、スタッフ等)をメッセージ伝達のチャネルと考え、購買行動に影響を与えることを考える統合的なマーケティングです。
また、ドン・シュルツ氏は、3M、ビザ・インターナショナルなど数多くのグローバル企業のコンサルティング実績があり、自ら経営するコンサルティング企業のCEOでもありました。IMCの権威であるとともに優れた実業家だったのです。
ドン・シュルツ氏は、フィリップコトラー氏、デビット・アーカー氏の3人の組み合わせで、マーケティング界の3大巨匠と言われます。
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Kevin Lane Keller(ケビン・レーン・ケラー)氏は、ブランド・エクイティ研究の第一人者です。現代ブランド論、ブランディング、戦略ブランド・マネジメントの研究で国際的リーダーの一人として名高い、ダートマス大学タック経営大学院教授です。
著書「戦略的ブランド・マネジメント」で、ブランドエクイティモデル(ブランド・エクイティを構築し、測定し、管理するガイドライン)を提示しました。この本は、スタンフォード、ハーバードなど、トップビジネススクールにテキストとして採用されています。
前述のアーカー氏とともに、ブランド論の基礎を築いた人物として知られます。学者としてだけではなく、ブランディングのコンサルタント、ロックバンド「ザ・チャーチ」の運営に携わるなど、多方面で活躍しています。
フィリップ・コトラー氏はケラー氏を高く評価し、自身のマーケティングの入門書の共著者にケラー氏を選びました。「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版」はベストセラーになっています。
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マイケル・ポーター Michael E. Porter(マイケル・ポーター)氏といえば、日本でも有名な米国の経営学者です。マイケル・ポーター氏は競争戦略論の第一人者であり、著書『競争の戦略』で提唱した「3つの基本戦略」「5フォース分析」「バリューチェーン」などのフレームワークをご存知のマーケターも多いでしょう。
マイケル・ポータ氏は、1982年にハーバード大学大学院で、同学史上最年少の正教授に就任してから現在にいたるまで、世界の企業経営者に広く影響を与えています。企業だけでなく各国のアドバイザーとしても活躍しています。
また、ポーター氏の理論は、後世の研究者にも多大な影響を与えました。戦略論の分野では、ポーター氏の「競争戦略論」を土台にさまざまな新しい理論が生まれています。前述のアーカー氏、次に紹介するジェイ ・バーニー氏もそのひとりと言われます。
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Jay B.Barny(ジェイ B.バーニー)氏は、ユタ大学経営大学院教授です。アメリカ経営戦略領域における「リソース・ベースト・ビュー」発展の原動力となった戦略理論家です。
マイケル・ポーター氏が、業界構造分析とポジションの獲得が高い利潤を上げると提唱したのに対して、競争優位の源泉として企業内部のリソースに注目する理論「リソース・ベースト・ビュー(RBV)」を提唱したことで注目を浴びます。
また、リソースが競争優位の構築上有効かを分析する、経済価値(Value)、希少性(Rarity)、模倣困難性(In-imitability)、組織(Organization)の4つの視点で捉える「VRIO分析のフレームワーク」を開発しました。
ポーターVSバーニー論争と言われるように、バーニー氏とポーター氏の理論の違いは注目されました。ただ、バーニー氏自身は、マイケル・ポーターの『 Competitive Strategy』は経営戦略論の学術的地位の向上に大きく貢献した、象徴的な論文であると述べています。
ポーター氏とバーニー氏やアーカー氏は学派が異なります。ポーター氏などのポジショニング派を第1世代、バーニー氏らを第2世代、と表現することもあります。このようなアカデミック領域の派閥という観点から達人の研究を見ると、理解が増すかもしれません。
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イゴール・アンゾフH. Igor Ansoff(イゴール・アンゾフ)氏は、「戦略的経営の父」と呼ばれる米国の経営学者です。ロシア系アメリカ人であり、米国移住後、英語ができない状態から学問にはげみ、スティーブンス工科大学を、トップレベルの成績で卒業しました。
アンゾフ氏は、米軍のシンクタンクやロッキード社の幹部としてのビジネス経験から、「非連続的な戦略的変革に対する組織的抵抗」という研究テーマにたどりつきます。そして、「組織は戦略に従う」の命題で有名な、アルフレッド・チャンドラー研究を基礎にし経緯を表しながらも「戦略は組織に従う」と提唱したことで知られています。
