「売上げがある程度安定してきたら、既存顧客との関係性を重視し安定した経営戦略へシフトする」
このような考え方は大切ですが、それにより新規取引先開拓が疎かになる、事業成長が成長が止まる、予期せぬことで既存顧客を失った際に経営が傾いてしまうなどの危険性が高まります。
特にBtoBビジネスにおいては、市場環境の急速な変化や競争の激化により、継続的な新規顧客獲得が不可欠です。これは、BtoB市場特有の長期的な取引関係や高単価な取引が、一度の顧客喪失で大きな影響を及ぼす可能性があるためです。
2024年現在はVUCAと呼ばれる予測不可能な時代になっており、既存顧客だけに依存することのリスクがより高まっています。
そこで、本記事ではBtoBビジネスの「マーケティング」「営業」「カスタマーサクセス」の3部門における新規取引先開拓の打ち手を紹介します。BtoBの新規取引先開拓のベストプラクティスについて再考していきましょう。
そもそも新規取引先開拓は「企業が新たな顧客や取引先を見つけ出し、ビジネス関係を構築するプロセス」を指します。
多くの場合、この活動はマーケティングの専任業務と考えられがちですが、BtoBビジネスにおいては、その認識は必ずしも正確とはいえません。
実際のところ、新規取引先開拓は組織全体で取り組むべき活動です。マーケティングが見込み客の発掘や育成を担当する一方で、営業は直接的なアプローチや商談を通じて新規取引先開拓に努めます(企業によってはインサイドセールスも)。
また、カスタマーサクセス部門も、既存顧客の満足度向上や成功事例の創出を通じて、間接的に新規取引先の開拓に貢献します。
実質的には、顧客接点を持つ各部門が連携して取り組むことが理想です。新規取引先開拓における各部門の役割は、以下のように定義できるでしょう。
部門間連携により、購買ファネルにおける見込み客の発見から成約、その後のアフターフォローまで、一貫した体験価値を新規取引先に提供できます。つまり新規取引先開拓は、新しい顧客に“売って終わり”にするのではなく、その後の関係構築まで果たしてこそ「成果が出た」といえるものなのです。
そもそも、なぜBtoB企業に新規取引先開拓が重要となるのでしょうか。ここではまず、3つの観点からBtoB企業における新規取引先開拓の重要性について解説します。
それぞれ個別に解説します。
「Keiretsu」の崩壊は、BtoB企業の新規取引先開拓の重要性を高める一因であると考えられます。
Keiretsuとは、日本における「企業系列」のことで、複数の企業が特定の利害を基礎にして形成する結合関係を指します。「Keiretsu」という名前が英語でも浸透している通り、海外では戦後の日本文化特有のビジネス形態として認識されています。
三菱系や住友系などの旧財閥系企業集団、融資先の銀行を親とする銀行系列、自動車産業や家電産業などの最終製品メーカーを親とするサプライチェーンなどがその例に当たります。
アメリカの外交問題評議会が発行するForeign Affairs誌の記事では、日本のKeiretsuにはおよそ2万6000社の親会社と5万6000社の系列会社、併せて1800万人の従業員(日本の労働人口のおよそ1/3)が含まれると述べてられおり、Keiretsuがいかに日本の労働環境に大きく根付いているかが推し計れます。
また、同記事は日本のGDPが近年大きく衰退していることを挙げた上で、その要因は「日本市場にKeiretsuがあまりにも大きく根を張り過ぎている」「Keiretsu内は強固な既存取引で固められており、新規のましてや海外のサプライヤーの参入が非常に難しい」ことであると指摘しています。
しかしKeiretsu体制は、その巨大化した組織のせいで市場の変化に非常に脆いという点も指摘されています。後述するインターネットを起因とした昨今の市場の変化に対応しきれず、利益の確保が難しくなる企業がでてきていることが「Keiretsuの崩壊」を指し示しているのです。
かつて猛威を振るった東芝の企業分割は、これまでの下請け体制で新規の取引先及び利益を確保できなくなった例として記憶に新しいところでしょう。
インターネットやSNSなどの普及により、以前よりも買い手の購買力が高まっている点も、新規取引先開拓が重要となる一因です。
プロダクトに関する情報の入手が容易になったことで、BtoB企業の顧客層は、以前のように外部の営業が持ち込む情報を頼りにするのではなく、自身のリサーチによる情報を優先する傾向が見られてきています。
