2万5000人からなる今川軍と、わずか2000人の織田軍。桶狭間の戦いにおいて、織田信長が圧倒的な劣勢を跳ね返し、大勝利を収めたのは、卓越した戦略があったからこそです。地形を巧みに利用した奇襲という、相手の予想を超える一手を打つことで、信長は戦局を一変させたのです。
ビジネスの世界でも、これと同じことが言えます。激しい競争に勝ち残るためには、他社とは一線を画した、優れたマーケティング戦略が不可欠なのです。
マーケティング戦略とは、単なる宣伝や広告の打ち方ではありません。それは、自社の強みを最大限に活かしながら、競合他社に打ち勝つための長期的な計画のことを指します。つまり、マーケティング戦略は、企業の命運を左右する、最重要の意思決定なのです。
それでは、どのようにすれば競合との市場シェア獲得競争に勝てるマーケティング戦略を立案できるのでしょうか。本記事では、マーケティング戦略立案の手順や役立つフレームワーク、成功事例まで詳しく解説します。
マーケティングの父として知られるフィリップ・コトラー氏は、マーケティングを「対象市場のニーズを満たす価値を探求し、創造し、提供し、利益を得るための科学であり芸術」と定義しています。つまり、マーケティングとは顧客が求める価値を提供する手法なのです。
一方、戦略とは目標を達成するための長期的な計画や方針を指します。ということは、マーケティング戦略とは、「企業が市場で競争優位を獲得し、顧客に価値のある製品やサービスを提供するための長期的な計画」ということになります。
では、なぜマーケティング戦略が重要なのでしょうか。それは明確な戦略なしでは、リソースを無駄にし、一貫性のないメッセージを発信し、目標達成の機会を逃してしまう可能性があるためです。
マーケティング戦略とマーケティング計画は密接に関連していますが、その性質、範囲、時間軸において重要な違いがあります。
マーケティング戦略は、企業の長期的なビジョンと目標を達成するための包括的なアプローチを示すものです。これは「何を」「なぜ」達成したいのかを定義し、企業の全体的な方向性を設定します。通常、マーケティング戦略は3〜5年程度の中長期的な視点で策定されます。
一方、マーケティング計画は、策定されたマーケティング戦略を具体的な行動に落とし込むための詳細な実行プランです。これは「どのように」戦略を実現するかを明確にし、通常1年以内の短期的な期間を対象とします。
マーケティング戦略とマーケティング計画の主な違いは以下の通りです。
たとえば、マーケティング戦略が「IoTソリューションの提供による製造業のDX支援」である場合、対応するマーケティング計画には以下のような要素が含まれる可能性があります。
重要なのは、マーケティング戦略とマーケティング計画が密接に連携し、相互に補完し合う関係にあるということです。優れたマーケティング戦略があっても、それを適切に実行に移すための詳細な計画がなければ効果は限定的です。逆に、綿密なマーケティング計画があっても、それが長期的な戦略目標と整合していなければ、企業の持続的な成長につながりません。
「成功は20%がスキルで、80%が戦略である。成功する方法を知ることは重要だが、もっと重要なのは成功するための計画を持つことである」
これは、アメリカの起業家Jim Rohn(ジム・ローン)氏の言葉です。激しい競争や技術革新、顧客ニーズの多様化など、市場の変化のスピードが加速する中で、明確な戦略なしに持続的な成長を遂げることは困難でしょう。
マーケティング戦略は、自社の強みを活かし、市場の機会を捉えるための羅針盤です。競合他社との差別化ポイントや顧客に提供する独自価値を明確にし、その価値を最大化するための一連の意思決定の集大成ともいえます。
優れた戦略があれば、限られたリソースを最も効果的な方法で配分することができます。的確なターゲティングにより、無駄なコストを削減しつつ、売上げとシェアの最大化を図ることが可能になるのです。
また、戦略は組織の一体感を生み出す触媒でもあります。トップの描くビジョンや戦略に共感し、それを実現するために一丸となって取り組む組織は、高い士気と生産性を発揮します。従業員一人ひとりが、自分の役割と価値を認識し、主体的に行動するようになるでしょう。
さらに、長期的な視点に立った戦略は、一時的な成功に惑わされることなく、ぶれない軸を持つことを可能にします。市場の変化に柔軟に対応しつつも、自社の強みと独自性を失わないためには、戦略的な思考が欠かせません。
効果的なマーケティング戦略を立案するためには、いくつかの重要な構成要素を考慮する必要があります。ここからは、主要構成要素をご紹介します。
