突然ですが、目を閉じて「フェラーリ」の車を思い浮かべてみてください。さて、あなたの頭に浮かんだ車は何色だったでしょうか?
まぶたの裏に、目の覚めるような赤いボディが浮かんだ方が大半ではないでしょうか? 同時に「Rosso corsa(ロッソコルサ)」というワードが浮かんだあなたは、かなりの自動車好きかもしれません。
「Rossa corsa」はイタリア語で「レーシングレッド」という意味があり、これはレース業界におけるイタリアのナショナルカラーを表します。フェラーリの赤いカラーリングにはもともと「イタリアを代表する自動車メーカー」という意味が込められているのです。
もちろん、フェラーリの車には黄色や緑といったさまざまなカラーが存在します。しかしフェラーリを購入したいと考える人の大半は、やはり「赤いフェラーリが欲しい」と強く願っているはず。1990年代に購入されたフェラーリ車の85%以上は赤いカラーリングだったというのがその証拠です。
このフェラーリの例が示す通り、色が私たち人間の購入意欲に与える影響は大きく、それはBtoBマーケティングの領域においても同じです。
本記事では、購入意欲と色の関係性について、マーケティング担当者が知っておくべき点を解説します。
色彩心理学(Color Psychology)とは、さまざまな色が人間の行動に与える影響を研究する学問です。
色彩心理学が学問として確立したのはごく最近ですが、色が人体に与える影響については、永く続く人類の歴史の中でも、実はかなり初期から研究がなされていました。
古代エジプトでは、壁を特定の色に塗った部屋に患者を寝かせることで、たとえば青は痛み、オレンジは疲労、紫は皮膚といった具合に、その患者のさまざまな健康上の問題を取り除くことができると信じられていました。これと同様に、色を使用した治療法は古代ギリシャやインド、中国と世界中で行われています。
その後1810年にはドイツのゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)が自署『色彩論』で色が人間の感情に与える影響について発表。また20世紀初期にはスイスのユング(Carl Gustav Jung)が色と人間の行動心理への影響について研究を発表するなど、現在の色彩心理学の基盤をつくりました。
色彩心理学が進んだ現代においては、色が人間の感情、さらにはそのさきの行動を決定する上での大きな要因となっていることは、目を背けることができない明確な事実として認識されています。
(出典:Digital Synopsis)
私たちが何かしらの製品を購入する際、その意思決定の93%は製品のビジュアルに、さらに84.7%は製品の色によって後押しされていると言われています。また、色は特定のブランドを認知する上でも顧客の心理に大きく(80%も)影響します。
このように、色はマーケティングの領域においても、顧客の購入意欲をくすぐるだけでなく、企業が自社ブランドのイメージをコントロールする上でも、非常に影響度の高い重要な要因となり得るのです。
(出典:Oberlo)
それでは実際に、各色とそれらが人間の購入心理に与える影響について、実際にその色が使用されているブランドロゴを実例に挙げながら見ていきましょう。
(出典:HubSpot)
青色は見たものに与えるのは「信用」や「論理的」「頼り甲斐」といった安心感です。同時に「気高さ」、「気品」を与え、ブランドとしての「格」を感じさせる影響もあります。
また青色は「一番好きな色」として挙げられる比率が世界的に高く、非常に人気の高い色です。そのためブランドのテーマカラーとして採用される比率も最も高くなっています。「ユニコーン企業」と呼ばれる、評価額が10億ドル以上の未上場のスタートアップのトップ50企業のうち、20%もの企業が青色を自社のメインカラーとしているほどです。
一方で、青色は一定の「冷たさ」を感じさせる色でもあり、無感情さや無愛想さといった印象を与える効果もあります。これは暗く濃い青であればあるほど顕著で、逆に明るく薄いトーンだと社会的なイメージを与えます。
そのためFacebookやTwitterなど、ソーシャルコミュニティをテーマとしたブランドでは後者の薄めのトーンが好まれる傾向にあるようです。
(出典:HubSpot)
赤色は色彩心理学の中でも非常に強力な色として知られています。人は赤の色を目にすることで「興奮」「情熱」「エネルギー」「パワー」「不屈」といった感情が湧きあがります。
