企業には、セールスリーダーシップ型の企業、製品リーダーシップ企業があります。昨今の世界的な成長企業を見ると、GAFAをはじめZoom、Tesla、Slackなど先端技術を活用した革新的なプロダクトで市場を席捲していく、製品リーダーシップ型の企業が目立ちます。
米国のベンチャーキャピタルOpenview社の「2022 Product Benchmarks Report」によると、2019〜2022年で製品リーダーシップをとる企業は45%→55%に増加しています。しかも、上位100社中61社がフリーミアム、無料トライアルなど「PLG(プロダクトレッドグロース)モデルを採用しています。
日本のSaaS業界でも、フリーミアムや無料トライアルなどの、いわゆる「PLGモデル」を活用しているベンダーはかなり増えてきました。そこで本記事では、改めて製品リーダーシップとは何か? プロダクトレッドグロース(PLG)とはどのような戦略かについて、SaaS企業の成功事例を紹介しながら解説します。
製品リーダーシップとは、最先端の卓越したプロダクトを顧客に提供して顧客の満足度を高め、ライバル企業の製品を陳腐化させる成長戦略です。
Amazon、Apple、テスラ、ナイキ、ソニーなどは製品リーダーシップ企業の代表的な例だと言えるでしょう。これらの企業はマーケティングも巧みですが、軸となっているのはプロダクトの独自性、革新性です。製品リーダーシップを重視している企業には以下の特徴があります。
(参考:HBR)
セールスリーダーシップ、マーケティングリーダーシップ、製品リーダーシップのそれぞれに優劣はもちろんありません。
しかし、IT業界でもアジャイル開発が注目されているように、変化のスピードが速い時代は、革新性とスピードの両方が必要です。製品リーダーシップを重視し、アイデア~開発~リリース~改良のサイクルを速めることも必要。さもなければ、後発の企業にあっという間にキャッチアップされてしまうでしょう。
SaaSのようなクラウドサ―ビスにおいて、製品リーダーシップには以下のメリットがあります。
製品リーダーシップは、市場で勝ち続ける企業が持つ資質のひとつでもあります。
1995年、米国のコンサルタントMichael Treacy(以下、マイケル・トレーシー)氏とFredWiersema(以下、フレッド、ウィレスマ)氏は、先進国の80社以上を調査し、ほとんどの市場で時代を超えて勝ち続ける企業の3つの共通項を発見しました。
両氏の著書『No.1企業の法則 カスタマーインティマシーで強くなる』によると、No.1であり続ける企業は、以下3つの価値基準を持っています。
また、No.1企業は、いずれかの一つは業界チャンピオンであり、他2つの基準も業界標準以上という特徴があります。製品リーダーシップをすすめる場合、あわせて他2つの概念を理解することが大切です。
ここでは、製品リーダーシップを作るステップを紹介します。
プロダクトリーダーシップとは、単に開発部門を強化するような話ではなく、顧客に素晴らしい製品を届けるための部門横断的なアプローチです。個々のチームメンバーが、機能よりも顧客にとっての使いやすさ、顧客の成果、シームレスな顧客体験を意識できていることが重要であり、良いチーム作りが最初のステップです。
部門間のコラボレーションを促進することで、チームと組織の活動を効果的にすることができます。近年のプロダクトマネージャーは、ミニCEOのような役割に変化しつつあるため、企業がチームリーダーを支援することも必要でしょう。
チームメンバーの誰もが、顧客視点でプロダクトについて考えるためには、誰もが顧客に関する情報を持っていなければいけません。そのためには、データをマネジメントできる製品管理ツール、顧客管理ツールなどに投資する必要があります。
また、開発チーム、マーケティングチーム、営業チーム、カスタマーサクセスチームなどの部署間データを統合できるツールも必要です。適切なツールに投資しましょう。
新しくプロダクトをリリースする段階では、ベータ版もしくは、最小限の機能でもよく、まずスタートさせることが重要です。そこから継続的に顧客の声を聞き、高速でサービスをアップデートしていきます。
なぜなら、現在のビジネス環境では、たとえ今現在最高だと思える完成品を出したところでコモディティ化するスピードが速く、永遠に完成形はできないからです。
特に先端技術を使う領域で製品リーダーシップをとろうとした場合、前例はありません。チームメンバーには常に自ら学び、自分たちを革新していくことが求められます。その上で顧客の声を聞き、アクションを分析し、顧客のフィードバックにこたえて、サービスを改良し続けます。
製品リーダーシップをとる場合、方針にもよりますが、セールスを必要以上に介さずに顧客が自分で購入を判断できる十分な情報を提供することがポイントです。また、コンバージョンまで極力摩擦がないことが望ましいでしょう。
そのためには、無料デモ、フリーミアム、無料トライアルなどの条件が明確であり、見込み客が迷わないですむこと、価格プランも明快で公平性がある体系になっていることが大切です。
