中国古代の武将・軍地思想家の孫武(そんぶ)が記した兵法書に、こんな一節があります。
「彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」
有名な言葉なのでご存知の方も多いでしょう。「敵情と味方の事情を熟知していれば、戦いに敗れることはない」という意味です。まさに、現代BtoBのマーケティング分析にピッタリな言葉ではないでしょうか。
マーケティング分析は市場や競合他社、顧客となる企業や自社の情報を整理し、マーケティング施策に役立てるための活動です。孫武の教え通りにあらゆる情報を熟知できれば、より効果の高いマーケティング施策を打ち出せます。
しかしながらマーケティング分析の手法は多く、必要に応じて最適な分析手法を選択しなければいけません。そこでこの記事では、マーケティングにおける基本的な分析手法をわかりやすく解説します。
「マーケティング分析に取り組みたいが具体的な手法がわからない。けれど、人に聞くのは今さら感があるしなぁ…」という方はぜひ参考にしてください。
「そもそもマーケティングとは何か?」というところから解説していきます。
マーケティングを簡単な表現で説明するなら「売れる仕組み、製品サービスを作ること」と表現することができます。あらゆる企業は製品やサービスを開発し、様々な経路でそれを販売します。その主たる方法は営業ですが、人の手や足で実施される営業には限界があります。人海戦術で営業マンを増やせば売上高も増加するでしょう。
しかしその一方で、営業マンの人件費や管理コストも増えるので効率良く利益が増えるかといえば、そう上手くはいきません。あるいは既に営業マン増員の欠点を痛感し、マーケティン分析へ取り組むためにこの記事にたどり着いた方もいらっしゃるでしょう。
こうした限界を突破するのがいわばマーケティングの役割であり、営業に頼らずとも製品やサービスが売れる仕組みを作るのが、マーケティングの理想でもあります。そして、マーケティング活動を支援する目的で、市場や競合他社、顧客となる企業や自社の情報を整理するのがマーケティング分析となります。
結論から言えば、BtoBにマーケティング分析が必要な理由は「潜在的需要を理解するために、あらゆる情報を整理する必要があるから」です。
個人の消費者なら、問題意識とニーズが1本の線のように繋がっているため潜在的な需要はあまり少ないのが実情です。例えば、「夏は家の中が地獄のように暑いから、エアコンを購入する」といった具合に、需要は顕在的でありシンプルです。個人消費なので難しい決裁プロセスを挟むこともありません。
一方、BtoBのターゲットとなる企業は複雑な決裁プロセスを必要とする上に、問題意識とニーズが複雑に絡み合い、企業自身「何が必要なのか?」をわかっていないことが往々にしてあります。業務改善、経営改善、売上向上などの課題をクリアするための問題も多いため、そこには潜在的な需要が多分に含まれています。
企業の潜在需要を理解するには市場の情報、競合他社の情報、ターゲットとなる企業の情報、自社の製品やサービスの情報、これらに加えて政治情勢や技術情報なども整理しなければいけません。あらゆる情報を整理し、企業の潜在需要を理解すること。これがマーケティング分析が必要とされる理由です。
マーケティング分析の重要性について解説したところで、今回のテーマである基本的な分析手法の解説に移ります。解説するのは以下7つの分析手法です。
いずれも基本的なマーケテイング分析ではありますが、市場や競合他社、顧客企業や自社などの情報を整理するのに大いに役立ちます。ひとまず、これら7つの基本的な分析手法を使って情報整理を行ってみましょう。
アメリカの経営学者であり現代マーケティングの第一人者でもあるフィリップ・コトラー氏が提唱した、「マクロ(巨視的)な環境分析のための手法」です。政治(Politics)、経済(Economies)、社会(Societies)、技術(Technologies)の4つの領域を分析することで、業界の近未来に起きる大きな影響を予測し、投資すべき市場や撤退すべき市場を見極めます。
市場シェアを高めるにあたり、自社の努力だけではどうにもならないマクロ環境が必ず存在します。これを味方に付けることはビジネスで極めて重要であり、国や地域によってマクロ環境は変化するものなので、PEST分析によって政治、経済、社会、技術といった情報を把握し続ける必要があるのです。
PEST分析は『【BtoB SaaS企業向け】PEST分析とは?マクロ環境の分析が大切な理由』にて、事例付きで詳しく解説しています。