また「血」の色である赤は人体に身体的な影響を強く及ぼす色としても知られています。たとえば心拍数の上昇、血管内の血流上昇、体温の上昇などが赤色を見た時の人体の反応として知られています。しかし、その中でもなかなか知られていない作用のひとつが「ハングリー」、つまり見た人を「空腹」にさせる作用です。
コカコーラ、マクドナルド、KFCなどは赤色がもつこの「空腹作用」をうまく自社のロゴに含めています。特にマクドナルドは後述する「幸福感」の黄色もロゴに含み、さらには同色のマスコットキャラクターを置くことで、子供世代を中心に見事に顧客の心を掴んでいる例と言えるでしょう。
(出典:Digital Synopsis)
一方で赤は、見る人に「痛み」「危険」「攻撃性」といった、マイナスのイメージを与えてしまうこともあります。マーケティングで使用する際にはブランドが含むコンテンツの意味合いなどによって注意して使用する必要があります。
(出典:HubSpot)
森林や草原といったイメージから分かる通り、緑色は見る人に「自然」「フレッシュ」「健康」といった「穏やかさ」をイメージさせ、リラックスさせる効果があります。また、木々が空に向かって伸びていくように「希望」「成長」「可能性」といった「期待感」も緑色を見ることで得られます。
アメリカのナチュラル&オーガニックフードマーケットとして有名な、ホールフーズ・マーケットのロゴが緑を基調としたデザインとなっているのを中心に、特に新鮮さをテーマとしやすい食品関係の企業で多く採用されるカラーです。
(出典:Digital Synopsis)
訪れる顧客に、落ち着いてコーヒーを楽しむ時間と場所を提供するスターバックスのロゴは、緑色を基調としたデザインとなっています。茶色などのアクセント色や人魚のロゴデザインも相まって、より「自然」を連想させる落ち着いたデザインを徹底しています。
(出典:HubSpot)
紫色は主に「上品」「威厳」「富」といったイメージを連想させるカラーです。紫は世界各国で王族が使用する色としても有名です。イギリスでかつてエリザベス1世が皇族以外に紫色の使用を禁じたのは有名な話ですし、日本においてもかつて聖徳太子が官吏の身分を色で表すために制定した「冠位十二階」でも紫は最上位の色とされていました。
タイ国際航空はタイ王国を代表する航空会社であり、その株主のほとんどは王室か政府関係が占める企業ですが、同企業のテーマカラーも紫であり、その格式の高さをブランドカラーで表しています。
また、グリーティングカードで有名なアメリカのホールマークは、ロゴマークが紫色なだけでなく、その社名「Hallmark(金細工職人が品質の認証として自身の製品に刻むサイン)」からも、徹底して「品質」を自社のテーマとしてアピールしていることがわかります。
(出典:HubSpot)
橙色(オレンジ)が持っているのは「友好性」「暖かさ」「自信」を見た人に与え、その人を奮い立たせるような効果です。青色と異なり、かなりフレンドリーな印象を持たせる色なため、相手に「会社っぽい」というイメージを植え付けにくいという効果もあります。そのため、BtoCのブランドロゴに使用されるケースが多いです。
日本のマネーフォワードは、個人向けの家計簿アプリ「Money Forward ME」はオレンジ、法人や個人事業主を対象とした「Money Forward クラウド」はブルーをそれぞれブランドカラーとしています。フレンドリーな前者とビジネスライクな後者という具合に、わかりやすくはっきりと分けている例です。
(出典:マネーフォワード)
(出典:HubSpot)
黄色もオレンジと似ており、「暖かさ」や「幸福感」といったイメージを見る人に与えます。また加えて「イノベーション」「創造性」「楽観」といった印象を与える効果もあります。
しかし特に明るく濃いトーンの黄色からは「警告」「危険」といった印象が感じ取られてしまうこともあるため、赤色と同じく使用する際には注意が必要です。
赤色の項でも説明したマクドナルドは、黄色の「幸福感」を見る人の食欲につなげているいい例と言えるでしょう。
さて、ここまでは色が人間の心理に与える一般的な効果についてお話をしてきました。
とはいえ、同じ色を見た人全員が全く同じ反応をするかというと、もちろんそうではありません。男性・女性によって、同じ色を見ても好意的に受け取る確率は変わりますし、年齢の違いによっても色の好みは変化するものです。
ここからは性別と年代ごとに異なる、好まれる色やその傾向についてお話しします。
まず、わかりやすくするため全体的な色の好みの傾向について下図に表します。
(出典:Scott Design Inc.)
