AIDMA(アイドマ)の法則は、日本で広く知られた顧客購買モデルの基本フレームワークです。「広告を作成する」「マーケティングチャネルを選定する」「ブログ記事を書く」といったシーンでAIDMAを使ってきたマーケターの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
100年以上前にできたフレームワークですので近年は「古い」といわれており、インターネット環境を踏まえたAISAS(アイサス)、AISCEAS(アイシーズ)などの新フレームワークも登場しています。
しかし、AIDMAは今なお汎用性が高く、有用なフレームワークであることに変わりはありません。BtoB SaaS業界においても、顧客の購買プロセスを理解し、効果的なマーケティング戦略を立案する上では、使い勝手のよいフレームワークといえます。
そこで本記事では、AIDMAの5要素の詳細や具体的な活用シーン、日本でよく使われているAISASとその他の購買モデルとの違いを解説します。
AIDMA(アイドマ)とは、1920年代にアメリカの販売・広告の実務書の著作者であったSamuel Roland Hall氏(以下、サミュエル氏)が、販売・広告の実務書で提示した広告宣伝に対する消費者の心理プロセスを、体系化したフレームワークです。
サミュエル氏は、消費者の購買心理を以下のように5つのプロセスで説明しました。
つまり、知っていただいて、気持ちを動かしてもらった上で購買行動を促すということ。AIDMAは顧客心理によりそえる実践的なフレームワークといえます。
一見当たり前のように感じるかもしれませんが、AIDMAのようなフレームワークなしで広告案を考えてみようとすると、コンセプト立案に迷うものです。「美しい広告」「目立つ広告」はできても、訴求できておらず、商品・サービスの記憶が残らない結果になることはありがちです。
AIDMAの5つのプロセスがあると、その各段階で「顧客にどのような手法・メッセージングでアプローチするか」を顧客視点で考えられます。例えば、BtoB SaaS製品のAttention(注意)段階では業界特化型のコンテンツマーケティングを、Interest(関心)段階ではウェビナーや詳細な製品デモを活用するなど、各段階に適したアプローチを設計できるでしょう。
また、顧客の行動変容には心理的プロセスがある、つまり一定の時間経過を要することを意識して、中長期目線でマーケティング戦略を立案できます。
実はAIDMAは、米国であまりメジャーではなく、同年代にアメリカのElias St./Elmo Lewis両氏によって提唱された顧客心理モデルのAIDA(アイーダ)のほうが一般的です。
といっても、AIDAはAIDMAから「Memory」が抜けているだけの違い。基本プロセスは非常に似通っています。
正直なところ、日本で広まった際に、広めた人物が「AIDAも知っていた上でAIDMAを優先したのか?」「両方紹介して自然にAIDMAがメジャーになったのか」は不明です。
一方で、米国と比べると民族的にも「保守的かつ心配性で、迷う時間が長い日本人的な気質」を踏まえれば、MemoryというプロセスのあるAIDMAの心理プロセスのほうが、あてはまるシーンは多かったのではないかと考えます。何しろ日本人は世界一厳しい消費者といわれるほどです。
いずれにせよ、AIDMAは日本で広告業界をはじめ、あらゆる業界の広告、マーケティング部門で活用、研究され続けてきました。「人が何かを知ってアクションを起こす」際の汎用的なフレームワークとして応用がきくため、マーケティング以外の領域でも幅広く使われています。もちろん、今後も活用され続けるでしょう。
ここからはAIDMAを構成する5要素を解説します。
AIDMAは自社製品・サービスをまったく知らないペルソナを前提としたフレームワークですので、最初のステップは顧客に認知していただく段階です。その商品を知る段階であり、商品について知るきっかけといえます。
BtoB SaaS製品の場合、単に製品名や機能を知ってもらうだけでなく、その製品が解決する具体的な業界課題や、もたらす価値を明確に伝えることが重要。また、意思決定に関わる可能性のある複数の役職や部門の人々に同時にリーチする必要もあります。
BtoB SaaS製品の場合、以下のような手法が効果的です。
