サンクコストとは?経済学との関係とマーケティング担当者が知っておくべきことを具体例とともにわかりやすく解説!

2023/05/30
マーケティング サンクコスト 経済学 サンクコストとは?経済学との関係とマーケティング担当者が知っておくべきことを具体例とともにわかりやすく解説!

仕事においても人生においても、「何かを中止する」「割り切ってあきらめる」タイミングはとても重要です。「あのプロジェクト、もっと早くやめていれば損失は少なくなったのに……」「あのサブスクリプションはすぐ退会しても問題なかった……」と、やめた後は簡単にわかることが、やめる前は迷ってしまいなかなか決断できません。

なぜなら、ほとんどの人が自分が費やした費用や時間の価値を実態より高く評価してしまい、もう戻ってこないコストにこだわる「サンクコストバイアス」を持っているからです。

ビジネスに撤退はつきもので、経済産業省の『新事業展開の促進』を参照すると、新規プロジェクトとなると8〜9割は失敗しているとわかります。であれば、経営者やプロジェクトリーダーは、撤退のベストなタイミングを決断できる力をつける必要があるでしょう。

サンクコストバイアスの存在を知っていると、日々の仕事上での判断はもちろん、経営幹部になったときの決断、個人のキャリア形成などいろいろなシーンで役立ちます。 

サンクコストとは?

サンクコストとは、直訳すると「埋没費用」です。経済学の領域では「すでに発生し、回収できないコストのこと」を指します。

Sunkは、英単語「sink(沈む)」の過去分詞であり、Sunk(沈んでしまった)cost(費用)という意味になります。

  • Sunk=沈んだ ※sink(沈む)の過去分詞 sink -sank -sunkの不規則変化
  • Cost=費用、労力

簡単にいえば、払いこんでしまい絶対に戻ってこないお金や時間です。

サンクコストの考え方とその概要

サンクコストバイアスは、米国の行動科学者Richard Thaler(リチャード・セーラー)氏(以下セーラー氏)によって初めて紹介されました。

セーラー氏は「最初に財やサービスを利用する権利にお金を払うと、その財が利用される率が高まる」ことを提唱します。

その後、米国の心理学者Catherine Blumer(キャサリン・ブルマー)/Hal Arkes(ハル・アルケス)両氏の共同研究によって、「サンクコスト(埋没費用)がお金だけでなく、時間、労力、投資などの後にも同様に影響する」ことが示され、サンクコストの定義は拡張しました。

人間は、これまで費やした金額や時間が大きければ大きいほど「これだけ投資したから価値がある」と考え、非合理的な判断をしがちです。

このようにサンクコスト(埋没費用)が、合理的な判断をはばむことを、「サンクコスト効果」「サンクコストバイアス」「サンクコストの誤謬(ごびゅう)」「埋没費用効果」などと表現します。

<サンクコストバイアスの例>

  • 投資した株が下落し続けているのに、損切りできない
  • 買った本が役に立たないが、とりあえず最後まで読み続ける
  • 古くて非効率的な社内のPCを、高かったからと買い替えられない

もちろん、人間は経済合理性だけで生きているわけではないため、買った本が面白くないまま読み続けても本人が満足なら問題ありません。

しかし、ビジネスマンが来週のプレゼン書類作成用に本を読むのであれば、役に立たない本は途中で見切りをつけ、役立つ本を読むほうが合理的でしょう。

企業が古いPCを刷新せず延々使い続けると、最新のITインフラにすることで得られた仕事の効率化、それによって生まれる「時間」「従業員のスキル向上やモチベーションアップ」などを得る機会を失います。

このようにサンクコストは、すでに払った費用だけでなく未来の機会をうばうことから、「機会費用=ある経済行為を選択することで失われる利益」と共に語られます。

別名「コンコルド効果」

サンクコストは「コンコルド効果」とも呼ばれます。サンクコストにとらわれた失敗の代表格が、1970年代にイギリス政府とフランス政府が開発した超音速ジェット機コンコルドだからです。

1970年代にフランス、イギリス政府によって開発された、音速の2倍の速さで空を飛ぶコンコルドは、「ニューヨーク→ロンドン」が通常7時間かかるところを、3.5時間で飛べる「怪鳥」と異名をとった旅客機です。

