営業の世界では決裁者(キーマン)と会うことは基本です。発注する権限を持っていない人に何度最高のプレゼンをしても成果は上がりません。そのため、中小企業の経営者などは、テレアポやらSNSメッセージやらの突撃を、始終受けるはめになります。
もっとも企業も、一定規模以上になると社長だけでは決められません。購買に関わる人は企業規模に比例して増えていきます。このような購買グループのことを「DMU(購買意思決定ユニット)」あるいは「Buying center(バイイングセンター)」と呼びます。
近年はDX化が進んでいるので、SaaSのようなITサービスの発注に関与する人は増える傾向にあり、ハーバード・ビジネス・レビューの記事によると、BtoBソリューション購買に関わる人の数は6.8人に上昇しているそうです。
各現場で、発注担当者は乗り気でうまくいきそうだったのに、どこかから横槍が入って宙に浮いてしまった案件も増えているかもしれません。
実際、米国Inbox Insight社の最近の「ABMのマーケティング調査レポート」で、B2Bマーケターは、コンバージョンを妨げる主な要因のひとつに「DMUのメンバー全員を織り込むことを怠っていること」をあげています。
マーケティング担当者はDMUのコンセプトを理解して、それぞれのメンバーに適したコンテンツを制作することが重要です。本記事では、BtoBマーケティング関係者が知っておくべき企業のDMU(購買意思決定構造)を解説します。
DMU(購買意思決定ユニット:Decision Making Unit)とは、企業が何かを購入する際に、購買プロセスに影響を与える人たちのグループを指します。
DMUは、1967年に米国のRobinson(ロビンソン)氏、 Farris (ファリス)氏、Wind (1967)(ウィンド)氏らによって開発された概念です。また、フィリップコトラー氏の著書で広く知られるようになりました。
営業現場では実務担当者と決裁者の存在は比較的見えやすく、ストレートにアプローチできます(実際、決裁者に会うまでかなり大変ですが…)。
しかし、企業内部にはさらにご意見番のような人がいたり、予算を抑えたい経理部門長がいたり、現場の重要人物がいたり、何かと反対する人がいたりなど複数の購買意志決定メンバーが存在します。発注企業にとっては、DMUは正しい買い物をするためのリスクヘッジでもあるのです。
しかし、ベンダー側にとってDMUはハードルです。特にエンタープライズ市場ではDMUを理解しておかないと営業活動がスムーズに進みませんが、そもそもDMUは構造が見えづらいので、営業マンもそうそう全員と会えず、会えたとしてもかなり時間を要します。
だからこそ、マーケティング部門はDMUの各メンバーが納得できるようなコンテンツをあらかじめ作って、営業現場を援護射撃することが重要です。
ここではDMUの基本構造を解説します。DMUの人数は小さい会社なら2~3人、大きい会社なら7〜8人かもしれませんが、おおむね以下6つの役割を担うメンバーが存在します。一人で何役か兼ねていることもあります。
以下、それぞれの役割を解説します。
社内で、商品・サービスの必要性を理解し最初に声を上げる人です。SaaSであればシステムを活用する現場担当者や管理職(人事SaaSなら人事課長、係長、SFAなら営業課長等)が一般的です。中小企業の場合は経営者がトップダウンで「DXを進めろ!」と言い出しイニシエイターになることもあるでしょう。
一般にイニシエイターは、自分たちのペインを解決するため、あるいはベンダーの営業から提案されて納得し、必要性を感じて社内で提案します。
決裁者とは購入を決定をする人です。導入を決める社内的な権力を持っている、いわゆるキーマンです。単価が低く部門内で使う商品(部門内の予算でまかなえる)であれば、現場マネージャーが多いでしょう。
高額な購入になると事業担当役員、経営者などになります。多くの場合、イニシエイター(発案者)の上司なので、イニシエイターへの評価や人間関係の影響も受けがちです。
商品・サービスの購入手続きを行う責任を持っている人です。物販の場合は購買部門が担当しますが、SaaSなどのサービスはプロダクトを使うユーザー部門のマネージャーが同時に購入者であることが多くなります。小さい会社だと、イニシエイター・決裁者・購入者が同じ人で1人3役ということもありえます。
インフルエンサーは購入の有無、ベンダーの選択、購入プランの判断に影響を与える人です。社内でもそのジャンルについて詳しく、一目おかれているため、何かと意見を仰がれる立場にいます。SaaSのインフルエンサーは、ITにオタク的に詳しい社内の有名人かもしれません。