Interest(関心)は、その商品に関心を持つプロセスです。どのようなことで商品・サービスに関心を持つかはペルソナのタイプ・課題によって異なりますが、BtoB SaaS製品の場合、以下のような要素が顧客の関心を引きます。
Attention(注意)とInterest(関心)の2段階は、平たくいうと「つかみ部分」と表現できます。ここが上手くいけば意思決定者やステークホルダーを惹きつけることができる一方、埋没してしまうと競合製品に負けてしまいます。
それに、決して「ただ目を引けばよい」というわけでもありません。一見普通のキャッチコピーで反感を買う例もあるように、対象企業の状況や業界特性への想像力は必要であり、たった1行のコピーであっても熟考が必要です。
Desire(欲求)は興味関心をもったあとに、さらに商品の良さを知りこの商品を欲しいなと思う段階です。導入を検討しようという感情になるまでは、購買を喚起する情報が求められます。
例えば製品紹介ページで「生産性が向上した」といったケーススタディを紹介することで、「これなら自社にも導入してみたい」と思う感情が起きます。
この段階にいる顧客に対するアプローチで重要なのは、単に製品の良さを伝えるだけでなく、「顧客企業の具体的な課題解決や事業成長にどう繋がるか」を明示することです。また、導入に伴うリスクや懸念事項に対する丁寧な説明も欠かせません。
Memory(記憶)は自社製品・サービスの記憶を促すプロセスです。BtoB SaaSの場合、多くの企業は購買意欲をもっていてもすぐ成約に繋がるわけではありません。いかに優れた事例が提示されていても、一度の情報収集だけでは安心して判断できず、社内稟議も必要になるためそこで購買プロセスは一旦保留となります。
そこから、2回、3回と情報にふれることで、その商品を記憶していくのです。例えば、BtoB SaaS製品では、以下のような方法でリマインドを行います。
このような手法で顧客接点を維持し続けることで、顧客内でニーズが高まったタイミングで自社製品・サービスを想起してもらうことを目指します。
例えば、展示会で関心をもった製品・サービスが複数社あったとしても、1社はまったく音沙汰なし。B社は年に3回程度メールで情報がとどく場合、2年目にニーズが高まればすぐ想起するのはB社になるのは、顧客視点で考えると自明でしょう。
Action(行動)は、購入を決断するプロセスで、ある程度の時間を経てから「製品・サービスを導入しよう」と決断する段階です。トリガーとしては、以下のものが挙げられます。
BtoB SaaSで購買に至るまでには、個人の判断だけでなく、多くの場合複数の関係者や部門の承認が求められます。そのため、この段階では営業担当者が顧客企業内での合意形成や承認プロセスを後押しするため、丁寧にコミュニケーションをとっていく必要があります。
ここからは、AIDMA(アイドマ)を具体的にどのようなシーンで活用できるかを詳しく解説します。マーケティングシーンでは、次の場面で特に有効活用できます。
それぞれ詳しく解説します。
BtoB SaaS企業にとって、ペルソナとカスタマージャーニーは効果的なマーケティング戦略を立案する上で欠かせない要素です。AIDMA(アイドマ)モデルは、これらの設計プロセスを強力にサポートします。
ペルソナとは「自社の理想的な顧客像」を具体化した架空の人物プロフィールです。個人レベルで設定する場合、年齢、職位、課題、目標などの特性を持つこの仮想顧客は、マーケティング施策の方向性を定める際の指針となります(BtoBでは企業レベルのペルソナで設計することもあります)。
カスタマージャーニーは、顧客が商品やサービスを認知してから購入に至るまでの一連の流れを可視化したものです。顧客との接点(タッチポイント)や、各段階での顧客の行動、感情を時系列で整理します。
AIDMAは、ペルソナ設計において各段階での顧客行動を具体化するのに役立ちます。例えば、最初の「注意」段階では、ペルソナがどのような媒体で情報を得るのか、「関心」段階ではどのような内容に興味を示すのかなど、具体的なイメージを描くことができるでしょう。
カスタマージャーニーの設計では、AIDMAの5つのステップを基本フレームワークとして活用できます。各ステップで顧客が経験する具体的なタッチポイントや、そこでの顧客の心理状態を詳細に描写することで、より現実的で効果的なカスタマージャーニーマップを作成可能です。
