PEST分析とは?分析のやり方を事例とテンプレートを用いて解説!

2023/05/09
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米IT大手の不振が、最近はニュースになります。メタやGoogleは、2022年に収益減になった理由を、「不確実で不安定なマクロ経済の醸成」「厳しいマクロの経済環境」と言っているそうです。2社とも最近は世界を牛耳りそうなイメージがあったので、ちょっと意外な気がする方もいるでしょう。

このようにGAFAでも、大きな影響を受けるのがマクロ環境の変化。一般ビジネスマンの方も「うちの業界ってこれから生き残れるのかな? 」「今、〇〇に進出するビッグチャンスでは? 」と考えることがあると思います。そのような問いに対する解をだすために活用できるのが、マクロ環境分析フレームワーク「PEST分析」です。

PEST分析とは、「政治」「経済」「社会」「技術」の4つの要因を分析することです。このPEST分析フレームワークは、米国の経営学者Philip Kotler(以下コトラー)氏などによって有効性が示され、広く普及しています。

新型コロナウィルスの影響からも分かるように、世界各国は密接に関連しており、突然のマクロ環境変化は各国の経済に大きな影響を与える可能性があります。

したがって、ビジネスで成功するためには、自分の業界だけでなく、世界経済や社会の動向を理解することが重要です。

また、潜在的な脅威を早期に認識できれば、事業を縮小・撤退する決断を迅速に下すことができるでしょう。

この記事では、ビジネス戦略を策定するための重要なフレームワークであるPEST分析の重要性について説明します。Excelテンプレートもあるので、ぜひ参考にしてください。

PEST分析とは

PEST分析とは、米国の一般管理学者 Francis Aguilar(フランシス・アギラー)氏の研究がベースの外部環境分析フレームワークであり、以下4つのマクロ環境を分析するフレームワークです。

  • Politics(政治):政治体制、規制の強化・緩和、税制
  • Economy(経済):為替、金利、GDP、インフレ率
  • Society(社会):人口動態、自然災害、ライフスタイルの変化
  • Technology(技術):インフラ、技術トレンド、革新的テクノロジー

1.PEST分析のイメージ

企業が戦略を策定する際の「調査・情報収集」→「課題の明確化」→「仮説構築」→「仮説検証」→「戦略策定」というパイプラインの中で、「調査・情報収集」「課題の明確化」のポイントで活用するためのフレームワークです。

外部環境の影響を把握し、ビジネスチャンスやリスクを評価する際に役立ちます。

なお、PEST分析にはPESTEL(Legalが追加)、PESTLE(environmentが追加)などの派生形もかなり出ていますので、業界によって適したタイプを活用してもよいでしょう。

PEST分析をすべきタイミング

PEST 分析は、マクロ レベルの環境分析です。業界内のライバル企業がどうこうではなく、いわば大局を見極めるために実施します。もちろん、定期的に分析することが望ましいのですが、以下のタイミングでは必ず実施しましょう。

新規事業を始めるとき

新しい業界に参入する際は、一般にその市場にそれほど詳しくないので、市場の可能性を分析し把握する必要があります。社会情勢の変化によってますます広大な市場になる場合もあれば、今後の法規制によって厳しくなる場合もあるでしょう。

既存市場に新たな商品・サービスを投入する場合も、顧客層が変われば価値観も異なりますし、関連法律が変わるなど影響を与えるファクトが変わるので、やはりPEST分析が必要です。

例:テスラがインドEV市場に参入するとしたら?

例として、米国の自動車メーカー「テスラ」がインド市場への参入を検討する際に、PEST分析を活用する場合を想定してみましょう。同社は、インドEV市場への参入を計画中だと報じられています。PEST分析を行うことで、テスラが直面しうるさまざまな外部要因を網羅的に評価し、戦略を立てる際の参考となります。

  • 政治要因(Political Factors):

インド政府による規制やEV参入へのインセンティブが、同国内におけるEV市場の発展に影響を与える可能性があります。

また、輸入関税や地域の政策も、ビジネス環境に影響を及ぼすでしょう。

  • 経済要因(Economic Factors):

