企業がある程度の規模にまで成長すると、社内にさまざまな事業部ができ、数多くのプロダクトを抱えるようになります。ある事業部は業界シェアNo.1のプロダクトを扱っており、会社の売上げの8割を叩き出しているかもしれません。
一方で別の事業部では、新製品・サービスをローンチしてから2~3年たつのに、赤字続きで社内でも「撤退すべき!」「あいつらは会社のお荷物!」と、心ない厳しい声を浴びせられているかもしれません。
とはいえ、単体の収支だけでプロダクトを考えるのは早計です。経営戦略上、マクロ的な観点から、赤字先行でも続けるべき事業、残すべきプロダクトは間違いなくあります(資金的に許されるときは)。なぜなら、今後大化けする可能性があるからです。しかし、ぐずぐずと撤退を先延ばししているだけのプロダクトもたしかに存在します。
経営は攻めるべきときに攻め、引くべきときに引かなければならないのですが、プロダクトマーケティングは非常に難易度が高い業務です。主観や私情にとらわれず、事業の全体の最適化を念頭に、競合の動きも見ながら最適な決断をするスキルが求められます。
本記事では、戦略的なプロダクト展開を考えるときに必須のプロダクトポートフォリオマネジメントのフレームワーク、「BCGマトリクス」を紹介します。
BCGマトリクスとは、ボストンコンサルティンググループ (BCG)が開発した、相対的な市場シェアと業界の成長率を使用して、プロダクトの可能性を評価するフレームワークです。PPM(Product Portfolio Management:プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント」と呼ばれることもあります。
なお、ポートフォリオの縦が「業界の成長率」、横の評価軸は、一般的な業界内シェアではなく業界トップ企業シェアに対する「相対的な市場シェア」です。
この2軸の掛け合わせというシンプルなマトリクスですが、自社のプロダクトをすべてマッピングすると、どのプロダクトが稼ぎ頭で、どのプロダクトが行き詰まっているなどが一目瞭然にわかります。
市場の成長率が重要なことは、今更言うまでもありません。伸びている市場であればプロダクトは黒潮に乗ったようなもので、同じ努力でも営業・マーケティング活動の成果が出しやすく順調に売上げを伸ばせます。一方、逆風の市場であれば、同じような頑張りをしたところで結果は知れています。
例えば、SaaS業界はまだまだ成長途上なので追い風を受けている状況であり、BCGマトリクスの縦軸は常に「高スコア」となるでしょう。かなり恵まれている業界です。
相対的な市場シェアが指標になっているのは、シェアが高いほど売上げをあげやすく、スケールメリットが働いて利益も出しやすいという理由にもとづいています。
BCGマトリクスはシンプルで活用しやすいフレームワークですが、指標が少なく、時間的概念は含まれていません。あくまで現時点での「プロダクトポートフォリオ」であることを念頭に活用しましょう。
BCGマトリクスは、世界的な戦略コンサルティングファームのボストン コンサルティング グループ(BCG)が、1970年代に提唱しました。
当時の米国経済は低迷しており、BCGマトリクスは、米国企業が事業の選択と集中を行う際の評価方法として編み出されたと言われています。
「相対的な市場シェア」を横軸に、製品ライフサイクル理論に基づく「市場成長性」を縦軸にしたポートフォリオ(シェア・マトリクス)に各プロダクト(事業)をプロットすると、各プロダクトは「花形」「金のなる木」「問題児」「負け犬」の4象限に分類されます。
また、ポートフォリオ全体像を俯瞰して、トータルなプロダクト戦略、個々のプロダクト戦略を策定する際に役立ちます。
ここでは、BCGマトリクスの4つの象限について解説します。
「問題児」とは、プロダクトがいる市場自体は伸びているのに、競合トップ企業に対するシェアが低い状況です。市場が伸びている=事業の可能性はあるのですが、プロダクトもしくは市場での競争上、何らかの問題を抱えているため、対策を練る必要があります。
問題児については、市場を変えたり、新たな価値を提供できる機能を付加したり、伸びゆく市場にマーケットフィットする対策が必要です。
花形(スター)に位置づけられるプロダクトは、市場も成長しており、市場内での自社のシェアも高く、これからも大きく成長が期待できるプロダクトです。
製品・サービスによってはこの時点でかなり収益を上げられます。SaaSのように損益分岐点がかなり先になるプロダクトの場合は赤字が先行しますが、ユーザー数が増え続けている状況です。
会社がもっとも資金を投下すべきプロダクトです。順調に成長していけば「金のなる木」に育ちます。もちろん、ビジネスは変数が多いのでマクロ環境が急に変わったり、破壊的なイノベーションが登場して駆逐され負け犬になったりする可能性もありますが、4象限の中ではもっとも期待できる象限です。
「金の生る木」または「現金になる牛」と呼ばれるもっとも収益性の高いプロダクトの象限です。
すでに市場は成熟期になり、自社プロダクトは安定したシェアを獲得し続けています。
会社の収益源となっているプロダクトであり、ここで得たキャッシュを今後の成長が見込める「花形(スター)」「問題児」に投資する必要があります。ただし、すでにブランドが確立しており、市場も頭打ちになりつつあるため、成長期ほどの投資は必要なく適切なコストを配分することが収益を上げる上で重要です。