BtoB SaaS企業のマーケティングにおいて、顧客のニーズや状況に合わせてパーソナライズされたコンテンツや施策の提供は非常に重要です。AIDMA(アイドマ)モデルは、この企画段階において大きな価値を提供します。
米Statista社が2022年に実施した世界のBtoB eコマース企業を対象とした調査によると、パーソナライゼーションの効果が明確に示されています。58%の企業がパーソナライズされた検索結果を最も効果的な方法として挙げており、56%が個別化された支払いや配送オプションを効果的と回答しています。
(出典:Statista「Most effective personalization methods in business-to-business (B2B) e-commerce worldwide in 2022」)
AIDMAの各段階を参考にすれば、顧客それぞれのステージに応じてパーソナライゼーションされたコンテンツや施策を企画できます。例えば、以下のような形です。
<AIDMAに応じたパーソナライゼーションの例>
このように、AIDMAモデルを基に、顧客の購買プロセスの各段階に適したパーソナライズされたコンテンツや施策を企画することで、より効果的なマーケティングコミュニケーションを実現できます。また、顧客の反応を見ながら、各段階でのアプローチを微調整していくことも可能です。。
BtoBでは顧客のニーズが高まったタイミングでのアプローチが重要です。特にSaaS製品の場合、顧客の業務課題や市場環境の変化に応じて、製品への関心が急激に高まることがあります。このような顧客の「買いたい」というタイミングを逃さずアプローチすることが、成約率を高める上では必須条件です。
BtoBでは、顧客との接点を常に確保し、ニーズの変化をリアルタイムで把握するAlways Onの考え方があります。これにより、顧客が情報を必要とするタイミングで適切なコンテンツを提供する「ライトタイミング・ライトコンテンツ」の実現が可能です。
しかし、Always Onを効果的に実践するには、顧客の購買検討プロセスを体系的に理解し、各段階に応じたアプローチを設計する必要があります。
ここで、AIDMAモデルを使って顧客の購買プロセスの各段階に適したコンテンツや対応を準備をしておくことで、顧客のニーズに即座に、かつ適切に対応できるマーケティング体制を構築できます。
ここからは、「建設業界向けのバックオフィスSaaS」を題材として、AIDMAの活用例を紹介します。前提となる条件は、以下のとおりです。
<前提条件>
ペルソナ・カスタマージャーニーが定義されている前提で、AIDMAモデルに基づいたマーケティング施策を検討してみましょう。以下の表は、AIDMAの各段階における顧客の想定される状態と、それに対応するマーケティングアクションを示しています。
このようにAIDMAモデルを活用することで、顧客の購買プロセスの各段階に応じた効果的なマーケティング施策を体系的に設計できます。各段階で顧客の状態を仮説立て、それに対応するアクションを検討することで、より戦略的なアプローチが可能です。
とはいえ、実際の適用にあたっては、自社製品・サービスの特性や顧客の具体的な課題感に応じて、常に内容をアップデートしていくことが重要。市場の変化や顧客のフィードバックを積極的に取り入れ、各段階のアクションの効果を測定・分析しながら、より効果的な施策へと改善を重ねていきましょう。
ここからは、AIDMAと似た以下の購買モデルについて解説します。
次項より、個別にみていきましょう。
AISAS(アイサス)とは、2005年に日本の大手広告代理店である株式会社電通が提唱したフレームワークです。このモデルは、以下5つの要素から成り立っています。
AIDMAとAISASの違いは2文字だけです。AISASには「Serch(検索)」と「Share(共有)」が入っていることからわかるように、インターネット登場以降の顧客の購買行動の変化を踏まえてできたフレームワークです。
従来の AIDMA モデルでは、インターネットを介した情報探索や購買後の情報共有行動を十分に説明できなくなったことが背景にあります。