たとえば、米リサーチ&アドバイザリの権威である米Gartner社は、プロダクトの購入を検討中のBtoBバイヤーは、購買行動にかける時間のうちわずか17%しかサプライヤーとの面会に使わないというリサーチ結果を発表しており、これは購買における意思決定の大半が営業員がバイヤーに接触する前に完了してしまっていることを示しています。
仮に複数のサプライヤーから購買を検討する場合は、1社に充てる面会時間はさらに少なくなるでしょう。
(出典:Gartner「B2B Buying: How Top CSOs and CMOs Optimize the Journe」)
Gartner社はさらに、2025年までにはBtoBビジネスにおけるサプライヤーとバイヤーのやりとりのうち、80%以上はデジタル上で行われるようになると予想しています。
既にBtoBバイヤーの33%はサプライヤーの営業員とのやりとりを望んでおらず、ミレニアル世代に絞るとその割合は44%まで昇ります。
プロダクトの情報入手がどんどん容易になっていく今後は、既存の取引先に縛られないバイヤー主体のサプライヤー選定が、さらに顕著になっていくと予想できます。
サプライヤー側も既存客に固執するばかりでなく、買い手側の購買力向上を逆手に取るような、積極的な新規開拓の施策を検討する必要が出てくるでしょう。
ほかにも、新規取引先開拓は持続可能な売上げの確保につながるという点も見逃せません。
米ベンチャーキャピタルDavid Skok氏が経営し、Forbs誌が選ぶ「起業家のためのウェブサイト100選」に選出された「for Enterpreneurs」では、BtoBを主とする2017年SaaS企業150社以上を対象としたリサーチで、SaaS企業における年間の平均解約率は13%(売上げが$500万/年の企業を除く)だと発表しています。
実際には企業の規模や業種、契約規模の大小などで平均解約率は変動します。しかし、1つの指標として平均的なSaaS企業が売上げを持続するためには、単純計算で毎年売上げの13%以上は新規顧客からの売上げで占める必要があるという見方ができるでしょう。
つまり、まだ顧客が少ない企業はもちろん、すでに多くの既存顧客を抱えるBtoBのSaaS企業にとっても、安定した売上げを確保するためには新規取引先開拓は必要不可欠であると捉えられます。
ここからは、マーケティング部門に絞りBtoB企業が新規取引先開拓のために打ち出せる施策例とその効果について解説します。
マーケティングが新規開拓で採るべき手法としては、以下が挙げられます。
それぞれ個別にみていきましょう。
展示会への出展は、新規の見込み客を獲得するためにインターネット以前から用いられてきたマーケティング手法です。
デジタルマーケティングが普及している現代においても、展示会への出典の効果は依然高いと見られます。世界最大の統計調査データプラットフォームである独Statista社による統計には、米Fortune 500に属する企業の14%は、展示会により5:1ものROI(Return on Investment)を得ているというデータもあり、これは展示会のコスト1ドル毎に5ドルの利益が発生していることになります。
展示会に特化した情報誌であるEvent Marketer誌と、マーケティングエージェンシーであるMosaic社が共同出版した『Event Track 2016』では、展示会参加者のうちおよそ74%が企業のブースに訪問したことで、その企業のプロダクトの購買意欲が高まったと答えたと発表されており、新規取引先開拓の面においても展示会への出展は高い効果が得られることが予想できます。
BtoBマーケターが打ち出せる新規開拓の施策としては、セミナーやウェビナーといったイベントマーケティングの実施も有効です。ウェビナーとは、オンライン(ウェブ)上で行うセミナーのことで、ZoomやTeamsなどオンラインミーティングツールが発達したことで近年急速に注目を浴びています。
例として米Hubspot社によると、米オンラインミーティングプラットフォームのひとつであるON24上では、2020年4月単体で1万9292回ものウェビナーが開催されたとのことです。これはざっと計算しても1日あたり640回も開催されたことになり、米市場においてもウェビナーの注目度が高いことが計り知れます。
