マーケティングミックスの4Pは、マーケターの基本フレームワークです。というよりも、日本ではほぼマーケティングミックス=4Pという感じで受けとめられているかもしれません。
しかし、マーケティングミックスには4Pだけでなく4C、6P、7P、8P、9Pなどの種類があります。この中でもマーケティングミックスの7Pは、「Process(プロセス)」「People(人)」「Physical evidence(物的証拠)」が入っていることから、サービスマーケティングミックスとも呼ばれ、多くの企業で活用されています。
そもそも、SaaSは直訳すると「サービスとしてのソフトウェア」。サービス業の側面も大きいため、シーンに応じて7Pも活用できることが望ましいと言えるかもしれません。
本記事ではマーケティングミックスの7Pとは何か? 4Pとの関係性と違い、SaaS企業2社、メーカー1社の7P分析事例を解説していきます。
まず、「マーケティングミックス」という概念から解説します。
マーケティングミックスとは、マーケティングにおける重要な要素を、ばらばらに考えるのではなく、複数の要素を組み合わせて戦略を立て、市場から最大限の成果を引き出していくという考え方です。
1960年に米国ハーバード・ビジネススクールのNeil Borden(ニール ボーデン)氏が、経営者を「材料を混ぜる人」と表現したことがきっかけで生まれました。
次に「マーケティングミックス4P」について解説します。
マーケティングミックス4Pは、1960年に米国の経済学者EdmundMcCarthy(エドモンド マッカーシー)氏が提唱したフレームワークです。
以下の4つの要素を組み合わせてマーケティング戦略を考えるフレームワークであり、それぞれの単語の頭文字をとって略称で「4P」と呼ばれています。
4Pは、マーケティングミックスのフレームワークの中で最初に登場した基本フレームワークであり、その汎用性から世界中で活用されています。 詳細はこちらの記事で。
マーケティングミックスの7Pとは、マーケティングミックス4Pをベースに生まれてきたフレームワークです。その他6P、8P、9P、4Cなども登場していますが、これらの中でも4Pに続きよく知られているフレームワークだと言えるでしょう。
実は、7Pには複数の開発者がおり、追加された3つのPにもバリエーションがあります。ビジネスモデルによって重要要素が変わるため優劣はありません。
本記事では、その中でもっとも知られている、米国のPhilip Kotler(以下フィリップ コトラー)氏が提唱したと言われる7Pを前提に解説します。
まず、マーケティングミックスの4Pは、以下の4つで構成されています。
マーケティングミックス7Pは、4つのPにさらに3つのPが加えられたフレームワークです。
、重要要素に「人」「プロセス」「物的証拠」などが加わっており、特にサービス業界のマーケティングに有効と言われます。
とはいえ「製品」「価格」「場所」「プロモーション」「人」「プロセス」「物理的証拠」などの要素は、どのような企業にも重要なので業界問わず有効です。ただし、分析する要素が増えるため4Pよりもやや難易度が上がると言えるでしょう。その分、綿密なマーケティング施策になるはずです。
ここでは、マーケティングミックス7Pの各要素について解説します。なお、マーケティングミックスの7つのPのうち4つは4Pと同じです。
Product(プロダクト)は、製造業であれば形になった製品、サービス業であれば無形のサービスを指します。言うまでもなく経営・マーケティングのコアとなる重要な要素です。
プロダクトを考える際は、自社が提供したい見込み客層(ペルソナ)のニーズに応えどのような商品コンセプトを打ち出すか、どの水準のプロダクトにするかを、後述する他のP(価格やプロモーションなど)も考慮しながら決める必要があります。
Price(価格)はプロダクトの品質とつり合いがとれ、プロモーションにかかる予算、展開する場所などを踏まえて設定します。また、顧客が喜んで支払ってくれそうな価格帯にする必要がありますし、競合他社を考慮して高価格戦略でいくか低価格戦略でいくかを決める必要があります。
何より、自社が十分な収益をあげられる価格でなければいけません。新製品の場合は、どの時点で黒字化するかを計画して価格設定する必要があります。
Place(プレース/流通)とは、「どこで売るか」「どのようにプロダクトを顧客に届けるか」です。直販か間接販売かの違いにくわえて、手段にも店舗やオンラインストア、自社サイト、ディストリビューターほかいろいろな流通経路があります。プロダクトの特徴や見込み客層の行動パターンなどを考慮し、適切なチャネルを設定しましょう。
