スマートフォンが普及し、誰もが手軽に情報を得られる時代になり、日々の生活や仕事でのコミュニケーション手段として、チャットやメールを使うのはごく当たり前になっています。
デジタルの主なメリットは、人ではできない高度なシステム対応ができる点にあります。たとえば、Webの行動履歴に基づいたパーソナライズ提案による「顧客体験の向上」「コンバージョンアップ」が可能です。
すでにIT企業などで、CRMやCMSの顧客データを活用し、パーソナライズしたデジタルマーケティングを行う事例が増えてきています。ただ、これから実施したいという企業もまだ多いのが事実です。
本記事では、さらに高度なデジタルマーケティングに取り組みたい、またはデジタルマーケティングの導入を検討中の企業の担当者様向けに、デジタルマーケティングの概要と成功事例、施策の策定・実行をする上での留意点をお伝えします。
デジタルマーケティングとは、デジタルの手段を用いたマーケティングを指します。
日本でデジタルマーケティングが一般的になったのは、1990年代からです。Window 95の大ヒット、携帯電話・インターネットの普及にともなって、企業HP、Web広告、メルマガ等々のデジタルメディアを一般の消費者が目にするようになりました。
現代の感覚からすると「デジタルマーケティング」と「Webマーケティング」は同じものと捉えがちですが、実は異なる概念です。
デジタルマーケティングとは、「インターネットやIT技術を用いたマーケティング手法」の総称です。一方のWebマーケティングとは「Webサイトを中心に行われるマーケティング手法」です。
デジタルはアナログと対比する概念全般を指し、Webはインターネット関連に限られるからです。
まずはWebマーケティングを超越する概念である「デジタルマーケティング」について整理します。さらに、デジタルマーケティングの発展を概観しつつ、どんな手段があるのか、ざっくり確認していきましょう。
(引用:デジタルマーケティングとWebマーケティングの概念図)
デジタル技術はWeb(インターネット)にとどまりません。現代のビッグデータ活用技術やAI処理もデジタル技術です。地デジもデジタル配信のためアプリで視聴でき、TVメディアの活用もデジタルによるマーケティングの一種です。
デジタルマーケティング(Digital Marketing)は、直訳すると「デジタルのマーケティング」、つまり、デジタル技術を活用したマーケティング手法すべてを意味します。
デジタル技術を活用したマーケティングとは、たとえばインターネット、アプリ、デジタルサイネージ、IT技術、AI技術など、かなり広い領域にわたります。
デジタルマーケティングはWebマーケティングの上位概念で、関係性は以下のとおりです。
今の私たちからすると、デジタルというとインターネットを連想しやすく、デジタルマーケティングとWebマーケティングは同義とみなしがちです。しかし、デジタルは技術全般も含んでおり、特にシステム活用の視点を忘れないようにしましょう。
デジタルマーケティングの類型を整理するために、デジタルマーケティングの歴史をひも解きつつ確認してみます。
現代の私たちからすると、デジタルマーケティングの発展は以下の4つの段階を経ていると考えるのがしっくりきます。
1990年代当時、モバイルの世界最先端とも評され、デジタルマーケティングの先駆けである日本の例も交えつつ、デジタルマーケティングの歴史を概観します。
20世紀の広告は4大メディア(TV、ラジオ、新聞、雑誌)が圧倒的でしたが、1990年半ばから世界的にデジタル端末やWebサービスのユーザーが増え、通信事業者やWebサービス業界以外からも広告媒体として注目され始めました。
具体的には世界的なパソコンとインターネットの普及、日本では携帯電話の急激な普及です。インターネットのハイパーリンクは世界中の人々がアクセスできる画期的な技術でしたが、世界的にユーザー層は限られていました。日本では携帯電話の「iモード」が登場、既にモバイルでのインターネットサービスが利用されていました。
当初、通信インフラやハードウェア性能の限界から、一部のコンテンツ産業を除き、シンプルな手段が用いられました。代表的なものをあげると、バナーやテキストリンクの広告、メールやHPによる情報提供です。現在ではWeb広告の媒体や表現手段も非常に多様化しています。
2000年代に入ると、Webサイトは情報提供のほか、販売チャネルのひとつ(ECサイト)として確立しました。スマートフォンを一人一台持つ時代になったことで、消費者は商品やサービスを購入する前に口コミやECサイトをチェックし、時間をかけて吟味するようになりました。
