近年は、日本の企業もコミュニティマーケティングに力を入れるようになりました。2023年の日経リサーチとコミューン社による調査では、企業の約4割がコミュニティ施策を実施済み、検討中・興味があると回答した企業が約3割でした。
約7割が前向きです。とはいえ、BtoB企業で一体どのようにコミュニティマーケティングを進めればよいかイメージできないマーケティング担当者もいらっしゃると思います。
この記事では、コミュニティマーケティングの概要と具体的な方法、 どのような効果をもたらすのか? BtoB企業にとって有益なコミュニティ運営のポイントと企業事例を紹介します。
コミュニティマーケティングとは、ユーザー同士、企業、取引先などの関係者たちが交流するコミュニティを運営、もしくは支援してマーケティングにつなげる手法です。
主な目的は、ユーザーと信頼関係を深めること。コミュニティのスタイルには以下があります。
このようなコミュニティは、参加するユーザーにとっては、ユーザー同士が自由に交流しお互いに教えあえる場であり、新しい情報やナレッジを得られることや、コネクションを広げられるメリットがあります。
企業にとっては、コミュニティから商品についてのフィードバックが得られます。また、ユーザー同士が交流を深めることによるリテンション効果やロイヤルティ向上、口コミによる評判の拡散などが期待できるでしょう。
コミュニティマーケティングは、一般的なマーケティング手法とアプローチがかなり異なります。従来のマーケティングは、どちらかというと新規顧客の獲得が目的。ペルソナを設定したうえでマス層にアプローチします。
そのため、最初は見込み客をいかに惹きつけて自社を知ってもらうかから始まり、関係性を徐々に構築して、最終的に問い合わせてもらったり、購入してもらうことが目的です。
広告、CM、展示会、ビジネスブログやメールマガジンなどが代表的な手法。基本的に、企業からユーザーに一方向で情報発信します。
一方、コミュニティマーケティングは、コミュニティのメンバーである既存顧客が対象。しかも数は多くありませんが、既存顧客の中でも商品に愛着を持っている人や、より上手く使いたいと考えている人たちがメインの層です。
そして、情報の流れが一方向ではなく、ユーザー同士、ユーザーと企業、パートナ―企業の対話型です。ツールもSNSやビジネスチャット、専用プラットフォームを活用します。以下に違いをまとめます。
日本はかなり成熟した先進国であり、便利で高品質な商品が社会にゆきわたっています。つまり、多くの企業にとって需要が減っている状況です。
商品・サービスのコモディティ化も激しく、企業はこれまで以上に既存顧客との長期取引が重要になっています。独自性のある商品を作り続けるためには、顧客ニーズを常にきめ細かく把握することが必要です。
コミュニティマーケティングには以下のように多くの効果があるため、注目を集めています。
コミュニティマーケティングに力を入れると、顧客との強固な関係を構築できます。コミュニティがあると、メンバーは問題点の解決方法や商品のより上手な使い方などを他のメンバーから教えてもらうことができます。
特にBtoB SaaSのような、操作に慣れて使いこなすハードルが高いツールの場合、コミュニティがあることでユーザーは小さな問題に躓くことなく商品を使いこなせるようになるでしょう。コミュニティはユーザーのエコシステムとして機能し、顧客維持率を高めます。
そしてコミュニティの恩恵を得ると、次第にメンバーはそのコミュニティに愛着を持ち、その延長で企業へのロイヤルティも高まります。
米国Vanilla Forumsの2019年の調査によると、66%の担当者が、オンラインコミュニティが顧客維持によい影響を与えたと回答しています。
(出典:Top 42 Online Community Statistics & Trends for 2024 - sellcoursesonline.com)
コミュニティから得られるフィードバックは、企業にとって貴重な情報です。コミュニティ内で、直接意見を交換できる環境を提供することで、どの機能が有効活用されていて、どの機能が不要なのか? デザインやパッケージについてどう感じているのか? こんな新商品が欲しいという本音が聞けます。
また、ユーザー同士が意見を活発にかわすことで議論が深まり、事業運営や経営戦略に活かせる貴重なインサイトを得られることもあるでしょう。
以下は米国の統計ですが、今や7〜8割の企業がコミュニティからのフィードバックを活かしています。
(引用:ユーザー作成コンテンツをマーケティング戦略に活用する方法ーHubSpot)
コミュニティマーケティングは、費用対効果の高いマーケティング手法でもあります。
まず、対象が共通のテーマに興味を持つ既存顧客なので、サイトやイベントに訪れてもらえるハードルは低く、プロモーションコストがあまり発生しません。