前述した通り、「一番好きな色」として挙げられるのは世界的に見ても青色が圧倒的に多く、続いて緑、紫、赤がランクインしていることがわかります。逆に「嫌いな色」では茶色が圧倒的ですが、注目すべきは今回紹介した黄色、オレンジが2位・3位に入っていることでしょう。
このデータを年代別に区分けしたものが下図となります。
(出典:Scott Design Inc.)
全体的にみると好感度の高い青色ですが、ある一定の年齢層においては赤など他の色の好感度が逆転していることがわかります。ブランドカラーを青にしたからといって、全ての層のターゲットに刺さりやすいかというと、決してそうは言い切れないのです。
反対に、嫌いな色についても年齢によってその構成や順位、割合に違いが見られます。特に、ブランドロゴによく使用される黄色やオレンジといったカラーは、36〜50歳、51〜69歳の層において茶色を凌いでしまうというのも驚きのデータです。
続いては、上記の色のデータを男女の性別ごとに振り分けたデータを見てみましょう。
(出典:Scott Design Inc.)
上図を見たところ、男女の色の好みの傾向としてはおおよそ同じであることがわかります。
一点違うところを挙げるとするならば、紫色と赤色の順位の違いでしょう。紫は「気品高い」という印象の反面、少々フェミニンで女性らしいイメージを与えることがあります。男性に向けたブランドアプローチに使う際には、使い方を間違えると上手く効果が得られない可能性があることを認識しておきましょう。
最後に、国内の有名SaaS企業のブランドロゴを例に各社がどのような意図でブランドカラーを選択しているかを考察していきましょう。
Freee株式会社は、法人・個人向けの会計処理をはじめとした事務管理を支援するクラウドサービスを提供するSaaS企業です。
会計処理やその他の事務管理は、企業ビジネスを支える根幹となるシステムであるため、使用するソフトウェアは当然信用にたるものである必要があります。かつ数字やデータを取り扱うものですから、論理的であることも必要です。
そのため同社が「ロジカル」かつ「信用」を連想させる「ビジネス的」な色である青色をブランドカラーに採用しているのは、まさに効果的であると言えるでしょう。
電子契約サービスを提供するクラウドサイン、営業支援ツールのSalesforceも、ビジネスにおいての高い信頼度やロジカルなデータ管理が求められるため、同様に青色のロゴが自社のブランドイメージを引き立てていると言えます。
株式会社ユーザベースは、ソーシャル経済メディアの「NewsPicks」などを提供している企業です。
ユーザベースのウェブサイトでは「経済情報の力で誰もがビジネスを楽しめる世界をつくる」という目標が大体的に取り上げられており、同社の経済メディアに対する熱い情熱が感じ取れます。ブランドロゴのカラーに赤を選んでいるのは、この熱いメッセージを全面的に押し出すためであると容易に想像ができます。
データベースをもとに組織改善のコンサルを提供するモチベーションクラウドも同じく、全面的に自社の熱量を押し出すためのカラーチョイスと考えられます。特に同社については社名に「モチベーション」の言葉が入っている通り、ウェブサイトの内容も熱量が高いです。
中小企業向けにビジネスチャットツールを提供するChatworkも、チャットコミュニケーションを通じた「エネルギー」を表すのに赤を使用していると予想ができます。アクセントカラーとして「洗練」を印象させる黒色を入れているのもメッセージ性が高く面白いポイントです。
