アンカリング効果の意味とは?マーケティング担当者や営業担当者が知っておくべきこととは?

2022/06/10
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行動経済学という学問の分野をご存じでしょうか? 経済学に心理学的要素を取り込み、人間が必ずしも合理的には行動しないという点に着目することで、伝統的な経済学ではうまく説明できなかった、人間の経済行動をより実質的に捉えようとする学問です。

マーケティングや営業の分野でも昨今注目が集まっている行動経済学ですが、その中でも特にシナジーが高いとされているのが「アンカリング効果」と呼ばれるものです。

この記事では、パッと聞いただけでは分かりにくいアンカリング効果について、その意味や成り立ち、特徴を解説し、どのように企業のマーケティングや営業活動に活かせるかを紹介していきます。

アンカリング効果とは?

Anchoring in Negotiation

(出典:HubSpot)


アンカリング効果とは、認知バイアスのひとつです。人間がものごとを判断する際、一番最初に受け取った情報の一片(アンカー)のみに、その判断を大きく影響されてしまうという心理現象を指します。アンカー(Anchor)とは英語で「碇(いかり)」の意味で、人間の脳の性質上、どうしても最初に手にした情報が碇のように重くのしかかり、その後の判断が引きづられてしまうのです。

HubSpotによると、

”交渉におけるアンカリングとは、最初に提示された金額などの情報が交渉全体における判断の基準となることを指す。特に営業においては初回提示価格などがアンカーポイントとなりやすい。”

とのこと。

アンカリング効果は人が新しい情報を入手するときに発生しやすく、人はまず最初に手にした情報をアンカー(つまりはベンチマーク)とします。そして、その後に入手する情報は全て「最初の情報と比べて良いか悪いか……」と、アンカーを基準に考えてしまう傾向があるのです。

例えば、あるソフトウェアに対する価格交渉中、最初にオファーされた金額が高かったとしても、その金額はアンカーとして買い手の心理に深く刻まれます。

その後、値引き額がオファーされていくにつれ「元の金額(アンカー)から〇〇円も安くなったぞ。ここら辺が落とし所かな……」と判断し交渉を成立させたとしましょう。良い交渉ができたと思い、その後何気なく同様のソフトウェアの相場を調べてみると、成立した金額は相場の1.5倍ほどだったということも……。これがアンカリング効果です。

言葉の語源と発展の背景

cognitive bias

(出典:SlideShare)

アンカリング効果は、そもそも「アンカリング・バイアス」とも呼ばれ、「認知バイアス」のひとつです。認知バイアスとは、人間が物事を判断する際に、直感やそれまでの経験にもとづく先入観などが原因で、非合理的な判断をしてしまう心理現象のことをいいます。

認知心理学や社会心理学の分野で研究されていて、人間がその脳の性質上、犯してしまいやすい間違いとも言われています。

「アンカリング」という言葉を最初に使用したのは、精神物理学者であるMuzafar Sherif(ムザファー・シェリフ)氏、Daniel Taub(ダニエル・タウブ)氏、Carl  Hovland(カール・ホブランド)氏でした。

彼らが1958年に行った研究は、被験者にある物体の重さを予想させるというものです。予想の際に「アンカー」と呼ばれる数字を意図的に提示することで、予想値がその数字に近づくかどうかを調べたのが始まりとされています。

アンカリング効果についてはその後も研究がなされ、認知バイアスに関する研究の第一人者であるAmos Tversky(エイモス・トベルスキー)氏とDaniel Kahneman(ダニエル・カーネマン)氏は1974年、「不確実性下における判断 ヒューリスティックスとバイアス」という論文を発表しました。

このリサーチは高校生の集団をふたつのグループに分け、グループAには「1×2×3×4×5×6×7×8=?」という問題を、もうひとつのグループBには「8×7×6×5×4×3×2×1=?」という問題を、それぞれ5秒で答えさせるというものでした。

じっくり時間をかけて計算すれば、どちらの問題も答えは「40,320」です。しかし5秒しか時間がないので、よほど暗算が早くない限りほとんどの生徒は答えを「予想」するしかありません。これがこのリサーチのポイントです。

