多くの企業で営業部門とマーケティング部門は決してコミュニケーションが良好とは言えません。
何もこの2つの部門にかぎらず営業部門と技術部門、開発部門と製造部門などの対立もよく聞く話です。協力しあって同じ目的に進むべき社内のメンバーが、ときに競合企業よりも激しくお互いをライバル視することすらあります。
なぜ、そんなことが起きるのでしょうか? セクショナリズムは日本だけでなく世界各国で組織の規模が大きくなるにつれ起きやすい現象なので、いわば人間の本能に根差した行動かもしれません。また、縦割り組織の弊害ともいわれています。
もっとも希少ではあっても両部門が非常に上手く連携している企業も存在するのは事実。対策は組織改革、クロスコミュニケーションなどいくつかあります。
この課題を解決する考えとして、社内で「SLA(サービスレベルアグリーメント:Service Level Agreement)」を作成すると上記のような部門間での争いを減らす効果があると言われています 。
今回はSLAの概要と営業部門とマーケティング部門でSLAを作成するメリット、手順をご紹介します。
SLA(サービスレベルアグリーメント:サービスレベル合意書)とは、もともとビジネスの発注者と受注者が契約する際に「サービスの品質に対する利用者側の要求水準と提供者側の運営ルールについて明文化する」ための資料です。
一般のビジネスでも発注書、契約書などを交わしていると思います。例えばIT業界のように仕事の成果の定義がわかりにくいサービスでは、「顧客が何を受け取るかを正確に定義する」ために、契約書とは別にSLAを取り交わします。
たとえば、今後普及が予測されるSaaS業界向けには経済産業省が「SaaS向けSLAガイドライン」を出しています。
これはSaaSが投資力が低い中小企業でも大手企業なみの IT 環境を整備できるサービスである一方、重要なデータをベンダーに預けるサービスでもあるため、「利用者とサービス提供者間が事前に合意すべき事項や望ましいサービスレベルに関する指針」を示したものです。
SLAは、社外だけでなく社内の部署間でも設定することができます。もちろん、単純な部署間連携には必要ありませんが、営業部門とマーケティング部門のように売上を上げるという目的は同じながらアプローチ手法が異なる部署は必要になるケースも。
このように行き違いが起きやすい部署同士が連携するときにSLAは非常に良い効果を生みます。
HubSpotの「2015 State of Inbound Marketing Report」によると、マーケティング部門と営業部門でSLAを設定している企業には以下の効果が出ています。
(参照:imagine)
また、HubSpot社は2019年にSLA導入効果のレポートを発表。営業部門とマーケティング部門の両方が具体的な数値目標に基づいて、お互いにサポートし合うためにSLAを導入した結果、65%の企業がインバウンドマーケティングの取り組みより高い投資収益率を得ていることを報告しています。
(参照:The Ultimate Guide to Service-Level Agreements (SLAs)-HubSpot)
取引先と仕事の成果を確認せず、言葉の解釈がお互い違っているとトラブルが起きやすいのはご存じの通りですが、これは社内も同じです。金銭的なトラブルにこそならないものの無益な争いが生じ、時間と労力、精神的エネルギーを消費することになります。
他部署の状況、仕事の内容、必要な知識やスキルなどは同じフロアにいてもさほどわからないもの。複数部署で行うプロジェクトの場合、ある種「別の会社と仕事をする」くらいのフラットな意識で合意書(SLA)を交わして取り組んだほうが、よほどお互いに理解しあえて仕事がスムーズに運ぶでしょう。
SLAの文脈がマーケティングや営業部門のみに使われるものと思われている方もいるのですが、本来はサービスを提供する側とされる側との間で取り交わされるものなのです。
もちろん、営業部門はマーケティング部門の「お客様」ではありません。マーケティング部門も、営業部門の「上司」では決してありません。あくまでSLAの考えを「メソッド」として活用するという意味合いです。
例えば、営業部門とマーケティング部門の間でSLAを作成する場合、以下のような項目を取り決めます(詳細は後述します)。
SLAを作成することで使用する言葉の定義、共通の目的、役割分担などを明確に言語化できるため、お互いの意思疎通がスムーズになりチームワークもよくなります。目標達成への道筋もはっきりするでしょう。