マーケティング戦略立案は、明確な目標設定から始まります。長期的な目標であるKGIと、その達成に向けた中期的な指標であるKPIの両方を設定しましょう。
KGIの例
KPIの例
目標設定の際は、SMART基準(Specific、 Measurable、 Achievable、 Relevant、 Time-bound)を用いることで、より具体的かつ達成可能な目標を設定できます。
目標設定と並行して、それらを達成するための予算も策定しましょう。全体予算を決めなければ、各マーケティング施策に適切な配分はできません。予算決めの際は、過去のデータや業界のベンチマークを参考にすることが有効です。たとえばCMOの調査によれば、収益の13.8%をマーケティング予算に費やすのが平均であり、BtoBの場合は収益の2〜7%を費やすのが一般的とのこと。ただし、これはあくまで目安であり、自社の状況や目標に応じて柔軟に調整することが大切です。
また、予算配分の際は、各施策の優先度と効果を考慮しなければいけません。限られた予算を最大限に活用するためには、戦略的に重要な施策に積極的に投資し、効果の低い施策は思い切ってカットすることも必要です。そのためには、各施策のROIを定量的に予測し、優先順位付けを行うことが有効でしょう。
競合分析は、自社の市場ポジションを正確に把握し、差別化戦略を立てるために不可欠です。まずは、自社と同様の製品サービスを提供する「直接競合」と異なる製品サービスながらも、同じ顧客ニーズを満たす「間接競合」を特定しましょう。そのうえで、以下の項目を丁寧に分析します。
詳しくは後ほどご紹介しますが、競合分析においてはSWOT分析やポーターの5フォース分析などのフレームワークを活用することで、より効率よく精度の高い分析が可能です。
また、競合他社の製品を実際に購入・使用してみることで、競合製品の強みと弱みを直接体験し、改善の機会を見出せるでしょう。
マーケティング戦略を立案する上で、STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)は重要な概念です。市場を細分化し、自社に最も適したターゲット顧客を選定し、競合他社と差別化された位置付けを確立することで、限られた資源を最大限に活用し、マーケティング効果を最大化できます。
まずセグメンテーションとは、市場を共通の特性を持つ顧客グループに分割するプロセスです。年齢、性別、収入、ライフスタイル、企業規模、業界、購買行動などさまざまな変数を組み合わせて、市場をより細かいセグメントに分類します。セグメンテーションを行えば、顧客ニーズや嗜好をより深く理解し、的確なマーケティング施策を立案できます。
次に、ターゲティングとは、セグメントした顧客グループの中から、自社が重点的にコミュニケーションをとるべき顧客層を選定するプロセスです。ターゲット選定の際は、セグメントの魅力度(市場規模、成長性、収益性など)と、自社の強みや経営資源とのマッチングを考慮します。全ての顧客を対象とするのではなく、自社が最も価値を提供できる顧客層に焦点を絞ることが、効果的なマーケティングにつながります。
最後に、ポジショニングとは、選定したターゲット顧客の心の中で、自社の製品やサービスを競合他社と差別化された独自の位置に定めることを指します。ポジショニングの本質は、顧客に提供する価値や便益を明確にし、競合他社にはない独自の特徴を訴求することにあります。効果的なポジショニングは、ブランドイメージの構築と顧客ロイヤルティの向上につながります。
STPは一度設定して終わりではありません。市場環境や顧客ニーズの変化に応じて、定期的にセグメンテーションやターゲティングの見直しを行い、ポジショニングを進化させていく必要があります。また、STPで得られた洞察を、製品開発、価格設定、プロモーション、販売チャネルなど、マーケティングミックスの各要素に反映させることも重要です。
マーケティングミックスとは、製品、価格、流通、プロモーションの4つの要素を最適に組み合わせ、ターゲット顧客に価値を提供し、企業の目標を達成するためのフレームワークを指します。
これら4つの要素は、相互に関連し合っており、整合性を持った一体的な戦略として策定されることが重要です。たとえば、高品質でプレミアムな製品イメージを訴求する場合、価格設定も高めに設定し、限定的な流通チャネルを用いて、ブランドイメージを維持する必要があるでしょう。
