SaaSの普及や購買後の顧客行動の重要性が高まったことを受けて、ダブルファネルがBtoBマーケティングで活用されるケースが増加しています。従来のパーチェスモデルと比較すると、ダブルファネルは新規顧客の創出だけではなく、既存顧客の維持および既存顧客による新規顧客の創出にも注力できる堅実的なファネルモデルです。
ハーバード・ビジネス・スクールによれば、新規顧客の獲得は既存顧客の維持よりも多くのコストがかかると判明し、顧客離れを5%改善すれば利益が最低でも25%改善されるという「5:25の法則」も提唱されています。ただ、単にダブルファネルを導入しても期待した成果は見込めません。
本記事では、ダブルファネルを適切に活用できるように、その考え方や構造、ダブルファネルを活かすステップを解説します。
マーケティングや営業担当者におなじみのファネルは、認知から購買に至るまでの顧客の流れを可視化したモデルです。
ファネルの一番上のステージには、自社ブランドを認知した多くの潜在顧客がいます。このステージはファネルの最も広い部分で、興味関心・比較検討へとファネルの下に進むにつれて、リードの数は減少し、最終的にごく一部のリードが顧客化します。
(出典:Bazaarvoice)
本記事で見ていくダブルファネルとは、従来のパーチェスファネルと既存顧客の維持に焦点を当てた「インフルエンスファネル」を組み合わせ、新規顧客の創出と既存顧客の維持を図るモデルです。砂時計のような形式で表されることもあれば、海外では蝶ネクタイのような形になることから「The Bow Tie Funnel」と呼ばれます。
多くのマーケティング担当者は、従来のパーチェスファネルの問題に気づくのではないでしょうか。その問題とは、パーチェスファネルは既存顧客の維持に焦点を当てていないことです。既存顧客がSNSやレビューサイトなどで能動的に情報発信をし、それを見た潜在・顕在顧客が企業と取引するかどうかを決める時代においては、既存顧客の維持が重要になっています。
ネット プロモーター スコアの考案者であるBain&CompanyのFrederick Reichheld(フレデリック・ライヒヘルド)氏が行った調査によれば、既存顧客の維持率を5%改善するだけで25%から90%の収益増加が見込まれるとのこと。
SaaS業界の著名なマーケターJacco van der Kooijは、SaaS企業の収益の大半は顧客化後、つまり既存顧客による継続利用やアップセル/クロスセルによってもたらされると言います。
さらに、G2の調査によれば、BtoB購買担当者の92.4%が「信頼できるレビューを見た後は購買意欲が向上する」と回答しており、既存顧客による情報共有が新規リード創出に貢献すると分かります。
パーチェスファネルだけを使えば既存顧客の維持ができなくなる、インフルエンスファネルだけだと新規リード創出が困難になる。これらのデメリットを克服したのがダブルファネルです。ただし、詳しくは後述しますが、自社状況に合わせてパーチェスファネルとインフルエンスファネルのどちらに注力するのかを決めなければいけません。
また、ダブルファネルは完璧なモデルではない点には注意しましょう。なぜなら、現代の顧客は必ずしもファネルの上から下に順番通り進むことはないためです。例えば、意思決定者の一人が代理店からの紹介を受けて、突如として自社製品の導入を検討するケースは多々あります。
ダブルファネルは、パーチェスファネルとインフルエンスファネルの組み合わせです。ここからは、各ファネルの特徴を解説します。
ダブルファネルの上段に位置するのがパーチェスファネルです。パーチェスファネルとは、AIDAモデルをベースに開発されたファネルで、「認知」「興味関心」「比較検討」「購買」の4ステージで構成されます。
(出典:SKYWORD)
認知:ファネルの一番上で集客に当たる部分。潜在顧客は検索エンジンやSNS、口コミなどを通してブランドや製品・サービスを認知します。
興味関心:製品サービスに興味を示した顧客は、自身のニーズや課題にあっているかを判断するために情報収集します。