PEST分析がマクロ環境の把握に注力するマーケティング分析だったのに対し、SWOT分析は内部・外部環境を入り混ぜ、新たな戦略を導き出すための分析手法です。内部環境である強み(Strength)と弱み(Weakness)、外部環境である機会(Opprortunity)と脅威(Threat)を4象限で整理します。また、これらの要素を縦軸と横軸に並べ、複合的な情報整理を行う手法を「クロスSWOT分析」と呼びます。
クロスSWOT分析
より深いインサイト(洞察)を得るにはクロスSWOT分析を活用するのが効果的ですが、まずはSWOT分析で情報を整理。さらに、PEST分析や後述する5 Forces分析を併用して内部・外部環境を詳細に整理することで、新たなマーケティング戦略を打ち出すための準備を整えます。
SWOT分析は『【BtoB SaaS企業向け】SWOT分析とは?内部環境と外部環境分析を行うことが大切な理由』にて、事例付きで詳しく解説しています。
5 Forces分析は文字通り「5つの力」を整理するマーケティング分析です。では、何に対する力か?それは「市場競争や自社の収益性」に対する力となります。
<5 Forces分析の「5つの力」>
5 Forces分析の良いところは「自社が置かれている市場の脅威を察知する」こと、「今後参入を予定している市場での勝率を把握する」ことという、2つのマーケティング分析を実施できる点です。
「5つの力」を整理すれば、市場競争を生き残るためのマーケティング施策、新規参入でシェアを勝ち取るためのマーケティング施策を効率良く考案できます。また、5 Forces分析の結果を製品やサービスの企画に落とし込み、市場需要に合致したビジネスを展開することも可能です。
5 Forces分析は『【BtoB SaaS企業向け】5Forces(ファイブフォース)分析とは?業界分析を行う基本フレームワーク』にて、事例付きで詳しく解説しています。
STP分析は各手法の中でも、最も基本的なマーケティング分析です。共通需要や属性情報などで市場を細分化するセグメンテーション(Segmentation)、細分化した市場にて優先順位を決めるターゲティング(Targeting)、市場におけるブランド・製品・サービスの立ち位置を明らかにするポジショニング(Positioning)で構成されています。
<セグメンテーションで活用する指標>
STP分析ではセグメンテーションがまず重要なので、主に上記4つの指標から市場を細分化します。昨今はインターネットの普及に伴い顧客需要が多様化しているため、セグメンテーションによって市場を細分化し、グループごとに個別のマーケティング施策を展開するのが効率的です。また、限られた資源を有望市場に投下するためにもSTP分析は欠かせません。
STP分析は『事業分析に欠かせない「STP分析」とは?実例と方法をご紹介』にて、事例付きで詳しく解説しています。
RFM分析は既存顧客に対するマーケティング手法であり、製品やサービスを購入した直近日(Recency)、頻度(Frequency)、累計購入額(Monetary)の3つを指標として、それぞれランク付けを行います。
<RFM分析の一例>
スコアリングによって既存顧客を優良顧客、通常顧客、離脱顧客のようにグループ分けし、個々に合ったマーケティング施策やクロスセル・アップセルなどを検討するのがRFM分析の役割です。
RFM分析は『RFM分析で顧客分析を行い優良顧客を見つけ出すには?』にて、事例付きで詳しく解説しています。
マーケティングの「4P」分析は、ここまで解説したマーケティング分析のアウトプットにあたる情報の整理です。製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、宣伝(Promotion)の4軸で情報を整理し、マーケティング施策の検討に活用します。「マーケティングミックス」とも呼ばれています。
これら4Pは企業がコントロール可能な要素であり、いくつかのマーケティング分析を通じて得られた結果から、市場に対して適切な製品、価格、流通、経路をブロックのように組み立て、より効果が高いと見込めるマーケティング施策を考案していきます。
マーケティングの4Pは『マーケティングの基本中の基本「4P」とは?BtoB SaaS企業も理解しておくべきその基本と事例を紹介』にて、事例付きで詳しく解説しています。
一方、マーケティングの「4C」分析では「顧客視点に立ったマーケティング情報の整理」を行います。自社の製品やサービスの顧客にとっての価値(Customer Value)、価格(Cost)、利便性(Convenience)、交流(Communication)の4軸で情報を整理します。4Pと同じようにマーケティング施策の検討に活用し、4Pと4Cを併用することでより具体的な施策へと落とし込めるのが特徴です。