世界経済の変動がテスラの販売・生産に影響を与える可能性があります。

また、為替レートの変動も同社の利益に影響を及ぼすでしょう。

  • 社会要因(Social Factors):

環境意識の高まりが、EV市場の需要を加速させる可能性があります。

また、高級ブランドとしてのイメージが一部の顧客層を惹きつけるでしょう。

  • 技術要因(Technological Factors):

革新的な技術や、自動運転技術の開発を進めることが、テスラの競争力を高めるでしょう。

景気の変動、社会の変化が激しいとき

例えば、このまま円安が続けば(2022年11月時点)どうなるのか? 1ドル200円になるとどの程度の打撃になるのか? あるいは恩恵をこうむるのかなどは、常に予測しなければなりません。円安で輸出企業が黒字になるメリットもあります。ちなみに、トヨタは「1円の円安で450億円増益する」そうです(今回はエネルギー高騰などで減収)。

他にも、コロナを機に急速に普及したテレワーク、働き方改革に伴って制定された数々の法律、国内の人口減少、高齢化などは多くの企業に影響を与えます。自然災害などは予測できませんが、人口構成など明らかに予測できる変化には、対応策をプランA、プランB、プランCなどと用意しておくことが必要です。

例:パンデミックの最中には、PEST分析が非常に重要だった

コロナ禍が始まった2020年、企業が事業環境の大きな変容に対応するために、PEST分析を活用することが非常に重要でした。

  • 政治要因(Political Factors):

各国政府はパンデミック対策として、ロックダウンや営業制限、労働法規制の変更などを実施しました。企業はこれらの政策や規制の変化を考慮し、事業戦略や人事管理を調整する必要がありました。

  • 経済要因(Economic Factors):

パンデミックにより、経済活動が停滞し、失業率が上昇しました。消費者の購買力が低下し、企業は需要の減少に対処する必要がありました。

  • 社会要因(Sociall Factors):

パンデミックの影響で、人々の生活スタイルや働き方が大きく変わりました。リモートワークやオンラインショッピングが急速に普及し、企業はこれらのニーズに対応するためにサービス・製品の開発に取り組む必要がありました。

  • 技術要因(Technological Factors):

パンデミックは、テクノロジーの急速な進歩を促しました。デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速し、企業は新たなビジネスモデルやサービスを展開するチャンスが生まれました。

PEST分析を行うことで、企業は新たなビジネスチャンスを見つけたり、リスクを回避したり、競争力を維持・向上させることができます。

自社が急成長しているとき

急成長しているときは一般に業界自体が伸びている、あるいは業界内で何か自社が優位性を持っています。しかし、業界が大きくなってくるといろいろな規制がかかり始めます。国内はもちろん、海外進出の場合もそうです。

破壊的テクノロジーが出て自社を脅かす可能性もありますから、技術動向もチェックしなければなりません。早期に分析することでチャンスをより活かし、脅威に対して早期に手を打てます。

例:Netflixの急成長の背景にあるPEST分析

NetflixはもともとDVDレンタル事業から始まり、オンラインストリーミングサービスへと変革し、急成長を遂げました。その背景には、PEST分析の各要素が大きく関与していると推測できます。

  • 政治要因(Political Factors):

各国の政府規制や検閲ポリシーが、Netflixのコンテンツとリーチに影響を与えます。

また、各国の税制や輸入・輸出政策も、グローバルな市場における事業展開に影響を及ぼします。

  • 経済要因(Economic Factors):

世界経済の変動、インフレ、為替レートの変動が、Netflixの収益と利益に影響を与えます。

先進国での市場の飽和は成長の鈍化を招く可能性があり、持続的な成功のためには新興市場への進出も重要だと言えます。

  • 社会要因(Social Factors):

ストリーミングサービスやオンデマンドコンテンツに対する消費者のニーズが高まることで、Netflixのサービスへの需要が増加します。

消費者の好みや嗜好は地域ごとに異なるため、Netflixは多様な視聴者に対応できるよう、コンテンツ提供を図る必要があります。

  • 技術要因(Technological Factors):