結果、グループAの平均予想値は「512」、グループBの平均予想値は「2,250」と、どちらも不正解なことはさておき、両者の答えには大きな差が生まれました。なぜでしょうか?

anchoring study

(出典:Nielsen Norman Group)

トベルスキー氏とカーネマン氏は、このリサーチで「人は最初にインプットされた情報に大きく左右された判断(例えそれが誤ったものでも)をしてしまう」という仮説に確信を持ちました。

つまり、最初のグループAは「1、2、3……」と小さい数字がアンカーとなり、小さい予想値を答えたのに対し、グループBは「8、7、6……」と大きい数字がアンカーとなったことで、予想値も大きくなったのです。

アンカリング効果の特徴とマーケティングへの応用

ここではアンカリング効果が人の判断に及ぼす影響の特徴を解説した上で、マーケティングに活かせるポイントを説明します。

避けることが難しい

heuristics

(出典:SimplyPsychology)

アンカリング効果は、避けることが非常に難しいとされています。これは他の認知バイアスでも言えることですが、人間の脳が「ヒューリスティクス」と呼ばれる思考プロセスを用いて問題を解決しようとする特性をもつためです。

心理学におけるヒューリスティクスとは、脳が負荷のかかる複雑な問題を自身の経験や直感、またはその場で入手可能な情報などを用いて簡潔に素早く処理しようとするプロセスのことです。意思決定のための「思考のショートカット」とも呼ばれます。

このヒューリスティクスがアンカリング効果を引き起こす事例でわかりやすいのが、「ガンジーの享年」です。ドイツの大学生を対象にした研究で、グループAには「ガンジーは9歳より長生きしたでしょうか? 」という質問を、もう一方のグループBには「ガンジーは140歳より長生きしたでしょうか? 」という質問をしたのち、両方のグループに「ではガンジーは何歳で亡くなったでしょう? 」という質問をします。

ガンジーが亡くなったのは78歳ですが、それを正確に知っている人は少ないため、やはりここでも脳は限られた情報の中から正解を「予想」しようとします。

ガンジーといえば上図のようなおじいさんの写真が印象的です。なのでグループAは「さすがに9歳よりは長生きしただろう」と、グループBは「140歳よりは前に亡くなっているだろう」と、それぞれ与えられた年齢を基軸(アンカー)とし、そこから自分の予想をなんとか調整しようとします。

結果、グループAの平均予想値は50歳、グループBの平均予想値は67歳と、この研究でも与えられた情報によって判断に偏りが発生してしまいました。

ヒューリスティクスはいわば、人間が進化の過程で何万年もの年月をかけて身につけた武器です。「明日から意識して使わない」というものではないため、アンカリング効果も同じく避けることが難しいとされています。

企業がマーケティングを行う上では、ターゲットがアンカリング効果を避けるのが難しいというのはプラスに働きます。どのような情報をアンカーとして提供したら、自社の望む印象をターゲットに抱いてもらえるのか、模索する上での指針になるのではないでしょうか?

アンカリング効果の持続性

非常に避けづらいアンカリングの効果ですが、実はその効果の持続性は長いとされています。ロンドン・ビジネススクール教授であり心理学者のThomas Mussweiler2001年の研究で、アンカリング効果は非常に強力かつ堅牢なものであり、一度心理にアンカーとしてセットされた情報の効果はたとえ時間が経ったとしても薄れるものではない、と述べています。

この研究では、被験者にある意思決定に関するアンカーとなる情報を与えたのち、あるグループにはすぐに判断を促し、もう一方のグループには1週間後に判断をするように指示をしたものでした。、その結果、驚くべきことに両者の判断は概ね同じような結果を残したのです。

もちろん、1週間の間にどのような情報に触れたかで結果に多少のズレは生じましたが、基本的に一度ある情報がアンカーとしてセットされると、それ以降に入手する情報はアンカーを支持(もしくは調整)する情報、もしくは判断に対して小さな影響しか及ぼさない情報として処理されてしまう、ということがこの研究によりわかっています。