比較検討:導入を検討している顧客は選択肢を絞り込み、製品の特長や評判などを考慮しながら詳細な評価をします。
購入:最終的に顧客が購入を決定するステージ。料金や導入の流れ、カスタマーサポートなどを詰めていきます。
さらに、パーチェスファネルは「マーケティングファネル」と「セールスファネル」に分解できます。
マーケティングファネルとは、顧客が自社を認知してからリード化するまでの流れをファネル化したモデルであり、パーチェスファネルの「認知」「興味関心」部分に該当します。マーケティングファネルの場合、下記画像のように「MOFU」「BOFU」「TOFU」で顧客ステージが示されるのが一般的です。
TOFU:潜在顧客がターゲット。ブログやSNSなどを通して課題が自社ブランドに気付いてもらうコンテンツを発信。
MOFU:課題が明確で複数製品の比較検討をしている顕在層がターゲット。ホワイトペーパーやLP、ウェビナーなどを通して競合優位性や自社製品を使うメリットなどを提示。
BOFU:購入を具体的に検討しているリードがターゲット。詳細な価格やカスタマーサポート、無料デモなどを通して購入の後押しをする。
対してセールスファネルは、リードが営業担当と接触した瞬間から顧客になるまでの過程を図式化したファネルです。パーチェスファネルにおける比較検討と購入に該当し、下記4つのステージで構成されます。
(出典:HubSpot)
プロスペクト:セールスファネルの最上部に位置するのが、マーケティングが創出したプロスペクト(見込み客)です。リードとは異なり、ある程度ナーチャリングが済んだ確度の高い層となります。
リードクオリフィケーション:マーケティングから引き受けたリードの確度や、自社にふさわしいリードかどうかを判断。
意思決定:営業担当者が商談やプレゼンテーションなどを通して、リードの不安や悩みを抱える情報を提供し、クロージングへと誘導。
クロージング:条件交渉や価格などについて話し合い、製品サービスの購入を決定。
パーチェスファネルを活用すれば、マーケティングと営業が円滑に連携をし、集客から顧客化までにおける各ステージで最適なコンテンツを届けられるようになります。
パーチェスファネルが「購買前」の顧客行動に注目しているのに対し、インフルエンスファネルは「購買後」の顧客行動を図式化しています。インフルエンスファネルの構成要素は以下の通り。
(出典:SKYWORD)
継続:顧客は製品サービスを活用し、自社の課題を解決しようとします。顧客の成功を支援することで、継続率を高められます。
忠誠・紹介:製品サービスに満足した顧客は、自社製品を同業者やクライアントに紹介します。リファラルプログラムや特別オファーなどを提示し、既存顧客による新規リード創出を促しましょう。
発信:顧客は自社ブランドのファンになり、SNSやブログなどを通して自社に関する情報を発信します。
インフルエンスファネルを活用することで、製品サービス導入後の顧客満足度を高められ、既存顧客のLTVやアップセル/クロスセルを高められるほか、既存顧客の紹介や情報発信による新規リード創出の流れも作り出せます。
ここからはダブルファネルを効果的に活用する手順を解説します。
まずは自社の現状を把握したうえで、パーチェスファネルとインフルエンスファネルのどちらに注力するのかを決めます。
例えば、新規リードの創出が難しい成熟産業に属しているならば、既存顧客の維持とアップセル/クロスセルの向上が重要になるためインフルエンスファネル寄り、多くの新規リードが生まれ続ける成長産業に属していたり、市場にない新しい製品を売り出したりする場合はパーチェスファネル寄りになるでしょう。
また、自社のステージも考慮しなければいけません。認知拡大と新規リード獲得による成長段階ならばパーチェスファネル、ある程度の顧客数がある安定期もしくは毎月数百件以上のリード創出ができる仕組みを構築できているならばインフルエンスファネルへの注力が有効でしょう。