技術の急速な進歩と高速インターネットの普及が、Netflixによる高品質なコンテンツの提供を可能にします。

また、ユーザー情報を保護し、顧客の信頼を維持するために、サイバーセキュリティの脅威やデータプライバシーの懸念に対する強固なセキュリティ対策が必要となります。

このPEST分析は、Netflixが戦略的な意思決定を行い、グローバル市場で事業を拡大し続けるために考慮すべきさまざまな外部要因を示しています。

既存事業の縮小・ピボットを考えるとき

これまで売上げの柱であった既存事業も、さまざまな理由で市場が縮小することがあります。できるだけ寿命を延ばしながらも適切なタイミングで撤退すべきでしょう。業界が頭打ちだとわかりはじめたら、しっかりPEST分析をする必要があります。

長期的に見て業界がどうなるか? ニーズが変わるか? 需要が維持できるのかもしくは低迷しそうか? を分析し、適切な撤退時期を決め、ピボット(路線転換)していきましょう。

例:PEST分析でKodakの市場環境を検証

Kodakはかつて、フィルムカメラの分野で圧倒的なシェアを持っていましたが、デジタルカメラの普及によって市場環境が大きく変化しました。Kodakが早期にPEST分析を行っていれば、事業の縮小やピボットを検討し、適切に対応することができたかもしれません。

  • 政治要因(Political Factors):

規制や法律の変化、政府の政策や補助金などがデジタル技術の普及を促進しました。これらの要因を考慮することで、Kodakはデジタルカメラ市場への参入や新技術開発を検討することもできたでしょう。

  • 経済要因(Economic Factors):

消費者の購買力や需要の変化、新興国の経済成長などがデジタルカメラ市場の拡大につながりました。これらの要因を分析することで、Kodakは適切な価格戦略や市場展開を検討することもできたと考えられます。

  • 社会要因(Social Factors):

人々のライフスタイルや価値観の変化、デジタル技術の普及による消費者ニーズの変化を考慮することで、Kodakは新しい製品やサービスを開発し、市場ニーズに対応することができたかもしれません。

  • 技術要因(Technological Factors):

デジタルカメラの技術革新やスマートフォンの普及が、フィルムカメラ市場の縮小をもたらしました。こういった要因を把握することで、Kodakは技術革新に迅速に対応し、デジタルカメラ市場や他の関連市場への参入を検討することもできたでしょう。

残念ながら、Kodakはデジタルカメラ市場への適応が遅れ、市場シェアを大幅に失いました。しかし、その後、Kodakは事業の縮小やピボットを行い、プリンティングやイメージング技術、映画用フィルムなどの分野で再び競争力を獲得しようとしています。

この事例から分かるように、既存事業の縮小やピボットを検討する際にも、PEST分析は有効なフレームワークだと言えます。

製品(プロダクト)を拡張するとき

製品(プロダクト)を拡張するときにも、PEST分析は有効です。市場環境の変化や競合他社の動向を把握し、プロダクト マーケット フィット(PMF)を達成するために、PEST分析が役立ちます。

例:SlackがPMFを達成できた要因

Slackは、チームコミュニケーションやコラボレーションを目的としたSaaSプロダクトです。Slackが製品拡張を行う際に、PEST分析を活用して市場環境やニーズに適応し、PMF(プロダクト マーケット フィット)を達成することができました。

  • 政治要因(Political Factors):

国ごとのデータ保護規制やプライバシー法が、Slackの業務やコンプライアンスに影響を与えます。

各国の政治的安定性が、グローバル市場でのビジネス展開に影響を与える可能性があります。

  • 経済要因(Economic Factors):

世界経済の変動や為替レートの変動が、Slackの収益や利益に影響を与えます。

新興市場の経済成長が、Slackの事業拡大に新たな機会をもたらします。

  • 社会要因(Social Factors):

リモートワークやフレックスタイムの普及が、Slackのようなコラボレーションツールへの需要を高めます。

さまざまな産業・組織の働き方改革が、Slackの採用を促進します。

  • 技術要因(Technological Factors):

