SaaS・BtoB系企業が事業展開をしていく際にも、市場や顧客ニーズ、競合などを詳細に把握し「自社ならではのアプローチ方法」を考えなければなりません。その際に役立つ現状分析のフレームワークの代表例としてSWOT分析が挙げられます。
SWOT分析は、ビジネス戦略策定プロセスとして確立されたフレームワークで、自社を取り巻く外部環境と内部環境を分析する手法です。目まぐるしく変化するビジネス環境のなかで、企業がいかに機会に際して強みを活かすか、迫りくる脅威に対抗するかについて、戦略を導き出せます。
本記事では、マーケティングに関わっている方であれば、活用する機会も多いであろうSWOT分析についてBtoBのIT業界の事例を交えて解説します。
SWOT分析の「SWOT」は以下の4要素の頭文字をつなげた造語です。
SWOT 分析は、もともと企業が自社の戦略を考えるためにハーバード ビジネス スクールのHenry Mintzberg(ヘンリー・ミンツバーグ)氏によって開発されましたが、現在は特に経営コンサルタント会社が戦略的意思決定を行うために多く活用されます。
その後、前述のヘンリー氏がSWOT分析の開発に大きく関与し、事業を成功させるための戦略策定に役立つモデルを開発。SWOTの上記マトリックスの形で表現されました。
SWOT分析の目的は、現時点の企業の強みと弱み、企業をとりまく環境の機会と脅威を正確に分析し、会社の方向性を決めるために活用することです。
4項目を分析することで「ビジネス環境の変化に素早く対応して機会に乗じて成長する」「自社の強みと弱みを理解する」ことが可能で、現状を把握しつつ、自社の方向性を見定めていくことができます。SaaS・BtoB企業にとって、SWOT分析は以下のようなシーンで活用できるでしょう。
<SaaS・BtoB企業におけるSWOT分析の活用シーン例>
例えば、SaaS企業であれば、新しい見込み客獲得のためにマーケティング活動を行うだけではなく、ビジネスアライメントや連携ツールの開発で自社の強い領域に注力し、その他の領域を他社ツールとの連携で補うことが一般的です。
その様なビジネスサイドの戦略判断をする際にもSWOT分析を用いると、自社の方向性を明確にできます。
ここからは、SWOT分析の各要素について詳細を解説します。前提として「SWOT分析は外部要因と内部要因に分けられる」と認識しましょう。
内部要因とは、自社がコントロール可能なものでありS(強み)とW(弱み)が該当。分析にあたっては決して主観的に強み・弱みを断定せず、定量的な数値や他社との比較データをもとに正確に分析することが大切です。
外部要因とは、自社がコントロールできないものでありO(機会)とT(脅威)がそれに当たります。業界内の競合他社や流通、供給企業の動き、マクロな政治体制や法律の変更、革新的な技術の登場などです。外部要因はコントロールできず、かつ自社に与える影響が大きいため、できる限りの予測を立てつつ、いざというときに迅速に対応できるようにしておくことが大切です。
SWOTのSはStrength(強み)を意味します。事業を継続できている企業にはさまざまな強みがあります。SaaS・BtoB企業の例を挙げると、以下のとおりです。
など
こういった要素は競争相手に対する優位性を示し、価値提供の源泉となるでしょう。
自社の強みを活用して急成長している例としてECプラットフォーム「Shopify」が参考になります。世界で201万4065のストアが制作されており、近年事業を急速に成長させている企業です。
(出典:Ship&co Blog「Shopifyの成長:2023年現在のShopify導入率と利用状況を解説!」)
Shopifyには独自のカスタマイズ可能なテンプレートがあります。それを「手軽なサブスクリプションモデル」で使えるというサービスの強みを最大限活用し、中小企業のオンラインビジネスの展開を助け、グローバル規模で急成長を遂げました。
日本国内でも、小規模事業者にとってはAmazonや楽天といったモール型ECが主要な選択肢であったなかに参入したShopifyは、まさに自社の強みを活かして発展してきたサービスといえるでしょう。
Wは「Weakness(弱み)」を意味し、企業の内部にあり、競争力を損なう可能性のある特性です。SaaS・BtoB企業の場合、以下のようなものが該当するでしょう。
など
これらは改善や対策を求められる要素で、そのままにしておくとビジネスの成長を妨げられ、最終的には事業撤退を余儀なくされてしまう可能性があります。
自社の弱みを克服できずに失敗した事例として、「期待のユニコーン」とまでいわれた「Quibi」が挙げられます。Quibiは、スマートフォンでの視聴を前提にした「最高品質のハリウッドスタイルの作品を、10分以内で提供する」サブスクリプションサービスとしてリリースされました。
(出典:ITmedia NEWS「ハリウッドレベル超短編配信サービス『Quibi』、1年ももたずに終了」)