本記事の読者はマーケティング業務に関わっている方が大変多いため、一例を出すと、マーケティングの方は「営業チームからリードの質が低い」の様なことを言われることがあるかと思います。この様な場合は、概してマーケティング責任者と営業責任者との間でSLAの定義がありません。
たとえば、見込み客の定義が以下の様に定まっていたとします。
この条件(は、ただの例ですが)を満たしている人たちを見込み客とした部門間同士のSLAで決定した場合「質が低い」と言ってくることは明らかにお門違いになります。これらの重要な見込み客のデータの定義を頻度高くいじってしまうことは、マーケティング施策の振り返りを阻害することになるため、SLAを決めたら一定期間はどの様なことがあっても固定することが大切です。
では、一般的なSLAを構成している要素にはどの様なものがあるのでしょうか。
SLA には必ず含めるべき構成要素があります。一般にIT業界では以下の6項目です。
(経済産業省「SaaS向けSLAガイドライン」をもとに作成)
社内SLAの場合は、同じ要素ながら表現は異なります。マーケティング部門と営業部門でSLAを作成する場合は、以下の項目を必ず含めましょう。
まず、2部門が連携して行う業務の概要を決めます。仕事の全体的な範囲、その中での営業部門、マーケティング部門それぞれの担当範囲及び責任範囲。認められるべき成果(どの成果がどの部署に紐づけられるか、あるいは共通の成果になるのか等)、期間、参加メンバーなどを決めます。
お互いの目標を決めます。営業部門の目標は売上となります。マーケティング部門の目標も基本的に売上高であることが望ましいのですが、マーケティング部門は直接クロージングする立場ではないので、売上への貢献比率、質の高い案件創出数などを設定してもよいでしょう。要は同じ目線になれる目標が必要です。
目標を達成するためにお互いが情報提供をしあう内容を決めます。
例1:営業部門が必要とする情報
見込み客引渡し時の顧客のスコア、詳細履歴情報、BANT条件、etc
例2:マーケティング部門が必要とする情報例
日々の仕事に活かせる営業部門からのフィードバック(パイプラインごとのリアルタイムな数値)、見込み客引渡し後の結果報告、etc。
多くのメンバーで進める業務の場合、「どのセクションの誰が何を担当しているのか」が明確にわかるようにします。業務プロセスごとに担当者がわかる表や図を作成するとよいでしょう。
当初に立てた目標が達成できない場合の対応を決めておきます。対外ビジネスなら金銭面で決着をつけるわけですが、社内プロジェクトの場合は原因の把握→改善策立案→改善のプロセスとPDCAを回していきます。
100%成功するプロジェクトはありません。また、正しい施策を実行しても稀に外部環境が激変する場合もあります。そのような場合は勇気をもって現在のSLAを廃棄する決断をできるように、キャンセルの条件を先に決めておくことも大事です。
多くの企業で施策途中に失敗だとわかっても「予算が降りてしまった」「決まったことだからやめることができない」という理由だけで、無益な施策を続ける場合があります。変化しやすい市場に向き合っている営業部門とマーティング部門のSLAに柔軟性を持たせることは重要です。
SLAには以下の3種類があります。検索すると、目的別にさまざまなフォーマットの無料テンプレート(英語版)やサンプルを見つけることができます。
顧客SLAとは、企業と顧客の2社の間で、ベンダーが提供するレベルのサービスを合意するための契約です。クライアントが期待するサービスを定義し、ベンダーが提供するサービスについて詳しく表記するため、後々の誤解やトラブルを回避するのに役立ちます。また、法的な問題が発生した場合の有効な証拠として使用できます。
以下は、ステータスを月ごとに報告できるシンプルなタイプのSLAのテンプレートです。
(参照:SampleForms )
内部サービスレベル契約は、顧客ではなく社内の部門を対象に設定するサービスレベルの契約です。
以下はHubSpot社が無償で提供している営業部門とマーケティング部門が連携する際のSLAのフォームです。2部門がそれぞれ「目標」「時期ごとの取り組み」「コミュニケーションに使うチャネル」などについて合意の上、期待値を設定できるわかりやすいフォーマットです。
(画像引用:Free Tempate - SLA Tempate for Sales & Marketing - HubSpot)
マルチレベルSLAは、関係者が3社(3部門)以上になる際に活用するサービスレベル同意書です。以下は複数のベンダーでサービスをサポートしている場合の、ビジネスの可用性の定義と複数ベンダー間で、責任の共有について「SLAを組み立てる方法」の例です。