さらに、消費者とのコミュニケーション手段が従来の電話や手紙からデジタルな手段に切り替わりました。当時はWebフォームやメールによるテキストコミュニケーションが主流でしたが、現在ではビデオ通話やチャットなど、リアルタイムの双方向コミュニケーション、AIによる自動応答ツールも使えます。
企業で業務プロセスのシステム化や、データ活用が進むにつれて、マーケティング業務にもデジタル化の波が及びました。
顧客情報のデータベース化が進み、システムで個別に最適化した対応ができるように、購買履歴に応じた商品のレコメンド、閲覧履歴からのターゲット広告などが典型的です。
今では企業の規模や業態を問わず、Webやデータ処理の技術を活用しての効率的なマーケティングを行なえます。専用のMA(マーケティング・オートメーション)システムで「既存顧客」「匿名の潜在客」の存在のあぶり出しと分析、施策の企画立案に役立てられるほか、施策実行も自動実施が可能です。
現在はオンラインのデジタルマーケティングと、リアルのマーケティングを組み合わせて、顧客体験の効用の最大化を図るという先進的な考え方があります。(OMO「Online Merges with Offline」という英語の略で「オンラインとオフラインの融合」と訳されます。)
現時点での事例の多くは中国で展開されています。「モバイルオーダー」「モバイルペイメント」「チャットボット」など、日本でも一般的に見られるものです。
マーケティングをデジタルとリアルに分離せず、リソースの有機的な構成により、顧客利便と売上げの向上を図る流れが一段と強まっていくでしょう。
ここで、国内外のデジタルマーケティングの成功事例を紹介します。
各社が実施した施策とその意図とは、また現代の事業拡大フェーズで、どうマーケティング組織を再編成していけばよいのでしょうか。
HubSpotは世界で最も多く導入されている無料CRM、マーケティング製品、セールス製品、サービス製品を提供する米国企業です。同社はどのようなデジタルマーケティングにより、世界有数のシェアを勝ち取ったのでしょうか。日本の企業も参考になる手法を取っているので、ぜひチェックしてみましょう。
HubSpotはインバウンドマーケティングの手段として自社ブログを活用しています。ビジネスブログを軸としたインバウンドマーケティングにより、見込み客に課題を認識してもらうだけでなく、製品サービス周りの情報や環境整備のノウハウを提供し、導入検討を促す施策を豊富に実践しています。
HubSpotには、特にデジタルを活用したインバウンドマーケティングの実践ノウハウが豊富にあり、獲得しているリードのほとんどがビジネスブログ経由でのリードです。ただ問題は、資料がダウンロードされるだけで、導入のための行動を起こさないリード(案件化しないリード)もいる点です。
IT技術分野では「コミュニティ」と総称される、エンジニアやユーザーによる情報交換や報告を行う場が設けられることがあります。関係者が協力し合うことで、技術や新しいプロダクトの「改良」「発展」が期待できます。
昨今は一般向けのIT製品やシステムにもその流れが波及しています。それが「コミュニティ・マーケティング」として、製品プロモーションの新しい手段となっています。
ここでは、Salesforceのグローバルな認知獲得の一端を担った、同社の「コミュニティ・マーケティング」を紹介します。
2010年頃、Salesforceが対面講習会をオンラインに切り替えたのがきっかけで、同社のユーザーコミュニティが誕生し、それからユーザー数が爆発的に増加しました。現在は計1500万人が参加し(オンラインメンバーは数百万人)、オンライン学習サービスで390万人以上が学ぶまでに大きく成長しました。
オンラインとオフラインともに活発なコミュニティ活動がみられ、オフライングループは全世界で900以上もあります。ユーザー属性ごとに多数のグループが存在し、「システム管理者向け」「新規ユーザー向け」「任意の関心テーマ」「土曜会」などがあります。
ユーザーがコミュニティに参加するインセンティブ施策として、ユーザー質問への貢献度に応じた「表彰」、リリース前の「新サービスの無償提供」の制度があります。コミュニティでユーザー同士が助け合い、親睦を深めることで、「ロイヤルティ向上」「利用単価の増加」が期待できます。
さらに同社の場合、機能改善の提案とそれに対するユーザー投票制度によって、製品革新につながるフィードバックを得る仕組みもあります。