SaaSを事業のひとつとして抱える企業によっては、既存事業が収益をあげている場合があります。サービス(役務)や受託開発などが収益源になることが多く、事業転換をする資金源として金のなる木を利用する企業も多く存在します。
市場が成長していない、さらに市場内でのシェアも低い象限です。ここにマッピングされるプロダクトは「負け犬」に該当します。
一般にここに該当するプロダクトは赤字が続きます。単体で見れば投資する価値はありません。しかし、前述のとおり企業はプロダクトを抱き合わせで考えることも少なくないため、全体的なプロダクト戦略の中でのプロダクトの価値をとらえて、継続するか廃止するかを決める必要があります。
メインのプロダクトの補完的位置にあるプロダクトなら、存続しないと他社に入り込まれる隙を作ってしまいます。「蟻の一穴」という状況はビジネスでは意外に起こるので注意が必要です。全体的なプロダクト戦略上価値を発揮していないプロダクトは、段階的に廃止していくことで、会社のコストをダウンできます。
BCGマトリクスから分析すべきことは、自社は花形(スター)のプロダクトに投資しているか、問題児、負け犬のプロダクトに対策を施しているかです。
問題児の象限とは、市場は伸びているがシェアが伸びていない状況です。市場が伸びていれば事業活動がしやすいとはいえ、その業界のすべての企業のプロダクトが売れるわけではありません。
例えば現在のSaaS市場もそうですが、市場は今なお成長しているとはいえ、すでに多くの競合他社が乱立している(例えばセールスフォースが君臨している)CRM市場などは、後発で入ると苦戦するでしょう。
低価格で勝負しようと思っても、同領域のSMB市場には無料CRMを展開するHubSpotがいます。
2020年のCRMグローバルシェア
(出典:Apps Run The Worlsd)
この市場に同じようなサービスを廉価で出したり、シンプルな機能に特化したりするだけでは、差別化が難しく「負け犬」になってしまう可能性が十分あります。
ただ、繰り返しますがSaaS市場はまだまだかなり成長が見込めます。ある業界に特化した「バーチカルなCRM」を展開するなど、セールスフォースやHubSpotのサービスでは完全に満足してもらえないニッチな領域を探すことができれば、可能性は出てきます。
あるいは日本国内であれば、徹底してITリテラシーの低い層に導入から運用までをサポートするサービスを有料で提供し(場合によっては他社導入・運用もサポート)、コンサルティング面を強化して抱き合わせで勝負すると、狭い領域で「花形」になる可能性があるかもしれません。
なぜならSaaS業界の多くのベンダーは、ベンダーの立場ではきめこまやかなサポートをして、コンサルティングサービスもしているわけですが、実際は多くの企業にとって大抵のSaaSは活用が簡単ではなく、ペインは残り続けています。DXも順調に進んでいる企業は稀だといえるでしょう。
「面倒で手がかかって利幅が……」という視点もありますが、ITリテラシーが低い多くの中堅・中小企業に対して、徹底したわかりやすいSaaSコンサルティングや代行などのソリューションをまとめてうけて(発注する側にとっては丸投げで)利益を出す戦略は十分ありえます。
すべてオンラインで完結して、発注企業が学習しつつSaaSを使いこなすというのは、現実問題厳しい層が多いためです。
上記以外にも対応する施策はさまざまです。とにかく市場が伸びているので対象のセグメントを変えたり、プロダクトをリニューアルしたり問題児を「花形」「金のなる木」に育てる対策を実施したりすることが大切です。
ポートフォリオ上、市場の成長性がない、シェアも低い、当然収益も生み出さないプロダクトは、継続するか廃止するかを検討する必要があります。
廃止して何もマイナスがないのなら、そのプロダクトを撤収することで、それまでかけてきた人的リソース、予算を他のプロダクトに投資できます。
ただし前述のように「負け犬」に相当するプロダクトが、メインの製品・サービスの補完的プロダクトである場合や、戦略的に競合他社のプロダクトを無効化するポジションになるのなら、継続すべきです。
なお、BCGマトリクスはあくまで今時点での分析なので、新規開発したばかりのプロダクトも「負け犬」に入ってしまいますが、この点は無視しましょう。ある程度ローンチして期間がたってシェアが伸びていないプロダクトの場合は、そのプロダクトの存在に戦略的価値があれば続け、なければ撤退を検討していきます。
ここでは、実際に2社をBCGマトリクスで分析してみます。
(出典:Zoom)
株式会社グローバルインフォメーションの海外市場調査レポートのリリースによると、Zoomの市場であるビデオ会議の市場規模は、2026年に225億米ドル到達と予測されています。市場成長率は「高」です。
Zoomはグローバルでも日本国内でもシェアNo.1です。パンデミックを追い風に(日本ではもっとも使われているSaaSに相当します)。相対的な市場シェアも自社がトップ企業なので当然「高」となり、「花形(スター)」のプロダクトに相当します。
プロダクトライフサイクルの成長期にあたり、まだまだ市場も伸びるものの競合他社が多く参入してくる時期であり、実際にGo to meeting、Microsoft teams、Webex、GoToMeet、skypeなどの機能もかなり評判がよくなっているため、さらなる投資が必要です。
「花形(スター)」から「金のなる木」に移行する可能性も十分あります。もっとも、競合他社の多くは巨大企業であり、昨今はエコシステム同士の戦いになっているため、シェアトップであり続けられるかは不明です。
(出典:TOYOTA MOTOR CORPORATION.)