(出典:ON24「ON24 ウェブinar Benchmarks Report」)
また、ON24が発行する「ON24 ウェブinar Benchmarks Report 2019」では、利用者のマーケターのうち76%がウェビナーによって新規取引先開拓に成功、75%がブランドリーチに成功、49%がターゲット企業へのコンタクトに成功していると発表されており、新規取引先開拓におけるウェビナーの効果には高い期待が持てるでしょう。
PR・広報活動は、企業の信頼性と認知度を高め、間接的に新規取引先の開拓につながる重要な手法です。各社の広報担当者なら、一度はPR Timesのようなプレス用メディアを利用した経験があるのではないでしょうか。プレスリリースの配信、メディアへの情報提供、業界イベントでのスピーチなどが代表例として挙げられます。
効果的なPR活動は、企業のブランド価値を向上させ、潜在的な新規取引先の関心を引きつけます。たとえば、業界誌や専門メディアに自社の技術革新や成功事例が取り上げられることで、専門性と実績をアピールできます。
ただし、PR活動の効果は即時的ではなく、長期的な視点で取り組む必要があります。自社のブランドカラーを踏まえた一貫したメッセージの発信と、誠実なコミュニケーションが必要です。
ABM(アカウントベースドマーケティング)は、特定の高価値顧客や見込み客に焦点を当てた、カスタマイズされたマーケティングアプローチです。従来の幅広いターゲットに向けたマーケティングとは異なり、個々の企業や意思決定者に合わせた戦略を立てて実行します。
ABMの核心は、「量よりも質」を重視する点にあります。少数の重要顧客に対して、その企業特有の課題や目標に合わせたメッセージやソリューションを提案することで、高い成約率と顧客生涯価値の実現を目指すため、BtoB企業の新規取引先開拓でも非常に有用です。
実際に、米国のBtoBマーケティングでは主流な手法であり、米Terminus社は2020年時点で調査対象のBtoB企業の94.2%がABMを利用していると判明しています。
(出典:Terminus「State of ABM 2020」)
ただし、効果的なABMの実践には、ターゲットアカウントの綿密な分析とパーソナライズされたコンテンツの作成が不可欠です。ABMでは、選定した企業の業界動向、経営課題、意思決定プロセスなどを詳細に調査し、その情報に基づいて各企業向けにカスタマイズされたコンテンツを制作します。
MAツールを活用することで、顧客の行動データに基づいたセグメンテーションや、適切なタイミングでのパーソナライズされたコンテンツ配信が可能となり、より効果的なABMを実現できるでしょう。
メールマーケティングはコスト効率が高く、ターゲットを絞ったコミュニケーションが可能な手法です。特に日本市場においては、その効果が顕著に表れています。
米Benchmark Email社が2023年に実施した調査によると、日本のメールマーケティングの平均開封率は31.75%と、他の地域と比較して非常に高い数値を示しています。これは、たとえばアメリカ/カナダの29.48%、中国の28.68%、ヨーロッパの16.56%などを大きく上回っています。
このような高いエンゲージメント率は、日本の消費者が企業からのメール配信を重要なコミュニケーション手段として認識していることを反映しています。また、日本企業がメールマーケティングにおいて、受信者のニーズに合った価値ある内容を提供することに注力していることも要因のひとつです。
日本市場におけるメールマーケティングの高い効果を考慮すると、BtoB企業にとっては特に重要な新規取引先開拓の手法といえるでしょう。
ただし、BtoBマーケティングでこれらの高い数値を得るためには、前述のABMのような戦略を採用しつつ、MAツールを使って適切なタイミング・コンテンツでのアプローチが必要です。
DMは、物理的な手紙やカタログを郵送する方法で、デジタル時代においても一定の効果を発揮します。製品カタログの送付や、個別の見込み客向けにカスタマイズした提案書の郵送などが代表的な活用例です。
DMの特徴は、その物理的な存在感にあります。デジタル広告が氾濫する中で、手に取れる実体のあるマーケティング素材は、受け取る側の印象に残りやすいという利点があります。特に、高額なBtoB製品やサービスの場合、詳細な情報を提供するツールとしてDMは有効です。