インターネットの発展により、消費者は膨大な情報にアクセスできるようになり、製品・サービスについて自ら積極的に調査するようになりました。さらに、ソーシャルメディアの普及により、購入後の体験を他者と共有することも一般的です。
BtoB SaaS業界においては、この変化が特に顕著です。企業の意思決定者は、ベンダーからの情報だけでなく、オンラインでの口コミや専門家のレビュー、他社の導入事例などを参考にするようになっています。
AIDMAとAISASの使い分けは、主にビジネスの性質とターゲット顧客の行動パターンに基づいて判断されます。BtoB SaaS業界では、一般的にAISASモデルの方が適していると考えられますが、以下のような点を考慮して使い分けを行いましょう。
<BtoB SaaSでAISASが効果的なケース>
AISCEAS(アイシーズ)は、AISASをさらに発展させたフレームワークです。このモデルは、以下7つの要素から構成されています。
AISASとAISCEASの主な違いは、「Comparison(比較)」と「Examination(検討)」が追加されている点です。これらの要素は、特にBtoB SaaS業界において重要な意味を持ちます。
企業の意思決定プロセスがより複雑化し、慎重になっていることを反映しています。顧客は単に情報を探すだけでなく、複数の選択肢を綿密に比較し、自社への適合性を詳細に検討するようになりました。
BtoB SaaS製品の場合、この「Comparison」と「Examination」の段階が特に重要です。顧客は類似製品の機能や価格を細かく比較し、自社のニーズに最も適したソリューションを選ぼうとします。また、導入に伴うコストやリスク、ROIなどを慎重に検討するのです。
このモデルは、より長期的で複雑な購買プロセスを持つ製品・サービス、特に大規模なエンタープライズ向けSaaSソリューションに適しています。顧客の意思決定プロセスをより細かく理解し、各段階に応じた適切なアプローチを取ることで、効果的なマーケティング戦略を立案できるでしょう。
<BtoB SaaSでAISCEASが効果的なケース>
AIDA(アイーダ)は、マーケティングや広告の分野で最も古くから知られている購買行動モデルのひとつです。このモデルは、以下4つの要素から構成されています。
AIDMAやAISASと比較すると、AIDAはより単純な構造を持っています。このモデルは、顧客を購買行動に導くための基本的なステップを示しており、多くのマーケティング戦略の基礎となっています。
AIDAモデルの特徴は、顧客の心理的変化に焦点を当てている点です。まず顧客の注意を引き、興味を持たせ、欲求を喚起し、最終的に行動を促すという流れは、人間の基本的な心理プロセスを反映しています。
BtoB SaaS業界においても、AIDAモデルは依然として有効です。例えば、「Attention」段階ではターゲット顧客の課題に焦点を当てた広告を展開し、「Interest」段階では製品の具体的な機能や利点を紹介し、「Desire」段階では導入事例や ROI を示し、「Action」段階では無料トライアルの提供や商談の申し込みを促すといった具合です。
しかし、AIDAモデルはデジタル時代以前に生まれたモデルであるため、オンラインでの情報探索や購買後の情報共有といった現代の顧客行動を十分に反映していない面もあります。
<BtoB SaaSでAIDAが効果的なケース>
AIDCA(アイドカ)は、AIDAモデルを拡張したフレームワークです。このモデルは、以下5つの要素から構成されています。
AIDCAモデルの特徴は、AIDAモデルの4つの要素に「Conviction(確信)」を加えた点です。この追加された要素は、特にBtoB SaaS業界において重要な意味を持ちます。
「Conviction」段階は、顧客が製品やサービスの価値を深く理解し、その導入が自社にとって正しい選択であると確信するプロセス。BtoB SaaS製品の場合、この段階で顧客は「具体的なROIの検討」「他社の成功事例の精査」「自社環境との適合性の確認」などを行います。
このモデルは、顧客の意思決定プロセスにおける「確信」の重要性を強調しており、特に高額な投資や長期的なコミットメントを必要とするBtoB SaaS製品に適しています。
ただし、AIDCAモデルは顧客の能動的な情報探索行動や購入後の情報共有行動を十分に反映していない点に注意が必要です。
