AmazonのAWSでは、AIやブロックチェーンという用語を意識的に使っていないそうです。多くの人々はSF映画などを見て「AIが世界を征服するのではないか」と恐れているかもしれませんが、Amazonが機械学習で目指しているのはそういうこと(世界征服)ではなく、……という趣旨のようです。
世界征服とまではいかなくても、AIに限らず先端テクノロジーの世界では、スーパーな魔法の杖のような印象をもたらす用語が多い気がします。例えば「仮想通貨」といわれても、役立つより怪しい印象があるのが正直なところではないでしょうか?
マイナスな印象だけでなく、実態以上にポジティブに用語の字面だけで誤解されるケースも多々あります。AI(いわゆる機械学習を使った機能)、SaaS業界いえば「マーケティングオートメーション」などはその筆頭で、いかにも自動的に最適なマーケティングをツールが行いそうな感がありますが、かなり違うのはご存知のとおりです。
せめられるべきは業界のベンダーなのかもしれませんが、ベンダーはベンダーで顧客のITスキルを過大評価しがちなので、どうしてもギャップは起きるのではないかと思います。発注企業側としても、発注リテラシーを高めておいたほうが安全です。
本記事では、筆者がマーケティング支援業務をしていて特に勘違いが多いと感じる、マーケティングオートメーションの「リードスコアリング機能」について解説します。
リードスコアリングが役に立たないというわけではありません。リードスコアリングが必要な企業と必要でない企業があるという趣旨です。今回は、リードスコアリングの本質と企業が勘違いしやすい点を理解していただければ幸いです。
リードスコアリングとは、マーケティングオートメーションなどに搭載される「リードの行動を数値化し、有望見込み客を抽出するスコアリング機能」をさします。
ちなみに、リードとは「製品・サービスに関心を示し、何らかの個人情報(メールアドレス、氏名等)を提供してくれた見込み客」のことです。いわゆるMQLに近しい見込み客のことを指して言及されることが多くあります。
MA(マーケティングオートメーション)を活用している場合は、個人情報とWeb閲覧履歴などオンライン上の行動もトラックし数値化します。
例えば、展示会で名刺を置いていった竹下さんは、たびたびWebサイトを訪問し事例ページや価格ページを見ている。竹下さんの会社は従業員300名でちょうどうちのSaaSを活用する企業に多い規模、しかも竹下さんは課長さんだから決裁権もある=スコア70点という具合に、システムが自動的に数値を出します。
自社なりの基準で竹下さんは70、Bさんは55、Cさんは40点とスコアリングでき、そのスコアをもとに有望リードと認定し営業部門に引き渡したり、ウェビナーを案内したりしながら継続して信頼関係を醸成したりなど、個別にパーソナライズされたマーケティング施策を行えます。
このように、広くリードを集めて絞り込んで営業案件を創出していく業務を「デマンドジェネレーション(需要創出、案件創出)」と呼びます。海外では、マーケティング部門によるデマンドジェネレーションが進んでおり、その過程でリードスコアリング機能もかなり重宝されてきました。
デマンドジェネレーション
(画像出典:Lead Boxer)
マーケティング部門は営業とは異なり、直接見込み客と接触することはあまりありません。リスト購買などが可能で、大量のコンタクト情報から精度が高く、かつ効率的にリードを選別する手段が必要であり、その手段としてリードスコアリング機能は有効だったのです。
また、日本とは異なり、欧米企業はマーケティング部門が強く、営業部門が実行部隊の要素がつよいのもひとつの理由です。営業部門がゼロベースから営業戦略をたてずとも、マーケティング部門が戦略をたてて案件創出し、営業部門に引き渡すので営業部門は売ることに専念できます。
インターネットが普及し、見込み客の行動がデジタル化してからは、ますますその傾向が強くなりました。Gartnerの2019年の調査によると、最も成功しているB2Bマーケティング組織では、案件の60%をマーケティング部門が調達し収益に貢献しています。
一方、日本は会社内で営業部門が強い企業が大多数です。そもそもマーケティング部門がない企業も少なくなく、存在する場合もわずかな人数であったり、広告宣伝、販売促進などに特化していたりします。それゆえに多くの場合、マーケティング部門は「コストセンター」と位置づけされています。