加えてデジタル時代においては、伝統的な4Pに加えて、People(人)、Process(プロセス)、Physical Evidence(物的証拠)の3つの要素を加えた7Pフレームワークも注目されています。特にオンラインビジネスにおいては、ユーザーエクスペリエンスの設計や、顧客とのエンゲージメントの管理など、デジタル時代ならではの視点が重要です。
施策の効果測定は、マーケティングPDCAサイクルの要であり、継続的な改善のための不可欠なプロセスです。ウェブ解析ツール、顧客関係管理(CRM)システム、販売データなど、さまざまなソースからデータを収集し、さまざまな視点でデータ分析をしましょう。データ分析の際は、単に数値の変動を追うだけでなく、その背景にある要因を探ることが肝要です。
分析結果を基に施策の効果を評価し、改善点を特定します。目標の達成度合いや費用対効果を検証し、成功要因と失敗要因を明らかにします。また、自社の過去の数値だけではなく、競合他社との比較や業界標準とのベンチマークも、効果の相対的な評価に役立ちます。改善点を特定したら、次の施策の立案に反映しましょう。
効果測定の際の注意点は、短期的な指標と長期的な指標のバランスをとることです。売上げなどの短期的な指標は重要ですが、ブランドイメージや顧客ロイヤルティなど、長期的な視点も欠かせません。
マーケティング戦略の立案の際、フレームワークを使用することで各種調査を効果的に実施します。フレームワークは、複雑な市場環境を体系的に分析し、効果的な戦略を策定するための強力なツールです。ここでは、代表的なフレームワークとその活用方法を詳しく解説します。
市場は飽和状態、または新製品を開発するリソースがないという企業におすすめなのがアンゾフのマトリックスです。これは戦略的経営の父と称されるH. Igor Ansoff(イゴール・アンゾフ)氏に提唱された成長戦略のフレームワークであり、製品と市場の2つの軸を用いて、企業の成長戦略を4つのカテゴリーに分類します。
(出典:経済産業省)
このフレームワークの強みは、自社の現状を明確に把握し、目指すべき方向性を可視化できる点にあります。たとえば、スマートフォンの普及で、デジタルカメラ市場が縮小傾向にあるとします。この場合、デジタルカメラメーカーは、市場浸透戦略から他の戦略へのシフトを検討する必要があるでしょう。
PEST分析は、企業を取り巻くマクロ環境を分析するためのフレームワークです。PEST は以下の4つの要素の頭文字を取ったものです。
このフレームワークを使用することで、企業は自社のビジネスに影響を与える可能性のある外部要因を包括的に理解することができます。
たとえば、電気自動車メーカーのテスラがPEST分析を行った場合、次のような結果を得られるかもしれません。
このような分析により、テスラは市場環境の変化を予測し、適切な戦略を立てることができます。
新商品の開発や新市場への参入など、重要な経営判断を下す際に有効となるのがSWOT分析です。SWOT分析は、以下の4つの視点から、自社を取り巻く環境を整理します。
たとえば、あるスポーツ用品メーカーがSWOT分析を行ったとします。
このように、内部要因と外部要因を整理することで、自社を取り巻く環境が明確になります。そして強みを活かし、弱みを補完しながら機会を捉え、脅威に対処する戦略を立案できるのです。
PPMは、ボストン・コンサルティング・グループが開発したフレームワークで、自社の製品ポートフォリオを評価し、最適化するために使用されます。このマトリックスは、縦軸に市場成長率、横軸に相対的市場シェアをとり、以下の4つのカテゴリーに製品を分類します。
たとえば、スマートフォン市場に参入したばかりのメーカーの場合、自社製品は「問題児」に位置づけられるでしょう。シェア拡大のために、マーケティングや研究開発に注力することが求められます。一方、従来型携帯電話は「負け犬」となり、徐々に撤退を検討することになるかもしれません。
このように、PPMを使えば、自社の製品ポートフォリオの全体像が一目で把握できます。そして、各製品の位置づけに応じて、投資の優先順位を決定し、リソース配分の最適化を図ることができるのです。
競争が激しい業界でマーケティング戦略を築く必要性のある企業におすすめなのが5Forces分析。これはマイケル・ポーターが提唱した、業界の競争環境を包括的に分析するためのフレームワークです。5つの力(Forces)とは以下を指します。
5Forces分析を行うことで、業界内の競争要因を体系的に理解することができます。そして、自社の強みを活かし、脅威を回避するための戦略立案に役立てることができるのです。