<BtoB SaaSでAIDCAが効果的なケース>
AMTUL(アムトゥル)は、顧客との長期的な関係構築に焦点を当てた購買行動モデルです。このモデルは、以下5つの要素から構成されています。
AMTULモデルの特徴は、単なる購買プロセスだけでなく、製品やサービスの使用開始後の段階まで含めている点です。特に「Usage」と「Loyalty」の段階は、BtoB SaaS業界において非常に重要な意味を持ちます。
このモデルは顧客獲得だけでなく、顧客維持と顧客生涯価値(LTV)の最大化にフォーカスしています。BtoB SaaS製品の多くがサブスクリプションモデルを採用していることを考えると、この視点は極めて重要といえるでしょう。
AMTULモデルを活用することで、製品やサービスの認知度向上から、顧客のロイヤリティ獲得までの一貫したマーケティング戦略を立案できます。例えば、「Trial」段階では無料トライアルの提供、「Usage」段階ではカスタマーサクセス活動の強化、「Loyalty」段階では顧客コミュニティの構築などが考えられます。
一方で、AMTULモデルは初期の認知獲得や購買決定プロセスの詳細については十分に説明していない点に留意しましょう。
<BtoB SaaSでAMTULが効果的なケース>
以上、主要な購買モデルとその特徴を紹介しました。それぞれの違いをまとめると、次のとおりです。
構成要素 |
購買モデルとしての特徴 |
|
AIDMA(アイドマ) |
|
顧客の記憶に焦点を当て、購買行動までのプロセスを網羅的に捉えている。 |
AISAS(アイサス) |
|
インターネット時代の情報探索行動と購買後の情報共有行動を重視している。 |
AISCEAS(アイシーズ) |
|
詳細な比較検討プロセスを前提に、複雑な意思決定を反映している。 |
AIDA(アイーダ) |
|
シンプルで直線的な購買プロセスを表現し、基本的な心理変化に着目している。 |
AIDCA(アイドカ) |
|
顧客の「確信」に至るまでのプロセスを重視し、より慎重な意思決定を反映している |
AMTUL(アムトゥル) |
|
購買後の使用体験とロイヤルティ形成までを含む、長期的な顧客関係にフォーカスしている。 |
もちろん、上記購買モデルは不変のものではありません。デジタル技術の進化や顧客行動の変化に伴い、これらのモデルも進化し続けていくでしょう。それを念頭に置き、常に最新の知見を取り入れる姿勢を持ちましょう。
AIDMA(アイドマ)をはじめとする各種購買モデルは、マーケティング戦略を立案する上で非常に有用なツールです。しかし、これらのモデルが万能であるかという点については、「どう使うべきなのか」も踏まえて、慎重に考える必要があります。
そこで、以下の論点で購買モデルの限界と、それを踏まえた効果的な活用方法について詳しくみていきましょう。
次項より、個別に論考します。
BtoB SaaSビジネスでは購買までの顧客側の意思決定プロセスが複雑で、多数の関係者が関与することが多いため、単一のペルソナやカスタマージャーニーでAIDMAを完全に適用することは難しい場合があります。
例えば、経営層、研究開発、現場担当者など、異なる役割や関心を持つ複数の意思決定者が存在し、各ペルソナに対して異なるアプローチが必要となる可能性があります。
また、BtoB SaaSの導入は長期的な検討を要するため、AIDMAの各段階を明確に区別できない。あるいは重複するケースも存在します。同じSaaS製品でも、業界や企業規模によってニーズや購買プロセスが大きく異なることもあるでしょう。
このような複雑性を考慮すると、2024年現在BtoB領域で広まりつつあるABM(アカウントベースドマーケティング)のような、顧客企業ごとに即した戦略を練る。その上で、AIDMAのような購買モデルも、各社に合わせてカスタマイズする必要があると考えられます。
そもそも発注担当者にとって、緊急度の高いプロダクト、ものすごく魅力的なプロダクトは多くありません。新たな商品が登場しても、パレートの法則でいう8割の領域は、あまり価値を認識できておらず、良さそうと思っても様子見となりがちです。
そのため、競合他社に負けないためにも「購買モデルを作って満足する」のではなく、各段階にいる顧客に対して積極的にアプローチしていく必要があります。