アンゾフ氏が開発した、体系的な事業多角化の4戦略「アンゾフマトリクス」は、「成長マトリクス」「事業拡大マトリクス」とも呼ばれ、世界中の企業で活用されています。
アンゾフマトリクスの分類
1965年には「企業の現在地(As is)」と「企業のあるべき姿 (To Be)」のギャップを縮減すべきという「ギャップ分析」を開発。こちらも、現在でも経営分析手法として多くの企業に用いられています。
有名人の中では地味なのですが、アンゾフ氏こそが、現代の戦略経営や企業戦略の大枠を作ったと言われることもある人物です。
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Byron Sharp(バイロン・シャープ)氏は、南オーストラリア大学アレンバーグ・バス研究所のマーケティングサイエンス教授です。
1997年、ロイヤリティ・プログラムが買い手のロイヤリティに与える効果の実証研究を発表し、注目されました。購買行動とブランド・パフォーマンス、マーケティングにおける法則と原理などの研究で知られている研究者です。
バイロン・シャープ氏の著書『ブランディングの科学』は、P&G社に影響を与えたことでも知られます。フィリップ・コトラー氏などのマーケティング主流派に対し、新しい視点からマーケティングやブランドの育成方法を提案したことで注目されています。著書に「コトラーを超える最新マーケティング」というキャッチコピーがつく人物です。
ここでは、学者以外で知っておくべきマーケティング領域の有名人を紹介します。
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Al Ries(アル・ライズ)氏は、世界屈指のマーケティング・コンサルタントとして知られています。1950年にデポー大学を数学専攻で卒業し、GE(ゼネラルエレクトリック)社の広告部門に就職。1961年にニューヨークで自身の広告代理店を設立しました。
現在、アル・ライズ氏が娘ローラ・ライズ氏とともに経営するコンサルティング会社は、「フォーチュン500」にランクインしている一流企業を数多く顧客に抱えています。
著書の『ポジショニング(邦訳:ポジショニング戦略 消費者の頭の中を制する者がビジネスを制する)』はベストセラーになり、多くのマーケターにバイブルとして読み継がれています。
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スタンフォード大学のEverett Rogers(エベレット・ロジャース)教授が提唱した「イノベーター理論」は、消費者を「イノベーター」「アーリーアダプター」「アーリーマジョリティ」「レイトマジョリティ」「ラガード」に分類する「普及学」とも呼ばれる理論です。ロジャース氏は農村の出身者で、イノベータ理論も農村の研究で生まれました。
一方、この理論に対し、革新的な製品は自然に異なる社会グループに普及はせず、初期市場とメインストリーム市場の間に断絶があると「キャズム理論」を提唱したのが、ハイテク業界のマーケティングコンサルタントだったGeoffrey Moore(ジェフリー・ムーア)氏です。
ロジャース氏は「普及のカギを握るのは初期採用者16%であり、特にアーリーアダプターだ」と提唱したことに対し、ムーア氏は「ハイテク業界ではアーリーマジョリティが普及の鍵を握る」と提唱しました。
ざっくりですが、イノベーター理論はBtoCに、SaaSをはじめ、多くのBtoB企業にはキャズム理論があてはまるのではないかと思います。
このようにマーケティング理論は、常に後世の研究者によって検証され、拡張され、対抗されるような、新たな理論が提示されます。フィリップ・コトラ―氏とそれを超えると言われるバイロン・シャープ氏、マイケルポーター氏に対するアーカー、バーニー両氏も同じ構図です。
しかも、土台とされている理論を提唱したコトラー氏、ポーター氏なども、現役でマーケティングの現場に向き合い進化し続けています。学ぶ側も、常に変化を捉えていかなければならないでしょう。
マーケティングに関する偉人、達人はほかにもたくさんいます。マーケティングは広範な概念であり、それぞれの専門領域も高いので、マーケターの方が学ぶ際は、まずは自分の専門領域の偉人の本、あるいは、王道のフィリップ・コトラー氏の書籍などから学ぶとよいかもしれません。
古典的な本は読みづらいという方は、最近は字幕付き動画が増えていますのでおすすめです。動画だと達人たちの知性、人間性、ユーモアなどが直に伝わってきます。これを機に個人のストーリーにまで興味をもつと、よりマーケティングが面白くなるでしょう。