クラウド技術の進化とインターネットの普及が、Slackのサービスの利用と普及を促進します。

競合他社が新しい技術や機能を開発するため、Slackも革新的な機能を提供する必要があります。

Slackは直感的で使いやすいインターフェースを提供することで、世界各国の企業で採用されています。また、多くのサードパーティアプリとの連携を可能にし、ユーザーが日常業務を効率的に行えるようサポートを提供しながら、多くの企業・組織のチームワークや生産性を向上させています。個々のユーザー・組織に合わせたカスタマイズも可能で、多様なニーズに対応できるコミュニケーションツールです。

これらの要素により、Slackは市場における製品と顧客ニーズの適合を達成し、競合他社に対する競争力を維持しています。これらの成功要因は、SlackがPMFを成し遂げ、顧客ニーズに対応できるよう、適切な製品を提供していることを示しています。

PEST分析のやり方とは

ここからは、PEST分析のやり方を説明します。

ステップ1:自社のビジネスに影響を与えるPEST要因をピックアップ

外部環境要因の中でも、自社に影響を与えるものと、それほど与えないものがあります。4つの要因について、自社に影響を与える重要な要素をすべてピックアップしデータを集めます。

P: 政治的要因

  • 海外の政治体制の変化
  • インボイス制度、消費税の変更など国の新たな法規制
  • 業界に対する政府の規制強化あるいは緩和
  • 貿易政策(例:関税、現在または将来の貿易取引など)
  • 電子商取引に関する政策
  • 海外の紛争、戦争による影響(輸出、サプライチェーンへの打撃)
  • その他

E: 経済的要因

  • 成長率とインフレ率の予測データ
  • 金利
  • 財政政策
  • 景気
  • 投資マーケットの動向

S: 社会文化的な要因

  • 人口動態(世界は人口増・日本は少子高齢化)
  • 世代交代(ミレニアル世代、Z世代へ)
  • 世界的なESGの推進(投資家や消費者の変化)
  • 社会の多様性(外国人の増加等)
  • 消費者、労働者の価値観の変化

T: 技術的要因

  • 革新的なテクノロジー
  • 破壊的なテクノロジー
  • 技術革新のスピード(未来予測)
  • インフラの進化

重要な要因を以下のようなテンプレートに書き込みます(ダウンロードはこちら)。

PEST分析のテンプレート

ステップ2:機会の特定

影響を与える要素が可視化できたら、自社がビジネスチャンスに活かせる変化を特定します。例えば、ある業界の規制が緩和されたら参入のチャンスです。

また、革新的テクノロジーを活用したサービスを提供しているスタートアップ、国内外の大学を発見できたら提携するなど、いち早くテクノロジーを活用し優位性を確立する意思決定ができます。

自動車業界を例にとると、電気自動車(EV)の普及や自動運転技術の進歩は、新しいビジネスチャンスを提供します。

政府がEVの普及を促すためにインセンティブを提供している場合、自動車メーカーはこの機会を活用して、電気自動車の開発や販売を拡大できます。

また、自動運転技術を活用したサービスを提供するスタートアップと提携し、自社の製品やサービスに革新的な技術の導入も検討できるでしょう。

ステップ3:脅威の特定

大きな脅威をできるだけ早く特定する必要があります。よく「AIの出現で〇〇がなくなる」「破壊的テクノロジーが出てきたら大変だ」と言われているのはご存知の通りです。

現状は予想があたっていないことも多いのですが、指数関数的に変化(ある一定の時期に急激に普及)するので、特定しておき手遅れにならないフェーズで対策を立てましょう。

可能であればその技術を取り込み自社サービスに活かす、提携する、あるいは段階的に市場から撤退していくなどプランを描いて、計画的に実行していきます。

引き続き、自動車業界を例に考えます。自動運転技術の進歩やライドシェアサービスの普及は、従来の自動車メーカーにとって大きな脅威です。これらの技術やサービスが急速に普及すると、従来型の自動車が市場での競争力を失う可能性があります。

そのため、自動車メーカーは、自動運転技術やライドシェアサービスに対応するための戦略を立てる必要があります。

例えば、自動運転技術を自社の製品に導入する、ライドシェアサービスと提携する、新しいビジネスモデルを検討するなどの対策を講じることができるでしょう。

ステップ4:戦略を描く(市場を再定義する)