しかし、開発費は予想の6倍を上回り、さまざまな問題が噴出しプロジェクトは難航。それでも、イギリスとフランスの政府は中止の決断をできず、30年近くコンコルドプロジェクトに投資し続けたことに由来しています。

コンコルドのイメージ2

(出典:dreamstime.com) 

サンクコストバイアスが起因した世紀の失敗例

ここでは、サンクコストバイアスが起因した世界的に大きな失敗例を紹介します。

事例1:超音速旅客機「コンコルド」の開発

前述のように「超音速旅客機コンコルド」、サンクコストを起因にした世紀の失敗の代表例です。

イギリス政府、フランス政府の肝入りでスタートしたプロジェクトは1962年に開発着手後、あっという間に予定した6倍の予算2300万ポンド(2020年の1億4000万ポンドに相当)まで膨らみました。

さらに、超音速飛行によっておこるソニックブーム(衝撃波)が問題視され、米国で激しい反対運動がおきたことで米国大陸上空を飛べなくなり、注文のキャンセルが相次ぎました。結局、採算ライン250機に対して、わずか16機しか製造できなかったとのこと。

コンコルドは、イギリス→ニューヨークを約3時間で飛べるまさに夢の音速旅客機。美しいフォルムと高スペックさで人気はあり、当時乗ったセレブたちはみな素晴らしいと絶賛しました。「どんなVIPが乗っても主役は飛行機」と表現されるほど、話題になった機種でもあります。

とはいえ、運賃は約100万円。一般人はそうそう使用できません。維持費もかかる機種であり、旅客機としての経済合理性はなく、コンコルドプロジェクトの支出は増大します。にもかかわらずイギリス、フランス領政府は1976年から2003年までの30年近くコンコルドを飛ばし続けました。

コンコルドは、2000年に別機が落とした部品が原因の墜落事故やアメリカ同時多発テロ以降、航空需要が低迷したことが影響し、2003年11月に全機が退役しました。

その損失額の巨大さから、サンクコスト効果の別名として「コンコルド効果」という表現が使われるようになりました。現在、コンコルドは各国の航空博物館で展示されています。

事例2:米国にとってのベトナム戦争

戦争の中止、撤退の決断時にもサンクコストバイアスが影響して遅れることが少なくありません。ここでは、米国のベトナム戦争を紹介します。

ベトナム戦争とは、1955年11月から1975年4月30日まで、分断された南・北ベトナムの統一をめぐって展開した戦争です。

1961年に、米国はジョン・F・ケネディ大統領が「南ベトナムにおける共産主義の浸透を止めるため」という名目で派兵を決定。ケネディ大統領が暗殺された後を引き継いだジョンソン大統領は、さらにベトナム戦争への軍事介入を拡大させました。

その後、長引く戦争の成果が見えないことや、テレビで戦地の映像を見た庶民が戦争の正当性を疑問視し、米国各地で反対運動がおこります。1967年には、3万人規模のベトナム反戦帰還兵の会(VVAW)まで結成されました。

ベトナム戦争のイメージ

(出典:立命館大学国際平和ミュージアム) 

米国政府内でも戦争継続に疑問の声が出るようになりましたが、ジョンソン大統領は、1968年初頭にも最大54万人のアメリカ合衆国軍人の南ベトナム領土内投入をするなど介入し続けました。

結局、ベトナム戦争からの撤退を決断したのは、1969年に大統領となったリチャード・ニクソン氏です。1960年にケネディとの大統領選でやぶれたニクソン氏は、再出馬しベトナム戦争からの「名誉ある撤退」を主張し大統領選に勝利しました。

このように、大統領が変わるまでの長期間、勝てない戦争から撤退できなかったことから、ベトナム戦争は米国のサンクコストバイアスの失敗例として語られます。

事例3:米国ゼネラルモーターズの倒産

米国ゼネラルモーターズの倒産

(出典:Amazon

世界最大の自動車メーカー、米General Motors社(以下GM)は、2009年6月にリーマンショックの影響を受けて倒産し、国有化されました(2013年12月9日に国有化は解消しています)。

倒産にはさまざまな要因が絡みますが、大きな要因のひとつに自動車メーカーでありながらファイナンス利益を追及し、収益の75%を占めていたことが指摘されます。

当時の経営層はモノづくりより金融収益が莫大なキャッ シュフローを生むことを、戦略の成果だと過大に評価していました。(参考:経営志林)

