BtoBマーケティング部門に携わる方々は、各施策ごとに数多くのKPIを設定して仕事に取り組んでいるかと思います。しかし、BtoBマーケティングには様々なチャネルが混在するため部門としての数値設定を個々の施策に落とし込むKPI設定はなかなか難しいところがあるのではないでしょうか。
マーケティング部門は売るための仕組みを構築し、社内のさまざまな部署に働きかけて施策を進めます。しかし、BtoCとは異なり最終的な売上を営業部門に依存するため、実質的な貢献度や施策ごとの有効性が見えづらいポジションであり、その側面が目標数値の設定をさらに難しくしています。
仕事をする上で、組織の目標と自分の業務の目標を体系的に位置づけられることはとても重要です。今回は、BtoBマーケティング部門のKPI管理の基本について解説します。
KPIとは、Key Performance Indicator(重要業績評価指標)の略語であり直訳すると「鍵となる活動指標」となります。KGIとはKey Goal Indicator(重要目標達成指標)であり、ゴール・目標に相当します。
簡単にいえばマーケティングにおけるKPIとは「KGI=目標」に最短に到達するための指標。中間地点(各プロセスごと)における達成度合いを決めて計測することで、目標に向けて正しい方向に進むことを目的とします。
BtoBのように目標が大きく、関わるメンバーも多い場合、各々の仕事は細分化されて割り振られるもの。複雑な工程になるため各工程にKPIを設定して、何をどの時点までに達成していれば最終目標にたどりつけるかを関係者が認識することが重要です。
企業内では役職によってKGIとKPIが以下の図のように設定されます。一般にピラミッド型組織では、部下のKGIが上司のKPIとなり、上司のKGIはその上司のKPIとなるように体系立てて設定されます(なお、世界でも日本でも多くの企業はピラミッド型組織ですが、IT業界などで最近増えてきたホラクラシー組織ではもっとシンプルになります)。
ピラミッド型はいわゆる縦割り組織。長所としては各メンバーが指示と限定された裁量権のもと自分の目標に集中できます。一方、企業全体の目標、方向性までを視野にいれず近視眼的な動きをしやすい弊害もあり、局所的な最適化を進めてしまうセクショナリズムに陥りやすい組織形態でもあります。
ゆえにマーケティング担当者が仕事に取り組む際は、少なくとも「組織全体のKGI=売上目標」と「自部門の上司のKGI」は視野に入れて、自分のKPI達成に向けて集中することが望ましいでしょう。結果的に企業が求める成果につながりやすくなるはずです。
BtoB・SaaS企業でもKGIやKPIの設定の仕方に苦戦をする企業が多くあります。そもそもウェブサイトにトラフィックが十分無かったり、リード創出数がない状態で問い合わせ数を指標においてしまったりということがよくあります。
自社の成長のフェーズに合わせた現実的なKGIやKPIの定義を作るべきででしょう。また、半期に一回や一年に一回、KPIやKGIの定義を変更するなどが大切です。
マーケティング部門のKGIは、商談創出数、リード創出数などが一般的です。BtoBで直接売上げを上げるのは営業部門ですが、より高度なマーケティング部門になると、KGIをマーケティング活動によって生み出したとみなす売上高や利益に設定する場合もあります。
SaaS企業のマーケティング部門のKGIは、Marketing Influenced MRRやMQL創出数、リード創出数など、前述したように組織状態や企業自体の成長段階によって異なります。いずれにせよ、営業部門との折衝を行い、彼らのKGIである売上から逆算して設定しましょう。
たとえば、マーケティング部門が創出する商談数はKPIツリーを描き、売上から逆算。各施策ごとのKPIも同様です。そうするとKPIツリーを描く時点で実現の可能性も踏まえてどの施策に現時点で力をいれるべきで、中長期的に何をすべきかが把握できます。
例:
もちろん、相互の施策が影響しあうので完全にわけられるわけではありませんが、プロセスごとの基準値や達成度合いが明確になることで、施策の実行がスムーズになります。下記例では目標数を逆算しており、逆算を行うことによってプロセスごとにどのような施策を行いKPIを設定すべきかを理解しやすくなります。
例):
ここでは具体的にどのようにBtoBマーケティングの施策ごとのKPIを設定すればよいかを、2つの購買プロセスモデル「パーチェスファネル」と「フライホイール」を用いて解説していきます。