たとえば、フュージョン株式会社が公開している日本賃貸住宅管理協会は、セルフチェックリスト付きのDMを約1万2000社に送付した結果、100件以上の問い合わせと約40社の新規入会を獲得したとされています。
(出典:フュージョン株式会社「セルフチェックリスト付BtoB DMで興味喚起、過去最高の新規入会者数を獲得」)
この成功の要因として、バインダー形式を採用したことで保存性が高まり、捨てられにくくなったことが挙げられます。
ただし、DMはメールマーケティングやオンライン広告と比較すると、コストが高くなる傾向があります。そのため、ターゲットの選定と内容の質に特に注力することが必要です。また、環境への配慮から、必要最小限の送付にとどめることも重要といえます。
オンライン広告、特にBtoB向けプラットフォームでのターゲティング広告は、効果的にビジネス意思決定者にリーチできる手法として、インターネット時代に多く活用されています。
電通の「2023年 日本の広告費」によると、インターネット広告費は前年比107.8%の3兆3330億円と過去最高を更新。総広告費の45.5%を占めるまでに成長しており、なかでも検索連動型広告の割合が高くなっています。
(出典:電通「2023年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」)
これは、より精緻なターゲティングと効果測定が可能になっていることを示しており、BtoB企業の新規取引先開拓においても、データに基づいた効果的な広告運用が可能になっていることを示唆しています。
一方、オフライン広告も依然として有効な手段です。業界誌への広告掲載や、ビジネス街での屋外広告は、特定のターゲット層に直接アプローチする方法として活用されています。たとえば、株式会社SmartHRの「ハンコを押すために出社した」広告など、印象的なBtoBのオフライン広告は多く存在します。
(出典:宮田昇始のブログ「SmartHRの交通広告『ハンコを押すために出社した』の裏側と今後」)
オンライン・オフラインいずれの広告を運用するにせよ、広告の内容や頻度を適切に調整し、ターゲット層にとって価値ある情報を提供しましょう。また、効果測定を適切に行い、ROIを最大化するための継続的な最適化が必要となります。
コンテンツマーケティングは、価値ある情報を提供することで見込み客の信頼を獲得し、最終的に取引につなげる手法です。ブログ記事、ホワイトペーパー、ウェビナー、動画コンテンツなど、さまざまな形式のコンテンツを活用します。
BtoBでよく用いられるのは、業界のトレンドや課題に関する詳細なレポートの公開です。このようなコンテンツは、自社を業界のオーソリティとして位置づけると同時に、潜在的な取引先の関心を引きつけ、具体的なリード獲得につながります。
たとえば、レポートのダウンロード時に連絡先情報を収集することで、質の高いリードを獲得可能です。こういった資料作成によるリード獲得手法は、米HubSpot社のような大手企業では頻繁に行われています。
(出典:HubSpot「HubSpot年次調査:日本の営業に関する意識・実態調査2023 データ集」)
また、既存顧客の成功事例を紹介するケーススタディも、新規取引先開拓に有効です。これにより、自社の製品やサービスが実際のビジネスシーンでどのように価値を生み出しているかを具体的に示すことができ、新規取引先の獲得において強力な説得材料となります。
コンテンツマーケティングの効果を最大化するには、ターゲットとなる取引先のニーズや課題を深く理解し、それに合致したコンテンツを継続的に提供することが重要です。
SEO(検索エンジン最適化)とウェブサイトの最適化はコンテンツマーケティングの1種で、オンライン上で見込み客を獲得するためのハブとなる重要な施策です。適切なキーワード戦略、コンテンツの質の向上、サイト構造の改善などが主な取り組みとなります。
効果的なSEO施策により、ターゲットとなる見込み客が必要とする情報を検索した際に、自社のウェブサイトが上位に表示されるようになります。これは、購買意欲の高い見込み客を効率的に獲得することにつながるでしょう。
BtoB関連の検索キーワードは月間ボリューム(=検索者数)も少ないことから、「BtoBのSEO =
スジが悪い」と思われがちです。しかし、カスタマージャーニーの認知段階のリード獲得と相性がよいため、きちんと運用すれば新規取引先の開拓につながります。