ジャーナリストのDavid Halberstam(デビッド・ハルバースタム)氏の著書『覇者の驕り―自動車・男たちの産業史』では、GMなどのビッグスリーが驕り高ぶり、日本車の攻勢に破れながらも改革を拒み続けていた様子が描かれています。

以前、トランプ元大統領が「米国車が日本で売れないのは本当に日本のアンフェアな貿易政策のせい」と発言し話題になりましたが、このような発言は米国自動車メーカーも1970年代からしばしば発信していました。

GMは、経営学者のPeter Drucker(ピーター・ドラッカー)氏がGMを研究して好意的に提案を書いた本に対し「世界最強の企業が、なぜ自分からやり方を変えなければならないのか」と激怒した逸話も知られています。
No.1であり続けたGMが、過去に投資したさまざまなサンクコストに捕らわれて、市場の求めるビジネスモデルに改革できなかったことがうかがえます。

なお、一度倒産し国有化された経験を持つ現在のGMは、EVに功勢をかけており、テスラ越えを目指すなど改革路線です。

サンクコストと経済学とマーケティング

企業全体から部門単位まで、施策が上手くいかず、硬直した組織がサンクコストにはまっているケースは少なくありません。ここからは「経済学」と「マーケティング」の観点におけるサンクコストの罠についてみていきましょう。

罠の例1:信念・理念に囚われる

旧来から組織が抱える信念・理念に囚われるあまり、柔軟性を失ってしまっている事例はさまざまあります。

例えば、毎日新聞の青野 由利氏が寄稿した論文『サンクコストの呪縛』では、従来の慣例や価値観に縛られ、合理的な判断ができないでいる日本の原子力政策の現状が述べられています。

同論文では、原子力の専門家であればあるほど、それまでの積み重ねから、合理的な方針転換が難しいのではないか、とのこと。

その最たるものとして、「再処理・核燃料サイクル政策」があげられています。そもそも、日本の実質GDPあたりのエネルギー消費が世界主要国の平均を大きく下回っているにも関わらず、経済的合理性がなく、マイナス面もある「プルーサーマル(プルトニウムの再利用)」に固執しています。

日本のエネルギー事情

(出典:経済産業省「日本が抱えているエネルギー問題」)

この背景にあるのは、お金も時間も技術も投下してしまったことによる「サンクコストの呪縛」であり、原子力の専門家ほど、過去の投資に縛られているという現実です。

罠の例2:間違ったKPIに固執する

KPIとは「Key Performance Indicator(重要業績評価指標)」の略語であり、企業がマーケティング活動を行う際には必須の要素といえます。しかし、必須であるが故に「間違ったKPIを追い求めてしまって、事業が大きく傾く……」という事例は珍しくありません。

例を挙げると、Facebookは、自社製品へのエンゲージメントを高めることに注力しています。しかし、その目標ばかり追いすぎた結果、組織から柔軟性が損なわれる事態にもなりました。

近年、Facebook内部のFrances Haugen(以下ホーゲン氏)からも告発があったように、同社上層部は、デイリーアクティブユーザー数(DAU)の獲得を、道徳的・倫理的な事柄よりも優先した取り組みを行なっていたとのこと。ホーゲン氏の証言によると「指標が意思決定を行う」状態に陥っていたとのことです。サンクコストバイアスに縛られたFacebookのKPI設定

(出典:Statista「Number of daily active Facebook users worldwide as of 1st quarter 2023」)

ホーゲン氏いわく、Facebook上層部は「ユーザーに悪影響をもたらすと証明された取り組み」であっても、DAUを増やそうとしていたと報告されています。

Facebookは、実際にDAUというKPIを改ざんしたわけではありません。しかし、DAUを何よりも優先することで「会社全体の健全性・成長性を把握するためのKPI」というDAU本来の意図から外れ、自社の事業展開に悪影響を与える結果になってしまったのです。

罠の例3:不健全な人事制度を是正しない

誤った人事評価制度が組織運営に悪影響をもたらすケースもあります。日本の電機メーカーである東芝のかつての人事評価制度は、サンクコスト効果によって硬直状態に陥った人事制度の事例として挙げられるでしょう。

東芝では財務・経理部門に配属されると、定年まで同じ部署で過ごし、他の部署に異動することがない「人事ローテーション」制度が採用されていましたが、これが自部門の利益のみを守ろうとするセクショナリズム(企業や組織内での割拠主義)を生み出したとされています。