4つの領域の大きな要因についてデータを収集し、すべて可視化すると、自社が臨んでいる機会と脅威が可視化できます。そこで、目的に応じて戦略を立て実行していきます。目的が事業拡大であれば、機会を活かし大きく伸びる市場にどのように参入するか? 脅威を最小限の影響にするには、どうすればよいか? 戦略を描いていきましょう。

機会と脅威が明確になったら、戦略を立て実行します。自動車メーカーが事業拡大を目指す場合、以下のような戦略を描くことができます。

1.電気自動車市場への参入:

政府のインセンティブを活用し、電気自動車の開発や販売を拡大する。

2.自動運転技術の導入:

自動運転技術を開発するか、スタートアップと提携して技術を導入する。

3.ライドシェアサービスとの提携:

ライドシェアサービスと提携し、自社の車両を提供することで新たな収益源を確保する。

4.新ビジネスモデルの検討:

自動運転技術や電気自動車の普及に伴い、新しいビジネスモデル(例:サブスクリプションモデル、カーシェアリングサービスなど)を検討し、市場での競争力を維持・向上させる。

脅威を最小限の影響にする戦略も描きます。

1.既存の製品ラインナップの改善:

従来型の自動車における燃費効率や安全性を向上させることで、市場での競争力を維持する。

2.技術革新への投資:

研究開発に投資し、自動運転技術や電気自動車技術などの革新的な技術を開発することで、市場での優位性を確保する。

これらの戦略を実行することで、自動車メーカーは市場環境の変化に対応し、事業拡大や競争力の維持・向上を目指せます。

PEST分析を活用して、機会と脅威を明確にし戦略を立て実行することで、企業は市場環境の変化に対応し、成功への道筋を描いていけるでしょう。

PEST分析をテンプレートを用いながら実際の企業事例を解説

ここでは、実際に4社のPEST分析の事例と、国内SaaS業界の分析例を紹介します。

企業1  Salesforce

3.Salesforce公式HP

(出典:Salesforce.com

SaaS業界のトップベンダーSalesforce社は、設立以降快進撃を続けてきました。

しかし、2022年は他のIT企業同様リストラを発表。もっともこれまでも高収益を上げていながら定期的にリストラしてきましたが、今回は「顧客がより慎重な購入をしている」「ソフトウェア需要の低迷」とコメントしており、SaaSの普及が一段落したことが理由ではないかと分析されています。

SalesforceのPEST分析

分析:

SaaSの世界市場規模は、複数の調査でまだかなり成長することが予測(例:SaaS市場2023 年~2030 年にかけて 27.45%と予測)されています。

ただ、堅調ではあるものの、SaaSが浸透することによる顧客の要求度も高くなっており(費用対効果、操作性、セキュリティへの懸念)、長く続いたバブルは落ち着きを見せている様相です。また、ウクライナ情勢による株価下落など政治動向の影響も受けており、以前と比較すればマイナス要因が増えています。

それでも、2026年に約142兆円に達すると予測されるDX市場の拡大、テクノロジーの発展による社会のデジタル化は不可逆でありSaaS業界自体が成長業界であることは変わりなく、Salesforceがメガトレンドに乗っていることは間違いないでしょう。同じく追い風を受けているマイクロソフト等、ビッグテックとの競争に影響を受けると予測します。

社会面では、プライバシー関連の法規制が強まることにより、セキュリティ面を重視する大手企業はよりトップSaaSベンダーを選択する可能性が高まります。社会的にSalesforceの打ち出す「ステークホルダー資本主義」が広く指示されており、むしろ社会の価値観に影響を与え続け、存在感も維持しています。

企業2 ポケトーク株式会社

5.ポケトーク株式会社公式

(出典:ポケトーク株式会社

POCKETALK(ポケトーク)はAI通訳機と言われる、相手の言葉を話せない人同士の会話を可能にする通訳ツールです。多言語に対応しており、2021 年 までに累計で 90 万台を突破したヒット商品で、2022年9月には合計16億円の資金調達を実施するなど、市場からも期待されています。

ポケトークの事業ストーリーが、PEST分析の好例のように柔軟です。

2000年のインターネット黎明期にすでに「言葉の壁をなくす」事業のミッションはあったものの、技術面で難しく構想をプール。

2017年に翻訳機をリサーチするなか、オランダのスタートアップがクラウドファンディングで出資を求めていることを把握。日本向けに改良して発売してもらった初号機が大ヒットしました(出典:ポケトーク開発秘話)。