(画像引用:Microsoft)
社内でマルチレベル SLAを作成するケースでは、一顧客に対して、営業部門とマーケティング部門とインサイドセールス部門あるいはカスタマーサポート部門などが連携してサービスを提供する場合があげられます。
営業プロセスに携わるすべての部門でSLAを交わして連携することは、顧客満足度を高め、マーケティング部門が関わる商品企画、ブランディング施策にも良い影響を与えることが期待できるでしょう。
ここではSLAの設定手順を解説します。前提として、SLA作成プロセスの初回ミーティングには、部門長が参加することが必須です。基本は全員参加が望ましいといえるでしょう。
営業活動を前工程と後工程に分業するわけなので、部門長は全体の流れを理解しておく必要がありますし、各メンバーの役割分担も明確にする必要があるからです。その上で以下の項目を決めていきます。
見込み客のペルソナ(理想的なクライアントのプロフィール)とカスタマージャーニーを設定します。SLAを交わす上で、営業部門とマーケティング部門が自分たちが惹きつけようとしている対象は誰なのかについて共通認識を持ちましょう。
見込み客の定義は、ざっくりと分けると以下の分類になります。
上記の見込み客をセールスファネル(顧客の購買プロセス)に照らし合わせると、以下の図のようになります。
(ファネルの段階と対応する見込み客層)
このTOFU(興味・関心がある層)、MOFU(比較検討)、BOFU(購買段階)に相当するざっくりとした見込み客の詳細を定義しなければなりません。ここは、営業担当者ごとに感覚がかなり違うことが多く、時間をかけるところです。
ヒアリングのみに頼ると、営業担当者によって「見込みの精度が高いニーズが明確にある企業だけを渡してください」という場合もあれば「浅い見込みでもアポをとって引き渡してもらえればこっちでヒアリングからしますよ」と180度違う意見が出ることもあるため、必ず営業部門内でも見解を統一してもらうことがポイントです。
しっかり協議した上で平均的なスキルの営業担当者がアプローチできる段階の見込み客をイメージしてSQLを定義すると、後々の行き違いを減らすことができるでしょう。
見込み客の定義が終わったら、営業部門に引き渡すべきSQLの目標件数を設定。営業部門が売上を達成するためにはSQLが何件あるべきかを判断します。さらに営業メンバーの人数、時間的余裕、営業力(実績)なども考慮して、受けられる上限もマーケティング部門に伝えます。
例):
マーケティング部門は定量的なSQLが決まれば、毎月営業部門に引き渡すべきSQL数→ファネルの各段階における目標人数→獲得すべきリード数(見込み客情報)→必要な施策と逆算して、計画を立てることができるでしょう。
ハンドオフとは、どの段階でマーケティング部門から営業部門へ見込み客を引き渡すか決めること。早すぎるとニーズが顕在化していない段階の見込み客が混在してしまい営業効率が悪くなる可能性があります。逆にあまりマーケティング部門にとどめすぎることも機会損失につながる可能性があります。
これも、営業部門の人数と営業担当者のスキルにより異なるため、見込み客の定義を決める段階で必ず具体的に決めて合意します。
各見込み客の対応を「工程ごとに、どの部門の誰が、どのように対応するか」を決めます。
例):
見込み客獲得、案件化、実際の商談の成果を振り返るために定期的なミーティングを持ちます。各部門のメンバーにKPIを設定し互いの状況を共有します。進捗確認のミーティングは月1回ペースで開催するとよいでしょう。それとは別にSLA全体についての振り返りのミーティングを半年に1回程度のタイミングで設けましょう。
MQLからSQLに移行するまでには一定の期間が必要です。案件化したと判断して引き渡した見込み客(SQL)が順調に商談が進んで成約となるまでにも期間が必要です。中長期的な視点でお互いが担当しているプロセスの進捗状況を共有し、振り返り、目標達成のため改善点を見つけていきましょう。
各業界のNo.1企業が「マーケティングがうまいだけで営業力は弱い」「営業は最強だがマーケティング力は弱い」と言われることはまずありません。必ずといっていいほど両輪揃っているものです。組織の仕組と意志がそろえば、マーケティング部門と営業部門の連携は単なる理想ではなく実現できるということだと思います。SLAの作成は組織改革に比べれば局所的な対策ではありますが、短期間で変化を起こせる実践的な手法です。マーケティング部門と営業部門のポテンシャルを高め、目標達成への大きな推進力となってくれるでしょう。