3C分析は、マーケティング戦略立案に広く用いられるフレームワークで、自社の状況を多角的に分析するための強力なツールです。3Cとは、Customer(顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)の頭文字を表しており、この3つの視点から自社を取り巻く環境を分析することで、効果的な戦略策定につなげることができます。
3C分析では、この3つの視点を単独で分析するのではなく、相互の関連性を理解することが重要です。また、3C分析は、内部環境と外部環境の両面から自社を捉える点に特徴があり、両者のバランスを取ることで、自社を取り巻く環境全体を俯瞰的に把握することができます。
STP分析は、マーケティング戦略立案のための重要なフレームワークであり、以下の3つのプロセスから構成されています。
たとえば、高級時計メーカーの場合、以下のようなSTP分析が考えられます。
このように、STP分析を行うことで、マーケティング戦略の焦点を明確にできます。限られた経営資源を最も効果的に投入し、マーケティングの効率と効果を最大化するのです。
マーケティング戦略の立案においては、消費者行動の理解が欠かせません。それを手助けするのが、AIDMA(アイドマ)とAISAS(アイサス)です。AIDMAは、以下の5つの段階で消費者の購買プロセスを説明するモデルです。
AIDMAモデルは、テレビCMなどのマス広告全盛の時代に生まれたモデルで、企業から消費者への一方向的なコミュニケーションを前提としています。
一方、インターネットの普及に伴い登場したのが、AISASモデルです。
AISASモデルは、消費者の能動的な情報探索行動や、購買後の情報共有行動を反映したモデルと言えます。これらのモデルが示唆するのは、消費者の購買プロセスが複数の段階を経ており、各段階に応じたマーケティング施策を講じる必要があるということです。
AIDMAモデルでは、注意を引き、関心を喚起し、欲求を刺激し、記憶に残る広告表現が重要だとされています。一方、AISASモデルでは、消費者の能動的な情報探索行動を支援し、購買後の満足度を高め、ポジティブな口コミを促進することが重要だとされているのです。たとえば、商品の詳細情報をわかりやすく提供したり、顧客レビューを掲載したりすることで、消費者の情報探索を助け、購買後の感想共有を促すことができます。
インターネットの普及により、消費者は自ら能動的に情報を探索し、購買後の感想を共有するようになった現代においては、AIDMAモデルの重要性が高まっています。
4P分析は、マーケティング・ミックスの基本的な構成要素である4つのPを分析するフレームワークです。4つのPとは、自社のProduct(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)を指します。
4P分析の目的は、これら4つの要素を最適に組み合わせることで、顧客に価値を届け、自社の競争優位性を確立することにあります。自社の強みを活かし、顧客ニーズに応える形で、4Pを設計・実行することが求められます。
従来のマーケティング戦略では、4P分析が主流でした。しかし近年、顧客視点でマーケティングを捉え直す「4C分析」が注目を集めています。4Cとは、Customer Value(顧客価値)、Cost(顧客費用)、Convenience(利便性)、Communication(コミュニケーション)の頭文字を表しています。
4C分析の特徴は、顧客視点に立って、マーケティング戦略を立案することにあります。4Pが企業視点の分析だとすれば、4Cは顧客視点の分析と言えます。そのため4C分析を行う際には、顧客の行動や心理を深く理解することが必要です。
特に、サービス業やデジタルビジネスにおいては、4C分析の有用性が高いと考えられています。モノからコトへ、所有から利用へと消費のあり方が変化する中で、顧客体験の設計や、顧客との長期的な関係構築がますます重要になっているためです。
効果的なマーケティング戦略を立てるプロセスは、企業の成功に直結する重要な要素です。ここからは、マーケティング戦略の立て方をわかりやすく解説します。
マーケティング戦略の第一歩は、綿密な市場調査です。市場規模と成長性、顧客のニーズ、競合状況、マクロ環境などを多角的に理解するようにしましょう。市場調査の主な方法は以下の通りです。