同社は高品質なショートフォームのビデオコンテンツを提供するという新しいアイデアをもとに立ち上げられたSaaSスタートアップでしたが「そもそも、そのようなニーズの市場は存在しない」という致命的な欠点がありました。
当初のアイデアをベースに、詳細な弱みの分析を欠いたまま事業を推し進めた同社は、わずか半年でサービスを終了させています。
SWOTのOである「Opportunity(機会)」は、企業の外部環境に存在し、新しいビジネスチャンスや利益を生み出し得る要素です。SaaS・BtoB企業としては、以下の要素が当てはまります。
など
これらを捉えていくことで、新たな成長につなげることが可能です。例えばSaaS・BtoB企業では、新しい市場の開拓、技術の進歩による新サービスの可能性、競合が見落としているニーズ、政策変更によるビジネスチャンスなどが機会となります。
2023年上半期は、米OpenAIによる生成AI「ChatGPT」が話題となりましたが、多くのSaaS系企業がその流れに乗り、ChatGPTのAPIを活用した製品をリリースしています。
例えば、株式会社アドリージョンはChatGPTの汎用人工知能(AGI)を利用して、自分だけのAIアドバイザーを作れるアプリ「AdviserRSVP」を開発しました。
(出典:AdviserRSVP)
AI関連の技術は特に発展が目覚ましい分野であり、SaaS企業にとってはビジネスチャンスが多く眠っているといえるでしょう。
Tの「Threat(脅威)」は企業の外部環境に存在し、ビジネスを困難にする可能性がある要素です。SaaS・BtoB企業に置き換えると、次のようなものが考えられます
など
自社事業の持続可能性を向上させるためには、上記の要素を常に勘案しなければなりません。例えば、新型コロナウイルスのようなパンデミックによって、マクロレベルで市場に悪影響を与える出来事はしばしば発生します。
実際に、2020年6月に株式会社ベーシックが発表した調査によると、BtoB企業のマーケティング担当者279名の内42%が「獲得リード数が減少した」と回答しています。
(出典:株式会社ベーシック「BtoBマーケターの8割以上が「コロナ禍で実施/検討している
マーケティング施策について不安やノウハウ不足を感じる」と回答
」)
さらにいえば、近年はウクライナ危機による情勢不安も、余談を許さない状況です。このような自社ビジネスに影響を及ぼし得る外部要因は予測不可能なもの。しかし、だからこそ「常にあらゆる可能性を考慮し、安全に事業を展開する」ことが重要なのではないでしょうか。
SWOT分析は確かに効果的な分析方法です。しかし、単体で活用するだけでは見落としてしまう要素もあります。そこで、より事業展開の成功確度をあげるため、以下よりSWOT分析と組み合わせて活用できるフレームワークを紹介します。
PEST分析とはマクロ環境分析ができるフレームワークです。PESTの文字は以下の単語の頭文字を意味します。
PEST分析は外部要因を分析するためのフレームワークであり、SWOT分析のO(機会)・T(脅威)と重複する部分も多々あるでしょう。
例えば、Politics(政治)的な変化として、政府が働き方改革を推進したことで、いわゆる「働き方改革銘柄」とよばれるIT企業が成長しました。さらに、現在はAI・IoTなどの新しいTechnology(技術)の登場により自動車産業は「100年に1度の変革期」といわれています。
Society(社会)レベルの変化を挙げると、新型コロナウイルスのパンデミックにより、オフィスに通えなくなり、急速にDX化が進み、IT系企業やSaaS企業にはこれまでにないほどの追い風が吹きました。結果的に、米国内外ハイテク企業が上場するNASDAQでは新型コロナウイルスの環境下でも、市場最高値の更新を続けています(2020年8月時)。
この様に、PEST分析を組み合わせてビジネス環境を分析することで、外部環境である自社のO(機会)とT(脅威)をより明確化できるのです。
SWOT分析は5Forcesと組み合わせることも有効です。5Forcesとは、米経営学者Michael Porter(マイケル・ポーター)氏が開発した、企業の収益に影響がある「5つの競争要因」を分析するフレームワーク。
5Forcesは、以下の要素から成り立ち、自業界の収益構造を把握し、同業他社の状況、業界への新規参入企業の状況を把握し、戦略を構築する際に役立ちます。
5Forcesは、SWOT分析のT(脅威)に対する理解をさらに深めるのに効果的。SWOT分析をするにあたって、5forcesで自社の業界を分析することで、SWOT分析をより効果的に活用できるでしょう。
ここからは、BtoB領域の「SaaS企業」「Web制作企業」「セキュリティー企業」を各2社ずつ、計6社を例にとって、各社のSWOT分析例を紹介します。BtoBといっても、各社のビジネス特性や見込み客層、事業規模、リソースなどにより分析の着眼点は異なります。