ところが、コロナ禍で訪日外国人が少なくなり売上げは7割減。しかし、米国に大きな市場を見つけ事業をピボットし、米国の売上げが4倍に。インターネット登場という激動期に構想を描き、最新テクノロジーの動向を掴んで良いタイミングでローンチ、さらに次の激変にも柔軟に対応しています。

現在の同社を取り巻くマクロ環境をPEST分析してみました。

ポケトークPEST分析

分析:

コロナに対する規制の緩和により、訪日外国人が増加中。また、海外各国でコロナ規制を撤廃する国が増えたこともあり、海外旅行需要も復調傾向なため、コロナ禍で急減した収益がもどってくると予測します。また、円安は海外事業の追い風になります。

Deepl翻訳の普及などもあり、AI翻訳を気軽に活用する層が増えていることも追い風でしょう。高い精度での翻訳・通訳サービスで「言葉の壁がなくなる」ことにより、日本企業のビジネスに大きな変化が起こるとともに、ポケトークシリーズも特殊なサービスから、インフラのようなサービスに進化していくことが考えられます。

企業3 国内SaaS業界

7.SaaS業界のイメージ図(イラストAC)

(出典:イラストAC

SaaS業界でも領域によって勝ち組と負け組は存在しますが、大きなくくりで見れば同じ影響を受けますので、業界全体の先行きを見るためPEST分析してみます。

SaaS業界は、近年のDX推進、コロナによるテレワークの急激な普及、ニューノーマルという新しい働き方の登場など、世界のメガトレンドの後押しをものすごく受けている業界だと言えるでしょう。

世の中を見れば、小売り、観光、サービスなどのように、大打撃を受けている業界も少なくありません。PEST分析してみました。

日本のSaaS業界のPEST分析

分析:

米国IT大手が次々とリストラに着手しています。SaaS業界は、セールスフォースが好業績ながらリストラするのはいつものことですが、CEOがコメントしたように、ソフトウェア需要が鈍化しています。これは景気の影響だけでなく、米国で一通りSaaSが普及したことも影響していると言われます。

日本のSaaS市場は米国の何年か後を追っているため、普及率自体はまだ低く国内景気減速の影響を受けることはたしかですが、一方で固定費削減のためにSaaSへの切り替え需要が一定量発生すると考えられます。

政治面(P)では、政府がDXを推進しており、SaaS認定制度を作ったり、IT導入補助金を用意したり、後押ししていることもプラス要因です。株式会社MM総研の調査では、国内クラウドサービスの市場規模も2021年度は前年比3%成長と堅調です。しかし、景気減速を受けて投資マーケットは以前ほど活況ではありません。

社会面では、市場のSaaSに対する見方が変化していることに要注意です。複数の調査で、導入企業は「予想よりコストが高い」「使いこなせない」など不満を回答する率が高く見られます(例ITreview の2020年調査では約7割がsaas選びに失敗と回答)。

以前のように期待値は高くありませんが、これは顧客の成長ともいえるでしょう。逆の見方をすれば、このペイン市場の出現はひとつのビジネスチャンス。SaaS切り替えアプローチの突破口になることが予測できます。

テクノロジー面では、AI翻訳AI通訳の精度が上がり、日本語のAI記事作成SaaSも登場 。言葉を使うハードルが下がるということは、すべてのビジネスのコミュニケーションに大きな変革があるということです。

ここでまた新たなビジネスチャンスが発生してくると予測します。この領域は早々に革新的テクノロジーをエコシステムに組み込み、顧客と共創していけるかがポイントになるでしょう。

幸いSaaS業界は、最近までの活況から見れば成長が落ち着いているわけですが、いわゆるメガトレンドに乗っている業界なことは間違いありません。他の業界と比較すればかなり市場は広く、成長業界と言えるでしょう。

企業4 Zoom Video Communications(ズーム)

zoom

(出典:Zoom

ご存知のとおり、Zoom Video Communicationsはリモートワークやオンライン教育の普及が大きな機会となって、急成長を遂げたビデオ会議ソリューション企業です。