サンクコストに縛られた東芝の人事制度

(出典:日本人材ニュース「【東芝不正会計事件】改めて問われる企業の組織風土とリーダーの資質」)

その結果として、2011年のオリンパスの粉飾決算事件、続く大王製紙事件に加え、2015念の東芝不正会計事件につながっています。つまり、不適切な会計処理が行われたことに気づいても、仲間意識により実際にこれを是正することは困難な状況に陥っていたということです。

「業績評価制度」が、幹部社員に不正を半ば強要する仕組みとして悪用されてもいました。例えば、東芝で執行役に対する職務報酬の40%〜45%は、全社・担当部門の期末業績に応じて「0倍(=支給されない)〜2倍」で評価されています。

このような業績評価部分の割合の高い評価制度では、チャレンジに対する動機づけはなかなか生まれず、「業績改ざん」という不正を招く要素にもなるでしょう。

サンクコストバイアスによる損失を防ぐには?

以上のようなサンクコストによる判断ミスは、日常のビジネスのいたるところで起こっています。とはいえ、ビジネスに関する重要な意思決定を行えない現場目線では「サンクコストに陥っているだけだと思われるので、撤退すべきではないだろうか」という判断は非常に難しいものでしょう。

ベンチャー企業ではよくあるケースだと思いますが、最初の事業はまったく上手くいかなかったけれども、そこで得たノウハウ・ヒントを次の事業に活かして、成長軌道に乗せたという事例は少なくありません。

もちろん、何でもコストカットすると未来の芽を詰む可能性があります。かといって、サンクコストバイアスに影響されて、コスト超過によって母体が危うくなっては元も子もありません。

サンクコストバイアスによる判断ミスを防ぐには、どうすればよいでしょうか?

一つは、プロジェクトの当初から8〜9割は失敗するという前提で、撤退基準を改めてきめておくことです。サンクコストはあくまで埋没費用。それと今後も活用できる無形・有形の資産は別に捉える必要があるでしょう。

つまり、培われた技術、従業員のスキルは転用可能なのです。サンクコストを正しく理解し、いざというときサンクコストバイアスに影響されない撤退の仕組みを用意しておくことがポイントといえます。

以上を踏まえたうえで、前述の「サンクコストと経済学とマーケティング」で挙げたサンクコストの罠を回避する方法をみていきましょう。

「自分がサンクコストバイアスに囚われている可能性がある」と感じている方は、前章とあわせて参考にしてください。

罠1の防止法:撤退基準をあらかじめ決めておく

「新規事業の立ち上げ時には、撤退基準を設定しておくべき」とはビジネスの世界では頻繁に述べられる文言です。確かに、俗にいう「勝つ企業」とは、撤退ラインの線引きを明確に定めていることでしょう。

あらかじめ撤退基準を定めておくことで、前述した「信念・理念のサンクコスト」に囚われることなく、合理的な舵取りが可能。「自社が立ち行かなくなるほどの損失は回避できる」という認識のもと、事業を推進できるでしょう。

撤退ラインの定め方については、「①:計画に対する『達成率』で判断する」「②:撤退を行うタイミングの市場・競合・自社の『状況』で判断する」のどちらかのパターンが考えられます。

サンクコストの罠を回避するための撤退基準.

(出典:unlock「新規事業の撤退基準をどのように定めるべきか」)

①は、あらかじめ定量データに基づいた計画を立てられる点がメリット。②は、計画を当初では予測できなかった最新情報に基づいた判断を行えるという利点があります。

ただし、前述したサンクコストバイアスを避ける意味では、初期段階に撤退基準を定める①の方がより効果的でしょう。

罠2の防止法:目標の大きさ、スキルに合わせたKPIを設定する

特定のKPI、あるいは間違ったKPIに固執して失敗する状況を避けるためには「KPIはあくまで大きな目標を達成するための小さなゴールに過ぎない」と認識することが大切です。

KPIを設定する際には、達成目標の大きさや、施策を実際に運用する本人のスキルによって最適なKPIは異なります。

例えば、マーケティングにおいては「リードライフサイクル」を活用することもあります。リードライフサイクルとは、当初は匿名だったサイト訪問者が、氏名やメールアドレス入力などにより「リード」となり、さらに「MQL(有望な見込み客)」に至る一連のプロセスです。