マーケティング的な仕事はむしろ、営業企画部、営業統括部、経営企画部という名称の部門、あるいは営業本部が直で担ってきたケースも多いでしょう。これは良い悪いではなく歴史が違うという意味です。
YKK株式会社の吉田社長が米国留学した際に、かのPhilip Kotler(フィリップ・コトラー)氏から以下のように聞かれた逸話があります。
「日本には米国以上にマーケティングの実践がある。なぜここでマーケティングの勉強をするのか」
マーケティングという名称を使わずともマーケティングしていたからこそ、一時期はジャパンアズナンバー1と言われるほど、世界に日本製品を広げたのだと思います。しかし、吉田社長の返答にもあるように、その営みが再現性の高い仕組みとして体系化されてはいなかったかもしれません。
話を戻すと、米国企業はマーケティング部門の力が強く、マーケティング部門が主導して営業部門と連携し、デマンドジェネレーションを実行しやすい組織体制、風土があります。雇用体制も日本とは違いジョブ型なので、マーケティング部門にはさまざまなマーケティングの専門職(プロ)がおり、マーケの知識はもちろん、最新マーテック類も使いこなせます。
一方で日本の場合、マーケティング部門に限りませんが、プロフェッショナルが最初からいるのではなく、新卒で配属された人や違う部署から異動した人が、ゼロベースから業務の知識をつけていきます。
マーケティング部門が主導して営業案件を創出してきた歴史もなく、部門内にノウハウもあまりありません。さらに、収益を稼ぐ部署として認識されていないので、社内での立場が強くないケースが多く、営業部門との連携があまりスムーズにいかない課題を抱えている企業が多いのが現実です。
リードスコアリングに近い概念は、むしろ営業部門で行われるABC分析、そして現場の営業マンの個々の胸のうちにあったのではないかと思います(スコアリングまではしていなくても)。
しかし、ビジネスがデジタル化した昨今、Webから流入するリードのほうが大量になりつつあります。そこからリードをしぼりこんで案件化し、売上げにつなげていく業務を担当するのは、やはり売る仕組みを作るミッションを持つマーケティング部門が適任でしょう。そもそも営業部門にとってはあまりに業務負担が大きく、実質不可能と思われます。
リードスコアリングとは、自社で抱えているリードを分類し、数値で有望リードをランクづけする機能です。一般に顧客企業の属性、取引担当者の属性、オンライン上の行動などをもとに数値化します。ただし、このスコアリングの基準は、あくまで「自社にとっての有望なリード」なので、どの特徴をハイスコアにするかは自社基準です。
つまり、以下のようなスコアリングの基準がきちんとしていないと、そもそもスコアリングは成立しないということが裏返して言うことができます。
BtoBの場合、顧客企業の属性はきわめて重要です。そもそも対象業界ではないリードの場合、相手がエクセレントカンパニーでも受注は難しいケースが多いでしょう。
そして企業規模も重要です。自社がSMB向けの製品・サービスを提供しているのであれば、名だたる大手企業のリードであってもハイスコアまではつけられません(将来的な有望見込み客になる可能性がありますが)。その逆もしかりです。
例えば、都心部で中堅・中小建築業界向けのSaaSを提供している場合、以下のようにスコアリングできます(情報入手元はWebサイトの問い合わせフォーム等)。
例:
取引担当者の属性は、相手が決裁者もしくは決裁者に影響を与える人物かどうかが重要です。決裁権のありそうな人物をハイスコアにします。
例:
※決裁者は課長でも若手社員がリサーチからベンダーの絞り込みまで行うことがあるため、一般社員にもスコアリングします。
デジタル活動とは、公式HPや企業ブログ、企業SNS上でのリードの行動、メールマガジンに対する反応などオンライン上の行動によってリードのエンゲージメント(製品・サービスに対する思い入れ度合い)をスコアリングすることです。
マーケティングオートメーション(MA)やCRMのオプション機能を活用して自動的にスコアリングできます。
例:行動によるスコアリング
このようなデジタル上の行動スコアリングも、企業属性、取引担当者属性が前提にあってはじめて意味を持ちます。
なぜならその前提がなければ、ライバル企業のリサーチ、学生の勉強目的のリサーチ、フリーライターの情報収集などを高スコアにしてしまうからです。