また、Google Trendsなどのツールを使用して、特定のキーワードや製品カテゴリーの検索傾向を分析することも有効です。また、BtoBにおいては、顧客企業の組織構造や意思決定プロセスの理解も欠かせません。製品やサービスの購買決定に関わる意思決定者と決定に影響を与える影響者を特定し、それぞれのニーズや関心事を把握します。
たとえば、企業向けの経費精算システムを提供するベンダーの場合、以下のような市場調査が考えられます。
市場調査では、一次データ(自社で行う調査)と二次データ(既存の調査レポートなど)の両方を活用します。定量的なデータと定性的なデータをバランスよく収集し、多面的に市場を理解することが重要です。
市場調査の結果を踏まえ、具体的で測定可能な目標を設定します。まずはマーケティングの全体目標であるKGIを設定し、KGIを達成するために必要な中間ゴールKPIをいくつか設定しましょう。自社の製品やサービスが、顧客企業の業績向上や、競争力強化にどのように貢献するのかを明確にし、それを数値化した目標を設定します。
経費精算システムベンダーの例では、以下のような目標設定が考えられます。
ターゲット顧客を深く理解することは戦略立案の基礎となります。この理解を深めるための有効なツールが、「ペルソナ」と「カスタマージャーニー」です。
ペルソナとは、自社の理想または典型的な顧客像を具体化したものです。単なる抽象的な顧客像ではなく、一人の人物を思い浮かべられるまで具体的に設定するのがポイントです。ペルソナの作成には、以下のような情報を盛り込みます。
たとえば、経費精算システムベンダーの場合、以下のようなペルソナが考えられます。
ペルソナ作成で重要なのは、顧客の一次情報を基にすることです。ユーザーインタビューやアンケート調査、行動データ分析などのデータを活用し、実在する顧客をモデルにしたペルソナを作成します。担当者の想像や思い込みで作成したペルソナでは、的確な戦略立案につながりません。
ペルソナを作成したら、次はそのペルソナのカスタマージャーニーを可視化します。カスタマージャーニーとは、顧客が製品やサービスを認知してから購入、利用、さらには再購入に至るまでの一連のプロセスを表したものです。経費精算システムベンダーの場合、山田太郎さんのカスタマージャーニーは以下のようになるかもしれません。
カスタマージャーニーを可視化することで、各ステージにおける顧客の悩みや情報収集チャネルが明らかになります。これにより、各ステージに適したコンテンツやアプローチ方法を設計することができるのです。
顧客理解と並行して重要なのが、競合分析です。競合分析の目的は、自社の強みと弱み、差別化ポイント、競合が手薄なチャネルの特定などです。
たとえば、多くの競合がGoogle広告に注力している場合、広告費が高騰し、予算の豊富な企業が有利になります。一方、競合分析の結果、LinkedIn広告への出稿企業が少ないことが分かれば、LinkedInが効果的なチャネルとして浮上します。
競合分析の具体的な手法としては、以下のようなものがあります。
マーケティング戦略とは、競合との競争に打ち勝ち、市場でのシェアを拡大するための計画です。競合の動向を把握し、自社の立ち位置を明確にすることは、効果的な戦略立案に不可欠なのです。
目標、市場調査や競合分析、自社リソースなどを踏まえて、最適なマーケティングチャネルを選定します。理想のチャネルは、ターゲット顧客が多く集まっている一方、競合があまり注力していないチャネルです。
また、カスタマージャーニーの各ステージにおける顧客の情報収集チャネルを考慮し、認知段階ではSEOや展示会、比較検討段階ではメールなど、各ステージに適したチャネルを設計することが重要です。主なマーケティングチャネルには、以下のようなものがあります。
たとえば、経費精算システムベンダーの場合、以下のようなチャネル選定が考えられます。
選定したチャネルを通じて、ターゲット顧客にとって価値あるメッセージとコンテンツを発信します。ここでいう価値とは、顧客の課題や悩みを解決することです。
たとえば、リスティング広告を出稿する際、自社製品の機能を羅列するだけでは十分な効果は得られません。顧客の課題を深く理解し、自社製品がどのように課題解決に貢献し、どのような未来を実現するのかを訴求することが重要です。一般的に、顧客にとっての価値は以下の5つに分類されます。
たとえば、類似製品が多い市場では、機能的価値よりも感情的価値や社会的価値を訴求することが効果的でしょう。経費精算システムベンダーの場合、以下のようなメッセージやコンテンツが考えられます。