以下の図のように「匿名の訪問者」「リード」「MQL」の各顧客フェーズで「1次KPI→2次KPI→3次KPI……」といった形で、KPIを構造的に設計することもできます。

サンクコストに陥らないKPIの設定方法

このように構造化することで、各担当者のスキルに応じたKPIを設定すれば、適切で現実味のあるKPIを、複数設定できます。

さまざま指標を組み合わせ、施策のパフォーマンスを把握することで、適切な目標達成を目指しましょう。

罠3の防止法:透明性のある人事制度を構築する

前述した東芝のように、組織に悪影響をもたらす人事制度に縛られ続けるという状況を回避するためには、透明性(あるいは公平性や納得性)のある仕組みづくりが求められるでしょう。

透明性のある人事制度を作るための手段の1つとして「人事評価システムの導入」が挙げられます。人事評価システムとは、従来は担当者が行っていた人事評価に付随する業務を自動化できるシステムのこと。

人事制度におけるサンクコストを防ぐためのシステム例「SmartHR」

(出典:SmartHR

組織体制や規模に合ったシステムを導入し「個人のスキル管理→目標設定→成果管理→フィードバック」といった一連の流れをデータベース化することで、伝統的な制度に縛られることのない人事評価体制を築けます。

データベースを活用して人事の基準を可視化しておけば、社内で相互監視の状態も生まれ、「機能不全に陥った制度に固執し続け、組織が硬直化・隠蔽体質化する」といった事態も防げるでしょう。

サンクコストバイアスをマーケティングに活用する方法と例

サンクコストバイアスは、人間が元来もっている非合理的な判断傾向です。このサンクコストバイアスをプラスに働かせられます。

例えばプライベートなら、何かの資格をとるために有料スクールに入り、授業料がもったいないから勉強する。あるいは、筋トレを習慣化するために高いトレーニングウェアを買うなど、無意識にサンクコストバイアスを活用する人はいるのではないかと思います。

以下より、サンクコストバイアスをマーケティングに活用している例をみていきましょう。

事例1:転職希望者に課金してもらったビズリーチ

サンクコストをマーケティングに活用した事例1:転職希望者への課金

(出典:ビズリーチ

一般の転職サイト、転職エージェントは利用者は無料、企業は有料(掲載ベース、成果報酬ベース等)ですが、ビズリーチは、転職者が課金する転職サイトを日本に初めて持ち込みました。

ジムや習い事と同じように転職サイトの会費をとるようにしたのです。同時に、入会資格を当時年収1000万円クラスにしぼり、逆に企業の利用は無料として、多数の優良求人を集めることに成功しました(現在は企業も有料)。

2022年現在は年収の指定はないようですが、ハイクラス層にしぼって課金するビジネスモデルは継続しています(無料会員登録もできますが応募は有料会員のみ)。

ハイクラス層にとって月会費3000~5000円程度は痛手のある額ではないこと。加えて、数ある転職サイト、転職エージェントに同時に登録しても「課金した以上は元をとりたい」という心理(サンクコスト効果)が働くため、ビズリーチをより活用するようになる効果もあったのでしょう。

スタート当初、「日本ではうまくいかない」という評判もかなりあったビズリーチのサービス、大方の予想に反し大きく成長しました。

事例2:製品トレーニング・教育プログラムの実施

サンクコストをマーケティングに活用した事例2:教育プログラム

(出典:Salesforce

SaaSのように操作が難しいサービスのベンダーは、ユーザー教育に熱心です。例えば、CRM世界No.1のSalesforce社は「Trailhead」というSalesforce のスキルを身につけるツールを無料で提供しています。

米国の心理学者 Martin Coleman(マーティン・コールマン)氏の研究によると、埋没費用(サンクコスト)の誤謬は教育にもあてはまり、人は教育に投資すればするほど、教育を継続する可能性が高いそうです。

学べば学ぶほどその内容に価値があると思うようになるなら、ユーザー教育への投資は、ファンを増やしサービス継続率を高めることにつながるでしょう。無償の教育サイトにはサンクコスト効果があったのです。

事例3:リウォード、ポイントの活用

サンクコストをマーケティングに活用した事例3:ポイント活用

(出典:楽天市場

米Forbes社の2020年のデータによると、米国企業の90%以上は何らかの報酬を発生させるロイヤルティプログラムを活用しています。
米国レビューサイトSmallbizgeniusの2021年の統計では、消費者の75%は報酬を提供するブランドを好み、優れたロイヤルティプログラムがある場合、70%以上の人がそのブランドを他者に推薦するというデータが出ています。