一方、コミュニティマーケティングによって顧客維持率が高まれば、アップセル、クロスセルにより売上げが向上します。また、コミュニティ内外への口コミによりよい評価が拡散することも、売上げにプラスになります。
さらに顧客から意見やフィードバックを直接取得できるため、市場調査の費用の削減が可能です。顧客同士がナレッジを共有し、商品に詳しくなるためカスタマーサポートの負担も減るでしょう。
このように、プロモーションコストはそれほど高くないにもかかわらず、コスト削減、売上向上に与える効果は大きいため広告費用対効果はよくなります。
コミュニティマーケティングでは、実際に商品を活用している顧客と、製品やサービスについて意見を交換する機会が増えるので、顧客のニーズを把握できます。既存商品やカスタマーサポートの在り方の改善はもちろん、商品の開発にも活かせるでしょう。
米国の調査では、約90% の企業担当者が、製品やサービスを改善するためにコミュニティからの提案を活用し、78% がコミュニティが新しい製品やサービスの構築に役立ったと回答しています。
日本でも成功例は多く、例えば格安スマホmineoのコミュニティ「マイネ王」の「アイデアファーム」には1日に何件もユーザーからの提案が寄せられます。機能の改善、デザイン、連携してほしいサービスなどの多彩な内容がサービスに活かされているのです。
mineoファンの集いというイベントは自費でも遠方から多くの人が参加するなど、ファンとの強い関係性を築くことにも成功しています。
(出典:mineo)
米国マッキンゼー社は、ブランドを構築する手法が、時代とともに広告の黄金時代→パーソナライゼーションの時代→コミュニティ内の消費者とつながる新しい時代になったと分析し、「コミュニティフライホイール」という概念を提唱しています。
今はコミュニティマーケティングの波が来ているということでしょう。
(出典:ブランドを構築するためのよりよい方法: コミュニティ フライホイールーmckinsey.com)
例えば、「Think Simple」という哲学から生み出されるAppleブランドのコミュニティ、世界No.1CRMプロバイダーのSalesforceのコミュニティ「Trailblazer(先駆者)」など、多くの人を惹きつける企業コミュニティは熱狂的なファンが集い、国を越えて活発に交流しています。
もともと、コミュニティには商品に愛着を持つファンが集まります。そこで同じようなメンバーと交流しブランドに対する共感を共有することで、ブランドメッセージがより強固になるのです。そしてユーザー同士が交流するほどポジティブなメッセージは広がっていき、ブランドに寄与します。
もちろん、ブランディングには商品哲学、ロゴやデザイン、カラー、広告、顧客サービスのスタンスなど、多岐にわたる要素があるので総合的に取り組むことが前提です。
そのうえで、企業が自身の独自性や強みを理解したコミュニティを作り、それを活かしてブランディングを進めることは、今の時代とても重要です。
コミュニティマーケティングにより、口コミや紹介が拡大します。
コミュニティマーケティングを通じて、コミュニティメンバーがよい経験を共有することで、まずコミュニティ内で口コミが生まれメンバー間に共有されます。そこから新しい顧客にも拡散するため、潜在顧客にとっても信頼できる情報源となります。
現在の人たちは、企業のマーケティングをあまり信用していません。自分が何かを購入するときを思い浮かべれば納得すると思いますが、評価サイトの☆の数や口コミのほうが判断基準になります。
例えば、株式会社オリゾが2023年12月に行った「Z世代の購買動機と情報収集に関する実態調査」では、以下のように口コミ/レビューサイト、友人・知人の意見が企業の公式Webサイトよりも信頼されていることがわかります。
(出典:株式会社オリゾ)
コミュニティマーケティングの手段には、プラットフォームの活用、SNSの活用、ビジネスチャットのコミュニティの活用、イベントの開催などがあります。もちろん、組み合わせて活用してもよいでしょう。それぞれの特徴を紹介します。
X(旧Twitter)、Facebook、LinkedInなどのSNSの機能を活用する手軽で効果的な方法です。SNSは誰もが気軽に活用しているため、ユーザーにとってもハードルの低い方法と言えるでしょう。
#(ハッシュタグ)を活用することで、既存顧客だけでなく商品に興味がある潜在層へアプローチすることも容易です。
コミュニティサイトの主な構築方法は、オリジナルでサイトを構築する方法、自社サイトの一ページにコミュニティページを設ける方法、プラットフォームを活用してコミュニティサイトを運営する方法などです。
自社でサイトを立ち上げる場合、コミュニティの目的、コンセプトを決めたうえでオリジナルで作成するか、WordPress等のCMSを活用して作成します。