「もし自社だったらどうするか」という視点を持ちつつ、SWOT分析について理解を深めるためにお役立てください。
(出典:Zendesk.Inc)
Zendeskは2007年に創業した、40言語以上に対応するカスタマーサービスソフトウェアのリーディングカンパニーです。Gartnerの「CRM顧客エンゲージメントセンターのマジック・クアドラント2020」においてカスタマーサービスソフトウェア市場の「リーダー」に位置づけられています。業界内では確固たる権威性を「強み」として事業を展開しているのが特徴です。
2020年第2Qの収益は前年同時期より27%増加(英語)していることからも、ブランド力の高さがうかがえるでしょう。
ただし、SWOT分析で弱みについて分析したFern Fort Universcityの記事では「コアビジネス以外での成功は限定的」「革新的な製品の供給が少ない 」とも分析されていますので、業界内で画期的なソリューションを持つ競合他社が現れれば、シェアや収益が減少する可能性が懸念されます。
※Fern Fort Universcity「Predictive Analytics」を基に、当社にて作成。
Salesforceは、世界トップクラウドプレーヤーの一つであり、特にSFA、CRM領域の世界トップベンダーとして、SaaSに関わる方であれば誰しもが知っているといっても過言ではないでしょう。
同社は「Salesforceプラットフォーム」と呼ばれるほどに幅広い範囲でサービスを提供していることを強みとし、さまざまなニーズを持った顧客層を抱えています。
グローバル展開をしている企業でもありますが、収益の約71%はアメリカ市場によって支えられている現状があるため、同市場での収益が悪化するとたちまち他の海外支社もマイナスの影響を受ける可能性が懸念されます。
※2023年7月時点の情報を基に、当社にて作成。
(出典:株式会社LIG)
株式会社LIGは東京都台東区にあり、ホームページ制作を中心にシェアオフィスの運営やデジタル事業の教育など、さまざまな事業を展開している制作会社です。ホームページ制作からマーケティング、サービス開発まで携わっていますが、相談数が多いのはコーポレートサイトとのことで、メイン事業であるWeb制作で確かな顧客基盤があるとうかがえます。
同社は、自社のオウンドメディアである「LIGブログ」も運営。デジタルツールの使い方やニューノーマルな働き方に関する情報、社員ブログまで、硬軟取り混ぜた情報発信を行っており「新規開拓のチャネル」「権威性の獲得」などの効果が発生していることでしょう。
(出典:株式会社LIG)
さらに、ベトナムのホーチミンとフィリピンのセブ島にも拠点をもち、オフショア開発を推進する企業を支援していることも強みとして挙げられます。ただし、このような海外展開はウクライナ危機をはじめとする情勢不安や人材確保の困難さから、スムーズには進まないと分析できるでしょう。
※2023年7月時点の情報を基に、当社にて作成。
(出典:アイ・ディー・エー株式会社)
アイ・ディー・エー株式会社は多言語に対応したWeb制作が可能な企業です。Webサイトだけでなく、パンフレットなどの紙媒体の制作にも対応しており、外国人観光客向けのコンテンツ制作に強みを持っています。
翻訳対応可能な言語は80カ国語以上、インバウンド関連事業を行っている企業の制作実績を豊富に保有していることは、日本国内においても競争優位性につながっているでしょう。
しかし、SWOT分析で脅威について考えてみると「AIツールの発展による翻訳需要の低下」など、同社の事業にとって向かい風となる要因がいくつかみえてきます。
※2023年7月時点の情報を基に、当社にて作成。
(出典:トレンドマイクロ株式会社)
トレンドマイクロ株式会社は1988年に台湾の経営者がアメリカで創業し、その後日本に本社を置いたセキュリティー企業です。台湾に開発の主要拠点、アメリカに営業の主要拠点、日本に本社やIR、ファイナンスの拠点を置く「トランスナショナルカンパニー」である点が特徴。
クラウドベースのソリューションのほか、仮想化環境やDevOpsに適したセキュリティの分野で特に定評があり、IoTソリューションやスマートファクトリーなど、業務の効率化をサポートするサービスも提供しています。
「ウイルスバスター」は日本では個人向け市場で5割以上のシェアを握っており、一般的な知名度が高いのではないでしょうか。
(出典:トレンドマイクロ株式会社)
しかし、収益基盤は主に企業の顧客。EDRを含む企業向けエンドポイント市場では2020年にトップだったものの、2021年には米クラウドストライクが1位、マイクロソフトが2位と抜き去られ、3位に後退したとおり、近年は競合他社に遅れをとっている側面もあります。
※2023年7月時点の情報を基に、当社にて作成。
(出典:NRIセキュアテクノロジーズ)