パーチェスファネルとは、顧客が商品・サービスに関心をもつ段階~購入を決定するまでの心理・行動プロセス。以下のように漏斗(じょうろ)のような逆三角形の図形で、TOFU、MOFU、BOFUと3段階にわけて表したものです。
(パーチェスファネル)
TOFUとはTop of the Funnelの略で見込み客の購買プロセスの最初の段階であり、興味・関心をもってもらうステージのことを指します。
TOFUのコンテンツはあくまでも知ってもらうこと、気づきを与え、何かしらの興味・関心を持って頂くことが目的。施策でいえば以下が該当することが多いです。
いきなりTOFUの段階でセールス色を出してしまうと、多くの見込み客は気持ちが引いてしまいます。見込み客の目的はリサーチであったり、勉強であったりさまざまですが、ごく一部の急いで検討している層以外は強い関心は持っていません。あくまで関心を惹きつける施策、コンテンツを提供することがポイントで、製品サービスに直接的に関連していない情報が主体になるのがTOFU施策での特徴です。
KPIも実際の申込数ではなく、いかに多くの見込み客に情報を届けているかを示す数値となります。
一般的にはSaaSの価格設定は3つの種類があり、安・中・高という”松竹梅”形式を持っています。また、それだけではなく無料ツールや廉価版製品を無償開放している場合も。そのような場合、無料サインアップで獲得した企業情報をTOFUのKPIと設定することもあります。
MOFUとはMiddle of the Funnelであり「ある程度の情報を得た見込み客が自社の課題を認識し、購入を検討し始める段階」です。自社サイトに複数回訪問して「事例ページ」「よくある質問コーナー」「価格ページ」などを熱心に閲覧しているユーザー層が相当します。
MOFUの施策には導入事例、ホワイトペーパー・セミナー/ウェビナー・自社カンファレンス・ユーザ―コミュニティサイトへの招待などがあります。基本的にはTOFUの延長で継続して顧客に価値のある情報を提供し続けていきます。MOFUの見込み客にはWebサイトに公開していない事例やより専門的な情報を提供しましょう。
MOFUのKPIは、見込み客の関心度が高まっていることを示すアクションが中心となります。
先述の無料サインアップで獲得した企業情報がTOFUのKPIになるのであれば、MOFUでのKPIは無料サインアップ企業からの問い合わせや見積もり依頼などと設定することもできます。
また、二次指標的な扱いとして無料サインアップをした人が、MOFUに転換するまでのコンバージョン率などもナーチャリング施策のKPIとして定点観測することを忘れてはいけません。
BOFUとはBottom of the Funnelの略であり「顧客となる直前の段階」を示します。BOFUの見込み客に対しては、購買の決め手になるような情報を提供していきます。あるいはマーケティング部門から営業部門に引き継ぎ、営業部門が直接アプローチを行ってもらうケースもあるでしょう。
営業部門に案件を引き渡した場合でも、営業部門が迅速に対応できないこともありえるため、その後も情報を提供し続けます。BOFUのKPIは、実際の申込数や営業パーソンの商談率などが該当します。
「フライホイール」とは、HubSpot社が2018年に上記ファネルにかわるモデルとして提唱した循環型のフレームワークです。背景にあるのは顧客の購買プロセスの変化です。
現代の買い手は、何かに興味を持ったら、まずWeb上の様々なメディア・SNS・レビューサイトなどから情報を入手することが多く、売り手が発信する情報に加えて第三者からの情報も積極的に摂取します。
また、企業のビジネスモデルも大きく変化をし始め、SaaSなどを代表するように買い切り型ではないサブスクリプションモデルの事業が増加。結果的に、売り手は収益を安定的に上げるために、買い手に製品サービスを継続的に利用してもらう必要が高まりました。
これら買い手と売り手の変化により、商品・サービスを既に購入したあと顧客の状態も、新規顧客と同様に収益に大きな影響を与えるようになりました。
つまりフライホイールは、成約して終わりではなく、商品・サービスの満足度を高め、利用を継続してもらい、結果的に収益を循環させるためのモデルということが分かります。
フライホイールに沿ってマーケティングを行う場合、施策は「Attract(引きつける)」「Engage(信頼関係を築く)」「Delight(満足させる)」の3段階に分けられます。
(画像出典:HubSpot)
KPIの例は以下の通りです。ちなみに、こちらのフライホイールでのKPI設定は、SaaSが前提になっている色合いが強いため、自社のビジネスモデルがSaaSではないのであれば異なるKPI設定を行う必要があります。