backlogは株式会社ヌーラボが提供するプロジェクト管理ツールのブランド、Info Martはインフォマート株式会社が提供するBtoBプラットフォームツールです。
異なるツールを提供する2社ですが、どちらにも共通しているのが、ウェブサイト上で大体的に「安心」をうたっているということです。複雑になりがちなプロジェクト管理やBtoBのデジタル化ですが、ひとつのツールを使うことで楽に、安心して業務を行うことができる、というのが両社のコンセプト。「安心」を連想させやすい緑をブランドカラーに選んでいるのでしょう。
アステリア株式会社は、企業内の多種多様なコンピュータやデバイスの間を接続するツールを提供する企業ですが、2018年にそれまで青を基調としていたロゴを緑を基調としたものに変更しています。
ロゴカラーを緑に変えた背景には、同社がウェブサイト上で掲げる「発想と挑戦、世界的視野、幸せの連鎖」というコンセプトの通り、「成長への期待」を含んでいるのかもしれません。
株式会社hokanは、見込み顧客の発見から契約成立までを一貫して支援する営業支援ツールを提供している企業であり、同社がウェブサイトで掲げるコンセプトは「適正な営業支援と組織の強固な監査体制を実現」です。
また、SSCVは株式会社日立物流が提供する輸送事業をアップデートするデジタルプラットフォームであり、SSCVは「Smart & Safety & Connected Vehicle」の略となっています。
「厳格性」「安全性」の言葉が表す通り、どちらも自社サービスの高い品質を全面的に押し出しているため、「品質」や「品格」を連想させる紫のブランドカラーは非常にマッチしたものと言えるでしょう。
オレンジと黄色はどちらも「友好性」や「楽観」といった印象を、見る人に与える色です。
マネーフォワードは前の項で触れたとおり、ブランドカラーでサービスの差別化を行っています。「ビジネス性」をコンセプトとした法人向けサービスの青と対極させ、「手軽さ」を売りにする自社の個人向けの家計簿アプリにはオレンジを採用しました。
加えて、クラウド人材システムを提供する株式会社カオナビ、企業向けに「働く人を楽にする」サービスの提供を行う株式会社ラクスも、自社のブランドにオレンジカラーを採用している企業です。
これらの企業に共通しているのは、サービスのメインコンセプトとして「手軽さ」「楽さ」を押し出していることです。各社のウェブサイトを一目見ればわかりますが、どのサービスもトップページの目立つ場所にユーザーフレンドリーをうたっています。
人間がさまざまな色に対して抱く印象や感情、身体的反応は無意識的なものであり、自身の意思ではコントロールしているものではありません。その分、企業ロゴなどのカラーが与えるブランドイメージも顧客の潜在意識に刷り込まれるものとなりやすく、非常に大きな効果が期待できるマーケティングのアプローチです。
色彩のマーケティングへの応用は、その点で以前に当ブログで紹介した「ニューロマーケティング」に通ずるものがあると言えます。
今回の記事では、各色の心理的特性を年代別・性別ごとに区分してざっくりと紹介いたしました。顧客区分をもっと細かく分けペルソナごとのデータを作り上げていくことで、自社がターゲットとする層にもっとも刺さりやすい色は何か、など深掘りしていくことも可能です。
先々のペルソナごとのリサーチを念頭においた上で、自社ブランドカラー選択の第一歩として本記事で紹介した統計データが参考となれば幸いです。