株式会社EXIDEAが行った調査によると、調査対象のBtoB企業におけるオウンドメディア施策の実施率は70.4%だったことからも、一般的な施策だといえます。
(出典:PR Times「【大手BtoB企業の経営者・マーケ担当108人に聞いた!】マーケティングDX施策として、3人に1人以上が『オウンドメディア』に興味」)
ただしウェブサイトの最適化では、ユーザビリティの向上や情報の整理が必要。訪問者が必要な情報を容易に見つけられ、スムーズにアクションを起こせるよう設計することで、リード獲得の確率が高まります。
SEOは継続的な取り組みが必要で、検索エンジンのアルゴリズム変更にも適応していく必要があります。また、質の高いコンテンツの提供が前提となるため、コンテンツマーケティングと密接に連携させることが重要です。
新規取引先開拓を目指すBtoBマーケターにとっては、近年急速にユーザーが増加しているソーシャルネットワークサービス(SNS)を利用したマーケティングも視野に入れるべき施策となるでしょう。
米Statista社は、2020年における全世界のSNSユーザー数は36億人に達したと発表しており、同時に2025年までにこの数字は44億人に達すると予想しているため、今後伸びてくる分野であると予想がつきます。
(出典:Hootsuite「Social Media Trends 2024」)
ソーシャルメディア管理システムのHootsuiteがマーケター向けに行ったリサーチでは、企業がソーシャルメディアを通したマーケティングに最も期待する成果は「新規取引先開拓」が73%でトップでした(Hubspot)。
このことからも、企業のマーケターが新規取引先開拓する上で、SNSを含むソーシャルメディアに対する期待値は非常に高いことがわかります。
次は、営業が新規取引先開拓において採れる以下の打ち手とその効果について解説していきます。
次項より、詳しく解説します。
新規取引先開拓と聞くと、まずは「飛び込みで訪問営業を」と考える方が多いのではないでしょうか。
訪問営業とは、企業の営業員が実際に見込み客のもとへ訪問し、営業を行うことを指します。広義では後述する電話営業などで商談のアポイントを取ったのち、クロージングを目的として訪問する行為も含み、「フィールドセールス」とも呼ばれる活動です。
インターネットが普及した現代においても、飛び込みの訪問営業は多くの企業で使われています。実際にHubSpot Japan株式会社の調査では、2021年時点でも調査対象の57.3%が「(オンラインより)訪問営業の方が好ましい」と回答していました。
(出典:PR Times「日本の営業に関する意識・実態調査2022の結果をHubSpotが発表」)
ただ、その分営業員に与えるストレスも大きいようで、人材会社である米ZIPPA社による米企業の雇用リサーチによると、58%もの訪問営業員が1年足らずで離職しているとされています。
電話営業とは、その名の通り電話を用いて見込み顧客へのアプローチを図る手法です。既に購買意欲が高まっている見込み客へコールをする「ウォームコール」と、完全に新規の相手にコールをする「コールドコール」があります。
米Salesforce社が92%の顧客との交流は電話を通して行われるとしているほど、電話での営業は現代のアメリカにおいても重要視されているようです。
特にアメリカではウォームコールを活用したインサイドセールスが発達しており、米経営誌Harbard Business Reviewでは、外回り営業の売上げ効果に比べ、インサイドセールス組織による売上げ効果は40〜90%高くなると報じています。
ただ、昔ながらのコールドコールの効果については疑問が残ります。米Gartner社によるリサーチでは新規のコールドコールは目当ての企業のバイヤーに辿り着くまでにも平均最低18回のコールが必要というデータが出ており、企業によっては目標とする費用対効果、もしくは時間対効果を得られない可能性があります。
問い合わせ営業とは、企業の問い合わせ先の電話番号やメールアドレス、ウェブサイトなどのコンタクトフォームに対してアプローチを行う手法です。
米Gartner社のリサーチでは、セールスEメールのうち開かれるのはわずか23.9%だという数字が発表されています。また、アメリカのメジャー旅行検索サービス提供会社である米Kayak社のマーケティングチームは、コンタクトフォームへの営業は「嫌われる」として抑止しているのです。