Zoomはもともと中国の企業ですが、日本、インド、シンガポール、オーストラリア、ドイツ、オランダ、イギリス、アメリカの各国に営業拠点を置いています(2023年4月時点)。

PEST分析を実施してみたところZoomは、各国の政治・法律環境に適応し、多様な文化や言語に対応したサービスを提供することで、アジアをはじめとする新興市場などでさらなるシェアを獲得できる機会があると言えそうです。

ZoomのPEST分析

(参考元:Zoom Video Communications SWOT & PESTLE Analysis )

分析:

Zoomは、リモートワークやオンライン教育の急速な普及で急成長しました。各国の政治・法律環境に適応し、多様な文化や言語に対応したサービスを提供することで、さらなる市場シェアを獲得できる可能性があります。特に、今後も引き続き経済成長が期待できるインドなど新興市場での拡大が、さらなる事業成長の機会を生み出すと推測できます。

顧客からの信頼、および市場での競争力を維持するためには、サイバーセキュリティの脅威やデータ保護への懸念に対処するなど、強固なセキュリティ対策を講じる必要性も。

また、技術の進歩に追従して革新的な機能を提供し、Microsoft TeamsやGoogle Meetなど競合製品との差別化や、市場における地位の強化を図ることが重要です。

さらに、Zoomはユーザー体験(UX)を向上させるために、使いやすさや安定性の向上に努めることも引き続き求められていくでしょう。

企業5 HubSpot

HubSpot

(出典:HubSpot

デジタルマーケティングの普及や、消費者のオンライン行動の変化によって、急成長しているHubSpot。無料から利用可能な、BtoB事業向けのCRMプラットフォームを提供しており、営業拠点は世界13カ所、120か国以上で16万7000社以上のツール導入実績があります。

PEST分析を実施してみると、HubSpotは、国・地域ごとの消費者ニーズ・文化の違いを考慮したサービス提供が重要であること、デジタル技術やAIの進化に迅速に対応し、革新的な機能やサービスを提供すること、クラウド技術の普及を利用して、顧客サービスの向上やビジネスモデルの柔軟性を追求し、新たな市場機会を最大限に活用することが重要である、といったポイントが見えてきました。

HubSpotのPEST分析

(参考元:HubSpot SWOT & PESTLE Analysis

分析:

消費者のオンライン行動の変化デジタルマーケティングの重要性増大にともない、HubSpotは大きな事業成長の機会を得ています。

インドなど新興市場の経済成長も、今後のHubSpotの拡大戦略に新たな可能性をもたらすでしょう。ただし、国・地域ごとの消費者のニーズ・行動や、文化の違いを考慮したサービス提供が重要です。

また、デジタル技術やAIの進化を取り入れることで、HubSpotは競争力を維持し、顧客ニーズに対応した革新的な機能やサービスを提供できます。さらに、クラウド技術の普及により、HubSpotは顧客サービスの向上やビジネスモデルの柔軟性を高めることも可能だと言えるでしょう。

まとめ

PEST分析の4つの要素(政治、経済、社会、テクノロジー領域)がどう動いているかは、常日頃なんとなく意識しているだけでも感度が高くなります。おそらく、経営者などは常に事業のことを考えているので、PEST分析のフレームワークを使わなくても時流に乗った戦略を描ける方が多いでしょう。

とはいえ、初心者マーケターはやはり最初は基本フレームワークを活用して、自社に大きな影響を与えるメガトレンドを分析することを学んだほうが何かと役立ちます。事業に進出するにせよ撤退するにせよ、人はどうしても思い入れ、バイアスが発生しますし、自分の力だけで視野を広げるのは難しいからです。

PEST分析は、あらゆるマーケティングフレームワークの一番最初に使います。マクロ環境をしっかり捉え意志決定する重要さを知っておきましょう。

業界自体が下降線をたどっているのであれば、狭いところでいくら頑張っても下りエスカレータを上るようなもの。逆に、新しい黒潮のように大きく勢いがありそうな市場を見つけて流れに乗れば、多少の努力でどんどん前進していけるでしょう。積極的に、時流をつかみましょう。

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

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