4Cは「時代の変化によって通用しなくなった4Pに変わるマーケティング分析」と説明されることがありますが、両者の関係性は補完的なものです。4Pも4Cもマーケティング分析に欠かせない存在で、組み合わせてこそ効果を発揮します。
マーケティングの4C分析は『マーケティングの基本中の基本「4C」とは?その基本と事例を紹介』にて、事例付きで詳しく解説しています。
ここまで解説した7つのマーケティング分析は、「マーケティング施策を展開する前」に実施すべき分析手法です。あらゆる情報を整理して効果的なマーケティング施策を組み立てるための準備、とも言えます。
そしてここから解説するのは、デジタルマーケティングを実施するにあたり欠かせない分析手法です。手法、というよりはツールを使った分析が主となるので、完成されたフレームワークから如何に情報を汲み取り、デジタルマーケティングの現状をどう理解するかが重要になります。では、代表的な3つの分析手法を解説します。
Googleが提供するマーケティングツールの中で、最も代表的なツール。Google Analytics(グーグル・アナリティクス)が発行する追跡用コードをWebサイトに追加することで、トラフィックに関するあらゆるデータを取得できます。
<Google Analyticsで取得できる主なトラフィック指標>
Google Analyticsに蓄積した様々なデータを読み解き、デジタルマーケティング(特にコンテンツマーケティング)の問題やその原因、改善点、Webサイトの強みや弱みなどを把握してその後のマーケティング施策に活用していきます。
Google Analyticsはデジタルマーケティングにおいて基本中の基本であり、オウンドメディアを運営する場合は必須ツールとなります。使い方はシンプルなので、まずは難しく考えず触ってみることが大切。データの読み解き方は後々学んでいけば問題ありません。
Google Analyticsに並び、デジタルマーケティングやオウンドメディア運営に欠かせないのがGoogle Search Console(グーグル・サーチ・コンソール)です。主に、次のような情報を取得できます。
(出典:Search Console の Discover レポートに Chrome データを表示 Google検索セントラルブログ))
<Google Search Consoleで取得できる情報>
Googleは常に「ユーザーに有益な情報」が検索上位に表示されるようにアルゴリズムを改良しています。Googleの品質評価ガイドラインには、Webサイトの表示速度やユーザビリティに関する記述があり、Google Search Consoleを通じて得られる情報はデジタルマーケティングに大いに役立つものです。Google Analyticsと合わせて活用していきましょう。
Google AnalyticsとGoogle Search Consoleは、Googleが提供する無料ツールです。様々な情報を取得できる反面、ツールが分断されているためアプリケーションの行き来に手間がかかるという、ちょっとしたデメリットもあります。
(HubSpotのウェブサイトアナリティクス画面)
一方、HubSpotなどのSaaSを中心としたWebトラッキングツールの場合、有料ではありますが機能ごとの分断がないので効率的に利用でき、次のような機能でマーケティング分析を助けてくれます。
Webトラッキングツールによって提供する機能は多種多様なので、上記はあくまで参考です。有料ツールを活用するメリットはやはり効率が良いことと、Googleの各種ツールでは把握できない情報まで得られる点になります。
BtoB顧客の購買プロセスは、個人消費者のそれと比較して複雑かつ長期的です。しかし、だからこそデジタルマーケティングによって購買プロセスに介入する余地があり、「営業要らずの売れる仕組みを作る」というマーケティングの理想を実現できます。
マーケティング分析に限らず何事も基本は大切です。この記事で解説した基本的手法を丁寧に実施し、あらゆる情報を整理することで「成功するマーケティングのための基盤を作る」と考えてください。マーケティング分析によって整理した全ての情報が、顧客数のアップ、収益のアップ、市場シェアのアップなどビジネスの成功へと繋がっていきます。
営業に限界を感じマーケティング分析に取り組みたいという場合は、まず7つの基本的な分析手法を押さえましょう。難しく考えず、目の前の情報を整理し、マーケティングを組み立てていく。このプロセスを「楽しい」と感じられれば、あなたは立派なマーケターであり、貴社は立派なデジタルマーケティング企業と呼べるでしょう。