一方で、大手コンサルティングファームのMcKinsey&Company社は、メールによる顧客獲得効果はFacebookやTwitterなどのSNSを活用した施策に比べると高いというデータを発表しています。ただ、こちらは営業施策だけでなく、メールを用いたマーケティング施策も含めた数値となっているため注意が必要です。
手紙営業は、営業部門が特定の見込み客に対して個別にアプローチする手法です。マーケティング部門が実施するDM(ダイレクトメール)とは異なり、高度にパーソナライズされた内容が特徴です。
マーケティングのDMが比較的大規模なターゲットに向けて標準化されたメッセージを送るのに対し、手紙営業では個々の見込み客の具体的な課題や状況に言及した内容を、しばしば手書きで作成します。
こういった「個人対個人」のアプローチは、特に高額な取引や長期的な関係構築を目指すBtoB営業において効果を発揮する場面があります。
DMが外部業者と連携して大量に送付されるのに対し、手紙営業は個々の営業担当者が少数の厳選されたターゲットに対して送付します。フォローアップも、営業担当者が直接電話や訪問で行います。
ただし、手紙営業は時間とコストがかかるため、ターゲットの選定が必要です。また、内容は単なる製品紹介ではなく、受け取る側の課題や関心事に焦点を当てた、価値ある情報提供を心がけましょう。
このように、手紙営業はより深い関係構築を目指す手法です。デジタルコミュニケーションが主流の現代だからこそ、この個別的なアプローチが差別化要因となり、新規取引先開拓に効果を発揮する可能性があるといえます。
交流会やビジネスマッチングイベントは、直接的な人的ネットワーキングを通じて新規取引先を開拓する手法です。業界内外の企業が集まる場に参加し、自社の製品やサービスをアピールすると同時に、潜在的な取引先との関係構築を図ります。
この手法の強みは、対面でのコミュニケーションによる信頼関係の構築にあります。製品やサービスの詳細な説明はもちろん、相手企業の課題やニーズをリアルタイムで把握し、即座に解決策を提案可能です。
こくちーずプロのように、オンラインで利用できるマッチングイベントのプラットフォームもありますので、定期的に自社のビジネス要件に合致する条件で調査を行いましょう。
(出典:こくちーずプロ)
効果的な参加のためには、事前準備が重要です。参加企業のリサーチ、自社の強みを簡潔に説明するピッチの準備、名刺やパンフレットなどの資料の用意が必要です。また、イベント後のフォローアップも忘れずに行い、築いた関係を具体的な商談につなげていくことが大切です。
カスタマーサクセス部門は、既存顧客の成功を支援する役割を担いますが、同時に新規取引先開拓にも大きく貢献できます。以下に、カスタマーサクセス部門が活用できる主要な手法を解説します。
次項より、詳しく解説します。
既存顧客からの紹介は、新規取引先開拓において非常に効果的な手法です。この方法の強みは、既に信頼関係が構築されている顧客のネットワークを活用できる点にあります。
具体的な取り組みとしては、体系的な紹介プログラムの構築が挙げられます。たとえば、CRMを提供する米NetSuite社では、「SuiteReferralプログラム」を設けています。
(出典:NetSuite「SuiteReferralプログラム(お客様紹介プログラム)」)
このプログラムでは、既存顧客が新規顧客を紹介すると、紹介者に対して初年度ライセンスの10%を紹介料として支払うほか、紹介数に応じてさまざまな特典を用意しています。
年間10件以上の紹介を行う「ゴールド」ランクの顧客には、NetSuiteエグゼクティブへのエクスクルーシブアクセスや、年次ユーザーカンファレンスでのVIPアクセスなど、通常では得られない特別な待遇を提供しています。
また、紹介プロセスの簡素化も重要です。NetSuiteの場合、専用のウェブフォームを用意し、顧客が簡単に紹介を行えるようにしています。
このような取り組みにより、既存顧客からの紹介は通常の営業活動と比べて高い成約率を実現できる可能性があり、効率的な新規取引先開拓の手法として活用できるでしょう。
口コミは直接的な紹介とは異なり、より広範囲に影響を及ぼす可能性がある手法です。満足度の高い顧客が自発的に自社の製品やサービスについて好意的に語ることで、新たな見込み客の関心を引くことができます。