Promotion(プロモーション)とは、具体的なマーケティングプロモーション施策のことです。CMや広告、オウンドメディア、ウェビナー、テレマーケティング、営業活動などいろいろな手法があります。カスタマージャーニーに沿って、それぞれの手法を適切なタイミングに配置することが重要です。
People(人)とは、従業員、代理店の社員などをふくめ、顧客と接する自社側の人たちを指します。
特にサービス業においては、関わる人の品質=サービスの品質なので重要要素です。もちろん、他業界においても重要なことに変わりはありません。例えば、顧客と接するスタッフはどのような素養や知識が必要で、そのためにはどのような人を何名くらいそろえて、どのようなトレーニングをすべきかなど、人材戦略を考えます。
高級レストランなど空間を提供するサービス業においては、店内の顧客の品質(雰囲気、マナーなど)もサービスの一部になると考えられています。その場合、ドレスコードなどを決めることもあります。
Process(プロセス)とは、見込み客がプロダクトを購入したり、活用する際のプロセスを指します。例えば、商品を見つけるプロセス、疑問を解決するプロセス、購入プロセス、活用プロセスなどです。これらのプロセスをスムーズにする手段を考えます。プロセスが複雑で時間がかかると、見込み客は離脱する可能性が高いです。
Physical evidence(物的証拠)とは、顧客に提供しているサービスの品質を示す証拠となるものです。
製造業であればプロダクトがそのまま証拠になりますが、サービス業のように形あるものを提供しないケース、飲食業のように消費したあと無くなってしまうケースがあります。サービス業や飲食店の場合は、サービス品質を示す目に見える証拠として、店舗のデザインやインテリア、従業員のコスチューム、メニューなどが重要になります。
SaaS企業が7Pを活用する際は、サービスサイトのデザイン性、SNSの評価、受賞実績などを検討するとよいでしょう。
マーケティングミックスの7P(4Pや6Pも)は、一般にマーケティングの全体像の中では中盤に活用されるフレームワークです。新製品の企画や具体的なマーケティング戦略立案のために活用されることが多くあります。
コトラー氏が提唱する「R-STP-MM-I-C」というマーケティングの手順についてのフレームワークで見ると、市場リサーチ、STP分析(セグメント、ターゲティング、ポジショニング)の次にマーケティングミックスがきています。
もちろん、推奨でありルールではありませんが、基本的なマーケティングの流れとマーケティングミックスを活用すべきタイミングを押さえておきましょう。
マーケティングミックス7Pの具体例を紹介します。
ここでは、あくまで他社分析をするので「どのようなマーケティング戦略をとってきただろう?」「次にどのような戦略をとるだろう?」という視点で解説します。
(出典:deel)
deelとは、2019年に米国サンフランシスコで設立し、創業から約3年で異次元の成長を果たしたユニコーン企業です。その成長スピードはSlack(スラック)よりも早い急激なもの。
deel社が提供するのは、グローバル人材マネジメントプラットフォームです。企業が海外の人材を採用する際の契約、支払い、税金などのバックオフィス業務をシンプルに行えます。
具体的には、deelは各国に現地法人を多数所有しており、クライアントに代わって記録上の雇用主として、従業員を雇用し給与を支払うビジネスモデルです。
グローバル採用に伴う顧客のさまざまなペインを解決する、世界初の越境人材マネジメントツールとして独自性を発揮しています。すでに世界150カ国以上、1万5000人以上がサービスを活用中です。
目下のところ低価格戦略をとっていると言えます。グローバルチームの一元管理プランは従業員200人までは無料です。この価格設定はリリース当初という理由にくわえ、スタート時点から先進国だけでなく新興国に対してもセールスしていたことが影響しているでしょう。
deelはサービス開始当初から、欧米に限定せず新興国も含めてグローバルに展開してきました。担当者は1人程度の少人数で進めていたとのこと。そのため、以下のようにワールドワイドに拠点を持ち、世界の企業のニーズに対応できる拠点ネットワークを構築しています。
※2023.2時点公式サイトの数値
企業の総務・人事向けのコンテンツマーケティングは充実しています。公式サイトには「国別の採用ガイド」などのコンテンツが豊富にそろっており、担当者は学ぶことができます。また、テレマーケティングにも力を入れているほか、パートナー企業を積極的に募集して増やし、プロモ―ション効果を上げています。
(出典:deel)
採用プロセス、支払いプロセス、人事契約プロセス、グローバルな法務プロセスなどがdeelを介すると非常にスムーズです。クライアントは短時間でスムーズに人材と契約を結べますし、給与支払い対応もdeelを通すことでスムーズになります。