この際、マーケティング単独で動くのではなく、THE MODELに代表される営業・インサイドセールスと連携したアプローチが求められるでしょう。
この部門間連携は、AIDMAモデルの効果的な活用を可能にします。マーケティング、営業、インサイドセールスの各部門が協力することで、AIDMAの各段階に適切に対応できます。例えば、マーケティングがAttentionとInterestを喚起する施策を展開する際、営業からのフィードバックを活用してより的確なコンテンツ制作を行うといった形です。
現代は商品がコモディティ化しやすい時代です。画期的に思えた製品・サービスも、短期間で類似品・サービスが現れ、各社が見込み客の関心を引こうと考えつく限りのマーケティング施策を展開してます。
このような環境下では、特にAIDMAモデルのAttention段階で顧客の注目を集める際、膨大なコンテンツ量が求められます。目につく情報、情報量の多いプロダクト、権威のあるプロダクトが信頼されやすい傾向にあるため「単にAIDMAモデルを適用するだけ」では不十分で、むしろその後の方が重要です。
名もない中堅・中小企業がWeb上で関心を引くには、メルマガ、ブログ、ソーシャルメディアなど、自社に適したチャネルを選択し、ある特定の領域で圧倒的なコンテンツ量を生み出す必要があります。
しかし、検索エンジンで類似のコンテンツが多数表示される状況下で、見込み客の信頼を獲得するには、圧倒的な情報量と深さ(専門性)が必須であるため、「継続しない/できない」という罠が潜んでいるのです。
ブログやソーシャルメディアは無料で活用できるため、コンテンツマーケティングの着手自体は比較的容易といえます。しかし、多くの場合「経営者が成果の出ない時期に耐えられない」「担当する社員が短期的な成果が出ないために低評価を受けた」などの理由で頓挫するケースは珍しくありません。
中長期にわたるマーケティング活動の場合、施策をスタートさせる以上に「続けていく」ことの方が難しいのが実情です。それを踏まえると、AIDMAのような購買モデルが効果的なのは、あくまで施策の「着手段階」までといえるのではないでしょうか。
BtoBマーケティングにおいて、AIDMAのような購買モデルは「まずはじめに活用する」ものではなく、深い顧客理解が前提として求められます。
そもそもBtoBの商材は単価が高く、ニーズも各業界・業務に特化したものばかりです。そのため、顧客企業の業界特性、規模、組織構造、意思決定プロセスを深く理解した上で、戦略を作成することが必須です。ときには、見込み客となる企業を挙げていけば、1つのリストに収まってしまうケースさえあります。
そういった事情があるなかで、ただ闇雲にAIDMAのような購買モデルを適用したとしても、画一的なアプローチになってしまい、成約にはなかなか結びつきません。フレームワークはあくまで「思考の枠組み」に過ぎず、ときには思考を狭める「枷」になってしまうことすらあります。
それを前提にして、まずは「顧客はどのような課題を抱えているか?」「自社がどのような価値を提供できるのか?」を精緻に仮説立てする。その上で、思考の整理や社内への説明責任を果たすためのツールとして用いましょう。
テクノロジーが進化し、社会のありようが変化しても、人の感情、心理面は同じスピードでは変わりません。やはり、新しい物を受け入れるには心理的にそれなりの時間が必要であり、何か高額なものを購入する際は慎重になります。
そういった顧客心理を理解する上では、AIDMAは依然として有用なツールです。AIDMAを活用して顧客が購買に至るまでの態度変容を正しく理解することで、より成約率向上に繋がるアプローチを実現できます。
しかし、何より大切なのは「顧客視点」に立ったアプローチです。例えば、自社が勝手に想像しただけでAIDMAで顧客の購買プロセスを定義したとしても、顧客の態度変容を促す施策を展開することは難しいでしょう。
AIDMAは確かに便利なフレームワークです。しかし、フレームワークに捉われるあまり、顧客側の事情を置き去りにしてはいけません。コトラー・ケラー著『マーケティング・マネジメント』では、ニーズを満たすものが特定の対象に向けられてウォンツ(欲求)になり、そこに購買力が伴ってデマンド(需要)になるとあります。
マーケティングの起点はあくまで顧客ニーズであると忘れずに、顧客心理を整理し、理解するためのツールとしてAIDMAを活用しましょう。