一般企業にとっては、大手プラットフォームのような立派なコミュニティの形成は難しいかもしれませんが、ユーザーフォーラム(Q&A)の開設や、改善の要望受付・投票制度は参考になるのではないでしょうか。
ベーシックはマーケティング情報の検索でよく上位に来るWebメディア、「ferret」の運営会社です。Webマーケティングに詳しい同社は、自社ツールの一般提供やコンテンツマーケティングを通して、企業のマーケティング担当者のニーズに応えてきました。
ベーシックの祖業は各種の比較サイトの運営です。当時、サイトの最適化のためにさまざまな仕組みを確立し、さらに効率的なサイト集客のため、SEOツールを内製するまでに。これは後に「FerretPLUS」として一般公開され、好評を博しました。
(出典:PR TIMES)
そして、さまざまな企業からWebマーケティングの相談を受けるようになりました。そこで同社が見たのは、SEO対策(検索サイト最適化)にばかり注力し、思ったような効果を得られずに困っている多くの企業の姿でした。
ベーシックは情報サイトの運営に長けており、情報で価値を提供するのが得意です。したがってWebマーケティングの総合メディア「ferret」を2014年に開設するのは、同社にとって自然な流れだったといえるでしょう。
【現行のferret】
今では同メディアを通して、多くの人々がWebマーケティングの学びを得ています。また、ベーシックはノーコードのCMSツール「ferret One」を販売し、企業の担当者レベルでWebマーケティングが展開できるよう支援もしています。
リードナーチャリング(潜在客の育成)といえば、メルマガや資料請求といったコンテンツを使うのが一般的ですが、オウンドメディアも一考に値します。Webメディアの運営や維持には手間がかかりますが、商品利用の前提として一定の知見が必要だったり、幅広い顧客を対象にしたりするのであれば、検討してみてもよいかもしれません。
freeeはクラウド会計ソフト「freee」をはじめ、人事労務などのバックオフィスのSaaSを提供しています。国内のSaaS黎明期に、スタートアップだったfreeeのマーケティング戦略とは、どのようなものだったのでしょうか。
世の中にない画期的な製品は、ごく限られたイノベーター(製品の登場段階での顧客)を魅了し、拡大のきっかけをつかまねば、その先はありません。freeeのリリース時(2013年3月)、会計SaaSは国内では珍しい存在でした。
そのため、freeeは当初「ターゲットセグメント」を狭く絞り込んで、製品開発に反映させていきました。
ターゲットの定義は、具体的には「自身での帳簿付け」「個人事業主/零細法人の経営者」「ネットのアクティブユーザー」の3つです。特に一番最後が功を奏して、発信力の高いイノベーターたちの心をつかむことに成功、freeeの認知度は爆発的に拡大しました。さらにfreeeはSNSでの反響を見て、機能改善に役立てていました。
また、freeeはサービス開始直後からオウンドメディア施策を実施、機能・サービスの紹介と活用法のほか、さまざまな情報提供を行い好評を博しています。
freeeのリリースの3年後、当初想定の顧客層を取り込みきるとユーザー獲得が難しくなり、新たな施策が必要に。「対象ユーザー」「望まれる顧客体験」を引き直し、スマートフォン完結のユーザー向けのアプリのリリースや、オンライン以外の人的セールス組織を発足させ、ユーザーの拡大を図っています。
なお、セールス部門ではfreeeではMA(マーケティング・オートメーション)のMarketoを活用しています。営業担当者によるミクロ的なアプローチのワンツーワン・マーケティングをMAで組織的なセールス活動に落とし込むのも、事業のスケール化に重要だったと、同社は総括しています。
スタートアップや、新事業の立ち上げ時は、freeeが取った戦略が参考になるのではないでしょうか。
国内の人事労務系SaaSの先駆けであるSmartHRは、2015年にサービスを開始、今もトップシェアを維持しています。
同社は市場の飽和が近いとみて、2020年にマーケティングの方向転換を図りました。新興企業が一定の事業規模に移行すると、デジタルマーケティングの体制をどのようにするのが望ましいのか、自社の状況と引き比べながら読み進めてはいかがでしょうか。
近年、SmartHRは新規リード獲得が頭打ちとなり、新規獲得に注力するだけから脱却し、業界大手が取るようなマーケティング戦略に移行しつつあります。