コミュニティプラットフォームやオンラインサロンプラットフォームにはFAQ、掲示板などのナレッジの共有、メール配信などの基本機能が備わっています。どのようなコミュニティサイトを作るかで適したプラットフォームも変わります。以下が代表的なプラットフォームです。
例:commmune(コミューン)
(出典:commmune(コミューン))
オンラインイベント、ウェビナーもコミュニティ運営手法のひとつです。イベント中、チャットで参加者はリアルタイムで意見を発信できます。同じ場でイベントの雰囲気、熱量を体験することによって、参加者同士の関係性も強くなるでしょう。
既存顧客が対象となるので、より専門性を深めたイベントを開催できます。あるいは日頃コミュニティサイトで学ぶことが中心なら、カジュアルなウェビナーをたまに開催してもよいでしょう。
自社のコミュニティに告知して独自に開催することや、プラットフォーム上で開催することもできます。手法には以下があります。
いずれも無料で参加人数に制限がなく、リアルタイムでの発信が可能。ただし、YouTubeは内容が公開されますので、関係者以外が見る可能性も考慮してコンテンツを作りましょう。
例:YouTube ライブ
(出典:YouTube ライブ)
プラットフォームやSNSを活用すれば、コミュニティを始めること自体は簡単です。ただし、コミュニティを運営し続けるには基本的なポイントを押さえる必要があります。
以下の要素を明確にしましょう。
コミュニティ運営はさまざまな恩恵がありますが、企業にとっての目的を明確にしておかないと効果も散漫になってしまいます。目的が決まれば、どのようなタイプのコミュニティを運営するか? どのようなコンテンツをメンバーに提供するか? が見えてくるでしょう。
集まるメンバー間で共通の目的や価値観が共有されやすくなります。意見も活発に出し合うようになり、コミュニティ全体の結束が強まります。
目的の例:
上記の目的を明確に伝える、訴求力のあるタイトルをつけることも大切です。
オープンでアクセス可能なプラットフォームやコミュニケーションツールを活用することがおすすめです。ユーザーによく認知されているSNSやオンラインフォーラム、コラボレーションツールを活用するとメンバーが参加しやすくなります。
日常的に活用している人が多いSlack、Discordなどのコミュニティも参加しやすいものです。
また、コミュニティサイトを制作する場合は、デザインの見え方も重要。パソコン、タブレット、スマートフォンなどさまざまなデバイスに対応したデザインにしましょう。コミュニティに日々気軽に参加してもらうためには、どこからでも繋がれるようにモバイルファーストを意識することが大切です。
BtoBの取引先や顧客は、通常、専門的な知識やスキルを高めたいと考えています。クローズドなコミュニティでは、求められるレベルも高くなる傾向があるため、専門性の高い有益な教育コンテンツがあると喜ばれ、信頼感が生まれやすくなります。
このようなテーマで発信していくと、コミュニティは業界の共通の課題や問題に対処するためのフォーラムとしても機能していき、メンバー同士で情報やベストプラクティスを共有し、解決策についてディスカッションすることができます。
ユーザーが意見を表明しやすいシンプルなフォームを作ることも重要です。「掲示板」であっても問題ありません。ユーザーからのアイデア、意見を引き出せるようにしましょう。また、企業からのコンテンツを提供するだけでなく参加ユーザーのブログなどのコンテンツも公開し、有機的なコンテンツが増える後押しをします。
ここでは、コミュニティ運営に取り組む前に、読んだほうがよいおすすめのコミュニティマーケティングについての本を2冊紹介します。
(出典:Amazon)
Amazonで、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)で成功を収めた著者が、経験にもとづきノウハウをまとめた本です。
コミュニティ形成にはまず、「どんな人に集まってもらうか」というWhoが大事であること。メンバーに楽しんでもらい、メンバーが進んでアウトプットして、称賛されるのがコミュニティの力学、コミュニティのスケールに役立つ「焚き火理論」などが紹介されています。
SNSのフォロワーを大量に集めるようなマーケティング手法ではなく、熱量が大きい少数の本当のファンと協力しながら、コミュニティを大きく運営していくことの重要さ、初期メンバーが重要であることなど、役立つポイントが満載の書籍です。
(出典:Amazon)
何のために人を集めたいか考えることの重要性、ファシリテーターの心得などがまとめられています。本の帯にも以下の記載がありますが、つい人の数を集めることに眼がいきがちな担当者を冷静にさせてくれる実践的なノウハウがまとめられています。