繰り返しになりますが、こちらのKPI設定は、サービスを長期に活用し続けてもらことが収益につながるSaaSなどのサブスクリプション型ビジネスモデルに、とくに適しているといえるでしょう。
ここではマーケティングKPIを達成できないありがちな理由と、達成するために必要な考え方、フレームワークを紹介します。
マーケティング施策の初期段階に商品・サービスごとに顧客像(ペルソナ)を設定する必要があります。ここをあいまいにすると、いかにKPIの数値を達成してもKGIが達成できない現象が起こりやすくなります。
たとえばオウンドメディアで読者は増えたものの単に不特定多数の人に「知られるだけ」で終わってしまい「成果なし」と判断され、メディアをクローズせざるを得ないといったことが起こります。
ブランディングを目的とする場合は問題ないのですが、短中期的な売上につなげる目的であれば「本当に情報を届けたい人」を明確にしてから発信する必要があるでしょう。
ペルソナ設定には以下の手法があります。
1~4の情報をもとにマーケティング部門で協議して決めていきます。とくに顧客インタビューが有効です。営業部門やカスタマーサポート部門のメンバーでも顧客の意見や要望をすべて知っているわけではありません。
アンケートでも傾向はわかりますが、顧客の深い意見まではつかめないところがあります。優良顧客からのインタビューは自社商品・サービス長所や短所、予想外の位置づけがわかり有効です。
KPIの構成要素は以下の通りシンプルです。
KPIはKGIであたる売上目標、利益目標などの「成果を上げるカギになる指標」であって目標ではありません。施策ごとに非常に多くのKPIが設定されることもありますが、パレートの法則にのっとり、KPIの中でも「結果を出すために本当に重要な指標」と「それ以外の傾向値を見る指標」と切り分けて、俯瞰した捉え方をすることが大切です。
BtoBビジネスは顧客の検討期間が長く、かつ取引も長期化するため1年~3年後にどの程度売上規模が大きくなるかは初年度ではまずわからないもの。むしろ、初年度はトライアルという意味もあり、小さな取引からスタートするケースが多くなります。
そのため、まっとうなKPIを設定して達成したのに真の貢献度が表に出にくいところがあります。また、KPIを達成しても営業部門やインサイドセールス部門に期待どおりに動いてもらえないこともあるでしょう。KPI設定時点で、営業部門が動けるキャパシティを把握していなかったり、案件のレベルについての合意ができていないときによく起こりがちです。
そのため、KGI、KPI設定時点から営業部門とのすり合わせを行い、マーケティング部門が貢献できる範囲を理解してもらい現状に即したKPIを設定することがポイント。解決策として両部門でSLAを締結する方法がありますが、なかなか有効です。また、「社内営業力」も重要になります。
もっとも営業部門は売上につながることであれば歓迎するもの。ペルソナ設定、KPI設定時点から営業部門と足並みを揃え、マーケティング部門の施策が営業パーソン一人ひとりの成果を支援する役割であることを理解してもらう努力をしましょう。
KPIを設定したらやり切ることが大切です。マーケティング施策を計画し、実行し、途中で計測したKPIで状況を把握し、もし予定どおりの数値を達成できない場合、改善を行いながら目標達成に向けて取り組みます。
(PDCAサイクル)
PDCAを回すといわれるように、PDCAに終わりはなく常に数値の変化を捉えてよりよい打ち手をとっていくことが重要です。
なお、平時においてはPDCAで十分ですが、コロナウイルス感染症のような想定外のことも起きるご時世です。念のためOODAループ(ウーダ・ループ)も押さえておくことがおすすめです。
OODAループは米国空軍が、テロが起きた際などに現場で正しい判断が行えるように編み出した思考プロセスであり、観察(Observe)→情報分析(Orient)- 意思決定(Decide)- 行動(Act)をループさせます。これまでの前提が覆るような変化が起きた際に経路依存性に陥ることなく冷静な判断をするために有用です。
マーケティングで成果を上げるためには目標(ゴール)が明確でなければなりません。そして、最短で最大の効果を出すためには回り道せずに正しいルートを選ぶ必要があります。
目標を達成するためにまず定量的なKGIを設定し、KPIツリーを描きながらゴールから逆算したKPIを体系的に設定しましょう。誰が見てもわかりやすい数字による地図ができあがれば、目標達成までの工程が明確になり実現可能性が高まるでしょう。