彼らは、公式な情報だけでなく裏情報にも詳しく「それはトレンドに見えるけど、実はもう周回遅れだ」「イメージはいいけど導入した企業が苦労している話をよく聞く」「これからは別の革新的な〇サービスがいい」など表では得られない情報を提供してくれます。
意見の影響力はかなりありますが、自分が使うわけではないので、一社員であればあくまでアドバイスというスタンスになるでしょう。
ゲートキーパーとは「門番」を意味し、最終的に買うか買わないかを決める役割の人です。ゲートキーパーは商品・サービスの機能や価格はもちろん、提供する企業に問題がないか、契約の内容にもれがないかなども厳しくチェックします。別名「ブロッカー」とも呼ばれます。
SaaSであればIT部門の長か経営者かもしれません。経理の役員、法務部門などは当然出てくるでしょう。近年はセキュリティリスクもあれば、企業の倫理性も問われる時代です。間違いのない注文のためにゲートが増えており、もっとも権力を持つゲートキーパーにたどりつくまで、準ゲートキーパーのチェックを受けるでしょう。
ユーザー とはその製品・サービスを活用する人達です。ビジネスチャットやWeb会議なら社員全員、CRMなら営業担当者たちです。どの程度ツールを頻繁に使うか、どのくらい仕事が楽に、あるいは大変になるかによって、ユーザーの影響力は変わります。
例えばWeb会議システムはさして難しくなく、どのサービスも一定水準の品質があるので、ユーザーの影響力はそれほど大きくありません。しかしSFA、CRMなどの導入や切り替えは、営業パーソンの日々の業務負担に直結するため(ITリテラシーによっては使いこなせないこともあるため)ユーザーの意見が強く影響する傾向があります。
DMUがどのような構造かは、エンタープライズ市場かスモールビジネス市場か、見込客の業界、企業規模によって異なります。自社の見込み客層の一般的なDMUを可視化しましょう。以下がステップです。
まず、DMUのメンバーそれぞれのペルソナ(半架空の顧客プロファイル)を作成します。といっても決裁者ならともかく、顧客内のインフルエンサー、ゲートキーパーは営業担当者すらそう会えないので、それほど詳細に作りこむ必要はありません。
一般に企業組織は業界によってある程度共通しています。前段の表のように所属部署と抱えているペインも、比較的共通するポイントがあります。営業担当者からのヒアリングや業界リサーチをもとに、イメージしつつ作成してみましょう。1社でも顧客インタビューできればより精度が高くなるでしょう。
作成には無料ツールなどがあるので、とりあえず手を動かしてみることがおすすめです。言語化しているとイメージがわいてきます。
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次に、カスタマージャーニーを作成します。カスタマージャーニーとは、ペルソナが課題に気づいてから情報を調べて、ベンダーを絞り込んで発注するまでのプロセスを可視化するフレームワークです。図のように、時系列に何を思ってどう行動するかを書き込んで作成します。
DMUメンバー全員のカスタマージャーニーを作る方法もありますが、多くのDMUメンバーは途中で登場し短期間しか関わらないので、今回は担当者のカスタマージャーニーを説明しながら他DMUメンバーを登場させるかたちで解説します。
例:SaaS導入のカスタマージャーニー
イニシエイター(発案者)は紙の業務が多く非効率なので業務をデジタル化したいと思い、リーズナブルなSaaSを導入して業務を効率化したいとミーティングで発案します。
マネージャー(実務の決裁者)は、経営層が最近DXに関心があることを知っており、導入に依存はなく成果が出るとむしろ望ましい。若手のほうがデジタルに詳しいので意欲をもって進めてくれるなら任せたいと思い、まず調べてみることを指示します。
イニシエイターは、次のステップとして自社のニーズを解決するソリューション、ベンダー、どの程度の仕様が必要かをリサーチします。「〇〇業界 SaaS 事例」「中小企業 SaaS」「〇〇評判」「〇〇人気ランキング」などで検索。
レビューサイト、SNSでベンダーの評判を調べます。合見積サイトとなどでおおよその予算をサーチ。友達やSNS仲間にも評判を聞き、ざっとよさそうなベンダーをリストアップします。
リストアップしたベンダーの中から製品の機能、価格帯、評判を踏まえて自社の問題を解決できそうなベンダーに絞り込みます。