ビジネスに限定しない、すべてのコミュニティ運営の成功について述べた本ですが、BtoBのコミュニティ運営にも、日頃の会議運営にも活かせます。
コミュニティマーケティングの企業成功例を5社紹介します。
運営企業:The LEGO Group
特徴:玩具メーカー売上高世界一のレゴ社は、会員100万人を要する顧客コミュニティ「LEGO IDEAS」を運営しています。コミュニティでは、ユーザーがオリジナルのアイデアを投稿し、1万のいいねが付くと商品化が検討されます。そして、商品化が実現されると提案したユーザーには売上げの1%が還元される仕組みです。
このようにLEGOは製品の開発段階でファンを巻き込むアプローチをとることで、ますますユーザーの満足度を高め、一体感を感じさせる関係性を築いています。
(出典:JAWS-UG(AWS User Group – Japan)
運営組織:JAWS-UG(AWS User Group – Japan) ※非営利団体
特徴:AWS (Amazon Web Services) が提供するクラウドコンピューティングを利用する人々の集まり(コミュニティ)です。
AWSが、日本で急速に成長した理由のひとつに、前述の「ビジネスも人生もグロースさせる コミュニティマーケティング」の著者が立ち上げたコミュニティサイトの力があると言われています。
コミュニティでは、学びや交流を目的としてボランティアによる勉強会の開催や交流イベントが開催されています。
運営企業:Salesforce, Inc.
特徴:SalesforceのTrailblazer Communityは非常に熱狂的でアクティブなコミュニティとして知られています。コミュニティのメンバーは、Salesforceユーザー、開発者、アドミニストレーター等。さまざまな情報を共有し、学び合い、ネットワーキングを行う場として機能し、その力はセールスフォースのイノベーション、事業成長にも貢献しています。
Salesforceは、Trailblazer Communityを家族、パートナーと位置づけて、さまざまな支援をします。その結果、世界で約2000万人と強いきずなを築きました。メンターシッププログラム、Salesforce MVPなどでコミュニティを盛り上げる支援を惜しみません。
以下は公式サイトから抜粋した参加者の調査結果の例です。
(出典:HubSpotコミュニティ)
運営企業:ハブスポット株式会社
特徴:HubSpot コミュニティーは、HubSpotのユーザー同士やHubSpotパートナー(販売代理店)の間で情報を交換できるコミュニティサイトです。英語版と日本語版があります。
ツールの活用方法や日頃のマーケティング、営業、カスタマーサービス業務について、情報やナレッジを交換することを目的としたプラットフォームです。CRM & Sales、Marketing
Service、RevOps & オペレーション、開発者向け、パートナー用のコミュニティがあります。
勉強会スペース、トピック別掲示板、最新情報やアイデアを共有するコミュニティーリソースなど、多様なコンテンツが提供されています。
(出典:SmartHR)
運営企業:株式会社SmartHR
特徴:PARKは、SmartHRユーザーの有料プランを契約している人事・労務担当者が無料で参加できるコミュニティです。
Park=「公園」のようなコミュニティという意味だそうです。2019年、ミートアップイベントからスタートし、2022年にオンラインコミュニティ(ベータ版)に移行。2023年に夏に正式にオープンし、年末までに約850名が参加しています。
SmartHRの活用方法だけでなく、人事・労務の業務の悩みや、業務の枠を超えた話題なども共有でき、メンバー限定のイベントも定期的に開催されています。また、SmartHRの開発者とユーザーが語り合う「PARKバザール」もあります。
近年は、企業からのマーケティングがあまり信用されなくなりました。一時期もりあがったインフルエンサーマーケティングも、ステルスマーケティングが問題になった時期あたりからからくりが世に知られ、以前ほどの影響力はありません。
このような状況のなか、成果がでるまで時間はかかるものの、地道に既存顧客との関係性を深めるコミュニティマーケティングが注目されています。顧客維持率の向上、売上げアップ、商品やサービスへのフィードバック、高評価の拡散、ブランディングと、さまざまな波及効果をもたらすコミュニティマーケティング。ぜひ挑戦してみてください。
事例に出したSmartHR社のコミュニティもスタートは人事・労務向けのカジュアルなMeet upイベントでした。勉強会や交流会などの小規模イベント、SNSやビジネスチャットのグループを活用し、テスト的に始めることもできます。