優れた製品やサービスがあっても、それを顧客に効果的に伝えなければ、市場での成功は望めません。顧客のニーズを深く理解し、心に響くメッセージとコンテンツを発信し続けること。それこそが、ブランドと顧客の絆を強くするためのマーケティングの真髄なのです。
マーケティング戦略を立案しても、それを全社的に浸透させ、組織全体で実行に移さなければ、その効果は限定的なものにとどまってしまいます。戦略を全社に発信し、社員一人ひとりが戦略の意義を理解し、主体的に行動するための仕組みづくりが不可欠です。
マーケティング戦略を全社に浸透させる理由は以下の3点です。
戦略の全社浸透には、以下のような取り組みが有効です。
経費精算システムベンダーの場合、以下のような浸透策が考えられます。
マーケティング戦略の浸透と実行は、一朝一夕にはなしえません。トップから現場まで、組織全体で粘り強く取り組んでいくことが求められます。
効果的なマーケティング戦略は、企業の成功に大きな影響を与えます。ここでは、異なる業界で成功を収めた2つの事例を詳しく見ていきましょう。これらの事例は、革新的なアプローチや顧客中心の戦略がどのように実践され、成果を上げたかを示しています。
イギリスの家電メーカー、ダイソンは、革新的な製品と卓越したマーケティング戦略で知られています。同社のアプローチは、製品そのものの魅力と、顧客体験の向上に重点を置いたものであり、他社とは一線を画した独自性を持っています。
ダイソンのマーケティング戦略の特徴は、4Pフレームワークを通して明確に理解することができます。
ダイソンの製品戦略の核となるのは、徹底的なイノベーションです。同社は、既存の製品カテゴリーの常識を覆す、革新的な技術とデザインを追求することで、他社にはない独自の価値を提供しています。
たとえば同社の掃除機は、独自のサイクロン技術により、強力な吸引力と優れた集塵力を実現。また、扇風機は、羽根のない独特のデザインと、エアマルチプライアー技術による快適な風を生み出します。これらの製品は、機能性とデザイン性を高いレベルで両立させており、まさにダイソンならではの製品価値を体現しているのです。
(出典:ダイソン)
ダイソンの製品は、一般的な家電製品と比べて、高価格帯に位置づけられています。これは、同社が製品の高い品質と革新性を追求する姿勢の表れであり、ブランドのポジショニング戦略とも合致しています。
高価格設定は、ダイソン製品の価値を訴求するためのシグナルとしても機能。高い価格は、製品の品質や性能への信頼を表すと同時に、ステータスシンボルとしての役割も果たしています。ただし、ダイソンは単に高価格を設定するだけでなく、製品の機能や性能、デザイン、サポート体制など、総合的な価値を高めることで、価格に対する納得感を醸成しているのです。
ダイソンは、直営店や百貨店などの高級店を中心とした、セレクティブな流通戦略を採用しています。これは、同社の高級ブランドとしてのポジショニングを維持するためであり、製品の希少性や特別感を高める効果もあります。
また、直営店「ダイソン・デモストア」では、製品の実演販売を行うことで、顧客に製品の魅力を直接伝える機会を創出。これは、体験型マーケティングの一環であり、顧客との接点を強化する上で重要な役割を果たしています。
一方、オンラインでの販売にも注力。自社のウェブサイトだけでなく、大手のECサイトとも提携することで、顧客の利便性を高めています。ただし、オンラインでもブランドイメージを損なわないよう、販売先を選別するなど、慎重な姿勢で臨んでいます。
ダイソンのプロモーション戦略は、製品の機能や性能、デザインの魅力を訴求することに重点が置かれています。テレビCMや雑誌広告では、製品の特徴を分かりやすく伝えるとともに、ブランドイメージの向上も図っています。
また、デジタルマーケティングにも注力。ソーシャルメディアを活用した情報発信や、インフルエンサーマーケティングなども積極的に行っており、製品の使用感や満足度を伝えるユーザーの声を活用することで、共感を呼ぶコミュニケーションを実現しているのです。
ソニーの「ウォークマン」の発売戦略は、マーケティング戦略の大きな成功事例のひとつであり、ポータブル音楽プレーヤー市場を創造し、音楽の聴き方を根本的に変えました。ソニーのマーケティング戦略について、ウォークマン誕生の背景と具体的な展開を詳しく見ていきましょう。
ウォークマンの開発は、「小型のテープレコーダーに、再生だけでいいからステレオ回路を入れてくれないかな」というソニー創業者の井深大氏の言葉から始まりました。