この時点で社内のインフルエンサーに意見を拝聴。さらに、各社から詳しい資料を収集し、場合によっては営業担当者と会い、提案書、見積書を依頼。決めかねる場合は2~3社の無料トライアルを申し込み、ユーザーに試してもらいます。
イニシエイターはインフルエンサーの意見、ユーザーの感想を踏まえてベンダーを1社に決定。見積書と提案書を添えて上司のディサイダーの承認を口頭でとり稟議を上申。ここで、ゲートキーパーが登場します。
「その会社は取引して大丈夫な会社か(倫理的に)?」「なぜ他社ではなくその企業を選んだのか? 」「データをあずけて大丈夫な企業か? 」「財務的に安全か(すぐつぶれたりしないか)」「それは今すぐ導入する必要はあるのか? 」など、さまざまな角度からチェックされます。この段階になると、プロダクトの内容ではなく企業そのものが見られます。
※Webサイトの企業情報コンテンツはしっかり作りこんでおきましょう。
上記のカスタマージャーニーをもとに、DMUメンバーがどの部署のどんな人たちで何を購買に際して気にするのか? マーケティング部門は、どのようなコンテンツをどのような型式で制作すべきかを、1枚にマップ化します。そうすると必要なコンテンツの種類がイメージしやすくなるでしょう。
実際のメンバー数は3人、5人、10人といろいろなので、標準的な数を想定しマップ化します。DMUメンバーが質問しそうなことに、答えるにコンテンツを用意し死角をなくすことが大切です。だれがどんな茶々を入れてくるだろうという発想が必要かもしれません。
コンテンツの種類、型式については、自社内のゲートキーパーに位置する部署の人に、何を気にするか、どんな資料なら納得するか聴いてみると早いでしょう。
ここでは、DMUの作成時に気をつけるポイントを紹介します。
中小企業には、社長の鶴の一声で発注が決まる会社も存在します。社長が門外漢の領域だと事業部長あたりがすべて決められることもあります。ベンダーから見ればビジネスを進めやすい案件のパターンです。
とはいえ経営者の場合、ディサイダーでありながら心の中にはゲートキーパー、ユーザーもいる多面的な性格を持っていることが多いので、それなりの種類のコンテンツは用意しておきましょう。飛び道具の紹介が得られるケースはのぞき、必要だと思います。
DMUに、外部のインフルエンサーの影響が及ぶことがあります。例えば、外部のコンサルタント、長年取引があり信頼されているベンダーの担当者、最近増えている社外取締役などが該当するでしょう。
表からは見えませんが、ダークソーシャルメディア(SNSの鍵垢、メッセンジャー、DMのやりとり、ビジネスチャットなど)でつながっているケースもあります。近年は、オンラインサロンが増えていますし、いろいろなジャンルの経営者コミュニティがあります。
クローズドな空間ではリアルな本音、評判が共有されます。そのような場でインフルエンサーの影響を受けている可能性もあるでしょう。
外部インフルエンサーには、営業担当者もアプローチできないのがやっかいです。とはいえそのインフルエンサーと利益相反しないのであれば、客観的な判断はしてくれるので、第3者から見ても説得力のあるコンテンツを用意しておくことが大事です。
企業には人事異動があります。決裁者はもちろん役員の入れ替えもありますし、経営者が変わる会社もあるでしょう。
BtoBとはいえ、発注にある程度の人の個性のタイプ、仕事のスタイルは影響します。企業自体も規模が大きくなるにつれて組織構造が変わり、発注のスタンスときにはカルチャーまで変わることがあります。ペルソナ、DMUマップは定期的に更新していきましょう。
営業する側にとって、決済者が課長一人、経営者一人ならラッキーですが、DMUは一定以上の規模には必ずといっていいほど存在します。しかも、大きな案件になればなるほど購買に関わる人の人数は増えていき、購買プロセスは複雑になります。
しかし、DMUメンバー全員に営業担当者がアプローチするのはかなり大変です。そもそもブランド企業でもないベンダーの担当が、内部のインフルエンサーに会わせてほしいと依頼しても、中の人は会いたがらないかもしれません。
だからこそマーケティング部門が、各DMUの各メンバーに向けたマーケティングメッセージを発信することが大切です。表には出てこないインフルエンサー、強力なゲートキーパーが納得できるコンテンツを作成しておきましょう。
マーケターはDMUメンバーに会うことはありませんが、彼らはコンテンツを読んでいます。表には出にくいかもしれませんが、そのようなコンテンツが営業案件の成約率をアップさせて収益を押し上げているのです。