BtoB SaaSの場合、ITreviewのような比較サイトが大きな影響力を持っています。これらのプラットフォームでの評価は、新規取引先との接点構築においても影響を与え得るものです。
(出典:ITreview)
口コミを効果的に活用する上では、次のような対策が考えられます。
<口コミ獲得のポイント>
口コミは自然発生的な要素が強いですが、カスタマーサクセス部門の努力によってその質と量を向上させることができます。
成功した顧客の事例を詳細に紹介することで、潜在的な顧客に具体的な価値提案ができます。これは、単なる製品説明よりも説得力があり、新規取引先の獲得に効果的です。
特に、BtoB SaaSは導入事例の充実が顧客獲得に与える影響も大きく、株式会社WACULの調査によると事例コンテンツが12件を超えると「事例ページ経由CVR」の方が「事例ページ非経由CVR」よりも高くなるとされています。
(出典:株式会社WACUL「SaaSを扱うB2Bサイトにおける事例紹介ページの改善策の提言」)
なお、導入事例は「ただ作成すればよい」という訳ではなく、まだ見ぬ顧客にとって参考になる情報が含まれていなければなりません。その上では、以下のポイントを意識しましょう。
<効果的な事例作成のポイント>
これらの事例は、マーケティング部門と連携してウェブサイトやセールス資料に活用することで、より広範囲な見込み客にアプローチできます。
カスタマーサクセス部門のこれらの活動は、直接的な営業活動ではありませんが、信頼性の高い情報源として新規取引先開拓に大きく寄与します。既存顧客との良好な関係構築が、結果として新たな取引先の獲得につながるという点で、長期的かつ持続可能な成長戦略の要となるでしょう。
ここからは、BtoB SaaS企業における新規取引先開拓の効果的なプロセスについて、5段階に分けて解説します。
以下より、個別にみていきましょう。
新規取引先開拓の第一歩は、ターゲットを明確に定義することです。この過程ではペルソナとカスタマージャーニーの設計が重要になります。
ペルソナとは、自社の理想的な顧客を代表する架空の人物像です。たとえば、「製造業のIT部門長、45歳男性、デジタル化推進の責任者」といった具体的なプロフィールを作成し、その人物の課題、目標、情報収集の習慣などを詳細に定義します。
なお、BtoBビジネスでは、いきなり個人レベルのペルソナを作るのではなく、企業版ペルソナともいえる「ICP (Ideal Customer Profile) 」、部門単位のペルソナである「DMU (Decision-Making Unit) /Buying Center 」と、段階的に作成することもあります。
カスタマージャーニーは、顧客が製品やサービスと出会ってから購入に至るまでの過程を時系列で可視化したものです。各段階での顧客の行動、感情、ニーズを明確にし、それに応じた自社のアプローチ方法を計画します。
これらの作業により、マーケティングや営業活動の方向性が明確になり、効果的なアプローチが可能となります。
STEP1で定義したICPとペルソナに基づいて、具体的なアプローチ先のリストを作成します。このプロセスでは、MAやCRMに蓄積されたデータを活用するのが効果的です。
BtoBの新規取引先開拓で収集すべきデータとしては、下記のものが挙げられます。
カテゴリ |
データの概要 |
企業情報 |
|
意思決定者情報 |
|
技術データ |
|
財務情報 |
|
インテントデータ(行動データ) |
|
このステップでは、量よりも質を重視し、自社が定義したペルソナ像に合致する自社がアプローチする恩恵の大きい対象リストを作成しましょう。
STEP2で作成した新規アプローチ先のリストを活用し、BtoB SaaS特有の長い販売サイクルを考慮した効果的なアプローチ方法を計画します。このステップでは、マーケティングと営業の連携を強化し、段階的な新規取引先開拓プロセスを構築します。
まず、STEP2で作成したリストを基に、マーケティングが連携をとってターゲット企業向けのアプローチ手段を検討しましょう。
たとえば、技術データから見込み客の課題を推測すれば、それに応じたホワイトペーパーやウェビナーを提供できるでしょう。これにより、潜在的な取引先の興味を喚起し、初期接点を創出します。