マーケティングの観点で考えると、これは良くも悪くも「第一印象を覆すのは非常に難しい」という風に言い換えられます。アプローチの初期段階では、いかにして好印象のアンカーを植え付けられるのか、ということが求められるでしょう。

集団への効果

アンカリング効果は個人に対しても発生しますが、集団に対しても大きな効果を発生させます。

そもそも人間は、主に集団行動をとる生き物ですから、集団においても認知バイアスが発生しやすい傾向があります。有名なものは「内集団バイアス」「外集団バイアス」と呼ばれるものです。これらは自分が属する集団を「内集団」、それ以外の集団を「外集団」と定義し、自分の集団が多くの点で「正しい」もしくは「良い」と認識するという心理的傾向です。

このように内と外を差別する閉鎖的な環境は、集団内の情報の偏りを作りやすく、このような状況下にアンカーとなる情報がもたらされると、個人の場合と同様もしくはそれ以上に非合理的な判断を集団で行ってしまうこともあります。

例えば、かつて世界のフィルム産業を牽引していたコダック社ですが、カメラのデジタル化が進む中でその波に乗り切れず、2012年に破産法を申請、フィルム産業からの撤退を宣言することとなりました。その背景には、当時画質を後回しにし手軽なインスタント性を重視したデジタル化に対する企業としての拒絶があったのかもしれません。

マーケティング的な目線であれば、例えば自社を「高価格・高品質」と位置付けている企業に対して、その企業文化に沿うような情報を一番最初にオファーすることで、その企業全体からの信頼を勝ち得る大きなきっかけになることも考えられるでしょう。

マーケティングにおけるアンカリング効果の実例

初回提示価格と値引き

discount from original

(出典:AuthorityLabs)

BtoC、BtoBビジネスに関わらず、上図のような値引き額を強調する価格提示はよく見かけます。前項「アンカリング効果とは? 」で紹介したソフトウェアの価格交渉の例もそうですが、まず元となる価格を提示した上で、そこからの値引き額を提示するという例です。

このような広告を見た受け手は、まず元の価格をアンカーとして捉えます。前情報としてあらかじめこの製品の相場を把握していない限り、「この製品の本来の価格はこれくらいなんだ……。」と捉えるわけですね。アンカリング効果がうまく発生していると、受け手はその後値引き後の価格を見て「元の価格よりもこんなに安くなっている。お得だ。」と感じてくれるでしょう。

このとき、元の価格や値引き後の価格が同等製品の相場と比べて妥当であるかどうか、という難しい判断は先に説明したヒューリティクスによって後回しにされ、「通常よりも安く購入できる」という印象がより強く残ります。

特にBtoB企業の商談においては、製品購入時にいかに値引きをさせたかという事実は、購買担当者の社内での評価アップにも繋がります。マーケティングや営業担当者は、価格交渉時に初回提示額を高めに設定することがポイントです。

月額価格と年額価格

monthly vs annual

(出典:Venture Harbour)

上図のような価格提示を見たことはないでしょうか? 特にSaaS系のサブスクリプションサービスなどでよく見かける価格提示の手法で、月額価格を提示した上でそれよりも安い年額価格を提示するという例です。

上図では最初に1カ月単位での契約時の金額(14.99ドル/月)を提示した上で、1年単位で契約した場合の金額(12.49ドル/月)を提示しています。このような価格提示をすることで、受け手に1カ月単位の金額アンカーとして植え付けることができ、1年単位の金額は「1カ月単位の金額に比べて年間で約30ドルもお得なのか……。安いな。」と感じさせることができます。

1年単位の契約の総額である149.90ドルが小さめに提示されていますが、1カ月単位の金額がアンカーとして刺さっている受け手にとっては、149.90ドル/年という価格がこのサービスの相場や自社の予算と比べてどれほどであるかという問題は、重要度が下がっています。

もちろん1年を通して安定した契約を結ぶ方がメリットが大きいため、意図的に1年契約へ誘導する仕組みになっていますが、売り手としては1カ月でも契約が取れれば悪くはありません。