ここまでのデータ整備や、データを蓄積するためのデジタル上のコンテンツ(ブログ等)をお持ちであれば、スコアリングを利用する価値はあるかもしれません。しかしながら、ほとんどの企業がその準備や前提を満たしていない状態ながらも、リードスコアリングやマーケティングオートメーション(MA)の幻想に囚われています。
では、リードスコアリングを活用する前に、自社に問いかけるべきことは具体的にどのようなことがあるのでしょうか。
リードスコアリングは、適切に活用すれば非常に役立つ機能です。しかし、リードスコアリング機能を使いこなすには、いくつか前提条件があります。
リードスコアリングとは、そもそもリードが大量にある企業が活用するツールです。筆者の感覚ですと、数千件以上のハウスリスト(もちろん状態もありますが)がないと、活用する意味がないかもしれません。それ以下であれば、営業担当者何名かに振り分けても、十分対応可能と考えることができるからです。
前提として、リードを集める仕組みができていることが必要(リードジェネレーションができているか)です。リードを集めるには、自社の有望なリードの基準もしっかり把握する必要があり、ペルソナをしっかり作成するのが重要です。
リードを集めるためには、以下のようにさまざまな施策があります。すべてを実施する必要はありませんが、リード不足ならまずリードを増やすためにいくつか実施していきましょう。
注意しなければいけないのは、ただ単純に量を集めればよいわけではない点です。オンライン上では数だけ集めるのは比較的簡単なのですが、きちんと自社ペルソナをねらって訴求しないと、見込み客にならない層が大量となり、労多くして報われずになってしまうからです。
上記のような施策でリードを集めることができたとします。ペルソナ設定がしっかりしていれば質もそれなりに担保されているとしましょう。
ここでもう一つ大事な点は、集めているデータが共通のルールを持って集められているか、つまりデータマネジメントができているかです。
具体的には、データの入力の基準の統一、スコアリングに利用するデータ項目の定義が必要です。そうしないとツールはデータを正しく判別できないからです。基本的なことですが、以下のような点が統一できているかから確認しましょう。
リードスコアリングは自動的に行うものです。リードスコアリングだけでなく、オンライン上のデマンドジェネレーション自体、自動的に行います。一連の作業を自動化するためには、データの入力形式や、データの名称の定義を決めておかないと、すり合わせが非常に難しくなり、せっかく集めたデータが使いものになりません。
たとえば、企業の問い合わせフォームも自由入力にすると、後々、マーケティングオートメーション(MA)やCRMなどで活用する際に連動させるためにかなり労力を有します。
リードスコアの重要な指標、役職一つとっても自由入力欄だけだと課長補佐、所長、副所長、ディレクター、次長など多種多彩な役職名が登場します。最初に役職項目を「役員」「ゼネラルマネージャー」「マネージャー相当職」「一般」と分けてプルダウンで選択してもらうと、後々のツール類との連携がスムーズです。
データの入口のところからデータマネジメントをしっかり行う必要があります。
見込み客の関心度が、時間とともに変化するのはご存知の通りです。以下のファネルのように、最初の興味・関心のステージから比較検討のステージへとうつっていきます。
(ファネルの図)
なぜ、リードライフサイクルを定義する必要があるかというと、どの行動がどのステージのものかわかって初めて、適切なスコアリング設定ができるからです。
たとえば、前職の経験をもとにすると以下の行動などが目安となります。
例:
このような認識があれば、単純にWebからの資料ダウンロード=10とするのではなく、入門ガイドのダウンロードは3、事例のダウンロードは10とするなどリードの関心度の強さに比例したスコアリングが可能です。TOFU、MOFU、BOFU向けのコンテンツを最初から用意することもできます。
インサイドセールス部門は、マーケティング部門が集めたリードを育てて、営業に引き渡す重要なポジションです。
インサイドセールス担当者が、問い合わせ客の中からリードスコアがある一定以上のリードにアプローチし、信頼関係を作りながら製品・サービスへの関心を高めてもらいます。
インサイドセールスは、外出するわけではないので1日6件以上の商談が可能なケースも珍しくありません。中にはアポイント担当部隊が初期の接点を作るケースもあり、その場合1日に10件以上商談できます。
しかし、そもそもインサイドセールスはそれだけ活動できているでしょうか?