deelの事業の素晴らしさを裏づけるエビデンスには、以下があります。
(出典:deel twitter)
deelについては、コロナ禍が追い風になったこともあり「適切なタイミングで適切な場所にあり、強力な実行力に支えられた企業」と表現されます。しかし、このようなサービスのニーズ自体は昔から企業にありながら、それを実現できるサービスはありませんでした。
deel創業の経緯は、MIT卒の創業者2人が「友人たちの間で、ビザの問題や他国の現地労働法のために高い報酬の仕事に就きにくい」ことを問題に思ったことから始まっています。
単なるラッキーではなく「ストーリーのある戦略」にそったプロダクト開発、柔軟な価格設定、グローバル展開があり、それが急速なデジタル化という時代の潮流に乗ったということではないかと思います。
(出典:tesla.com)
Tesla(テスラ)は、誰もが知るEV(電気自動車)業界のリーディングカンパニー。近年も北米、オセアニアなどで着実にシェアをとっていますが、中国メーカーはじめ各国のメーカーが打倒テスラを掲げ猛追しており、業界の競争は非常に激しくなっています。
テスラは、性能が良く美しいデザインの、基本的には高級車ブランドを展開しています。また、EVのエコシステムにあたる充電ステーションを拡充し続けており、先進国では圧倒的なシェアを誇ります。プロダクトの特徴は以下のとおり。
テスラのシェア(2022)
(出典:Statista)
テスラは、高級車をどちらかというと高価格路線で展開してきましたが、2022年から値下げ戦略をとっています。背景には、ドイツや中国ほか各国のEV補助金の縮小や廃止、ウクライナ情勢による電気料金の高騰、そしてライバルメーカーによる猛烈な追い上げが影響していると言われます。
2022年9月のニュースで、CEOのElon Musk(イーロン マスク)氏がテスラのシェア懸念という「競合の低価格製品に押され市場シェア失う可能性」について触れたとあります。また、別の記事では、「おそらく中国からテスラに次ぐ可能性のある企業が現れると思う」とも述べています。
値下げの理由は、税金控除の対象の価格になるからだと言われています。日本では、2021年にもモデル3を最大で約24%(156万円)値下げしバカ売れしました。庶民でも手が届く価格になれば、いわゆるアーリーマジョリティ層の顧客にとって、ブランドの確立したテスラ車は中国車よりはるかに魅力的でしょう。
このように、マーケティングミックス7Pはプロダクトとプライス、そのほかのPをかけあわせて考えます。
テスラは、当初は直営販売店とオンライン販売を主軸にしていましたが、2019年にオンライン販売にシフトすることを宣言し、米国ではオンライン販売が中心です。ただし、日本など海外の事情に合わせて店舗展開をしています。
EV車の場合、乗りやすい場所であるかも重要な課題です。現在、テスラの充電ステーションネットワークが密なエリアは、先進国がメインです。
例:中国・アジアのチャージャステーション
(出典:tesla.com)
テスラのマーケティングプロモーションはCEOのマスク氏が、ほぼ担っています。2020年にPR担当部署を解散させてから広告費は0。マスク氏はトップマーケター、トップセールスとして世界に情報を発信し、各国の政治家と交渉し、テスラを世に知らしめています。
さらに、People(人)も関わってきますが、熱狂的なファンがUGCを量産しておりプロモーターの役割を果たしています。SNSマーケティングの有効活用です。
EVをオンラインで購入しようと考える顧客の不安、負担をへらすプロセスが徹底されています。「充電切れしたらどうなる?」という懸念に対しては、全世界4万基以上のグローバル スーパーチャージャー ネットワークを打ち出しました。また、充電エコシステムをさまざまなチャネルで拡充し続けています。
テスラは、オンライン販売が主力であり、販売店をあまり持たないので顧客と触れ合う従業員の数は多くありません。しかし、イーロン・マスク信奉者といわれるファンが数多く存在します。
「Musketeers 」と呼ばれる彼らは、自身のSNS、ブログでテスラのコンテンツを作る(UCG)ことで、テスラのプロモーションに積極的に協力しています。
テスラはメーカーなのでプロダクト=Physical evidenceです。街で見かけるテスラ車、コンパクトなバッテリー、スタイリッシュなデザインのチャージャーステーションなどはテスラへの信頼につながります。巨大な工場はテスラのモノづくりに対する安心感を与えます。数字で見える実績も申し分ありません。
2022年の中国、ドイツ、日本、米国などでの値下げでテスラの苦境が取りざたされました。