例えば、名刺管理サービスという概念がなかった時代、SansanはテレビCMの配信や積極的なメディアへの露出などをして、「名刺管理といえばSansan」という印象付けに成功しています。当時はパーチェスファネル寄りの施策を中心に展開していたのです。
しかし、高い知名度や想起率で毎月多くの新規リードを獲得でき、市場に参入する競合が増えた今では、インフルエンスファネル寄りの施策展開をしていると推測できます。
この例のように自社の現状によって注力するべき個所は異なり、効率よくビジネス上の目標を達成するためにも、注力するファネルを事前に決定しましょう。
パーチェスファネルの各ステージに合わせてKPIを設定しましょう。以下は、各ファネルにおけるKPI例です。
【認知段階】
【興味関心】
【検討段階】
【意思決定段階】
【継続段階】
【忠誠段階】
【紹介段階】
ダブルファネルには、主にマーケティング・営業・インサイドセールス・カスタマーサクセスが関与します。円滑な連携により顧客に一貫した体験を提供するためにも、各部門の代表者と話し合いをし、部門間の役割を明確にしましょう。
例えば、以下の役割分担が考えられます。
主にマーケティング部は集客からナーチャリング、既存顧客の売上げを最大化する施策を担当し、営業はリードの顧客化、カスタマーサクセスは既存顧客の活用推進を担当します。
ダブルファネルのメリットは、新規顧客の獲得と既存顧客の維持を同時に実現できることです。だからこそ、マーケティング・営業・カスタマーサクセスが部門横断的にKPIを理解し、「収益増加」という共通の目標達成に向けて足並みをそろえる必要があります。
例えば、マーケティング部はKPIでリードのコンバージョン率が低下していることを確認したとしましょう。データを分析したところ、ターゲットに最適なメッセージやコンテンツが届けられていないと判明しました。
この課題に対処するため、営業やカスタマーサクセスはマーケティングに協力し、顧客からのフィードバックやインサイトを提供すれば、ターゲットの課題や悩みに対応するメッセージを発信できるようになります。
各部門のKPIを理解し、互いに協力することで、収益増加という共通目標の達成へとつながるでしょう。
ステップ5:実行した結果のレビューと改善
実行した施策の結果をレビューすることで、データに基づいた意思決定や成功した施策と失敗した施策を明確にできます。マーケティング施策で多くの流入を獲得できても、実際の顧客数が増えなければ事業成長は難しいです。
ダブルファネルをもとに各施策の結果を分析すれば、比較検討やクロージングなどに改善点があると判明するかもしれません。各部門が施策の結果を共有し、共通の目標に向けて情報の共有や意見交換を行えば、ダブルファネルを活かせるようになります。
SaaSの普及や既存顧客の維持が重要になった現代において、ダブルファネルは多くの企業に使用されるようになり、ブランドの持続可能な成長のための堅実な戦略の一つとしてみなされています。ダブルファネルを活用すれば、新規顧客の創出だけではなく、既存顧客の維持やアップセル/クロスセルなどの顧客化後の施策にもバランスよく注力できるでしょう。
まずは自社の成長ステージや所属する業界などを考慮して、パーチェスファネルとインフルエンスファネルのどちらに注力するのかを決める必要があります。そのうえで、営業・マーケティング・カスタマーサクセスの役割を明確にして、顧客に一貫した体験を届けるレベニューオペレーション(RevOps)に取り組みましょう。
各部門で設定したKPIを全体共有し、データをもとに意思決定をすれば、顧客満足度の向上、そして収益の向上を期待できます。
ダブルファネルは現代の顧客行動に適したモデルではありますが、完璧なモデルではない点には注意してください。現代の顧客は、上から下へと順番にステージを進めるとは限りません。比較検討段階が入口になるリードがいれば、比較検討と購買の間を行き来したりするリードもいるでしょう。ファネルの流れに捉われるのではなく、柔軟な考えを持って顧客行動に対応することが大切です。