この手法の大きなポイントは、月額価格をアンカーとして提示した上で年額価格を並列で提示し、選択肢を2つに絞ることで、受け手に「すぐ止められるけど高い月額か長期間だけど安い年額か」で悩ませ、隠れた選択肢3「どちらも契約しない」を意図的に潰している点です。

価格知覚の操作

自動車のショップなどで、そのショップが取り扱う最高級車(恐らくは最も販売数が少ない車)が一番大々的に展示されているのを見たことはないでしょうか? 「販売数が多いモデルを展示すればいいのに……。」と感じるかもしれませんが、実はこれもアンカリング効果を狙ったマーケティング手法のひとつです。

先に説明した初回提示額からの値引きに似ていますが、例えば先に100万円の普通車を見てしまうと、単純に「このスペックでこの金額は高いな……。」と感じてしまうかもしれません。

ところが先に1,000万円の最高級車を見てから同じ100万円の普通車を見たらどうでしょうか? 「1,000万円の車は格好いいけどさすがに手が出ない、けれど同じ憧れのメーカーの100万円の車なら買いたいな。」となるかもしれません。

BtoBビジネスにおいても同様の手法が取れます。自社がもつ最高品質かつ最高価格の製品やサービスを前面に押し出すマーケティング・営業の手法をとって、その品質やこだわりについて買い手の共感を先に得ることができれば、その共感が買い手にとってアンカーとなります。

買い手の共感と信頼を勝ち取った上で価格や機能を抑えた製品をオファーすれば、「このメーカーの製品であれば」と購入を検討してくれる可能性が上がるかもしれません。

コア・バリューを押し出す

Core value

(出典:Venture Harbour)

マーケティングにおいてアンカリング効果を狙うには、なにも製品の価格操作だけがすべてではありません。製品のコア・バリューを前面に押し出すという手法も非常に重要です。

前項で紹介した自社の品質やこだわりを押し出すという手法にも似ていますが、買い手が自社製品を購入することで手にする「価値」を分かりやすく訴えかけることで、それに共感する層の、自社に対する信頼を得ることができます。

上図はBtoCの例ですが、この広告を最初に見た買い手は、Galaxy Note8を購入することで、これまで小さい画面ではできなかったさまざまなことが、その大きな液晶画面なら実現できる、ということを思い浮かべるでしょう。

この広告を見て「もっと規模の大きな作業を行いたい」と強く共感を得た買い手は、その後他社の製品を検討する上でも「Note8と比べて良いか・悪いか」で判断をすることになります。よほどのことがない限り、Note8が候補から外れることはないでしょう。

BtoBにおいても、例えば生産性のアップ、マネジメントの強化、組織の効率化など、ターゲットとする企業のコア・バリューが何であるのかを正確に把握し、それに対してアンカーを打ち込めるようなマーケティング施策を打ち出すことが出来れば、製品の受注率アップのみならず、ファンを増やし自社のブランド価値を高める効果も望めるかもしれません。

まとめ

「認知バイアス」と聞くと、人間が陥りやすい思考の欠陥といったマイナスのイメージを持ってしまうかもしれません。しかし、「直感や感情によって合理的な判断が歪む」というのは行動経済学において人間が有する自然な性質であり、マーケティングや営業において重要となる「共感」もそうした人間の特性があるからこそ発生するものです。

今回紹介した「アンカリング効果」ひいては行動経済学について理解を深めることで、買い手の感情に寄り添ったより効果の高いアプローチが期待できます。ぜひ自社のマーケティング・営業の活動に取り入れてみてください。

戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

著者情報 戸栗 頌平(とぐりしょうへい)

株式会社LEAPT(レプト)の代表。BtoB専業のマーケティング支援会社でのコンサルティング業務、自社マーケティング業務、営業業務などを経て、HubSpot日本法人の立ち上げを一人で行い、後に日本法人第1号社員マーケティング責任者として創業期を牽引。B2Bの中小規模企業のマーケティングに精通。趣味で国外のマーケティングイベント、スポーツイベント、ボランティアなどに参加している。

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