しかし、テスラはイノベーター理論に照らし合わせれば、ちょうどイノベーター、アーリーアダプター市場でシェアをとって、キャズム(谷)を乗り越えた段階。アーリーマジョリティ市場(平均よりやや新しい物好き)に拡販するには、今までと異なるマーケティング戦略が求められます。
アーリーマジョリティ市場では一気に競合企業が増えるため、ここでシェアをより伸ばすための戦略と考えれば、今回の値下げ判断は理解しやすくなります。もっとも、ウクライナ事変による電気代高騰がなければ、そこまで下げなかったかもしれません。
そしてこの流れだと、以前から話題を呼んでいた廉価版の最廉価版テスラ「モデル2」登場がそろそろということだったのでしょう。
(出典:カイポケ公式サイト)
カイポケとは介護業界に特化したSaaSです。2006年にスタートし、設立以来18期連続増収増益、年平均21%で急成長しています。カイポケはリリース当初はシンプルな機能のSaaSとしてスタート。タイミング的にオンプレミスからクラウドまでの流れにものり、成長していきます。
そして、2014年時点で経営改善を支援するサービス(採用や経営など)を導入するなどメニューを拡張し、現在は高付加価値SaaSというポジショニングをとっています。特徴は以下のとおりです。
カイポケは、2014年以降、経営支援サービスなどを拡充した時点で価格プランを更新。低価格路線を改め、現在の高付加価値サービスに見合う価格戦略をとるようになりました。提供できる機能・サービスの価値にあわせて価格をアップデートして成功しています。
それでも、現在でも長期間の無料価格プランがあるなどユーザーにとって使い始めるハードルが低く、機能と価格のバランスについての自信をうかがわせます。
カイポケは、オンライン上のサービスなのでどこからでもアクセスできますが、介護業界という高年齢層が従事する業界であるためか、関東・関西を営業拠点も受けており、オンライン、オフラインでのチャネルを保持しています。
運営会社のエス・エム・エス社は、マーケティング担当者約10名の布陣(※2021年1月時点)。マーケティングチームは、Webマーケティング部門とセミナー・DM部門に分かれています。介護事業という高年齢の経営者、従業員が多い市場なのでオフラインにも力を入れてプロモ―ションを展開していることがうかがえます。
特に、複数のWebメディアを持つなどコンテンツマーケティングに力を入れています。公開情報をもとに部署の構成を見ると、マーケティング部門、インサイドセールス部門、フィールドセールス、カスタマーサクセスが存在するため、「ザ・モデル型」のマーケティングに該当するでしょう。
カイポケを使用するにあたって、ユーザーは高付加価値なSaaSを納得するまで試してから購入決断できるプロセスになっています。しかし、登録は簡単。
導入後は、ユーザーが困ったことについて電話、オンライン、訪問、メールなどいろいろな手段でサポートできるため、シニア層の従業員が多い介護業界のクライアントにスムーズなプロセスを提供していると言えます。
カイポケは、SaaSの販売だけでなく多様な経営支援サービスを提供しているため、従業員以外にも多数の人材を擁しています。導入サポートなど顧客がつまづきそうなところに人員をしっかり配置。SaaSの使い方支援のみならず、開業、事業経営のコンサルティングまで提供するなどしています。
オンライン・オフラインにまたがって、介護業界でのクライアントの成功を「人」の力でサポートしているところが強みであり、特徴です。
カイポケはSaaS企業であるため、フィジカルエビデンスはWebサイト、DMなどの販促製品や導入実績に相当するでしょう。
(出典:カイポケ公式サイト)
カイポケは、サービスの付加価値と価格のバランスがよいです。人員構成、Web問い合わせへの5分以内での対応などプロセス、人の領域まで徹底して考えられており、マーケティング7Pで分析してみても、総合的にスキのないマーケティング戦略で成功してきたことがうかがえます。
マーケティングミックスとは、簡単に言えばいろいろな要素をミックスしてマーケティングを考えるという意味です。その要素の数によって4P、6P、7P、4Cなどのフレームワークに分かれています。
マーケティングミックス7Pは、もっとも基本であるマーケティングミックス4Pにさらに「Process(プロセス)」「People(人)」「Physical evidence(物的証拠)」が追加されたフレームワーク。サービスマーケティングミックスと呼ばれるように、サービス業界の企業に非常に適しています。
SaaSは「Software as a Service(サービスとしてのソフトウェア)」という意味であり、サービス業の側面もあるビジネスモデル。目に見えないプロダクトを扱っている以上この3要素はとても重要です。ぜひマーケティングミックス7P分析も活用できるようになりましょう。