もちろん、日本でも今やまったく珍しくはありませんが、ECサイトなどが活用しているポイント付与、リウォード提供は、ユーザーの継続利用につながります。

消費者にとって、これまでそのブランドで買い物をした費用、使った時間はサンクコストですが、金銭的なバックがあれば、買い物の後悔をやわらげ、満足度がやや上回るでしょう(還元率によります)。

人は自分がお金や時間を使ったことについて実際より高く評価するサンクコストバイアスが働くため、還元があるとますます高く評価するようになる。その結果、エンゲージメントが高まると予測できます。

事例4:進捗インジケーターの活用(〇%完了の表示)

サンクコストをマーケティングに活用した事例4:入力フォーム

(出典:skygate

サンクコストバイアスは、アンケートや問い合わせフォーム完了率向上にも活用できます。問題数があまり多くないアンケートだと、パーセンテージが小気味よく上がると快適で、最後の送信ボタンまで一気に進められるでしょう。

「問い合わせフォーム」にも、7割入力をこえたあたりでインジケーターを表示すると有効です。米国のビジネスニュースサイトTHE MANIFEST社の調査によると、エントリーフォームまで到達しても入力を完了させるユーザーは約20%しかいません。80%は入力中に気が変わってしまうのです。

コンバージョン率をアップさせる前提として、よりユーザーがスムーズに入力できるようにするための問い合わせフォームの最適化が必要です。

ただし、7~8割完了しているインジケーターが表示されれば、ここまで費やした労力をムダにしたくないサンクコスト効果によって、より完了率が上がることが期待できます。このようなテクニックも有効に活用しましょう。

事例5:セミナー・講演

セミナーや研修において、事前に申し込みをして参加費を支払う形式を採ることで、主催者側はサンクコスト効果の恩恵を受けられます。

事前に参加料を支払い、キャンセルする場合はキャンセル料がかかるよう規定しておけば、参加者はすでに支払った費用を無駄にしないよう、イベントに参加する確率が高まるでしょう。

サンクコストをマーケティングに活用した事例5:イベントの支払い方法

(出典:JMAマネジメントスクール「BtoB企業のための技術営業スキル基礎セミナー」)

これは特に、参加者が気軽に参加できるオンラインイベントではなく、会場費がかかり、集客可能人数が限られる(=欠席リスクが高い)オフラインのセミナー・研修で有効といえます。

事前支払いを促す手段としては、旅行代理店が行なっているように「グループ割引」「早期割引」を設定するという手段もあるでしょう。

事例6:継続購入で付録が完成する月刊誌

サンクコスト効果は、継続購入で付録が完成する月刊誌でも活用されていると推察できます。継続購入で付録が完成する雑誌は、一定期間にわたって同じシリーズの雑誌を購入することで、最終的に完成する特典やコレクションが設けられているのが特徴。

このタイプの雑誌は、TVCMなどで「創刊号は特別価格◯◯円」といったプロモーションを行なっているのを見かけた方も多いのではないでしょうか。

サンクコストをマーケティングに活用した事例6:特典付き雑誌

(出典:Amazon

こういった雑誌は、一度購入し途中で購入をやめてしまうと、すでに購入した分の価値が低下するという心理が働きやすいといえます。したがって、すでに投資した分が無駄にならないように、一般消費者は定期購入を続ける傾向があると考えられるでしょう。

まとめ

ビジネスが成功率100%ということはありえません。撤退スキルがあるかどうかは、企業にとって非常に重要です。

撤退する場合、すべてがサンクコストではないことに留意しましょう。あくまで返ってこないコストがサンクコスト。撤退する事業には転用できる資産もあります。あのサンクコストによる世紀の大失敗「コンコルド」ですが、「コンコルドは去ったがエアバスは躍進した」といわれるように、技術がその後のエアバスの成功に活かされました。

サンクコストを正しく理解して、最適なタイミングで「戦略的撤退」ができる仕組みをあらかじめ用意しておけば、致命傷を負うことを避けられます。また、新規事業にチャレンジし失敗しても、そこで得た経験をもとに、また新たなチャレンジができるレジリエンスの高い組織を作ることができるでしょう。

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

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