NRIセキュアテクノロジーズ(以下、NRIセキュア)は、野村総合研究所グループの情報セキュリティ専門企業です。同社は、情報セキュリティに特化したサービスを提供する企業であり、その知識と経験は業界でもトップクラス。
「野村グループの1社である」という権威性は、NRIセキュアの確固たる強みといえ、多様な業種・業界のクライアントに対して、業務知識とセキュリティ技術を組み合わせたソリューションの提供につながっていることでしょう。
NRIセキュアは、米フロスト&サリバンが主宰する「2023 フロスト&サリバン ベストプラクティスアワード」で、日本の特権アクセス管理市場におけるソリューション提供企業の最高位として表彰を受けたことからも、確かな評価が伺えます。
さらに、2023年6月にはTXOne Networks Japan合同会社と連携し、半導体業界に対するサイバーセキュリティ対策支援の拡充を目指すと発表されたように、新規開拓も積極的に行っている点も強みといえます。
※2023年7月時点の情報を基に、当社にて作成。
ここからは、SaaS・BtoB企業がSWOT分析を行う基本ステップを解説します。大別すると、以下の手順です。SWOT分析の以下の手順について、実際のBtoB・SaaS系企業の事例を交えながら解説します。
次項より、個別にみていきましょう。
SWOT分析をするにあたって、まず必要なのは「明確な目的の設定」です。目的を明確にすることで洗い出す項目の範囲・優先順位も明確になり、SWOTの各要素に対する解釈もスムーズになります。
さらに、必要なデータをもれなく収集でき正しい仮説立てが行いやすくなるでしょう。
例えば、SaaS企業が新しいSaaS製品を開発しようとしている場合、プロジェクトの目的は「新製品の市場投入に向けた戦略を策定する」ことになるかもしれません。一方、BtoB企業が新市場への進出を計画している場合、SWOT分析のゴールは「新市場での成功に向けた戦略を構築する」ことになるでしょう。
まずは、強みから分析します。SaaS・BtoB企業の強みを特定するためには、自社が他社よりも優れている領域を見つけ出すことが必要。例えば、以下の質問を深掘りすることで、自社の強みがみえてくるでしょう。
<S(強み)を見出す問い>
上記の質問を基にHubSpotの強みについて深掘りすると、次の要素が挙げられます。
次に弱みをリストアップしましょう。例えば、競合他社が同じようなサービスを低価格で提供している場合、それは明らかな弱点といえます。SaaS企業はテクノロジーが進歩し続けるため、常に最新のトレンドに対応することが必要。
そのような弱みを可視化する問いとしては、以下のようなものです。
<W(弱み)を見出す問い>
これをHubSpotに当てはめると、次のとおり。
次は、Opportunities(機会)です。SaaS BtoB企業の機会とは、ビジネスの拡大や成功につながる可能性のある外部要因を指します。前述したようにPEST分析や5Forces分析を活用して、自社にとってのチャンスを可視化しましょう。
機会を明確化する上で役立つ質問は次のとおりです。
<O(機会)を見出す問い>
では、HubSpotの場合はどのような機会が考えられるのでしょうか?
SaaS BtoB企業にとっての脅威は、ビジネスに悪影響を及ぼす可能性のある外部要因です。自社・自業界自体に脅威を及ぼす事象、潜在的なリスクをすべてピックアップしましょう。
例えば、以下のような質問が有効です。
<T(脅威)を見出す問い>
上記の質問を基に、HubSpotの脅威について深ぼれば、次の要素がみえてくるでしょう。
最後に、ステップ5までで抽出した項目をテンプレートに入力し、戦略策定に役立てます。例として、ここまでで抽出したHubSpotのSWOTを、テンプレートに当てはめてみましょう。
SWOT分析で得られた情報を分析すれば、事業戦略を定義できます。強みを最大限に活用し、弱みを克服しつつ、機会・脅威に対応する方針を考えましょう。
ただし、SWOT分析の手順にルールはありません。自社が持つリソースやビジネス特性に応じて、「SWOTのどの要素に比重を置くべきか」が異なってきます。
フレームワークに捉われすぎることなく「自社の課題を明確にすることが重要」という認識を持ちましょう。
ビジネス環境の変化は、多くの企業にチャンスをもたらします。成長市場への参入機会がある場合、多大な投資ができる大手企業は一見有利にもみえます。しかし、大手企業の組織が硬直化しイノベーション人材が不足しているといった「弱み」を見落としている場合、成功可能性は低くなるでしょう。
SWOT分析は、自社の内外に関する状況を詳細に分析した上で、成功確度の高い事業戦略を策定する上で非常に役立つフレームワークです。ただし、あくまでも「自社が取るべき戦略は何か?」という問いが前提にあることを忘れないことが大切。
「ただ分析した」だけで満足していては、SWOT分析だけではみえてこない要素を失念している可能性があるためです。本質的な考える力を醸成させつつ「手段の1つ」として活用しましょう。