「集中戦略」とは、日本でもよく知られている米国の経営学者Michael E. Porter(以下、マイケルポーター)氏が提唱した、競争戦略における「3つの基本戦略」のひとつであり、特定の市場に商品・サービスを集中して投入する戦略です。
あのGAFAといえども、初期のFacebookは大学内SNS、Amazonはオンライン小売業、Googleは検索エンジン事業に特化していました。もちろん、将来の構想は大きく描いていたでしょうが、軌道にのるまでは集中戦略をとっています。最初から大企業だった会社はありません。
集中戦略は、特に資本が限られているスタートアップ企業にとって、重要な戦略だといえるでしょう。人、モノ、金に限りがある小さい会社は、まずはある市場でポジションを確立して、そこから違う市場に展開していくことが大切です。一市場で頭角を表すと徐々に投資する企業が増えて、成長の波に乗っていきます。
本記事では、BtoBマーケティング担当者も知っておくべき、マイケルポーター氏の「集中戦略」の概要、集中戦略を始めるステップ、おすすめのマイケルポーター氏の本や論文を紹介します。
マイケルポーターの「集中戦略」とは、ハーバード大学ビジネス・スクールの教授マイケルポーター氏が、1980年に著書『競争の戦略』において提唱した、戦略の3つの柱「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」のひとつです。
集中戦略とは、特定の市場に製品やサービスを投入する戦略です。市場を絞り込めば、特定の市場のニーズや慣行にマッチした商品・サービスのカスタマイズに資源を投下できるので、顧客満足度を高められます。
マーケティング戦略も集中して行えるので、ブランディングが容易です。その結果、高収益を上げられる可能性が高まります。
市場の選び方が重要であり、平均以上の投資収益率を得るためには、自社の強みをいかせ、競合企業が弱く、自社が成長できる可能性の高い市場を選択することがポイントです。
市場のセグメンテーション手法には、さまざまな種類があります(後述)。
SaaS業界でも、集中戦略で成功している企業はたくさんあります。いずれも事業の歴史はそれほど長くありませんが、急成長しています。
マイケルポーター氏は、研究者として40年以上の実績があり(今も現役です)、数々の書籍、論文を出しています。ここでは、代表的な著書と最近の研究論文をピックアップして紹介します。
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IoT時代の競争戦略 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文 Kindle Edition
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内容:IoTは「モノのインターネット」と表現されますが、マイケルポーター氏はこの表現は適切ではなく、スマート製品(コネクテッドプロダクト)の先進性はインターネットではなく「モノ」の本質が変化している点だと語ります。スマート製品が引き起こす革命、それにより起こる事業戦略への影響をまとめています。
論文は、ビジネスメディア「Harvard Business Review」に掲載した記事をまとめたものです。WebからPDFをダウンロードするか、Amazonのkindleから購入できます。Kindleのほうが安価です。
マイケルポーター氏が提唱する、企業が競争優位にたつための3つの基本戦略とは「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」です。
集中戦略は他の戦略と組み合わせて実質2種類あるため、ポーターの「3つの基本戦略」は「4つの基本戦略」と表現されることもあります。
3象限のフレームワーク:
(参照:saylor.org)
4象限のフレームワーク:
ここでは、2種類の集中戦略「低コスト集中」と「差別化集中」について解説します。
「低コスト集中戦略」とは、ある市場に集中してコストリーダーシップ戦略をとり、市場優位性を確立する手法です。一般に特定市場のすべての顧客に、最低コストで設計された商品を提供します。後発の場合、競争相手はコストリーダー企業です。ある程度の資金力のある企業がとる戦略です。