盛田昭夫会長の強い賛同を得て、エンジニアたちは「再生専用・小型ヘッドホンステレオ」というコンセプトを掲げ、録音機能を排除した画期的な製品を目指しました。社内でも懐疑的な意見が多い中、トップの熱意と現場の確信が一つになり、わずか数カ月で試作品が完成。通常の手順を踏まず、理屈より先に行動したことが、革新的製品の誕生につながったのです。
ウォークマンの主なターゲットは、「音楽を愛する若者」でした。音楽を外に持ち出して楽しみたいという若者のニーズを、盛田は自分の子供の行動から鋭く察知。軽量でスタイリッシュなデザインは、ファッションアイテムとしての訴求も意図されていました。ソニーは、単なる機能的ベネフィットだけでなく、ターゲットの感性やライフスタイルに訴求する価値提案を行ったのです。
発売当初、録音機能のないウォークマンに対して、マスコミや販売店は懐疑的でした。しかし、ソニーは「ちょっと聴いてみてください」という街頭でのデモ活動を地道に続け、ヘッドホンを通して音楽を体験してもらうことで、ウォークマンの価値を実感してもらう戦略を取りました。
体験価値を訴求することで、ウォークマンの良さが口コミで広がっていったのです。また、影響力のある有名人にウォークマンを使ってもらい、雑誌などで露出することで、憧れを醸成するインフルエンサーマーケティングにも早くから取り組みました。
「歩きながら音楽を」という製品コンセプトを表す「ウォークマン」の名称は、和製英語であるがゆえに当初は社内外から反発がありました。しかし盛田は「使うのは若者。彼らがいいと言うならそれでいい」と英断。また、日本からの輸出品として「ウォークマン」の名称が先に広まったことを活かし、現地法人の反対を乗り越えて、世界統一のブランド名として展開。「ウォークマン」はポータブルオーディオプレーヤーの代名詞となり、高品質と革新性というソニーブランドの連想を強化することに成功しました。
日本での成功後、ウォークマンは世界各国に展開され、若者文化のアイコンとなって爆発的なヒットとなりました。ソニーはテープからCDそしてデジタルオーディオへと、新技術を積極的に取り入れながら「ウォークマン」ブランドを維持。機能とデザインを時代とともに進化させ、ブランドを長寿命化させることに成功しました。
マーケティング戦略を立案する上で最も重要なポイントは、ターゲット顧客の深い理解だと言えます。ターゲットとなる顧客層のニーズや課題、行動パターンを正確に把握することなくして、効果的なマーケティング戦略の立案は望めません。
特にBtoB企業においては、顧客企業の業種や規模、意思決定プロセス、購買基準など、さまざまな要因を詳細に分析する必要があります。BtoBの購買決定は、個人の嗜好よりも企業の戦略や業務プロセスに大きく影響を受けるためです。そのため、顧客企業の経営課題や業界特有の規制・慣行なども深く理解しなければいけません。
先にも解説しましたが、ターゲット顧客理解において最も重要となるのが、ペルソナの設定とカスタマージャーニーの理解です。まずは複数名の顧客にインタビューをし、抱えていた課題や情報収集チャネル、購買要因などを把握しましょう。
一般的にはロイヤルカスタマーにインタビューするべきと言われていますが、顧客歴が長いロイヤルカスタマーの場合、当時の記憶があいまいになっている可能性があります。そのため、ロイヤルカスタマーだけではなく、記憶が鮮明な新規顧客にもインタビューすることを推奨します。
また、ターゲットの理解はマーケティング戦略の4Pのあらゆる局面に影響を及ぼします。
要するに、マーケティング戦略のあらゆる要素が、ターゲット顧客の理解を起点に組み立てられていくのです。ターゲット顧客の理解なくして、マーケティング戦略の成功はあり得ません。
マーケティング戦略とは、企業が市場における競争優位性を確立し、より多くの顧客を獲得するための包括的な戦略です。効果的なマーケティング戦略を立案するには、自社の強みや弱みの分析、競合他社の動向把握、そして何よりも顧客理解が不可欠となります。
ターゲットとなる顧客層を明確に定義し、彼らの購買行動やニーズ、悩みなどを深く理解することが重要です。そのためには、カスタマージャーニーの各段階で顧客が必要とする情報や、彼らが利用するチャネルを把握する必要があります。
マーケティング戦略の目標設定後は、実際に複数の顧客にインタビューを行い、生の声を収集しましょう。複数の顧客の意見を集約することで、共通するパターンや課題が見えてきます。これらの知見をペルソナ(顧客像)やカスタマージャーニーマップとして可視化し、コンテンツ発信と分析改善を繰り返し、戦略の精度を高めることが重要です。