EV車の市場規模は着実にグローバルで伸びています。自動車業界は100年に1度の大変革期であり、先進国を中心にEVシフトが進められているので、EV車市場が今後も大きく伸びることは間違いなく、市場成長率は「高」です。
2021年時点でのトヨタのEV車は台数そのものが多くありません。
もっともテスラでもシェア20%強しかないのですが、トヨタはグローバルシェアトップ5にも入っておらず、トップ企業テスラのシェアに対する相対的な市場シェアも「高」か「低」の2択でいけば、位置づけとしては「低」で、トヨタのEV車は「問題児」に相当します。
(引用:https://www.canalys.com/newsroom/)
しかし2021年12月にトヨタは、バッテリーEV(BEV)戦略を発表し、2030年までに30車種350万台のバッテリーEVのグローバルで販売し、EVの有力市場である欧州、北米、中国ではEV100%を目指すと宣言しました。
これは、2021年第1~第3四半期の全電気自動車販売台数が、テスラが627,000台、トップ5のメーカー合計で1,656,989台なことを考慮すると、決して少なくない台数です。他社がこれからどのくらい量産するか、販売するかはBCGマトリックスでは考慮に入れられないため、ざっくり分析になりますが、「問題児」から「花形」へ移行できる可能性が出てきたといえるでしょう。
ここでは、BCGマトリクスを使う手順を解説します。
まず、何を一つの単位として分析するか決めます。ブランド全体なのか、一つのプロダクトなのか、事業全体なのかなど調べたい単位を定義しましょう。
(単位の例)
次に市場をセグメンテーションして定義します。市場とは鉄鋼業界のような産業区分ではなく、自社プロダクトの市場です。IT業界、SaaS業界というくくりでも大きく、例えば「営業支援領域のSaaS市場」あるいはもっと細かく「エンタープライズ市場の営業領域のSaaS市場」「スモールビジネス向けマーケィングオートメーション」としたほうが望ましいでしょう。
なぜなら、ニッチな特化した市場では花形のプロダクトが、単純な大枠な市場の定義にしてしまったため相対シェアが低くなり、負け犬に解釈されてしまうリスクがあるからです。実際にプロダクトが戦っている市場でマッピングしないと、リアルな分析ができません。
BCGマトリクスで活用する相対的な市場シェアとは、一般の業界シェアとは異なり「その市場のトップ企業に対するシェア」です。
(計算式)
業界No.1の競合他社の市場シェアが25%で、同じ年の会社のブランド市場シェアが10%だった場合、相対的な市場シェアはわずか0.4%になります。
ステップ4:市場の成長率を調べます。
業界の成長率は、オンライン・オフラインの第3者(公共機関、大手調査会社等)が提供している業界レポートから入手します。完全なデータがない場合は、業界内の大手プレイヤーの平均収益成長率を計算してもよいでしょう。
ステップ5:マトリクス上に円を描きます・右下の黄色の円→二番目に小さい。
BCGマトリクスに測定した数値をプロットします。ブランドごとに円を描き、ここにそれぞれの製品・各事業を円形(バブル)としてプロットしましょう。円のサイズは、プロダクトによって生まれた収益に比例します。
各プロダクトは、以下のように分類されます。
(参考:Strategicmanagementinsight.com、Corporatefinanceinstitute.com)
BCGマトリクスは、シンプルでわかりやすいマトリクスです。しかし記事内にも書いてあるように、新製品・サービスだと負け犬に入ってしまったり、価値あるプロダクトが「問題児」に該当したりする場合もあります。
ただしそれを考慮しても、全社的なプロダクト戦略を描く際に全体像を俯瞰したり、個々のプロダクトに最適なマーケティングの方向性を策定したりする際にきわめて有用です。
「問題児」「負け犬」「金のなる木(金を生む牛)」「花形(スター)」という表現も、一見品のない差別的にすら感じる表現ですが、だからこそ強く印象に残るメリットがあります。
さらに、このマトリックスは経営層、他部門の管理職にプロダクト戦略を説明する際にも説得力があります。BCGマトリクスの長短を理解して、他のフレームワークと併用しながら上手に活用していきましょう。