「リードが足りない」という声は少なくありません。リードが足りないのでテレアポ部隊と化しているケースすらあります。あるいは、ひとつの製品・サービス専用ではなく、いくつもの製品・サービスを担当し、アポ数が多いところに都度応援にいくような状態の企業もあります(逆に言えばリードの少ない製品・サービスがあるからです)。
何が言いたいかというと、リードスコアリングで絞り込むほどリードが潤沢にある企業はきわめて少ないということです。リードが常に生まれていなければ、インサイドセールスはあっというまに暇になってしまいます。リードスコアリングを活用する前に、リードを増やさなければいけないのです。
マーケティングツールによってリードスコアリングの設計方法は異なります。ここでは、代表的なツールのリードスコアリングの例を6種類紹介します。
Lead Pilotとは金融業界向けインバウンドマーケティングツールです。顧客は個人で活用するのは金融商品を提供する企業の金融アドバイザー(インバウンドマーケティングスタッフ担当者たち)です。
Lead PilotのAIを用いた独自のアルゴリズムを用いてリードをスコアリングしますが、仕組は以下のとおり比較的シンプルです。
たとえば、リードのオンライン上での行動を以下のように加点すると設定できます。
リードスコアリングの例(図)
リードの総得点=62点
メロディオのリードスコアリングマトリックスは、以下の2種類のスコアに基づいています。
PAINスコア:PAINスコアは、クライアントが直面している問題やペインポイントの強さを表しています。0(問題を抱えていない)から10(その問題はリードにとって非常に切実であり、すぐに解決策を必要としている)までのスコアを設定できます。
FITスコア:FITスコアは、ユーザーが自社のバイヤーペルソナや理想の顧客に、どれだけ近いかを表します。たとえば、リードが貴社のソリューションを手に入れ、それを効果的に適用するための経済的リソースを持っているかどうかを表しています。
リードスコアは、PAINスコアとFITスコアの合計で決まります。スコアによってコールド、ウォーム、ホットに分類したり、マーケティング部門が対象にするリード(MQL)、営業部門が対象とするリード(SQL)かを決めたりすることができます。
リードスコアリングの例(図)
では、人口統計学的パラメータとリードの行動パラメータに基づいて、リードスコアリングを設計しています。
Behaviour(行動パラメータ)の例:Webサイト上での行動をもとに非アクティブ、あまりアクティブでない、アクティブ、非常にアクティブの4種類に分類。
人口統計学的プロファイル:
資料をダウンロードした際に減られるプロファイル(所属企業の業界、規模、本人の役職等)によって、不明(十分なデータを持っていない人)、不適当な人、リードに適格、非常に適格、の4種類に分類。
この掛け合わせによりリードは16種類に分類できます。さらに、温度感をカラーで表すことでコールドリード、ウォームリード、ホットリードが すぐ判別できます。
リードスコアリングの例(図)
Sliverpop社のシステムは、興味の指標と適性の指標をかけあわせてリードを16種類にあてはめ、最終的に以下4種類に分類します。
リードスコアリングの例(図)
Business2Communityでは、B2B向けのリードスコアリングモデルを設計しています。以下のリードの以下4種類の質問をして得た回答をもとにスコアリングします。
その上で4種類のポイントを付与します。
役職は偉いほど高く、対象業界は自社製品・サービスを売り込むべき部署に該当するほど高く、企業規模も自社製品・サービスを受け入れるクラスに近いほど高くできます。
大手企業向けの製品・サービスか、中小企業向けかで当然ベストアンサーの規模は違います。人事向けのサービスか経理部門向けのサービスかによっても異なります。
リードスコアリングの例(図)
HubSpotには、何千件ものデータを機械学習した、予測型リードスコアリングモデルがあります。スコアリングシステムは自動化されているため、リードの行動によって随時数値が更新されます。
1リード1スコアではなく、リードごとに異なるスコアシートを作成することもできます。一人のリードがさまざまな業界や国などに進出している場合に、それぞれのケースおいてのスコアリングが可能です。HubSPotでは、最大25のリードスコアリングモデルを用意しています。
引用画像
リードスコアリングに限らず、もっと言えばマーケティングの世界に限らず、日本のビジネストレンドは、欧米先進国のトレンドを追うかたちで新しい概念、システムを導入する傾向があります。
上手くいくことも多いのですが、前提となるビジネス慣習、カルチャーの違い、英語から日本語に訳されるときの意訳などで、過剰な期待をされるツールや機能が多いのも事実です。マーケティングオートメーションのリードスコアリングは、その代表的な例と言えるでしょう。
リードスコアリングは素晴らしい成果を出すのに役立つ機能です。ただし、リードを生み出す仕組みを持っていること、リードのライフサイクルが定義できていることが必須条件です。
実は筆者の経験では、リードスコアリングを必要な企業はほとんど見かけません。この前提条件をすべてクリアしているような企業は見たことがないからです。御社は本当にリードスコアリング必要でしょうか? 現状、本当に無駄な機能と、勘違いが起きている可能性があるので一度チェックすることをおすすめします。