さらに、バイラルの仕組みを導入することも効果的です。本当に良い品質のサービスを提供していれば、導入した顧客が満足するため、SNSなどで評判が拡散するものですが、リファラルプログラムなどを導入することで、より拡散が期待できるでしょう。
プロダクトレッドグロース(PLG)とは、米国のベンチャーキャピタルOpenView社が生み出したGTM戦略です。フリーミアム、無料トライアルに代表されるようなセールスがプロダクトを売るのではなく、「プロダクトでプロダクトを売る」考え方です。
プロダクトレッドグロースは、これまでの営業、マーケティング主体のリードジェネレーションの導線とは、まったく異なるプロセスです。
しかし、無料トライアル、フリーミアムなどで最初にまずプロダクトを試してもらうプロセスは、コストをあまりかけずプロダクトの認知度を高め、検討から購入時までの時間を短縮し、顧客とプロダクトのマッチングの精度を高めました。
PLGモデルのパイプライン
特にSaaSのような使ってみないとわからないサービスには、フィットしている戦略であり、多くの企業で以下のような成果が出ました。
近年は、Product-LedInstituteの創設者WesBush(ウェス・ブッシュ)氏の書籍『プロダクトレッドグロース』によって、Zoom、Slack、Drobbox、アトラシアン、HubSpot、Microsoftなど多くの成功例が広く知られたことで、ますますPLG導入企業が増えてきています。
なお、本にはPLGが向いているビジネスモデルと向いてないビジネスモデルの判別方法、PLGモデル種類(フリートライアル、フリーミアム、デモ等)、自社に適したモデルの選び方のほか、運用面のノウハウが詳細に書かれています。
(出典:Amazon)
ここでは、プロダクトレッドグロースの成功例を紹介します。
(出典:Slack)
Slackは初期、積極的に売り込まないブランドでしたが、クチコミマーケティングにより広まっていきました。
フリーミアムプランがあり高機能な製品を無料で活用できること、優れたオンボーディングプロセスがあったことで、Slackの新規のアクティブユーザー数も、有料ユーザーも増え続け、急速に成長していきます。
有料版への転換率は高く初期で約30%に達しており、なんとSlackはCMOを迎える前に11億ドルの企業になっていました。(参考:openviewpartners.com/)
(出典:DocuSign)
DocuSignは、クラウドベースのドキュメント管理、電子署名システムであり、世界で100万人以上の顧客と数億人のユーザーに活用されています。
DocuSignでは、30日の無料トライアル版を活用すると、テンプレートで契約書を作成し、相手と共同編集できます。パソコン、モバイルから契約書を送信して、相手に電子署名、捺印してもらうまでワンストップで行えるため、事務タスクが簡単になります。
Web上で無料でアカウントを開設し、無料デモを申込、価値を体験してから気軽にオンラインで申し込める導線もスムーズ。FAQも価格ページもシンプルでわかりやすく、さらに問い合わせの電話番号が目立つように表示されています。
無料トライアルに申し込んだ時点で、ユーザーをさらに絞り込むために営業開発担当者と話すべきかどうかすぐに判断できるような情報を得ているとのことで、一般的な営業・マーケティング手法とPLGをバランスよく活用しています。
(出典:Mailchimp)
Mailchimpは、2001年に設立されたアメリカのメールマーケティング会社です。当初は有料サービスとして始まり、8年後にフリーミアムオプションを追加しました。
メールの下にロゴを入れる優れたバイラルマーケティングにより、無料ユーザーがメールを活用すればするほど個性的なモンキー画像が拡散することもあいまって認知度が向上。フリーミアムモデルを採用してから、わずか1年後以下のデータが公表されました。
上記の企業以外にも、さまざまな企業がプロダクトレッドグロースを取り入れ成長しました。日本ならチャットワーク社が代表的でしょう。PLGはスタートアップのように、セールス人材が確保できない企業がスケールするための強力なエンジンになりえる戦略です。
また、従来の営業・マーケティング部門主導のアプローチと連携させることもできるので大企業でも活用できるでしょう。
製品リーダーシップ、プロダクトレッドグロース(PLG)ともに、SaaS企業には非常にフィットする価値基準であり戦略です。組織横断プロジェクトをスタートさせ、フリーミアム、無料トライアルなどの手法を取り入れることも比較的容易でしょう。
しかし、実際にこの戦略で成果を出すためには、開発部門だけでなく、営業、マーケティング、カスタマーサクセスなどの部門が連携して、誰もが顧客視点で取り組む必要があり、実行はそう簡単でもありません。表面的なPLGの導入で終わってしまわないためには、まず会社全体で価値基準を共有し、良いチームを作ること、協力体制を作ることから始めましょう。