加えて、営業と連携をとって新規取引先開拓後の営業プロセスを整理しておくことが必要です。「マーケティングはどのような条件が揃ったリードを営業にパスするのか」「新規リードに関する情報はどのように連携するのか」などを整理しておかなければ、成約の可能性が下がりかねません。
新規取引先開拓の効率と質を向上させるためにも、ここまでの情報とアプローチ方法を基に、適切なトークスクリプトやテンプレートを作成します。特に初期接触用のトークスクリプトと提案書のひな型に焦点を当てます。
トークスクリプトでは、企業情報を活用し、業界や規模に応じた対話の流れを設計します。一方、提案書のひな型は、ペルソナの課題や目標を中心に据え、具体的な企業データを反映させて説得力を高めましょう。
両方とも、個々の状況に応じて柔軟に調整できる余地を残しておくことで、効果的な営業活動を行えます。
STEP4までの準備が整ったら、各社に対するアプローチを開始します。
同時に「リード獲得数」「商談化率」「平均商談期間」「契約締結率」などのKPIを設定し、定期的に施策のパフォーマンスを分析することも大切です。これにより、アプローチ方法の有効性や改善点を明確化し、迅速なPDCAサイクルを回すことができます。
成功事例と失敗事例の分析も行い、成功パターンの標準化や失敗回避策の立案に活かしましょう。
BtoB SaaS企業において、新規取引先開拓の成果を最大化するには、各部門が独立して活動するのではなく、緊密に連携することが不可欠です。
以下より、各部門の連携方法について詳しく解説します。
マーケティングと営業の連携は、新規取引先開拓の効率と質を大幅に向上させます。両部門の目線を合わせ、マーケティング施策と営業の訴求ポイントを一致させることで、一貫性のあるメッセージを市場に発信できるでしょう。
この連携を実現するには、共通のCRMシステムの活用と定期的な合同ミーティングが効果的です。マーケティングが獲得したリードの情報や行動履歴を営業と共有し、営業はその情報を基に個別化されたアプローチを行いましょう。
また、マーケティングキャンペーンの内容を営業チームと事前に共有し、営業トークに反映させることで、見込み客との対話の質を高められます。
マーケティングとカスタマーサクセスの連携は、新規取引先の長期的な成功と、それに基づく「さらなる新規取引先開拓」の好循環を生み出します。カスタマーサクセスチームが収集した顧客の声や成功事例をマーケティングチームがコンテンツ化し、新規取引先開拓の武器として活用します。
実現には、定期的な情報交換会議の設置が効果的です。カスタマーサクセスチームは、顧客の利用状況や満足度調査の結果をマーケティングに提供し、マーケティングはそれらの情報を基に、より効果的な新規顧客獲得戦略を立案しましょう。
また、既存顧客の成功事例を活用したケーススタディやホワイトペーパーを作成すれば、その後の新規取引先開拓にも役立ちます。
営業とカスタマーサクセス連携により、新規取引先の迅速な立ち上げと長期的な関係構築が可能になります。受注して終わりではなく、運用が上手く軌道に乗るまでの一貫したサポート体制を構築することが重要です。
実現のためには、営業からカスタマーサクセスへの円滑な引き継ぎプロセスの確立が求められます。新規契約時に、営業が把握した顧客のニーズや期待、提案内容をカスタマーサクセスチームと詳細に共有することが必要です。
また、導入初期段階での課題や成功のポイントをカスタマーサクセスから営業にフィードバックすることで、次の新規取引先開拓に活かせる知見を蓄積できます。
BtoB企業が新規取引先開拓で打ち出せる施策は、購買ファネルの前半を担当するマーケティングの打ち手がかなり多くなっています。
今回紹介した施策を含め、営業が打てる手はどうしても顧客と1体1の環境を作り出すものが多く、その分営業担当者毎の費用対効果や時間対効果を最大限引き出すことが難しい印象を受けます。
対して1対多数の状況を作り出せるマーケティングの打ち手は、数・効率共に期待度が高いといえます。
一方で、BtoBの新規取引先開拓は各部門が独立していればよい訳ではありません。アプローチ対象企業の情報共有も含め、部門間連携を行った上で、一貫した戦略を立てる必要があります。
そのため、個々の施策について「やるべきかどうか」というミクロな視点で考えるのではなく、「自社がアプローチするべき顧客の特徴は何か」「それを踏まえて、どのような戦略を設計すべきか」という、購買ファネルを俯瞰した視点を持ちましょう。