「差別化集中戦略」とは、特定の市場に対して他社とは異なる独自性の高い商品・サービスを打ち出す戦略です。顧客の予想を超える革新的な価値提案をすることもあれば、市場ニーズに徹底してあわせて商品をカスタマイズしたソリューションを提案するパターンもあります。一般に機能の特化とブランディングによって、標準的な商品より高い価格設定でも顧客に受け入れられます。
例:Apple、テスラ、フェラーリ、ワークマン、キーエンス、日本電産
ここでは、集中戦略を取り入れるステップを解説します。なお、新たな市場に自社製品をカスタマイズして展開する「差別化集中戦略」という仮定で説明します。
SWOT分析とは、組織の強み、弱み、機会、脅威を発見する分析です。いかに市場にチャンスがあっても、自社が実力不足だと戦略は絵にかいた餅になり実現できません。SWOT分析では内部環境と外部環境の分析を行うため、自社の強みと実現可能性を踏まえた現実的な戦略を考えることに役立ちます。以下のようにS、W、O、Tの4要素を分析します。
SWOTのSはStrength(強み)を意味します。資金力、技術力、ブランド力、サプライチェーン、特許数、拠点数、顧客数、人材レベル、立地、コスト体質など自社の強みを探しましょう。以下のような切り口で考えます。
SWOTのWはWeakness(弱点)を意味します。開発力が弱い、革新性がない、マーケティング力がない、資金力がない、顧客満足度が低い、従業員のモチベーションが低いなど、自社の弱みを確認します。
SWOTのOはOpportunity(機会)です。チャンス(事業機会)がどのくらいあるかを分析します。景気の変動、新しいテクノロジーの出現、規制緩和、社会のトレンド(流行、価値観等)の変化、市場の成長度合い、プラットフォームの開放などによって生じるポジティブな機会を分析します。
SWOTのTはThreat(脅威)を意味します。脅威とは、自社の目標のさまたげになりうる要因です。業界内のライバル企業の動き、業界外からの参入者の動き、政治体制の変化、革新的テクノロジーの登場(AI、IoT等)によるニーズの変化、自然災害リスク、景気による市場の停滞、プラットフォーマーの動きなどを分析します。
SWOT分析で自社の強みと環境を分析した上で、どの市場に集中するか方針を決めます。業界外の新市場、業界内のニッチ市場のどちらを志向してもかまいませんが、自社が収益を上げられる規模である必要があります。
市場選択にはさまざまなセグメンテーション手法があります。多角的に分析し、商品・サービスの強みが活かせそうな市場を見つけましょう。
候補市場の5Forces分析を行います。5Forces分析とは、マイケルポーター氏が提唱する業界の構造分析のためのフレームワークです。企業の収益性は、業界内での企業の相対的な位置によって決定されるという考え方です。5Forces分析では以下の5つの影響力を分析します。
SWOT分析と5Forces分析の結果をつきあわせます。2つの分析結果をもとに、自社の強みを活かせて、チャンスが多く、できるだけ競合他社の脅威、参入者の脅威が少ない市場を選びます。
もちろん、そんなに都合のよいスペースがぽっかり空いていることはあまりありません。自社基準でもっとも可能性が高い市場を選択し、その市場での集中戦略を何パターンかシミュレーションして、メンバーで成功可能性や実行可能かについて議論します。
シミュレーションした中からもっとも成功可能性の高い戦略を採択します。
企業の長期目標にそって、事業戦略目標、マーケティング戦略の目標を設定します。長期的な事業戦略目標には、売上げ(収益性)、投資収益率、ブランド力の向上などがあります。
マーケティング部門の戦略目標は以下のとおりです。中長期の目標と短期の目標を立てます。計測可能な目標を設定し、目標が決まったらKPIを設定してPDCAを回していきましょう。
実行にあたっては、他部署とのSLA(サービスレベル・アグリーメント)も作成して、連携しながらプロジェクトを進めていきます。
マイケルポーター氏が『競走の戦略』で提唱した3つの基本戦略は、経営幹部やマーケティング担当者なら必ず押さえておきたい知識です。その中でも「集中戦略」は多くのスタートアップ、中小企業にとって役立つ戦略だと言えるでしょう。
経営資源が大手企業より少ない中小企業でも、ある市場に集中してリソースを投下すれば、そこで独自のポジションを得られる可能性が高くなります。まず、ニッチな市場でリーダー企業になることを目指しましょう。