同社は2020年にマーケティング部門を「オンライン」「オフライン」の獲得チャネル別の構成から、「リードマネジメント」「ブランドマーケティング」の目的別組織に再編しました。コロナ禍の真っ只中に展開された大々的なマス広告をご記憶の方もいらっしゃるでしょう。
ただ、SmartHRは成長市場から成熟市場への対応において試行錯誤しています。また、デジタルマーケティングは時を経ると、「リード育成」「商談化」といった成果が資産価値を持ち出し、それをどう活かしていくかが大切になります。
2021年に早くも組織の再々編を実施、新規リードの減退に専門化・細分化で対応するべく、「リードマネジメント」部門を機能別に3分割しています。従前の「オンライン」「オフライン」組織の再構築に加え、オンラインとオフラインの施策で獲得した多数のリードの商談化を確保するため、新たに「リードナーチャリング」部門を設けています。
さらに諸々の施策で得たデータを活用するための「データマーケティング」部門も新設しています。なお、データマーケティングは事業領域全般の意思決定を支援する戦略部門で、将来を見すえて、マーケティングに限定させない方針です。
デジタルマーケティング組織はどう編成すべきか、企業ごとにそれぞれの解があり、一概には言えません。
しかし、スタートアップのSmartHRの場合、自社の勝ち筋であるリード獲得チャネルや、リード獲得ボリュームに応じて再編を行い、コロナ禍のイレギュラーにも柔軟に対応、従来目標を達成しました。時流を見た戦略に沿って、体制を構築するのも1つですが、やはり得意とするところやリソースを軸に編成するのがベターのようです。
デジタルマーケティングの成功は、有効な施策と組織運営の2つが上手くいってこそです。それには以下の3点を考慮しましょう。
デジタルマーケティングの重要な要素のひとつが「コンテンツ」です。ただし、デジタルコンテンツは模倣されやすいうえ、類似コンテンツの氾濫にユーザーは飽き飽きしています。
よくあるのが、検索をした際に検索1-3位に出てきたコンテンツの内容がほとんど同じで、全く検索意図と合致していなかった、などの経験を見込み客に与えてしまうことです。このような事態を避ける方法は、自社が提供できる価値と独自性を明確に定義し、提示することです。
ほかに、「チャネル」「タイミング」も大事です。特にデジタルマーケティングは自動化での少ないリソースで展開が可能なので、「ペルソナ」「カスタマージャーニー」を適切に定義しておかないと、方向性の誤りや無節操な拡大を招きかねません。
なお、「UI」は顧客体験に関係し、コンバージョン(成果創出)を左右します。たとえば登録フォームで、いくつも画面を遷移したり、設定項目が複雑すぎたりすると、悪い印象を持たれて離脱されてしまいます。
バリュー・プロポジションの概念について、詳しくはこちらをご覧ください。
マーケティング部門がはっきりした目標設定と成果を測定できなくては、施策の効果だけでなく、改善すべきかどうかも見えてきません。
KGI(最終目標/たとえば成約◯件)と、それに結びつく成果(営業に渡したリードの案件化率など)であるKPI(評価指標)を定義し、それに基づいて評価することで、業務プロセスのどこに問題があり何を改善すべきなのか見えてきます。
マーケティングにおけるKGI・KPI管理を詳しく知りたい方は、こちらのページをご覧ください。
適切なKGIとKPIがマーケティング部門で共有されれば、自部署の役割と目標が明確になり、組織全体として齟齬なく最終目標に向かえるはずです。
担当者の職責と職能をはっきりさせたほうが、KGI・KPIを効率的に達成しやすいです。つまり、近年注目されている「ジョブ型」のメンバー構成とするほうが、早く成果が得られるでしょう。
マーケティング組織の編成については、こちらのページで詳しく解説しています。
デジタルマーケティングは専門性が高く、自動化で省力化も可能なため、中小企業でもジョブ型の人材調達で取り入れやすいメリットがあります。デジタルマーケティングは営業部門が片手間に行うのではなく、専任人材による業務分担で成果を出していきましょう。
デジタルマーケティングは手法もツールも多く迷いがちになりますが、事例で見た通り、強みを生かした手段を選ぶのがセオリーといえます。デジタルマーケティングを軌道に乗せるには、コツを押さえた展開戦略や社内組織の構築がとても重要です。
今回見てきた事例をヒントに、自社のデジタルマーケティングの構想にまずはトライしてみてはいかがでしょうか。